ドールパニック
4月の中旬。
曇り空のある日。
私は久々に我が家に来ていた。
我が家と言っても倒壊しており、実際には殆ど跡地と言う感だ。
来た理由は特に無く、少し気になったというだけだった。
しかし、こうして改めて見ると、本当に無くなったんだな、と、寂しく思う。
かつての診察室を歩き、かつての応接間の跡地を抜ける。
「ん?」
そして、倒壊するはずの無い、裏庭で私は何かを見つけた。
それは木で作られたポストのようなものであり、そこには入口からはみ出る程の、手紙が「ぎっちり」と詰められていた。
「まさかフェネルか…?十分ありえるな…」
そんな事を一人で言いつつ、歩いてポストの近くに向かう。
それから一通の手紙を取って、差出人の名前を見てみた。
「ディロス…?名前は覚えているが誰だったかな…?」
名前と顔が一致せず、思い出す為にも封を切る。
「チャリリン」と何かが落ちた為に足元を見ると金貨が落ちていた。
それも二枚。
20000リーブルだ。
「金だと…?一体どういう事だ?」
驚いた後に右手で拾い、これを見れば分かるだろうと左手の手紙に目を通して見た。
『イアン先生お久しぶりです。
ミノタウロスのディロスです。
お蔭様で仕事も順調で、毎日そこそこにやっております。
友人のコパックに聞いたのですが、酷い目に遭われたらしいですね。
先生には随分お世話になりました。ここがお礼の返し時だと思います。
少ないですがお金を送ります。
修繕費用に役立てて下さい。』
「なんと…」
読んだ後にはそう言っていた。
どこかで聞いた名前と思えば、引き篭もりのミノタウロスのディロスの事だった。
「助かるな…本当に」
まさかの事に目頭が熱くなる。
有難い事だと本当に思う。
心の中で「ありがとう」と言い、私は次の手紙を見てみた。
こちらはクレア…
ライカンスロープだった女性からで、これにも金貨が入れられてあり、次の手紙も、そのまた次の手紙にも、私の事を心配する文と、気持ちのお金が入れられていた。
「ラルフが言ったのはこういう事か…」
多分、私は泣いていたと思う。
それはもうボロボロに。
レーナが居なくて良かったと思いつつ、最後の手紙の封を切った。
「これは…!?」
それは明らかにフェネルの文字だった。
私の感動ももはやここまで。
覚悟を決めて先を読む。
『先生へ。
最初はわけがわかりませんでした。
なんでって家が滅茶苦茶だったから。
先生が自棄になってぶっ壊して逃げたのかと思ったけど、フォックス先生から理由を聞いて、姉さんと一緒にポストをたてました。
なんか、魔物の患者さんが連絡を取りたいって言ってたからです。
こんな事を書きたく無いけど、先生が居なくなって凄い暇です。
中立マンバトルも誰ともできません。
ていうかブッチャケちょっと寂しいです。
ていうかブッチャケ鬱になってきました。
ていうか誰も突っ込んでくれません(フヒヒヒヒヒヒ)
今更だけど、先生の優しさがちょっとだけ分かったような気もします。
優しさゆえのパンチ。優しさゆえのキック。
そして、優しさゆえの股裂断金降だったんですね。
だから先生、帰って来て下さい。
色々やった事は反省しますし、良い子になるように努力もしてみます。
あと、エロ本を広げて帰るのももうやめようと思います。
先生は気付いていなかったようだけど、レーナさんがいつも片付けてました。
どうせ読んでもらえないだろうから、ほんのちょっとだけ本音を書きました。
もし、これを読んでいたら、読んだ後にはすぐ捨てて下さい。
先生がまた帰ってくるのを姉さんと一緒に待ってます。
帰ってきたらまずバトルしましょう。
それまでレッドとDは預けます。
フェネル・アンブレー』
封筒の中にはカードがあった。
私がやったレッドとDだ。
突っ込む所が無いでもないが、おそらく奴なりの気持ちと思い、ため息を吐いてそれを受け取った。
「どこかに行く事も考えていたが、こういう事を言われてしまうとな…」
苦笑いをして一人で呟く。
もう一度、ここに建てて見るか。
そんな事を思った後に、小雨になってきた空の下を戻った。
ゲートを抜けて森に着くと、小雨は本降りに姿を変えていた。
あちらの方では小雨であったが、こちらではもう降っていたらしい。
「(参ったな…これでは手紙がグチャグチャになってしまう…)」
ポケットのあちこちに詰めた手紙は、現時点でもかなり濡れている。
その上でこの中を突っ切って帰れば、グチャグチャになるのは明白だった。
「何か、入れ物などは無いです…よね?」
ダメ元でゲートのドリアードに聞くと、彼女は「ありますよ」と答えてくれた。
「すみません、貸して頂けないですか?手紙を濡らしたくないもので…」
ならばと頼むと虚を探し、骨董品の壺を出してくる。
どんな趣味!?と、直後に思うが、ありがたい事は事実である為、礼を言ってそれを借りた。
壺の中に手紙を詰めて、ついでに金貨も「じゃらり」と入れる。
それから白衣で蓋をして、抱えるようにして歩き出した。
森の外にはナイトメアが居り、雨の中に立ち尽くしていた。
私が来る時に借りたものだが、こんな中でも待って居てくれたので、「すまんな」と言って彼を労った。
ナイトメアは「ブルルッ」とひと鳴き。
それからこちらに尻を向ける。
「うるせえ!クソくらえ!」という意味では無くて、多分、乗れという意味合いである。
私は壺を抱えたままで、ぎこちない動作で彼に乗った。
「あまり、滅茶苦茶に飛ばさんでくれよ?片手では体を支え切れんからな」
言うと、「ブルルッ」と声を返す。
その後に私達は草原を駆け出した。
そして、およそ1時間程をかけ、私達はラルフの城へと戻る。
雨のせいで体は冷え切り、騎乗の為に尻は「ガタガタ」だ。
すぐにも服を着替えた後に、暖炉にあたって体を暖めた。
「(だが手紙は守り切った。これは新しく出来た宝だからな…)」
暖炉の前で壺を抱え、私は一人で不気味に微笑んだ。
翌日の朝には風邪をひいていた。
おそらく体が冷えた為だろう。
医者の不養生という言葉があるが、今回はまさにそれである。
ふらつく足取りで食堂に行くと、レーナがすぐに気付いてくれた。
そして、私の体を支え、部屋へと連れ戻してくれたのだった。
「体に良いものを作ってきますね。すぐに持ってきますから」
レーナはそう言って部屋から去った。
自分の食事もまだだろうに、本当に心の優しい女性だ。
「ありがたい事だ…」
と、呟いて、私は静かに両目を閉じる。
「それにしても…」
フェネルのアレは。
思い出すと笑みがこぼれる。
いやいや、バカにしているという訳では無く、意外な純粋さに感心したのだ。
いつもああなら可愛い奴だが、多分、家を元に戻せばいつものフェネルに戻るであろう。
だが、それでも戻りたいと思う、きっかけになったという事は事実。
奴自身が言う「努力」とやらの、成果に期待をしたい所だ。
「お待たせしました。入っても良いですか?」
10分位が経っただろうか、部屋のドアがノックされた。
「大丈夫」と声を返すと、トレーを持ったレーナが現れる。
トレーの上には鍋があって、蒸気が「もわもわ」と立ち上がっている。
多分、おかゆか何かだと思い、時間の早さに納得をした。
「ショウガとニンニク入りのおかゆです。ワレンシュタイン家特製の風邪薬ですよ」
道理でニオイがキツイ訳だ。
ヴァンパイアはニンニクが苦手なはずだが、レーナ達にとっては問題ないのだろう。
椅子を持って移動させ、レーナがベッドの脇に座る。
そして、おかゆをひと掬いして、息を「ふーふー」と吹きかけた。
「はい、どうぞ」
多少冷まされたおかゆが出される。
勿論、スプーンに乗ったままだ。
それはつまり「あーんして♡」と言う、状況に陥った事に他ならず、「ドキリ」とした私は顔を赤らめて、「いや、その…」等と口走った。
「駄目ですよ先生!好き嫌いは!確かにニオイはキツイですけど、本当に強烈に効くんですから!」
勘違いをしたレーナが怒る。
強烈に効く、という点には別の意味では納得である。
「あぁ、そ、それでは、頂こう…か…」
どぎまぎしながら口を開け、レーナにおかゆを入れて貰う。
「熱くないですか?」
と、聞かれた為に、含んだままで「むぅ(ああ)」と言った。
至福の時はすぐに過ぎ去り、スプーンが鍋の底を擦る。
「はい、これで終わりですね~」
「むぅ」
介護をされる老人よろしく、全くの無抵抗でそれを受け入れた。
「はい、ごちそうさまでした~」
「ごひほうはまへひはー」
レーナと言って笑い合う。
風邪をひくのも悪くないな、と、思わざるを得ない出来事である。
レーナはその後もちょくちょく訪れ、私の面倒を色々と見てくれた。
お蔭で夜には体調も良くなり、退屈さを感じてベッドから抜け出した。
「駄目ですよ先生!ぶり返しますよ!」
が、それはすぐに見つかり、背中を押されてベッドに戻る。
そこからはレーナは付きっ切りになって、私が脱走しないように見張った。
24時前、目を覚ました時、レーナはベッドにうつ伏して寝ていた。
「今度はそっちが風邪をひくぞ…」
それを見つけた私は起き上がり、レーナの背中に毛布をかけるのだ。
その後に私はトイレに向かい、一日分の色々を済ませる。
そして、手を洗った後に、少々の眩暈を感じるのである。
「そうすぐには治らんな。だいぶマシにはなっているが…」
一人で言って、手を拭いて、部屋に戻る為にトイレを後にした。
妙な所に迷い込んでいた。
少しぼうっとしていたのかもしれない。
部屋に戻る道を間違えて、来た事の無い通路に立っていたのだ。
この時点で戻って居れば、或いは部屋に帰れたのかもしれない。
だが、思考がクリアでは無かった為に、私はそのまま部屋を探し、結果として一つの部屋のドアを適当に開いてしまったのである。
そこは、明かりが一切灯らない、蜘蛛の巣だらけの古びた部屋だった。
天蓋つきのベッドの上には大量の埃が積もっている。
一体何年使われていないのか、はっきり言って想像がつかない。
「間違えたか…」
と、普通に言って、私はすぐに立ち去りかけた。
「ん?」
が、部屋の中央に人形が見えて、私は中へと踏み入ったのだ。
大きさとしては掌サイズの、笑顔のキューピー人形である。
ラルフが集めている事を知って居なければ、おそらく近付きもしなかった事だろう。
つまり、私はそれを拾う為に部屋の中へと入った訳だった。
「こんなもののどこが良いのかな…まぁ、人の趣味にとやかく言わんが…」
右手で拾い、「ハハッ」と笑う。
「がさり」という音が聞こえてきたのは、その直後の事であった。
方向的には右の前方。
ベッドの向こうの部屋の隅である。
「だ、誰だ…!?」
と、とりあえず言うも、そこから返される反応は無い。
ここで誰かが出て来てもビビるが、確かに音が聞こえたのに、反応が無いのも怖いものだ。
「ね、ネズミか…?ネズミなんだな…?」
精神の安定を図る為に、ネズミのせいにして近寄って行く。
逃げれば良いのに…と、言われそうだが、人生には時に曖昧にせず、はっきりさせたい時があるのだ。
それ故に私は勇気を振り絞り、ベッドを迂回してそこへと近付いた。
そして、そこを正面に見た時に、いくつかの箱が崩れている事を知るのだ。
「なんだ…荷崩れか…やれやれ、随分とおどろかせて…」
と言った時、何かが素早く横を抜けた。
高さとしては私の膝程、長い髪の何かに見えた。
「何だ!!?何なんだ!!?」
慌てて見た時、そいつはすでに部屋の外へと飛び出していた。
「何か逃がしたのか!?マズイぞこれは!」
キューピー人形を投げて追うと、そいつの背中が左に見えた。
緑色の服を着た、少し大きな人形に見える。
走り方は獣的で、長い黒髪が恐怖感を煽る。
一体何だと思いつつ追うと、正面の先にラルフが見えた。
どうやら散歩の途中のようで、こちらに気付いて目を見開いた。
「ラルフ!そいつを捕まえてくれ!何だか知らんが逃がしたのかもしれん!」
「分かった」
私が叫び、ラルフが返す。
ラルフは体をこちらに向けて、両手を広げて腰を落とした。
「むっ!?」
が、何かは大きく飛んで、私達の頭上で「カカカ!!」とひと笑い。
髪の奥の双眸を開け、赤い光を発して着地した。
着地と同時に奴の体が、見る見る内に膨らんでいく。
巨大化の魔法でも使ったのかと思ったが、それはどうやら間違いだった。
奴では無く、私達が、奴より遙かに小さくなったのだ。
見れば、私の前方にはキューピー人形が転がっていた。
そいつが「うぅ…」と立ち上がった時、私は自身の異常にも気付く。
「な、なんだと…!?」
私の両手はゴム製のキューピー人形のそれになっていた。
いや、両手だけでは無い、足も、体も全てがそれだ。
何者かは最後に「キキッ!」と笑い、城のどこかへ姿を消した。
残されたのは私自身と、もう一体のキューピー人形。
「しくじったな…」
という声を聞いて、それがラルフだと理解が出来た。
「ど、どういう事なんだ?これは一体?」
キューピー人形の体のままで、強制的笑顔でラルフに詰める。
一方のラルフも笑顔のままで、「まぁ慌てるな」と私に言ってきた。
なんだかひどくシュールな図だが、中身としては至って真剣だ。
「分かって居るなら教えてくれ、慌てては居ないが、混乱はしている」
と、更に問い詰めて説明を引き出す。
「あれはドールメイカーと言う。ヨランの世代に暴れていたものらしいが、まだ城に残っていたようだ。名前の通り奴は人を、いや、生き物全てを人形に変えられる。その目的はハッキリしていないが、おそらくただの遊びだと思われる。元に戻る方法は、あれを手酷く痛めつける事だけだ」
ラルフはいつものラルフであった。
外見的にはキュートになっても、中身は変わらず低温らしい。
「つまり、あいつを見つけ出して、ボコボコにしてやれば良いだけなんだな?そうすれば元に戻れるんだな?」
聞くと、ラルフは「ああ」と言った。
「だが、簡単にはいかんだろうな。挑んだ犠牲者達は悉く倒れた。私の部屋で見たと思うが、あの人形はただの人形では無く、犠牲者達の亡骸なのだ」
しかし、その後にそう続け、私を軽く絶望させるのだ。
つまり、キューピー人形を集めていたのは、趣味では無くて供養であった。
そうならそうと言っていてくれれば、あの部屋に入る事は無かったのだが、事、ここに及んでしまってはそんな事を言っても仕方が無い。
「と、とりあえず少し作戦を練るか…?レーナ達にも協力して貰えれば、あんな奴はすぐに捕まえられるだろう?」
「そうだな。それが良いだろう」
私が言って、ラルフが答える。
当面の目標が決まった事で、私とラルフは廊下を歩き出す。
歩く度に「キュッキュ」と鳴ったが、私達はそこには触れずに歩いた。
結論から言えば駄目であった。
レーナに言葉が通じないのだ。
何を叫んでも起きてくれないし、起きたとしても気付いてくれない。
「もう先生…何処に行ったのかなぁ…」
と、ぶつぶつと言って眠ってしまったので、私とラルフはどうしたものかとお互いに顔を見合わせていた。
「ふむ…いっそ浣腸でもしてみるか?流石のあいつでも目を覚ますだろう」
恐ろしい事を言う奴である。
真剣なのだからタチが悪い。
娘の親としてどうかと思うが、私はとりあえず「マズイだろう…」と言う。
聞いたラルフは「確かに」と言い、
「逃げ切る前に出されると、少々マズイ事になるな」
と、別の意味合いでそれを受け取った。
「あー…どの道言葉が通じないのでは、レーナ達の協力は仰げないかもしれない。ここは私とラルフだけで解決できる作戦を考えよう」
レーナの為にもそう言って、ラルフの考えを他に逸らす。
「いや、ここは喰らうのを覚悟で…」
と、やたらと浣腸に拘ったので、「私が嫌なんだ!」とごり押ししておいた。
「そうか。ならば仕方ないな」
どういう思考か不明であるが、ラルフはそれで浣腸を諦めた。
助かったレーナは「うにゃうにゃ」と言い、夢の世界を満喫している。
「(良かったな…)」
と、密かに思い、私は床に胡坐をかいた。
「さて、では、どうしたものかな」
私に倣いラルフが座る。
見た目はキューピー人形なので、向かい合っていると少し戸惑う。
「奴が現れる法則があればな。それがあれば罠を仕掛けられるんだが」
言うと、ラルフは「そうだな」と言った。
だが、それが無いのであろう、その後に言葉は続けなかった。
「だが、罠と言う線は良い。追いかけても無駄なら待ち構えるしかない」
「その通りだ」
今度の言葉には私が答える。
聞いたラルフは小さく頷き、その線で作戦を考えだした。
「あの~…」
そんな声が聞こえたのはその時。
位置は部屋のドアからだった。
「なっ!?」
見ると、キューピー人形が居た。
私達の視線に気付き、体を震わせて僅かに浮かぶ。
「あ、あの、あなた達は一体何ですか?!」
こっちが聞きたい質問だった。
だが、この声には聞き覚えがある。
「もしかしてルニスか?」
と、質問すると、人形は「先生ですか!?」と声を返してきた。
直後には「キュッキュ」と近付いてくる。
ルニスもあいつにやられたらしい。
そして、声が聞こえた為に、この部屋に迷い込んできたのであろう。
「ちょっとこれどういう事ですか~!転生するにもモノがありますよ~!」
転生先がキューピー人形。
確かに笑えない話である。
しかし、実際はそうでは無い為に、ルニスにもきちんと説明をした。
「あー…居た。居ましたよ変なのが…っちゃぁ、あいつにやられたのかぁ…」
ルニスの人形が額を押さえた。
ラルフは「仲間が増えたな」と言って、元々の笑顔をこちらに向けた。
なんとなく「いらっ」とするが、元々なのだからこれは仕方無い。
「しかし、二人並ばれると分からんな…見た目がほら、同じだからな…」
そう言うと、二人が顔を見合わせる。
今はまだ把握しているが、ひとたび移動すると分からなくなるだろう。
それは彼らも思ったのだろう、「確かに」と揃ってこちらを向いた。
「なんか目印でもつけませんか?あそこにペンがありますし」
ルニスが言って前方を指さす。
そこには私が拝借していた、青銅のペンが転がっていた。
机の引き出しに入っていたので、勝手に使わせて貰ったのだが、思ったよりも重かったので机の上に放置をしたものだ。
ちなみに場所は机の上で、私達の感覚で10mは上にある。
「良い案だと思うがどうやって行く?この体だと命がけだぞ?」
その為に言うと、ルニスは「うーん…」と言い、それきり静かになってしまった。
「何も登る必要は無いだろう。転がっているのは幸いだった。3人で揺らせば落ちて来るさ」
そんなルニスを見兼ねたのか、ラルフが言って立ち上がる。
そして、そのまま「キュッキュ」と歩き、机の脚の近くで止まった。
「うーん…」
うまく行くかな、と、思いつつ、私も立ってそこへと向かう。
ルニスもすぐに後ろに続き、三人で脚の近くに立った。
「よし、押すぞ!」
ラルフの言葉で力を入れる。
三人が三人、全力を出し、机の脚をひたすら揺さぶった。
「あ!見えました見えました!こっち来てますよ!」
頭上を見上げてルニスが言った。
確かにペンの一部が見えている。
「もう少しだ」
と、ラルフが言って、私達は更に机を揺らした。
「落ちたー!やったあ!やりましたよ先生!」
ルニスが喜び、私達が見上げる。
「ぎゃああああ!!」
直後に三人はペンに潰され、断末魔に近い悲鳴を上げた。
「重い重い!割に重い!」
「当然だった!青銅だったんだ!!」
ルニスと私が悲鳴を上げて、両手と両足をじたばたとする。
ゴム製の体にペンは食い込み、さながら鉄棒がめり込むようだ。
「……」
ラルフはすでに完全に沈黙。
うつ伏せのままで両手を伸ばし、馬車に引かれた蛙のようになっていた。
「ちょっと死ぬかと思いましたよ…」
「全くだ、アホすぎる…」
やっとの事で抜け出した時、部屋の入口に何かが見えた。
そいつが「キキキ!」と笑って消えたので、ドールメイカーだったのだと気付く。
「クソッ…完全に楽しまれているな…だが見て居ろ、今に報復してやるぞ」
言った後にラルフを起こし、何とはなしにレーナを見てみた。
「あれ…?」
居るべき場所にレーナは居なかった。
視線を落とすと人形が転がっている。
「すぅすぅ」という寝息を発す、私達と同様のキューピー人形だ。
「やられたァっ!!」
と、私が気付き、ルニスとラルフもその事に気付く。
「このままだと全滅ですよ!」
ルニスがすぐにも言ってきたが、その笑顔が何となく、やはりは気になる私であった。
私達4人はペンを使い、それぞれの額に頭文字を書き込んだ。
書き込んだとは言っても自分の体をペンの前で動かすと言うもので、それ故に上手に書く事が出来ず、いびつで汚い文字となっていた。
特に酷いのがルニスの「ル」。
自分から見てルと書いた為、こちらから見ると逆に見えており、宛ら呪いの文字にも見えて、見る度に思わず突き飛ばしそうになった。
イアンの「イ」にレーナの「レ」。ラルフの「フ(なぜか)」と額に書き終わる。
私達はそれから会議を続け、待ち伏せ作戦をする事になった。
おそらく奴の目的はこの城に居る者を人形化する事。
となるとフィーナとシーナを狙って、必ず出てくると予測をしたのだ。
「それで、どっちに張り込むんですか?いっそ二手にわかれちゃいます?」
呪いの文字を頂く人物、ルニスが誰にともなく聞いた。
突き飛ばしたくなる衝動に耐え、とりあえずの形で「うーん」と返す。
「私が「フ」と書いてしまった以上、フィーナを人形化させるのはマズイな。「フ」が二人居てはやりづらいだろう?」
「あ、ああ…それはまぁ、な…」
そうは言ったが「どういう理屈!?」と、私は少々困惑していた。
「じゃあ姉さんは見捨てる方向で、お母さんに全力を注ぐの?」
こちらは娘のレーナの質問。
聞かれたラルフは「そうだな」と言い、不適当な笑顔を娘に向けた。
「まぁ、死ぬと言う訳では無いから、ここはシーナにも我慢をしてもらおう。二兎を追うものは何とやら、二手にわかれて両方やられてもな」
言って、レーナの肩に手を置く。
レーナ印のキューピーちゃんは、それで「そうですね」と納得してくれた。
「どうやら選択肢が狭められたようだ。考えるまでも無かったな」
ラルフが言って入口を見る。
そこにはキューピー人形が居て、こちらの様子を伺っていた。
「やられたのか…どっちなんだ?」
言うと、「シーナです…」と声が返る。
「皆さんもあいつにやられたんですか…?」
と、そう言いながら近付いて来た。
それにはラルフが「ああ」と言い、ここまでの成り行きを短く話す。
聞いたシーナは「なるほど…」と言って、頭文字を書きに歩いて行った。
「こうなるとフィーナを死守しなければいかんな。兎にも角にも部屋に急ごう」
私が言って立ち上がり、レーナが続いて立ち上がる。
ラルフとルニスが遅れて立って、「シ」を書いたシーナが後ろに続いた。
3分程歩いて寝室に着く。
何とか入ってフィーナを見つけ、私達は一先ず息を吐いた。
「……駄目よあなた。まだ体調が…うにゃうにゃ…」
何も知らずに眠っているが、寝言の内容はなんとなくエロイ。
だが、誰もその点には触れないので、私はとりあえず咳払いをした。
そして、その後に作戦を考える。
10分程で話はまとまり、三段構えの作戦となった。
まず1段目にシーツをかぶせる。
入って来るなりシーツをかぶせ、これによって奴の視界を奪う。
続けて二段目で奴を転ばせる。
視界を失くした奴の足を、箒を使って転ばせるのだ。
最後の三段目、ひたすらボコる。
転んだ直後に皆で群がり、シーツの上からタコ殴りにする訳だ。
「いやぁカンペキじゃないですか?まさかの反撃にびっくりしますよ!あいつ!」
「だと良いがな、とにかく、一段目の成功が不可欠だ。私はレーナとシーナを推したいが、他に意見があるだろうか?」
ルニスの言葉に答えた後に、全員に向かって私が聞いた。
全員、特に異論は無いようで、それぞれが小さく頷いてくれた。
「では、次の引っかける役だが、これは私とルニスでやろう。ラルフは何か道具を持って、陰に隠れてタイミングを見てくれ」
続けた言葉に「分かった」と言い、ラルフが道具を探して歩く。
レーナとシーナはシーツを持って、タンスを伝ってシャンデリアへと向かった。
キューピー人形になった後も身体能力はそのままらしく、「ピョンピョン」と飛び回るキューピー人形に、私は若干の不気味さを覚えた。
「先生はどっちに隠れますか?僕はどっちでも良いですけど」
タンスの陰とゴミ箱の陰、どちらに隠れるかルニスが聞いて来た。
入口から見るならタンスが左で、ゴミ箱が右という事になる。
「ああ、じゃあ私はこちらにしよう。箒はそのままの方向で置こうか」
私はそれの左を選択。
タンスの陰に身を隠し、箒の柄の部分を前に待機した。
「先生~こっちもOKでーす!」
シャンデリアの上からレーナが言ってくる。
シーツももはや展開済みで、現れればいつでも飛び降りられそうだ。
「分かった!タイミングはそちらに任せる!」
言葉を返し、左手を振る。
直後にはどちらかが手を振ったが、ここからでは額が確認できなかった。
「(よし、後は奴が現れるだけだな…大丈夫、きっとうまく行くさ…)」
ドアは敢えて半開きで、フィーナへの道は一直線に見える。
しかし、頭上と足元には奴を陥れるべく罠を張っていた。
これでうまく行かなかったなら…
私達は一生人形のままだろう。
「(ある意味死ぬより怖いかもしれんな…)」
そう思っていると、背後で音がし、直後にラルフが「ギュオッ!?」と言った。
何事かと思ってそちらを見ると、ラルフがフィーナに踏み潰されていた。
何らかの理由があるのだろうが、とにかくフィーナが起きてしまったのだ。
フィーナはラルフに気付かず歩き、部屋の外へと向かおうとした。
「行け…!私の事は良い…!フィーナを守って…!守ってくれぇっ!」
うつ伏せ、半潰れの状態で言い、ラルフが震えて右手を伸ばす。
どうやら生きてはいるようなので、私はそこには安心をした。
「どうします!?これ多分トイレですよ!?」
「奴にとっては絶好のチャンスだ!もはやついて行かざるを得ない!」
ルニスの言葉に私が答える。
直後には私が動いた為に、ルニスもゴミ箱の陰から飛び出した。
「お母さん!?空気読まなすぎー!!」
レーナが言って、シーナと飛び降りる。
それからフィーナの後ろに続き、部屋の外へと走り出た。
「いかん!閉められる!!」
フィーナによってドアが閉められる。
急いで走り、なんとか飛び出たが、ルニスはドアに挟まれて「ギャアアス!」という悲鳴を上げた。
「ルニス(さん)!」
私とレーナ、シーナが叫び、ルニスが挟まれたままで笑う。
「良いんです…行って下さい…!僕の犠牲を無駄にしないで…ッ!!」
呪い印の人形は、そう言った後に親指を立てた。
そして、「ぐったり」と上半身を倒す。
「ルニス!必ず助けてやるからな!」
私達はそれを振り切って、トイレ?に向かうフィーナを追った。
「先生!あいつが!」
シーナが言って左を指さした。
方向的にはやや後ろ。
ガラスを隔てた向こうの通路に、奴は現れて走って来ていた。
こうなってはもはや迎え撃つしか無い。
「フィーナを守るぞ!」
と、私が言って、レーナとシーナが「はい!」と言った。
ドールメイカーは角を曲がり、私達の正面に姿を現した。
直後に私が魔法を放ち、レーナとシーナもそれに続く。
「カカッ!」
が、奴は大きく飛んで、私達の魔法を全て回避。
しかし、跳躍して迎撃したレーナに、パンチを貰っ防御をした。
両手を交差した姿勢のままで、奴が床に着地する。
すぐにもシーナが飛びかかり、奴の足を払いに行った。
「カカカカッ!」
奴は転げたが、それでも笑った。
そしてすぐに起き上がり、右腕を使ってシーナを払った。
シーナは後方に下がってかわし、カウンターでパンチを入れる。
「グゲゴゴゴ!!」
流石に怯み、一歩を下がる。
そのタイミングで魔法が降り注ぎ、奴は床にうつ伏した。
撃ったのはレーナ。空中からだ。
レーナはそのまま後方に降り、勢いをつけた蹴りを放つ。
それは「ドコーン!」と言う音を発し、奴の体をこちらに飛ばした。
「ぎゃあああ!!?」
直線状に居た為に、私が奴に押し潰される。
「先生!?」
レーナとシーナが叫んできたが、私は構わず「やれ!」と言った。
「グゲッ!?」
なけなしの力で足を持ち、奴の動きを阻害する。
直後には奴は姉妹によって、強烈なパンチのラッシュを貰った。
「ガ・・・ガ・・・ァ…」
「こっち!?」
そして倒れ、私を潰す。
「あ…ああ…ああ…」
二人に引っ張り出された時には私は半死半生だった。
「ウォォォン…ウォオオン…」
倒れたままで奴は泣いていた。
奴にとっては遊びだったのだろう。
だが、悪意が無いにしても、害があるのは問題である。
「元に戻してくれ。そうでなければ、もっと君を痛めつける事になる」
故に、私は奴を脅し、元に戻すように要求した。
「ウォォン…」
奴の双眸が青く光り、体がみるみる小さくなっていく。
それは、奴が私達の体を元に戻した証拠であった。
「何をやっているの…?こんな所で…?」
一体何処に行っていたのか、寝ぼけ眼のフィーナが戻る。
「何やってるのって…」
「ねぇ…?」
それを聞いたレーナが呆れ、シーナが続いて目を細くをする。
今回ばかりは私も同調し、ため息を吐きながら「そうだな」と言った。
奴、ドールメイカーはその日の内に再封印された。
悪意は無いが、害があるので、これは仕方が無い事だろう。
「やはり私のせいなのだろうか?私があの部屋に入った事で奴の何かが目覚めたという事か?」
奴の封印が終わった後に、ラルフの部屋で私が聞いた。
ラルフは「どうかな」と言った後に、
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。ヨランに聞けば分かるのだろうが、こんな事では起こせんよ」
と、続けて言って「ふっ」と笑った。
「まぁ、そうだな」
と、私も言って、真相を知る事を素直に諦める。
「それはそうと、あの件だが、君はもう知っていたのか?」
それからポストの事を聞いて、そちらの真相を知ろうとしてみた。
「あの件というと、ポストの事かな?だったら答えはYESというものだ。君を驚かせようと思ってな」
やはりはすでに知っていたらしい。
「人が悪いな…まぁ驚いたが」
笑って言うと、ラルフも笑い、「良い患者に恵まれたな」と、言葉を続けた。
「ありがたい事だよ…?」
そう言って、机の端の何かに気付く。
セーラー服というのだろうか、黒い服を着た女の子の人形だ。
大きさとしては先と同じく、私の掌程度のものである。
「それはまさか…」
そう言うと、ラルフは「ああ」とまずは言った。
まさかの事に恐怖すると、ラルフは、
「これは趣味だ」
と言った。
「あ、そうですか…」
思わず敬語になってしまうが、私は内心でこう考えていた。
人の趣味にはとやかく言わんが、娘達の手前、それは不味くないか。
と。
ちなみにロリコン共和国のフィギュアです




