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三匹の子犬

今回登場するゲストさんに見た目幼女の娘が居ます。

が!彼女は年齢的には100才を越えているのです。

繰り返しますが100才を越えています。

見た目は幼女ですが100才を越えています。

この点、重々承知して下さるよう、前もってお願いしたい次第で有ります。


住む場所を失った私達は、ラルフの元へ身を寄せていた。


私は最初、フォックスに世話になろうと思っていたが、この人数では無理だと気付き、レーナの好意に甘える形でラルフの城を訪ねる事にした。


幸いにもラルフは歓迎してくれ、私達に個室を与えてくれた。

妻であるフィーナは何も言わないが、嫌がっているという様子は見られない。


娘のシーナは言わずもがな好意的で、ルニスに色々と教えてくれている。


家を失ったショックは大きいが、私は彼らの温かさのお蔭で、前向きな気持ちになる事ができていた。


この城に来てから2日が経った頃。


私の部屋にラルフがやって来た。


時刻は21時46分。


人間になっても夜行性のようである。


ラルフは「外に行かないか?」と言い、私を夜の散歩に誘った。

体調的には大丈夫だと言うので、誘いを受けて外に出る。


「夜も随分と暖かくなったな」


と言う、ラルフの言葉に「ああ」と返した。


「お蔭で体調も良くなって来た。もはや治った、と断言はできないが、治って居なければこの世には居ないだろう。薬のレシピを作ったアール氏にも、その薬を作る為に、東奔西走してくれた君にも改めて感謝の言葉を伝えたい」


そんな事を言い出したので、「やめてくれ…」と笑って答える。

しかし、ラルフは立ち止まり、振り返った上で「ありがとう」と言った。

受ける私は少々照れ臭く、顔を逸らして苦笑いをする。


「あー…そういえばカーレント国と、ディザン王国の被害はどうだったんだ?」


話を逸らす為にそう聞くと、ラルフは「ああ」とまずは言った。


「それを知る為に外に出たのだ。もう少しだけ歩いてみよう」


言われるがままにラルフに続く。

枯れた噴水を通り過ぎ、朽ちた城門の下を抜ける。

そして、吊り橋に辿り着いた頃、ラルフは唐突に立ち止まった。


「この世界は美しいな」


夜空を見上げてそんな事を言う。

一応「ああ」とは言ったものの、なぜ、こんな所に来たのかという疑問の為に中身は無かった。


「来たようだ」


ラルフが言って右手を伸ばす。

視線は空に向いている。

私もそれを追って見たが、現時点では何も見えなかったので、目を瞬かせてそれを見守った。


やがて現れたのは一匹の蝙蝠で、それはラルフの右手にとまり、「キィキィ」と鳴いて何かを伝えた。


「ふむ。なるほど。ご苦労だった」


ラルフが言って、蝙蝠が飛び立つ。

闇の中に溶け込んで、その姿はすぐに見えなくなった。


「相当の被害が出ているらしい」


ラルフが振り向き口を開く。


「特に酷いのはディザン王国のようだ。国が広い分、その損害も比例するという事なのだろう」


その言葉には「そうか…」と返し、何と返すか思案する。


「それと、この襲撃だが、殆ど同時期に行われていたようだ。富豪の屋敷には盗賊が押し入ったと言う。事件の背後に誰かが居るのは、おそらく間違いない事だろうな」


その間にもそう続けられ、私はもう一度「そうか…」と言った。


黒幕は誰か。


それを考えても、私には当然分かるはずは無く、私程度に分かる事なら、各国の王達が気付いている事だろう。


私が今考えるべきは、これからどうして行くかという事。

いつまでもラルフの世話にはなれないし、殆ど無一文になった以上はどうにかして仕事を得なければならない。


「(最悪はどこかに住み込みかな…そうなると皆とは離れ離れだな…)」


そうなってしまうと寂しいだろうな…

なんだかんだで楽しかったからな…


一人で感傷に浸っていると、ラルフが「どうした?」と声をかけてきた。


「あ、いや、これからの事をな…だがまぁきっと、なんとかなるだろう」


言うと、ラルフは「なるだろうな」と微笑んだ。

どういう事だ、と、疑問したが、聞くより前に歩かれたので、私はそれを聞き損ねてしまう。


そして、背後から「きゅうぅん…」と言う鳴き声が聞こえたので、私はそれを忘れてしまうのだ。


「ん?」


振り向くと、吊り橋に子犬が見えた。

ふらふらとした足取りで、体を震わせて近づいてきている。

「ぱたり」と倒れたのはその直後の事。


「何だ?」


と、聞かれたので「犬だ」と返し、私は子犬の近くに駆け寄った。


「ヒドイ傷だな…」


子犬の体は傷だらけだった。

動物の事は良く分からないが、人間で言うなら10才くらいか。

とにかくまだ小さな犬だが、火傷に切り傷、打撲の跡と、なぜかの満身創痍であった。


「ふむ…確かに酷いな」


背後に立ったラルフが言った。


「すまんが先に戻らせてもらうぞ。犬とは言え、見捨てられんからな」

「ああ」


ラルフの答えを貰った後に、子犬を抱えて城へと向かう。


「ラルフも戻れよ?奥さんをあまり心配させるな」


通り過ぎ様にそう言うと、ラルフは「ああ」と、笑って言った。

すぐにもこちらに歩き出したので、私も安心して城へと戻る。


獣医では無いので苦戦したが、子犬の命はなんとか助かった。

毛布を敷いてソファーに寝かせ、「まぁ、良かったな」と一人で呟く。


「(食べ物の事は良く分からんが、レーナかシーナなら知っているだろう…)」


眠っている子犬を視界に入れつつ、上半身の服を脱ぐ。

生憎、パジャマは持って居ないので、そのままの格好でベッドに潜った。


「(実際、色々と考えないといかんな…知らせる看板を立てて来たとはいえ、困っている人達も沢山居るだろう…まぁ、一番困っているのは、多分、私自身なんだろうが…)」


そんな事を思って笑い、私は静かに両目を閉じた。




なんだか妙に生暖かい。

口のあたりがくすぐったい。


「んん…?」


意識を覚醒させた時には、何かがそこを舐めている事が分かった。


「昨夜の犬か…?」


そう思いつつ、面倒ながら片目を開ける。


「!?」


目に入ったのは10才位の、白い髪の少女であった。


目は藍色で姿は全裸。


私の上に四つん這いになり、口のあたりを「ぺろぺろ」舐めている。

私が気付いた事を知ると、今度は頬を「ベロリ」と舐めて来た。


「…ああ、夢か」


あまりの事に現実逃避し、私はすぐに片目を閉じた。

「ペロペロペロペロ」舐め続けられているが、夢なら何も問題は無い。


「欲求不満かな…」


一人で呟き、体を動かして横向きになる。

すると、少女は私の背中に「ぎゅっ」と抱き付いて髪を嗅ぎ出した。


「どうせならもう少し、ハードな夢が見られんものかな…」


そんな事を呟くと、少女は今度は背中を舐めだした。


「はっはっはっ、やめろ、くすぐったい…」


笑いながらそう言って、体を戻して少女を乗せる。


「何なんだ君は?」


と、持ち上げて聞くと、少女は「ルベロだよ」と笑って言った。

直後には「どさっ」と落ちて来て、私の首のあたりを舐める。


「おほっ…」


と、ちょっと感じた時に、私の部屋のドアが開かれた。


「おはようございますせん…せ…い?」


入って来たのはレーナであった。

異常に気付き固まっている。


「…夢では無いのか!?」


と、気付いた時には、全裸の少女もレーナを見ていた。


「さ、さ、さ、最低ですうっ!見損ないました!!」


レーナは言って、下唇を噛み、ドアを「ばあん!」と閉めて去った。


「ち、違う!これは夢なんだ!夢だと私は信じていたんだァァ!!!?」


私の叫びを無視する形で、少女は再び首を舐めた。


「アヒあ!?」


大声を出していた事もあり、油断の為に嬌声が出る。

少女はそれが面白かったのだろう、私の首をひたすらに責めていた。




しばらくしてから分かった事は、少女が犬だという事だった。


名前はルベロ。


年齢は、生きている年数なら100年位らしい。

誰かを追っていたのであるが、戦いに敗れて誰かを逃し、彷徨っていた所で私と会って、治療をされたという事だった。


「その、誰かとは誰なんだ?」


昨日の服をもう一度着て、ベッドに座って私が訊ねる。

一方のルベロは毛布にくるまり、床に座って、「わかんない」と笑った。


「追っていたのに分からないは無いだろう…目的があって追っていたんじゃないのか?」

「ルベロはわかんない。でも、お兄ちゃんがルベロ達に追えって命令したの。だからルベロ達追ってきたんだよ」


聞くと、ルベロはそう言った。

一歩間違えば世間知らずだが、この子の場合は純粋なのだろう。


「お兄ちゃん、という事は君には兄がいるんだな?」


ルベロの行動を好意的に受け取り、その上で別の質問をする。

それにはルベロは「うん」と頷き、「弟も居るよ!」と嬉しそうに言った。


つまり、3人…と言うよりは、3匹で誰かを追っていたのだ。


「お兄さんと弟は?戦いだったか…それではぐれてしまったのか?」


その言葉にも「うん」と言う。

やはりは心配なのだろう、そこの部分では少し俯いた。


「そうか…私も今は暇だからな…君もまだ怪我をしているし、良かったら探すのを手伝おうか?」

「ほんと!?」


ルベロが喜び、目を輝かす。

どうやら答えが聞きたいようなので、私は「ああ」とそれに返した。

直後にルベロは私に飛びかかり、全裸のままで顔を舐めて来る。


「そういうのはやめろ!特に外では!いらん誤解を招いてしまう!」


ルベロを押して、視線を逸らし、窓の外を見ながら言った。

言われたルベロは「なんで?」と言ったが、そこは「なんでも!」と強硬しておく。

やがてはルベロも納得したのか、「分かった」と言って、毛布にくるまった。


「それで、お兄さん達と別れた場所は?」

「わかんない。でも、ルベロ鼻が良いから、近くに行けばきっと分かるよ」


そこは流石の犬である。

私は「分かった」と言葉を返し、着替える為に立ち上がった。


「いや、ちょっと向こうを向いていてくれるかな…」


ルベロの輝く瞳が痛い。

本体が犬だと分かって居ても、私には少々厳しい視線だ。


「なんで?」

「なんでも…」


言うと、ルベロは納得してくれ、向こうを向いて静かになった。

その隙に私は一気に脱いで、素早い動きで下着を取った。


「(くっ!こなくそぉ!)」


焦りの為に引っかかるが、なんとかクリアしてズボンを手に取る。

それを足に通した後には、普通の動きで上着を着て行った。


「(問題はあの子の服だが…)」


振り向くと、ルベロが移動をしていた。

毛布を置いてドアに行き、その姿のままで出ようとしている。


「ああ、ストップストップ…ここで待ってなさい。事情を話して借りて来るから」


好奇心があるのは良い事だが、その姿でうろつかれると私が困る。

故に、ルベロの行動を止め、私はレーナの部屋へと向かった。




ラルフの城を出発したのは、それからおよそ1時間後の事だった。

誤解は解いたし服も借りた。

そして、食事を全員で摂り、事情を話してからの出発である。


「あっちだよあっち!」


城を出るなりルベロは言って、小走りで先に進み出した。

やはりは普通の犬とは違うのか、回復が異常に早いようだ。


「長生きした犬がなるような魔物ですか?」


その後ろに続き、レーナが聞いてくる。


「化け猫の犬版か?化け犬なんぞは聞いた事が無いが、或いはクーシーという魔物かな…?」


私の返事はそんなもので、現状では答えが出せない為に、それ以上の事は言わなかった。


「今度はこっち!」


吊り橋を過ぎ、草原に出た頃、ルベロは森の中へと飛び込んだ。


「アグレッシブだな!流石に犬だ!」


ついていくのがやっとの私は、顔を守りつつ森へと踏み入った。


森を抜け、湖を抜け、荒野を越えて岩場に辿り着く。

へとへとだった私はここで、ルベロとレーナに休息を願い出た。


「もう11時か…2時間も経ったのか…」


懐中時計の蓋を閉め、「ふぅ」と大きく息をつく。

レーナとルベロは岩に腰かけて、手を動かして遊び合っていた。


「(どっちもタフだな…)」


そう思うが、私が非力なだけとも言える。


「さて、行くか!」


少々のタフさを見せる為に、恰好をつけて「ばっ」と立つが、レーナとルベロは遊びに夢中で、私の頑張りには気付いてなかった。


「あ、あの、そろそろ行こうか…?」


2度目のそれで「あ、はい」と気付かれ、直後には割と早足で進み出す。

「待ってくれ!」とは言えない為に、私は必死で後を追った。


それから5時間、休憩を混ぜ、半死の状態で村に辿り着く。


名前はアファルという事らしいが、地図にも載らない小さな村だった。


ルベロは村の通りを進み、1軒の家の前で止まった。


そして、「この家に弟が居る」と、玄関を指さして私達に言ったのだ。

訪ねて見ると、確かにそこには白い一匹の犬が居り、応急治療をされた上で、暖炉の近くに寝かされていた。


「ベロス!起きて!ルベロだよ!」


それを見るなりルベロが動き、弟のベロスの元へと駆け寄る。


「どういう事ですか…?」


と、男性が聞くので、家を訪ねた事情を話した。


「すると、これはあなた達の犬ですか?」


それには「まぁ…」と嘘をつく。

わざわざ「あの子の兄弟なんです」等と、説明して混乱させる必要は無いからだ。


「そうですか…息子はちょっと悲しむでしょうが、そういう事なら仕方ないですね…」


どうやら理解してくれたようなので、私とレーナが「すみません…」と言う。

男性は「いやいや」と言った後に、「ご主人様が見つかって良かったな」と、ベロスに言って去って行った。


「ベロス起きないよ?ベロス死んじゃったの?」


心配そうにルベロが言うが、単に熟睡しているだけだ。


「大丈夫。寝ているだけだ」


と、ルベロに言って、私はベロスをそっと抱えた。


彼、ベロスが目を覚ましたのは、それからおよそ3時間後の事。


村の酒場で食事をしていた時に、「むくり」と体を起こしたのである。


「ルベロ!」


ルベロに気付き、人間となり、レーナの前で全裸を晒す。


「ぁ…」


レーナはソーセージを「ポロリ」と落とし、目を点にしてベロスを見ていた。


「ふ、服を!服を買ってくる!とりあえずは~~…そう!テーブルクロス!このテーブルクロスを着ていると良い!」


私は慌て、立ち上がり、テーブルクロスを「しゅっ」と引き抜いた。


ガチャガチャガチャーン!!


料理が落ちて皿が割れる。

全員で「あー…」と眺めた後に、テーブルクロスをベロスに着せた。

それから外に出て、服を購入。

10分位で戻って来ると、流石に全員が落ち着いていた。


「とりあえずこれを。キツかったらすまない」


買って来た服をベロスに渡し、着終えた頃に成り行きを聞いてみた。


「途中まで兄ちゃんと一緒だった。でも、兄ちゃんは僕を逃がす為に、人間達に捕まったんだ。僕とルベロなら兄ちゃんの居場所が分かる!お願いだよおじちゃん!兄ちゃんを助けてよ!」


おじちゃんの部分には「ピクリ」と来たが、私は彼の願いを受けた。

そして、朝までをこの村で過ごし、翌朝早くに出発するのだ。


「4名様で8000リーブルね」


泊まった宿での支払いを終え、恐る恐るで財布を覗く。

残金は僅か3000リーブル。


「(どうするつもりだ…)」


と思いはしたが、見なかった事にして財布をしまった。




アファルの村を出てから4時間。


私達は西へと向かい、海岸線が見える崖の上に来ていた。

ベロスはこの辺りで兄と別れ、東に逃れて村を見つけた。

そして、そこで倒れてしまい、例の住人に保護されたという訳だ。


「君は随分と遠くに来たな…?戦いの現場はここじゃなかったのか?」


聞くと、ルベロは「わかんない」と言ったが、弟のベロスは「そうだよ」と言った。


「ルベロはあの時脱落したけど、僕と兄ちゃんはあいつを追った。それが僕達の使命らしいから、訳は分かんないけど、とにかく追った。でも、あいつに反撃を喰らって、僕達はここでやられちゃったんだ」

「なるほどな…」


そういう事なら流れは納得だ。

ルベロを見捨てた事には疑問だが、彼らには彼らなりの理由があるのだろう。


「(しかしまぁ、なんというか、弟の方がしっかりしているな…)」


ベロスは現在先頭に立ち、兄の居場所を探索している。

しかし、一方のルベロはと言うと、それを弟にブン投げて、レーナに取りついて興奮していた。


個性と言えば個性だろうが、弟さんの気苦労は知れない。

まさか兄もこんなのではないかと、私は少々不安になっていた。


「こっちだよおじちゃん!」

「あ、ああ…お兄さんな」


ベロスに引っ張られて私が動く。

私の反応がおかしかったのか、レーナは「ふふっ」と笑っていた。

崖に沿って移動して、左手の眼下に何かを見つける。


「多分あそこ」


と、ルベロが言ったので、腰を屈めてそこを伺った。


草木の為に良く見えないが、少々先に岩棚がある。

そこには私達の右手に向けて大きな穴が開いていた。


「洞窟…ですかね?」

「ああ…」


レーナの言葉に私が頷く。

現在、入口には誰も居ないが、松明を差す為の置物がある。

それはつまり、その場所に見張りが立つという事を意味していた。


「お兄ちゃんの匂いがする!」

「ぎゃああっ!!?」


私の背中に飛びかかり、ルベロが喜びの声を出す。

突然の事で油断していた為、私は危うく落ちかけてしまった。


「突然飛びかかるな!全くもう…」


そう言いながらルベロを降ろす。

降ろされたルベロは「ごめんなさい」と言い、「でも、お兄ちゃんの匂いがするよ?」と、弟の予測の信頼性を高めた。


「どうやら間違いないらしいが…」


言って、レーナの顔を見る。

洞窟の入り口自体は見える。


だが、そこに続く道が無かった事が問題だった。

おそらくはだがあの場所は、海に対しての警戒の場所で、入口とは言ったが実際は、出窓のようなものなのだろう。


勿論、そうではない可能性もあるが、そう考えないとあんなものを、あの場所に置く意味が無いと思うのだ。


「問題はどうやって行くか、ですね…」


私の意図を読んでくれたか、レーナが言って考える。


「…わたしがまず行って見ましょうか?」


と、すぐにも解決案を出してくれたので、「そうだな」と上ずった声で言った。

毎度毎度の情けなさに、私の声帯が反逆を起こしたのだ。


それは脳にも伝わっていたが、現状ではどうする事も出来ない。

声帯の反逆を無視する形で、脳味噌は安易にレーナを頼った。


「じゃあ、ちょっと見て来ます」


少し歩いてレーナが飛び降りる。

10m程の高さがあったが、レーナは無事に「すとり」と着地した。

それから手を振って、中へと消える。


「(大丈夫かな…)」


と、思っていると、「じゃり」と、土を踏む音が聞こえた。


「あー!やーめーて!やーめーてーよー!」


振り向くと、ルベロが捕まっていた。

喉元には剣が押しやられている。

捕まえているのは大人の男で、その後ろには3人が立っていた。


見た目の服装は言うなれば海賊。

その顔つきも普通と比べ、明らかに凶悪で愛想の無いものだ。


「こいつぁ、良い拾いモンだ。お頭もさぞやお喜びだろう」

「まさか本当に戻って来るとはなぁ…お笑いだぜ全くよう」


男達が「ギャハハ」と笑う。

どういう事か理解できずに、私はただ、顔を顰めた。


「あの男はどうする?殺すか?」


どうやら私の事らしい。

ここは悪あがきをしたい所だが、ルベロが捕まっている以上、迂闊な事は出来なかった。


「いや、何か使い道があんだろう。とりあえず捕まえろ。良いか?動くなよ?動くとコイツがパックリだぜ?」


ルベロを捕らえた男が言って、他の男達が一斉に動く。


「くそっ!覚えてろ!兄さんに会えたら、お前ら全員皆殺しだからな!絶対に後悔させてやるからな!」


そう言いながらもベロスが捕まり、


「おい、良い大人が3000リーブルかよ!今までどうやって生きてきたんですかー?」


財布を盗られた私も捕まった。

そして、私達は連行されて、洞窟の中へと入れられたのである。




奴らはどうやら海賊のようだった。

入り江に繋がった洞窟を改装し、そこをアジトとしていたらしい。

連行途中で色々見たが、現在停泊している船は2隻で、洞窟内に待機している人数は500人程度と思われた。


色々と手広くやっているのか、財宝の他にも動物が見え、女性型の魔物までも牢屋の中には繋がれていた。


「おら!さっさと入れ!」


地面に作られた蓋を開け、私達をそこに蹴り入れる。

そして、蓋を「バタン」と閉めて、海賊達は去って行った。


薄暗く、陰鬱な地下牢である。

なんだか空気が薄い気がしたが、現在の所は影響は無さそうだ。


「くそっ…兄さんさえいればあんな奴らに…」


蓋を叩いてベロスが言った。

一方のルベロは責任を感じているのか、「ごめんなさい…」と言って顔を俯ける。


「いや、あそこは私が気付くべきだった。ルベロは何も悪くないさ」


慰める為にそう言うと、ルベロは「ありがと」と言って頬を舐めて来た。


「お、おい!」


弟の手前マズイと思い、それを遠ざけた私であったが、ベロスは「何?」と言う顔で、瞬きを早めてこちらを見ていた。

どうやら彼らの間では、至って普通のスキンシップのようだ。


「(という事はベロスにも舐められる可能性がある訳か…まぁ、彼ならまだ我慢できるが、兄とやらが30前後のゴツい男だったら相当嫌だな…)」


イアン殿ォ!ペロペロォ!!ハァハァ!イアン殿ォ!首筋が良いのですかぁ!

そんな事を思った為に、私の全身にサブイボが走る。


「(いやいや、10才くらいと7、8才くらいの兄だ…高くても15か20くらいだろう…)」


そう考えて気を静め、首を振って妄想を飛ばした。

それからどれ位の時間が経ったか。


「飯の時間だ」


と、蓋が開けられる。

投げられたモノはパンが3つと、骨付き肉がひとつだけだった。


「酷い扱いだな…」


そう言いながら、それらを拾って二人に渡す。

骨付き肉はルベロに渡したが、彼女はそれをベロスに渡した。

そこら辺は姉のようで、それを見た私は「ふっ」と微笑んだ。


「(レーナはどうしているのかな…誰かを呼びに行ってくれていたら良いが…)」


そんな事を思いつつ、与えられたパンを千切ってかじる。

固いし、一部、カビていたが、生き延びる為に黙って食べた。


それからはもはや眠るしか無く、私達は静かに横に転がる。

おそらく3時間か、4時間が経った頃、地下室の蓋が「ぎぃっ」と開けられた。


「せんせい…せんせい…」


小さな声で誰かが呼んでいる。

それに気付いて両目を開けると、レーナが入口から顔を覗かせていた。

流石だな、と思うと同時に、大丈夫なのかと心配になる。


しかし、まごまごしている事こそ、この状況では最悪なので、私は眠っている二人を起こし、レーナに手を借りて上へと上った。


「ああ…」


牢の間の通路の上で、男が二人「へ」の字になっている。

おそらく彼らが見張りだったのだろう。

気の毒に、と、思いつつ、彼らの腰から剣を奪った。


「レーナ」


そして、片方をレーナに渡す。

レーナがそれを受け取った時、ついでに「ありがとう」と礼を言った。


「お兄さんの位置も把握済みです。どうしますか?行きますか?」


小さな声でレーナが返す。


「ああ、そうしよう」


出来れば色々と助けたかったが、今はそれを最善とした。


レーナを先頭に私達はドックが見える通路に出た。

方向的には左下で、海賊達が大騒ぎをしている。


その通路を屈んで進み、階段を降りて右に曲がった。

橙色の通路から、少しずつ青白い通路に変わる。


「な、なんだてめぇらは!?どこからでてっ!?」


そこで一人の敵に見つかるが、レーナが一瞬でそれを倒した。


「お姉ちゃん強いね!」

「兄ちゃんより強いかも」


それを見ていたルベロが言って、ベロスが続いてレーナを褒めた。

私は何となく居たたまれなくて、倒れた男を観察していた。


「ん?」


男の懐に何かが見えた。

手を伸ばしてそれを取る。


「(契約書か…随分な額だな…)」


その金額は500万リーブル。

取引物は「犬」とあった。

購入した相手の名前は無いが、証印は右下に押されてある。


まさかと思ってレーナを見ると、警戒をせずに走り出した。


そして、正面の扉を開けて、「居ません!」と私に言ってきたのだ。

おそらく、入れ違いで売られたのである。

とするとまだ近くに居るはずだ。


「まだ間に合うはずだ!急いで探すぞ!」


私が言って走り出し、レーナとルベロとベロスが続く。

とりあえずの形で先程の所に戻ると、ドックの一画に何かが見えた。


3人程の人間達が檻を船に運び入れているようだ。


檻の中には少年が居て、「出せ!出せよ!」と喚いている。

ルベロが「お兄ちゃん!」と叫んだ事で、それが彼女達の兄だと分かった。


「おい!あそこに誰か居るぞ!」


当然ながらその声は、海賊達の耳にも入る。

彼らはすぐに剣を抜いて、こちらに向かって走り出した。


「マズイな…一旦隠れ…」


と言った時、ルベロとベロスはすでに飛んでいた。

服の中から抜け出した時、彼らはすでに犬になっており、海賊達の合間を縫って、兄の元へと一気に駆け寄った。


「先生!乗って下さい!」


言われた為にレーナの背に乗る。

この時の気持ちはいつも切ないが、拒否する事は出来ない状況だ。


「行きます!」


レーナが言って、ドックに飛び降りる。


「どぅわ!?」

「なんだぁ!?」


突如の事に驚いて、海賊達は距離を取った。


「ぐはっ!!?」


レーナはその隙に背後に向かい、数人を倒して退路を確保した。

私が降りて剣を抜く。

実態は無いが、威嚇にはなるはずだ。


「あ、相手は一人だ!さっさとやっちめぇ!」


我に返った誰かが言って、数十人がレーナに群がる。

レーナはそれを蹴り倒し、剣の腹で殴って倒した。


それから近くの柱に飛んで、三角蹴りで敵を一掃。

怯んだ敵に切りかかり、十数人を宙に飛ばす。


「な、なんて奴だ!!?」


それを目にした敵が下がり、その隙にレーナが私を呼んだ。

私はレーナに手を掴まれて、敵の間を一気に駆けた。


「キャイン!」


という声が聞こえ、左の船から子犬が飛んでくる。

ルベロかベロスか分からないが、私はそれを何とか受け止めた。


その際に剣を落としてしまうが、はっきり言って飾りにもならない。

それを無視してそのまま走り、桟橋を上って甲板に着く。

どちらかの姉弟が戦っていたので、レーナがそれに加勢した。


「く、くそっ!はんぱねぇよこいつ!!」


一人が言って、海へと逃げる。

その事により甲板上から、一時的に敵が掃討された。


「おっと!」


私の抱えていた子犬が動き、正面の檻に向かって走る。

戦っていた子犬も近づき、3匹は感動の再会をした。


「随分とナメた真似をしてくれるじゃねえか!!」


そんな声が直後に聞こえた。

声の主は私達が飛び降りた場所からこちらの方を伺っていた。


年齢ならば30くらいの、凶悪な顔つきの男性である。


他の海賊が「船長!」と、口々に言っている所から、私はこの男が海賊団のリーダーなのだと理解ができた。


「降伏しろ!って言いてぇ所だが、ちぃとばかりやんちゃが過ぎたなぁ。野郎共!遠慮するこたぁねぇ!全員ブッ殺して魚のエサにしろ!!」

「おぉぉぉー!!!」


100人からの海賊達が、男の言葉で歓声を上げる。

直後には皆が一斉に抜刀し、こちらに向かって駆けあがって来た。


背後の扉が「ばたん!」と開き、そこからも敵が現れて来る。

私達は自然、舳先に追い込まれ、檻を背後にして戦う形となった。


「妹達を守ってくれてありがとう。ここからは俺達があんたを守るよ」


檻の中の少年が言い、私が「俺達…?」と言葉を返す。

見た目、14才程の少年は、直後に「ルベロ!ベロス!」と言って、二匹の妹弟まいていを近くに呼び寄せた。


そして、三匹が眩しく輝き、捕らえていた檻が膨張して吹き飛ぶ。


「なっ!?」


やがて姿を現したのは、三つの首と蛇の尾を持つ、ケルベロスと呼ばれる魔物であった。


体長はおよそで3m程。3つの首はどれも精悍だ。


「ウォォォォン!!!」


ケルベロスはひとつ大きく吠えて、怯む海賊に飛びかかった。


「あの子達…ですか??」


レーナの質問には「おそらく…」としか言えない。

繋がりからしてそうなのだろうが、確信が持てて居なかったのだ。


「う、うわああっ!バケモノだ!!!」

「あれケルベロスだろ!?勝てる訳ねえよ!!」


海賊達が恐慌し、武器を捨てて逃げ出して行く。


「バカ野郎!捕まえるんだよ!!そいつを捕まえりゃ大金だろうが!!」


リーダーらしき男が言うが、海賊達の耳には届かない。


「だったら船長がやって下せぇ!!」


と、逃げ出す者が殆どだった。


「どいつもこいつも使えねぇ!おい!アレだ!アレを出すんだ!」


リーダーらしき男が言って、隣に立っていた男が動く。

何をするのか不明であるが、戦況はもはや決定的だ。

ケルベロスとレーナによって、残った敵は倒されつつあったのだ。


「待ってくれ!降参だ!悪かった!悪かったァ!!!」


男が武器を捨て、両手を上げる。

ケルベロスはしばし唸っていたが、結局は男を見逃してやった。


「あらかた片付いたな…」


特に何もしていないので、そうは言ったが何だか気まずい。


フェネルが居たら「何かしました?」と、言われていた事は間違いないだろう。


しかし、彼らとレーナは優しく、何も言わずに迎えてくれた。

帰るなら今だな、と、思った時に、右手の壁が「ドォォン!」と壊された。


そこに現れたのは翁顔おきながおの奇獣。

赤い毛皮に身を包み、蝙蝠のような翼を持っている。

尾にはサソリの針を持ち、それを掲げて近寄って来ていた。


「俺達がなぜマンティコア(人喰い)と呼ばれるか!その身をもって知ると良い!」


リーダーらしき男が言って、両手を広げて笑い出す。

直後には奇獣が走り出し、波止場の端で大きく飛んだ。


おそらく、マンティコアと呼ばれている、人喰いとして知られる魔物である。


その食欲には限りが無いが、サソリの尾を除けば特徴は無い。

無論、人の適う相手では無いが、ケルベロスとレーナがこちらにいる以上、はっきり言って脅威では無かった。


「ギャオッ!!?」


一瞬後には魔法を喰らい、炎を吐かれて舳先に落ちる。


「グワオオッ!?」


続けざまにケルベロスから、タックルを貰って後方に吹き飛んだ。


「ば、バカな!?俺の自慢のマンティコアが!?これは夢だ!夢なんだぁぁぁ!!」


そして、そのまま男と激突し、通路を壊してドックにずり落ちた。

私達はこの隙に、入り江に抜け出てそこから逃げた。


近くの森に着いた時には三匹の姿も戻っており、兄の名が「ケルベ」という事を聞いて、私はようやく納得したのだ。


ケルベ、ルベロ、そしてベロス。


三匹合わせればケルベロスと言う、なんとも面白いネーミングであった。




海賊達のアジトはその後、国の兵士達に襲撃された。

殆どの海賊が逃げていた為に、制圧は至って簡単だったそうだ。


リーダーとマンティコアの行方は不明。


マンティコアの方は後で見つかったが、リーダーは最後まで見つからなかった。


多分、飼い犬に手を噛まれて、腕ごといかれてしまったのだと思う。


それからケルベ達ケルベロスの、こちらに来た目的も聞かせてもらった。


彼らは魔界の門を守り、無断で人間界に行こうとする者を罰する任務についていたらしい。


だが、ある日、そんな悪魔を一匹逃がしてしまったのだそうだ。

それを追ってこちらに来たが、その悪魔との戦いに敗れ、散り散りになってしまった所で今回の事件に繋がったという訳だ。


結果的には悪魔は見つからず、彼らは再び魔界に戻った。

その悪魔が何をする為にこちらに来たかは現在謎だ。


しかし、ケルベロスが負ける相手だ。

普通の悪魔では無いはずである。

ともあれ、この件はこの件として、今回の日記は終えるとしよう。


100才だからダイジョーブ…?

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