第20話
第20話
"多勢に無勢"
「結衣姉!後ろ!」
「わかってるって!」
5階を捜索している、大神姉妹の2人。
その階は、患者で溢れかえっていた。
「多勢に無勢ってね!このままじゃマズいよ!」
「ガタガタ言わないで。1体1体減らせば良いだけ」
「気が遠くなる事言うね!」
「うるさい」
倒しても倒しても、一向に減らない患者。
その数は、50体以上に及んでいた。
「(…とは言ったものの、結衣姉の言った通り、このままじゃ数にやられちゃう)」
心の中でそう呟いて、舌打ちをする玲奈。
彼女は辺りを見渡した後、ナイフを逆さに持ち替えた。
ステップで正面の患者に素早く近付き、水面蹴りで転倒させる。
次に、背後から近付いてきた患者の顎を見もせずに蹴り上げ、左右に居た患者の首にナイフを突き刺し、一瞬で4体の患者を制圧した。
気を抜かずに、次の患者の元へ滑り込むように近付く。
その患者が振ってきた爪の攻撃をバックステップで一旦避けて再び近付き、患者の腹部を2本のナイフで一気に斬り裂く。
ぼとぼとと落ちてきた患者の内容物を見て、玲奈は思わず顔をしかめた。
そこで、3体の患者がそれぞれ玲奈の前と左右に現れ、彼女を囲う。
玲奈は大して焦った様子も無く、バク転をして正面に居る敵を蹴り上げる蹴り技、サマーソルトキックをして前に居る患者を仕留めながら後ろに下がり、勢い良く飛びかかって2本のナイフを患者の首に突き刺した。
「ふぅ…」
「へぇ、やるようになったじゃん」
「まぁね」
「よーし、それじゃお姉ちゃんも、本気を出すとしますか~!」
そう言って、構えていた2丁のハンドガンをしまう結衣。
「…え、しまうの?」
「私だってできるって事を見せないとね」
「誰に?」
「さぁね~」
結衣はいたずらっぽく笑ったかと思うと、突然背後に居た患者を肘で殴った。
「さ、行くよ!」
気合いを入れ直し、目の前の集団に突っ込んで行く結衣。
最初に取った行動は、なんと挑発だった。
人差し指を立てて手前に倒し、"かかってこい"という意志を伝える。
玲奈はそれを見て、溜め息を吐いた。
「いや…意味無いよ…」
「気分気分!」
右手で拳を作り、患者の顔面を殴りつける。
その殴った手をそのまま右手側に居た患者に裏拳のような形で打ちつけて怯ませ、そこに前蹴りを入れた。
更に、患者を蹴ったその足を下ろさずに、そのまま左手側まで大きく回して、そちらに居た患者を蹴り飛ばす。
最後に、正面に居た患者に掴み掛かって、見事な一本背負いを決めて見せた。
「よし!」
「患者に一本背負いって…」
「プロレス技でも良いよ?」
「どっちでも良いよ…」
背中合わせになる2人。
「まだまだ居るねぇ…」
「うん」
「気を抜くなよ~?」
「うん」
「…適当に返事してる?」
「うん」
「………」
「ほら、やるよ」
「はーい…」
2人はそれぞれ、目の前に居る患者に飛びかかった。
患者の顔面を膝で蹴りつける結衣。
2本のナイフを患者の両肩に突き刺す玲奈。
そしてお互いに、集まってきた患者を体術だけで一掃した。
その後、患者は次々と減っていき、ついに最後の1体となる。
「多勢に無勢って、言ってたね」
「言ったっけ?」
「…言ったじゃん」
「じゃあ、言ってないって事にしよう」
「はいはい…」
結衣がリボルバーを取り出し、最後の1体の頭を撃ち抜いた。
「これで終わり…っと」
銃をしまう結衣と、ナイフをしまう玲奈。
しかしその時、2人は背後から殺気を感じ、同時に振り返って再び武器を構えた。
「…誰?」
そこに居たのは1人の女性。
「こんばんは」
峰岸恭子だった。
その頃…
「どうしますか?」
「そうねぇ…」
葵と凛が捜索する予定の6階。
そこにも、多くの患者が待ち受けていた。
「ここは賢い戦法を取りましょう」
「と、言いますと?」
「突撃よ」
「………」
葵は刀を抜いて、患者の群れへと歩いていく。
凛は溜め息を吐きながら、銃を構えた。
近付いてくる患者を、片っ端から斬り捨てていく葵。
凛は銃を構えているだけで、中々引き金を引く局面が無かった。
「(え、何この人…)」
「凛ちゃん。後ろを頼むわ」
「…後ろ?」
振り返る凛。
数体の患者が、こちらに向かってきていた。
「いつの間に…」
凛はそう呟いて、発砲を始める。
「(挟まれた…多勢に無勢…)」
葵の方に居る患者の数を確認しようと凛が振り返ると、彼女は既に戦闘を終えていた。
二度見する凛。
「早ッ!?」
「うふふ…あなたも刀使ったら?」
「多分、武器の問題じゃないと思います…」
「あら、そう?」
結局、背後から迫ってくる患者も、葵が相手をする事になった。
患者の数は9体。
手始めに先頭の患者を真っ二つにして、刃身に付いた血を振って払う。
次に近くに居た患者を、刀で斬り上げて仕留める。
斬られた患者は一瞬、宙に浮いた。
そのまま左、右と順番に振り、2体を仕留める。
間髪入れずに、その奥に居た3体の患者の頭を、一振りで斬り落とす。
最後に、残った2体を真っ二つにして、その戦闘はあっという間に終わった。
「………」
呆然としている凛を見て、微笑む葵。
「うふふ…どうしたの?鳩がライフル食らったみたいな顔しちゃって」
「それどんな顔ですか…」
2人は6階の捜索に取り掛かった。
しばらく歩いた所で、葵が何かを見つける。
彼女は窓を指差しながら、凛に呼び掛けた。
「凛ちゃん」
「はい?」
「蜘蛛よ」
「雲…ですか?」
「えぇ蜘蛛。やっぱり嫌い?」
「…嫌いとか好きとかあるんですかね?雲」
「あら、私は大嫌いだけど。蜘蛛」
「え、大嫌い…ですか?雲ですよ?」
「なんと言っても、見た目がね…」
「…あぁ。どういう形の雲が嫌いなんですか?」
「やっぱり大きいのはちょっと…」
「…だとしたら、小さい雲は大丈夫なんですか?」
「小さい蜘蛛なら、あまり気にならないわね。まぁ、いきなり目の前に現れた時はびっくりしたけど」
「目の前に現れたんですか!?どこでですか!?」
「い、家だけど…」
「相当高い場所にあるんですね…葵さんの家…」
「いや普通よ?蜘蛛なんて、誰の家でも見つかりそうだけど…」
「いや見つかりませんよ!」
お互いの誤解が解けたのは、かなり後の事だった。
一方…
「…あ、そういえば明美さん。1階で私と結衣を部屋に閉じ込めたのって、明美さんですか?」
「え?そんな事はしてないけど…」
亜莉紗が結衣と1階の部屋を調べている時に、突然扉がしまって閉じ込められた時の事を思い出す。
「そうなんですか?その時、近くに明美さんの銃の薬莢が落ちてたもんなんで…」
それを聞いた明美は、何かを考える素振りを見せた後、亜莉紗にこう訊いた。
「…それって、私と会う前の事?」
「えーと…。はい、明美さんと会うほんの少し前の事です」
「だとしたら変ね。私はあなた達と会うまでは、1発も発砲してないわよ」
「え…?」
その会話を聞いていた楓が、ゆっくりと呟く。
「…訳ありみたいやな」
「訳ありって、どういう意味ですか?」
亜莉紗はそう訊いたが、明美は既にどういう事かを察した様子だった。
「…どうやら、誰かが私に濡れ衣を着せようとしたらしいわね」
「沢村さん、薬莢の回収してへんかったやろ。多分犯人は、それを拾って現場に撒いたんやろうな」
「って事はつまり…」
「えぇ。私が殺そうとしたかのように思わせる工作を、誰かがしたって事よ」
それを聞き、楓が鼻で笑う。
「ふん…。案外、心当たりはあるもんやな」
「全くね…」
2人は、恭子の姿を思い浮かべていた。
第20話 終




