第198回海リンピック
ちなみにうみりんぴっくと読みます。
途中に図が載っていますが、出来には期待をしないでください…
例のエルフがまたやってきた。
アウラと言う名の女のエルフだ。
前回、前々回と我が家を訪れ、今回で三度目の訪問となる、謎に包まれた女性である。
時刻は朝の五時十八分。一体何事かと思って出た為に、私はまずはため息を吐く。
「ミミズというものをつけたのですが、引き上げた時にはありませんでした。多分、逃げたのだと思うのですが、逃げられないようにするにはどうしたら良いのですか?」
今回訪ねた理由はそれで、聞かされた直後は額を押さえた。
「それは多分、逃げたのでは無く、魚にエサだけを盗られたのですよ……」
しかし、そうしながらも答えると、アウラは「なるほど……」と納得したのだ。
「釣りと言うのは難しいですね……ですが分かりました。もう一度やってみます」
それからそう言って、鉄貨を出してくる。
「あー……良ければ私も手伝いましょうか? 何度も来るのはあなたも手間でしょう?」
それを受けず、そう言うと、アウラは少し考えて「……では、お願い出来ますか」と、受け入れる意思を示したのである。
一日が無駄になる可能性はあるが、こうして何度も来られるよりは良い。
そう思った私は「分かりました」と言って、準備をする為に我が家に入った。
家の中は「しん」としている。レーナもルニスも寝ているからだ。
「(わざわざ起こす必要は無いかな……別に危険は無いだろう)」
どうしたものかと思いはしたが、私はレーナを起こさない事にした。
自室に行って上着を羽織り、机に向かって伝言を書く。
そして、その紙を右手に持って、財布をしまってドアを開けた。
応接間に寄って紙を置く。きっとどちらかが気付いてくれるはずだ。
それから玄関に向かって歩き、アウラと外で再会をした。
「それで、何を釣りたいのですか?」
質問するがそれは無視される。どうしても話したくないようである。
「あー……では、港町レフに行きましょう。エサも、竿も、アドバイスも、全てそこで得られると思うので」
そちらの方には「分かりました」と答えるので、私の疑問は更に深まった。
「(まぁ、その場になれば分かる事だ。追及するのは控えておこう……)」
自分自身の精神の為にも、そうした方が良好である。
そう考えた私は黙り、アウラを連れて街に向かった。
乗合い場には誰も居らず、馬車は私達の貸切だった。
七時に出発し、十時到着を予定して、馬車は街道を走り出す。
「そう言えば誰かと会っていませんでしたか? 連れて行かなくても良いのですか?」
雑談の一環としてそれを聞くと、アウラは「ああ」とまずは言った。
「あれは兄です。別の場所で私と同じような事をしています。アレがどこで釣れるか、私達には全く分かりませんので」
要は手分けをしていると言う事らしい。
アレ、が一体何なのか。それはきっとじきに分かるだろう。
そう考えた私は腕を組み、両目を瞑って体を休めた。
アウラがどうしていたかは不明だが、目を開けた時にはまだ前に居た。
窓から外を見ていたので、私もそれに自然に倣う。
林を抜けて海が見えた。
太陽の光を反射して、海面が「きらきら」と輝いている。
美しい光景だ。
そう思いながら、私は無言で外を見ていた。
そして、馬車はその十数分後に、港町レフの広場に着いた。
街に着いた私達は、開店直後の雑貨屋を訪ねた。
釣竿と餌を手に入れる為だったが、餌は兎も角竿の方が、思っていたより遙かに高かった。
最低でも一万リーブルはしたし、上を見るとキリが無い。
困っていると店の店主は「レンタルしている店もあるよ」と、親切にも私に教えてくれた。
礼を言って場所を聞き、アウラと共にそこに向かう。
場所としては港のようで、波止場の近くにある店らしい。
「ああ、アレだな」
店はあっさりと発見できた。
波止場の近くにはその店しか無かったのだ。
割と小さな店であったが、竿も餌も豊富にあった。
「いらっしゃい。レンタルかい?」
と、店の親父さんが顔を出したので、私がそれに「はい」と答える。
「で、何を釣るつもりだい? 良かったら色々アドバイスするけど?」
気さくな店主がそう言ったので、私はアウラに顔を向けた。
何を釣るのかを知らない為であり、それを知っているのが彼女だけだからだ。
「割と、大きな魚だと思います」
なんじゃそりゃ……と、私が思い、店主もそれを声に出す。
「大きいっつったらマグロなんかかい? それ以上となると竿じゃ無理だよ?」
しかし、すぐにもそう言って、正確な所をアウラに問うた。
「では一番大きな竿で」
「あ、ああ……」
言われた店主が竿を探す。
どこか納得が行っていない様子だが、気持ちは私にも理解が出来る。
「こいつが一番デカイ奴だ。キングマグロだって釣れちまう。まぁ、腕がついていれば、の話という事になるけどね?」
長さはおよそ三m。重さは予測で十キロ程か?
そんな巨大な竿を持ち出し、店主が言ってポーズを決めた。
多分、釣り上げた直後と思われる、割とカッコイイポーズである。
「ではそれで」
「あ、ああ……」
冷淡に言われて店主が凹む。
私自身も「今のは良くない!?」と、思っていただけに少々驚く。
「じゃ、じゃあ半日契約で、前払いで五千リーブルになるけど」
「わかりました」
アウラが店主に料金を渡す。
持っているのは持っているんだな。
つまり、ケチなだけだったんだな。と、見ていた私は密かに思う。
「餌はレンタルが効かないからね。申し訳ないが買い取って欲しい。マグロなんかにゃイカが良いんだが、生憎、今は生きたイカが無くてね。イワシなら生きたのが奥にあるんで、そいつを使う事をお勧めするよ」
「そうですか。それでお願いします」
二人の間でやりとりが進む。
口を挟む事では無いので、そのやりとりを黙って見ていた。
数分後には全てが完了し、私とアウラは波止場に向かう。
デカイ獲物なら海に出ないと、釣れないという事を教えてもらったからだ。
竿は私の肩に担がれ、餌はアウラが下げている。
そんな私達を見つけた老人が、正面から「よたよた」と近づいてきた。
「あ、あんたぁどこに行くんじゃァ? ワシのイカダを使ってみんかね? ああ見えてもあのイカダはな」
「い、いえ、結構です。船を借りますので……」
どこかで目にした老人を振り切り、波止場に泊まっている船へと向かう。
老人はすぐに女性に捕まり、「おじいちゃん駄目でしょ!」と怒られていた。
「知り合いですか?」
アウラに聞かれ、「いえ」と答える。
実際の所は「はい」なのだが、説明するには成り行きが長すぎる。
「ん?」
一人の漁師がこちらに気付いた。どうやら船の持ち主のようだ。
「すみません」
と、声をかけると、作業を止めてこちらを向いた。
「海釣りがしたいのですが、船を貸していただけませんか?」
言うと、漁師は「ああ」と言って、「何が釣りたいんだ?」と私に聞いてきた。
そこはやはり知らない事なので、頭を動かしてアウラに流す。
「おそらくかなり大きいものです」
実に、曖昧な返答である。
「そんなんじゃ分かんねぇよ……」
と、聞いた漁師も困り顔だ。
「何を釣るのかがわかんねぇんじゃ、船をどこに出して良いかが分からねぇ。回遊したいだけなら良いが、本当にそいつを釣り上げたいんなら、出来ればきちんと話して欲しいがね」
まぁ正論だ。と、私も思う。
海の散歩で終わって良いなら、何も言わずに借りるのも良いだろう。
しかし、本当に釣りたいのなら、話して協力を仰ぐべきだ。
何しろ彼らは海に於いては、私達より遙かにエキスパートなのだから。
「……」
アウラもそこは分かっているのか、即答をせずに少し考えた。
「そうですね、わかりました」
そして、やがて決断をして、小さく頷いて言葉を発すのだ。
「実は、リヴァイアサンを釣りたいのです」
その言葉には私と漁師が、同時に「釣れるかッ!!」と声を上げた。
アウラがリヴァイアサンを釣りたい理由は、簡単に言えば「会いたいから」だった。
アウラと兄、アヤの二人には、九千才になる祖父が存在し、遙か昔にリヴァイアサンと再会の約束をして別れたらしい。
仲間だった、と言ったそうだが、どういう事かは全くの不明だ。
兎も角、九千才の祖父の寿命は、あまり長くはないものらしく、人生の終焉を悟った祖父は、孫であるアウラに伝言を託した。
アウラはその伝言をリヴァイアサンに告げる為に、どうにかして会おうとしていたのだそうだ。
「それならそうと言ってくれれば……」
プロウナタウンに向かう馬車で、私が正面のアウラに言った。
「祖父は私達の森の長老でもあります。あまり事を大きくすると、他の森にも伝わりかねません。信用していないという訳では無かったのですが、ギリギリまで隠しておきたかったのです」
そうと聞いては怒れなくもなる。むしろ、そうなら急がなくては、とすら思う。
しかし、一体どうすれば良いのか。
とりあえずの形で戻ろうとしているが、戻って、一体何をすれば良い?
「(やはりラーシャスか……)」
と、一番に思うが、そのすぐ後に別の考えも浮かんだ。
海の事なら海に住む者。居る場所すらも知っているかもしれない。
つまり、マーメイドと言う知り合いが、一応、居るには居ると言う事を、私はここで思い出したのだ。
幸い、彼女らにはひとつ貸しがある。
友達の、友達のメルンを助け、結婚相手を見つけたと言う貸しが。
これを持ち出せばおそらくは「メンドいんで」等と断りはすまい。
「(そうだな、行くだけ行って見るか)」
結論に着いた私は思い、彼女らの入り江を訪ねる事に決めた。
多分それが一番早いだろう。この時の私はそう考えていた。
「あー無理無理。ウチら今超磯なんで」
理由を話した直後の反応は、訳の分からないそんなものだった。
二日をかけて入り江に辿り着き、理由を話した結果がそれだ。
殆どのマーメイドはバレーをしており、そこにも軽く疑問を持ったが、超磯、つまり、超忙しいというその理由も私は気になった。
「何がそんなに超磯なんです?」
と、彼女らの口調に合わせて聞くと、「見りゃ分かんべ?」と言った後に、話していたマーメイドはコート(海面の)に向かった。
そして、「トーホーカイー! オー! エイオエイオ! オー!」と言って、仲間と円陣を組んだのである。
「さっぱり分からんが……」
と、呟くと、マーメイドの一人が岸に上がって来た。
ピンクの髪の美しい娘だ。
確かパンドラとか言う子であったと、私の脳は記憶をしている。
「何がそんなに超磯なんです?」
同じ事をもう一度聞く。
パンドラ、と思われる子は「見りゃ分かんべ?」と言い、砂浜に座ってコートを見つめた。
「いや、正直全くわかりません。理由を教えていただけますか?」
言うと、パンドラは「イアンッちぃ~……」と呆れた。
「海リンピックが七日後だからサ。うちらは今追い込み中なワケ。海リンピックはモチ知ってるよネ?」
それから言って、聞いてきたので、「さぁ……?」と、困り顔でそれに返す。
「イアンッちぃ~……」
先程よりも呆れた顔で、パンドラが言って首を振る。
それから一応教えてくれたので、それが何かを理解出来た。
何やら難解な言葉であったので、私なりに説明をする。
海リンピック。
それはつまり、海辺に住んでいる者達の、五年に一度の祭典らしい。
この世界には西方海と、東方海と言うものがあり、そこに住んでいる海の者達が、競技で得点を競う合う。
それを見るのが海竜王と別名で呼ばれるリヴァイアサンで、彼に冠を貰う事が、海に生きる者達の最高の栄誉であるらしかった。
パンドラ達入り江のマーメイドは、バレーでそれに参加をするようで、七日後に迫った本大会に向け、必死の追い込みをしているという事だ。
「て訳でイアンっちには協力は出来ませーん。どうしてもリヴァっちに会いたいのなら、何かの競技で優勝すれば?」
パンドラは最後にそう言って、メンバーと代わってコートに向かった。
リヴァイアサンが顔を出すのは、競技の勝者に冠を渡す時だけ。
それ以外では居場所が不明な為に、そういう事になってしまうらしい。
「無茶苦茶言うな……」
一言言って、「さて、どうしますか……?」と、アウラに聞いてみる。
しかし、アウラにも考えは無いようで、しばらくの間を入り江で過ごした。
「ヘーイ! キャサりーん! 応援に来たぜー!」
と、誰かが沖に現れたので、顔を向けてそちらを眺める。
そこにはイルカかシャチに乗ったマーマン(半魚人)達が現れており、その内の一人が手を振って、マーメイド達のコートに近付きつつあった。
その数は全部で六人で、両手と両足の間に水かきがあり、顎の下にはエラがあるが、そこを除けば彼らの姿は人間と殆ど同じであった。
ただ、それは流行りなのか、全員が全員モヒカンであり、割と美形の男も居るのに、そこだけはなんだか勿体気がした。
「キャシーの彼氏ジャン。ちょっと追っ払えし」
マーメイドの中の誰かが言って、そこで練習が中断される。
「あっち行けよダミアン! 練習してんだからサ!」
キャシーと思われるマーメイドが言い、マーマン達を遠ざけようとする。
「そんな冷たい事言うなよキャサり~ん! 俺達も練習の隙間を縫って、こうして応援にきたんだからさ~!」
が、ダミアンと呼ばれたマーマンは、それに挫けず尚も接近。
ついにはコートの周りに到達し、仲間と共にコートを囲んだ。
「怪我してもしんねーからな!」
駄目だこりゃ、と思ったのだろう、マーメイド達は練習を再開させた。
「なんだあいつらぁ?」
誰かが言って、マーマン達が見て来る。一応「ぺこり」と頭を下げるが、
「あんだぁ? やんのかオィィ!?」
どういう訳か彼らは爆発。
一体何が気に障ったのか、コートを迂回して近付いて来た。
イルカ? を操って浜辺に上陸し、「ペタペタ」と足音を立てて接近してくる。
「オイ! 俺のキャサりんを見てんじゃねーぞ!!?」
「そ、そんなつもりは……」
直後の言葉がそれだったので、事実を告げたが収まらない。
「オイオイ、マブイ女連れてんじゃねーか? 見ろよこのパイオツを!」
別のマーマンがアウラに気付く。
言葉遣いが若干古いが、おそらく流行りのせいなのだろう。
「ヒュー! たまんねぇなぁ! おい! ネーちゃん俺らと遊ぼうよー!」
一人が言って右手を伸ばす。
「があっ!?」
が、直後にはそのマーマンは、仰向けになって「どうっ」と倒れた。
アウラが手を取ってブン投げたのだ。
「あんだコラァ! ヤンノカコラァ!!?」
どうにもこうにも喧嘩っ早い。髪型が影響しているのだろうか。青筋を浮かべて彼らは怒り、アウラに向かって一気に群がった。
しかし、アウラは彼らの攻撃を紙一重の所で「すっ」とかわし、その反撃で投げ飛ばしたり、足を払ったりして次々と倒した。
「ダミアン様を舐めンなよオラァ!?」
最後のダミアンも腕を取られ、背中を向けられて「ぶん」と投げられる。
ダミアンはそのまま低く飛んで、岩にぶつかって「ずりり……」とずり落ちた。
しかし、どこかを触れたのだろう、「で、デケェ……♡」と幸せそうではあった。
武器を持たないのは変だと思ったが、どうやらこういう事だったらしい。
つまり、アウラは格闘術に長け、生半可な者にはやられないから、普段から丸腰で居るのであろう。
およそ十分後、誤解は解けたが、一つの小さな問題が起こる。
投げ飛ばされたダミアンの右腕が、「ぽっきり」と折れてしまっていたのだ。
それは私が処置しておいたが、彼らの問題はそこでは無かった。
「ヤベェ……ヤベェよ……これじゃショーキョーの人数が足りねぇ……折角ここまで練習してきたのに、戦わずに不戦敗だ……」
彼ら曰く、「ショーキョー」の人数が足りなくなってしまったという事が、深刻で、重大な問題らしかった。
「オメェ、ダミアンと背丈が近ぇな……?」
マーマンの一人が「ぽつり」とそう言った。
「ああ確かに、ちょっとデケェけど、肉付きなんかはそっくりだ」
別のマーマンがそれに加わり、私の腕を「ぎゅっ」と揉む。
「(何だか嫌な予感がするな……)」
そう思った時にはすでに手遅れ。
「おい、ちょっと単車に乗って見ろよ」
と、私は強引に連行されて、岸辺のイルカに乗せられるのである。
「キュー♡」
ダミアンのイルカもなぜか好意的で、私が乗っても暴れなかった。
「いけんべ!? いけんべさぁ!?」
と、盛り上がるマーマン達に、「行けないと思います」とは言えない私であった。
アウラは私の家へと戻った。
戻った、というよりは私の言葉を伝えに行って貰ったというべきか。
ともあれ、私はアウラと別れて、林の中へと連行された。
そして、服を引っぺがされて、ペンキでエラを描かれたのである。
何らかの素材の水かきをつけられ、マーマン達の訓練場に行く。
岩や台がそこかしこに見えているネットに囲まれた海域だった。
そこには一人のマーマンが居て、腕組みをして私を見ていた。
若いマーマン達が教えてくれたので、「ショーキョー」の教官だという事が分かる。
見た目の年齢は五十前後。
右目には大きな切り傷があり、肩や腹にも傷跡がある。
その顔つきは修羅と言って良く、別に怒って居ないのだろうが、女子供ならそれを見ただけで、泣き叫んでしまうような顔をしていた。
「三等兵、貴様の名は?」
第一声がそれである。
は? と、思った私は困惑し、すぐには言葉を発せなかった。
「名は何というかー!!!」
しかし直後に怒鳴りつけられ、「い、イアンです!?」と引きつつ答えた。
「そうか。だが、その名は忘れろ。今日からお前はクソムシ一号だ」
すると、男はそう言って、「分かったな?」と押してくるのだ。
だったら聞くなよ……と、思いつつ、面倒なので「はぁ……」と返す。
「返事はイェッサーだ!!!」
と、怒鳴られたので、一応それに従って置いた。
「それでは教官、後はお願いします! 俺達はあっちで練習してますんで!」
若いマーマンの一人が言って、教官と言われた男が頷く。
若いマーマン達はその後に、岩が沢山ある海域へと向かった。
「それではまず、適性を見る。クソムシ一号、イルカを駆らせみろ」
「は、はぁ……」
正直な所は面倒くさい。
その為に「ノロノロ」と動いていると、「返事は!」という声が教官から飛ばされた。
「イェッサー!!!」
だが、逆らうともっと面倒なので、私は大人しく指示に従う。
「キュー♡」
特に何もしていないのに、イルカは普通に「すいーっ」と駆った。
それを見た教官は「なかなかやるな」と言ったが、何の事やらさっぱりである。
「クソムシ一号、貴様は筋が良い! 新入りにはちと酷かもしれんが、あそこの台を飛び越えて見ろ」
右前方およそ百m。
その位置に浮かんでいる台を指さし、教官が私に指示をした。
「い、イェッサー」
と、一応言うと、イルカが勝手に動き出す。
「ちょぉっ!?」
スピードが一気に上がった為に、イルカから一瞬落ちそうになる。
「がああああ!」
巻き上がる水しぶきを顔に受けつつ、両手で必死に手綱を握る。
水面に潜り、そして飛ぶ。
眼前に広がる海原を見て、私は一瞬、気持ち良いと思った。
「よおおし良いぞ! クソムシ一号! ランクアップだ! クソムシ二号だ!」
「あんまり変わらんな!?」
と、叫びつつ、海面に落下して少し潜る。
それから水上に顔を出すと、教官が「ずざああああっ」と近づいてきた。
良く見ると足元にイルカが居る。
搭乗者と同じく右目に傷跡がある、貫録をもったイルカである。
イルカ同士で「キューキュー」言っていたので、そこはなんだか少し和んだ。
「貴様は大変筋が良い。しばらくはそいつを駆らせて、その身をもってコースを覚えろ。それが出来たらクソムシ三号だ」
言われた為に「イェッサー……」と言い、その口で教官に質問をする。
つまり、「ショーキョーとは何ですか……?」という、根本的なそれである。
「バカ野郎!!」
と、怒鳴りはしたが、教官は一応教えてくれた。
何の事は無い「障害物競走」を短く略しただけのものだった。
具体的にはラーズ公国の西の海域で行うものらしく、六人のチームで小島を横断して、着順を競い合う競技のようだ。
相手は西方海域の「津波」とも言われているチームらしく、いい勝負が出来ると思っていたのだが、ダミアンの脱落で危うくなった。
だから貴様がそれを補え、と、教官はそう続けたのである。
「貴様には天性の資質があるようだ。下手をしたらダミアン以上に出来る奴になるかもしれん。チームの命運は貴様にかかっている。敗北は死と心得て臨め!」
「(いやいや、無理でしょ……)」」
と、思いはしたが、それには一応「イェッサー」と返す。
それから何気なく足元を見て、こちらを見ていたイルカと目が合った。
「キュー」
イルカが鳴いて、尾びれを上げる。
そして、水面を「ぱん」と叩いて、何らかの意思を私に見せた。
「どうやらそいつはやる気のようだ。あとは貴様次第だな」
そんな事を言われた為に、私の中にやる気が生まれる。
リヴァイアサンに会う為には、確かに優勝が近道かもしれない。
ならばやるだけやってみよう。駄目なら駄目で考えれば良い。
この練習を本気で取り組んでみる為に、私は右手で手綱を引いた。
それから六日後に練習は終わり、私達は一路会場へと向かった。
以前に誰かが言っていたように、海リンピックの会場は、ラーズ公国の西に当たる小さな島の近くに出来ていた。
一体どういう仕組みか謎だが、海面が扇状にせりあがっており、それが段々となっている事で、観客達の観覧席となっている。
そして、観覧席の正面には海水を使った大きな枠があり、そこに映像が映される事で、見えない所の競技内容が知らされるようになっているようだった。
会場には現在一万人から、一万五千人程度の観客が居る。勿論、人間は一人も居ないので、全てが海の住人達だ。
入場式が終わり、開会式が終わる。
私は他のメンバーと、教官と共に会場を後にし、水上に作られた海の家で、本番の打ち合わせをしようとしていた。
こちらも作りは謎であるが、海の家には床が張ってあり、「駐車場はこちら」と書かれていた為に、イルカを置いてそこへと上がる。
「イラッシャーセー!」
と、出迎えたのは、頭が魚、下半身が人、という、マーマンとは逆の半魚人で、これには教官が「飲み物を適当に頼む」と言い、私達はそのまま奥へと向かった。
四角いテーブルを少し迂回して、一番奥に教官が座る。
私達はテーブルを囲むように、それぞれ好きに腰を下ろした。
私の右がダミアンで、左がミッツという男。
そして、正面には教官が居て、懐から地図を取り出した所だ。
「さて、それではミーティングと行こう」
言って、教官が地図を広げる。
どうやらレースを行う島の地図を見ながら話し合うらしい。
区間ごとの特色を言い、教官が走者を推薦して行く。
メンバー達も不満が無いようで、それには黙って頷いて行った。
「クソムシ三号にはアンカーをしてもらう。島の間を駆け抜ける大役だ。今の貴様なら十分に果たせる。自信を持て、クソムシ三号」
教官に言われて「イェッサー!」と言う。
この頃には私も完全に毒されており、その対応には違和感を喪失していた。
ちなみに私は特訓の結果、チームで一番速い男になった。
特に、何かをしたわけでは無いが、どう言う訳かイルカがやる気で、私は彼? に引っ張られるような感じで、ただ、背中に乗っていただけだった。
しかし、それでも自信はついたし、海の男らしく肌も焼けた。
現状、小麦色の肌をしているが、それはイコール努力の結果と、私の自信の表れでもある。
「頑張れよイアン! 俺の分まで! 優勝をその手でもぎとってきてくれ!」
ダミアンが私の背中を叩く。
他のメンバーも「頼むぜイアン!」と、メンバーとして頼りにしてくれているようだ。
私は文系で、スポーツ会系では無かったが、こういうノリも悪くは無いな、と、正直思った瞬間だった。
「おそらく敵はハイツを当てて来る。コイツはスピードはそれほどでもないが、恐ろしく凶暴なシャークマン(サメ人間)だ。体当たりに見せかけて、海中に落とそうとしてくるかもしれん。注意は怠るなよ。クソムシ三号」
教官の言葉に「イェッサー!」と言う。
そこで、飲み物が到着したので、ついでに食事という事になる。
食事を終えて外に出て、イルカに乗って会場に向かう。
「キュー」
と、イルカが餌をねだるので、露店に寄って魚を買った。
「第一、第二は西方海の勝ちらしいですよ。もう少しで第三競技のバレーが開始されるとか。東方海にもそろそろ勝ちが欲しいですねぇ……」
露店の店主のイカ人間が言い、私も一応「そうですね」と言った。
バレーと言えばパンドラ達が参加をしている競技である。
餌をやって頭を撫でて、それから水上を「すいーっ」と滑る。
そして、メンバー達に追いついた後に、彼等と共に会場に向かった。
バレーはもう始まっており、激しい攻防が繰り広げられていた。
私達は観客席の十段目位の椅子? に腰かけ、パンドラ達東方海のチームが勝つ為の応援を始めた。
「キャサりぃぃぃぃぃぃん! ナイッシュゥゥゥゥ!!!!」
涎を垂らし、目を血走らせ、ダミアンが必死の応援をする。
そんな応援に励まされたのか、キャサリンというマーメイドは大活躍をし、彼女らのチームは東方海で初の勝利を飾るのである。
「イェェエエエエエ! キャアアアアサリィィィィイン!!!」
気持ちは分かるがうるさすぎだ。
嬉しい事は嬉しいが、私は殆ど苦笑いである。
それから少しすると正面にある枠が消え、何かが「ずおっ」と顔を現した。
直後には皆が頭を下げたので、何者かが現れた事を知った。
全体的の見た目は蛇。
しかし、顔には長い髭と、鋭く伸びたエラがある。
体長はおよそ五十mとラーシャスにも劣らない巨体の持ち主だ。
体の色は白と紫。
基調は白だが所々に紫色のアクセントがある。
切れ長に伸びた目の色は金で、長大な体を巻くようにして、巨大な鎌首を上げようとしていた。
「(海竜王リヴァイアサンか……流石の威厳と貫録だな……)」
彼こそがそう、海の生き物の頂点に立っている海竜王だった。
パンドラ達が一列になり、リヴァイアサンの前で姿勢を正す。
普段はアレな彼女達でも、王に対しては礼儀を尽くすらしい。
「実に見事な試合であった。そなた達の美技と努力に報い、ここに金の冠を授ける」
男の声が会場に響く。重々しく、威厳に満ちた声だ。
口は動いていないようだが、リヴァイアサンが発したものだろう。
金の冠が宙に現れ、マーメイド達の頭の上に右(私から見て)から順に収まって行く。
リヴァイアサンはそれを見てから、静かに姿を消して行った。
後には再び枠が現れ、マーメイド達がこちらに振り向く。
それから「イェーイ!!!」と舌を出して、その上でピースを見せつけてきた。
「イェエエエエエイ!!」
観客達がそれに応える。
流石にそのノリにはついて行けなかったので、私は一人で拍手をしていた。
第四、第五の競技が終わり、いよいよ私達の出番となった。
会場に集まり、挨拶をして、それからそれぞれの場所へと向かう。
私の相手、おそらくハイツは、サメの目を持つサメ人間で、教官が「ちらり」と言ったように、異様に凶暴なようであった。
イルカが遅ければ蹴りつけるし、波しぶきがかかればそれにもキレる。
挙句には「あちいんだよクソが! コロスぞ!」と、太陽にすらキレてしまうような男なので、私は出来るだけ接触を避け、静かに移動をしようとしていた。
「おい」
が、不幸な事に話しかけられ、無視は出来ないので「あ、はい……?」と言う。
するとハイツは「あ、はい、ってナンダヨォォォ!!!?」と、青筋を立てて怒るのである。
足元のイルカが「キュー」と鳴いて、相手のイルカも同様に鳴く。
彼等も彼らで「メンドクセー奴!」とか、「アホですわ」とか言っているのだろう。
そう思ってしまう程に、ハイツは面倒な輩であったのだ。
到着するまでちょいちょい絡まれ、私はその度にハイツにキレられた。
到着をして、待機中にも、ハイツの絡みはちょいちょい続き、私は医者の立場から「もっとカルシウムを取った方が良いですよ」と、つい、アドバイスをしてしまうのである。
言った直後に「しまった……」と思ったが、ハイツの反応は意外なものだった。
「そ、そうか……やっぱおめぇもそう思うか……別れた彼女にも言われたンだよな……」
と、肩を落として落胆し、私を困惑させたのである。
遠くの方で「どおん!」と鳴って、観客達の歓声が聞こえた。
どうやらレースが始まったらしいので、手綱を握って気を引き締めた。
私が受け持つこの区画は、直線であれば一㎞。
しかし、海水が途切れている為に、右に曲がる必要がある。
そして、そこで海中洞窟に入り、出た後に左の直線に戻るのだ。
最後の直線はマングローブが密生して生えている地帯らしく、頭や体が当たらないようにと教官は私に注意をしていた。
それから五分程が経っただろうか。
私達の後方に誰かが現れる。
それは私のチームのミッツと、ハイツのチームのメンバーであり、現時点ではハイツのチームがイルカ五頭分ほどリードをしていた。
「何互角の勝負してんだコラァ! 噛み殺すぞオラア!」
と、ハイツが叫ぶ。
その言葉に危機感を覚えたのだろう、あちらのチームが更にリードする。
「へへっ! 先に行かせてもらうぜ!」
最終的にはイルカ六頭分のリードを持ってハイツが先に駆り出した。
「わりぃ! あとは頼むぜイアン!!」
そして、私がパスを受けて、イルカを駆らせてハイツを追った。
教官が教えてくれたように、スピードは確かにそれ程でも無かった。
しかし、ハイツはイルカを横に振り、私の進路の海面を荒らしていた。
これによって私のイルカは本来出せるスピードが出せず、少しずつ詰めてはいるのであるが、追い抜くまでには至ってなかった。
砂浜が見え、右に曲がる。
すぐにも海中洞窟が見え、息を止めて海面に潜った。
「!?」
直後に迫って来た物は石。
一体どこで手に入れたのか、ハイツが仕掛けていたものらしい。
危うい所でそれをかわし、青光りしている海中を進む。
「ぶほぉ!?」
が、見た事の無い不気味な魚が通り過ぎた為に酸素を漏らした。
私のイルカが「ちらり」と見たので、それには無言で頷いて見せる。
まだ大丈夫、という意思表示だが、どうやら彼には伝わったらしい。
前方に小さな光が見えた。どうやら出口が近いようだ。
ハイツとの距離はイルカ二頭分。
何とか行ける、と、私は思う。
しかし、ハイツはスピードを下げ、いきなり私にぶつかってきた。
体当たりに見せかけた攻撃である。
幸いにも吹き飛びはしなかったものの、私の足はイルカから離れた。
手綱を握る両手の力で、なんとか水流に耐えているだけだ。
殆ど同時に水上に飛び出す。
「あほぉう!?」
イルカの背中で股間を打ったが、どうにか元の体勢を取り戻す。
「クソッ! しつけぇ野郎だな!!」
ハイツがキレて近付いてきた。
体当たりを露骨に仕掛けて来る。
反則じゃないのか!? と、思いはしたが、このまま居てはやられてしまう。
そう思った私は右手を離し、体当たりをしてくるハイツを押しのけた。
「抵抗するんじゃ……ねえっつううのぉぉ!」
私の右手とハイツの左手が、お互いのイルカの上で絡み合う。
それはやがて両手になって、宛ら押し相撲の様相を取る。
「ふんぎぎぎぎぎ!!!」
おそらく酷い表情だったろう、全力を出して押し返したが、力の差は歴然だ。
私がついに右足を折り、イルカの上に片膝をついた。
「勝負あったな!!」
ハイツがにやりと笑った直後。
「がはあっ!?」
「うごほっ!?」
私達の体に枝がぶつかった。
そう、マングローブの枝である。
お互いの方に向いていた為に、正面に注意が回らなかったのだ。
当然ながら私達は吹き飛び、海面の上に放り投げられた。
操者を失った私のイルカが、少し駆ってこちらに戻る。
「なっ!? ちょっ?! 待っ!?」
そして、手綱を私の首に、器用に「ひょいっ」と巻き付けたのだ。
「ぐるじいい!? ぢょおお!? までどいうにいいい!?」
殆ど引きずられるようにして、私とイルカが直線を進む。
一方のハイツはきちんと立ち直り、イルカに乗って追いかけて来ていた。
「キュー」
と、私のイルカが鳴いて、更にスピードが加速される。
ああ、青空が綺麗だな。私もきっとあそこに行くんだな。
そう思っていると歓声が上がり、近くで「ぱあん!」という音が鳴った。
観客達の歓声が先程よりも大きくなった。
どうなったのか、と思って枠を見ると、「勝者! 東方海チーム!」と記されていた。
「(勝ったは勝ったがなんだかこれは……)」
はっきり言って私は不要だ。
私の……いや、ダミアンのイルカが一頭で頑張っただけの事だ。
練習とか自信とか、小麦色の肌とかは完全に無駄で、勝ちはしたが何となく、嬉しさに震えられない私であった。
「やったなイアン!!」
「すげえぜイアン!!!」
「今からお前はクソムシじゃない! お前はそう、イアンになったのだ!」
メンバー達が集まって来て、教官までもが褒めてくれた。
が、私はそれに対して、苦笑いをする事しか出来なかった。
「おいでになるぞ!」
と、誰かが言って、会場が不意に静かになった。
眼前にあった枠が消え、海竜王が現れ出したのだ。
「なかなか愉快な展開であった。運もまた、実力の一部。努力があり、仲間が居て、その結果、あの展開があったのだと思うよう」
流石は王か、良い事を言う。
そうは思うが素直には喜べず、私は黙って冠を受けた。
続けざま、現前に何かが現れる。
私が慌てて両手を出すと、
「私のウロコだ。古き友に、良い旅を、と伝えて欲しい」
全てを察しているのであろう、リヴァイアサンはそう言って消えた。
流石だな、と思うと同時に、「だったら早く言って下さいよ……」とも思う。
しかしまぁ、こういうノリも悪くは無いと気付けた事だし、上から目線でチャラにするとしよう。
結果的には東方海は十一対九で敗北をした。
また五年後の祭典に向け、彼らは努力を続けるらしい。
別れ際、私のイルカが何やら言いたげに「キューキュー」鳴いていた。
魔法を使えば分かるかと思い、通訳の魔法を試みてみた。
「ちょっと! ちょっとってば!」
最初に分かった物はそれ。
「その冠はオレのでしょ! オレが優勝させてあげたんでしょ! ちょうだいよ! それ! オレにちょうだいよ!」
続けて分かった物はそれで、私は一瞬幻聴かと思った。
「もうね、みんな毎回アホかとね? チミたち全然なっちゃいないってね? オレ元々クソ速いから。誰かに操られる必要は無いんです。ダミアンもオタクも必要無いの。分かったらちょうだい! 早くちょうだいって!」
しかし、どうやら現実のようなので、私は頭の冠をイルカにそっと載せたのである。
「よしきた! これで息子に自慢できるわァ。はー、ちかれたちかれた。もう二度と出場しねー」
イルカはそう言って去って行った。一度もこちらに振り向かず。
海に住む者全員の栄光。とすると勿論イルカにとっても、それは最高の栄光だったろう。
しかしまぁ、可愛い生き物の本音は知らない方が良いな……
そう結論付けて我が家に帰り、待って居たアウラにウロコを渡した。
リヴァイアサンの言葉を伝えると、アウラは私にお礼を言った。
「あと、五百年か、千年か、いつまでもつか分かりませんが、祖父もきっと先生には感謝をし続けると思います」
そして、そんな事実を言って、私を茫然とさせるのである。
五百年か千年って!
だったらその近くでやってくれませんか……!? と。
エルフにとっては短いものでもね…
次回からは小麦色の肌となった体育会系のイアンをお楽しみください。(嘘)




