第22話
第22話
"集合"
恭子が投げた閃光手榴弾による強い光と大きな音に、視覚と聴覚を奪われた葵と凛。
それでも葵は、爆発の寸前に目を腕で覆い、視覚だけは何とか少しだけ守る事ができた。
聴覚は完全に奪われているものの、残っている僅かな視覚だけを頼りに、恭子を追って階段を降りていく。
「待ちな…さい…!」
全力で追いかける葵だが、やはり閃光手榴弾によるダメージが響き、思うように体が動かない。
そして、無理に動かす体には限界があった。
「…くっ」
ふらつく体を支えようと、階段の手すりにもたれかかる。
「葵さん!」
凛が駆けつけてきたのと同時に、葵は気を失った。
「凛!どうしたの!?」
葵が倒れた階である5階を捜索していた大神姉妹の2人が、騒ぎに気付いて駆けつけてくる。
「結衣!さっき上で…」
その時、上への階段から、複数の患者が現れた。
それを見て、ナイフを取り出す玲奈。
「…とりあえず宮城さん、神崎さんを安全な場所にお願い。ここは私達が何とかする」
「恩に着るわ…!」
凛は気を失っている葵を背負って、階段から離れた。
結衣が、横目で玲奈を見る。
「…玲奈。今、どんな状況?」
「こんな状況」
「…的確な説明、どうもありがとう」
「どういたしまして」
戦闘を始めると、玲奈はすぐにこちらが不利な事に気付いた。
結衣が患者を仕留める度に、その患者は死体となって階段の上から落下してくる。
玲奈はその落下してくる死体のせいで、患者に近付く事ができなかった。
「(地形が悪すぎる…。これじゃあ戦えない…。)」
「玲奈、これ使いなよ」
そんな玲奈の様子に気付いた結衣が、2丁のハンドガンの片方を、彼女に差し出す。
「…いいの?」
「今回だけだよ?」
「…それじゃ遠慮なく」
ハンドガンを受け取った玲奈は、結衣と並んで階段の上に居る患者の掃討を始めた。
当然、結衣には劣るものの、玲奈も射撃の腕は一級品。
結衣が2丁で戦うよりも、1丁を玲奈に渡した方が、戦力は上だった。
「結衣姉、弾」
「はいよ」
予備の弾を、適当に投げて渡す結衣。
玲奈はそれを見ないでキャッチして、慣れた手付きで銃を再装填する。
何年もの間、共に戦ってきた2人の息は、見事な程に合っていた。
「あ、また首撃ってる」
「…いいじゃん別に。仕留めれば良いの」
「プロならプロらしく頭を撃ちなさい!」
「…プロとかどうでも良いんで」
「良くない!今や大神姉妹と言えば泣く子も黙る…」
「この前会った迷子の女の子、結衣姉の一発芸見て笑ってくれたね」
「あの子可愛かったね~。…じゃなくてさ」
階段の上に居た患者は、全員死体となって転がり落ちた。
「さてと…。宮城さん、どこ行ったのかな」
「5階のどこかってのは確かだから、とりあえず歩き回ろう」
「そうだね」
通路を歩き始める2人。
すると、近くにあった扉の前に、凛が立っていた。
2人を見つけて、軽く手を振る。
「助かったよ。ありがとう」
「おぉ、デレてる」
「…は?」
「何でもないっす」
「…神崎さんは?」
玲奈が心配そうに訊くと、凛は部屋の扉を開けて、壁にもたれかかっている葵の姿を見せた。
「気を失ってるだけ。…ま、閃光手榴弾を間近で喰らって無理に動き回ったら、こうなるのは当然だけど」
「閃光手榴弾ってまさか…峰岸さん?」
驚く凛。
「え、あなた達も会ったの?」
「ちょっと前に私達も、閃光手榴弾をプレゼントしてもらったよ」
結衣は呆れたようにそう言った。
「…彼女、何者かしら」
凛がそう呟く。
すると、玲奈が近くにあった椅子に腰を下ろしながら、こう言った。
「正常な人間とは言い難い気がするな」
「…玲奈、それどういう事?」
「結衣姉も見たでしょ?あの目だよ」
「目、ねぇ…」
そこで、凛が何かを思い出して、2人に訊く。
「そういえば、楓さんと上条は?」
「4階に居るハズだけど…。どうしたの?」
結衣が答えると、凛は机の上に置いておいた自分のアサルトライフルを手に取り、部屋の出口へと向かった。
「私、探してくる。あの人が彷徨いている以上、離れて行動するのは危険だから」
それを止める結衣。
「ちょっと待ちなよ。今からあんたが取ろうとしてる行動こそが、その危険な事なんじゃないの?」
「でも…」
すると、玲奈がさっき借りた銃を結衣に返しながら、2人にこう言った。
「じゃあ、2人で行ってきなよ。神崎さんは私が見張っておくから」
「そんな…。玲奈ちゃん1人じゃ危険…」
「よし。玲奈、任せた!」
「ちょっと!人の話を聞きなさいよ!」
「玲奈は大丈夫。むしろ、1人の方が戦いやすいだろうし。でしょ?」
「…まぁね」
「そういう事」
得意気な顔で凛を見る結衣。
凛は結衣の言葉と玲奈の実力を信じて、部屋を出た。
「凛!早いってば!」
4階へと向かって走り続ける凛と、それを追う結衣。
「そっちが遅いの!」
「じゃあ合わせてよ!」
「無理!」
足の速さには自信がある結衣であったが、凛のスピードには付いていけなかった。
「ちょ…マジで早いって…!」
それでも、何とか凛との距離を一定に保つ結衣。
4階に到着した時には、くたくたになっていた。
「楓さん!」
呼び掛けながら、通路を歩き始める凛。
「…休憩しよ?」
結衣が休憩を促すが、彼女は一瞥もせずにそれを拒否した。
「勝手にしてなさい!」
「うえーん…」
すると、凛の声を聞いた楓と亜莉紗と明美の3人が、2人の前に姿を現した。
「…宮城、どないしたんや?」
先頭に居る楓が、凛に訊く。
「楓さん!とりあえず来てください!」
「おい…引っ張んなや…」
凛は有無を言わせずに楓の腕を引っ張って、5階へと戻っていった。
亜莉紗と明美が、困惑しながら結衣を見る。
「凛ちゃんどうしたの?大分焦ってるように見えたけど…」
「説明は後…って、なんであんたが平然と一緒に居るの…?」
明美を見て驚く結衣。
すると明美は、歩き出しながら笑ってこう言った。
「成り行きよ」
「成り行き…?」
「そう」
「…まぁいいや。とりあえず5階に行こう。玲奈と葵さんが待ってる」
「わかったわ。行きましょう」
3人も凛と楓に続き、階段を登っていった。
「…宮城、さっさと説明しろや」
不機嫌そうにそう言って、凛を見る楓。
凛は何と言えば良いのか少し考えた後、こう言った。
「実は、謎の人物が現れまして…」
「謎の人物?峰岸恭子っちゅう奴か?」
「え、知ってるんですか?」
驚く凛。
「知っとるも何も、この目で見たわ」
「そうですか…。ご無事で何よりです」
2人の少し後ろを歩いている3人も、全く同じ内容の会話をしていた。
「なーんだ。みんなも知ってたんだ。峰岸恭子の事」
「その様子じゃ、結衣も会ったみたいだね」
「うん。…とは言っても、その時は玲奈が何とかしてくれたけど」
「玲奈ちゃん、あれと戦ったんだ…」
苦笑する凛。
すると、その隣に居る明美が、こんな事を言った。
「…どうして、私達全員と接触したのかしら」
「んー?そりゃあ…」
「そりゃあ…何?」
結衣の言葉の続きを、凛が訊く。
結衣は溜め息を吐いて、両手を上げながらこう言った。
「…わかんない」
「何でわかった素振りを見せたの…?」
「あ、そーいえば…」
明美を見て、ある事に気付く結衣。
「お仲間は一緒じゃないの?」
彼女は全く表情を変えずに、こう答えた。
「やられたわ。峰岸恭子にね」
「…そうなんだ」
その場の雰囲気が、一気に気まずくなる。
黙り込んだ2人を見て、明美は笑い出した。
「そんなに気を使わなくても良いわよ。いつ死んでもおかしくない世界なんだから、一々仲間の死に悲しんだりなんかしないわ」
「それはそれでどうかと思うけど…」
「うふふ…。ほら、着いたみたいよ」
話を打ち切るように、凛と楓が入っていった部屋へ向かう明美。
しかし、さっき言った言葉とは裏腹に、彼女は心の中でこう呟いていた。
「(…仇は討つわ。安らかにね)」
第22話 終




