愛情のカタチ
四月五日。
朝も早くから、私はフォックスの医院を訪ねた。
以前に借りた金を返すのが、医院を訪れた理由である。
まだ開けたばかりなのか、ノアは受け付けに入っておらず、箒と塵取りをその手に持って、入口周辺の掃除をしていた。
「おはよう。どうだ? 楽しくやっているか?」
聞くと、ノアは「はい」とは言った。
しかし、相変わらずの無表情だったので、どうしたものかな、と私は思う。
「あー……フォックスは中に?」
その質問にも「はい」とだけ言う。
これは気長に対処するしかないな、と、そう考えながら中へと入った。
「おん? お前さんか。ま、こんな早くからご婦人方が来るこたぁないわな」
眼鏡を上げてフォックスが言う。
ノアに準備を任せっきりで、椅子に座って新聞を読んでいる。
それで良いのか? と、言いたい所だが、似たような事を私もしている。
故に、そこには何も言わず、椅子を動かして隣に座った。
「借りていた金を返しに来た。助かったよ。ありがとう」
財布を出して金貨を探す。
ついでに銀貨も一枚取って、それらを重ねて右手を差し出した。
「うん? こりゃ利子か? 気にせんでええものを」
そうは言いつつフォックスが受け取る。
余計な問答をしなくて良いのが、彼と友人になりえた一因だ。
「フェネル君のところのエリスちゃんな。
えっらい人気になっとるそうじゃぞ。
お前さんのところのお嬢さんもそうじゃが、単体でのライブも熱望されとるそうな」
そう言いながら新聞を出してくる。
受け取り、裏面の下部を見ると、確かにそんな事が書かれてあった。
「実現するかは微妙だろうな。エリスは割と楽しんでいたようだが、レーナはああいうのは苦手と言っていた。勿体ないと少し思うがな」
笑って言うと「ほう」と言う。
「この際プロデューサーになったらどうじゃ?
医者を続けるより儲かるじゃろうて」
イアンP。悪くない。私もレーナの歌は聞きたい。
だが、それには「そうだな」と笑って、何気に新聞を読み続けてみた。
『ラーズ公国の西の海域に魔物達が大量に集まる!
何かの前触れ? それとも偶然?
海洋研究者のトピックス氏は、天変地異の前触れと予測す!』
「(海リンピックの事だな……)」
記事に対してそう思い、右手を使ってページをめくる。
「ノアちゃんは頑張ってくれておるよ。
たまにじゃが、以前とは違う顔をするようにもなった。
エリスちゃんが友達になってくれたようでな、色々と教えてくれておるようじゃ」
その言葉には「ほぅ?」と言い、エリスの好意に素直に感謝する。
本人がしたいからしているのだろうが、そこは嬉しいし、ありがたい。
「そろそろ薬も出来ると思う。
そうなればストック切れによる、肉体の崩壊も免れられるだろう。
そこからの事は彼女次第だ。いつまで生きて、そして死ぬか。
それはノアが決めていけば良い」
「そうじゃな……まぁ、ワシが生きとる間は、死ぬなんて決断はせんで欲しいがね」
フォックスが言って「よっこらしょ」と立つ。
そして、両手に手袋をつけ、消毒液を満たしたシンクから、医療道具を引き上げ始めた。
そろそろ邪魔かな、と、思った私は、新聞を閉じて二つ折りにする。
「ん?」
そこで、一つの記事が目に入り、最後にそこだけ読んでみたのだ。
『カーレント国の北西で太古の遺跡が発見される。
三千年以上前のものと予測され、学者達からの注目と、期待が大いに高まっている。
現在、選抜された学者達により、研究と捜査が進行中。
過去に文明があったという事を立証できるものも発見済みという事だ。』
「面白いな」
一言言って、新聞を置いて立ちあがる。
「遺跡の話か?」
と、質問されたので、「ああ」と短くそれに答えた。
私は基本文系なので、遺跡やら歴史やらの話は大好きなのだ。
「お前さんは文系じゃからな。見れば、興味を持つと思うたよ」
「歴史は人類の宝だぞ? むしろ、興味を持たない人間の気持ちの方が分からんよ」
言うと、フォックスは「さよけ」と言った。
あまり興味は無いのだろうが、興味を持っている人間に水を差す気も無いらしい。
こんなに面白いものは無いと思うが、それを押し付けるのも無粋と言える。
「外の掃除が終わりました」
と、ノアが中に入って来たので、それを機会に足を動かした。
「それではまたな。頑張れよノア」
フォックスとノアそれぞれに言い、医院を出てからおもちゃ屋に行く。
そして、中立マンのカードを買って、袋を開けながら我が家へ向かった。
「どうやら本当に強運だったらしい。全くもって奴らが出ない……」
司令Dも、レッドも出ない。フェネルと同じく戦闘員地獄だ。
「こんな有様では大会は無理だな……」
袋の中に入れられていた開催日時の紙を見て、私は落胆の息を吐いた。
我が家に帰ると客が待って居た。
患者では無く、客である。
一体誰かと思って行くと、応接間には男女が待って居た。
十二才前後の少年と、三十才位の女性の二人だ。
少年の髪は赤色だったが、女性の髪は金色だった。
女性の方は困り顔で、少年はなぜかの不満顔だ。
「お待たせしました」
と言って近づくと、女性がソファーから腰を上げた。
そして、「ぺこり」と頭を下げたので、私も軽く一礼をした。
何とはなしに上流貴族の令嬢を思わせる高貴な雰囲気だ。
一方の少年は立ち上がりもせず、私の顔を「じろり」と見ている。
「(生意気そうな子供だな……)」
一瞬思うが、フェネルで慣れっこだ。
偽りの苦笑いを顔に浮かべ、女性に「座って下さい」と着席を勧めた。
「あの、こちらは魔医者と噂される、イアン・フォードレード先生のお宅で間違いないですか?」
座ってからの第一声だ。
それには「ええ」と答えを返し、二人の正面に腰を下ろす。
「マヌケな呼び名だ」
と、少年が言ったが、聞こえないフリをして右手で頬を掻く。
それから「それで、どうしたのですか?」と、平静を装って女性に聞いてみた。
女性はまずは「はい……」と言って、それから答えとなる言葉を続けた。
「実は、この子の事でちょっと、相談と言うかお聞きしたい事がありまして……
先生は人体の事だけでなく、魔物の事にも詳しいとお聞きします。
息子と一緒に訪ねて来た訳は実はそこにあるのです」
「ほう? それは一体?」
やはり息子だったか、と、思いつつ、合いの手を入れて続きを促す。
女性は左の息子を見てから、訪ねた理由の続きを話した。
「二年前に、この子は溺れました。
西の内海で泳いでいたのですが、急に姿が見えなくなったんです。
幸い、夫がすぐに気付いたので、命に別状は無かったのですが、その時から息子がおかしくなった……というか、性格が大きく変わってしまったのです」
聞いた私が「ふむ……」と唸る。
死にかけると人は変わる事がある、と言うが、そういうものではないかと考えたのだ。
「それは、具体的にはどのように?」
しかし、現時点ではまだ分からないので、情報を得る為に女性に聞いてみる。
「あの……バカみたいな話なので、笑わないで聞いて下さいね?」
「え、ええ……」
なんだなんだ? とは思うが約束し、女性の言葉を無言で待った。
「その……
自分が本当の子供じゃないとか、本当は魔王が転生した姿だとか、訳の分からない事を言うようになってしまったんです……」
おっとこれは、アレじゃないですか。
正直な所「アイター……」と思ったが、、笑わないと約束したので、微妙な表情の段階で止めた。
病名は言わば「厨二病」。医学的には病気とは言え無い。
どういうものかと聞かれると難しいが、基本的には自分の作った設定に酔いしれる人の事を指す。
例えば右手が疼く理由は、右手に竜が封印してある。とか。
一見では普通の人間に見えるが、世界を滅ぼすとんでもない力を隠し持って生きている。とか。
友達が全く出来ない理由は、出来ないんじゃ無く作らないんだ。とか。
……まぁ、全てフェネルに聞いた事だが、こういう設定を信じて生きている、ちょっと痛い子を総じて厨二病と言う訳だ。
「あー……そういうのはちょっと難しいですねぇ……
時が来れば分かるというか、勝手に治って行くと思いますが……」
それがつまり成長であり、ある種の諦めと妥協である。
誰もが一度は通りかかる道である為、私は大して心配しなかった。
「でももう二年も経っているんです! 良くなる所か酷くなる一方!
昔はお母さんと呼んでくれたのに、今じゃ私の事を「お前」としか呼ばないんですよ! 夫の事は「貴様」です! これが普通の子供にある事ですか!?」
女性が興奮し、声を荒げた。
飲み物を持ってきたレーナが固まり、「大丈夫ですか……?」と、こちらを見ている。
私はそれに頷いた後に、「まぁ、落ち着いて下さい」と、女性をなだめた。
「この子はもうおかしくなったんです! あの頃のフィリップは戻って来ない……」
顔を押さえて女性が泣き出す。
レーナはこの間に飲み物を置き、心配そうな顔をして台所へと消えた。
「(参ったな……)」
と思って隣を見ると、少年もまた女性を見ていた。
しかし、それは息子のものでは無い、汚いものを見るような冷たい顔で、それを見た私は異常を垣間見て、眉根を僅かに寄せるのである。
「(厨二病では無いかもしれないな……)」
そう思い出したのはこの時の事。
自分の設定を出た所では、厨二病患者は意外に普通。
これが私の認識だったが、少年、フィリップは徹底していた。
母親が悲しむ姿を見る目まで、魔王のそれを貫いていたのだ。
これは確かに普通では無い。厨二病とするなら末期的である。
「分かりました」
と、私は言って、治療を引き受ける旨を示す。
「何日か息子さんを預かりましょう。治せるものなら治しますし、原因の一端を探れるかもしれません」
言うと、女性はどうした事か「そ、それはちょっと……」と、困惑したのだ。
しかし、フィリップが「良いじゃないか」と言ったので、「そ、そうね……」と考えを変えたようだった。
何か変だな。と、思いはしたが、この時にはあまり気にしなかった。
「それではよろしくお願いします……あまり、先生に変な事を言わないようにね」
女性は私とフィリップに言い、頭を下げて帰って行った。
入れ替わりでフェネルが遊びに来たので、フィリップの事はフェネルに任せた。
そして、私は仕事をしつつ、彼の様子を見てみる事にした。
フィリップの事で分かった事は、まず、笑わないという事だった。
仕事の合間を縫って見ていたが、彼は一度も笑っておらず、相手をしていたフェネルの方が、気を遣って苦笑いをしていた程だ。
「(やりにくいっす! なんなんすかあの子は!?)」
告げ口をしてくる佞臣よろしく、口元を覆ってフェネルが言ってくる。
「ちょっとした患者だ。お前と同じで」
「いつの間に患者!?」
その言葉にはフェネルは驚くが、すぐにも「どういう事っすか!?」と、怒りを露わに私を追ってきた。
どうやら真人間だと思っていたらしい。新たな発見に少々笑う。
「これから手術だ。向こうで遊んでろ」
そして言って、診察室のドアを閉め、「きぃぃぃ!」と言うあちらからの声を気にせず、手術の準備を進め出した。
「あの患者さんって盲腸炎でしたっけ? てことは盲腸を摘出するんですか?」
手袋をはめつつルニスが聞いてくる。
「いや、盲腸は摘出しない。
盲腸に繋がっている虫垂突起を摘出するという手術だな。
正確には盲腸炎では無くて、虫垂炎と言う病名になる。
虫垂の部分自体は知っているだろう?」
聞くと、ルニスは「はい」と答える。
「なら、今日はやってみるか? 幸い、炎症も軽度のようだし、後学の為にもやっておいた方が良いだろう」
出来ると判断して機会を与えると、ルニスは「ええ!?」と、動揺をした。
私にもそういう時期があったので、ルニスの気持ちは良く分かる。
だが、ルニスも診察だけでなく、次の段階に進んでも良い頃だ。
「大丈夫。ルニスなら出来るさ。私はサポートと指示に回ろう。
適当な事だけはしないようにな」
そう考えた私は言って、ルニスに手術を任せる事にした。
「あ、は、はい……頑張って見ます」
ルニスは「よし! よし!」と言って、自身に気合を入れ続けていた。
サポートに回り、指示をしつつ、ルニスの初の手術を見守る。
やはりは私が思ったように、ルニスの知識は十分だった。
後は経験と長年の勘。
どちらも場数を踏むべきものだが、これらを得られれば独立も出来るだろう。
三時間程で終わる手術は、初めての事もあり四時間後に終了。
「良くやったな」
と、ルニスに言って、診察室に出て手袋を外した。
そこにはなぜかフェネルが座っており、私を見るなり「無理っす!」と言って来た。
「な、何が無理なんだ……?」
「あの子の相手は僕には無理です! だってなんか、凄いムカつくんすよ!!」
困惑して聞くと、怒りを露わに両手を「わなわな」と震わせるのだ。
「お前も大概そんなものだがな……人にやられたら怒りが分かるだろう?」
言うと「なんですと!?」と、ダメージを受ける。
しかし、すぐにも立ち直って「僕とは質が違いますよアレは!」と、応接間の方を指さして言った。
「まぁ、とにかく外に出ようか。患者さんに迷惑だからな」
全身麻酔ならともかくとして、中の患者は腰椎麻酔だ。
近くでギャーギャー喚いて居れば、あまり良い気はしないであろう。
マスクと帽子と前掛けを取り、前掛け以外をゴミ箱に捨てる。
そして、前掛けを壁にかけて、私はフェネルと応接間へ向かった。
「具体的にどんな感じだ? 厨二病という感じなのか?」
歩きながらそう聞くと、「なんすかそれ?」とフェネルは言った。
そこからの説明は面倒なので、「いや、なんでもない……」と会話を打ち切った。
「厨二病ってなんなんすか!? 中学二年にかかる病気っすか!?」
大体合ってる。
しかし大人でも子供であってもそれにはかかる。
故に「大体合ってる」とだけ言い、ソファーに座ったフィリップを見た。
前傾姿勢で手を組んでいる。
どこぞの司令さながらで、およそ十二才のものとは思えない。
「ね? なんか独特ですよね?」
「ああ……」
フェネルに答えて少し歩き、フィリップの前に腰を下ろした。
「俺は……」
「ん?」
何かを言いだしたので耳を傾ける。
「俺はもっと力が欲しい。今の俺はあまりに無力だ。
前世の魔王とまで行かなくて良い。大人に負けない力が欲しい」
これは確かにやりにくい。
フェネルの気持ちが少しは分かる。
それでもなんとか「ど、どうして?」と聞くと、フィリップは「さぁね」と口を歪ませた。
「そ、それじゃ力を手に入れたとして、君は何がしたいんだ?」
ここで諦めるなら預かった意味はない。
故に、私は必死に取りすがり、フィリップの本音を聞き出そうとした。
「世界征服……メス共の奴隷化……それに天界ゲートの封鎖。
人間のオスは皆殺しにするが、お前は面白い男だから、ペットとしてしばらく生かしておいてやるよ」
相当イッている。
もし本気なら、もはや完全に末期的だ。
それには一応「あ、ありがとう」と言い、困惑した私は額を押さえた。
やはりは厨二病か? それとも本気か?
その判断に悩んだからで、この後の対処をどうして行くのかを考え出したからでもあった。
これに本気で付き合っていると、おそらく私も頭が変になる。
かと言って適当な態度で付き合えば、フィリップの本心に触れられないだろう。
どうしたものかと思っていると、フィリップが勝手に話し出した。
「だが、安心すると良い。俺はこの時代では力を取り戻せない。
そういう封印をされてしまったんだ。
だからこそこうして悩んでいる訳だが、お前にとっては幸いな事だな?」
言って、フィリップが「ククク」と笑う。
「ね? やりづらいでしょ?」
というフェネルの言葉に反論する事は出来なかった。
「あー……君は内海で溺れたと聞いたが、その時に中身が入れ替わったのか? それとも、元からそんな感じで、実は隠していただけだったのか?」
その質問にはフィリップは「想像に任せる」と曖昧な事を言う。
「いや、想像が出来んのだ。だから君に聞いて居る」
それをそのままにすると意味が無いので、私は敢えてしつこく聞いた。
フィリップは少し考えたようだが、しばらくしてから、
「前者だ」
とだけ言った。
つまり、中身が入れ替わったという方だ。
「では、その時に本来のフィリップは溺れ死んでしまったと?」
それには「ああ」と答えてくれたので、私は「なるほど」と言葉を返した。
「だいぶ向こうにイっちゃってますよね。友達とか絶対居ないと思う」
それに対しては「お前もな」だが、フェネルの事は一先ず置いておく。
設定なのか、真実なのか。
後者の可能性は殆ど無いが、そこははっきりさせておかなくてはならない。
そうで無いと真実を掴めず、結局は曖昧になってしまうからだ。
「何か、元は魔王だったという、証明できるようなものは無いかな?
地名でも良いし事件でも良い。
年数とかを言ってくれれば、図書館で調べる事も出来る」
それに、ラーシャスと言う存在もある。
六千年位前の事でも、生き字引がいれば心配は無い。
そう思って聞いてみたが、フィリップは首を横に振った。
「この次元の事ではないからな。お前に話しても証明にはならんだろう。
疑うなら疑え。真実は変わらん」
元、魔王でないとしたら最高にムカつく対応である。
自分の子供ならゲンコツを入れるが、人様の子ではそうも行かない。
「あーホントイライラするなぁ……」
「わなわな」と震えてフェネルが言った。
「イライラするのか?」
と、質問すると、「普通はするでしょ!?」と、フェネルは返す。
電撃が走ったのは直後の事だ。
「(これは使えるかな……)」
そう思った私は、フィリップへの質問を止める事にした。
「フェネル。お前も医者になりたいんだったな?
ならば少し研修をしてみるか?」
そして、後ろに立っているフェネルに向かってそう言って見た。
「は? まぁ、それはなりたいですけど、なんでこのタイミング?」
当然の疑問だと私も思う。私自身、今思いついたのだ。
「ではフィリップの事は全て任せる。
二日ほど付きっきりで診察をしてやれ。
見事、フィリップを矯正できたら、正式に助手として認めてやろう。
後はそうだな、もしレッドが出たら、その時はタダでくれてやるよ」
「ええ!? なんすかそれぇ!?
ていうか今まで助手じゃなかったの!?」
そこの部分には「まぁな」と言って、私はソファーから立ち上がる。
そして、フェネルに「頼んだぞ」と言って、左手で肩を叩くのである。
フィリップが厨二病かそうでないか。
それは一先ず置く事にした。
フィリップの言動を目にする事による、フェネルの性格の矯正が、私の今の目的となったのだ。
世の中には反面教師という言葉があるように、悪い事を目にして分かる事もある。
こんな事をされたらムカつく。こういう事を言われると傷つく。
そういう事が理解出来れば、フェネルもきっと今よりはマシになれると考えたのだ。
「ああ、暴力は禁止だからな。投げっぱなしにするのも駄目だ。
レーナにもルニスにも話しておくから、陰でこっそりしようとしても無駄だぞ?」
「どんだけ縛りゲー!?」
そうは行ったがフェネルは一応、私の試練を受ける気らしい。
よっぽど医者になりたいのかと、私は感心していたのだが……
「まぁ、レッドを貰う為だし、一生に一度位は頑張ってみるかなぁ……」
そんな言葉が聞こえてきた為に、私はがっくりと頭を垂れるのだ。
その日の夜から診察は始まった。
食卓についての「いただきます!」から、「ご馳走様でした!」に至るまでを、フェネルはフィリップに付きっ切りになって教えた。
が、全てを無視されてしまい、フェネルは「むきぃぃ!」と悔しがっていた。
勿論、フェネルは大抵の場合、普段は何も言わずに食べる。
診察……というか矯正の為だから、今日はそれを口にしただけだ。
実に良い感じだ、と私は思う。
この調子で「フェネルが」矯正出来れば、私としては言う事は無い。
春休みという事もあり、フェネルはその日我が家に泊まった。
眠る際にもわざとらしく、私達に向かって「おやすみなさい!」と言ったが、フィリップはそれを横から眺めて、「ふっ」とほくそ笑んだだけであった。
「言う事きけやあああ!!?」
と、少しキレたが、私が「おい!」と叱ると沈黙し、すぐにも「聞いて下さいね♡」と、下から目線の注意に切り替えた。
「実に愉快だ。実に楽しい」
しかし、フィリップの返答はそれで、聞いたフェネルは「ああああ!!?」と悶絶。
「寝ます……」
と、一言「ぽそり」と言って、与えられた客間に歩いて行った。
そして翌朝。
八時頃に、フェネルとフィリップが応接間にやってくる。
「おはようございます!」
というフェネルの声に、私とルニスとレーナが答える。
しかしながらフィリップは、やはりは「にやにや」と微笑んでいるだけ。
「朝の挨拶は人としての基本です!」
という、フェネルの説教には私達も吹いた。
「(良く言うな……)」
「(他人事だと分かるんですかね?)」
私とレーナが「ひそひそ」と言い、聞いたルニスが「ははっ」と笑う。
幸いにもフェネルには届かなかったようで、「手強いぜぁぁぁ!!」と言いながら、フィリップと共に洗面所に向かった。
「現状でどう思う? あの子はやはり厨二病だろうか?」
ルニスとレーナ二人に向けて、何とはなしに質問してみる。
「うーん……どうですかねぇ……僕には演技には見えないんですけど」
こちらはルニス。言った後にコーヒーを飲む。
「わたしは普通だと思いますよ。状況を楽しんでいるだけじゃないですか?」
これはレーナ。言いながらにも、食卓の上に料理を置いていた。
「うーん……そうか、いや、ありがとう」
あまり参考にはならなかったが、一応二人に礼を言う。
私としては七・三で、魔王を装っているただの子だと思っていた。
食卓から離れ、様子を探りに行く。
「ちょっと! 使ったタオルは戻しちゃ駄目でしょ!
使ったタオルはこっちのザルの中! 他の人が使ったら不快になるでしょうが!」
やってるやってる、と、思いつつ、洗面所の近くで足を止める。
「他人がどう思おうが、俺には全く関係が無い。
自分さえ良ければ問題ないだろう?」
まるでどこかの誰かさんだが、これはフィリップの発言である。
これにはどう対応するのか。興味津々で耳を澄ませる。
「ま、まぁ、そうなんだけどさ……」
おぉぉぉぉい!? そこは納得しちゃダメだろ!
しっかり叱っておかないと駄目だろぅ!?
そう思った私はドアを開けて、洗面所の中に入ろうとした。
が。
「いや! それじゃ駄目なんだ! きっとそれじゃ駄目なんだ!
だって僕イラッとしたもん! 君の発言にイラッとしたもん!」
なんとフェネルは自分で気付き、駄目だと言う事を理解したのだ。
成長している。凄いスピードで。
フィリップの存在に感謝する所大である。
なんか涙が出て来そうになる。このまま良い子になってくれフェネル。
「だからこれは先生に、「顔洗って来なさいよ」って渡して上げて下さい。そしたら先生がザルに入れるから」
「それは違うだろ!?」
願いは届かず、フェネルは言った。
流石に言ってドアを開けると、二人は「あ」と、同時に言って、フェネルが直後に言い訳をした。
「いや、これは悪い例で、ちゃんとした対処はこれからですねぇ……」
それには「嘘つけ!」と言葉を返し、フェネルも「くっ」と唇を噛む。
「良い所まで行っていたのに、なんでそこで踏み外すんだ……
まぁ良い。引き続き、診察を行うように」
そう言って二人を食卓に向かわせる。
その際にフィリップが笑っていたので、私は眉毛を「ぴくり」と動かした。
笑うのだな、と、純粋に思ったのである。
食事が終わるとフェネル達は、裏庭に出て何かを始めた。
「これからマラソンを行いますが、その前に体をほぐします。
僕の動きに続いて下さい」
どうやら準備体操を行うらしい。
私は引き戸の前に立って、コーヒーを片手にそれを見守った。
「先生の背後に回った上で、浣腸をかます前の前振りのような運動~」
そう言いながら両手を回す。
「(なんだそりゃ……)」
と、思う私は、渋い表情でそれを見ていた。
「おっ」
意外にも、フィリップが続いている。
言う事を聞くようになってきたか。
そう思っているとフィリップは、フェネルの尻に浣腸をかました。
「キャアアアアアアアアア!?」
女の子のような悲鳴を発し、フェネルの体が数センチ浮く。
直後には真っ赤な顔になって、「何をっ! 何をされるのですかチミは!」と、謎の口調でフィリップを叱った。
叱られたフィリップは知らん顔で、指の先をズボンで拭いており、それを見たフェネルは「汚くないから!僕の肛門からはホイップしか出てこないから!」と、気色の悪い言い訳をしていた。
「(やはり駄目か、フィリップの方は……)」
そう思いつつコーヒーを飲む。
それからルニスと仕事に励み、昼食前に様子を見てみた。
「違う違う! それはカウンターでしか出せないんだって。説明ちゃんと読みなさいよ」
二人は中立マンバトルをしており、フェネルが何やら「ギャーギャー」言っていた。
「フィリップのデッキは?」
と、ルニスに聞くと、「レーナさんのじゃないですか?」と返してくれた。
「ああ、じゃあ勝ち目はないな」
言うと、ルニスは「ええ……」と苦笑する。
五十枚中四十三枚がキャラクターカードのレーナのデッキでは、素人のフィリップに勝ち目は無かった。
「ヒャホウ! 僕の圧勝だね! フィリップもまぁ、頑張ったけど、まだまだ足元にも及ばない感じぃ?」
一戦が終わり、フェネルが勝ち誇る。
一方のフィリップは「だいたい分かった」と、負けたと言うのに余裕の顔だ。
「え? 何? 強がりなのそれは? もう一戦する? 粉々になっちゃうよ?」
おそらくはだがプライド的な何かが。
「良いだろう。さっさと用意しろ」
しかし、フィリップはそれを受けて、再戦の準備を整え出した。
聞いたフェネルは「無謀なりぃ!」と言い、手早く準備を整えて行く。
「(容赦無いな……)」
と、思いつつ、フェネルの隣のソファーに座る。
ルニスも興味があるのであろう、反対のフィリップの隣に座った。
準備が終わり、戦いが始まる。
「あれあれぇ? さっきと変わらないなぁ? 僕ちんの部隊が快進撃だよぉぉ!?」
破竹の進撃を続けつつ、フェネルが余裕の表情で言う。
確かにフェネルは勝っているが、倒した敵が今の所はザコばかりの点が私は気になった。
「局地的な勝ちはくれてやるさ」
フィリップが言って、部隊を動かす。
キャラクターカードの多さを生かして、多面作戦をとっているようだ。
「はい撃破ー! はい論破ー!」
フェネルはひたすら本拠地を目指す。
自慢のユニットに敵は無かったが、いつの間にやら包囲をされていた。
「まずいんじゃないか?」
忠告してやるが、フェネルは「大丈夫っすよ!」と強気な態度だ。
構わず本拠地に突き進み、包囲の壁は更に厚くなる。
「ま、いざとなったらこういう風に」
部隊を動かし戦闘を仕掛ける。
フィリップの部隊はザコばかりで、フェネルの部隊に損害は無い。
「(だが、撃破は出来なかったな。まさかぎりぎりに調整しているのか……)」
その為にフェネルの部隊は進めず、元の地形に押し戻された。
その間にフィリップの別働隊はフェネルの本拠地を目指しており、それがオープンされた時に、フェネルは「やべっ!」と声を上げるのだ。
それはフィリップ――と言うよりは、レーナが組み込んでいた精鋭部隊で、フェネルの精鋭を使わなければ勝ちは難しい部隊であった。
「ちいっ、ここまで来て戻る羽目になるとは!」
後退の為に部隊を動かし、フィリップの部隊と戦いになる。
しかし、やはりはギリギリで勝てず、フェネルの部隊は元へと戻った。
それは数回繰り返されたが、フェネルの精鋭部隊はどうしても、フィリップの包囲を破れなかった。
結果。フェネルの本拠地落ち負け。
精鋭部隊はその一ヶ所に釘づけのままで試合は終わった。
「アリエナインデスケドー!!?」
そうは言うが負けは負けだ。
「戦術の基礎から学び直してくるが良い」
言われたフェネルは「くやちいいい!!」と、頭を抱えて悶絶していた。
粉々になったのはフィリップでは無く、フェネルのプライドだったようだ。
「レーナのデッキで勝つとはな……いやはや、本当に大したものだ」
「ですねぇ。レーナさんのデッキって勢いはあるけど、基本的にはカモネギですからね」
私が言って、ルニスが笑う。
その後には私も「ハハハ」と笑ったが、背後に立っていたレーナに気付き、笑った顔のままで青ざめるのだ。
「ええ、まぁ、そうですね。どうせ私はカモネギですけど」
そして一言、そう言って、レーナは「つーん」として戻って行った。
「ちがっ! 違う! 違うんだレーナ! 私が笑った理由は別にあってだな……!」
「あーあ……もう先生とは戦ってくれませんよ」
私が言って、フェネルが言った。
それでは困ると思った私は、ソファーから立って少し歩いた。
「先生の恋もこれで終わりだー」
「大丈夫、僕が慰めてあげますから!」
フェネルとルニスが好き勝手に言う。
「あいつはあの女が好きなのか?」
と聞く、フィリップには「そうだよ」と二人して言っていた。
「(勝手な事を言ってくれる!)」
しかし、否定は出来ない私は、それを放置して謝罪に行った。
結果としては許して貰えたが、その後の昼食の私のスープは、見るからに他より量が少なく、具も殆ど入って居なかった。
「先生、街に行って来ても良いですか? フィリップがカードを買いたいって言うんです」
それは十五時の休憩の時に、フェネルが私に言ってきたものだった。
フィリップの事は任せてあるので、私はそれに「ああ」と答える。
しかし、責任者は私であるので、二人の買い物に同行をした。
買出しに行くと言うレーナも加わり、四人で歩いて街へと向かう。
まず赴いたのはおもちゃ屋で、それからレーナの買い物に付き合った。
「おい! エライ事になったらしいぞ!」
肉屋で買い物をしていた時に、一人の男の声が聞こえた。
大きな声で何かを言いつつ、市場の中を駆け抜けている。
耳を澄ますと「闘技場」だの「危ないから逃げろ」だのという声が聞こえる。
「どういう事だ?」
と、レーナに聞くも、当然ながら「さぁ?」と返される。
「すみません、何かあったんですか?」
仕方が無いので一人を捕まえ、騒ぎの理由を聞いてみた。
すると女性は「エライ事よ!」と言い、その上で理由を教えてくれたのだ。
「闘技場の闘牛が逃げたらしいのよ!
自警団が捕まえようとしているらしいけど、まだ捕まっていないんですって! あなた達も早くどこかに隠れなさい!」
女性はそう言って走って行った。
買い物をしていた他の者達も、我先にとどこかへ走って逃げている。
「とりあえず、フォックスの医院にでも逃げよう」
そう言ってレーナに振り向いた時、フェネルとフィリップの姿は無かった。
「フェネルとフィリップは!?」
「え!? さっきまでは居ましたけど!?」
私の言葉でレーナも気付く。
二人で周囲を探ってみたが、逃走の人込みに紛れてしまったか、フェネル達の姿は発見できない。
「牛とは言え訓練をされた牛だ! 子供位ならひとたまりもないぞ!」
「探しましょう!」
私が言って、レーナが言った。
すぐにもレーナが走り出したので、私は別の方向へと走った。
周辺の者にも伝わっているのか、通りの上には誰も居ない。
建物の中から見る者は居たので、「子供を見ませんでしたか!?」と声をかけてみた。
返って来た答えは「さぁ……?」というもの。
同じように聞いて回り、少しずつ闘技場に近付いて行く。
「ああ、さっき、あっちに走って行ったよ。でも、一人だったけどなぁ?」
ある雑貨屋の男の言葉だ。
「すみません! 助かりました!」
礼を言ってそちらに向かうと、空き地のような所に出た。
土管が一本転がっている、ごくごく平凡な空き地である。
「ヘエエエルプ!!」
そこに居たのがフェネルと牛だった。
幸か不幸か出会ってしまい、そこに追い詰められてしまったのだ。
フェネルは土管を背にしてへたり、牛は現在後ろ足を動かし、突撃のスキを伺っている。
こちらとの距離は十m弱。
近寄ると刺激を与えるかと思い、私は右手に魔法を生み出した。
「遅かったか!」
しかし、それは一歩遅く、牛は猛烈な突撃を始めた。
「ままよ!」
それでも電撃の球を放つが、牛には当たらず木に命中した。
「いやああああ! 死にたくないれすうう!!!」
フェネルが両手を交差させた。
最後の抵抗の防御だろうが、そんなものは紙くず同然だ。
私も走り、次弾を作ったが、到底それには間に合いそうに無い。
「フェネル!! かわせ!!」
フェネルが生き延びるにはそれしかない。
そのまま防御し続けるより、回避を試みる方がいくらかマシである。
「ひいいいいい!! ダメ元だオラああ!!!」
フェネルにもそれが分かったのだろう、防御を解いて右に飛び退く。
牛は土管にぶち当たり、それを破壊して方向を変えた。
「なんて奴だ! だがしかし!」
走りながら魔法を放つ。
それは牛に命中したが、悲しい事によろめいただけ。
闘牛なのだから仕方が無いと直後に言い訳する自分が寂しい。
「なあっ?!」
直後に牛は目標を変更。こちらに向いて後ろ足を動かす。
驚いた私は急ブレーキをかけ、意味も無くファイティングポーズを取った。
「なんだぁ……手荒い起こし方だなぁ……」
土煙の中から声が聞こえる。
牛もそれに気付いたようで、「ブモッ?!」と鳴いて後ろを向いた。
「牛? ほう、こいつはうまそうだ」
土煙の中に立っていたのは、土管に住んでいたヒョウセツだった。
両手の指を「パキポキ」と鳴らし、余裕の表情で牛に近付く。
「ブモォォォ!」
力の差が分からなかったか、一声鳴いて牛が突っ込む。
「ふん!」
しかし、それはあっさりと、奥義の必要もなく掌で止められ、続く、持ち上げるようなパンチを貰い、牛はあえなく命を散らした。
「差し入れか? 感謝いたす!」
ヒョウセツが言って、牛を落とす。
直後には薪を積み始め、焚き火の用意に取り掛かった。
「……一体何がしたかったんだ? フィリップはどうした?」
それを横目にフェネルと合流し、無謀の理由を質問してみる。
「い、いや、フィリップが肝試しをしようって言いだして、もし、牛を捕まえられたら、言う事を全部聞いてやるって言うから……」
口車に乗って暴走をした。
と、つまり、そう言う訳なのだろう。
「どれだけ心配をかけたと思っている……それで、フィリップは?」
「えっと、別の所に行っちゃいました。
でも、僕の方に来ちゃった訳だから、大丈夫だとは思いますよ」
牛を見ながらフェネルが言った。
こうなってみれば災難は牛だが、闘技場に居たとしても、いずれは失う命である。
それならば誰かに食べて貰えた方が、少しは命が救われるのかもしれない。
「ヒョウセツ。ありがとう。助かったよ」
一応言って空き地を後にする。
聞いたヒョウセツは「ああ?」とは言ったが、事情は分かってなさそうだった。
「おい! 向こうにも一匹居たってよ! 大変な事になってるらしいぞ!」
男性が言いつつ走って行った。
「ふっとばされたって話じゃねーか!」
と、友人らしき男が続き、先の男性を追って行く。
嫌な予感と言う物がする。
「もう一匹居たのか……! 行くぞフェネル!」
言った後に彼らに続き、居住区部分の大通りに出た。
そこには人が集まっており、何かを見つめて騒いでいた。
「可哀想に……」
という声が聞こえたので、人込みをかき分けて中心部へ踏み入った。
「レーナ!? それにフィリップも!」
幸いにもフィリップは無事だった。吹き飛ばされたのは牛の方らしい。
おそらくレーナがやったのだろう、今は建物の壁にめり込み、妙な体勢で固まっている。
「無事だったのか……」
と、息を吐くと、フィリップが「ふっ」と鼻で笑った。
余裕の表情だ。怖くは無いらしい。
七・三の比率が五・五になったのはその表情を見た直後の事だ。
「どういう事ですか?」
「ああ、実はな……」
レーナに聞かれ、私が答える。
レーナは「そうですか」と言った後に、フィリップの正面に向き直った。
直後に響く乾いた音。
レーナがフィリップの頬をぶったのだ。
「いぃ!?」
突然の事に私が驚き、フェネルも「えぇ!?」と疑問した。
「反省してるの? あなたのせいで沢山の人に迷惑をかけたのよ?
フェネル君だって危なかった。悪い事をしたのよ? 理解をして」
ぶたれたフィリップは不満な顔で、レーナの事を「じっ」と見ていた。
理解はしているのかもしれないが、少なくとも反省はしていない顔だ。
「!?」
しかし、そんな表情が崩れる。
レーナがフィリップを抱きしめたからだ。
慈愛の女神。そう例えるに相応しいような行動である。
「それに、あなたも危なかった。無事でよかった。本当に……」
抱きしめられたフィリップは、最初はどうにもうろたえていた。
しかし、やがては両目を閉じて、レーナの抱擁に身を委ねたのである。
意外な事が判明した。
フィリップが全てを話してくれたのだ。
過去に自分が魔王であった。
この部分はあくまで譲らなかったが、私が全く予想していなかった衝撃の事実を話してくれた。
それによるとフィリップは、やはりはあの時(溺れた時)死んでいた。
しかし、それは事故では無くて、自分の意思によるものだったらしい。
つまり、入水自殺である。
なぜ、そんな事をしなければならなかったか。
それは母親に原因があった。
母親、名をフィノラというらしいが、このフィノラには癖があった。
可愛いと思うもの、愛しいものに、暴力で愛情を示してしまうのだ。
以前のフィリップはこれに怯え、暴力を恐れたが為に従順にしていた。
お母さん、と呼んでいた理由は、そうしないとフィノラが怒ったからなのだ。
しかし、ついに耐えきれなくなり、以前のフィリップは命を断った。
そこからのフィリップが今の彼で、性格が変わってしまった為に、フィノラもフィリップに関わらないようになった。
それでもたまに暴力を奮ったが、フィリップは黙って耐えていたのだそうだ。
今のフィリップが母親を「お前」と呼ぶ理由はそこにあり、何も知らない父親を「貴様」と呼ぶ理由はそこにあったらしい。
「普通の人間だ。あいつの方は。
好きでも、嫌いでもないけどな。
だが、養って貰って居る以上、貴様と呼ぶ他に呼び名は無いだろう」
フィリップはそう言って「ふっ」と笑った。
貴様、という言葉は実の所、人を見下げた言葉では無い。
様、が下についているように、あなたさま、という意味で、貴様と呼んでいる訳なのだ。
つまり、フィリップはフィリップなりに、父親には敬意を示していた訳だ。
全てを聞いた私は逆に、フィリップを連れて彼らを訪ねた。
そして、父親に全てを話し、母親を遠ざけて貰うようにしたのだ。
「そうですか……そんな事に……
分かりました。
今は無理ですが、いずれはフィノラと別れようと思います。
フィリップは私が引き取って、全ての愛情を注いで育てます。
ありがとうございました。イアン先生……」
フィリップの父はそう言って、私に深々と頭を下げた。
見る限りでは人の良さそうな人物だ。フィリップの言葉を信じるのなら、この人は本当に何も知らないのだろう。
「あの女、レーナと言ったか。あいつはお前には勿体無い女だ。
大事にしてやれ。
でなければ、俺が将来迎えに行くぞ」
別れ際にフィリップは言い、私の肝を「ひやり」とさせた。
「大事にするさ……」
と、一応言ったが、そうなるまでが問題ではある。
後日、フェネルへの褒美の為に、中立マンカードを五セット買った。
中に何が入って居ようと、プレゼントとしてやるという約束で。
「(最近はヒキが悪いからな。どうせ戦闘員しか入ってないだろう)」
そんな事を思ってニヤついていたが、
「ぬほおおおお!!?」
と、フェネルが奇声を上げたので、私は小さく飛び上がるのだ。
「ど、どうした!? 何が入ってた!?」
「レッド! レッド! レッドですよ!!
ほら! 純然たる中立マンレッドですよ!!」
聞くと、フェネルはそう言って、その場で激しく駆け足をした。
「(ツイてなかったな……ここで来たか……)」
しかしながら約束は約束。
「良かったな……」
と言ってやり、残念さに少し息を吐く。
「はぎゃああああ!!?!」
続けざまの奇声である。
「今度はどうした!?」
と、質問すると、「でぃ、Dが……Dがデマシタ……っ!!!」と言い、フェネルはその場に倒れたのである。
握られているカードを見ると、確かに「司令D」とある。
「宝くじでも買った方が良かったな……」
そうは思うが約束は約束。
「良かったなフェネル……両方揃って……ッ……!」
と、震え声で私は言ったのである。
気絶している間に没収し、「ん?夢だろう?」と言うイアン。
「なんだ夢かぁ☆」と納得し、「そんなうまい話がある訳無いですよね」と、現実に戻るフェネルであった。




