第17話
第17話
"依頼主の出現"
「結衣…?」
突然発砲したかと思えば、誰も居ない場所に向かって喋り始めた結衣に、亜莉紗は当然困惑する。
もう一度目を凝らして廊下の先を見てみるが、彼女に見えるのは暗闇だけだった。
「…結衣、ミスったの?」
「い、いや、そんなハズは…」
結衣の自信が無くなりかけたその時、何者かの足音が聞こえてきた。
「…嘘、本当に居たの?」
「ほら言った」
「…焦ってたよね、さっき」
「何を言うか」
ゆっくりと足音を響かせながら、2人の前に現れる人物。
その人物に、2人は見覚えがあった。
「あんたは…」
現れたのは、裏の世界で武器の取引を仕切っている、"キング"と呼ばれる女性だった。
「久しぶりね。大神結衣と…えーと…」
「…上条亜莉紗です」
「そうそう」
「(忘れられてたー…)」
結衣はリボルバーを取り出して、彼女を見る。
「…その節はどうも」
結衣が使っているリボルバーも、彼女から買った物だった。
「いえいえ。私は商売をしただけよ。礼を言われるような事は何も…」
キングが言い切る前に、彼女の頬の1センチ横を1発の銃弾が通り過ぎる。
それは、結衣が発砲した銃弾だった。
「…どうしてあんたが居るの?」
「…いきなり喧嘩腰ね」
「答えてよ、次は当てるよ」
リボルバーの撃鉄を指で起こして、発砲の意志を見せつける結衣。
キングはそれを見て、突然笑い出した。
そして次の瞬間、素早く銃を取り出し、笑顔のまま結衣に銃を構えてこう言った。
「ふふ…これで状況は同じね」
「………」
引き金を引くタイミングを逃した結衣が、苦笑する。
こうなった場合、先に撃った方が勝ちと思われがちであるが、手練れ同士の場合は違う。
発砲寸前に気配を読まれ、バカバカしい話ではあるものの、弾を避けられる可能性があるのだ。
2人は、お互いに引き金を引けない膠着状態へと陥った。
キングが構えている銃を見て、結衣が呟く。
「デザートイーグル…あんただったんだ」
「何の事かしら」
「薬莢残して去るバカの事」
「あなただって処理しないでしょうよ?」
「しないよ」
「あぁそうなの…」
それからしばらく沈黙が続いたが、結衣が口を開いた。
「…1つ、取引したいの」
「言ってみなさい」
「私が銃を下ろしたら、あんたも下ろす。ってのでどう?」
それを聞いたキングが、ニヤリと笑う。
「…裏切った場合は?」
結衣も、同じように笑った。
「…さぁね」
そこで、ずっと固まっていた亜莉紗が、バレないように銃を取り出す。
しかし、構えるまでには至らなかった。
「こらこら。こっそりやろうなんて、許さないわよ?」
「………」
再び固まる亜莉紗。
その時、さっきと同じ銃声が、再びその場に鳴り響いた。
「…私の勝ちだね」
結衣がそう言って、銃を下ろす。
キングの頬に、銃弾がかすった傷痕ができていた。
「…油断したわ」
キングは銃をしまい、両手を挙げる。
頬をかすったという事はつまり、頭を撃ち抜けたという事。
彼女は既に、死んでいるハズなのだ。
では何故、結衣は外したのか。
すぐに、キングはそれを訊いた。
「どうして外したの?」
「…訊きたい事があるからね」
「…そう。本当なら殺されてた身だし、何でも答えさせてもらうわ」
「…まず、どうしてここに居るのか、から教えて」
挙げた両手を下ろしながら、質問に答えるキング。
「奪還…と言った所かしら」
「奪還?何を?」
「とあるファイルよ」
「ファイル!?」
亜莉紗が驚くと、キングは2人がここに居る理由を察した。
「…そう。あなた達は私の依頼を受けたのね」
「私の依頼?何を言ってるの?依頼主の名前は沢村…」
「沢村明美…私の名前よ」
「え…?」
「へ…?」
状況が飲み込めない2人。
「…まぁ、本名では無いけれど」
「いやそういう事じゃなくて…依頼主のあんたが依頼内容を実行してどうするの?」
すると、彼女、明美はこう答えた。
「重要な物なのよ。この上無く…ね」
「重要な物を…無くしたんですか?」
恐る恐るといった様子で、亜莉紗がそう訊ねる。
「奪還…つまり奪われたのよ。心当たりはあるのだけれど」
「心当たり?」
「えぇ。…いいわ、教えて上げる」
明美は咳払いをした後、話を始めた。
「私が制作した生物兵器、D細菌を狙っている組織は…」
そこまで言って、言葉を切る。
「…どうしたの?」
結衣が訊くと同時に、明美は突然銃を構えて、彼女に向けた。
「な…!」
「油断したわね」
結衣は予想だにしなかったその展開に面食らって、瞬間的な動きができずに、ただただ明美を見つめるだけ。
隣に居る亜莉紗も、全く同じ様子だった。
明美は何の躊躇いもなく、引き金を引く。
重々しい銃声が、2人の耳に鳴り響いた。
思わず目を瞑る結衣。
しかし、いつまで経っても衝撃が来なかった。
「…あれ?」
目を開けて、体のあちこちを触ってみるが、異常は無い。
どうやら、被弾はしていないようだった。
「何で…?え…?」
困惑する結衣。
すると、彼女の背後で、何かが倒れた音がした。
結衣と亜莉紗が振り返ったのと同時に、明美が喋り始める。
「全く…本当に油断したわね、あなた」
2人が見た物は、頭を撃ち抜かれて死んでいる患者だった。
それを見て、2人は状況を理解する。
「私を撃ったんじゃなくて…」
「患者を撃ったんだ…」
「そういう事。じゃあね」
明美はそう言って、やってきた道へと引き返していった。
引き止めようとする結衣。
「待ってよ!話はまだ…」
「なーに言ってんのよ。今の"貸し"を返してもらうまでは、話す義理なんて無いハズよ」
「止まらなきゃ撃つよ!」
「ご自由に」
「ぐぬぬ…」
明美は2人の前から、姿を消してしまった。
亜莉紗がさっきの会話の一部を思い出し、結衣に話し掛ける。
「…ねぇ、あの人銃を構える前に、"私が製作した生物兵器"って、言ってたよね?」
「言ってたね」
亜莉紗はその後、意味深な質問をした。
「…患者って、人間が生物兵器に感染した姿なんだよね?」
それを聞いた結衣は、眉をひそめながら亜莉紗を見る。
「…それってまさか」
その時、僅かな振動と共に、微かな爆発音が聞こえた。
「今の…爆発?」
「…上からだね、行こう」
話を止めて、走り出す結衣。
亜莉紗も、それを追って走り出した。
地面に血液を垂れ流しながら、必死に葵と玲奈から逃げる男。
階段を降りようとした所で丁度、1階から登ってくる明美に遭遇した。
「どうしたの?取り返しの付かない傷負っちゃって」
男の手首を見て、驚く明美。
「キング…!まずい事になりました…!」
その男は明美の部下であり、"ジャック"という名称で呼ばれていた。
「落ち着きなさい。何があったの?」
「神崎葵が居ます…!」
「…なんですって?」
噂をすれば影が差す。
2人の前に、ジャックの血痕を追ってきた葵と玲奈が現れた。
「あら、武器商人のキングさんじゃないの。ごきげんよう…うふふ」
明美を見て、不気味に笑いながら刀を抜く葵。
玲奈も、明美の手元にあるデザートイーグルを見て、ナイフを取り出した。
「…参ったわね」
目の前の戦力差に、明美は苦笑する。
更に、1階へと降りる階段から、結衣と亜莉紗も現れた。
「うわ、どういう状況?」
「あの人手首無いけど大丈夫なのかな…」
完全に勝ち目が無くなった明美。
彼女は4人を順に見た後、うっすらと笑みを浮かべた。
第17話 終




