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古き者の昔話

 私は口の中に居た。

 朝、目が覚めた時にいきなり居たというわけではない。


 旅行に出かけ、雨に出くわし、洞窟を見つけて走りこんで、そこで出会ったある者の治療を引き受けてしまったが為に、口の中に居るのである。


 その者の名はラーシャスと言った。

 本人が語る所では、6000年も生きている古代竜の一員なのだそうだ。


 私は最初「喰われる!」と、命の危険を感じてしまい、洞窟から逃げようとしたのだが、ラーシャスに「待て」と言われてしまい、間抜けにも待ってしまったのだ。

 言語を理解する竜が凶悪であるはずはない、と、先入観から思った事が、その原因だったかもしれない。


「本当に待つとは間抜けなやつだ」


 うっかり止まってしまった私を見て、ラーシャスはそう言った。

 自分で待てと言っておいて、それは無いと思う。


「お前をどうこうするつもりはない。雨が止むまでで良いから話し相手になってくれ」


 赤く巨大な竜はそう言うと、ゆっくりとした動作で横になった。

 さすがにサイズが違うだけあって、それだけの動作で空気が動き、地響きと共に砂埃が舞う。


 ラーシャスの全長は50m程だった。

 戦って生き残る事が不可能なのは勿論の事、本気で逃げようとしたとしても、ラーシャスがやる気になったとしたら逃げ切れない事は明らかだった。

 もはや腹をくくるしかない。

 私は洞窟の壁を背にし、腰を下ろしてその場に座った。


「私の名はラーシャスだ。お前の名はなんという?」

「……私はイアン・フォードレイドだ」

「イアン・フォードレイド?ほう、お前が魔医者と呼ばれている男か」


 どこから情報を仕入れているのか、ラーシャスは私の事をどこかで聞いていたようだった。


「魔物、人間を問わずに治療し、法外な金額を要求しているらしいな。お前にとって金というものはそんなに魅力的な代物なのか?」


 これは凄まじい誤解と言える。

 私は魔物も人間も診るが、治療した患者から法外な金額を受け取った事は、今までに一度も無いはずだった。


 むしろ、現金支払いではなく、物品支払いの方が多い為に、金に困窮した事も、一度とは言わずあるくらいだ。

 酷い誤解を解く為に、私は以上の事を話し、ラーシャスからの言葉を待った。


「ふむ、そうか。その言葉を信じる事にしよう。身なりを見る限りでは、儲けているようにも見えんしな」


 大きなお世話だ。

 心の中で私は言った。


「では次の件に移ろう」


 話というよりは尋問だな、と、私は密かに思ったが、それを聞いたラーシャスが機嫌を損ねないとも限らないので、言葉にする事はよしておいた。


「住まいはどこだ? 家族は居るのか?」


 ラーシャスの「話」というのは、基本的には質問だった。

 住まい、出生、生い立ちを聞いてくる事に始まって、最近起こった事件や騒動、噂になっている事等を事細かに聞いてくるのだ。


 それは、外の世界への興味心から聞いているというよりも、過去に聞いた情報を新しいものに書き換える為に聞いているようだと私は感じた。


 時間にして1時間程。

 質問の数にするなら、20件ばかりを聞かれただろうか。


「なるほどな」


 と、納得の声を発した後に、ラーシャスが不意に静かになった。

 洞窟の外の雨はやまず、雨宿りを始める以前より酷くなっているようだった。

「ばちばち」という雨音が、洞窟の中にまで強く響いてくる。


「で、この地へは何をしに来た?」


 少しの間黙っていたラーシャスが再び口を開いた。

 もう帰ってくれてもいいが、雨も酷くなってきたし、どうせならもう少し付き合えよ。

 言葉にした訳ではないが、ラーシャスはそんな事を、私に言っているように思えた。


「気分転換の旅行の途中さ。イグニスに良い温泉があると人から聞かせてもらってね。」


 この雨は今日中にはやまないだろう。

 観念した私は提案に乗り、この地を通る事になったその理由を聞かせてやった。

 正確には気分転換ではなく、失恋した傷を癒す為の一人旅であったのだが、そこまでを話す必要も、義理も無いと私は思った。


「ほう? イグニスか。あそこには確かに温泉がある。だが、殆どが煮えくり返り、生身の者が入ったならば、大火傷を負ってしまう程の熱さだがな」


 ラーシャスが言って、「ククク」と笑った。

 私にとってその情報はとても笑えるものではなかった。

 私は十数日をかけ、ここまで歩いてきたのである。

 ようやく発見した温泉が「熱くて入れない」というものだったら、あまりにも救いが無いではないか。


 それは丁度良い熱さの温泉や、ぬるい温泉もあるのだろうが、ラーシャスの言葉を信じるならば、「殆ど」が煮えた温泉であり、生身の者が入れるような普通の温泉を見つける事は、極めて困難な事のように思えた。

 プロウナタウンの酒場の亭主は、私にこう言ったはずだ。


「イグニスにいい温泉があってね。いやーあれはかなりいいよ。生き返ったような気持ちになれるよ。場所? 場所なら行けばすぐわかるさぁ、ほんと、いい温泉だよ」


 と。


 もしも温泉が発見できず、仕方なく帰る羽目になったら、煮えたぎった温泉で作った温泉卵を持ち帰り、酒場の亭主の禿頭に全て叩き付けてやろうとこの時思った。


「ここで会ったのも何かの縁だ。生身の者でも入れる温泉を、後でお前に教えてやろう」


 意外にもこの古代竜は親切な竜のようだった。

 強大な力を背景に引き止められたという事で、ラーシャスの事を勝手なヤツと私は誤解していたのかもしれない。


 思えばラーシャスは力ずくで私を引き止めたわけではなかった。

 私が勝手にそう感じ、思っていたというだけなのだ。

 おそらくは、聞きたがりだが親切な、孤高の竜なのだろう。

 私は間違っていた考えを正し、その上で素直に礼を言った。


「気にする事は……ぐっ……」


 と、ラーシャスの表情が、言葉途中に苦痛でゆがんだ。

 私は竜の表情に専門知識は持たないが、誰が見ても明らかにそれは苦痛の表情だった。


「どうした? どこか痛いのか?」

「うむ、少し前から喉が痛くてな……一日のうちに何度かは、こうして主張してくるわけだ」


 聞くと、痛みに耐えながら、ラーシャスが苦痛の理由を言った。

 私はこれでも医者である。

 指をくわえてこの状況を見ているわけには行かなかった。


「良ければ一度診てみるが? 法外な治療費が怖くないなら、の話だが」

「そうか、では、頼むとしよう。この苦痛から解放されるなら法外な治療費も惜しくない」


 私の提案を聞いたラーシャスが、苦痛に耐えながら「ふふふ」と笑った。

 それが本気か冗談かは私にはわからない事だったが、迷う事なく診察を希望してきたあたりから、その苦痛はかなりのものと想像する事は容易かった。

 ラーシャスが地面に下あごをつけ、私の前で口を開いた。


「よろしく頼む」


 と、舌を動かした形跡も無く言葉を発した所を見ると、竜、もしくはラーシャス個人は、言葉を発する際に舌を動かす必要が無いのかもしれない。


「(靴は脱いだ方がいいか……)」


 一応は口の中である。

 土足で上がるのも無礼と思い、私は靴を脱ごうとした。


「靴を脱がずにそのまま入れ! 素足で入られて臭くてはかなわん!」


 過去に何かがあったのだろうか、その口調は今までで一番ドスがきいていた。


「多分、臭くないと思うが……」


 という、私の言葉にも聞く耳もたず、ラーシャスは


「そのままでいい!」


 と、ひたすら何度も連呼していた。


「まあ、そこまで言うなら従うが……」


 一体何があったのだろうか。

 思いながら靴を履き、私はラーシャスの口に入った。


 ラーシャスの口の中は外と比べて蒸し暑かった。

 口を「ぱっくり」と開けているから、蒸し暑い程度で済んでいるが、口を閉じている時にはかなり暑いのだろうと想像できた。


 広さは私が両手を広げ、もう一本腕があったなら埋まるくらいの広さであり、高さは私が両手を伸ばせば上あごに届くくらいであった。

 口の中は臭ったが、これは生き物である以上、仕方の無い事だ。


「(口を閉じられたら終わりだな……)」


 一瞬、私はぞっとしたが、ラーシャスを信用する事にして、成すべき事を開始した。


「どうなっている? ひどいのか?」


 舌を動かす事も無く、ラーシャスが外から聞いてきた。


「まだなんとも言えないな」


 と、私は答えようとしたが、「まだなんと」と言ったくらいで、一つ目の異常を見つけてしまった。

 それはラーシャスの歯であった。


「虫歯だらけだ。歯磨きはちゃんとしているか?」


 例えるならばサメのような、ギザギザの歯の殆どが、虫歯に侵されていたのである。


「歯磨き……? 歯磨きとは一体なんだ?」


 それは虫歯にもなるだろう。

 ラーシャスからの返答を聞き、心の中で私は思った。


「今までに歯が抜けた事は?」

「ある。月に1、2度は抜けているな」

「抜けた歯があった所にはまた歯が生えてきているか?」

「でなければ今頃は歯無しの竜だ」


 なるほど人間等と違い、ラーシャス、もしくは竜の歯は一生生えてくるものらしい。

 いわばこの歯は使い捨てで、虫歯になっても問題ないのだ。

 それなら治療と歯磨きは必要の無い事かもしれない。


「わかった。それなら問題ない」


 私は外に向かって言って、口内の奥へと進みだした。

 二つ目の異常はのどちんこ、所謂、口蓋垂の近くにあった。


「ありえんな……」


 それを見つけた直後私は、そういう事を言ったと思う。

 そこには私の腕程の剣が刺さっていたからである。


「ラーシャス、剣が刺さっているぞ。記憶の中に覚えはあるか?」

「ある。一月ほど前に人間の剣士と戦った。剣が何処に行ったのか今までわからなかったのだが、そんな所に刺さっていたか」


 驚くという風でもなく、ラーシャスは「さらり」と言い切った。

 6000年も生きていると、この程度の事では動揺しなくなるのだろうか。


「とりあえず剣を抜こうと思うが、痛みで私を噛まんでくれよ」

「努力しよう」

「努力が実る事を……祈っているよ……!」


 何しろ刺さっているのは剣だ。

 抜けばそれなりの苦痛を伴うだろう。

 だが、抜かない事には始まらないので、覚悟を決めて剣の柄を持ち、それを一気に引き抜いた。


「……ッ!」


 さすがに痛みを感じたのか、口の中が「ぐらり」と揺れた。

 しかし、剣はなんとか引き抜かれ、私もまだ生きていた。

 刺さっていた場所からは血が出る事はなかったが、化膿していた為だろう、黄色い膿のようなものが代わりに「だらり」と流れ出てきていた。


「膿を出して消毒する。痛いだろうが我慢してくれ」

「わかった」


 ラーシャスを納得させた後に、右手でラーシャスの傷口を押す。

 擬音で表すなら「ドピュッ!」と言う音が聞こえ、赤い血を伴った黄色い膿が、ラーシャスの舌の上へと落ちる。


「イヤな味がする」


 と、ラーシャスが言うが、途中でやめる訳には行かない。

 中途半端に膿を残せば、同じ事になってしまうからだ。


「全て出し切る。すまんが耐えてくれ」


 故に、私はそう言って、残った膿を全て出し切り、アルコールの入った水筒を出し、ラーシャスの患部にかけてやった。


「これはいい味だな」


 どうやら喜んでいるらしい。

 或いは、本物の酒を知ったなら、ラーシャスは飲兵衛になるかもしれない。

 私は思い、ほくそえみながら、残りの全てを注いでやった。


「まだ痛みは残っているか? 原因と考えられるものは他に見当たらないんだが」


 刺さっていた剣を持ち、私は一度、外に出た。

 剣を見たラーシャスは「こうして見れば大きな剣だ」と、他人事のように言っただけで、私の質問には答えなかった。


「どうなんだ? まだ痛むのか?」


 二度目となる言葉を私が言った。


「正直な所まだわからん。お前が剣を抜いた頃から痛みが消えたのは事実だが」


 常に痛くは無いというのが、この場合では厄介だった。

 剣が刺さっていた事が痛みの原因であれば良いが、これで治療が終わったと思って帰ってしまった後に再発したら。


 ラーシャスはきっと困ってしまうか、もしくは「ヤブ医者め!」と憤怒して私を逆恨みするかもしれない。


「(うーん……様子を見るしかないか……)」


 雨はやむ気配を見せず、懐中時計の時計の針はもう夕刻を指していた。

 雨がもしやんだとしても、夜中に街道を一人で歩く事は決して得策とは言えないだろう。


「良ければここに泊めて貰えるか? 私としては治療を終えたか、きちんと確認して行きたいのだが」

「それは構わんが、もてなすものは何もないぞ」

「私が勝手を言っているだけだ。何も気にする必要は無い」


 ふかふかの羽毛のベッドや、温かい料理を期待して泊めろと言ったわけではない。

 担当した患者の治療を、きちんと済ませているのかどうかを確認したいだけなのだ。


「変わったやつだ」


 ラーシャスが呟いて、大きく開けていた口を閉じた。

 治療はとりあえず終了したと、雰囲気から察したのだろう。


 直後に私の腹が小さく鳴った。

 そういえば昼間から、何も食べていなかった。

 時間はもう夕刻で、腹が減るのも道理ではある。


「どうやら腹が減っているようだな。奥に、多少の食料がある。食いたければ食うといい」


 私の空腹を察したのか、ラーシャスが言って尻尾を退けた。

 見えた物は洞窟の奥。

 今までそこは見えなかったが、ラーシャスが長い尻尾を退けた事により、新たに見えるようになったのである。


「それでは好意に甘えさせて貰うよ」


 一応、携帯食は持っていたが、この先何があるかは分からない。

 故に、持っていた食料は保存して、ラーシャスの好意に甘える事にした。


「他のものには手を出すなよ」


 私と尻尾のすれ違い様、ラーシャスは一言そう言った。

「他のもの」とは一体何か。

 それはすぐに判明した。


 洞窟の奥には金銀財宝が、山のように積まれていたのだ。

 十人程の人間が、一生遊んで暮らしても、お釣りがくるほどの財宝だった。

 私は金には執着しないが、さすがに言葉を失って、しばらく立ちほうけていたと思う。


 ここに来た理由は何だったのか、それを思い出す事が出来たのは、30秒ほどが経った後の事だった。


 食料は、財宝の山の手前に、袋詰めにされて置かれていた。

 中身は缶詰やカンパン等の、携帯食というよりは、非常食という類のものだった。

 缶詰を二缶と、カンパンを少し頂いて、私はラーシャスの元へと戻る。


「驚いたか?」


 私の姿を確認するなり、ラーシャスが私に聞いてきた。


「驚きもするだろう」


 問いに答え、先に居た場所に戻って、近くの岩に腰をかける。


「あれは何だ? 集めたものか?」


 そして、缶詰の蓋をこじ開けながら、私はラーシャスに向かって聞いた。


「集めた、と言えば、集めたという事になるな」

「ん……?」


 聞いた私は疑問顔。

 缶詰の中身が問題なのではない。

 むしろ、魚の塩漬けは、どちらかといえば好物だった。


 ラーシャスが何を言っているのか。

 それが理解できなくて、私は疑問をしていたのである。


「十分の一程度はな、最初からここにあったのだ。残りはその財宝を狙う、人間が持っていたものだ。私は住み易いという理由でここに居るだけなのだがな。奴らは一体どういうわけか、私が財宝を守っていると、勝手に思い込んで挑んでくるのだ。どうしてもという理由があれば、譲ってやらん事もないものをな」


 ラーシャスがひとつ、息をついた。

 昔を懐かしむような瞳をしている。


「……人間は欲深い生き物ではなかった。木々に果実がなる事に、川に魚が居る事に、昔は満足していたものだ。だが、いつの頃からか人間は満足しなくなった。飢えず、生きられるという事だけでは、人間は満たされなくなったのだ。快楽の為に他の生き物達を殺し、娯楽の為に自然を壊した。私は人間から距離を置いた。迷い込んできた旅人と、たまに話をするくらいなら、イヤな部分も見えないだろうと、そう考えたからだった。……人間を好きでいる為には、そうするしかないと思ったのだ」


 私は缶詰には手をつけず、無言で話を聞いていた。

 思う所や、考えさせられてしまう所がそれなりにあったからである。


「どうも、妙な気分だな。お前が私に飲ませたものが、ヘンに作用しているのではないか?」


 照れを隠すようにして、ラーシャスが「ふふふ」と鼻で笑った。

 訪問者に質問する事はあれど、自分の話をする事は、或いは珍しい事だったのかもしれない。


「いや、そういう成分は無いはずだ。しかし、興味深い話ではあったよ」


 答えた後に右手を動かし、缶詰の中身を口に運ぶ。

 もし、今度来る事があれば、本物の酒を持って来てやろう。

 そして、もっと興味深く、知らない話を聞き出すのも面白い。

 言葉にはせず、そう思い、私は無言で口を動かした。


「おおっ」


 直後の声はラーシャスのもの。

 不意をつかれた時に出る、少し驚いたような声である。


「どうやら原因が違ったようだ。食事中にすまないが、もう一度診てもらえるか?」


 発した理由は喉の痛みが再発した為のようだった。


「わかった」


 ナイフと缶詰を地面に置いて、私はその場に立ち上がる。

 治療を終えて無かった事は、落ち度と考えれば悔しい所だが、再発が早めであった事に、私は素直に感謝していた。


「すまんが頼む」


 ラーシャスが地面に下あごをつけ、先のようにして口を開いた。


「私のミスだ。気にするな」


 口内と見える範囲には、痛みの原因は見られなかった。

 と、すると原因は、もっと奥にあるのだろう。

 ラーシャスの口内に入った私は、先の口蓋垂より奥の、喉そのものへ視線を向けた。


「先程飲ませてくれたアレは無いのか?」


 アルコールをくれ、という意味だろう、ラーシャスが私に聞いてくる。


「残念だがあれで全部だ。もし、今度があったなら本物を持ってくるから我慢してくれ」


 この竜はおそらく飲兵衛になる。

 密かに思い、苦笑しながら、食道に続く喉の前で屈んだ。

 口蓋垂の奥にある、喉の暗闇を覗く為である。


「(駄目だな……)」


 明かりも無く、角度も悪い。

 目視での患部の確認は断念せざるをえないだろう。

 私は懐の中を探り、右手用のゴム手袋を出し、袖をまくってそれをつけた。


「吐き気を催しても我慢してくれよ」


 そして、右手を喉の奥へと突っ込み、文字通り、手探りの診断を始めた。

 1分、2分と時が過ぎ、屈んだ状態で調べられる範囲には何も無い事が分かる。


「まだ痛むのか?」

「痛む。もう少し奥のようだ」


 ラーシャスからの返答を聞き、私はその場にはいつくばった。

 舌は生ぬるく、気持ち良くは無かったが、治療の為では仕方がない事だ。


「ん……?」


 と、右手の指の先に、何かが一瞬、触れた気がした。

 私は身を乗り出して、それを掴もうと右手を伸ばした。


 確かにそこには何かがあった。

 手で、掴める程の大きさの何かが。

 私はそれを手で掴み、眼前にと持ち上げた。


 それは、人の肘骨だった。

 所謂、腕の骨である。


「なっ……!?」


 そして、ラーシャスの口が閉じた。

 ラーシャスを信用した事は、あるいは、早計だったのかもしれない。






 あの時は本当に驚いた。

 恐怖した、と言ってもいい。

 ラーシャスを信用した事に後悔の念すら抱いたものだ。


 だが、私は生きている。

 つまり、誤解だったという事だ。

 ラーシャスが口を閉じたのは、目の前を飛び回っていた虫を、鼻息で威嚇する為で、私を食う為ではなかったのだ。


 人骨は剣の持ち主である、ラーシャスに戦いを挑んできた剣士のものだったらしい。

 食ったのか、と、私は聞いたが、ラーシャス自身は否と言った。

 戦いの中で腕を噛み、噛み千切った腕を「つい」飲み込んでしまったが、本体、つまり人間自身を食べた事は無いと言うのだ。


 他人から聞いた話であれば、私は嘘臭いと思っただろう。

 だが、私はその言葉を信用しようと思っている。


 財宝が積まれている洞窟の奥に、おそらくラーシャスが作ったのだろう、人間の墓を見たからである。


 質問好きの竜に出会っても、どうか恐れないでやって欲しい。

 その竜は本当にただの質問好きで、誰かと一緒に居たいだけの、寂しがりで孤独な竜であるのだから。


ラーシャスのイメージ的な声は私の中では柴田〇勝さんです。

銀英のミュッ〇ンベルガーですな。

分かる人だけ、分かって下さい。

お付き合いありがとうございました~

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