第27話
第27話
"共同戦線"
「うわ、何だあれ…」
結衣も楓と同じように壁から頭だけを出して、向こうの様子を見る。
現れた巨大生物は、一部を除けば普通の個体と全く同じように見えた。
「…喰っとるわ」
「喰ってるねぇ…」
その一部とは、胸元に付いている、大きな口のような物だった。
巨大生物は爪の付いていない方の手で敵を掴み、胸元の口へと持っていく。
骨を咀嚼する音は、3人の方にまで届いた。
「どうするんですか?」
玲奈が楓を見る。
「撃ってりゃ死ぬ相手でもなさそうやな…」
「つまり?」
「逃げるで。こっちや」
楓は葵と明美が歩いていった方の道へと走り出す。
すると、背後から何かが走ってくる音が聞こえた。
3人は振り返って、一斉に武器を構える。
曲がり角から現れたのは、さっきまで戦っていた敵の1人だった。
「…ほう。バケモンに殺されるくらいやったら、ウチらに殺されようっちゅう腹か」
「ま、待ってくれ!戦意は無い!」
それを聞いて、楓は銃を下ろす。
「…どういう事や」
その男は両手を上げて戦意が無い事を証明しながら、こう言った。
「協力してくれないか?あのバケモノを倒したいんだ」
「…寝ぼけた事言うなや。バケモン狩って、ウチらに何の得があるっちゅうねん」
鼻で笑う楓。
「それなんだが…。協力してくれたら、俺達は任務を放棄して、あんたらを狙う事を止める」
「…ボケが。そないな話、信じると思っとるんか?」
「…それと、恐らくあんたらが知りたがっている情報を教えよう」
楓は少し黙り込んだ後、こう言った。
「…ロクな情報やなかったら、承知せんで」
「…ありがとう」
男はそう言って、3人に軽く頭を下げる。
その時、巨大生物から逃げてきた別の男が2人、姿を見せた。
「青柳さん!もうそこまで来てます!」
「わかった!…早速ですまないが、手を貸してくれ!」
青柳と呼ばれたその男が、3人を見ながらそう言う。
すると、結衣が青柳を見ながら、こんな事を言った。
「ねぇおじさん。何か食べ物持ってない?」
「え?た、食べ物…?」
「うん食べ物」
「ちょっとした非常食なら持っているが…」
「じゃ、それ頂戴!」
「あ、あぁ…」
「よし!行くぞ皆の衆ッ!」
一瞬で活気づいた結衣を見て、呆然とする青柳。
そのやり取りを見ていた玲奈は溜め息を吐いた後、彼にこう言った。
「…姉のご無礼、お許しください」
「い、いえいえ…。こちらこそ、突然無理を言ってしまって…」
玲奈の予想外の丁寧な態度に、青柳は思わず敬語でそう言った。
「おい、来るで」
曲がり角の先に気配を感じて、銃を構える楓。
巨大生物は、ゆっくりと姿を現した。
「1回でも掴まれたら、終わりだね…」
胸元の大きな口を見ながら、玲奈が呟く。
「案外、ああいう場所が弱点だったりするんだよね」
結衣はそう言って、巨大生物の胸元に銃を乱射した。
しかし、反応は無い。
「…ありゃ」
「…バカみたい」
玲奈は鼻で笑った後、銃を構えて臨戦態勢を取った。
楓も銃を構えながら巨大生物を見て、一瞬で作戦を考える。
「弱点不明…か。お前ら、奴を囲んで撃ちまくって、まずは弱点を探すんや」
楓の言葉を聞いて、青柳が率いる男達も、巨大生物に銃を構えた。
「さて、とりあえずあっち行こうか」
「そうだね」
結衣と玲奈は銃を構えたまま、巨大生物にゆっくりと近付いていく。
巨大生物が2人に掴み掛かろうとした瞬間、結衣はそれをしゃがんで避けて背後に付き、玲奈は素早く側転をして、結衣の隣に並んだ。
巨大生物の背中を見て、玲奈がある事に気付く。
「…結衣姉、背中の色、前と少し違うね」
「…そう?」
「いや、そうでしょ…」
玲奈の言った通り、巨大生物の背中は他の部位と比べて、少し赤味がさしていた。
「…って事は」
「弱点かも…」
玲奈はそう呟き、銃を結衣に返して、ナイフを取り出しながら巨大生物に向かって走り出す。
そして、巨大生物の背中に飛びつくように斬りかかった。
巨大生物は大きく怯み、楓と青柳達が居る方へと仰け反る。
更に、仰け反った巨大生物の腹部を、楓が勢い良く蹴りつけた。
最終的に、元の位置に戻される巨大生物。
「よし、攻撃開始!」
結衣の号令によって、巨大生物は一瞬で銃弾の嵐に曝された。
その中でもやはり、背中に当たっている結衣の攻撃が、一番効いている様子。
「…背中やな」
楓はそう呟いて、青柳を見る。
「おい、青柳っちゅうたか。お前、大神ん所に行けや」
「む、無茶言わないでくれよ…。俺はあの2人みたいに避ける事なんて…」
青柳は突然の理不尽な命令に困惑したが、楓は全く表情を変えずにこう言った。
「ガタガタうっさいわ。早よ行け」
「だから…」
命令を実行する気が青柳に無い事を悟り、溜め息を吐く楓。
「…ったく、ホンマに使えんな。ほんなら、ウチが行ってやるさかい、お前らは奴の気を引けや」
「わ、わかった…!」
「…どさくさに紛れて、ウチに当てるんやないで」
楓はそう言い、銃を肩に掛けて、巨大生物を睨んだ。
「(…隙を作ってもらうか)」
向こう側に居る結衣に、視線を送る楓。
結衣は意図を汲み取って、リボルバーを取り出した。
「喰らえ!」
巨大生物の背中に、結衣がリボルバーを発砲する。
しかし、その銃弾が命中する寸前で、巨大生物は素早く振り返って結衣の方に体を向け、銃弾を正面で受け止めた。
楓の作戦が失敗したと思った青柳は、焦ったように銃を構える。
しかし、彼女にとっては想定の範囲内であった。
「このボケが。がら空きやないか」
そう呟いて、背中を思い切り蹴りつける。
巨大生物は予想外の攻撃に驚き、思わず転倒した。
楓はその隙に、巨大生物の横を悠々と歩いて、大神姉妹の元へ行く。
「ほな、やるで」
「楓、もうちょっと緊張感出せない…?ほら、あちらのお3方、呆然としていらっしゃるからさ…」
結衣が苦笑していると、楓は倒れている巨大生物を見て、嘲笑しながらこう言った。
「知らんわ。こいつがトロすぎるのが悪いんや」
「ですよねー…」
唸り声のような物を上げながら、ゆっくりと立ち上がる巨大生物。
どうやら度重なる不意打ちに、憤慨しているようだった。
「…怒ってるのかな」
その様子を見て、目を細める玲奈。
「ふん。ただの単細胞や思っとったが、感情はあるみたいやな」
楓が吐き捨てるようにそう言うと、流石の玲奈も苦笑を浮かべながら、こう言った。
「…朝霧さん、酷い事言いますね」
「正直に言うてるだけやで」
「余計に酷いですよ…」
突然、雄叫びを上げる巨大生物。
そして、結衣達に背中を向けて、青柳達3人がいる方向へと走り出した。
「あいつ!先にあの3人をやる気だ!」
結衣の推測通り、3人に襲い掛かる巨大生物。
青柳とその隣に居た男は間一髪で巨大生物の横を通り抜ける事ができたが、後ろに居た男は瞬間的に動く事ができずに、掴まれてしまった。
「しまった…!」
青柳が素早く振り返って、巨大生物の背中にアサルトライフルを連射する。
銃を持っている玲奈以外の他の全員も発砲したが、巨大生物はその攻撃に耐えて、掴んだ男を胸元へと持っていった。
鳴り止んだ銃声に代わって、咀嚼の音がその場に響く。
その音は、青柳の正常を一瞬で奪った。
「うわぁぁぁッ!」
叫びながら銃を乱射して、巨大生物に向かって走っていく青柳。
正面からの攻撃が通じない巨大生物は、当然怯む事無く、青柳を迎撃しようと爪を構えた。
「ちっ…。まずいな…」
楓は舌打ちをして、通じないとわかっていながらも、巨大生物を撃ち始める。
結衣と青柳の仲間の男も同時に撃ち始めたが、巨大生物に変化は無かった。
「青柳さんッ!落ち着いてくださいッ!」
青柳の仲間の男が必死に呼び掛けるが、今の青柳にその声は聞こえない。
そして、青柳が巨大生物の攻撃範囲まで近付いた時、その凶悪な爪は振り下ろされた。
第27話 終




