花見(おまけ/佑介)
集合時間に少し遅れて、助手席に乗せた香織と公園に着いた時のこと。
香織がオレの彼女なのかと聞かれて、腐れ縁だと答えた。そう、オレにとっての香織は腐れ縁の女友だち。ウソは言ってない。
だが、後になって思った。『オレ』の彼女じゃなくて『司』の彼女なんだと、そう言えば良かったって。
香織とは小中が一緒で、気が合うのか比較的に仲がよい女友だちだった。小学校からずっとそれは変わらない。
高校は別々だったけど、オレのバイト先のコンビニに香織がよく来ていた。高校まで自転車通学していた香織の通学路になっていたらしい。そのせいか、学校は違っても顔を合わせる機会は多かった。
そして大学。学部は違うものの、同じ大学だと分かったのは合格発表のあと。お互いに地元の大学しか受けないという話はしていたが、どこの大学を受けるかまでは知らなかったんだから、本当に偶然だった。
司と知り合ったのは大学に入ってから。
たまたま新入生向けの学部説明会で隣の席になったのがキッカケ。お互いにゲームが好きだとわかって、同じ同好会に入ったのも、より仲良くなった理由。
そんなオレにとって、香織も司も大事な友だちには違いない。
ちょっとした行き違いはあったし、オレも一肌脱いだけど、二人がくっついて心底喜んでいる。
……たださ、すっかり忘れてたんだよ。露野さんのこと。
同い年の露野さんとは、同好会で知り合った。そんで彼女は、すぐに司に恋しちゃったらしい。
最初はやんわりと、途中からは誰の目にも明らかなほど、司にアタックし続けてる彼女。ついでに言えば、誰の目にも司にその気がないのは明らかだった。
だから、露野さんが無理矢理っぽく司にくっついてるのは、同好会の中では名物みたいなもんだった。
車に載せてあった荷物を全部おろして、やっと取ってあった花見場所についた時。オレはちょっとミスったと思った。
香織の隣には何故か原野。司の隣には、同好会のメンバーにとっては見慣れた、露野さんがひっついていたから。
それでも今だけだろうと思ったのは、迂闊だったかもしれない。
どうやら香織が司の彼女ではなく、オレのツレだと認識されたらしいと気付いたのは、全員がブルーシートの上に散らばって腰をおろした時だった。
司や香織に悪いなーと思ったけれど、あとで隣に座れるようにするからと香織に告げて。適当なところで合コンの席替えっぽくもっていこうかと思っていた。
ただ、同好会のメンバーとゲームの話をしているうちに盛り上がってしまって、約束を守れないまま、香織のこともすっかり忘れていた。
気付いた時には、香織は飲み過ぎで気持ち悪そうにしてた。それでも司には言わなくても良いからと、原野に支えられてトイレに行ってしまった。
こっそりと司の様子を窺えば、相変わらず露野さんにひっつかれてはいたものの、トイレに向かう香織に気付いたらしい。その顔に小さな驚きが浮かぶのを、オレは見た。
案の定というか、香織が戻ってくると、ようやく露野から逃れた司がやってきて。香織を連れて帰ってしまった。
司の気持ちもわからなくはないし、オレは二人を素直に見送ったのだ。
――だが、大変なのはその後だった。
「木下! どういうこと? 朝野さんて、お前のツレだろ?」
最初に口を開いたのは、原野だった。
「そ。オレのツレ。小学校からの腐れ縁」
聞かれたことに、正直に答えて見せる。
「だって、高井――」
「ちょっと! 木下君!!」
原野が続けようとした言葉にかぶさって聞こえたのは、露野さんの声。司の前じゃ絶対出さないような低い、怒った声だった。
露野さんは、オレと原野の間に体を割り込ませて座った。すっげー怖い顔をオレに見せて。
「何、アレ! なんで、あんたのお友だちが司君と帰っちゃうわけ?」
しばらく呆けていた彼女は、司が原野に放った言葉は聞こえていなかったらしい。
司に彼女がいなかったのは周知の事実で、だけど司が好きな人ができたっていうのは、知られていなかった。香織と付き合いだしたのは春休みに入ってからで、そのことを知っているのは、たぶんこの中ではオレだけ。
司と香織が一緒に帰っちゃったのは、原野や露野さんだけでなく、他の連中も興味があるみたいだった。
司に惚れてるのは、オレが知る限りでは露野だけだけど。周知させてしまえば、あとあと面倒もないだろうと考え付く。
だからオレは、少し大きな声で原野や露野、ついでに聞き耳立ててるであろう連中に告げた。
「香織は、確かにオレのツレ。小学校からの腐れ縁。ついでに、司の彼女」
露野さんから、悲鳴のような小さな叫び声があがる。司に彼女がいるなんて、ありえないって顔してる。それは他の連中も同じだったみたいで、代表するかのように原野が念を押すように問いかけてきた。
「だって、高井ってフリーだったろ? 一月の終わりの飲みの時だって、彼女はいないって言ってたぞ」
「そ、そうよ! 適当なこと、言わないでよねっ」
原野の言葉に追いかけるように、露野さんも口を開いた。
正直なところ、めんどくさい。
と言うよりは、
――露野さんがウゼェ。
その一言に尽きる。
司がいる時といない時の、態度から口調から何から何まで。よく変わるなってくらい変わるとことか、ウザイ。他の連中は、そんなところも含めて生暖かく見守ってるみたいだったけど。
「そりゃ、お前らが知らなくても当たり前だろう?」
呆れたような、意地悪なような、そんな笑みが自分の顔に張り付いてるのが、自分でもわかる。
「あいつら、付き合い始めたのって最近だし。オレくらいしか、まだ知らないんじゃない?」
オレの言葉に、すぐ傍にいた二人と、そして耳を澄ましていたらしい大多数が反応した。ざわめきが小さく広がるのを耳がとらえる。
「ウソよ!そんなの!」
露野さんがヒステリックに叫んだ。隣に座っていたオレにとっては堪ったもんじゃない。すぐに耳を手で覆ったけれど、時、既に遅し。耳が痛い。
「うっせーよ、露野」
不機嫌全開で睨みつけると、露野さんの体が一瞬強張る。だがそれも本当に一瞬のこと。すぐにまた、わめき始める。
「なんでそういう大事なことを言わないのよ! て言うか、どうせ男を紹介するなら司君以外の人にしてよねっ! そこにいる原野とかさ。なんで部外者と司君をくっつけちゃうわけ? 私がどれだけ司君を好きか、なんて知ってるでしょう?」
うざっ。なんで司から惚れたとか紹介して欲しがったとか、思わないんだろうね。
「そうだ! なんでオレに紹介しないっ。なんでよりによって高井に紹介するんだよ。めっちゃタイプで張り切ってたのにっ」
……あぁ、こいつのかいがいしさは、下心故、だったわけね。
「つーか! まずお前らは勝手にアレコレ考えすぎ。香織じゃなくて司がっ、香織を紹介して欲しいっつったんだよ。司の一目惚れだっつーの」
あんまり勝手に喋るのは好きじゃないけれど、これくらいは許して欲しいもんだと思う。今のオレの理不尽な状況を考えたら。
「ウ、ウソよーーっ!」
今日、何度目かの、露野さんの叫び声。
だからうっせーんだよ。
「ウソじゃねーよ。次に司に会ったら聞いてみろよ」
あーー、めんどくせぇ。
だけど、それからすぐにオレは解放された。すごくラッキーなことに。
「露野、うっせーよ。ショックなのはお前だけじゃねーんだよ。オレだって、オレだって……」
そう言いながら、手にした缶チューハイのプルタブを開けると一気に飲み始める原野。それを見た露野さんも、缶チューハイを手にすると、同様にプルタブを開けると一気に飲む。
「なんで、ポッと出てきた女に司君を取られないといけないのーーっ」
「めっちゃタイプで頑張ったのに! なんでお前と一緒にずっといた高井にかっさわれないといけねーんだよ……」
二人は愚痴りながら、憂さを晴らすかのように次々と缶を開けていく。
オレも含め、他のメンバーは引き気味で、徐々に二人から離れて、二人の存在を忘れて花見の続きをすることにした。
……それはそれは穏やかな花見だった。
時折、二人の叫ぶ声が聞こえてはいたけれど、誰一人、それを気にするヤツなんていなかった。気にしたら最後、と誰もが思っていたに違いない。
夕方になり、花見が始まってから数時間。ようやく花見はお開きとなった。
ゴミなどを片付けている横で、すっかり酔っ払った二人は、肩を組み「飲みなおすぞー!」と帰っていってしまった。
片付けくらい手伝えよな、って思わなくもないけれど、あんだけ酔っ払ってると役に立ちそうもない。二人が座っていた場所には、大量の空き缶が転がっていた……。
数日後、学校が始まってみると。なぜか露野さんと原野が恋人同士になったと聞かされて。
同好会一同、司たちの時以上の驚きに包まれたのは、また別の話。