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バレンタイン  作者: 瀬古冬樹
本編
2/8

変化のホワイトデー(前)

 日々が春にむけて歩んでいるような三月。

 暖かくなったり、急に寒くなったりしながら、季節の変化を肌で感じる。

 二月、試験が終わると同時に大学は春休みへと入っていた。

 春休みの講内ではきっとたくさんの受験生たちが、四月からの入学を夢見て試験を受けたに違いない。


 私はというと、バレンタイン直前に司君から逆告白っていうの? そんな感じのことをされてから微妙な毎日。

 バレンタインの数日後から春休みになっちゃったんだけど、なんとなく司君とメアド交換なんてして。お互い暇なら遊びに行ったりして。

 ぶっちゃけ、見る人によっては普通の恋人っぽくなってたりする。


 あのあと、佑介を問いただしてみた。佑介の不自然な行動とか。

 私が司君にぶつかった時、実はすぐ後ろにいたらしい佑介は、司君が私に一目ぼれしたのを知って、協力を申し出たんだって。

 ちょうど同窓会もあるし、ちょうどいいじゃんってことで。私と司君を会わせるのが目的で、わざわざ同窓会の写真が私経由で届くように小細工なんかしたりして。

 なんか、聞いてて佑介の行動がようやく腑に落ちた感じだった。


 内緒でこういうことされるの、いい気分じゃないけど、でも少しは佑介に感謝してたりする。

 かっこいいなー、タイプだなーで終わってた司君と、ちゃんと知り合うことができて。彼と接するうちにますます彼に惹かれてる自分に気付いていたから。

 最初は見た目だったけれど、彼のさりげない優しさとかを感じると、心の中がすごく暖かくなる感じ。

 だけど、私が彼のことを知るということは、彼も私のことを知るということで。

 実は、彼が私に対して失望しちゃったりしてないかとか、余計な心配が胸の中に芽生えてきてたりする。


◆◆◆


 ホワイトデーを間近に控えて、私は近くのデパートで頭を悩ませていた。

 そもそも、日本のバレンタインってヤツは、女子が好きな男子にチョコレートをあげる行事なわけで。ホワイトデーは、男子が女子にお返しをする日。

 デパートのホワイトデーの特設会場に並んでいるのは、女子が好きそうなものばかり。

 かわいいピンクのハンカチも、雑貨も、司君にあげられるものじゃない。


 実のところ、こうしてホワイトデーのお返しを見に来るのは、既に五回目だったりする。

 毎回、悩んで悩んで、いいものが見つからなくて終わってしまう。

 司君は、ホワイトデーのことなんて、何も言わないけれど。でもバレンタインをもらった以上は、お返しした方がいいよねって思う。

 ていうかね、私が何かあげたい。

 あの告白への返事と一緒に。


 返事は待つからって言ってくれた。

 でも、ホワイトデーまでにオレのことを知って欲しいとも言ってた。

 それってやっぱり、ホワイトデーには返事が欲しいってことなのかなって。漠然とずっと考えてる。


 悩みながら特設コーナーから離れた。専門店街に入ってる店舗を覗いてみようかなってちょっと思って。

 ぶらぶらと、あげるものも決まっていないのにウィンドーショッピングを続けた。


「ダメだ……」

 見つからない。何がいいのか、さっぱりわかんない。

 意外に頭を使っていたのか、甘いものがどうしようもなく食べたくなって、カフェにふらふらと入っていった。

 一人でいるときの癖で、店内の隅、観葉植物に隠れて入り口からは見えない席に腰掛けた。観葉植物に背を向けて座ると、目の前にあるのは、テーブルとイスと壁。

 こうやって閉鎖された空間が好き。妙に安心する。一人の時はなおさら。

 メニューを広げて、ぱっと見で食べたくなったザッハトルテとチョコレートムース、それからココアを注文した。

 注文して、店員さんが去ってから、どんだけ甘いものが食べたいのって、誰かに言われそうな組み合わせだなって思う。


 しばらくして運ばれてきたケーキとムースは、写真で見たよりずっとおいしそうで。

 まずどちらから口をつけるか、悩んでしまった。


 そんな時だった。その声が聞こえたのは。

「司、ここにしようよ」

 ちょっと甘ったるい感じの声が呼んだ名前は司君とおんなじだ、なんて思ったのはほんの一瞬のことだった。

「さゆ、うるさい。もう少し静かにしろよ」

 苦笑混じりに答えた声は、司君の声だった。聞き間違えるはずがない。


 そっと、後ろを向いた。悪いことしてる気分で、身をかがめて。観葉植物の間から覗いた。

 テーブルを一つはさんだ向こうに見えたのは、見慣れた司君の横顔と、かわいらしい女の子の横顔。

 司君は女の子の上着とカバンを受け取ると、自分の隣のあいた席に置いた。それから自分も上着を脱いでイスにかけると、女の子の正面に座った。

 それが当然、みたいな雰囲気で。司君てやっぱり優しいんだなって、思った。


 二人は座ってからは声のトーンを落として話をしているらしくて、途切れ途切れにしか聞こえなくなってしまった。

 二人が何を話しているのか、気になって気になってしょうがない。でも聞こえないし、このままの体勢でいたら、間違いなく怪しい人って思われる。

 意識を背後に集中させながら、聞きたいような聞きたくないような、戸惑った気持ちでケーキに口をつけた。


 ケーキの味も、ムースの味も。

 ただ甘いとしか、感じなかった。


 ねぇ、司君。その子、誰?


 頭の中をぐるぐる回る。

 途切れ途切れに聞こえる会話からは、二人が親しいことが伺える。

 最近話題の映画を見に行った帰りらしく、二人で感想を話し合ってる。


 予告がテレビで流れた時、見たいねって二人で話したヤツ。

 一緒に見に行けるのだと、勝手に思ってた。

 約束したわけじゃないのに。

 勝手だってわかってるけど、なんでって、なんで私じゃなくてその子と行くのって、憤りを感じた。


 店員さんが注文したものを持ってきたらしくて、二人の会話が途切れた。

 一方、私の皿はとっくに空で。味もわからず、気付いたら食べ終わっていたという状態。

 私は唯一残っているココアを、ゆっくりと口に含んだ。


 まだ帰るわけにはいかないし。

 帰ろうと思ったら、二人の横を通らないといけない。

 そんなの、イヤだ。

 耐えられるわけ、ない。


 ほとんど会話のなくなった二人の様子が気になって、再び振り替えると、観葉植物の間から覗き見た。

 時々顔を見合わせて、顔に笑みを浮かべながらケーキを食べていた。


 どっからどう見ても、恋人じゃん。


 胸の奥が、チクリと痛んだ。

 見ているうちに、その痛みがじんわりと広がっていく。

 二人から目をそらすと、自分のイスに座りなおした。


 待ってるって。返事は待ってくれるって言ったのに。

 バレンタインの返事はホワイトデーにするものなんでしょう?

 一ヶ月も待てなかった?

 私のことを知って、幻滅したりした?

 もう、好きじゃなくなった?


 わからない。




 私は、司君の、ナニ?




 私の頭の中でぐるぐると疑問が渦巻いているうちに、司君と女の子は店を出て行ったらしかった。

 ふと気付いてもう一度見た時には、二人の姿も荷物もなかった。


 大きなため息を一つ、ゆっくりと吐き出してから、すっかり冷めてしまったココアの残りを飲み干す。

 飲み干すと同時に伝票をつかんで立ち上がる。レジでお金を払うと、足早にデパートから立ち去った。

 ホワイトデーのお返しとか、そんなのどうでも良かった。とにかくそこを離れたかった。

 目にうつるものがぐらりと歪む。泣きそうだった。わけがわからなくて。

 零れ落ちそうになる涙が溢れてしまわないように、奥歯を食いしばる。

 すれ違う人に顔を見られるのが恥ずかしくて、少しだけ俯く。


 なんとか家にたどり着くと、部屋のベッドに直行した。ベッドに突っ伏すと同時に、涙が決壊した。

 次から次に溢れる涙。声を押し殺して泣いた。


 外が暗くなってきたころ、ようやく涙は止まった。けれど泣くのにも疲れてしまって、ひどい顔をしているとは思ったけれど、そのままベッドの中にもぐりこんで、寝た。


 翌朝、目が覚めると軽い頭痛がした。頭を動かすと、鈍く痛む。

 無意識のうちに枕元に置いたらしい携帯を見つけると、画面を開く。そこには何通かのメールと、何回かの着信。

 全部、司君からだった。


 気が重たかったけれど、メールを開いてみる。

 最初のメールは、遊ぼうよってお誘い。『映画を見に行こうよ』って。

 次のメールからは、私の返事がないことに対する心配。『どうしたの?』って。

 あとはたぶん、それでも一向に返事をしない私を心配しての着信。


 結構早い時間から寝ちゃったから、メールには返事をしてないし、着信にも気付かなかった。

 いつもなら、日付が変わるくらいまでは起きてるし、司君からのメールならすぐに返事をしたし、着信にもできる限り出ていた。

 私は悩んで、でも司君と話す気になれなくて。メールを返した。

『ごめん。体調悪くて寝てた。映画もムリ』

 用件だけを伝える短いもの。送信が終わると、携帯の画面を閉じた。


 携帯を手に持ったまたボンヤリしていると、すぐにメールの受信を知らせる振動。

『大丈夫?ちゃんと休んで。映画はまた今度行こう』

 司君からだった。優しい。素直にそう思う。司君は優しいんだ。誰にだって、きっと。

 また歪む世界。


 その後、司君から時々届くメールは、体調を気遣うものばかりで。そのたびに、泣きそうになってしまう自分がいた。

 告白を、なかったものにしたいのなら、そう言って欲しい。もう好きじゃないんだ。他に好きな人ができたんだって。

 あのカフェでの二人を思い出しては、また涙が出そうになる。


 司君へのメールの返事はちゃんと返した。

 体調は良くなったと返したら喜んでくれて。でも、遊びの誘いを受けることはできなかった。


 ホワイトデーはもうすぐそこまで来ていた。


◆◆◆


 ぐるぐるした気持ちのまま過ごしていた私は、結局ホワイトデーの準備は何もしないまま。ホワイトデーは明後日にせまっていた。

 バイトに行ったり友達と遊びに行く以外は、自宅にこもっていた。

 昼間はだいぶ暖かくはなったものの、夕方には寒くなるせいか、出かけるのが億劫だった。


「ひま……」

 ベッドに寝転がって、思わず呟く。呟いてみたところで、暇な現状が変わるわけではないんだけれど。

 その時、テーブルの上に置いてあった携帯が震える。

 ベッドから起き上がって開くと、佑介からの着信だった。


「もしもし?」

『香織?』

「何?」

『んー、お前さ、今ってヒマ?』

「ヒマといえばヒマ」

『飯でも行くか』

「いいよ」

『三十分くらいしたら迎えに行くから』

「了解」

 私たちの電話は、いっつも簡潔で短い。メールもだけど。


 ちょうど三十分後、佑介から『着いた』と電話がきた。

 すぐに家を出て、戸締りをする。佑介は、家の前に止めた車の運転席で、ハンドルに寄りかかるようにしてこちらを見ている。

 助手席のドアを開けながら「お待たせ」と声をかけると、佑介は首を横に振る。

「ファミレスでいい?」

 車のギアを入れながら聞く佑介に「うん」と小さく頷く。


 車の中は終始無言で、カーステレオから流れるラジオの音だけが車内に充満していた。


 しばらくすると、よく行くファミレスに到着した。二人して無言で車から降りると、そのまま店内へ入る。

 店員さんのハキハキとした明るい声が、意識の外で聞こえていた。


 重苦しい雰囲気。

 それは案内された席についても変わらなかった。無言で、メニューを眺めて注文する。


「お前さぁ」

 注文を終えて店員さんが去ると、ようやく佑介が口を開いた。

 顔を見れば、困っているようななんとも言えない表情をしていた。

「なに?」

 続きを言わない佑介を促すように、じっと見つめる。


 実に言い辛そうな佑介が「……、司のこと」とボソっと呟く。

「香織さ、司のこと、避けてんの?」

 さすがに付き合いが長いだけのことはある。佑介は直球で質問を投げかけてきた。

「司が言ってたんだよ。なんか避けられてるような気がするって。体調悪かった間は仕方ないにしろ、良くなったって言うわりには、遊びに誘っても応じてくれないって」

 佑介は腕を組んで、イスの背もたれにもたれかかるようにして、私をじっと見る。


「や、別にそんなこと……」

「あるだろ。今日だって、司はお前を誘ったって聞いた。一日出かける用事があるからって断ったんだって? でも、オレの誘いには応じるんだ? 用事、どうしたんだよ」

 何でだか、佑介の機嫌が良くないような気がする。


「用事……」

 そんなこと言って断ったような気がする。

「や、なんかドタキャンされちゃって……」

 苦しい言い訳をしてみるけれど、佑介の鋭い視線に、尻すぼみになってしまった。


「お前な、」

「失礼します」

 店員さんが注文したものを置きにきて、佑介は開いた口を閉じた。

 店員さんが去ってからも、佑介は無言で。でも片手で携帯をいじっていた。メールでも届いたのか、じっと画面を見つめたあと、何かを打って、そして画面を閉じた。


「どうしちゃったわけ?」

 突然、佑介の口が開かれる。

「司のこと、どう思ってんのさ」

 直球。佑介の言葉は、遠慮がなさすぎる。司君は佑介の友だちだし、気になるんだろうなってことはわかる。わかるけれど、いくらなんでも直球すぎる。

 小さく、でもハッキリと、私はため息を吐き出した。

「佑介に、私の気持ちが何か関係あるの?」

 半分は本心で、半分は嘘。佑介は、司君と一緒にいた女の子のことを知っているのだろうか。聞いたら誰かわかるのだろうか。

 もしそれを聞くならば、たぶんそこに私の本当の気持ち、素直な気持ちを佑介に晒さなければならないのだから。


 少しだけ、手が震える。

「司君、彼女できた?」

 もうどうにでもなれ! って気持ちだった。

「は?」

 佑介は心底驚いたという顔をしている。声も裏返っていた。……ということは、知らないんだろうな。

「香織、何言っちゃってんの? 司が好きなのは、お前。彼女できるとか、ありえんでしょ?」

 信じられないといった様子の佑介が、再び口を開く。

 そう、ありえないはずなんだ。私はまだ返事をしてないし。

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