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良太の場合

 俺には二人の幼馴染がいる。

 一人はとても可愛い女の子で名を菅原 結衣という。もう一人はクールで優しく友達思いの男、悠人だ。

 その優しさが残酷だということに彼は全く気付いていない。

 本当に反吐が出る。


「良太。ねぇ、聞いてるの?!」


 電話越しに聞こえる彼女の声は少し震えていた。

 今回もうまくいかなかったらしい。

 やれやれ、とため息を零すと彼女はヒステリックに「良太!」と叫んだ。


「落ち着けよ。今どこから電話してるんだ?」


 早退してきた俺と違って彼女はまだ学校のはずだ。腕時計を見遣ると昼休み終了まであと少し時間があった。


「屋上よ。寒くて震え上がってるところよ」


 嘘だ。

 すぐにわかったが、わからないふりをしてやった。彼女の強がりに付き合うのは今に始まった事じゃない。


「そう。それで? 悠人はなんだって?」


 あの堅物のことだ。どうせ不器用にはぐらかしたんだろう。目に浮かぶ。


「何のこと、だって。なにあれ。酷い」


 彼女は鼻を啜る音を必死に隠しているようだったが、丸聞こえだ。あまりの可愛さにクスッと笑ってしまい「何よ!」と怒りを買ってしまった。


「いや、悠人も結衣もこんな寒空の下ご苦労だな、と思ってね」

「そもそも、良太が屋上に来ないから焦ってわけのわからないことを言っちゃったんだから。良太のせいよ!」

「それは悪かったよ。何て言ったんだ?」

「…一緒に過ごしてくれるよね、って。バカみたい」


 ズズッと雑音が聞こえた。

 小さい頃に交わした『ずっと一緒にいよう』というベタな鎖に彼等は囚われている。まるで十字架のように重く背負っている。

 俺に遠慮して。

 やってられるかっての。


「だから言ってるだろ? 悠人には遠回しに言ったってあいつは向き合わないって。はっきり超どストレートに『悠人の事が小さい頃から一番好きなの!』って言わなきゃダメだって」


 死ね。

 悠人死ね。

 なんで俺が結衣の背中なんか押さなきゃなんねーんだよ。

 やってられっかよ。


「そ、そんなこと! 恥ずかしくて言えない! それに、悠人は絶対に困った顔をするのよ」


 それは目に浮かぶな、と思わず笑ってしまった。

 だって、あいつなんだもんな。


「ちょっと、笑わないでよ! 真剣なんだから」

「ああ、知ってるよ」


 痛いほど。

 後ろで駅員のアナウンスが響いていた。


『間もなく電車が到着します。悪天候の影響で遅れましたこと、お詫び申し上げます』


 どうりで。

 寒いと思った。

 寒さのあまり、鼻を啜る。


「良太?」


 彼女が心配そうに名を呼んだ。

 彼女の幸せを願う、なんて男前なことは言わない。

 誰にも譲りたくなんかないし、彼女を幸せにするのは俺だと思う。

 ああ。思うよ。

 でも。

 それでも、彼女が選ぶ相手が俺じゃないことはもう昔からわかっていた。


「さみぃな」


 それでも、悠人なら。

 そう思ってしまうのも確かだ。

 ――本当に良い奴なんだ。

 泣けるくらい。


「電車くるから切るわ。結衣、お前なら大丈夫だ。自信もて」


 だから何度だって言う。

 お前はいい女で、相手は惚れるに値するいい男だよ。


「ありがとう、良太」


 俺っていい奴だよな。

 そう自嘲し、電話を切る。

 そして、この寒さを言い訳に思い切り鼻を啜る。

 天気が荒れてるんだ、仕方ない。

 そう言い訳を追加した。


お粗末様でした。

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