おまけ1 イアンとの出会い
短編みたいなものですはい。
わたしが先生の事を知ったのは、確か8才の時だったと思う。
滅多な事では笑わないお父さんが、一通の手紙を見て笑っていたのだ。
「誰からの手紙なの?」
等という事を、わたしはお父さんに聞いたと思う。
すると、お父さんは「知りたいのか?」と言い、わたしに手紙を見せてくれた。
差出人の名前はイアン・フォードレード。
内容は流石に忘れてしまったけど、先生の名前を知った瞬間だった。
「数年前に偶然見つけてな。最近になってやりとりも始めた。大体ひとつきに一回くらいだがな」
聞いても居ないのにお父さんが言ったので、わたしは「ふーん…」と素気なく返した。
先生からの手紙はそれからも、定期的に我が家に届いた。
お父さんはそれの全てを、自分が読んだ後に見せてくれた。
「面白い男だろう?少々真面目が過ぎるがな」
手紙を渡す時、お父さんは、なぜかいつも嬉しそうだった。
幼いわたしには理解ができず、「(何だか主体性の無い人だなぁ…)」なんて、先生の事を見損なっていたと思う。
それが変わったのは10才位の時。
おそらく、お父さんの質問に対しての、答えのようなものが書かれていた時だった。
「恋愛に対する価値観らしい。全てに於いてそうだと言えるが、奴はどうもネガティブ思考で物事を考えるふしがあるな」
お父さんはそう言って、わたしに手紙を渡してくれた。
「先月、奴から届いた手紙に、子供の頃の話が書かれていただろう?お前も言ったが幼馴染の女性…ええと…名前は何と言ったかな…」
「リノンさん」
悩んでいたのでそう言うと、お父さんは「そうだ」と言葉を返した。
「その、リノンさんは本当は君の事が好きだったんじゃないかと、余計な事を書いてしまった。返って来た言葉がそこにある」
それから顎先で手紙を指して、窓際に立って外を見つめた。
「(どういう言葉が返って来たんだろう…)」
そう思いながら手紙を読んでみる。
出だしは割と普通な感じで、「元気だったか」とか、「こっちは元気だった」とか、挨拶と報告が書き連ねてある。
でも、途中でリノンさんの事に触れた辺りから、内容は一気に暗くなった。
「私の事が好きだったのではないか、とあるが、これは全くの見当違いだ。だったらケリーについて行かないし、その上で結婚なんて絶対にしないだろう。リノンはケリーの奴隷では無いのだし、自由意思で結婚をした。つまり、それは私の事よりもケリーの方が好きだったという事だ。例えば君の言う通りとして、リノンが私を好きだったとしよう。だが、これは過去の事だし、もはやどうにもならない事だ。ならば、そうだと考えていた方が、精神的に楽だと言えるだろう。私のように臆病で、腰抜けの男に惚れてくれる女性等この先もきっと現れない。…そう考えていた方が傷つかないからな。だからその事には触れないでほしい。情けない男だと思われるだろうが、これが私の恋愛価値感だ」
読んだ直後にわたしは思った。
こんなネガティブな男の人、わたしが好きになってあげないと、誰が好きになってくれるんだろう、と。
この時のわたしはそれこそ逆に、先生のネガティブさを治療をして、幸せにしてあげようと思っていたのだ。
思えばそれが、わたしの初恋で、まだ見ぬ先生への恋心を募らせるきっかけになった手紙だったのかもしれない。
それからも先生とのやりとりは続いた。
と言っても、本当はお父さん宛てなのだから、先生に対しては「すみません…」としか言えない。
時には一人で、時には姉さんと、先生からの手紙を読んで過ごし、気が付けば10年位が経った時に、例の手紙が我が家に届いた。
そう、先生の家にシヤさんが、泊まり込みで過ごすようになった頃の手紙だ。
わたしは胸の痛みに気付き、ここで先生への恋心に気付いた。
「イアンもようやく相手を見つけたか……お前にとっては残念だったな」
そんな事を言ったお父さんに、「何言ってんの!」とわたしは誤魔化した。
でも、なぜか涙が出て来て、やっぱりそうだったんだとベッドの中で気付いた。
一週間か、二週間位して、シヤさんが亡くなったという手紙が届いた。
本当に、本当に最低だけど、わたしはちょっとだけ嬉しかった。
これでわたしにも可能性がある、なんて、少しでも思っていた自分に気が付いて、暫くは手紙が読めなかった。
先生の事はもう諦めよう。
わたしのような人間は人を好きになる資格は無い。
そんな事を考えて、先生からの手紙は読まなくなっていった。
そんなある日、お父さんが「今夜は客が来る」とわたしに言ってきた。
こんな所に住んでいるせいか、今までに一度も来客なんて無かった。
当然の気持ちで「誰なの?」と聞くと、お父さんは「お前の良く知っている男だ」と言ってきた。
そんなの一人しか居なかったから、「もしかして先生!?」と、わたしは驚いた。
「大当たりだ。ご褒美に彼を出迎える役目をやろう。それとそうだな。お前もそろそろ外の世界を見て来ても良い頃だ。私から彼に頼んでみよう」
お父さんはそう言って、「ははは」と笑ってどこかに消えた。
残されたわたしは「えええええ!!?」と言って、嬉しさと動揺で困惑していたと思う。
そして夜。
先生達を乗せた馬車が我が家の玄関の前に着いた。
わたしは窓ガラスで髪型を整えて、おかしな所が無い事を見てから、急いで玄関への階段を降り出した。
一体どんな人なんだろう?
筋肉はあるのかな?
強いのかな?
それとも逆に弱そうなのかな?
ニコニコしながらわたしは走り降り、「ごほん」と咳込んでから玄関を開けた。
驚いた顔が二つあった。
ひとつは子供で、もうひとつは大人だ。
「(ああ、なんか思った通りの人だな…)」
そう思ったわたしは微笑み、
「いらっしゃいませ。イアン先生」
と、心からの歓迎の言葉を送った。




