第16話
第16話
"大切な事"
「そういえば、玲奈ちゃん」
「何ですか?」
「ちょっと身長伸びたんじゃない?」
「そ、そうですかね…」
「そうよ。育ち盛りなんだから」
「はぁ…」
「ま、胸は相変わらずね…」
「ッ!?」
そんな話をしている玲奈、葵の2人であったが、それは信じがたい事に、戦闘中にしていた会話だった。
「でも大丈夫。需要はあるわ」
「…いいから黙って戦いましょうよ」
「…やっぱり気にしてる?」
「い、いーから!」
「うふふ…可愛いわね…」
2人が患者と遭遇したのは、2階に到着した直後の事。
よって、捜索はまだ始めていなかった。
患者の数は決して少なく無かったが、既に大半が斬られており、現在優勢なのは玲奈と葵の2人。
患者の方は劣勢どころか、全滅寸前だった。
「もう。手応え無いわねぇ…」
患者のあまりの弱さに、文句を言い出す葵。
すると、玲奈が目の前に居る患者を蹴り飛ばした後、葵にこう言った。
「手応えって…私達は戦う為に来てるんじゃありませんよ?」
「あら、そうなの?」
「そうなのって…ファイルですよ、ファイル」
「あぁ、そうだったわね」
「………」
2人は完全に、患者を侮っていた。
全滅を確認して、武器をしまう2人。
「さて、行きましょうか」
「はい」
歩き出す2人。
しかし、葵がすぐに立ち止まって、玲奈を見た。
「…どこに?」
「え?」
「どこを調べれば良いのかしらね?」
困惑する玲奈。
「…それ、私に訊いてるんですか?」
「そうよ」
「いや、私に訊かれても…」
「困ったわねぇ…」
結局、他の2組と同じように、まずは歩き回る事になった。
道中、葵の武器を見て、玲奈が呟く。
「日本刀…」
「…興味あるの?」
「…聞いた話では、すぐに刃こぼれするって」
「使い方によるわ。硬いものをいくつも斬ったり、鍔迫り合いなんかしたらボロボロになるけど、柔らかい物を斬ってる分なら、案外長持ちするのよ?」
"柔らかい物"という言葉に、玲奈は苦笑した。
「今までで、何人斬ったんですか?」
「覚えてないわ」
「…私より、多いですか?」
俯きながらそう訊く玲奈。
「えぇ」
葵は、迷う事なく即答した。
「…いつからだったかしらね。抵抗が無くなったのは」
玲奈は俯いたまま、話に耳を傾ける。
「私ね、一番最初に依頼を受けた時、殺害対象を斬らずに逃がしてしまったの」
「…斬れなかった、って事ですか?」
「そう。人を殺すなんて狂気の沙汰って考えてた。…まぁ、それが正常なんだけど。当然、依頼主は激昂したわ」
そこで、玲奈が一旦話を止めた。
「ちょっと待ってください。今まで一度も依頼を失敗した事が無いんじゃ…」
「…その話には続きがあってね。私が初めて斬った人間は、その依頼主なの」
「…え?」
「噂は人が広める物。私の失敗を唯一知ってる人物が死んだんじゃ、私の失敗は他の誰の耳にも入らない。つまり、依頼成功率100%なんて嘘。私は1回、確かに失敗してるのよ」
静かに笑う葵。
玲奈は話を聞いていて、1つ気になった事があった。
「依頼主を斬った理由は、失敗を隠す為…ですか?」
「それは違うわ。…と言っても、信じてもらえるかはわからないけど」
「教えてください」
「失敗なんてどうでも良かった。ただ単に、そいつが気に食わなかっただけよ」
「…は?」
「うふふ…説明が足りてなかったわね。"お前は人を殺すしか価値の無い人間だ"って言葉が、頭に来たの」
それを聞いて、言葉を失う玲奈。
葵は、話を続けた。
「気が付けば、斬っていたわ。腕、足、頭、全部切断したっけ。そいつの言葉を否定する為に、必死だったわ」
「否定…?」
「私は他にも価値があるって、心の中でひたすら繰り返してたの」
「(私は他にも価値がある…)」
玲奈は話を訊いていて、何だか自分の事のように思えてきた。
「…そういうのを考えた事、あなたにもあったんじゃないかしら?」
「………」
沈黙という肯定を返す玲奈。
そんな彼女に、葵は優しく微笑みかけた。
「…そういうのは、あまり考えちゃダメよ?考えれば考える程、モヤモヤしてくるからね」
「じゃあ、どうすれば良いんですか」
玲奈が不機嫌そうに訊く。
すると、葵は相変わらずの笑顔で、こう答えた。
「何でも良いから、目標や矜持を持ちなさい。何があろうと、絶対に曲げない何かをね」
「矜持…ですか?」
「どんなに辛い目、酷い目に遭っても、目標や矜持だけは忘れずに生きるの。これって結構、大切なのよ?」
「…精神論は嫌いです」
「うふふ…いずれわかるわ」
2人の会話はそこで終わる。
「(矜持…か)」
玲奈は1つ、悩みが無くなった。
しばらく歩いた所で、葵がとある部屋の前で立ち止まる。
「…神崎さん?」
それに気が付き、名前を呼ぶ玲奈。
すると、葵が突然、その部屋の扉を勢い良く開けた。
「な…何してるんですか…?」
「ビンゴね」
部屋の中に、1人の男が居た。
「ちっ…!」
男は銃を取り出そうとしたが、葵が一瞬で距離を詰めて、刀の先端を男の右手に突き付ける。
「動いたら…わかってるわね?」
それでもその男は、葵の行動をただのハッタリだと思い、怯まずに銃を構える。
当然、ハッタリでは無かった。
刀を振る葵。
男の右手は銃を握ったまま、鮮血を撒き散らして地面に落ちた。
「ッ!?」
あまりの速さに、男は一瞬、何が起こったのかを理解できずに、硬直する。
しかし、襲ってきた激痛によって、それを理解した。
「だから言ったじゃないの。次は首を落とすわよ」
葵はそう言って、ひざまずいた男の首に刀を当てる。
それまで葵の顔を見ていなかった男は、その時やっと目の前に居るのが誰なのかを知って、深く後悔した。
「神崎…葵…!」
「あら、知ってるの?」
「…多分、"この世界"で知らない人居ませんよ」
そう言ったのは、ずっと黙って見ているだけだった玲奈。
男は大神姉妹の片方まで居ると知ると、全てを諦めて俯いた。
「聞いてない…こいつらが居るなんて聞いてないぞ…」
男が俯いたまま、震え声でそう呟く。
葵は男の顎を刀の先端で持ち上げて、こちらを向かせた。
「さて、いくつか質問させてもらうわ。正直に答えた方が身の為よ?」
「………」
「…聞いてる?」
「…俺は何も言わない。殺すなら殺せ!」
その言葉を聞いて、溜め息を吐く葵。
そして、刀を振り上げた。
「ちょ…ストップ!」
玲奈の声に、手を止める葵。
「こいつを殺しても、こっちには得なんか無いですよ」
「殺しはしないわ」
「じゃあどうするつもりですか」
「脅すのよ」
「…そうは見えませんけど」
刀を握っている葵の手を見ながら、玲奈が呟く。
その時、突然震動と共に、上の階から大きな爆発音が聞こえた。
「何…?」
天井を見上げる葵。
男がその機会を逃すはずも無く、素早く立ち上がると、一瞬で部屋から出て行った。
「あら、逃げ足の早いこと」
「追いますか?」
「もちろん。怪我をした子供は、親の元へと行くハズよ」
玲奈に、嫌な予感が走る。
「…つまり?」
「あの男の組織から話を聞きましょう。…うふふ、力尽くでね」
葵は不気味な笑みを浮かべながら、歩き出した。
溜め息を吐く玲奈。
「(今まで一度も無かったけど、ついに組織との抗争かぁ…)」
裏の世界で長い間、なるべく敵を作らないようにして生きてきた玲奈はあまり気が進まなかったが、今の葵を止める程の勇気は無かった。
第16話 終




