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エリ・レナdebut

 三月三十一日の朝。

 二人の患者が我が家を訪ねた。


 時刻は九時三十八分。

 開院まではあと少しだが、それを早めて彼らを受け入れる。

 患者の性別は男女が一人ずつ。

 男の年齢が二十五くらいで、女の年齢は二十前後だ。


 髪の色は黒と緑。

 女性の唇は白色だったが、これはおそらく白のリップを塗った為だと考えられる。

 どちらも変わった服装……というか、素性を隠すような恰好をしており、招き入れた直後の私は「危ないかな……」と、少し警戒したものだった。


「それで、今日はどうしましたか?」


 しかしながら患者は患者。椅子に座って右手を伸ばす。

 座って下さいという意味であり、それが分かった二人の内の女性の方が腰を下ろす。


 一方の男はその脇に立ち、診察室の中を見回す。

 そして、その後に「実は……」と言って、訪ねて来た理由を話し出した。


「彼女の喉がおかしいのです。

 以前ほどの声が出ないと言うか、どうにもキレが悪いと言うか……

 今はまだ大丈夫なのですが、いずれは声が出なくなるんじゃないかと、彼女自身も心配なようで、とにかく一度診て貰おうと、人間の医者を訪ねたのです」


 なんだかどこかで聞いた声だ。言うなれば妙にねちっこい声である。

 サングラスで顔は良く分からないが、どことなく見覚えがあるような気がする。

 だが、現時点ではそこは問題では無いので、「どうでしたか?」と結果を促した。


「分からない、という事でした。

 喉を使い過ぎたのではないか、という医者も居るには居ましたが、かと言って黙って居ても治らないしで、結果としてこちらを訪ねて見ました」

「なるほど……」


 一言を返して女性に目をやる。こちらの方には見覚えは無い。

 怪しむような視線で居たので、一応の苦笑いを見せて置く。


「わかりました。とりあえず診てみましょう」


 女性に言って引き出しを開ける。

 兎にも角にもまずは診察だ。


「(ん……?)」


 しかし、本来あるべき場所に舌圧子という道具が発見できない。

 舌を押さえる為の道具だが、本来の場所に無かったのである。

 何処に行ったかと探した結果、別の引き出しで発見された。

 ルニスに任せっきりであったのが、こうなってしまった主な原因だ。

 悪いのは私自身であるので、ルニスには何も責任は無い。


「お待たせしました」


 一言謝って女性に向かう。

 あちらの反応は何も無い。


「口を開けて貰えますか?」


 鏡棒きょうぼうは本来の場所にあったので、それを左手に女性に言った。

 女性はまずは男性を見て、頷かれた後にマスクを取った。

 それから顔をこちらに向けて、白い唇を上下に動かす。

 艶めかしい口。濡れた口内。

 興奮した時期も一時期あったが、それには流石にもう慣れた。


「それでは失礼」


 冷静に言って、棒を突き入れて彼女の舌を軽く押す。

 綺麗な歯だなと思いはしたが、入口周辺には異常は無いので、更に奥へと動かしてみた。


「エホッ! オヘエ!」


 気持ちが悪いのだろう女性がえづく。


「もうちょっとだけ我慢してくださいー」


 と言い、見える部分を入念に調べた。


 結果としては異状無し。

 太めの内視鏡も挿入して見たが、ポリープ等も見られなかったし、声帯の調子も良好だった。


「分かりませんか……?」


と、男が言うので、「現時点ではなんとも……」と正直に言う。


「もしかしたら気持ち的な問題かもしれません。

 何か悩みとか、気になる事とか、言わばストレスが原因という事も、あり得る事はあり得ますが」


 続けた言葉は憶測だったが、可能性としてはあり得る事だ。


「何かあるのかい?」


 と、男が聞いたが、女性は首を横に振った。


「一応、カルテを作っておきますので、お名前を教えて頂けますか?」


 再度の来院に備えて聞くと、男女は揃って顔を見合わせた。

「どうする?」と、暗に言っている顔だ。


「あー……男性の名前でも構いませんが」


 何か理由があるのだと思い、気を利かせてそう言って見る。

 すると、男性は「キーンと言います」と、聞き覚えのある名前を口にしたのだ。

 いつだったかは忘れたが、かなり前に聞いた気がする。


「どこかでお会いしませんでしたか……?」


 名前を書きつつ訊ねて見ると、気まずそうに「ええ……」と言い、サングラスとマスクを取った上で、「お久しぶりです……」と頭を下げたのだ。

 なんというか、ねちっこい顔だ。魔法でチクチクと攻撃して来そうな奴である。


「ああ!!」


 思い出したのはその時だった。

 とある理由で戦争を起こした一味の内の一人であったのだ。

 ゴーレムを操る能力に長け、同時にヒカリちゃんの大ファンだった。

 その後の消息は不明であったが、どうやら一応生きていたらしい。


「当時は失礼を致しました……

 あれからわたくし猛反省をして、真っ当な道に戻りました。

 今はこういう事をしています」


 言って、両手で名刺を出してくる。

 同じように両手で受けて、名刺に書かれていた文字を読んだ。


 プロダクションHIKARI所属。

 マネージャーリーダー キーン・リューベック


「プロダクションHIKARI? まさか、あの、ヒカリちゃんの!?」


 驚いて言うと、「ええ…」と答える。

 なんだか少し照れ臭そうだが、同時に少し嬉しそうでもある。


「という事はこの人は……?」


 続けて聞くとキーンは頷き、「ヒカリちゃん、その人です」と私に言った。


 アイドルきたああああ!? と、叫びかけ、大人の私がそれを止める。

 結果として「ア!!」で止まっていたが、幸いアホには見られなかった。


 こうして見るとアイドルらしい。

 なんかこう、輝いて見える。

 今まではそうでも無かったが、そうだと聞くと不思議に見える。

 正体が判明した為だろう、女性、改めヒカリちゃんが微笑む。

 それから少し頭を下げたので、私も慌てて頭を下げた。


「今日、ここを訪ねた事は、申し訳ないですが黙って居てくれますか?

 ライブが近いという事もあり、色々と支障が出てきかねませんので」


 キーンの言葉に黙って頷く。

 それはそうだ。

 彼女の周りでは大量の金が動いているし、変な噂が広まって、ライブが延期にでもなってしまえば、損害もきっとハンパではないだろう。


 いちファンとしても「病院に行った」等と聞けば、それは勿論心配になる。

 つまり、広めて良い事等は何一つとして無いのである。


「もし、何か理由が分かったら、ここを訪ねて来て下さい。

 関係者カードを渡しておきますので、追い払われるという事は無いでしょう」


 キーンは最後にそう言って、私に赤色のカードを出した。


 特スタ ライブ関係者


 と、書かれている四角いカードである。


「分かりました。その時には」


 訪ねる事は無いかもしれないが、念の為にとそれを受け取る。

 そして、二人は頭を下げて、代金を置いて帰って行った。


「(フェネルに教えたらなんと言うかな?)」


 渡されたカードをポケットにしまい、立ち上がりながら私は微笑んだ。




「センセー、今度の日曜って暇ですか?」


 その日の夕方。

 我が家にやってきたフェネルが私に聞いて来た。


 その時の私は休憩中だったので、ソファーに座って漫画を見ていた。

 中立マンの七巻の、「散れ!ピンク!愛の名の元に!」と言う、少々アツめの回だった為に、妨害をされて気分を害する。

 しかし、黙って居ては酷くなるので、「まぁ、それなりにはな」と言葉を返した。


「じゃあライブに行きませんか? ヒカリちゃんの復活ライブ。

 ディザン王国のシバルムで日曜日の夜にやるんですよ」

「あ、ああ……そうだな、考えておこう」


 フェネルの言葉にそう答え、壁にかけてあるカレンダーを見る。

 来月部分の小さな欄では、日曜までは四日とあった。

 あの状態ではキツイかもしれない。

 直らなかったら大損害だろう。


「なんかあるんすか?」

「あー……まぁ」


 聞かれた為に曖昧にしておく。

 中止の可能性があるかもしれないぞ? とは、流石に口に出来ないからだ。


「というか、チケットなんかは買ったのか?

 ヒカリちゃんのライブなら売り切れ必至だろう?」


 本を置いてそう言うと、フェネルは「そうですね」と言葉を返した。


「だから当日の朝から並ぶんですよ」


 そして、続けてそう言って、私を「は?」と疑問させるのだ。

 並ぶ理由が分からない。買えなかったのなら諦めるしかないだろう。

 

「いや、だから買えなかったんです。正直な所ナメてたんです。

 なんだかんだで中立マンの人気を、僕は完全にナメていたんです……」


 正面に座り、フェネルが落ち込む。

 選挙に敗れた立候補者さながらで、見ていてなんか心苦しい。

 買えなかった事は良く分かったが、ならばなぜ、並ぶのだろうか。


「そんな僕の最後の望みが、キャンセル待ちの当日販売なんです!

 一生の一度の事ですよこれは! 協力してくださいよお師匠様ぁ!!」

「ええい! 寄るな! 暑苦しい!」


 なるほど。並ぶ理由は分かった。

 だが、正直暑苦しかったので、飛びかかって来たフェネルを右手で押し退けた。


「普段はセンセーとか言ってる癖に、こういう時だけお師匠様か……」

「まぁ、人間なんてそんなもんですよ」


 達観している。呆れるほどに。

「普段から尊敬してるじゃないですか!」とか、慌てて言えば可愛い物を。


「そうだな……まぁ、中止にならなければ、別に協力してやっても良い。

 だからもうギャーギャー騒ぐな」


 おそらく受けるまでは騒ぎ続けるだろう。

 そう思った私は諦めて、座ったフェネルにそう言った。

 そして、再び漫画を開く。

 ピンクが敵の攻撃を受け、「ああんっ!」という悲鳴を上げる。

 それを見たブラックが「ボルテージ・アアアップ!」と言い、崖から飛び降りて来るシーンだった。


「中止にならなければ? って、どういう事ですか?」


 ページをめくりかけた右手が止まる。


「(しまった……)」


 とは思うが顔には出さない。

 フェネルは「ちょっと」と言った後に、右手で漫画を「ぐい」と下げた。


「センセー、なんか隠してないっすか?

 センセー嘘をついてるときって、鼻に血管が浮くんですよねー」

「そ、そんなまさか、嘘なんてついてないさ」


 言いながら、鼻を触る。


「ほらあ! それ嘘ついてる証拠でしょうがぁ!?

 ちょっと、正直に言いなさいよ! 漫画の通りだよ呆れたよ!」


 やられたと思うがもはや手遅れ。

 顔を逸らして耐えていたが、どうにもこのまま逃げ切れそうにない。


「じ、実はな……」


 と、理由を言うと、フェネルは「マジですか!?」と、まずは驚いた。


「じゃあ早く治して上げないと!

 全国八十四億のファンが、ヒカリちゃんのライブを待ってるんですよ!」


 そして、それからそう言って、私を「う、うむ……」と唸らせるのだ。


「八十四億は突っ込む所!」


 面倒臭いのでそこは無視。フェネルは随分と不満顔だ。


「とにかくもう一度行きましょうよ!

 何ですか、そのフリーダムとかで、自由に出入り出来るんですよね?」

「フリーパスな……」


 意味は大体合っているが、そこは一応突っ込んだ。


「それそれ、そのフリーパス。それで自由に入れるんですよね!?」


 その言葉には「ああ……」と言う。

 フェネルは「ヒャッホウ!」と喜んだ後に、「明日の朝来ますから!」と言って消えた。

 言うべきでは無かったか、と、後悔するが、まさに後の祭りである。


「(どうせ行くなら調べて行くか……)」


 観念した私はそう思い、患者の居ない診察室に行く。

 そして、ルニスに協力してもらって、過去のカルテを洗い出してみた。

 結果として分かった事は、現時点ではやはりおかしくない事。

 声が出にくい理由があるなら、内的にでは無く外的な要因があるのではないかという結論につく。


「(アイドルにも色々とあるだろうからな。

 やはり、ストレスが原因だと思うが……)」


 そうは思うが道具をまとめ、外診の形を一応整える。

 そして、ルニスにはここで話し、外出の理由を伝えて置いた。


「サイン貰って来て下さいね! ルニスさんへ♡ ってちゃんと名前付きで!」


 意外にもミーハーだったルニスに「ああ……」と答えを返し、私は再び応接間に行き、ソファーに座って続きを読みだした。




 翌日の朝八時頃に、フェネルはエリスと一緒にやってきた。


「こ、こんな事滅多に無いし、少し位は自慢になるでしょ!」


 と、エリスは強気な態度を見せたが、アイドルに会えるという事に、本心ではそれなりに嬉しそうではあった。


 アンブレー家の姉弟に、レーナを加えて街へと向かう。

 それから馬車を調達し、南のディザン王国を目指した。


 馬車はそれから六時間後の、十四時前にはシバルムに着き、住民達に道を聞いて、ライブ会場の場所を知る。

 そこは街の郊外の、森に程近い一画であり、多くのテントが張ってある中で、労働者達が急ピッチで会場の建設を進めていた。


「あ!? もう並んでる!?」


 フェネルが不意に声を上げ、全員が声の先を見た。

 方向的には左前方。

 そこには大きなテントがあって、四人位の男性が入口の前で座り込んでいた。


 全員が全員、疲れた顔をして、寝袋を抱えて「ぼーっ」としている。

 食料等も見られる事から、彼らが労働者達では無く、チケット待ちのファンである事が、私の頭でも理解が出来た。


「気合入ってるわねー……あんたが来る頃には、もっと沢山並んでたんじゃない?」


 エリスが言ってフェネルに向かう。

 言われたフェネルは「ゾっとしますわい!」と、態度も言葉もおっさん臭い。


「おい! 邪魔だ! 何ボーッと突っ立ってんだ!」


 労働者の一人に言われ、私が謝って道を空ける。

 どうやらかなり忙しそうなので、目的を果たす為に辺りを見回した。


「見た所、一番大きいのは、やっぱりあそこのテントみたいですね。行って見ますか?」


 同じ目的で見ていたのだろう、レーナが横から私に言ってくる。

 それへの答えは勿論「そうだな」で、直後には私とレーナは歩いた。


「何人くらい集まるんだろ?」

「さぁ? 千人位じゃない?」


 フェネルとエリスも話しつつ、私とレーナの後ろに続く。

 大きなテントの前に到着。


「……」


 並んでいた人達が「じろり」と見てきた。

 別に抜かそうという訳では無いので、私は一応頭を下げる。

 それから入口の布を持って、顔だけを入れて中を見る。


「ああ駄目駄目! 中を見ちゃ駄目よ!」


 と、直後には女性が走って来たので、一歩下がって彼女を待った。

 現れたのは二十代後半の、いかにもスタッフという身なりの女性で、「困りますよー」等と言われた為に、私は例のカードを見せた。


「と、特スタの人!? し、失礼しました!

 マネージャー達はあちらのテントなので、すみませんがあちらを訪ねてくれますか!?」


 コネの力恐るべし。

 あっという間に態度が変わり、女性スタッフが場所を示す。

 そこは、ここから五十mばかり離れた先にある青い色のテントであった。


「どうもすみません」


 一言言って頭を下げる。

 その際に「ちらり」と首を見ると、黄色のカードが下げられていた。


 音響 ライブ関係者 とある。


 どういう仕事か不明であるが、スタッフである事は間違いないらしい。


「いえいえ!」


 と、女性が頭を下げたので、「では」と言ってから足を動かした。


「凄い掌返しでしたね……結構エラい人が持つカードなんですかね?」


 横に並んでレーナが言ってくる。


「の、ようだな」


 と、短く答え、「ふっ」と笑って見せて置いた。


 少し歩いて青いテントに到着。

 右手の奥にステージが見えたので、小さな声で「おぉ」と唸った。


「結構デカイっすね! 前座があったら先生の腹話術を披露して下さいよ!」

「そんな得意技は持ってないが……」


 過去に一度でも見せた事があったか。

 フェネルの無理にはそう答え、テントの入口の布をめくる。


「痛いっ! ちょっと! どこ見てんのよ!」


 直後に現れた女性とぶつかり、私は一歩を後退させた。

 相手の女性が転んだようなので、すぐにもすみませんと頭を下げる。


「全く! ろくなスタッフじゃないわね!」


 女性が怒り、立ち上がる。

 髪の毛の色は薄い茶色。頭頂部から髪先にかけ、紫の線が七本程見える。

 年齢ならば二十代前半の、美人であるが何となく気の強そうな女性である。

 両耳には剣を模したような十センチほどのピアスが見られ、そこの部分が私個人は一番印象的であった。


「ほら、道を空けなさいよ!」

「ど、どうもすみませんでした」


 もう一度謝って道を空ける。

 女性は「フン」と最後に言って、そのままどこかへ歩いて行った。

 気は強いが悪くない。怒られたのになんだか心地よい。


「うーん……」


 女性の背中を「じっ」と見ていたレーナが不思議そうに小さく唸る。


「どうした?」


 と、軽く聞くと、


「なんかちょっと、変な感じが……」


 という、訳の分からない事を言う。


「変な感じ……?」


 意味が分からないので、眉根を下げて私が呟いた。


「ああ! イアンさん!」


 そんな声が聞こえて来なければ、レーナにもっと追及しただろう。

 声の元はテントの中からで、主はマネージャーのキーンであった。


「どうぞ! 入って下さい!」


 と、すぐにも中へと招いてくれたので、私達は遠慮なく中へと入った。


「少々連れが多くなってしまいました」


 言うと、キーンは「ははは」と笑い、レーナの存在にすぐに気付いた。


「ああ……その際にはご迷惑をおかけしました」


 謝罪をされてレーナも気付く。


「いえいえ、こちらこそ……」


 と、謝る所は、私と違って謙虚だと思う。


 テントの中はそこそこ広く、中には他にも六人ほどが居た。

 何かの打ち合わせをしていたようなので、退出するべきか少し迷う。


「先生達はどうぞこちらへ」


 が、キーンがそう言ってくれ、


「すまないが少し中断だ。ヒカリ以外は外に出て、気分転換でもして来ると良い」


 と、スタッフを外に出してくれたので、私は彼らに礼をしながら、ヒカリちゃんの元へと近付いて行ったのだ。


「スゲェェェー! 本物のヒカリちゃんだ!

 思っていたより歳取ってるけど、本物はやっぱり輝いてますよ!」


 一言多い。歳の事はアイドルに取っては特に禁句だ。

 フェネルの頭を「ぱん」と叩くと、エリスの蹴りも同時に炸裂。


「いたあ!?」


 結果としてフェネルは頭と尻を同時に押さえる事になった。


「ふふっ」


 その様子を見たヒカリちゃんが笑う。

 さぞや怒るだろうと思っていたが、これは意外な反応である。

 しかし、それはキーンの言った「何か分かりましたか?」という質問で消えた。


「いえ、正直な所は何も。詳しく知る為に来たという次第です」


 正直に答えて反応を見る。

 キーンは「そうですか……」と落胆して答え、ヒカリちゃんは若干顔色を曇らせた。


「……実は、マズい状況でして、ライブの中止も考えています。

 ヒカリの喉だけでも治ってくれれば、なんとか続行は出来るのですが」


 それはキーンの言葉であった。


「マズい状況とは?」


 と、突っ込んで聞くと、「外部には漏らさないで欲しいのですが」と、条件を付けた上でキーンは話した。


「ヘルプのユニットにドタキャンをされ、かなりの尺が余ってしまうんです。

 彼女達には一時間の枠があり、それを見越したスケジュールだったんですが、このままではヒカリが一人でやる事になり、状態的にも、体力的にも、無理は出来ないという事で……」


 つまり、ヒカリちゃんの休憩及び、衣装を着替える時間等、それらの間を繋ぐユニットが来られなくなってしまったという事なのだろう。

 確かに間が出来てしまえば、興奮は冷めるし、暇を持て余す。

 何よりヒカリちゃんも疲れてしまうし、そうなると良い声も出せなくなるだはずだ。


「まさに、泣きっ面に蜂という奴です……

 多少可愛くて歌が歌えれば、代わりになると言えばなるんですが、多少と言ってもなかなか居ないのが……」


 言いかけて、キーンの動きが止まる。

 視線の先はレーナとエリスだ。


「な、何ですか……?」

「何よ……何なのよ……!?」


 正直言って不気味な顔だ。女性達には直視はキツイ。

 それに加えて「が」のままで、口が固まっているという所も大きく、彼女らの困惑も理解が出来る。


「可愛いですね……彼女達……」


 やっとの事で言葉を発す。

 聞いた二人は「いぃ!?」と言って、苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。


「いや、これは、これは可愛い。ヒカリはどうだ? 可愛いと思うよね?」


 キーンが聞いてヒカリちゃんが頷く。

 こちらの方にはレーナもエリスも「そんな……」と、少々嬉しそうだった。

 顔が全て、とは言わないが、多少は影響するという事がはっきり分かる瞬間である。


「よし! じゃあそれで決まりだ!

 これからレッスンを開始すれば、それなりのものには仕上がるだろう!

 なんとかなった! 後は喉だけだ!」


「よしよしよし!」と呟きながら、何かを決めてキーンが動く。

レーナとエリスは「何が!? 何が!?」と、動揺しながら彼を見ていた。


 二人はこの後、説得をされ、ライブを繋げるユニットとして、四日間のレッスンをする事になる。

 ユニット名はエリスとレーナで、


 エリ・レナ という事に決定された。


 残された問題はあと一つ。

 ヒカリちゃんの喉の事だけである。


 エリスとレーナ、そしてキーンが居なくなった後に私は聞いてみる。

 本当にストレス等は無いのか。という、外的要因を探る質問だ。

 すると、ヒカリちゃんはかすれた声で、


「脅迫状が……届いた事がありました。

 復活ライブは絶対にするなって。

 もし、それでもするつもりなら、全力で妨害をしてやるって。

 もしかしたらその事が、ストレスになっているのかもしれません」


 と、本当の事を話してくれたのだ。


「その、脅迫状は今でもありますか?」


 言うと、ヒカリちゃんは「こくり」と頷いた。

 そして、引き出しの一つを開けて、私にそれを見せてくれたのだ。

 確かにヒカリちゃんの言ったような事が、その脅迫状には書かれてあった。


「あの時のようにうまくはいかないぞ……?」


 ある一文が引っかかり、言葉に出してそれを言う。


「あの時ってなんすか?」


 と、フェネルが言ったので、顔を見合わせて首をひねる。


「心当たりはありますか?」


 念の為にと本人に聞くも、ヒカリちゃんは首を横に振る。


「預かっても良いですか?」


 という質問にはヒカリちゃんは頷いてくれた。


「あの時、と言う事は今より前の事だろう。

 少し、新聞でも調べてみようと思う。

 お前はどうする? ついてくるか?」

「ついていきます! お腹が減って来たから!」


 不純な理由だな、と思いつつ、私はそれを笑って受けた。

 それから「二人を頼みます」と言って、私はフェネルと街へと向かった。




 街に着いて食事を済ませ、私とフェネルは本屋へ向かった。

 向かった理由は図書館が無いからで、それでも本屋ならある程度の情報誌もあると思ったからだ。


 大通りを曲がりって小道に入ると、そこには小さな本屋があった。

 食事処で聞いた話では、この街にはここしか本屋が無いらしく、無駄足かなと思いはするが、ダメ元で私は中へと入った。


「せまっ!」


 続いたフェネルの第一声はそれ。

 私とフェネルが並べない程、本屋の中は狭かった。


「(やはり無駄足だな……)」


 とは思うものの、万が一という事もある。

 一応の体で奥へと進み、店主の老人に質問してみた。

 つまり、古い新聞や、情報誌が無いかという事をである。


「古い新聞なぁ……おーい、母さん、古い新聞あるかーぃ?」


 店主が言って奥へと消える。

 なんだか迷惑をかけているような、微妙な気持ちで戻るのを待つ。


「先生先生、これ買って」


 フェネルに袖を引っ張られたので、「ん?」と言ってその本を見てみた。


 研ぎ澄まされる刃。寝取られ妻編。もうお前とは居られない。


 それが本のタイトルだったので、「駄目だ!」と言って押し返した。


「なんでぇ!? こんなの安いじゃないですかぁ……

 十リーブルですよ十リーブル! 買うのが駄目なら貸して下さいよ!」

「とにかく駄目だ! それは駄目なんだ!

 他のモノなら買ってやるから、それだけはとにかく諦めてくれ!」


 言うと、フェネルは「ちぇっ」と言いつつ、握っていた本を棚へと戻した。

 値段では無く内容が問題。

 それがフェネルに分かったかは謎だが、私はひとまず息を吐く。

 そこへ、店主が戻って来たので、視線を上げて顔を見る。


「飛び飛びだけどあるにはあるよ。多分一年分位かな。

 見たいなら奥に入るとええよ」

「そうですか。しかし、良いのですか? 訳の分からない連中を上げて?」


 聞くと、店主は「構わんさ」と言った。


「あんた悪そうには見えんからな。それに、どうにも強くなさそうじゃ。

 いざとなったらワシらでも勝てるじゃろ」


 そこの部分には苦笑いして、私は好意に甘える事にした。


「先生これ! これなら良いでしょ!」


 フェネルが言って何かを差し出す。


 タイトルは「つらみ」。おどろおどろしい文字である。


 どういう内容かは不明であるが、約束した手前それを買ってやる。

 フェネルは「イェーイ!」と喜んでいたが、一ページめくるなり「え……」と絶句。

 以降はテンションは急降下させて行く。


「じゃあすみません。お邪魔します」


 フェネルと共に奥へと上がり、居間のような所に到着。


「まぁ、ゆっくりして行ってくださいな」


 と、老婆に飲み物を渡されたので、「すみません」と、深々と頭を下げた。


 新聞は一ヶ所にまとめられ、紐で縛って置いてあった。

 私はそれを紐解いて、少しずつ新聞を読み進めて行った。

 狙うものは芸能関係の、ヒカリちゃんにまつわる事柄だけである。

 第三者が見て「うまく行っている事」を発見できればヒントになるはずだ。


「先生辛いっす……この本辛いっす……」

「じゃあ手伝え……」


 そう言ってきたフェネルに言って、上半分を抱えて少し移動する。

 フェネルも「つらみ」には辟易なのだろう、その本を置いて新聞を見始めた。


「え? ヒカリちゃん関係だけで良いんですか?」


 その言葉には「ああ」と言う。

 フェネルは「へーい」と言葉を返し、「ぺらぺら」と新聞をめくり出した。


「ギャハハ! つまんねーオチ!」


 四コマ漫画で笑っているらしい。


「そこは飛ばせ!」


 と一言叱るとフェネルは作業を再開させた。

 それから一時間位が経っただろうか。

「あ」と、フェネルが小さく言った。


「どうした?」

「中立マンイメージガールのオーディションの記事が載ってますよ」


 聞くと、フェネルがそう言ったので、首を伸ばしてそこを覗く。

 新聞の日付はほぼ一年前。

 去年の三月四日の事だ。


「随分早くに決まっていたんだな」


 そう言いながら記事を読む。


『中立マンイメージガールは、スターライトプロダクションの新人ヒカリちゃんに大決定!


「レッドのような生きざまに憧れます!」


 が、作者と審査員の心を掴む!

 同オーディションに参加していたナナちゃんは残念ながらも落選。


「正直、漫画なんて読まないんで」


 が、作者と審査員の気分を害したか!?』



「まぁ、害すな……」


 特に作者はキレなかっただけエライ。

 一言言って首を戻し、「ナナちゃんとは?」と、フェネルに聞いた。


「割と売れてたアイドルらしいですよ。

 スターライトプロダクションていうとこの先輩だったみたいです」


 年齢に見合わない知識である。ちょっとだけだがフェネルを見直す。


「良く知ってるな?」

「いや、だって下に書いてるし」


 良く見てみると書いてあった。

 見直した事を取り消して、下に書かれた紹介を見る。


SPスターライトプロナナ。年齢二十二(自己申告)。

 卓越した歌唱力とダンスでファンを魅了し続ける。

 舞台、ニュートラルにも出演し、舞台女優の才を示したばかり。

 最近の趣味は錬金術で、オカルトに対しても造詣が深い。

 同プロダクションに所属しているヒカリとは初の争奪戦となる。』



「確かにまんま書いているな……」

「だから言ったでしょ。ボクウソツカナーイ」


 フェネルのボケを放置して、自分の持っている新聞に戻る。


「ボクウソツカナーイ」


 と、もう一度言ったので、一応「ハイハイ……」と返してやった。


「扱いが雑!」


 一言言って、フェネルも自分の新聞を見る。

 そこからも数十分粘って見たが、得られた情報は特に無かった。

 新聞をまとめ、縛り直し、気持ちの銀貨を置いて立つ。

 そして、「お世話になりました!」と言って、店主が待って居る店内へと向かった。


「すみません。お邪魔しました」


 店主に言って頭を下げる。

 一方のフェネルが棒立ちだったので、右手を使って無理矢理下げさせる。


「おや、もうお帰りかい? 何かあったらまた来るとええ」


 その言葉には「はい」と言って、私とフェネルは店を後にした。


「そう言えばお前、本はどうした?」


 ふと見ると、フェネルが本を持って居ない。

 ごねるので買ってやった「つらみ」という本だ。


「あれを全て読んだとしたら、僕が僕でなくなる気がして……」


 それがフェネルの回答だったので、私は「そうか……」と許してやった。

 まぁ、相当に辛かったのだろう。


 懐中時計を開いてみると十七時少しを指していた。


「とりあえず戻るか?」


 と、フェネルに言って、私は再びライブ会場へと向かった。




 エライ事になっていた。

 第一はレーナとエリスが可愛い。

 第二はヒカリちゃんの声がついに出なくなってしまったという事だ。


 第一については衣装服やら、メイクやらの結果であったが、第二は理由が分からないので、キーンも私も相当焦った。

 唯一、フェネルは「ホケー」としていたが、これは姉の変わり身に、動揺しすぎた為だと思われた。


「どうすんのよロリノッポ! これじゃ私達がこんなカッコして、必死で練習している意味が無いじゃない!」


 青い、フリフリの衣装を着たままで、やる気のエリスが私を問いただす。

 一方のレーナは赤い衣装を着ており、若干恥ずかしげにこちらを見ていた。

 はっきり言ってエリスもレーナも、ヒカリちゃんに負けていない程に可愛く、特に、エリスの変わりっぷりには、私も妙に「ドキドキ」していた。


「何か言いなさいよ! あんた医者でしょ!?」


 背中を叩かれて我に返る。


 もっとお願いします! と、言いかけて、「もっと、もだ!」と強引に切り替える。


「しかし理由が分からんのではな……

 数時間前までは大丈夫だったのに、そんなに急に変わるものか……?」


 腕を組んでヒカリちゃんを見る。

 椅子に座るヒカリちゃんは、あまりの事に「ぼうっ」としている。

 マネージャーのキーンの方は「どうしたものか」と繰り返し、テントの中をうろうろしていた。


「あの、もしかして、なんですけど……

 それって呪いか何かじゃないですか?」


 遠慮がちにレーナが言った。

 私が見ると「びくり」とし、衣装を震わせてなぜか身構える。

 あまり見るな、という事と受け取り、私は敢えて視線を逸らした。


「呪い、か……しかし誰が? 脅迫状を送った奴が……」


 言いかけて、言って良かった事なのかと気付く。

 キーンが立ち止まり、頷いた事を見て、私は再び言葉を続けた。


「脅迫状が……送られていたんだが、これの犯人がやっている事なのか?」

「どうでしょう……でも、本当に病気じゃないのなら、そういう可能性もありえますよね?」


 私の言葉にレーナが続く。

 それには「確かに」と言う他に無く、別の線を直後に考える。


「ヒカリちゃんに心当たりは無いの? 誰かに呪われる心当たり」


 私に向かってフェネルが言った。

 方向が違うだろ。と言いたい所だが、フェネルに代わって質問してみる。

 ヒカリちゃんは地面を見たまま、首を小さく横に振った。


「(まぁ、分かって居たら苦労はせんな……)」

「ともかくこの事は内密に。ギリギリまでは粘って見ましょう」


 キーンの言葉で解散となり、私とフェネルは街へと向かった。

 キーンが事務所の金を使って、街に宿屋を借りてくれたのだ。


 エリスとレーナはレッスンをして、それから宿屋に戻って来るらしい。

 幸いにも春休みであった事が、フェネルの幸運で私の不運だ。


「しかし呪いか……

 こうなると、その線も考えた方が良いのかもしれんな……」


 街への道で私が呟く。

 聞いて居るフェネルは「ですねー」と、殆ど適当に返している感じだ。


「アイドルとなると敵も多いだろう。オーディションなんかで落選した子達からも、下手をしたら恨まれかねんしな」

「ですねー」


 本当に適当だがまぁ、構わない。

 一人で「ぶつぶつ」言うよりはましだ。


「そういえば先輩のナナちゃんだったか? あの子はあの後どうなったんだ?」

「ですねー」


 そこは「ですねー」では少し困る。

 ていうかどんだけ聞いてないんだ。


「ちゃんと聞いてるか!?」


 と、問いただすと、フェネルは「良く知ってるな、ってとこまでは」と言ってきた。


「本屋の中までか!?」


 逆に言えばそこからは私の話など聞いて無かった訳だ。

 流石に叫び、一歩を下がり、そこであるものを見かけた為に、私はそちらに顔を向けた。


 最初にテントを訪ねた際に、ぶつかってしまった女性である。

 現在の位置は私の右手、小川を挟んだ向こう側で、通りを真っ直ぐ進んだ後に、十字路を右に選んで消えた。


「まーた女の人見てる。先生はどこまでもハングリーさんだニャァ……」

「いや、そう言う訳じゃないが……なんとなく気になるな……

 お前は先に帰って居ろ」


 フェネルに言って走り出す。消えた女性を追う為である。


「ちょっ! 待って下さいよ!」


 と、フェネルがすぐにも追って来たので、「帰れと言っている!」と、声を荒げた。

 しかしながらフェネルは戻らず、私の後ろを追跡してくる。

 いずれは追い付けなくなるだろうと思い、それを放置して女性を追った。


 通りを走り、十字路を曲がる。

 後ろ姿がまだ見えたので、少しだけ走って早足に切り替えた。


 目の前の女性が左に曲がった。建物の間の細い路地だ。


「なんなんすか先生! そんなに好みの人だったんですか!?」


 なんだかんだで追い付かれてしまう。

 子供に追いつかれる私の脚って……


「だから、違うと言っているだろう……」


 まぁ途中で歩いたりしたから。

 自分に対する慰めを忘れず、女性が入った路地へと向かった。

 洗濯物が渡されている、少し薄暗い路地だった。


「(さて、これからどうするか……)」


 女性は一応見えていたが、そこからの行動に少し迷う。

 気になったから話しかけた、では、はっきり言ってナンパである。

 かと言って何も言わずに追跡し続ければ、これはもうストーカーだ。


「(参ったな……)」


 と、思っていると、女性が右の暗闇に消えた。

 ここまで来たなら追うしかないと曲がった直後に異変は訪れた。


「(何だ!? これは……!?)」


 手足が痺れて喋れなくなったのだ。

 後ろのフェネルも「びくんびくん」している。


「悔しいっ!」


 と、一言言ったが、何が悔しいのかはイマイチ謎だ。


「ぐああっ……!!」


 痺れが酷くなり、意識が遠のく。


「何者じゃ、こやつは?」

「さぁ……」


 老婆の声と女性の声が、この時点での最後の記憶となった。




 再び意識を取り戻したのは、薄暗い一室での中での事だ。

 手足を縛られて、部屋の隅にフェネルと共に転がされていたのだ。


 なんとか起き上がって周囲を見ると、近くに大きな釜が見えた。

 私とフェネルが入ったとしても、まだ二人分は余裕があるだろう。

 その近くには台があり、何かの肉片がこびりついている。

 遠くには竈と階段が見えたが、人の姿は現在は無いようだ。


「おい、フェネル。大丈夫かフェネル?」


 縛られている為に胡坐はかけない。

 やむをえず体操座りのようになり、右に転がるフェネルに言って見る。


「う……うーん……?」


 現状、声は返せないようだが、フェネルも一応生きてはいるらしい。

 そこの部分に一先ず安心し、どういう事かと考えを巡らせた。


「だから、殺す必要は無いって言ってるの! 多分、ただのストーカーよ」

「じゃが、もう連れてきてしもうたしな。気の毒とは思うが秘密を守る為じゃよ」


 女性と老婆の声が聞こえる。二人はすぐにも階段に現れた。


 老婆の方は八十才前後。

 群青色のローブを着こみ、フードで頭を覆っている。

 鼻は鷲鼻で目つきも悪く、さながら魔女のようにも見える。


 一方の女性は二十代前半の、私が追っていた人物だった。


「おや。もう気付いたか。半人半魔は耐性が違うのう」


 こちらに気付いた老婆が笑う。

 女性の方は「しまった」と言わんばかりの表情である。

 老婆は半人半魔と言った。

 私の正体を見抜いているのだ。


「どういう事なんだ! これは一体!」


 聞くと、老婆は「ふほほ」と笑い、


「知る必要は無い。お前さん達は、じきに死んでしまうのじゃからな」


 と、口の端を歪めてそう言ってきた。

 冗談では無い。意味が分からない。

 どうせ死ぬなら理由くらいは知りたい。


「殺しちゃ駄目だって言ってるでしょ!? それじゃ第一に話が違うわ!」


 そう思っていると女性が言って、老婆の正面で両手を広げた。

 老婆は「ちっ」と舌打ちをして、腰に差していた杖を握る。


「ならば契約解除と行こうかの? 指図はするなと言って置いたはずじゃで!」


 そして、突き出して魔力を放出。


「きゃああっ!!?」


 気の塊のような何かがぶつかり、女性がこちらに吹き飛んで来た。


「もののついでじゃ。お前さんも、おいしいスープに変えてやろうか」


 老婆の言葉に杖が輝く。

 直後にはどこからかロープが飛んできて、女性の手足を器用に縛る。


「ひっひっひっ、子供の心臓♪ 半魔の脳♪ ぐつぐつ煮込んでスープにしよう♪ 女の体は細かく切って、ハンバーグにでもしておいしくいただこう♪」


 さながら歌を歌うように、老婆は呟いて隣室に行く。

 普通では無い。かと言って魔物でも無いようだ。

 頭のイカれた老婆、という所か。


「ちょっと……あんた……」


 苦しそうに女性が言った。どうやら意識があるらしい。

「じりじり」とこちらに這い寄って来ながら、私に向かって言葉を続ける。


「私の耳にピアスがあるでしょ……材質自体は剣と同じなの。

 これを使ってロープを切りなさい……」

「しかしそれでは……」


 耳たぶが切れてしまう。

 ピアスを耳につけたままで、器用にロープを切る事等出来ない。


「分かってるわよ……そんな事……

 良いから早く! 死にたくないでしょ!」


 頭を上げて女性が言った。

 すでに覚悟は決まっているようだ。


「すみません……!」


 私の方も覚悟を決めて、一言言って背中を向けた。

 それから後ろ手でピアスを握り、彼女の耳からピアスを引き千切る。

 ぶちっ、という感覚。気持ちの良い物では無い。


「っつ!!!」


 当然の痛みに女性が苦悶する。

 その忍耐に答える為に、私は急いでロープを切った。


「大丈夫ですか?」


 それからすぐに女性に向かう。


「大丈夫よ……迷惑をかけてごめんなさいね……」


 どうやら何かを勘違いしているらしい。

 だが、現時点では余裕が無いので、素性の説明は後回しにした。


「よし」


 女性の手足の拘束を解く。

 続けてフェネルのロープを切って、背中に担いで立ち上がる。


「かあああああ!!!」


 老婆が戻ったのはその時の事。直後に訳の分からない奇声を発す。

 そして、すぐにも魔法を発射。

 皿や包丁が吹き飛ぶ様を見ながら、身を低くして釜の裏に隠れた。


「私がおとりになるわ! 階段から逃げて!」


 女性が言って釜から飛び出す。

 止める暇は全く無かった。


「裏切ったか小娘がぁあ!!」

「先に裏切ったのはあんたでしょ!!」


 魔法がすぐに飛ばされてきたが、女性はそれをかわしたようだ。


「ううん……何ここ……? え? どういう事?」


 最悪の場面でフェネルが気付いた。


「なんすかこれ!? どういう事っすかぁ!?」


 そして、すぐに騒ぎ出し、場の混沌をより深くする。


「私達は捕まった! 今は戦っている!

 死にたくなかったら大人しく従え!」

「ひいっ!? いぇ、イェッサーボス!」


 手短に言うとフェネルは納得し、背中から下りて「どうするんすか!?」と聞いてきた。

 女性はなんとかかわしていたが、劣勢なのは明らかである。


「階段を上がってレーナを呼んできてくれ! 私は彼女と隙を作る!」


 このままで居ると女性がやられる。

 そう思った私は加勢を決意し、フェネルに応援を呼ばせる事にした。


「りょ、了解ですボス!」


 返事を聞いて釜から飛び出す。

 フェネルはその後に反対側から飛び出し、階段を目指して走って行った。


「バカ! あんた何やってんのよ!」

「男として、流石に見捨てられんでしょう!」


 女性に答えつつ魔法を放つ。

 それはあっさりと相殺されたが、フェネルが逃げる時間は稼げた。


「半魔にしてはなんと弱々しい。ワシにとってはありがたいことじゃがな!」


 老婆が笑い、杖を引く。

 そして、それが突き出された直後に白光りする電撃が私達を襲った。


「マズイ!?」

「きゃあっ!?」


 女性の肩を持ち、強引に引き倒す。

 それによって女性はかわせたが、私は直撃を受けてしまった。


「くうっ……がはっ……」


 眩暈がする。痛みはそうでも無い。だが、体中が痙攣をして、全く言う事を聞いてくれない。


「ヒッヒッヒッ……」


 膝を着くと、老婆は笑いつつ、少しずつこちらに近付いて来た。


「(なっ!? バカな!? なぜ逃げていない!?)」


 その後ろにフェネルが見えた。

 パンを引き延ばすような道具を持って、老婆の背後に接近中だ。

 やめろ馬鹿! と思う反面で、フェネルのそれが最後の頼み。


「き、きかんなぁ!!!」


 と、強がって立ち、老婆の注意をこちらに引いた。


「強がるな強がるな。バーバは全てお見通しじゃよ」


 そう言いながらも杖を構える。

 どうやら挑発に乗ってくれたらしい。


「そーれ! 最後のいちげっ……!?」


 そして、それを放とうとした時、老婆の頭に棍がめりこんだ。


「……きいいっ」


 老婆が目を剥いて前に倒れ、背後に立っていたフェネルが見える。


「行こうと思ったんですけどドアが閉まってたんで……」


 なるほどそうか、と、思いつつ、私は再び膝をついた。




 女性の名前はナナと言った。

 そう、ヒカリちゃんと同プロダクションだった、先輩アイドルのナナちゃんである。


 彼女はヒカリちゃんと争奪戦をし、結果としては負けてしまった。

 新人に負けたという事もあり、彼女は相当のショックを受けた。


 そして、偽りの恋愛騒動を広めて、ヒカリちゃんをプロダクションから追放させたのだそうだ。


 暫くの後、ヒカリちゃんは立ち直り、キーンと自分のプロダクションを立ち上げた。

 復活ライブを行って完全復活しようとしたのだ。


 それを聞いたナナは焦り、ライブをなんとかして潰そうと思った。

 その結果としてバーバ・ヤーガという魔女の元を訪ねたのだそうだ。


 つまり、声が出なくなったのは、ナナが目論んだ計画であり、バーバ・ヤーガという魔女の手を借りて、呪いを発動させたという訳だ。

 ヒカリちゃんのテントを訪ねた訳は、彼女の髪の毛を採取する為で、その事によりバーバの呪いが完成したという事らしい。

 全てを私に話したナナは、罪の重さに気付いて泣いた。


「謝れば良い。その気持ちがあるなら。全てをヒカリちゃんにぶつけてみると良い」


 そう言うと、彼女は「そうね……」と言った。

 そして、ヒカリちゃんの元を訪ね、今までの事を詫びたのである。


「先輩……二人でやって行きませんか?

 先輩となら私はもっと、高く翔べると思うんです」


 喉が治ったヒカリちゃんは言い、ナナはそれに力強く頷いた。

 ナナとヒカリ。


 ナナヒカリという名のユニットが誕生した瞬間だった。




 三日後。

 ついにライブが始まった。

 エリスとレーナの前座は好評で、あっという間にファンが出来た。

 エリスの方は踊りがうまく、レーナは異様に歌がうまかった。


「ヒカリとナナ以上ですよこれは……」


 と、マネージャーのキーンが驚いた程である。

 興奮の内にライブは進み、ついに最後の歌となった。


「みんなー! 今日はありがとー!

 いよいよ最後の歌になるけど、ここでビックリカミングアウトでーす!」


 ステージ上のヒカリちゃんが言い、ファン達が「なーにー!!?」と声を返す。

 私はそれをステージ袖で、苦笑いをしながら見守っている。


「なんと! 私とナナちゃんが、ユニットになる事が決定しましたー!

 ナナちゃんどうぞー!」


 ヒカリちゃんの紹介でナナちゃんが現れる。


「うぉー! ナーナーチャーン!!」


 殆どだみ声の歓声だったが、ナナちゃんは笑って手を振って応えた。


「今後はわたし、ナナとヒカリで?」

「ナナヒカリ、というユニットになりまーす!」


 割れんばかりの歓声の中、二人は歌を歌い出す。

 それにはバックコーラスとして、エリスとレーナも加わっている。


「こいつぁイケますよ! がっぽりですよ!

 一儲けしましょうよ! レーナさんと姉さんで!」


 という、フェネルの頭を軽く小突き、私は彼女達の晴れ姿を見ていた。


この回だけでもアニメにならんかな…という位、作者の悲願の回でありました!

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