黄金蝶狩りの季節
4月も後半に差し掛かった頃、私はドワーフの街を訪ねた。
家の修理…というよりは、殆ど建て直しの費用であるが、それがどれくらい必要になるかを彼らに見積もってもらう為だった。
寄付金は現在32万5500リーブルも集まっており、今回は一応その内の30万リーブルを持参してきていた。
もし、それを手つけと出来るなら、それで建て直して貰っても良いし、全く足りないと言うのであれば、諦めて帰るつもりであった。
ドワーフの鍛冶師ホルグを訪ね、大工を紹介してくれるように頼む。
「紹介なんぞまどろっこしいわ。ワシに任せぇこのワシにな」
ホルグは言って胸を叩き、私を家の中へと通した。
「しかし、エライ目に遭ったのう。生活なんかは大丈夫なのか?」
一応知ってはいたのであろう、座る合間に気を遣ってくれる。
それには「まぁ、それなりに」と言い、金床の近くの椅子に座った。
それから二人で話し合い、大体の費用を算出してもらう。
ホルグが言うには材料費だけでも、70万リーブルはかかるようで、それに人件費を加算すれば140万リーブルは超えると言う事だった。
「そうですか…」
言いつつも、内心で見通しが甘かったと痛感をする。
「(これはだいぶ先の話だな…)」
と、半分以上諦めていると、ホルグは「ただし」と言葉を続けた。
「これは誰かを雇えばの話じゃ。一人でやるなら人件費はかからん。流石に材料費は貰いうけるがな。そして、その一人と言うのは、他でも無いこのワシよ。つまり、70万リーブルと少々の食事代を出すと言うのなら、ワシが建て直しを引き受けてやるという事じゃな」
金床の上に右腕を置き、ワイルドな姿勢でホルグが言った。
なんて男前なんだ!
と、思いはしたが、「お願いします!」とは言えなかった。
ホルグに頼みたく無い訳でなく、単純に、それでも足りなかったからだ。
現在の手持ちは30万リーブル。
ホルグの提示した金額に40万リーブルも足りないのである。
「お願いをしたい所ですが、それでも金額が足りないのです。もう少し貯まってから出直しますよ…」
やむをえずに諦めて、椅子から立って帰ろうとする。
するとホルグは「待て」と言い、「いくらなら出せる?」と、食い下がって聞いて来た。
「とりあえず、30万リーブルなら…」
言うと、「ふむ…」と、髭を擦る。
「なら40万は貸しにしとこう。払える時に払ってくれ」
それから続けてそう言って、私の両目を大きくさせた。
「先生さんには借りがあるからな。ただし、やり方は好きにさせてもらうぞ」
それでは悪い、と言う前に、ホルグは先にそう言った。
そして、すぐに準備を始め、数分後には「行くぞ」と言うのだ。
「思い立ったが吉日ですか…いや、ありがたいのはありがたいのですが」
「違うな。時は金なりじゃ。さっさと終わらせて宣伝をして、ワシの仕事を大っぴらに広げるのよ」
ホルグは言って、「ガハハ!」と笑った。
それには私も「ハハハ…」と笑い、彼の好意に甘える事にした。
二人でゲートに向かった後に、倒壊した我が家の前に辿り着く。
「ほっ、こいつはエライこっちゃ。まぁ、ひとつきばかり時間を貰おうか」
我が家の跡地を見るなり言って、ホルグは脇に道具を降ろした。
「すみませんがお願いします。これはとりあえずの30万リーブルです」
「おう、確かに貰いうけた。完成を楽しみに待っとるとええ」
お願いをして金貨を渡し、頭を下げてホルグを見送る。
ホルグはすぐに跡地に踏み入り、石やら木やらを裏庭に投げ出した。
「お願いします」
最後にもう一度頭を下げて、それから私は街へと向かった。
久々にフォックスに会って帰ろう。
そう思った為である。
「おぅ?イアンか?生きておったんじゃな」
しばらくぶりの再会だったが、フォックスはあくまで普通であった。
お互いに抱き付いて再会なんて、流石に期待はしていなかったが、だからと言ってそれだけで新聞を読まれるのもちょっと虚しい。
「あ、ああ…そっちは元気にしていたか?」
そんな気持ちを奥に押し込めて、半笑いの顔でフォックスに聞く。
「お久しぶりです。シアン先生」
と言う、ノアのそれには苦笑いをしておいた。
「まぁ、いつもの通りじゃよ。やたらとフェネル君が来ておったがね。お前さん、あの子達に何も言わずに行ったんじゃなぁ?」
言われた為に「ああ…」と言う。
そこで座ってフォックスを横に見た。
「これな。エリスちゃんから預かったものじゃ。フェネル君のも入っとるらしい。何かに役立ててくれじゃとさ」
フォックスの左手が「ずい」と出された。
拳大の大きさの巾着袋が下げられている。
受け取り、中を開いてみると、銀貨や銅貨が入れられてあった。
おおよそであるが7000リーブル位か。
多分であるが小遣いやバイトの中から出したモノだろう。
人の好意が身に染みる。
フェネルと聞くと尚更である。
「…喜んでいたと伝えてくれ。ありがとうと言っていたともな」
エリスとフェネルの好意に甘えて、私はそれを笑って受け取った。
「医院の方はどんな感じじゃ?あそこはもう、閉めるんか?」
聞かれた為に「いや」と言い、先ほどまでの経緯を話す。
フォックスは「ほうほう」唸っていたが、聞いた後には「それがええ」と言った。
1時間程が経っただろうか、医院の入口が誰かに開けられた。
客かと思って去ろうとすると、懐かしのあいつが顔を見せた。
「せ、先生!?」
「フェネル…久しぶりだな…」
そう、久方ぶりのフェネルである。
どちらもどこか気まずい感じだが、私の方には懐かしさもある。
例の手紙の事もあるしで、ほんのちょっとだけ泣きそうにもなった
「ああ、居たんですね」
が、フェネルの言葉はたったのそれだけ。
「フォックス先生、昨日の事なんですけど、ちょっと分からない所があって、もう一度教えて貰っても良いですか?」
直後には私の横を抜けて、新聞を読んでいるフォックスに詰め寄った。
「ああ、別に構わんが…ええんかな?きゃつと話をせんで?」
その言葉には「はい」と言う。
「勉強の方が、大事ですから!」
と、わざとらしくこちらを向いたので、奴なりの報復だと理解が出来た。
何と言うか、ちょっとしたツンデレだ。
「(まぁ、誰でしたっけ?とか言われるよりは、まだマシな対応だな…努力するんじゃなかったか?と、問い詰めてやりたい気分にはなるが…)」
そう思いつつ、頭頂部を掻く。
二人がテーブルの方に行ったので、置いて行った新聞を私が受け継いだ。
世間でも色々とあったらしいが、殆どの記事は襲撃の事だった。
事実を交えた推測や、関係者達の現状報告。
それに、各国の王の対応等が、新聞にはつぶさに書かれてあった。
そんな中に一つだけ、異質な記事が載せられていた。
『イグニス国で毎年恒例の黄金蝶狩りが開催されます。
参加費用はお一人様1000カーン。
他国にお住いの方々は、相当の貨幣での参加も可能です。
発見賞金はなんと100万カーン!!!
一獲千金の夢を追って黄金蝶を捕まえませんか?
開催日時は5月の5日。
今年のゴールデンを黄金蝶と共に。』
異質と言うか平和な記事である。
前後の記事が死亡事故の為、それは尚更平和に見える。
「だが、100万は魅力的だな…」
呟きながら日付をチェックする。
5月5日は日曜日。
つまり、今から6日後である。
「(行って見るか?1000リーブルで可能性があるなら、賭けて見るのも悪くない)」
「それ、行くんすか先生?」
呆けているとフェネルが来ていた。
明らかに黄金蝶の記事を見ている。
「い、いや、上だ。上。酷い事件だと思ってな」
言うと、フェネルは「そうですか?」と言った。
どんな記事かと確認すると、
「素手でライオンに挑んで死亡!プロレス界の百獣の王、ロッターマン氏惨殺される!」
とある。
「た、確かに酷くは無いな…本人には悪いがいっそ間抜けだ…」
フェネルもそれには「デスヨネ」と言う。
「こっちですよね?本当は?」
と、続けてビンゴを指さしたので、仕方が無しに「ああ…」と答えた。
「じゃあ僕達も連れて行って下さいよ。先生が居なくて色々あって、僕と姉さん鬱気味なんですよ…」
100%嘘である。
一応凹んでいるように見えるが、今、思いついての演技であろう。
だがまぁ、断る理由は特に無い。
久々に親交を深めるのもアリだし、成長とやらを見て見たくもある。
故に私は「分かった」と言い、「エッ!?」と、フェネルに驚かれるのだ。
多分、フェネル個人としてはもう少しゴネられると思っていたのだろう。
「じゃあルニスとレーナを連れて来るから、今度の土曜に森の前で会おう。時間は12時。それで良いか?」
「あ、は、はい」
展開の早さに動揺している。
主導権を握った事等何年ぶりだろう。
そう思うと少し情けなく、本来の姿に違和感すら覚えた。
「(完全に慣らされきっていたな…)」
思った後に立ち上がり、今日はこれでと医院を後にした。
それから5日後。
土曜日の昼に、私達はフェネルとエリスに会った。
久々の事にレーナは喜び、ルニスのテンションも異常に高かった。
対するエリスの反応も良く、フェネルは色々と被害を被った。
「何よそれぇ!」
と突っ込んで「パスーン!」。
「そんな事ないわよ!」
と照れて「パスーン!」と、事あるごとに頭を叩かれ、見る間にやつれて沈んで行った。
「僕の存在って何なんですかね…?」
「ヘヘヘ…」と笑って聞いてくるフェネルに、私は何も言えなかったが、エリスが少し落ち着いた頃には、フェネルへの被害も随分と減っていた。
それから全員でゲートを使い、イグニス国へと移動する。
そして、首都に向かった後に、黄金蝶狩りの開催地を聞いた。
場所としては南東のザイドという村の西でやるらしい。
歩いていては間に合わないので、仕方が無いので馬車を借りた。
5時間程をかけて到着し、その日は村で宿を借りる。
ここの時点で2万は出たが、かろうじて、なんとかギリギリ足りた。
「明日からの代金は私が出すわ。貧乏なんだから、無理しなくて良いのよ」
そんな私の事情を汲んで、18才のエリスが言った。
流石は姉だと感心するが、年下に頼る事に情けなさもある。
だが、お金が無いのは事実。
「助かるよ…」
と、苦笑いすると、エリスは「ふんっ」とそっぽを向いた。
夜が更け、朝が来る。
太陽が顔を現した頃、食事を終えた私達は、一路、開催地の森近くに向かった。
会場には特に何も無かったが、参加者には網が貸し出されていた。
ありがたい事に無料であったが、これはおそらく参加費の、1000リーブルに含まれていたのであろう。
「5人ですと参加費用は5000カーンになりますね。個別の支払いに致しますか?」
「あ、僕は自分で払います」
「ああ、じゃわたしが先生の分も」
貸出し場所の男性が言い、ルニスとレーナがそれぞれ言った。
「先生…なんて無様なの…」
と、フェネルが肩を叩いてきたので「言うな!」と言って払って置いた。
「じゃ、あんたの分は払って置くわね。2時間で1割の利息が付くから」
「なんて高利貸し!?」
エリスの言葉にフェネルが飛び上がる。
しかし、1銭も無いのであろう、「くぅぅ」と言いながらもそれを受けていた。
「はい、間もなくはじまりまーす!参加者の方は集まってくださーい!」
どこかで男性の声が聞こえた。
人々が一斉に集まり出したので、私達も彼らの近くに歩く。
参加者の数は400人程か、老若男女兵士に商人、カップル達に家族ぐるみと、まさにカオスな状況である。
参加者全員が網を持ち、男を半包囲するようにして集う。
声を出して集めた男は、「はい」と言ってから挨拶を始めた。
「今年もついに開催となりました。遠い所をご苦労様です。私、主催を任せられましたゲーツ・ラーデルと言う者です。開催元は皆さんご存知のエルスバード財団となっております」
どうやらブランの財団が開催元となっているらしい。
一体何に使うのかは知らないが、金持ちの考える事は理解が不能だ。
「発見者には100万カーンと、黄金蝶を模したブローチ。それにエルスバード財団の総帥であるブラン・エルスバードのサインが貰えます!」
ゲーツの言葉に拍手が上がる。
だが、多分全員が「最後のはいらんな」と思っている事だろう。
「それではいよいよ、この後9時から黄金蝶狩りが開始されます!終了時刻は17時までです!皆さんの健闘をお祈りいたしまーす!!」
「イェー!!」
多くの者が歓声を上げ、残りの者が拍手する。
ゲーツはそれから時計を開けて、開始時刻の秒読みに入った。
「先生!僕と組みましょうよ!男組対女組!男の強さを見せてやりましょうやぁ!」
「あ、あぁ。別に構わんが…」
フェネルが言って右手を突き上げる。
100パー負けるよ?と、言いたい所だが、やる気を削いでは可哀想なので、私はそれを言わずに置いた。
「え?じゃあ僕はどっちに行けば?人数的にも立場的にも丁度半分なんですけども?」
それを聞いたルニスが言って、フェネルが「半分だけこっちで」と言う。
「無理でしょ…」
と、ルニスが言ったので、私は突っ込まずにそれを見守った。
「じゃあルニスさんはこっちで。厄介者はロリノッポに預けて、私達は本気で狙って行きましょう」
言ったのはエリス。
聞いたフェネルは「それが姉の言葉です!?」と言い、鼻水を噴き出して抗議していた。
「それでは黄金蝶狩り、開始でーす!!!」
ゲーツが言って笛を鳴らした。
参加者達が一斉に散り、私達だけが取り残される。
「じゃあ先生頑張って下さい!お昼時にまた会いましょう!」
レーナが言って森に向かう。
ルニスとエリスがそれに続き、森の中へと入って行った。
「僕達は逆です!逆に考えるんです!上げちゃってもいいさと考えるんです!」
「あげたら駄目だろ…っていうか参加した意味がないだろう」
私が突っ込むとフェネルは笑った。
そして、右手の疼きに耐えて、
「これだ…この感覚だ…込み上げて来やがる…!」
と言い、「いくぜお!」と叫んで走り出したので、私は仕方なくフェネルに続いた。
それは、方向的にはレーナ達と反対の、海岸へと続く下り道だった。
浜辺に着いた私達は、海岸線に沿って西進していた。
流石に蝶は居無さそうで、他の参加者達の姿は見えない。
「マイナスのマイナスはプラスですよ!」
だが、フェネルがそう言い張るので、仕方が無しに私は付き合った。
やがては海岸の浜辺が終わり、坂道が現れてそれを上る。
そして、再び台地に出て来て、森を右手に捜索を続けた。
「ちょっと、先生本気で探してます?なんか諦めムードっていうか、仕方ねぇから付き合うか的な、ダラダラ感が見て取れるんですけど?」
こういう時のフェネルは鋭い。
見て取れるというかそのままである。
だが、「その通りだ」等とは言えないので、「探しているさ!」と嘘を返した。
「ホントすかねぇ…」
細い目をしてそう言って、フェネルが再び歩き出す。
一応納得したのだと思い、安心した後にそれに続いた。
少し歩くと花畑が見え、そこに大勢の人が見えた。
花は踏まれ、潰されていたが、彼らは全員お構いなしで、花畑の中で網を振って「どこだどこだ」と捜索していた。
「こっちも駄目ですねー。やっぱ森の方が居るっぽいのかな?」
「蝶と言えば花畑だが、あの状態ではとてもだな。かと言って森に居るとは限らんが、行って見る価値はあるかもしれん」
フェネルに聞かれ、そう返す。
聞いたフェネルは「まわりくど!」と言い、右方向に進路を変えた。
しばらくを歩いて、森へと到達。
沢山の蝶が飛んでいた為に、私はまずは普通に驚いた。
「先生すげぇ!ビンゴじゃないっすかぁ!」
フェネルが言って網を振る。
だが、悉くが「ヒラリ」とかわされ、フェネルは「むきぃ!!」と青筋を浮かべた。
「狙っているのは黄金蝶だぞ…怒りはそこまで取って置け」
「かわされる事が前提なんすか!?」
親切で言うとフェネルは怒り、「本番まで力は取っておくんです」と、大ウソをついて歩き出した。
「あ!先生!洞窟ですよ洞窟!大物が潜んでいそうな雰囲気ですよォ!」
やがて見つけたそれに近付き、手招きをしながらフェネルが言ってくる。
「ちょっと待て!」
と言った時には、フェネルはすでに突入しており、なんだか怪しい気がするものの、私もやむなくそれに続いた。
「なんかイタァ!!赤いのイタァ!!」
奥の方から声が聞こえた。
急ぎ、その場に到着すると、赤色の蝶の姿が見えた。
周囲には同色の光を放ち、逃げもせずに浮遊している。
「待て、そいつは何か怪しい!」
「黄金も赤もかわんねー!珍しけりゃぁビンゴだらぁああ!?」
私の制止を一切聞かず、暴走したフェネルが蝶に詰め寄る。
蝶はそのまま身じろぎもせず、フェネルの網の中へと収まった。
「やったか…!」
フェネルのそれが死亡フラグとなり、私達の背後で物音がする。
振り向くと、洞窟の入り口が「ゴゴゴゴ…」と音を立てて閉まりつつあった。
「それ見ろ!怪しいと言っただろうが!!」
文句を言いつつ走って見るが、ギリギリの所で入口は塞がった。
その為、外部からの光を失い、洞窟の中が真っ暗になる。
「僕のせいっすか?」
顔は見えないがふてぶてしい声だ。
とりあえず「多分な」と言葉を返すと、フェネルは「ホァァ!」と奇声を上げた。
直後にフェネルの網が輝く。
先程捕らえた蝶と同様、目に痛いまでの赤色である。
「何なんすかこいつ!」
「分からんが、とにかく一度出して見ろ」
聞かれた為にそう言うと、フェネルは左手を網から離した。
その事により口が開き、赤い蝶が「ひらひら」と飛び出る。
そして、一際赤く輝き、大きさはそのままで姿を変えたのだ。
赤い蝶は姿を変えて、私達と同様の姿となった。
つまり、大きさはそのままで、人間の姿となったのである。
見た目の年齢は20前後の赤い髪の青年で、頭には小さな王冠を頂き、背には赤色の羽根が見えた。
靴は黒で、全体的にはシックな印象の服装だったが、素材と本人の放つ高貴さが、只者では無い事を語っていた。
「まずは初めまして、と言って置こうか。私は妖精王のオベロンと言う。故あって君達を閉じ込めさせてもらった」
青年、オベロンが口を開く。
フェネルの反応は「ゲッ!?」と言うもので、私の反応は「なっ!?」と言うものだ。
フェネルの方はどうかは知らないが、私が驚く理由は一つ。
彼、オベロンと言う存在を前にして、敬意と恐れを感じた為だった。
オベロンとは本人も口にしたように、妖精達の王様である。
見た目は小さく、非力に見えるが、絶大な魔力を含有しており、素早さを生かした剣の腕は、伝説の勇者にも匹敵すると言われる。
性格は善でも、悪でも無いが、女癖が悪いと言われ、妻である王女のティターニアとは、その事でしょっちゅう喧嘩をしているらしい。
しかしまぁ、それを除いても、高貴で偉大な王である為、私は彼の登場に敬意と恐れを感じていたのだ。
「妖精王ですって!笑っちゃいますね!頭の中がお花畑なんデスカー!?」
それを知らないフェネルが言って、オベロンの体を右手で掴む。
掴まれたオベロンは「やれやれ…」と言い、両目を閉じて首を振った。
「無知と言うのは本当に恐ろしい。私がもしその気になれば、君達等一瞬で黒焦げに出来てしまうというのに」
そして、目を開いた後には、冷酷な顔でそう言った。
「よせフェネル!すぐに離すんだ!王と言うのは本当の事だ!彼が言っている事は全て本当なんだ!」
「ま、マジっすか!?」
私が叫び、フェネルが離す。
離されたオベロンは「ははは」と笑い、「冗談だよ」と、微笑んで言った。
果たしてどこまで本気であったか。
それはもはや分からない事だが、とりあえずは怒って居ないようなので、私は「ふぅ…」と息を吐く。
「さて、それでは本題に入ろうか」
真顔になってオベロンが言う。
私達は二人で並び、彼を正面に話を聞いた。
「君達には人間を追い払って貰いたい。当然、理由が知りたいだろうから、優しい私はそれも話そう」
自分で言うか…と、思いはしたが、それを飲み込み続きを待った。
「君達が捕まえようとしている黄金蝶は私の客だ。妖精達の王が私なら、蝶達の王が彼女なのだ。私の妻は嫉妬深くてね。私の愛情を確かめたがる節がある。故に、私達はこの時期に毎年ここで結婚式を挙げるのだ。言わば、黄金蝶は私達の賓客にあたるという訳なのだな」
「な、なるほど…」
とりあえずは一言を言い、分かっているかとフェネルを見てみる。
しかし、フェネルは「ん?」と言う顔で、ひたすら瞬きを繰り返していた。
「君達は彼女を捕らえようとして、私達の結婚式を妨害している。知る、知らずはともかくとして式場を毎年滅茶苦茶にしているのだ。私の妻、ティターニアも、そろそろ本気で怒って居てね。今年も同じ結果になれば、実力行使も辞さないと言っている。だが、私は優しい男だ。不要な血を流させたくはないのだよ。だから君達にこの話をした。後の事は言わなくても分かるね?」
つまり、「やれ」という事である。
理由はもう分かっただろうから、人間達を追い払えと言う事だ。
なぜ、自分がやらないかと言うと、騒ぎを大きくしない為だが、おそらくはだが面倒くさいという点も少しはあるのだと予測される。
「では、後の事はよろしく頼んだよ。私は蝶の王女を迎え、色々と打ち合わせをしなくてはならないからね」
「にやり」と笑ってオベロンが動く。
同時に洞窟の入り口が開き、オベロンはそこから飛び出て行った。
なぜかの鼻歌を歌いつつ。
「(火の無い所に煙は立たず、か…怪しい事この上無しだな…)」
まさかのデートと疑惑して、口には出さず私が思う。
「何か良く分かんないですけど、要するに蝶狩りはやめろって事ですか?」
「まぁ、それで大体合ってるな。正確には黄金蝶狩りをやめ、その上で人間を追い払えという事だ」
フェネルが聞いて、私が答える。
「えぇ…じゃあどうすんすか?」
と、続けて質問されたので、私はとりあえず「うーん…」と唸った。
「そうだな…まずはレーナ達と合流しよう。全員で考えれば何か浮かぶだろう」
「ほわぁ~い」
結論としてはそこに至り、私とフェネルは洞窟を出た。
「何か花のせいとかにします?その辺の花を持って行って、イッちゃった目をして「見つけたァ!」って言うんです。よだれとかもダラダラで「黄金蝶ダヨォ!見てよ見てよぉ!」って。そしたら「あ、幻覚だったんだ☆」って、皆諦めてくれないですかね?」
「い、いや、それはそれで別の目的で集まるだろうな…っていうかまず、誰がやるんだ?」
聞くと、フェネルは「先生でしょ?」と言った。
分かり切っていた答えを前に、私は右手を額に当てる。
「その際は裸でお願いします。いや、パンツ一丁の方が信憑性があがりますかね?」
「知らんわ!」
続けて言われた言葉にそう返し、私は早足で会場へと向かった。
レーナ達と合流した後、私達は浜辺に向かった。
浜辺であれば人は居ないし、内密の話をするにしても、普通の声で話せたからだ。
砂浜の上に全員で立ち、円を作って話し合う。
「なるほど…」
事情を話すと彼女達は、全員揃ってまずそう言った。
「素直に話すのが一番じゃない?こういう理由で困ってるから、黄金蝶狩りはもうやめてくれって。例えば、一時的に追い払っても、理由がはっきりしていなければ、来年もまた来ると思うけど」
それから言ったのはエリスであり、これには「確かに」と納得させられる。
だが、全員にそれを言って、帰ってくれるかは別の話で、そういうものが居るのであればとオベロンまでをも捕まえて、見世物にしようとするかもしれない。
無論、それは不可能な事だが、彼らはきっとそうとは思わない。
オベロン自身が言った事だが、無知とは本当に恐ろしい事なのだ。
「話すとしても全員は問題だな…商人達も多く居たし、むしろ、奮い立つ可能性もある。痛い目に遭えば諦めるだろうが、そうならない為に頼まれた訳だしな」
言うと、エリスは「そうね…」と言った。
「じゃあブランさんに話すのはどうですか?財団のトップが納得すれば、誰も文句は言えないでしょうし、催し自体が行われなくなれば、人間が来る事もなくなりますよね?」
続けて言ったのはレーナであった。
ルニスもエリスも「そうか」と言っている。
私自身も名案だと思い、「それは良いな」と頷いて見せた。
「結局は金と権力がモノを言う、腐りきった世界だぜ…」
とは、なぜかやさぐれているフェネルの言葉で、全員からスルーをされてフェネルは走って海へと向かった。
そして、貝を拾って投げて「バカヤロー!」と叫ぶ。
それをも完全に無視されて、小さな声で「バカ野郎…」と繰り返した。
「あー…じゃあそれはそれとして、ブランには後で伝えておこう。となると、とりあえず追い払う方法だな。一時的なもので構わないが、何か妙案があるだろうか?」
それら一切を見なかった事にし、皆に向かって聞いてみる。
「やっぱり、ビビらせるのが一番じゃないですかね…?」
とは、しばらくしてのルニスの言だった。
「具体的には?」
質問すると、ルニスは「うーん…」と腕を組んで唸り出す。
そこまでは考えて居なかったようなので、私はその先を考え出した。
「クマとか狼とかはどうだろうか?つまり、野獣が出た事にするんだ。ペンキを買ってきて体に塗って、血に見せかけて姿を見せる。それから「クマが出た!殺される!」等と叫べば、大抵の場合は逃げるんじゃないか?」
言うと、全員が「あー」と言った。
アリなような、ナシなような、なんとも微妙な反応である。
「でも、兵士や戦士みたいな人も居たわよね?そういう事ならって出しゃばって来ないかしら?」
これはエリス。
聞いたルニスが「ありえますね」と、それに同意する。
熊や狼なら彼らでも倒せる。
とすると、もっと圧倒的な力で彼らをビビらせるしかないようである。
「黄金蝶が大爆発して毒が散ったとかのホラで良いんじゃないですか?」
戻って来たフェネルが「ボソリ」と言った。
どうせ聞いて貰えないだろうと、そっぽを向いての発言である。
だが、それはなかなかどうして、惜しい所を突いているような案な気がした。
その為フェネルを見つめると、「な、なんすか!?」と、怯んで一歩を下がる。
「その案はなかなかイケるかもしれんぞ」
そう言うとフェネルは「ハア?」と言って、眉毛と両目を波にさせた。
「いや、感染という筋だ。未知の病気を前にしたら、どんな人間でも逃げたくなるだろう?そういう心理を利用するんだ」
「ああ、なるほど」
それにはまずレーナが反応し、遅れてルニス、エリスと続いた。
フェネルは最後まで疑問していたが、「要するに、先生が爆死するんですか?」と聞いたので、一言「違う」と言って置いた。
「じゃあこうしませんか?」
切り出したのはルニスだった。
実に楽しげな表情である。
「どうするんだ?」
と、質問すると、ルニスは嬉々として話し出した。
作戦の説明は3分程で終わり、レーナとエリスが「うーん…」と言った。
あまり乗り気ではないようだが、他に案がある訳でも無さそうで、私がそれで行くと言えば、仕方なく従う風ではあった。
「まぁ…女性は可哀想だからな。私とフェネルとルニスだけでやろうか」
そう言うと、二人は「こくこく」と頷いた。
「僕も半分女なんですけど!?」
と、ルニスが少々お冠なので、そこには「すまん」と素直に謝る。
「エリスは最初に驚く役を。レーナはエフェクトの担当を頼む。タイミングを見て魔法を放ってくれ」
それからエリスとレーナに頼み、私達は3人で村へと向かう。
そして、全身タイツと金色のペンキを買って、洞窟の中で準備を整えた。
ルニス曰くの「作戦G」がここに開始されたのである。
「きゃあああああああ!!」
エリスのその悲鳴によって、作戦Gは開始された。
人々が集まり、どうしたのかと、逃げて来たエリスに問い詰める。
「私の友達と先生が黄金蝶の魔力にやられて!!ああっ、こんな事になるのなら、黄金蝶狩りになんて来なかったのに!!」
そこはアイドルの卵であるのか、流石と言える演技力だ。
涙目で、かつ、首を振り、恐れ慄いた口調で喚く。
「ど、どういう事なんだお嬢ちゃん!一体何があったっていうんだい!?」
「っていうか君、エリスちゃんじゃない?ヒカリプロのエリスちゃんだよね?」
男達がそう言って、「エリスちゃんだ!」と騒ぎ出す。
これはエリスにもイレギュラーだったが、直後には「ああっ!!」とこちらを指さした。
「では行くぞ!精神を強く持て!」
「は、はい…」
黄金色の私が言って、同じ状態のルニスが返す。
直後には同時に動き出して、森の中から「よたよた」と歩み出た。
「ア~!タスケテ!タスケテ~!」
「クルシイヨ~!オカネナンテモウイラナイヨ~!」
私とルニスが言いながら、「よたよた」とエリスの方へと近付く。
「な、何だありゃ!?」
という、当然の疑問には、説明口調でエリスが答えた。
「そう、あれは黄金蝶を見つけた直後の出来事だったわ!友達のルニスが悲鳴を上げて体を黄金に変えてしまった!ルニスに触れた先生もああなった!黄金蝶の魔力に触れると、みんな黄金になってしまうのよ!」
と。
「ま、マジかよ!?」
「シャレになんねぇ!!」
それを信じた人間達が、数歩を下がって私達を見る。
ここが押し時と思った私は「アアアア!!」と呻いて足を早めた。
「ぎゃああ!?」
「逃げろー!冗談じゃねぇ!!」
人間達が逃げて行く。
第一段階はこれで完了だ。
「あっさり過ぎてつまんない…」
と言う、エリスには「おいおい…」と言って置く。
「じゃあ私は会場の方に行ってるわ。一応、そっちでも広げておくわね」
エリスが言って歩き出す。
私とルニスはそれを見送り、しばらくしてから「よたよた」と進んだ。
「なんか悲しくなってきました…」
「立案者だろう…我慢してくれ…」
ルニスを励まして更に進む。
「へへっ…どうやら本当らしいなぁ…あんた達には気の毒だが、その体は売らせてもらうぜ!」
しばらくすると数人が現れ、ロープを右手に私達を囲んだ。
こういう輩が必ず現れる。これはすでに予測済みだった。
故に私達は怯まず進み、彼らのロープを黙って受けた。
「100万カーンなんて目じゃねえぜ!これで俺達は大金持ちだ!!!」
男達が「ハハハ!」と笑い、仲間内でハイタッチする。
直後に「ゴロゴロゴロ…」と雷鳴が轟き、私達の背後にフェネルが現れた。
その体には当然ながら黄金のペンキが塗られており、フェネルだけには技巧を凝らし、背中に金の羽根もつけていた。
「(ちょっと待て!なんでパンイチなんだ!?)」
どういう訳かパンツ一丁で、予定と違う為にそこには驚く。
「下賤な人間のゴミクズどもがぁ!恐れと敬意を知らぬダニどもがぁ!我の憤りと悲しみを知れ!」
まさに適任。言う事なしで、「それっぽい口調」でフェネルが叫ぶ。
すぐにも雷が「ピシャアン!!」と落ちて、男達が「ひいっ!?」と怯んだ。
これは勿論、裏方に居るレーナが生み出した魔法の効果で、フェネル自身を黄金蝶として彼らをビビらせる作戦だった。
「我の怒りはまさに頂点!貴様ら全員を黄金と変え、中立マンファイナルバトルの購入資金としてくれようぞ!!」
それは余計なひと言であり、「中立マン?!」と男達も疑問顔。
「があっ!?」
しかし、一人が「ぱたり」と倒れ、男達は一斉に顔色を変えた。
「や、やべぇ!金は欲しいがこんなのはゴメンだぜ!!」
「かーちゃんタスケテー!!」
そして、一人が逃げ出した事で、全員が慌ててそれに続いた。
「やっべぇ、チョー気分良いっすわぁ…もうガンガン行きましょうよ!」
「あ、ああ…」
パンイチ姿のフェネルが言って、少し引きつつ私が答える。
この後にも2度、同じ事を行い、2時間後には会場に人間の姿は見られなくなった。
「やれやれやっと終わったか…それじゃ一旦戻るとするか?」
「ですね…」
私が言って、ルニスが答え、へとへとの足で洞窟に向かう。
「いやぁほんとスッキリしましたよ。これ、定期的にやりませんか?」
唯一、元気なフェネルを無視し、洞窟についてタイツを脱いだ。
「ん?」
そんな時、白く輝く一匹の蝶が現れた。
それはすぐに姿を変えて、小さな美しい女性になった。
妖精の女王ティターニアだと理解をしたのはすぐの事。
私が事情と成り行きを話すと、
「それで、私の夫はどこですか?」
と、ティターニアは質問してきた。
「あー…黄金蝶の出迎えと、打ち合わせでどうとか言っていましたが…」
正直に言うと、「なんですって!?」と憤る。
「あのロクデナシ!懲りずにまた浮気かぁぁ!」
そして、直後には鬼の形相で、洞窟を飛び出して行ったのである。
「マズイ事を言ったかな…?」
「まぁ、自業自得じゃないですか…?」
私が言って、ルニスが言った。
「ヤバい!パンツの代えが無い!母さんにウンコ漏らしたと思われる!!」
一人、マイペースのフェネルが言って、私達は揃って苦笑いをした。
後で知った事ではあるが、オベロンは妖精の王ではあるが、形式の上ではティターニアの婿だった。
つまり、立場と権力は彼女の方が上であり、ティターニアがもしその気になれば、色々な意味でオベロンは「ボコボコ」にされるという事だった。
数時間後、再会した時、オベロンは実際「ボコボコ」であり、所々歯の抜けた口で、「ごふろうはっは(ご苦労だった)」と私達を労った。
それに加えて股間をどうしたか、浮いてはいるが前屈みであり、動く度に「いつつ!」と呻いて私達全員を疑問させた。
それから1時間程が経った後に、花畑の中で結婚式が行われる。
妖精と蝶が舞い踊る、神秘と感動に満ちた式だった。
「あ、あれ?」
そんな中でフェネルが声を上げ、一匹の妖精に顔を向けた。
「どうした?」
と、聞きつつそちらの見ると、どこかで見たような妖精が居た。
「しぇ、シェリルちゃんですよアレ!間違い無いですよ!!」
「シェリル?」
私は直後は疑問した。
しかし、レーナから「ほら、婚約者の」と教えられ、やっとの事で「ああ」と思い出す。
「こんな所で会えるなんて!これってやっぱり運命ですよねぇ~!!」
言いながら、フェネルが近寄って行く。
「ほざいてろ」と、嫉妬していると、シェリルの横に男が現れた。
何やら「ごにょごにょ」話した後に、驚いた事にキスをする。
されたシェリルも男に抱き付き、何やらハッピーな雰囲気だった。
「しぇ、シェリルちゃん!?どういう事!?」
それを見ていたフェネルが言って、シェリルと男がこちらに振り向く。
「誰、コイツ?」
「さぁ…?全然知らないヒトー」
男が言ってシェリルが言った。
聞いたフェネルは「アアアアアアア!!?」と言って、地平の彼方に走って行った。
「(これで唯一の望みは消えたか…)」
私は思い、余所見をしていて顔面を殴られたオベロンを見た。
オベロン的には結婚式はむしろ潰れた方が良かったのでしょう。




