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騒乱への序曲

今回のゲストさんは緑〇光さんなイメージであります。


その日はラルフの城に行っていた。

しばらくぶりに顔を合わせたが、ラルフはあの時よりは元気になっていた。

今は一人で歩けていたし、顔色的にもマシになっている。


だが、その体の方は、今でも枯れ木のようであり、笑うと体が痛むのだろう、その度に顔を顰めさせていた。


「すまんな。折角訪ねて来てくれたと言うのに、館の主がこんなザマで」


念の為にと休んだラルフは、ベッドの中でそんな事を言った。


「そんなザマだから訪ねて来たんだ。だから別に、気にしなくて良い」


検査の為に血を抜いて、それを収めつつ言葉を返す。

聞いたラルフは「分かった」と言い、両目を「すうっ」と静かに閉じた。


「レーナとはうまくやっているか?」


目を閉じたままでラルフが聞いてくる。


「うまく、の意味が良く分からんが、おそらく悪くはやってないんじゃないか?」


言うと、ラルフは「ふふふ」と笑った。

だが、少々の痛みがあるのか、直後には小さく「むっ…」と呻く。


噂のレーナは今現在は姉のシーナの部屋に行っている。

まぁ、多分お喋りだろうが、こんな会話は聞かれたくないので、今はそれがありがたかった。


「快復したら遊びに行くよ。フィーナとシーナ、全員でね…ラーズ公国には行った事が無いから、今からそれがとても楽しみだ」

「ああ。私も楽しみにしているよ。早く良くなって遊びに来てくれ」


ラルフが言って、私が返す。

トランクを閉めて振り向くと、ラルフは静かな寝息をたてていた。


「(眠ったか。それではな)」


口には出さず、心で思い、トランクを持って歩き出す。


「そういえば」


と、ラルフが喋るので、私は体を「びくり」とさせた。


「お、起きていたのか…寝たのかと思ったが…」


それには「半分は寝ていた」と言い、ラルフは先ほどの言葉を続けた。


「つまらん事だが、小耳に挟んだ。ラーズ公国とディザン王国、それと、カーレント国の国内で、魔物達の談合が行われているらしい。内容までは分からんが、よからぬ事を企んでいるようだ。君には関係が無いとは思うが、一応、記憶に留めておいてくれ」


その言葉には「ああ…」と言い、「良く知っているな」と言葉を続ける。


「ヴァンパイアには使い魔という、情報収集手段があるのさ…尤も、人間に戻った今は、使役できる使い魔は限られているがね」


察するに蝙蝠やら、狼やらの動物達だろう。

見た訳では無いが、知ってはいたので、私は「そうだったな」とコメントして置いた。


「それではまたな。ルニス君とやらによろしく」


今度は本当に休むのだろう、ラルフが本日の別れを告げる。

私はそれに「ああ」と言い、ラルフの部屋のドアを開けた。




ラルフの城からの帰り道で、私達は奇妙な声を聞いて居た。


正面と右は緑の草原。

背後は城へと続く街道だ。

声は左手の森の中から聞こえ、その内容に私達は少々の困惑をしていたのである。


遡っての第一声は「止まれ」と言う、割と普通のものだった。

続く言葉が「振り向くな」であり、3度目の言葉が「じっとしていろ」。


そして、つい、先程聞いたのが、「お前は医者か?」と言う質問だったのだ。


おそらく私の白衣を見止め、医者だと判断したのだろうが、「はいそうです」と、即答して良いのかと、私は少々迷っていた。


なぜかと言えば怪しすぎるから。


姿を見せられない者に対して、無条件で信用する程、私は生まれたての小鳥ちゃんでは無く、かと言ってそれを受け入れた上で、余裕で背中を見せて居られる程、万夫不当の猛者でも無かった。


結果として取った行動は、「誰なんだ!?」と叫んで振り向くと言うもの。

私がそうした事を見て、レーナも後ろに振り返った。


「……」


声が止まり、風が吹く。

流石に気のせいでは無かった為に、私達はしばらく森を見ていた。


「…俺はフォーリスだ。怪我をしている。あんたが医者なら治して欲しい」


森の中から声が聞こえる。

出て来ない理由はそれかと思い、私が「…分かった」と声を返した。


「!?」


直後に何かが現れて来た。

全体的に黒い何かだ。

よくよく見れば人の形だが、宛らゴキブリのような姿勢で、こちらに「カサカサ」と近づいて来た為、私とレーナは顔色を変えた。


「…すまんが頼む」


波止場に接舷する船舶よろしく、私達の前で何かが止まる。

背中を見せたカメのような姿勢で、おそらくはだが治療を待って居た。


種族としてはバードマン(鳥人間)の、黒い翼の青年のようだった。


年齢はおそらく20前後。

髪の毛も翼と同様の色だ。

この位置からでは顔は見えないが、黒いゴーグルをつけているらしい。


来ている服も全くの黒で、靴も靴下も同様である。

腰には細長い剣を下げ、胸には胸当てもつけているようだ。


治療の場所は左足と、右の翼のようであり、そこには割と太い矢が、一本ずつ深々と突き立っていた。


「(ゴキブリでは無かったか…)」


と、内心で言い、その場に屈んで治療を始める。

矢を抜いても男…フォーリスだったか、彼が呻きもしなかったので、まずはそこに違和感を持った。


「誰かに撃たれたのですか?」


と、質問するも、フォーリスはそのままの姿勢で無言。

消毒液を傷口にかけても、体を少し震わせただけだった。


「(訓練された兵士、という感じだな…)」


そう思いつつ、塗り薬を塗る。

それは専用の薬では無かったが、持ち合わせの中では最善のものだ。


「…毒は塗られていなかったか?」


聞かれた為に「おそらくは」と答える。

フォーリスは「そうか」と一言言って、再びカメのように静かになった。


ガーゼを当てて白衣を破る。

そして、それを巻き付けて応急仕立ての包帯とした。


「とりあえず、これで大丈夫でしょう。異常があらわれたら医者にかかって下さい」


屈んだままでフォーリスに言う。

言われたフォーリスは「助かった」と言い、そのままの姿勢で「あんたは?」と聞いてきた。


「イアン・フォードレードと言います。医者ですよ」


言って、フォーリスに左手を出す。

そして、フォーリスがそれを掴み、私は彼と立ち上がった。


身長は170㎝くらいだろうか。


ゴーグルを含めてもかなりの美男だ。

レーナの視線が気になって見たが、レーナはどこか明後日を見ていた。


「そうか。あんたがあの有名な…」


フォーリスの言葉に顔を戻す。

どういう意味かは分からなかったが、とりあえず「いやいや…」と謙遜をしておいた。


「生憎今は手持ちがないが、後日に邸宅を訪ねさせて貰おう。本当に助かった。さらばだ」


そんなものは良い、と、言う前に、フォーリスはその場に「しゅばっ!」と伏せる。

そして、ゴキブリのような動きで「カサカサ」と森に向かうのである。


「翼の意味、あるんですかね…?」

「さぁ、な…」


それを見ていたレーナが言って、聞かれた私が両目を細めた。




フォーリスはその3日後に、フェネルの報告で発見された。


「なんか、森の中に変なのが居ますよ」


という、呆れた顔の報告で、である。


玄関を出て、左を見ると、草木の間に何かが見えた。

地面にうつ伏せになっているが、すぐにもそれが頭だと分かる。


そして、そこに「1」の字のごとくに矢が突き立っている事も分かったのだ。


「ど、どうしたんだ!?」


と、声を上げると、そいつは「うぅ…」と顔を上げた。

ここの時点でフォーリスだと分かり、私が「あなたは…」と小さく言った。


「すまんが治療を…治療を頼む…」


それに答えずフォーリスが言い、ゴキブリのように近づいてきた。


「(流石に若干弱っているな…)」


例えるのならば冬場のゴキブリだ。

ダメージが大きいのか、動きは鈍い。


「ルニスに言って、救急箱を借りて来てくれ」


その場に屈み、フェネルに頼む。

フェネルは「ふぇーい」と言葉を返し、家の中へと入って行った。


「一体何をやっているんです?この間の傷も治ってないでしょう?」


言うと、フォーリスは「あぁ…」と言った。


「だが、これが仕事なんでな…この程度でへばっている訳にはいかん」


そして、顔を上げて「にやり」と笑う。

頭に「1」の字が無かったとしたら、割と格好の良い絵ヅラと言える。


「持ってきましたぜ親方ぁ!」


フェネルが戻り、救急箱を出す。


「すまんな」


と言って受け取るが、フェネルは「普通!」と不満顔だった。


「ここの近くでやられたのですか?」


それを放置し、フォーリスに聞く。

フェネルは「えぇ~…」とは言っていたが、一応興味はあるのであろう、治療の手際を観察し始めた。


「…悪いとは思うがそれは言えない。感謝はしているが、仕事なんでな」


うつ伏せたままでフォーリスが言う。


「そうですか」


まぁ、色々とあるのだろうし、私はそれだけを返事としておいた。


「終了です。もう大丈夫ですよ」


5分程で治療は終わり、そう言ってから立ち上がる。

フォーリスは頭をさすった後に、「助かった」と言って立ちあがった。


「WAO!チョウイケメンデェス!」

「あ、ああ…」


カタコト口調でフェネルが言って、困惑した私がそれだけを言う。

言われたフォーリスはゴーグルを持ち、「ビヨーン」と伸ばして「パツン!」と戻した。


行動の理由は全くの謎。


フェネルでさえも「…えっ?」と言って、それには瞬いて疑問していた。


「ああ、照れ隠しのつもりだったんだが?」


つもりだったんだろうがそうは見えない。

私が女なら「じゃあこのへんで…」である。


しかし、それは口に出来ないので、「そうですか」と言って作り笑いを見せた。


「残念なイケメンだなぁ~」


と、言ったフェネルは、私の左手で軽く小突かれる。

直後には「残像だ」と言って動いたので、「またそのネタか…」と呆れて置いた。


「とりあえず、これは治療費だ。以前の分も含めている。少なかったら言ってくれ」


そんなやりとりを完全無視し、フォーリスが言って金貨を出してきた。

つまり、10000リーブルなので、「むしろ多いですね」と困り顔で返す。


「多い分には文句は無いだろう。俺の気持ちだ。取っておいてくれ」

「そうですか…まぁ、そういう事なら」


そこを断るのは失礼だと思い、私はありがたく金貨を受けた。


「それはそれとして」


と、言葉を続けたので、「はい?」と言って耳を傾ける。


「俺達のリーダーから伝言があるんだが、中に入れて貰っても良いか?」


その言葉には「はぁ…?」と言い、疑問を持ちつつ「まぁ…」と言う。

フォーリスは「すまんな」と言った後に、玄関の方へと体を向けた。


「なんかやったんすか先生?」

「いや、全く身に覚えが無いが…」


フェネルと話しつつ、玄関を開ける。


「ロリコン共和国の人じゃないですか?先生、なんだかんだで幼女が好きだから」


それには「なんじゃそら…」と一応言って、玄関に入ってフォーリスを呼んだ。


ロリコン共和国。

後に分かったが、これはやはり漫画の話で、国民全てが幼女の国が、たった一人の「お兄ちゃん(大統領)」を迎えると言う、少々、いや、かなりイカれた作者が描いた作品の事だった。


その作品になぜ私が?と、疑問をしたい所であるが、そこはフェネルの考える事、深く考えても仕方が無いと思い、私はとりあえず一巻だけを買うのだ。


あ、いや幼女に対して興味があったと言う訳でなく、フェネルの考えを知る為に買った…と、いう事にしておいてほしい。




フォーリスはソファーに座った後に、私だけに話したいと言ってきた。

つまり、フェネルをどこかにやれと、暗に要求してきた訳だ。


「そういう事なんで向こうに行っていろ。ついでに、レーナに飲み物は少し待ってくれと伝えてきてくれ」

「はーい。エロイ話で盛り上がってるから来るなって言ってたって伝えておきますよ」


おい!と、止めるがもはや手遅れ。

フェネルは「ウキキキ!」と笑いつつ、台所の方へ向かって行った。


「(クソッ、だが、まさか本当には言わんだろう…)」


そう思いつつ、フォーリスに向かう。


「それでは伝言を伝えさせて貰おう」


状況に文句は無くなったのだろう、フォーリスは静かに口を開いた。


「最近になって魔物達が、各地で集まって悪だくみをしている。背後に何者かが居るようだが現時点では分からない。これに協力をしないよう、あなたには広告塔になってもらいたい。医院に来る者、友人達、全てにこれを伝えて欲しい」


そこまで言ってフォーリスは「以上だ」と言って話をシメた。

前半部分は知っていたが、中盤から後半は初耳である。

医者である私に広告塔になってくれとは、一体全体どういう事なのか。

なぜ、そんな事をしなくてはならなのかと、私は率直に質問してみた。


「人間と魔物の共存の為らしい。あんたという人が適任なんだそうだ」


それが返って来た答えであった。

確かに私は人間達とも、魔物達とも触れ合っている。

両方にそれなりに知己も居るし、広めろと言われればそうも出来よう。


だが、それが正しい事だと、間違っていない事だと判断できねば、協力する事等とても出来ない。


まず第一に信じられる事。

協力する為の第一歩は、やはりこれが不可欠な事だろう。


「(はてさてまずは何を聞こうか…)」


そう思っているとフォーリスは「もし、迷っているようだったら」と不意に言った。


「あの時の大富豪は楽しかった、と、伝えてくれと言われている。そう言えば全て分かってもらえると」


そして、続けてそう言って、私を一瞬で理解させた。

それを知る者がレーナを除けば、この世には二人しか存在しておらず、リーダーという立場に収まれる人物が、その内の片方しか居なかったからである。


「なるほど、私の事を知っている訳だ…」


呟き、一人で「ふふふ」と笑う。

見ていたフォーリスは不思議だったろうが、そうする以外の反応は無かった。


「頑張ってますか、彼女は?」


聞くと、フォーリスは「ああ」と言った。


「人間と魔物、両方の為に、この大陸の為に頑張っている」


それから更に言葉を続け、私の心を温かくさせた。


「分かりました。協力しましょう。彼女、いや、リーダーにはよろしく伝えて置いて下さい」


もはや断る理由は無いので、その時点で協力の意思を示す。

聞いたフォーリスは「分かった」と言い、私に大きく頷いて見せた。


「それはそれとして、聞きたい事がある。俺の役割上、聞きたいだけの事だが」


一体何だ、と思いつつ、とりあえずの形で「はぁ…」と言う。

それを了承と受け取ったフォーリスは、聞きたい事とやらを投げかけて来た。


「最近、本部に入隊希望者が来た。ケンタウロスの若い男だ。様子見の意味で本部に置いているが、俺が思うにどうも怪しい。名前をギュネスと言うのだが、あんたには何か心当たりはないか?」


聞いた直後は「うーむ…」と唸った。

聞いた事が無いかと言えば、それはおそらくNOなのであるが、どこで聞いたかを思い出せない為に、私は少し考え込んだのだ。


「無いなら無いで構わないんだが」

「いや、あるのはあるのです。ただ、どこで聞いたかが…」


言っている途中で思い出した。

ケンタウロス達の集落で聞いたのだ。

聞いた、というよりは実際に、会っていると言った方が分かるかもしれない。


ギュネスはつまり族長の息子で、同族の幼い子供を使い、人間達の村との間で、戦争を起こそうとした張本人である。

その企みは私…というか、レーナに粉砕されて逃げたはずだが、そんな所に姿を見せて一体何をしようと言うのか。


「(どうせマトモな事ではあるまい…全てを話しておいた方が良いな)」


そう思った私は全てを話し、その上で警戒をするようにも言った。

フォーリスは「やはりか」と妙に納得し、その後に「助かった」と礼を言った。

それからソファーから腰を上げて、「邪魔をしたな」と言って帰って行ったのだ。


「(なんだか物騒になって来たな…大変な事にならなければ良いが…)」


その背を見送ってソファーから立ち、台所に行って帰った事を告げる。


「で、最終的にはどうなったんすか?巨乳と貧乳、どっちが至高なの?」


フェネルの質問には「はぁ?」と言い、冷ややかな顔のレーナに気付く。


「(こいつ、本当に言ったのか!?)」


と、空気を読んだがもはや手遅れ。

レーナは「ぷいっ」と顔を背けて、私の横を抜けて行った。


「人の心のなんと脆き事。これぞ疑心暗鬼の計なり」

「そういうのは嘘と言うんだ!嘘と!何が計だ!いい加減にしろ!」


流石に怒り、フェネルを掴む。

掴まれたフェネルは「キャァ!?」と鳴いて、手足を動かして逃れようとした。


「スミマセンスミマセン!すぐ訂正してきます!とりあえず乳首があれば良いし、レーナこそが至高だと、ヨダレを垂らして言ってたって!」

「却って悪化するわ!」


この日ばかりはフェネルを許さず、私は奴に罰を与えた。


「罰として家の周りの掃除をしろ!木の葉一枚残しても許さんぞ!さぁ行け!帰るまでに終わらせろ!」


フェネルはそれを「うわー!」と言って受けたが、30分後に監視に向かうと、箒を投げて逃走していた。

挙句に小石で「バカ」と書かれており、「やっぱりあいつは駄目かもしれんな…」という気持ちを強めただけとなった。


だが、これを見せた事で、レーナの私への誤解は解けた。


その点だけは感謝…というか、安心をした私ではあった。




それから三日後。

フォーリスはまたやって来て、ギュネスに逃げられたという事を私に告げた。


何やら「コソコソ」とやっていた所を、見張っていたフォーリスが押さえたらしいが、弓を放たれて油断をした隙に、まんまと逃げられてしまったのだそうだ。


「まぁ、それは分かるのですが…」


フォーリスにはまた矢が刺さっていた。

頭でも腕でも無くなぜか尻に。


どういう角度で弓を撃たれたらそこに刺さるのか甚だ疑問で、見つけた直後は心配よりも、呆れの方が大きかった。


「匍匐前進をしていたからな。上からズトンとやられてしまった」


その言葉には納得するが、「翼は一体何の為に…?」と、疑問する部分も若干残る。

しかしながら放置も出来ず、私はフォーリスを中へと招いた。


「わっ!誰ですかそのイケメン!ていうか、えっ…矢の場所が…?」


フォーリスを見るなりルニスが言った。

言いたい事は大体分かるので、右手で制して静かにさせる。


「……」


フォーリスが無言でゴーグルを持ち、伸ばして先で両手を離す。

ゴーグルは当然「パチン」と戻ったが、ルニスの反応は「ぇ…」と言うものだけだった。


「あー…あそこでうつ伏せになって下さい」


説明するのは面倒なので、診察台にフォーリスを寝かす。


「やってみるか?」


と、ルニスに聞くと、「やりますやります!」と嬉しそうに言った。


「はい、じゃあお尻めくりますねー♡」


なるほど、そういう事なのだろう。

ルニスが嬉々としてズボンを脱がし、フォーリスが「だはっ!?」と驚きの声を出す。

直後に聞こえる「ア”ーッ!?」という声。


「あっ、手が滑っちゃいました☆」


とルニスは言ったが、ナニをしたかは不明である。


10分程が経ち、治療が終わる。


簡単な治療のはずであったが、フォーリスの顔はやつれて見えた。


「今後は尻にだけは受けないようにしよう…」


疲れた顔でそう漏らす。

一方のルニスは上機嫌で、鼻歌を歌いながら片付けをしていた。


「それはそうと、重大な情報がある。魔物達の一団がこちらの方に向かっているらしい。何を企んでいるかは分からんが、警戒してくれという事だった。出来れば、街の人間にもあんたの口から伝えて欲しい」


座ったままでフォーリスが言う。

それには「なんと…」と、一時動揺し、すぐにも「分かりました」と了承の旨を伝えた。


「それではすぐに行ってきます。感謝していたと伝えて下さい」


白衣のままで私が動き、座ったままでフォーリスが頷く。

外はどんよりとした曇り空だった。

雨かと思って背後の空を見る。


「なんだアレは…?」


視線の先には点が見えた。

黒い、小さな点である。


この位置からでは点に見えるが、おそらく10キロ程の距離があるので、実際にはかなり大きいと思われる。


「魔物か…?こちらに来ていると言う…」


そうだとするとここも危険だ。

私の予測では直線上である。

レーナは兎も角ルニスが危ない。

そう思った私は家に戻り、ルニスとレーナに声をかけた。


「もう来たのか…?」


フォーリスが言い、剣を抜いて飛び出して行く。

私達はレーナを待って、10秒程遅れて彼に続いた。


「ワイヴァーンだ。厄介な奴を担ぎ出してきた。だが、本隊は別に居るぞ。俺が聞いたのは地上部隊だからな」


空を見上げてフォーリスが言う。


「あんた達は逃げろ。俺は仲間を呼んでくる」


言葉を続け、飛び上がる。

そして、森の上を飛び、西の方へと姿を消した。


「ワイヴァーンか…この距離で良くも分かるものだ…」


空を見上げて点を見る。

まだまだ遠いが確かに近づいて居た。

あれがワイヴァーンかどうかは置いても、地上部隊とやらの事を伝えに行かねばならないだろう。


「よし、行こう!」


私が言って、二人が頷く。

それから三人で街へと走り、異常事態を自警団に伝えた。


自警団は最初こそ、私達の話を信じなかったが、実際に「点」が「何か」に見えた頃には、慌てふためいて動き出した。


「魔物だ!魔物の集団が襲って来たぞー!!!数は100以上!今、門で食い止めている!」


そんな中に伝令が飛び込む。

やはりは本隊があったようだ。


「どうするんだ!?首都からは、首都からは何も言ってこないのか!?」

「俺達だけで勝てるのかよ!駐在兵士達は何をやってるんだ!!」


団員達の混乱が増し、ただ、ひたすらに騒ぐだけとなる。

一応武具は装備しているが、これでは木偶と変わりない。


「(マズイなこれは…)」


そうは思うが、私にはもはや何も出来ない。

出来る事と言えば後方に控えて、治療に専念する事だけだろう。


「先生…門の外って、ヴィンスさん達が住んでいる所じゃ…」

「なっ…」


レーナの言葉に顔色を変える。

言われてみればその通りである。

郊外とはつまり街の外、言い換えるなら門の向こうだ。


例え、門で防げたとしても、彼らの安全は保障されない。

だからと言って行くかと言われたら、正直な所はかなり怖い。

だが、知らん顔をして見捨てれば、何かがあった時に後悔するだろう。


「見捨てられんな…」


そう言うと、レーナも「はい」と頷いた。


「先生はここに居て下さい。わたしがなんとかやってみます」


それから続けてそう言ったので、それには「バカな!」と声を荒げた。


「いや、すまない…私が行っても役に立たないという事は分かるが…敵だらけの所にレーナを一人で行かせるなんて事はしたくないんだ。もし…レーナに何かがあったら、私は一体どうすれば良い?」


言い過ぎた事に自分で気付き、言葉を変えてレーナに話す。

レーナはそれに「大丈夫ですよ」と言い、私達の前で「にこり」と微笑んだ。


「わたしはちゃんと、帰って来ますから。勿論、ヴィンスさんも、皆も助けて」


それは、レーナの慢心では無く、約束のようなものに聞こえた。

レーナにも不安はあるのだろうが、私とそう約束する事で、無事に帰ってこようとしているのだ。


それでも行く!


と、言いたい所だが、正直な所は足手まといだろう。

私を守る分、力を割いて、助けられる人が助けられないかもしれない。


「分かった…レーナを信じよう…必ず無事に帰って来てくれ」


結果としてはそう言って、頭と肩を同時に落とす。

レーナは私の両手を取って、「信じて下さい」と言い残し、剣を借りて走って行った。

私とルニスに出来る事は、もはや後方での支援だけだ。


「フォックスの医院に行って、医療道具を借りて来るぞ!」

「は、はい!!」


私とルニスは詰所を飛び出し、フォックスの医院に向かって走った。




フォックスの医院の外に出ると、「何か」の正体が明らかになっていた。

近隣の家の屋根を潰し、巨体を空に持ち上げようとしていたのだ。


大きさとしては10m程。


灰色の体を持つ小型の竜だ。


その名はワイヴァーン。

炎は吐けず、魔法を使う事も出来ないが、長大な鋭い尾を持っており、人間等がそれを喰らえば、一分と経たずして絶命してしまうという、強烈な毒をそこに秘めていた。


「(フォーリスの言った通りだったか…しかしこれでは被害は増すばかりだ…)」


そう思っていると、通りの角から2人の男が「ひょっこり」と現れた。


「おぉ、派手にやっているなぁ!自警団は何をやっているのだ?」

「詰所に籠ってクソでもしてるんだろう。或いは恐怖で漏らしているとかな!」


男達が揃って「フハハ!!」と笑う。

それは、赤い道着と白い道着の、普段はダメダメのあの二人だった。


「おっ?お主らも観戦か?やはり実物は迫力が違うなぁ?」


赤い奴が私に気付く。

白い奴も「ははは」と笑い、暢気にその場に座り込んだ。


「い、いや、そういう訳では無いが…って、戦いに来たと言う訳では無いのか?」

「なんで?」


逆に聞くと揃ってそう言う。


「(駄目だこいつら…)」


と、額を押すが、それは前から分かっていた事だ。

現状、この街では彼らが最強。

もし、戦ってくれると言うなら、プロウナタウンの危機は救われる。

だが、どうにもやる気が無いので、私は彼らを焚き付ける事にした。


「いや、君達ならあれを倒せるだろうし、そうすればきっと英雄だろうなぁ。街の皆の見る目も変わるぞ?そうだなぁ、弟子も増えるかもしれない」


焚き付けはしたが嘘は言って無い。

可能性は大いにあるはずだ。


「だがなぁ…それがしらは自警団員には少々痛い目に遭わされているからなぁ…」


それは自業自得だろ!


言いたい所を「ぐっ」と我慢し、「だからこそだよ」と更に焚き付ける。

ルニスも意図を汲んでくれたか、「お二人の戦う所が見たいです!きっとカッコいいんでしょうね!」と、横から援護射撃をしてくれた。


「ほぉ…嬉しい事を言ってくれるな…どうするヒョウセツ?」

「うーん…まぁ、お嬢さんなかなか毛深そうだし、毛深い女の頼みとあればなぁ?」


それにはルニスも「なあっ!?」とキレかける。

しかし、私が拝んだ事で、何とか耐えてくれたようだった。


「分かった!ここはひとつ頼みを聞こう!借金もチャラにしてくれると言うしな!」

どさくさ紛れで借金を踏みつぶし、フレイムが言って拳を作る。

そんな事は言って無いが、もはや期待もしていなかったので、私は無言でそれを受け入れた。


「ゴーモーさんと言ったかな?拙者らの戦い、しかと目に焼き付けよ!」

「ルニスです!?」


ルニスの方はキレたようだが、それは当然のキレだと言えた。


「よし!ならばやるか!ヒョウセツ!」

「おうよフレイム!!」


二人が一気に気合を入れた。

赤と白のオーラが上がり、地面の土がめくれ上がる。


「はあああああ!!」


そして、二人は地面を蹴って、前方上空に素早く飛んだ。

突然の敵にワイヴァーンは狼狽し、体を向けるのが精一杯だった。

直後にはフレイムのパンチを貰い、巨体を地面に落下させた。


「ギャアアアア!!」

「キャアアア!!!」


建物が壊れ、悲鳴が上がる。


「雪玉乱打強投殺ー!!」


ヒョウセツがすかさず奥義を放ち、無数の雪玉がそこに飛んだ。


「ウワアアアア!!?」

「いやああああ!!?」


潰れる建物、上がる悲鳴。

何やら被害が拡大していたが、それに構わず奴らは戦った。


飛炎昇弓脚ひえんしょうきゅうきゃく-!!」


ワイヴァーンと共にフレイムが飛び上がる。

すぐにもヒョウセツがその前に飛び、叩きつけるようにしてワイヴァーンを落とした。


「私の店がァー!!」


という声が聞こえる。


「あれをやるかフレイム!」

「応!!」


しかし、二人はそれを無視して、空中で右手を「がちり」と組み合った。


「行くぞ!協力奥義!炎雪回転流星脚えんせつかいてんりゅうせいきゃく-!!」


そして、そのまま「くるくる」回り、勢いをつけて斜めに落下。

流星のような蹴りを放って、ワイヴァーンにトドメを刺したのである。


あまりの威力に建物は爆発。


上半身を露出して、二人はゆっくりと姿を現す。


「貴様ら!何をやっておるかぁ!!」

「どれだけの被害を出したと思っている!!!?」


そして、待ち構えていた自警団員に捕まり、どこかへ連行されるのだった。


「話が違うぞ!!こらまて!離せ!それがしらは街を救ったのだぞ!?」

「ゴーモー殿ォ!拙者らの活躍を!拙者らの活躍をどうか忘れずにィィ!!?」


彼らは良くやった。


彼らのお蔭で多くの命が助かったのは事実だ。

だが、良い事でも度が過ぎると、思わぬ結果を招いてしまう。


今回は良い勉強になっただろうと…



私達は彼らを他人のフリをして見送った。





6時間程が経ち、戦闘が終わった。

街の被害は相当なもので、人的な被害もかなりあった。


だが、幸いと言って良いのか、私の知人に死者はいなかった。


レーナは郊外の人々と近くの森に隠れていたようで、約束通り無事に戻って、私とルニスを安心させた。


戦いが終わって1時間後位に、仲間を呼びに行ったフォーリスが戻った。

聞けば、別の場所で戦っていたらしく、尻には二本の矢が立っていた。


「すまんな。援軍には来れなかった。だが、奴らの増援はある程度だが潰したつもりだ」


実際、それが無かったならば戦いはもう少し長引いていただろう。

全員が彼に感謝をしたが、同時に尻の矢をガン見していた。


「ディザン王国でもカーレントでも、同様の事件があったそうだ。これからきっと、何かが起こるぞ」


フォーリスは最後にそう言って、「これからもよろしくな」と言って去った。


建物に人命、魔物の命。

沢山のものが失われた戦いだが、もう一つ失われていたものがあった。


「なんと…これは…」


我が家の前に立ち尽くし、しかめっ面で私が言った。

レーナとルニスは何も言わないが、愕然とした顔でそこを見ていた。


私の家。


フォードレード医院は、戦いの中で倒壊していた。


市街でさえそうだったのだ。郊外のここが無事な訳は無い。


50年近く住んだ家だ。

私の衝撃もそれなりのものである。


職場であり、我が家であった倒壊している建物を前に、私達は無言のままで、しばらくの間立ち尽くしていた。


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