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たのしいあそび


四月のある日、麗らかな午後の事。

私は街の図書館で、この地方の歴史を調べていた。


別段、事情があった訳では無く、先日の事件に関わった事で、歴史に対する興味が湧いたのだ。


「(ほう…大陸の半分を支配していたのか…そんな国がなぜ滅びたんだ?)」


例の、ノース王国の事だ。

滅びた理由を知る為に読むと、後継者争いが勃発した挙句、各地で大規模な内乱が発生。

その上で他国に隙を突かれて滅亡の一途を辿ったと言う、散々な理由を知る事が出来た。


「踏んだり蹴ったりとはまさにこの事だな…」


本を閉じて、一人で呟く。

首脳部は相当焦った事だろう。


私だったら「ヒドイ!」と泣いている。


だがまぁ、国が亡びる時とは、大半がこういうものなのかもしれない。


「さて、もう少し時間はあるが…」


懐中時計を開いてみると、13時32分とあった。

15時には戻って交代する約束なので、30分ばかりは時間が空いていた。


「何か面白そうな本は無いかな」


椅子から立って本を戻し、棚の間をぶらついてみる。


「おいおい…戻す場所が違うじゃないか…」


歴史書の中に絵本があった。


「たのしいあそび」という本だ。


タイトル的には少し気になるが、流石に絵本を読もうとは思わない。

本来の場所に戻そうとして、棚から本を「するり」と引き抜いた。


「ああ、あんたかい」


突然の声に「びくり」と震える。

右手を見ると館主の老婆が、こちらを眺めて立ち尽くしていた。


「急に声をかけないでくれますか…?静かな所なので、驚いてしまいますよ」


本を戻してそう言うと、老婆は「すまないねぇ」とすぐに謝った。

その上で私に近付いて来て、「暇ならちょっと、手伝ってくれないかい?」と、こちらの都合を伺ってきたのだ。


「ええ、まぁ、30分位なら…」


実際の所、時間はあったので、条件付きでの回答をする。

老婆は「助かるよ」と言った上で、一枚の紙を差し出してきた。


「何ですか?これは?」


何やら番号が羅列してある。

6-334とか、6-478とか、はっきり言って意味は不明だ。


「処分する本の番号だよ。本の背表紙に番号があるだろ?それと同じ番号の本を棚から引き抜いて欲しいわけさ」

「ああ…」


手早く言えばピッキング作業だ。

要らなくなった本をまとめて、捨てるなり、売るなりするのであろう。


「分かりました。ここに置いておけば良いですか?」

「出来ればまとめてくれると助かるねぇ」


老婆が言って紐を取り出す。

毒を喰らわばなんとやら、とことんまで使うつもりで居るらしい。


「分かりました…どこまでやれるか分かりませんが、やれる所まではやりましょう」


老婆は「すまないね」と言った後に、別の場所へと歩いて行った。


「割にあるな…手早くやるか」


ざっと見で40冊はある。

30分で間に合うかどうかだが、引き受けたからには手抜きはしたくない。


「えーと…まずは6-332…これが?205、という事は、もうちょっと右の方なのか?」


ぶつぶつ言いつつ作業を進め、20冊ばかりの本を引き抜く。


「なっ!?もうこんな時間か!」


懐中時計を開いてみると、13時58分だった。


タイムリミットはあと2分だが、ここまで来たら引き下がれない。

少し、遅れてしまうかもしれないが、ルニスならきっと許してくれるし、もし、ちょっと不機嫌だったら、ケーキでも買ってやれば良い。


そう考えた私は作業を続行し、順調に本を見つけて行った。


「うん?この本もそうなのか?という事は場所は合っていたんだな」


先程取った絵本であった。

番号的には6-666なので、このコーナーで合っていたらしい。

重ねた本の上に起き、残り4冊の本を探す。


「ふぅ…これで終わりか」


結果的には14時9分に任されていた作業はなんとか終わった。


紐で縛り、安定度を確かめる。


「これで良いだろう」


と、一人で言うと、老婆が姿を現してきた。


「おやおや、もう終わったのかい?助かったよ。ありがとうよ」


その言葉には「いえいえ」と言い、ちょっとした疑問を老婆にぶつける。

つまり、この本をどうするのかという、ほんのちょっとの疑問である。


「そりゃあ捨てるさ。勿体無いけど、こんなもの誰も欲しがらないからねぇ」


勿体ないな、と普通に思う。


「なら、頂いても良いですか?」


興味がある本も中にはあったので、物のついでと老婆に聞いてみた。


「ああ、別に構わないよ。むしろ、ありがたいくらいだね」


返って来た言葉がそれだったので、私はそれらを貰う事にした。


「他の本も配ったらどうですか?タダとなれば人間は要らないものでももらうモノです」


言うと、老婆は「考えとくよ」と言った。

40冊の本を持ち、私は「よたよた」と我が家に帰る。


到着したのは15時10分で、ほんのちょっと遅刻をした為に、ルニスは「せんせぃ~…」と不満顔だった。


「いやいや、悪かった。これでケーキでも買ってくると良い」

「え!?ホントですか!やったァ!」


謝り、銀貨を一枚渡すと、ルニスは単純にも許してくれた。


そこからの3時間、診察を代わったのだが、1時間経っても訪問者はゼロ。

暇になった私は貰って来た本の選別をする事で時間を潰す事にした。


「絵本か…これは流石に要らないな」


たのしいあそびという本は、不要な所に分類された。

他の18冊の本に加え、全部で19冊の本が、私にとっても不要な本となる。


「よし」


それらを縛り、持ち上げる。

そして、診察室を出て、裏庭に居たレーナに声をかけた。


「すまないが、これを捨てておいてくれるかな?燃やしてしまっても構わないから」

「あ、分かりましたー。今度、他のゴミと一緒に燃やしておきますね」


どうやら草むしりをしているらしく、レーナは顔だけをこちらに向けた。

だが、伝わっている事が分かったので、本を置いて診察室に戻る。


「んー…暇だったな、今日は」


結局、この後も患者は訪れず、営業中の看板は静かに降ろされる事となった。


「(さて、どれから読んで行くかな)」


診察室の隅にある、読むべき本を「ちらり」と一瞥し、私は帰って来たルニスと共に後片付けを開始した。




翌朝早くにフェネルがやって来た。

学校が休みと言う訳でなく、エリスの行方を捜しているらしい。


「友達の家に泊まってるんじゃないか?というか、ウチに泊まった事なんて無いだろう?」


そう言うと、フェネルは「ですね」と言ったが、「でも」と続けて言葉を発した。


「先生が我慢できなくなって、監禁したという可能性もありますし、一応探りを入れて来いって母さんがやたらうるさくって」


そして、言う必要のない裏事情を話し、私を愕然とさせるのである。


「あー…私の言葉が信用できんなら、レーナでもルニスでも好きに聞くと良い…」


頭を押さえてそう言うと、フェネルは「信用しますよ!」と力強く言った。

若干の感動から「フェネル…」と漏らすと、「メンドクサイから」と一言言って、とっとと帰ってしまうのである。

自分の姉が行方不明でも、あいつのマイペースは変わらないらしい。

少しはマシになったかと思ったが、真人間になるにはまだまだのようだ。


それから半日くらいが過ぎて、夕方にフェネルはまたやって来た。

そして、エリスが現在も行方不明である事を私に告げたのだ。


「友達の家は?」


ソファーに座り、フェネルに訊ねる。


「そもそも居ないっす」


返って来た答えがそれだったので、直後はイヤーな空気が流れた。


「大学はもう始まったんだったな?ならば、そこで出来た友達とか、彼氏とかいう可能性もあるだろう?」


その言葉にはフェネルは考え、「でも、彼氏は無いですよ」と、彼氏の線は否定はした。


「ちなみに、最後に見たのはいつなんだ?」

「えーと…昨日の朝ですかね?何か、課題?とかいうのをやってて、調べものがあるって言って出て行ったんです。それっきりドロン!YA-!NINJYA-!ですよ」


最後の部分は謎であったが、私は一応「なるほど…」と言った。


「(課題の調べもの、という事は大学か、或いは本屋か図書館か……誰かに聞くと言う手段もあるが、友達が居ないのではそうもいかんだろうしな…)」


大学は確か首都にあったので、馬車で行っても片道で4時間くらいはかかるはずだ。

すぐに帰って来られる距離なら、本屋か図書館が濃厚である。

その帰り道で襲われて、誰かに誘拐されてしまった。

これならまさしく大事件だが、それはあってはならない事だ。


「とりあえず行くか」

「は?どこにですか?」


私が立ちあがり、フェネルが言った。


「決まっているだろう。図書館と本屋だ」


言うと、フェネルは「えええ!」と言って、露骨に嫌そうな顔をした。


「お前なぁ…自分の姉が行方不明になっているんだぞ?自分がもし攫われた時に、エリスがそういう態度で居たら、お前はどういう気持ちになる?」

「そりゃあまぁ、ムカつきますね…サボッテンじゃねー!!って、中立マンのサボテンダスばりの親父ギャグを放ちますね」


後半部分には敢えて触れず、それには「だろうが」と短く返す。

フェネルもそれで理解をしたのか、「じゃあ仕方ないっすね」と立ちあがった。


「あ、レーナ」


丁度良く、レーナが見えたので、呼び止めた上で事情を話す。


「そういう事ならわたしも行きます」


と、レーナは協力の意思を見せたが、行ってくる場所が決まっているし、特に危険も無さそうなので、それには現状、お断りをしておいた。


「どうするんすか?本屋の親父が姉さんを監禁してて、バレタ以上は仕方ねぇ!って、上着をブチ破って巨大化したら?」

「ありえんが、そうなった時は、素直に自警団に飛び込むだろうな…」


そう言うと、フェネルは「デスヨネー」と言い、私の後ろに仕方なくついてきた。


本屋の方が近かった為、まずはそちらの方へと向かう。


半分以上閉まって居たが、店主はまだ店内に居り、事情を話した上で聞くと、「悪いけど見て無いねぇ…」という言葉を発した。

私の見た目では怪しさは無い。


「お前見たか?」

「いいえぇ。知らないわねえ…」


どうやら妻も居るようなので、監禁なんかはやりにくいだろう。


「分かりました。お忙しい所すみませんでした」


頭を下げて店を後にする。


「嘘ついてんじゃないですか?」


と、フェネルが言ったが、それには「いや」とだけ答えて置いた。


「いや」


マネをされるがそれを無視して、次の目標の図書館に行く。


「またあんたかい…」


と、老婆に言われたが、苦笑いで応えて事情を話した。


「ああ…来たね。あんたが帰ったちょっと後くらいだよ。二階で1時間程調べものをしてたかね…」


どうやらこちらで合っていたらしい。


「それで、何時ごろ帰りましたか?」


その質問には老婆は悩み、口に手を当てて考え込んだ。


「そういえば…帰ったのを見て無い気がするね…いや、見逃しただけかもしれないけどさ」


そして、真剣な顔でそう言って、思い出す為に再び考えた。


「どこのコーナーか分かりますか?」


聞くと、老婆は「ああ」と言って、「算数と数学のコーナーだね」と、そちらにはすぐに答えてくれた。


「ちょっ、先生!」


まさかまだ居る訳はないが、確かめる為に二階に向かう。

算数と数学のコーナーに行き、棚の間の廊下を見てみた。


「まぁ、それは居る訳が無いか…」


当然ながらエリスは居ない。


「ギャアアア!!!」


その時、どこかでフェネルが叫んだ。


「何だ!?」


と言って姿を探すと、本棚の一画にフェネルが見えた。

見えた、と言っても上半身は細い糸のようになっており、開かれている本の中に体がどんどん吸い込まれつつあった。


「おい!?なっ、何があった?!」


叫びつつも走り寄り、フェネルの腰を「がっちり」と掴む。


「ふひょほっ!?」

「ぐはあっ!?」


が、こそばゆかったのか、フェネルはそこで暴れてしまい、右肘の先を私の顎にクリーンヒットさせるのである。


「があああ…」


流石の痛みで手を離し、顎を押さえて私が呻く。

フェネルはその間にもどんどん吸われ、あっという間に脚だけとなった。


「くそっ!待て!」


右手でフェネルの脚を掴む。

直後には私の右手もフェネルと同様の糸と化した。


「なあああああ!!!?」


凄まじい勢いで引っ張られて行く。

ストローで吸われる飲み物というのは、おそらくこういう感覚なのだろう。


頭が糸になり、視界が歪む。

そして、本が視界に入った時、私の意識は「ぷつり」と途切れた。




「よくぞ来たな新たなる民よ!国王として歓迎するぞ!戦士に商人、それに冒険者。そなたには無限の可能性がある!このステト・ストラブルクで、そなたの思うように生きると良いぞ!」


気付いた時には何かが居た。

どうやら王様のようであるが、前後の繋がりがはっきりしない。


「支度金として1000ゴールドを用意した。何か分からぬ事があれば、そこのニコールに聞いてみると良い。豊かな生活と幸運な人生を!」


玉座に座る人物はそこまでを言って「ぴたり」と黙った。

周囲を見ると兵士も居たが、皆、どこかしら無機質である。

ニコールと思われる女性等は、兵士の一人にぶつかられているのに、なぜかの笑顔で硬直したままだった。


「何なんだここは…」


と、まずは発す。

それから後ろを振り向いてみると、フェネルがうつ伏せで転がっていた。


「おい、フェネル。大丈夫か、おい」


右手で揺すると「ううん…」と言った。

一応生きては居るらしい。


「あの、ここはどこなんですか?」


安心した後に顔を戻し、王様らしき人物に聞く。

しかし、王様は宙の一点を見て、言葉を発さず「じっ」としていた。


ニコールにぶつかった兵士は今も、ぶつかっているのに前進を続け、それを笑顔で受け止めているニコールがどうにも不気味であった。


「無駄じゃよ。そやつはもう喋らんさ」


後ろの方から声が聞こえた。

振り向くと老人が居て、杖を突きつつ近づいて来ていた。


年齢はおそらく70才前後。

白い髪と髭をもつ、皺くちゃ顔の男性だった。


「どういう事ですか?」


聞くと、老人はそのまま歩き、私の前で右手を出した。

疑問に感じて顔を顰める。


「200ゴールドで全てを教えよう」


すると、老人はそう言って、私を更に困惑させたのだ。


「1000ゴールドを貰ったはずじゃろう?その内の200をよこせと言うとる。ワシもこれで食うとるからな。タダという訳にはいかんのじゃよ」


理屈は分かるが意味は分からない。

しかし、それでも「はぁ…」と言うと、「渡したいと思えば勝手に渡る」と、老人は勝手に説明をした。


「渡したいと思えば…ですか…」


言いながら、そう思う。

直後に「チリーン」という音が聞こえ、私の懐から金貨が飛び出した。

そして、それは老人の懐の中へと納まって行く。


「よしよし」


と、老人が満足した事で、200ゴールドが渡った事を知った。


「な、何なんですかここ?どこなんですか?」


ここで、フェネルが目を覚ます。

丁度良いので「聞いて居ろ」と言い、老人には「それで、どういう事なんですか?」と聞いた。


老人は「ふむ」と言ってから、約束通りに話し出す。


「ここは本の中なんじゃ。どこかで本を開いたじゃろう?あんたもワシも奴に捕まり、この世界の住人にされたという訳じゃ。何かをしろと言う命令は無い、何かをしなくてはという目的も無い。ただ、住民にされてしまった。たったそれだけの話じゃな。それと、そやつが喋らん理由は、元々ここにおったからじゃ。ワシらと違って最初からな。どう言う訳か全く分からんが、何かがあった時以外には最初から喋らんようになっとるんじゃよ」


聞いたフェネルが「ほへー」と言った。

一方の私は茫然としていただろう。

衝撃と動揺、その両方が頭の中を支配していたからだ。


「まぁ、さっさと仕事を見つけて、家でも借りて暮らしなされ。足掻いても街の外にすら出れん。住めば都。諦めは美徳じゃて」


老人はそう言って、杖をついて歩き出した。


「脱出する方法は無いのですか…?」


絞り出すような声で聞くと、老人は静かに首を振った。

そして、「コツコツ」と杖をついて、玉座の間から出て行ったのである。


「どういう事です?」


結局の所は分かって居なかったフェネルが私に聞いてくる。


「吸い込まれたんだ。本の中に。あちらには二度と帰れんらしい」

「…マジすかァァ!?」


二度目の説明でやっと分かったか、フェネルは両手で頭を押さえた。


「でも、先生はなんとかしてくれますよね♡」


が、直後に立ち直り、私の腰を「ツン♡」と突くのだ。


「余裕だな…」


そう言うと、フェネルは「まぁね!」と自慢げに答えた。

ギャーギャー喚かれるより確かに良いが、これはこれで何となく、対応に困る反応ではあった。




城の外に出た私達は、情報を集める為に酒場に向かった。

街の通りには店が並び、人の往来もかなりあったが、やはりはどこか無機質であり、何より賑わいという物が無かった。


「あー、いらっしゃいませとか言って無いんだ」


その原因に気付いたらしいフェネルの言葉で私も分かる。

店員達の「いらっしゃいませ」や、言われた客の返す声など、そういうものが一切無い為に、ゴーストタウンと変わらなかったのだ。


「まさに人が居るだけ、だな。誰かが殺されても騒がないんじゃないか?」

「やってみますか?先生が」


それには「やらんわ」と一応答え、酒場を見つけて中へと入る。

当然ながら「いらっしゃいませ」は無く、注文の品を聞いてくる事も無かった。


「情報収集デキマセーン」


両手を広げてフェネルが言った。

残念ながらその通りである。

喋らないのでは話が出来ない。

一応「あのー」と言って見るが、亭主の親父の反応は無い。


「うんこ漏らして良いっすか!!?」


と、フェネルが言ったが、親父はこれにも反応しなかった。


「ホント漏らすぞオラァァ!!?」


プライドが傷つけられたのだろう、意地になってフェネルが踏ん張る。

だが、それは「やめろ!」と言う私の制止でなんとか治まった。


「でも逆に考えるなら、お金とか払わずに食べれるんじゃないですか?」


そう言いながらフェネルが歩く。

そして、バナナを一本取って、「つるり」と剥いて一口食べた。


「10ゴールド頂きます」

「……」

「……」


親父は直後にそう言った。

その辺はしっかりしているらしい。


「10ゴールド払っていただけないのなら、自警団に突き出しますが?」

「い、いや!払う!払います!」


言うと、「チリーン」と音が鳴り、僅かの金貨が親父に向かった。


「しっかりしすぎ!」


というフェネルの言葉に、この時は私も同意した。


「じゃあアレですね。女の子のスカートめくりもヤバイですかね?無反応ならヤリたい放題かなとか、僕さっきまで思ってたんですけど」

「バカモノ!なんて事を考えるんだ!あってもなくてもしては駄目だ!」


怒りつつも考える。

反応が無い女性のスカートめくりを。


「(…それはそれでありか)」


と、思うが、フェネルには決して話さなかった。


「あ、あんた達…なんでここに居るのよ!!?」


聞いた声が後ろから聞こえた。

振り向くと、入口にエリスが立っていた。

驚きの顔で立ち尽くし、体を少々震わせている。


「あ、姉さんだ」


一方のフェネルはあくまで普通。


「バナナ食べる?」


と言いながら、房から更に一本を取った。


「10ゴールド頂きます」


ソッコーである。


やむなく払う意思を見せ、僅かの金貨が親父に向かう。


「あ、あんた達も本に吸われたの?」


エリスがようやく言葉を発し、私達の方に近付いてきた。


「も、という事はエリスもか?」


聞くと、エリスは小さく頷いた。

行方不明の原因は、どうやらあの本にあったらしい。


「まぁ、無事で何よりだ。この状態を無事と言えるかは微妙だが」


その言葉にはエリスは「そうね…」と、微笑まず、神妙な面持ちだった。


「外に出られないという事だったが、それは本当の事なのか?」


ここではエリスが先輩である。

色々と試しているだろうと思い、手間を省く為にエリスに聞いてみた。


「試したわ。壁があるみたいな感じね。風景は広がってるけど、進めないのよ」


結果としては本当だったらしい。

手間は省けたが希望も減った。


「バナナウメー」


と、暢気なフェネルがこの時ばかりは羨ましく思えた。


「(つまり、私達はこの街の中で、死ぬまで住人として生き続けるしかないと。どういう考えか全く分からんが、はた迷惑な事をしてくれる…)」


恨む相手が分からない為、とりあえずの形でこの本を恨む。

この本がなぜ、あんな所にあったのか。

ふと、疑問に思った為に、エリスにそれを聞いてみた。


「算数と数学のコーナーに一冊だけ混ざってたのよ。間違ってたから直して上げようと思って、参考書と一緒に取っておいたんだけど、興味を持って開いちゃって…後はもうお察しの通りね」

「なるほどな…親切が裏目に…」


言いかけて、私は思い出す。

そういう事が昨日にもあったなと。

確か、何かの絵本であったが、番号的には合っていた。


しかし、明らかにそのコーナーに相応しくないものではあった。

だから私は直そうとして、その本を一度引き抜いたのだ。


「もしかして、その本は何かの絵本じゃなかったか?」


聞くと、エリスは「そうよ」と言った。


「タイトルは確か、たのしいあそび2、だったかしら?」


そして、続けた言葉によって、私は自身の推測が間違っていない事を知ったのである。


「(2があるという事は3もあるか…?だとしたら被害は増える一方だ。かと言って今は何も出来ん…どうにかして外に出ない事には…)」


考えていると、賑やかになって来た。

フェネルが騒いでいる訳では無く、酒場の外が騒がしいのだ。


「何だ?」


エリスに聞くが「さぁ?」と言われる。

一日の長があれど、それでも分からない出来事らしい。


「まぁとにかく行って見るか」


エリスが頷き、後ろに続く。

そして、フェネルもついて来て、私達は騒ぎの原因を目にした。




「おい!あんたも外の人間か!?だったら早く!ついてこい!」


外に出るなり、男が言ってきた。

大半の人間は普通にしているが、僅かの人が走って逃げている。


「一体何が?」

「とにかく出て来い!」


質問するも、男は無視をして、手招きをした後に走り出した。

どうやら外の人間らしいので、とりあえずの形で男に続く。


「うわぁ!!?」


直後に、酒場が「グシャリ!」と潰れ、フェネルが驚きの声を上げた。

酒場はすぐに更地となって、一瞬後には武器屋が建った。

そして、今度は反対側の武器屋が突然「グシャリ!」と潰れたのである。


「気まぐれの建て直しだ!とにかく逃げろ!」


男が言って速度を上げる。

武器屋の跡には病院が建ち、すぐにも中から看護婦が出て来た。


「気まぐれの建て直し?まるで神の遊びだな!」


そう言いながらフェネルを引っ張る。

どこが安全かは分からないので、男を信じて後を追った。


「ギャアアア!なんなんすかこの地獄絵図はぁぁ!!!?」

「こっちが聞きたい!とにかく急げ!」


フェネルを引っ張り、とにかく走る。

エリスが息を切らしてきたので、反対の手でエリスを引っ張った。


辿り着いたのは王城の入口。

逃げて来た他の人間達も、そこで止まって息を吐いている。

私達もようやく足を止めて、動かぬ門番の前にへたった。


「何なんですかアレは…?どういう事です…?」


息を切らせて男に聞くと、男は「さぁな…」とまずは言った。


「たまにあるんだ…ああいう事が…もう何人も犠牲になったよ…一体何がしたいんだかな…」


そして、続けてそう言って、首を大きく横に振った。


「箱庭…」


「ボソリ」と言ったのはエリスである。

「は?」と聞くとはっきりと言う。


「箱庭。自分の好きなように作るじゃない?それと同じ感覚じゃないかしら?気に入らないから建て直す。満足が行ったと思ったけれど、しばらくして見たら微妙だった。だからまた建て直す。誰がしてるか分からないけど、感覚的にはそうなんじゃない?」


ゾッとするような推測である。


だが、それに近いかもしれない。

人を集め街を作る。

誰かはそれを見て満足をする。


だが、しばらくして見たら微妙に見えた。

だから、壊して建て直す。

そう考えるとこの行動に、不思議と辻褄が合うのではないか。


「どうやらとりあえず収まったようだ。次はいつ来るか分からない。あんたらも暢気にしていないようにな」


男が言って立ち上がり、他の者と去って行く。

出る方法は、と聞きたかったが、あれば彼らもこうしてはいまい。

聞くだけ野暮と考えて、彼らが去るのを黙って見守った。


「やっぱアレじゃないですか?エライ人なら王様でしょうよ。まさに王様ゲーィムッって奴。あいつがクキキキ笑いながらやってんすよ」


一体どういう思考であるのか、思いついた事をフェネルが言ってくる。


「ンな訳無いでしょ…」


と、エリスが言ったので、私は何も言わなかった。


「何もしないよりマシでしょーが!それにあそこなら安全だろうしぃ~」


結局の所はそこのようだ。

王宮イコール安全と思考がそこに繋がっただけらしい。


まぁ、確かに何かを作るなら、基点となる場所は早々動かさない。

道端で「ぼうっ」としているよりは、安全と言える場所なのかもしれない。


「…すぐそこだからな。一応行って見るか」


後ろを振り向き、そう言って見る。


「賛成賛成ー!」


と、フェネルが言ったので、エリスも仕方なくそれに従った。




王様はやはりシロだった。

何を言っても「ぴくり」ともしない。

調子に乗ったフェネルが座っても(膝に)、王様は宙の一点を見ていた。


「なんだ、なんかつまんないなぁ…」

「いや、万が一にも反応したら、お前の首は飛んでいた訳だが…」


ボヤくフェネルにそう言って、目を動かしてエリスを探す。

エリスはニコールと言う女性の前に立ち、色々と情報を聞き出していた。


「何か分かったか?」


と言って近づくと、エリスは「何も」と言葉を返す。


「もう良いや…先生と僕と姉さんで暮らしましょ。ここに居れば食うには困らないし、愚かで無知な級友共と話を合わせる必要もナシ!」

「なっ、何バカな事言ってんのよ!あんたの都合で勝手に決めるな!」


エリスが怒り、フェネルに飛びかかる。

飛びかかられたフェネルは「ひぃ!」と、小さく鳴いて小走りに逃げ出した。


「ろ、ロリノッポも何か言いなさいよ!ここでずっと暮らすって事は、私と、わたっわたた…」


どう言う訳かエリスが赤い。


「大丈夫か?」


と、心配すると、どう言う訳か脛を蹴られた。


「意味が分からん!!」


言いながら、屈んで脛をさする。


「王宮内では騒がないで下さい」


と、ニコールが急に言葉を出したので、私とエリスは「びくり」と震えた。


「関係ない事も喋るのね…」

「いや、関係無くは無いんじゃないか?言わばここでのルールというか…」


エリスの言葉に私が答える。

そして、途中で何かに気付く。

ここまで出ているが、考えがまとまらない。


「センセーこの人!コックさんコックさん!料理頼んだら持ってきてくれるかなぁ?」


それには正直「うるさい!」と言いたいが、それを言うとここまで出たものが、一気に消えてしまいそうだ。


「ど、どうしたのよロリノッポ?」


エリスのそれには右手を見せる。

ちょっと待ってくれ、という意味合いのつもりだ。


「…他にも何か、ルールはあるかな?」


出て来たものをダメ元で聞いてみる。


「1。王宮内では騒がない」


それに答えてニコールが話し出す。


「どういう事なの?」


と、エリスが聞くので、顔を向けずに私は言った。


「一番困る事をやってやろうと思ってな」


なぜ、ルールがあるのかと言えば、それをされては困るからだ。

ならば一番困る事をすれば、「誰か」も黙って居られなくなるだろう。


接触のチャンスはその時にこそあり、脱出のチャンスも同様に、その時にこそあると私は思うのだ。

下手をすれば潰されてしまうが、現状、ただ聞くだけならば、おそらくそこまでしないのではないか。


これはもう予測と言うより、懇願に近いものではあるが、ここでじっとしているよりは、脱出の可能性に賭けたかった。


「7。王宮を破壊してはいけない」


ニコールはそこまでを言い、再び「ぴたり」と黙ってしまった。

街を壊すな、人を殺すな、そんな事も言っていたが、出来ると言えば最後のそれが私達には一番手頃な事だった。


なぜ、いけないのかは謎であるが、ルールにするからには何か困るのだ。


「よし…やるか!」


と、腕まくりをし、私は兵士の剣を奪った。


「ほ、本当にするの?」


そう言いながら、エリスも両手に椅子を持っていた。


「フェネル!お前の得意分野だ!好きなだけ破壊しろ!」

「ヒャッホーィ!!先生がいきなり理解者になったあ!!」


直後に私達は暴れ出した。

絨毯を切り、壁を叩き、高価な絵画を破りまくる。

花瓶が割れても、椅子の脚が折れても、王様達は無表情。

眉毛一つ動かさず、決められた一点をひたすらに見ていた。


「ヒャッハー!!!日頃のうっぷんがすっ飛んでいきますわぁあ!!」


フェネルが言ってタペストリーに飛びつく。

そして、そのまま一気に下がり、タペストリーを縦に切り裂いた。


「ああっ!なんか楽しくなってきた!!」


一方のエリスもやはり姉か、今は兵士から斧を奪って、柱の一本を切りつけていた。


私はと言うと少々地味に、高そうなティーカップをひとつずつ割っており、段々と盛り上がって来た結果、残った皿を空中に投げていた。

玉座の間はもうすでに、壊れた家具や皿等で目一杯。


「次は玉座でも行きますかぁ!!」


と言うフェネルに「そうね!」とエリスが続いた。


「イイカゲンニシロ!!」


口を開いたのは王様だった。

不自然な動きで玉座から立ち、頭と肩を落として立っている。


「二人とも離れろ!ついにお出ましだ!」


フェネルとエリスが離れた直後、王様は黒いオーラを上げた。


「オウキュウハナァ…シュウリヒヨウガナァ…ホカノモノヨリタカインダヨォォ!!!」


意味は不明だが怒っているらしい。


「元の世界に戻せ!そうすれば、こんな事は即刻やめてやる!」


交渉は無理かと思いはするが、ダメ元で一応言って見る。


「フザケルナァァ!キサマラハミナゴロシダァァ!!」


交渉はやはり通じなかった。


しかし、こいつをなんとかすれば、脱出の糸口は掴めるはずだ。

慣れない剣を両手に構えると、黒いオーラが縦に伸びた。

それはすぐにも私に届き、剣ごと私を後ろに飛ばした。


「ロリノッポ!」

「マジヤベー!!」


エリスとフェネルが同時に叫ぶ。


「逃げろ!!!」


と、どうにか声を上げて、剣を支えにその場に立ち上がる。


フェネルは立っていた兵士の後ろに。

エリスは柱の陰に隠れる。


それを見た私はもう一度、剣を構えて敵を見据えた。

攻撃をしてきたら魔法を放ち、一気に懐に突入をする。

そして、あらん限りの力を出して奴を斬り伏せると言う作戦である。

うまく行くかは不明であるが、無力な私にはこの作戦しか無い。


「テマヲカケサセヤガッテ!ゴミクズガァァ!!」


敵が再びオーラを伸ばした。


「くらえっ!!!」


私はすかさず魔法を放ち、伸びて来たオーラの先端にぶつけた。


「グッ…」


そして、若干怯んだ隙に、一気に懐に飛び込んだ。


「力は無いがな!頭はあるのさ!!」


言って、剣を上方に振りぬく。

確かな手ごたえと言うものがあったが…


「ハッハッハッ…」


黒いオーラは笑っていた。


「があっ!!?」


直後には私はオーラに捕らわれ、大の字で四肢を拘束された。


「ノリノッポ!」


椅子を両手にエリスが出て来る。


「駄目だ!来るな!!!」



そう言うと、エリスは躊躇をした後、椅子を投げて柱に隠れた。


「チカラハナイガアタマハアルノサ、カ。サイゴノサイゴニワラワセテクレタナ?」


黒いオーラの先端が尖る。

それで串刺しにする気のようだ。


「お前は一体…何者なんだ?」

「ワタシカ?ワタシハタダノホンダ。ナガクイキテアソビヲオボエタ、ナ。チナミニコノホンニワタシハイナイ。ホンタイハベツノバショニアル。キサマラニハサイショカラカチメハナカッタ」


答えた「何か」は「ハハハ」と笑い、尖った先端を「ぐい」と引いた。

ここまでか!

と、思った直後、「何か」の体が炎に包まれた。


「オォォォォォォ!!??ナンダ!?ナニゴトダ!?!」


混乱した何かが私を離す。


「死ねやあ!!」


直後にはフェネルが現れて来て、花瓶で王様の頭を殴った。

王様は「なんで!?」という顔をしたが、直後には何かから離れて倒れた。


「バカナ!?ホンタイガ!!ホンタイガヤカレテイル!!ダレニ!?ナゼ!?ナゼホンタイガァァァ!!?」


何かはオーラを震わせてよろめき、最後は「ジュウッ…」と蒸発して消えた。


「決まりましたね?僕の攻撃が?」

「いや、どうだろうな…?」


花瓶を持ったフェネルが言って、首を傾げて私が言った。

直後に王宮が「グラリ」と揺れる。


「きゃあっ!!?」


と叫んだエリスを見ると、右手の先が糸状になっていた。

それはすぐにも私に伝達し、フェネルの元にも伝達をした。


糸と化した私達の体は、王宮の上へと引っ張られて行く。


そして、視界が「ぐにゃり」と曲がり、小さな光が見えた後に、私の意識は再び途切れた。




調べた結果、奴の名前はデビルブックという事が分かった。

長年生きる…というよりは、長年読まれた本を媒体に、様々な要素が絡まって、誕生するという悪魔の本だった。


今回の場合、おそらくはだが「666」という並んだ数字がきっかけになったものだと思われ、同じ図書館に収められていた同年代の本に入口を作って、ああいった遊びをしていたのだと思われる。


それから奴が燃えた理由だが、これはもうお気づきだろうが、あのタイミングでレーナが本体…

つまり、たのしいあそびの1巻を燃やしたからに他ならない。


フェネルの攻撃は当然無意味で、私の頑張りも無意味だった訳だ。

ちなみにあの本の犠牲者達は、生きていた人達は解放された。

中には困っている者も居たが、大半の者は感謝をしており、決定打となった(と吹聴している)フェネルに対して、ヒーロー等とも持ち上げていたものだった。


まぁ、しかし、なんだかんだで、今回も非常に運が良かった。

今後は身の丈に合わない努力は、出来るだけしないように心掛けよう。


…えっ?稽古とかをすれば良いって?


おいおい、冗談を言ってはいけない。

それこそがまさに、100%、身の丈に合わない努力じゃないか。


ええ、真性のダメオです…

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