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バレンタイン  作者: 瀬古冬樹
番外編
8/8

デートみたいな(後)

 日曜日は、休みの日にしては早く目が覚めた。

 司との待ち合わせは、昼。自宅で早めの昼食をとってから駅で待ち合わせようと、約束をした。本当は朝からが良かったんだけれど、それはパパからダメだと言われた。朝から夕方まで拘束するのはダメだと。好きな人とちょっとでも長くいたいのは、普通の感情なのに。

 パパもママも、私が司を好きだということをよく理解している。それが恋愛感情なのだということも、ママには言ってある。でもママは、その気持ちは勘違いかもしれないと、そう言うの。私は本当に司が好きなのに。

 朝食をとってから、自分の部屋にこもって着替えて化粧をする。司は化粧をしてるって感じがあまり好きではないみたいで、全体的に薄く、でもポイントは抑えて丁寧に自分の顔に化粧を施していく。

 化粧を終えて鏡に写った自分の顔をしっかりと確認する。髪の毛も丁寧に整える。こんな時、自分が恋をしているって実感するんだ。  早めの昼食をとったあと、司との待ち合わせに遅れないように家を出た。


 自宅の最寄駅から、司との待ち合わせの駅までは五駅。

 駅について時刻表を確認すれば、待ち合わせの十分前には着けそうだった。切符を買って改札をくぐり、ホームへと向かう。日曜日の昼だからなのか、ホームには思った以上に人がいた。

 数分待つとすぐに電車は来たけれど、車内にも人は多くて、ドア横の座席からのびた手すりにもたれかかるように立っていることにした。

 窓から見える風景は見慣れたもので、車内をこっそりと見回してみた。スーツを着たサラリーマン風の人や、恋人同士、友だち同士、楽器のようなものを持ったお兄さん、一人で乗ってる人、座席で寝てる人。色んな人がいた。

 私は、どんな風に見えるだろうか。デートの待ち合わせに向かうように見えるだろうか。

 例えば、司と一緒に歩いていたら、恋人同士に見えるだろうか。


 五駅という距離はとても遠いけれど、時間は意外と短い。ぼんやりと考えごとをしているうちに、目的の駅に到着した。

 待ち合わせは駅から出たところ。この辺では比較的大きな駅で、周りにはお店も多いし、駅から出ると待ち合わせのスポットがいくつかある。司と待ち合わせたのも、そのうちの一つ。昨日、由香里と来たのもここの駅周辺だった。

 駅を出ると小さな広場のようになっていて、中央に噴水と周りには噴水を見ながら座れるベンチが置いてある。この噴水が、今日の待ち合わせ場所。

 もしかしたら司が既に来ているかもしれないと思って、噴水を一周する。まだ来ていなかったことに、ホッとしたような残念なような。少し複雑な気持ち。

 カバンから携帯を取り出して時間を確認すると、待ち合わせの時間まであと十分ほど。好きな人を待つのもドキドキして楽しいのかも、と思いなおして、ベンチの一つに腰掛けた。


 約束の時間の直前。噴水が形を変えながら水しぶきをあげるのに見入っていた私の隣に、ふと人の気配を感じた。

 私がそちらに顔を向けるのとほぼ同時に、聞きなれた、大好きな人の声が聞こえてきた。

「さゆ、お待たせ。予定してた電車に乗り遅れて、ちょっと焦ったよ」

 苦笑いの表情を浮かべた司が、そこに立っていた。

「ううん! ちょうど約束した時間だし、私が少し早く着いちゃっただけだもん。気にしないで?」

 笑って返事をすると、なんだか恋人同士みたい、なんて勝手に思っちゃったりして。思わず笑みがこぼれて止まらない。

「とりあえず、映画館に行こうか?」

 私のこぼれる笑みに、司も苦笑いから笑顔に変わっていて、それがすごく嬉しい。


 司に促されるようにしてベンチから立ち上がると、十分ほど歩いた場所にある大きな映画館へと向かう。

 歩きながら、信号を待ちながら、司と近況を話す。大学のことを聞けば、いろいろと答えてくれた。「さゆも進路を考え始める時期だしなー」って、大学の講義のこととか生活のこととか、少しずつだけど。

 私が、司のいる大学を第一志望にしていることは、まだ内緒。あとでゆっくり話せるときに言おうと思ってる。司は優しいから、同じ大学を志望していると言えば、きっともっと色んなことを教えてくれると思う。受験勉強の相談にも乗ってくれるかも。

 司と話していると、十分なんてあっという間のこと。気付けばもう映画館の前。


「で、さゆが観たいのって、どれ?」

 映画館の前に貼られた上映中の映画のポスター。そのうちの一つを指差してコレだと言うと、なぜか司は一瞬動きを止めた。

 それは本当にほんの一瞬のことで、すぐに元に戻ったけれど。

「コレなんだ……。俺も観たかったんだ。友だちとさ、大学の図書館でテレビ見てたときに予告が流れて。観たいねって話をしてたんだよ」

 笑顔で言う司の様子はいつもと変わらなくて。さっきのほんの一瞬起こったことを、私はすぐに忘れてしまった。

 すぐに窓口に行ってチケットを購入する。私の分はもちろん自分でお金を出すつもりだったんだけど、司は気にしないでとお金を受け取ってくれなかった。でも、そんな些細なことも、私には嬉しくてたまらない。だってなんか、恋人同士っぽくない?


 映画が始まるまでまだ少し時間があって、その間に売店でジュースを買う。売店には人がたくさんいて、ようやくジュースを買った頃には、目的の映画の入場が始まっていた。

 シアターに入って座席を探す司の後ろをついて歩く。なぜか周りに座っている人たちは恋人同士みたいな人が多くて、私と司も恋人同士に見えるんだろうかと、電車の中で考えたのと同じことを考える。

 たった三歳の年の差だけれど、高校生と大学生の間には大きな壁が立ちはだかっているような気がする。少し大人びた服装をしてみても、司とつりあっているのかとか、ふと思うだけでなんだかちょっとだけ、悲しい気持ちになった。

 それでも、その気持ちを心の中で打ち消した。あと一年もすれば私も大学生。その時にはもっとつりあいが取れているはずだからと。


 ゆっくりと落とされるシアターの照明が、映画の始まりを告げていた。こっそりと司の顔を見ると、司は正面のスクリーンに真剣な眼差しを向けていた。

 すごくわくわくしているような、期待した表情を見て、思わず誘って良かったと安堵した。

 映画が始まると、私も司も物語に引き込まれていった。前評判の高い映画でもあったけれど、想像以上のストーリー展開にハラハラしたりドキドキしたり、夢中になっていた。


 二時間とちょっとで映画が終了すると、私も司もほとんどの人がシアターから出るのを待って、ゆっくりとシアターを出た。

「これからどうする?」

「ちょっとおなか空いた。隣のデパートで何か食べたいな」

 司と一緒にいるとき、行動の主導権は基本的に私にある。司が私の希望を聞いて、その通りにしてくれる感じ。なんとなく甘やかされているとは思う。

 ちょうど入れ替えの時間ということもあってか、たくさんの人でごった返す映画館を司と並んで後にする。

 司は私に歩調を合わせてくれて、すぐ横を、少しだけ離れて歩いている。荷物はジーンズのポケットに押し込んだ財布と携帯だけ。歩くのに合わせて小さく揺れる手を見て、繋ぎたいと、そう思った。

 だけど、私からそんなことも言えなくて。さすがに恥ずかしさが先にたつ。

 映画館を出て少し歩くと、隣に建つデパートの入り口がある。


 中に入ると、まず目につくのがホワイトデーの特設コーナー。司もそこに視線がいくのがわかった。

「そういえば、今年もバレンタインのチョコをもらったし。あとで何かお返しに買ってあげるよ」

 視線を特設コーナーから移さずに、司が優しく言う。

「本当? それじゃ、あとでゆっくり見よう」

 本当は、司が私のことを考えて選んでくれたものが欲しかったけれど、一緒に選ぶのも楽しいかもしれない。それこそ、恋人同士のデートみたい。

「でも、とりあえずは食べ物! 専門店街の方に行こうよ」

 司の腕を取って、引っ張るようにしてそっちに連れて行く。手を繋ぐのは恥ずかしくて言えないけれど、勇気を出して掴んだ腕を離さないで歩く。司もそれを気にしてはいないようで、されるがままだった。


 専門店街の、あるカフェの前で足を止めた。それほど大きくない店内は、シンプルだけどおしゃれな内装だった。

「ここがいい」

 少し首を傾げて、隣に立つ司を見上げる。

「うん、いいよ。入ろうか」

 柔らかく微笑んで答える司に促されて、先に店内に入る。キョロキョロと店内を見渡して、奥まった場所にある席に目を止めた。

 さらにその奥、観葉植物に隠された席が本当は良かったんだけれど、誰か人の頭が見えて諦める。

「司、ここにしようよ」

 そこには誰もいなくて、さらに奥は人がいるみたいだったけれど観葉植物に隠れてるし。司と二人っきりって感じがして嬉しくて、つい声が弾んでしまう。

 観葉植物の隣の席はなんとなくやめて、その隣の席を選ぶ。

「さゆ、うるさい。もう少し静かにしろよ」

 はしゃいでいるのがわかったみたいで、司は少し苦笑混じりに私のことをたしなめた。素直に謝っておくことにする。

「はーい、ごめんなさい」


 イスの隣に立つと、すぐに司が手を伸ばしてきてカバンを受け取ってくれる。私が上着を脱ぐのを待って、その上着とカバンを司の隣の席に置いてくれた。

 司はこういうことをすごくスマートにすると思う。誰に対しても優しいと思う。

 私がイスに座ると、司も自分の上着を脱いでイスにかけると、私の正面に座った。そしてすぐにメニューを広げて、私の方を向けてくれる。私が見やすいように置いて、自分も一緒にメニューを覗き込んでいた。

 司には普通のことなのかもしれないけれど、その動作がすごく恋人っぽくて、私は一人で胸を高鳴らせていた。

「私は、コレとこのケーキがいい」

 私はミルクとチョコケーキを、司はコーヒーだけを店員に注文する。

 店員が去ると、最初にさっきの映画の話になる。当然と言えば当然で、二人で感想を言い合う。

 同じ感想を抱いたシーンもあれば、全く違うふうにとらえたシーンもあって、話が弾んだ。 


 途中で運ばれてきたジュースとケーキ、それから司はコーヒーに口をつけながら話し続けた。

 映画の話がひと段落した頃。そう言えばと、私は大学のことを思い出していた。

「そういえば、私、来月には高三だよー。進路とか考えないといけないし、遊びにいくのも難しくなるだろうし、ちょっとイヤ」

 話を受験の方に持っていく。

「そうだね。さゆは、志望校とか決まってる?」

 いい感じの話の流れ。

「うーーん。まぁ、一応は。私、英語好きだし、英文科とか目指そうと思ってて」

 少し、司の目が見開くのがわかった。驚いてる? 何に?

「そっか、そうなんだ。うちの大学にも、英文科あるけど……。具体的に目指してる大学とかある?」

 その質問を待ってたんだよね、ふふ。なんて一人でほくそ笑む。

「一応、第一志望は司の大学。家からも通えるし、国立だし。ママも賛成してくれると思うんだよね。問題は学力だけど」


 司は少し考える顔をしてた。

「それでさっき、俺の大学の話を聞きたがったんだ。俺はさゆの学力を知らないけど、とりあえず模試受けてみたら? 合格判定とか出るしさ。そしたら対策もたてやすいだろ?」

 模試、か……。

「一応、五月末のを申し込もうと思ってる。だからさ、結果が出たら受験対策とかいろいろ教えて欲しいなーって」

 司と会えるためにいろいろ考えたんだ。司って優しいし、意外とマジメだし。模試の結果を持っていけば、親身に相談にのってくれそうだし。あわよくば、家庭教師みたいなことをしてくれないかな、なんて。ママにも内緒で考えてるとこだったりする。

「そうだね。また模試の結果が出たら教えてよ。結果出るのは六月中旬あたりかな? 英文科に、……知り合いもいるし、希望があれば相談できるように頼むよ」

 にっこりと、笑う司に微笑みを返す。

「うん。結果が出たら連絡するよ。そろそろ出ようか」

 ゴールデンウィークはおじいちゃんの家で会えるだろうし、うまくいけば六月にも司に会えると思えば、顔がほころぶ。


 カフェのお金も司が払ってくれて、一緒に店を出た。

 それからホワイトデーの特設コーナーじゃなくて、私の好きな雑貨店を中心に見て回った。

 で、司に選んでもらった携帯ストラップと、ネックレスを買ってもらった。

 本当は指輪が欲しかったんだけど「指輪は彼氏に買ってもらえ」って言って買ってくれなかったんだ。残念。だったら司が彼氏になってくれればいいんだよって言ったら、一笑に付されてしまった。

 ……本気だって、どうしたらわかってもらえるのかな。


 デパートを出れば、もう夕暮れ。冬の日は短くて、日が沈むのが早くて。これが夏だったら、今はまだまだ明るいのに。

 そう思うとちょっと悲しかった。

 でも、これもパパとの約束。もう帰らないといけないんだ。

「冬って、あっという間に夜になっちゃうよね。もっと遊びたかったのに」

 口先を尖らせて拗ねてみせれば、司が私の頭をポンポンと軽く撫でるように叩いた。

「仕方ないよ。また都合がつけば、遊べるから。早く帰らないと義兄さんに怒られるぞ」

 その優しい微笑みに、誰がイヤと言えるだろうか。私は小さく頷くことしかできなかった。


 数時間のお出かけだったけど、映画に行ったりカフェに行ったり。ストラップにアクセを買ってもらって。

 なんだかすごく、デート、みたいだったと思う。

 それだけで胸の中がいっぱいになるくらい、嬉しいと思ってしまった。


 駅から乗るのは別の路線。でも司はホームまで送ってくれて。夕方の家路につく人でごった返すホームの隅で。

「気をつけて帰れよ。ついたらちゃんとメールしろ。心配だからな」

「うん、わかってるよ。また、デート、してね?」

「ハハ。だからそういうのは、彼氏に言えって」

「だって、彼氏いないんだもん」

「はいはい。さゆなら、すぐに彼氏できるよ」

 だから、私が好きなのは司で、彼氏になって欲しいのも司なの!

 でも、そんなこと、口に出せなかった。

「じゃ、彼氏ができるまでは、司がデートしてね?」

「しょーがねぇな。都合がつけば、な」

 少し困った顔で答える司に、心の中でつぶやく。

 ――いつかは彼氏になって、彼氏としてデートしてね。


「それじゃ、またメールする」

 私の乗る電車がホームに入ってくるのを見て、司に別れを告げる。

「おう」

 私が電車に乗るまでホームで待っててくれて、電車が走り出しても、司はそこにいた。

 すぐに司の姿が見えなくなって、きっと司は自分の乗る電車のホームに行ったに違いない。


 デート、みたいだった。本当に。

 早く本当のデートになればいいのに。

 そう思いながら、私は電車に揺られていた。




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