第15話
第15話
"抜群の相性"
「………」
「………」
無言で階段を登り続ける楓と凛。
3階に到着すると、凛が口を開いた。
「楓さん、どうします?」
「せやな…」
楓は少し悩んだ後、歩き出しながら凛を見る。
「とりあえず見回るで。怪しい場所を探すんや」
「わかりました」
2人は結衣達と同じように、まずは歩き回る事にした。
再び無言になる2人。
お互い、無駄な事はあまり話さない人間なので、こうなる事は当然だった。
しかし、しばらく歩いた所で、楓が凛に話し掛ける。
「…宮城、依頼はこれで何度目なん?」
「えーと…覚えてないです…」
「そうか。ならええわ」
「…どういう事ですか?」
「こなした依頼の数を覚えてるような素人には、背中を預けられんからな」
「………」
凛はどことなく、嬉しそうだった。
2人はその後も歩き続けて、3階を捜索する。
しかし、特に気になる箇所を発見できないまま、一周してしまった。
「…何かあったか?」
「いえ…」
落ち込む2人。
「…しゃあない。葵さんの居る階に行くで」
楓はそう言って、階段の踊り場へと戻っていく。
凛も彼女の後をすぐに追ったが、その時、不審な音を耳にした。
「………」
立ち止まった凛に気付き、楓も立ち止まる。
「…宮城?」
「今、何か聞こえませんでしたか…?」
「何かって、何や」
確信が無かった凛は楓の反応を見て、気のせいだと考えた。
「…すみません。空耳でした」
しかし、楓は階段から離れ、凛の隣に戻ってくる。
「…火のないところに煙は立たんで」
「で…ですから…」
もじもじしている凛のおでこに、楓がデコピンをした。
「あたっ」
「アホ。五感よりも直感を頼りぃや」
そう言って、歩き出す楓。
「ま、待ってくださいよ!どこから音が聞こえてるかもわからな…」
凛がそう言い掛けた時、不審な音が再び鳴った。
動きが止まる凛。
今度は楓にも聞こえたらしく、彼女も反応を見せた。
「…今のか?」
「…はい」
音は金属音のような物で、少し離れた場所にある部屋から鳴っている様子。
2人はお互いの背中を守りあうように警戒しながら、音がしている部屋の前へと歩いていった。
その部屋の扉は半開きになっていたので、2人は扉の隙間から中を覗いてみる。
しかし、暗闇が広がっているだけであった。
「…暗いな」
「任せてください」
凛はアサルトライフルに付いているフラッシュライトを点灯させた。
「ほう、シャレたもん持っとるな」
「滅多に使いませんけど、付けておいて正解でした」
楓が扉の横に付いて、凛が正面に立つ。
顔を合わせて頷き、楓は勢い良く扉を開けた。
凛が素早く中に入り、フラッシュライトの明かりで暗闇を照らす。
中央に、人影があった。
「人…?」
凛の呟いた声に反応して、"それ"が振り返る。
後ろ姿は完全に人間であったものの、顔面は血だらけ傷だらけの患者だった。
楓はただの患者ではない事を、持ち前の勘で悟る。
「ちっ…宮城、気ぃ張れや」
「…了解です」
凛も、患者の手元にある大きな鉄パイプを見て、それを悟った。
2人は銃を構えて、容赦なく弾丸を撃ち込み始める。
しかし、その患者は何発撃たれても、倒れる気配が無かった。
「し…死なない…?」
「下がるで」
楓は一旦銃を下ろし、凛を引っ張って部屋から出る。
外に出てみると、いつの間にか廊下には患者が徘徊していた。
「そんな…さっきは居なかったのに…」
「ボサっとすんな」
危機的状況に慣れている楓は、冷静に取るべき行動を判断する。
その場からの脱出、それが最優先だった。
背後を無視して、目の前の患者だけを倒しながら進む楓。
凛は楓の支援に回りながら、時々背後に気を配る。
ゆっくりと追ってくる患者の中に、鉄パイプを持った患者も居た。
「楓さん!あいつ追ってきてます!」
「一々騒ぐなや。1体増えたって変わらへんわ」
「でも…」
どうすれば良いのかわからなくなる凛。
すると、楓は銃の再装填をしながら、凛に向かってこんな事を言った。
「…なら、お前がやったれ」
「へ?」
「ランチャーぶっ放せば、大人しくなるやろ」
「い、いいんですか?建物が崩れちゃうと思いますけど…」
「却って好都合やないか。瓦礫積めば、奴らの足止めになるさかい」
「…どうなっても知りませんからね」
「上等や」
凛は振り返って、銃の下部に付いているグレネードランチャーの引き金に指を掛ける。
そして、患者の集団の真ん中辺りの地面を狙って、グレネードを発射した。
発射されたグレネードは見事に狙った位置に飛んでいき、着弾の衝撃によって爆破する。
その辺りに居た患者は全滅できたが、凛の予想通り建物の一部が崩れ、瓦礫によって道が塞がれた。
「やっぱり…」
「ようやった。後はこっちを片付けるで」
「良かったのかな…これで…」
前方に居る患者の殲滅を再開する2人。
近くの患者は凛が倒し、遠くの患者は楓が倒す。
2人の息は見事に合っていた。
「楓さん、援護頼みます」
「高くつくで」
凛が再装填する時は、楓が代わりに近くの患者を仕留める。
いずれにせよ、患者が2人に近付く機会は全く無かった。
そして、最後の1体を楓が仕留め、2人は銃を下ろした。
「今ので最後やな」
「相変わらず、素晴らしい腕前ですね」
楓を見て、微笑みながらそう言う凛。
楓は気恥ずかしそうに頭を掻きながら、歩き出した。
「…おべんちゃらは、仕事が終わってからにしろや」
「えへへ…」
凛は、いつになく子供っぽい笑顔になって、楓を見た。
その後は、さっきと打って変わって、全く患者が出現しなくなった。
というのも、その階に居る患者は全て全滅させてしまったからである。
「結局、何も無さそうですね」
「いや、そうでも無いで」
「…え?」
楓を見つめる凛。
「さっきの部屋、棚の中にファイルがいくつか入ってたやろ?」
「そ、そうだったんですか…?」
「…なんや、覚えとらんのかい」
「焦ってたもんで…」
楓はそれを聞いて、鼻で笑った。
「ふん、まだまだ青いな」
「ぐうの音も出ないです…」
「…ま、そんな事はどうでもええ。さっさと行くで」
「はい!」
来た道は瓦礫によって通れなくなっているので、2人はぐるっと回ってさっきの部屋へと向かう。
患者が居ないという事もあって、すぐに到着できた。
扉の前まで来た時、突然、楓の動きが止まる。
「ふむ…」
「どうしました?」
「いや、ちょっと気配がな…」
「気配…ですか?」
「…鉄パイプ持っとった奴のな」
「そんな、奴は死んだハズじゃ…」
「そのハズなんやが…」
楓はそこで言葉を切って、部屋の中へ入っていった。
「(あの爆発で死んでないの?…まさかね)」
楓の言葉を聞いて、不安な気持ちになる凛。
それを振り払うように頭を横に振った後、瓦礫のある方に顔を向ける。
「(五感よりも直感…か)」
凛は気持ちを落ち着ける為に深呼吸をしてから、部屋の中へと足を踏み入れた。
第15話 終




