男の願望は殆どがシモ系
三月の終盤に差し掛かった頃。
買い物からの帰り道で、道端に妙なものが落ちているのを見つけた。
それは、丸い輪っかの下に羽根やらビーズやらがついたもので、簡単に表現するのであれば、輪を基にした装飾品だった。
「(なんだこれは……?)」
とは思うものの、何とはなしに気になって、私はそれを持って帰った。
そして、暇を持て余していたルニスにそれを見せたのである。
「あ、ドリームキャッチャーじゃないですか~? 先生そういうの信じる人なんですか?」
なにやら妙な名前を言って、ルニスは意外だなぁ、という顔をした。
名前を聞いても分からなかった私は、「ドリーム……何?」とルニスに聞き返す。
「あれ……知らないで買ったんですか……?」
「名前も効果もまるで知らんよ。拾ったんだ。帰り道に」
素直に言うと、ルニスは笑い、それから効果を教えてくれた。
ドリームキャッチャー。
とある部族がアイデンティティーの象徴として作った物で、昨今はそれが子供の為の、悪夢から守るお守りとなり、そちらの方で有名となって大陸中に広がった物らしい。
悪夢から守り、それと同時に夢を叶える効果もあるようで、子供だけでなく大人達でも購入する者が居るらしかった。
「良く知っているな。そんな事を」
言うと、ルニスは「だって」と言って、
「お隣のイグニスが発祥ですから。それに、学生時代にはそういう事を信じていた時期もあるし」
と、少々遠い目を作って言った。
叶った夢ならそんな顔はしない。ルニスの夢が何であったか、それを聞くのはおそらく野暮だろう。
そう思った私は「そうか」とだけ言い、右手に持ったドリームキャッチャーを見た。
どうするか、で、悩んだのである。
「折角ですからかけてみたらどうですか? 窓際にかけると良いらしいですよ」
「まぁ、そうだな。金持ちにでもしてもらうか」
私の言葉にルニスが笑う。
勿論、これは冗談だったが、切実な願いとは言えるものだった。
診察室を後にして、自室に入ってそれを眺める。
「(逆さまに見ると人の顔みたいだな……不気味と言えば不気味だが……)」
そうは思ったが良い物らしいので、正位置に戻して窓際に下げる。
それから事務をこなす為に、机に座って羽ペンを持った。
「そうだ。アーベルの事もなんとかしないとな……」
思い出して一人で呟く。
明日にでも行って見よう、と、頭の中で解決し、目の前の仕事に集中し始めた。
ここの所、サボっていたせいか、事務的な作業は結構あったが、フェネルが来る夕方前には、何とか全てを片付ける事が出来た。
「久々に一戦交えましょうよ!」
なんて、フェネルが生意気にも挑戦してきたので、揉んでやるつもりで受けてやった。
「レア抜きデッキでやってやろうか?」
「どこまで僕を舐めてるんですか!? 是非それでお願いします」
そんな流れになった為に、レア抜きデッキでフェネルと対峙する。
流石にキツイかと思っていたが、フェネルが勝手に自滅した為(「大」洪水で自分ごと流した)、私はそれでも勝ってしまう。
「駄目だ……どうしても先生には勝てない……レーナさんには殆ど勝てるのに……」
レーナに関しては皆がそうだ。勝っている所を見た事が無い。
「もうアレですよ。大会とか出て下さいよ? 先生がもし優勝したら、優勝賞品の中立マン戦隊は僕が貰って上げますから」
「なんでお前に行く……」
そこには突っ込み、「大会があるのか……」と、興味は持った私であった。
その日の夜に夢を見た。
外診からの帰り道で、金貨の袋を拾う夢だ。
少し、曖昧な記憶であるが、百万リーブルはあったと思う。
私はそれを自警団に届け、拾得物報酬として一割を貰う。
思わぬ収入に私は喜び、エリスとフェネルに食事を奢るのだ。
目覚めた時には夢かと思い、それは少しは落胆をした。
だが、決して悪い夢では無いので、特に気にせず服を着替えた。
食事を摂って予定を話し、アーベルの為に準備を整える。
そして、ルニスに後を頼んで、プロウナタウンの郊外に向かった。
アーベルは幸いにも生存しており、病状もそこまで悪化して無かった。
状態を話し、薬を渡して、来院をお願いして我が家に帰る。
その帰り道で地面の上に、私は袋を発見するのだ。
「ま、まさかな……」
と、呟きながら、それに近付いて口紐を解く。
中身は昨日の夢の通り、百枚ばかりの金貨であり、恐ろしさすら感じた私は、一人で「ありえん!」という声を上げた。
「つっ?!」
頬を叩くが痛みはある。夢の続きでは無いようだ。
気持ちは悪いが、これは現実。ならば一応届けなくてはなるまい。
周囲を見渡し、誰も居ない事を見て、袋の口紐を「ぎゅっ」と縛る。
何かのドッキリかと思った為だが、プラカードを持った人物は出てこない。
やむを得ないので両手で抱え、警戒しながら街へと向かった。
「すみません……こんなものを拾ったのですが……」
詰所に着いて、袋を渡す。
「た、大金じゃないか!?」
「どういう事なんだ?!」
受け取り、開けた自警団員達は、最初は相当驚いていたが、やがては仕事を全うし始めた。
「丁度百枚だね……」
と、金貨を並べ終え、拾得物報酬としてその一割を私に差し出してくる。
「一応、名前も書いておいてくれるかい? 持ち主がもし、現れなければ、これはあなたのものという事になるから」
「あ、はぁ……」
言われた為に名前を書いておく。
流石にそこまでは望んでいないので、持ち主が見つかる事を素直に願った。
「それではこれで……」
一礼をして詰所を立ち去る。
「あ、先生だ」
「な、何やってんのよロリノッポ……」
すぐにもフェネルとエリスに見つかり、恐怖の為に足を止めた。
恐怖の対象は二人にでは無い、夢の内容と同じな事だ。
ここまでの展開が昨日見た夢と全く同じであったので、私はそこに恐怖をしたのだ。
「(これで食事を奢る事になれば、百%夢と同じだな……ならば敢えて、逆らって見るか……)」
要はおごると言わなければ、夢と同じにはならないはずである。
逆らって意味があるのかは不明だが、気持ち悪さを消したかった。
故に、私は「やぁ」とだけ言って、何事も言わずに通り過ぎようとした。
「なあっ!?」
が、特に何も無いのに、私の足が何かに躓く。
直後には地面に向かって倒れ、ポケットの金貨が辺りに散らばった。
「ちょっ!? 先生超リッチじゃないですか!? ビンボーなフリしてこりゃねぇっすわぁ!!」
それを見るなりフェネルが言って、エリスが「だ、大丈夫?」と言ってきてくれる。
この辺は流石に姉であるが、それだけにどこか後ろめたい。
「えええええ……ホントにアリエナインデスケドー……十万リーブルも持ってる癖に、僕達との約束を守らないとかー……」
フェネルが言いながら金貨を拾う。
「はい」と言って渡して来たが、二回数えても八枚しかない。
「おい」
と言うと、フェネルは「ちっ」と言い、残りの二枚を差し出してきた。
「言わなきゃパクったのか……?」
と聞いてみると、フェネルは「或いは……」と、顔を俯ける。
「(こいつも罪悪感と戦ってるんだな……)」
そう思った私は深追いはしなかった。
「あー……実は金を拾ってな。その礼として手に入れた金だ。本当に、今、さっきの事だが」
そう言うと、エリスは「へぇー」と言った。
そこを怪しんでは居ないようだが、言いたい事はありそうな顔だ。
これを無視して「じゃあな」と言える程、私の精神はタフに出来てない。
「じゃあ……折角なんで……皆で行くか……? エリスとは約束もしていたしな……」
やむをえず言うと、エリスは「そうね」と言い、嬉しそうな顔を私に見せるのだ。
一方のフェネルは「当然ですよ?」と、奢ってもらう癖に上から目線で、それには姉のエリスが一応「あんたはオマケでしょ。調子にのんな!」と、頭を叩いて躾をしていた。
「(しかし……)」
それを見ながら私は思う。
結局、夢の通りになってしまったな、と。
不気味な事だがただの偶然だと、この時の私はまだそう考えていた。
庶民の森に入ろうとすると、エリスはそれに反対をした。
「あ、甘いモノならよそでも良いでしょ? 庶民の森って気分じゃないの!」
と、なぜか若干キレ気味にである。
どういう事かと疑問していると、フェネルが後ろから私に言ってきた。
「姉さん森でバイトしてるから、同僚達に見られたくないんすよ」
そう言えば以前の日記にあったな、と、思い出したのはこの時の事。
「そうか……」と、短く納得していると、エリスはフェネルに向き直った。
「見られたくないのは主にアンタよ。ちなみに弟とか居ない事になってるから」
そして、右手を腰に当て、左手でフェネルの額を突いて、そう言った後に歩き出したのだ。
「存在自体が抹殺されてるぅぅ?!」
両手を頬に当ててフェネルが叫ぶ。
しかし、叫びは誰にも届かず、フェネルは置き去りにされてしまう。
「ちょっ!? 先生は何か言いなさいよ!」
言われた為に「反省しろよ」と答える。
そういう答えは期待してなかったか、フェネルは「えぇ~……」と不満顔だ。
「何してんのよ! 早く来なさいよ!」
見ると、エリスは店を見つけ、入口の前で私達を待って居た。
近付きながらに上を見ると「恋より甘いダニー亭」とある。
「何の店だ……?」
看板だけでは想像がつかず、足を止めずに店内を見てみる。
若い女性やカップルが居て、誰もがケーキやフルーツを食べている。
まぁ、おそらく甘味処だろうが、店内のカラーがピンク色なので、そこの部分には顔を顰めた。
「うわ、ダニー亭っすか。姉さんも地味にキチクだよねぇ」
意味は分からんがフェネルが言った。
言われたエリスは「い、良いでしょ、別に!」と、なんだかちょっと焦っているようだ。
「な、何がどうした?」
質問するも二人は無言。
「ま、入ればすぐに分かりますよ」
と、謎の言葉を残してフェネルが入る。
「た、たまたまだから! 狙ってた訳じゃないから……そこの所は誤解しないでよね……」
エリスも言ってフェネルに続き、私一人が入口に残された。
「何なんだ……」
呟いた後に入店し、すでに座っていた二人に近付く。
「え、こっち来るんすか……先生デカイから邪魔なんだよなぁ……」
そんな事を言われた為に、エリスの左に腰を落ち着けた。
エリスは一瞬「なっ……」とは言ったが、すぐに空間を作ってくれた。
エリスが右手でフェネルが正面。
エリスの向こうにはガラスがあって、外の通りが見えるような図である。
勿論、壁もソファーもピンクで、目が「チカチカ」して仕方ない。
「ではではどーぞ。ショウタイムです」
フェネルが言ってメニューを見せて来る。
両手を使って差し出してきたので、「何かあるな……」とは思っていた。
「があ!?」
思わず声が出た。やたらにクソ高い。
カットケーキ(イチゴショート)一品が、驚きの七百リーブルである。
ダニーのてんこ盛り(特パフェ)というもの等は、千八百リーブルと記載されていた。
庶民の森のセットメニューよりも高い、デザートの超、超、高級店だ。
「ね? キチクでしょ?」
その言葉には「ああ」と言いたいが、エリスの手前それも言えない。
結果、私は少々強がって、「ま、まだまだだな」と震え声で返した。
「だって。じゃあ遠慮なく頂きましょうやぁ!」
「じゃあ悪いわね。いただきまーす」
姉弟が言って、注文をし始めた。
「(五千リーブル位で済めば良いな……)」
そんな事を思って見ていたが、レシートには一万三千リーブルとあった。
悪銭身に付かずと昔から言うが、悪銭では無い金でも身に付かないらしい。
「(ま、まぁ、棚から牡丹餅とも言うからな……元々私の金じゃないし、喜んでもらえたならそれで良しとしよう……)」
自分自身に言い聞かせるように、二人を見ながら心で呟く。
「ベラ(ぼうに)アンマアアアアアアイ!!」
「あ~、美味しい……高いだけの事はあるわね~……♡」
と、二人はかなり幸せそうだ。
本来は無かったものなのだから、これならこれで良いじゃないか。
むしろ、自分の稼いだ金が、スッ飛んで行かなくて良かったじゃないか。
そう思った私はウェイトレスを呼んで、
「すみません、無料の水をもう一杯……」
と、虚ろな表情で頼むのである。
その日の夜にも夢を見た。
内容は少しエロイもので、レーナが一体どう言う訳か、スカートを履かずに台所に居て、朝食を作っていたというものだ。
上着はきちんと着ているだけに、なんだかヤケにエロチックであり、また、同時にマニアックだったので、夢の中の私も赤面していた。
「エライ夢だな……」
目覚めた直後、そんな事を私は言った。
「ああ……」
興奮状態が解けて居なかったので、しばらくをベッドの中で過ごす。
そして、ようやく落ち着いた頃、ベッドから抜け出して行動を開始した。
着替えを終えて台所に行き、レーナに「おはよう」と声をかける。
「!?」
目にしたものは夢と同様、スカートを履いていないレーナであった。
下着は白。デザインは無い。太陽の光が少し反射し、色々な意味で私には眩しい。
「あ、おはようございます」
固まっているとレーナは言って、普通に料理を再開させた。
「あ、あ、あ、あ、あの、あの、れ、レーナ?」
何とか呼んで振り向いてもらい、「し、下、というか、すか、スカートは……?」と、下半身の異常をレーナに伝える。
レーナは「え?」と首を傾げ、それから視線を下に下げた。
「……きゃああああああああああああ!?」
割れんばかりの悲鳴が響く。
一体何があったのかと、歯ブラシを咥えたままでルニスが出て来た。
「イヤアアアアア!!」
下を押さえてレーナが走る。
「な、何やってんですか先生!? そんな溜まってるなら一言言ってくれれば……!」
等と言う、ルニスに「違うっ!」と言い訳をする。
「じゃあ何なんですか!? どういう事ですか!?」
続けて聞かれたので説明しつつ、吹きこぼれかけた鍋をずらした。
「えー……履き忘れですか……あのレーナさんがありえますかねぇ……?」
歯を磨きながらルニスが言った。
それが現実だった訳だし、「ありえたんだよ」と答えるしかない。
五分程が過ぎてレーナが戻る。
第一声は「スミマセン……」というもの。
何が? と思って固まっていると、「確かに履いたと思ったんですけど……なんか、ちょっと寝ぼけていたみたいです……」と、スカートを履いて居なかった事を、ルニスの前で認めてくれた。
「ホントだったんだ……」
ポカンとした顔でルニスが呟く。
一方のレーナは燃えあがらん程に、頬と耳を赤く染めている。
「もうこんな事初めてですよ……頭がおかしくなっちゃったのかなぁ……」
ぶつぶつと言いながら鍋に向かう。
蓋をずらして中身を見てから、竈の上へ移動させた。
「も、もしかしたら少し疲れているのかな? あまり、無理はしないようにな」
一応言って頷いて貰い、その後にルニスと応接間に行く。
「良かったですね。目に焼き付けました?」
と、言われた為に「ああ」と答え、直後には「いや!?」と誤魔化そうとする。
「恥ずかしがらなくても普通ですよ! 僕だって先生のお尻の穴の事覚えてますもん」
「それはさっさと忘れて下さい……」
言って、ソファーに座った後に、私は少し不安になった。
そう、昨日、今日の夢が、両方とも現実になった事にだ。
正夢とも言うように、偶然現実になる事はあるだろう。
しかし、二日連続で、挙句に殆ど同じ内容で現実になるなど普通では無い。
内容が内容だから良いが、これがもっと強烈な、例えば誰かが死ぬような夢なら、こうしてのんびりもしていられなくなるだろう。
「(原因があるかな……)」
そう思い、ここ数日の事を思い出してみる。
ここで来客が無かったならば、すぐにも答えに辿り着いていただろう。
「先生、お客さんが来てますよ」
と、ルニスが言ってきた事により、私は考えを中断させて、玄関へと向かって歩くのである。
「(朝っぱらから一体誰だ……)」
そう思いつつ玄関を開ける。
立っていたのは先日やってきた、アウラと言う名のエルフであった。
「朝早くからすみません」
顔を合わせるなり謝られたので、兎にも角にも「いえ」と答える。
「幸い、竿は借りられたのですが、どうして良いか分からなくて、アドバイスを頂きにお邪魔しました」
何なのこの人……と、正直思う。
そこまで来たなら釣れるでしょうが。と、言いかけてなんとか自制する。
「あー……エサ……はつけてみましたか?」
まさかと思いつつ質問すると、アウラは「エサ……?」と首を傾げた。
「(マジかぁぁ!?)」
と思って額を押さえ、
「魚は、エサを付けなければ、高い確率で釣れないものです……ちなみに魚にも好みがあって、パンやハム等で釣れるモノでも無いです。何が釣りたいのかにもよりますが、そこはきちんと区別をして下さい」
アウラにも分かるように説明をする。
聞いたアウラはメモをしながら「なるほど。なるほど」と繰り返していた。
「詮索するようで申し訳ないのですが、一体何を釣りたいのですか?」
疑問に思って私が聞くも、そこの部分は相変わらずスルー。
「助かりました。ありがとうございます。これは少ないですが相談料です」
聞く事を聞いたアウラは言って、鉄貨(十リーブル)を握らせて帰って行った。
「何なんだ……一体……」
背中を眺めて一人で呟く。
アウラが誰かと合流したが、遠目には誰だか分からない。
どうやら男のエルフのようだが、遠目であるので断言は出来ない。
「何かまた来そうだな……」
そう呟いた後に玄関を閉め、朝食の並んでいる食卓に向かった。
その日には胃潰瘍の手術があった。
それ自体は大した事では無いが、手術の前に問題が起きた。
私が長年愛用していたメスが行方不明になっていたのだ。
診察はルニスにしてもらう事はあるが、手術にはまだ関わらせていない。
失くしたとしたら私なのだが、全く以て記憶に無かった。
やむを得ないので予備を使ったが、何とはなしに頼りなく、不安な気持ちで手術を終えた。
なくなっていたものはもう一つある。
こちらはプライベートな事になるが、これもまた長年愛用していた、まぁ……所謂、いかがわしい本だ。
男ならば分かると思うが、やはりはお気に入りのナニというものがあり、長年に渡ってお世話になっていたナニというものがあるはずなのだ。
それが一体どう言う訳か、本ごと消えてなくなっていた。
フェネルの仕業か、と、思いもしたが、それは大変高い所にあり、フェネルの背では絶対に届かない場所に隠してあった。
故に、今回の事に関しては、フェネルは除外せざるを得なく、おそらくはだがレーナが掃除をし、その際に不要なものだと判断して捨てたものだと思う事にした。
「(割とダメージがデカいんだが、男というのはなんなんだろうな……)」
そんな自分に気付いて凹み、今日の事務を机で終える。
夕食を摂り、シャワーを浴びて、雑談をして眠りにつくと、私はみたび、夢を見る事になった。
多分、悶々としていたのだろう、二日続けてのいかがわしい夢だ。
そこまでの記憶は生憎無いが、最後の記憶はレーナとルニスが裸で横に寝ているというもの。
さながらハーレムの王のように、私は二人を腕枕しており、なぜかのドヤ顔でこちらを見つめ、鼻で「ふんっ」と笑っていたのだ。
「(自分の事だがなんかムカつくな……!?)」
そう思った時には意識が覚醒し、太陽の陽射しを横顔に受けていた。
「ん……?」
両手が重い。
まさかと思って、とりあえずは右を向いてみる。
「な!?」
そこには肩までを露出させた裸のルニスが「すやすや」と寝ていた。
「がぁ!?」
反対側にはレーナが寝ている。
こちらは背中を向けていたが、あちらからなら胸も見えたろう。
「(なぁぁぁぁ……)」
興奮はするが焦りもする。
どちらかが起きたらジ・エンドである。
故に、私はゆっくりと、音を立てないようにそこから抜け出し……
「ぎゃあ!?」
まずは自分の裸にビビった。
全員全裸。響きは良いが、実際になるととんでもない図だ。
慌ててパンツと服を着て、それからそっと部屋を抜け出す。
「(さて、これからどうするかだが……)」
思っていると声が聞こえた。
「ええ!?」
と言うレーナの声だ。
「なんで!? どうして!?」
と、更に続く。
「んああぁ……アレ……? なんでここに……?」
今度の声はルニスである。レーナの声で起きたようだ。
「あれ? レーナさん? わぁ……凄い綺麗な体だぁ……」
「いやあああああ!?」
一体何がどうなったのか、ルニスの「ムフフフフフゥゥ~♡」という声が聞こえる。
直後にドアは「バン!!」と開いて、私の後頭部に直撃をした。
レーナが飛び出し、自室に消える。
シーツで体を巻いていたので、裸体は確認出来なかった。
「んー……なんだろ……寝ぼけたのかなぁ……」
寝ぼけ眼のルニスが出て来る。
「おい!?」
こちらは完全に素っ裸である。
しかし、私の声には気付かず、頭を掻いて自室に入った。
「す、スゴイな……」
色々な意味で私が呟き、顎の下の汗を拭う。
それから再び自室に入り、どういう事かと考えを巡らせた。
「(やはりアレかな……)」
そう思い、窓際に吊るしてあるアレに目をやる。
「ん!?」
が、アレ、ドリームキャッチャーはどう言う訳かそこには無かった。
「落ちたのか……?」
と思って探すも、ベッドの下にもそれは見えない。
カーテンを引いて出窓を探ったが、中にも外にも落ちていなかった。
「不気味すぎる……一体どういう事だ……」
こうなってみると完全に怪しい。
そんな力があるのかは不明だが、一因と見ても間違いはないだろう。
「(少し調べてみる必要があるな……)」
そう思った私は上着を取り出し、それを着てから図書館に向かった。
街の図書館で得られた情報は、ルニスのそれを上回らないものだった。
つまり、子供を悪夢から守るお守り、という、たったそれだけのものだったのだ。
これではいかんなと思った私は、その足でラーシャスの洞窟を訪ねた。
が、洞窟の前に下げてある「外出中」の看板を見止め、まずは「何だ……?」と呟く事になる。
中に入るもそこは空っぽ。
念の為にと奥にも行ったが、酒樽が転がっているだけだった。
「随分減ったな……」
そう呟いて、今来た道を遡る。
もしかして酒を飲みに行ったのか、それも多分、人間の姿で。
そんな事を思いもしたが、見た事が無いので断定はしなかった。
やむをえずゲートに戻り、そこのドリアードにダメ元で話す。
「夢でしたら夢に強いお方、例えばインキュバスとか、サキュバスとか、そういう方に聞いてみたらどうですか?」
大人な雰囲気のドリアードは言い、私も「そうか!」と納得をした。
ならばと思ってトミーを訪ねたが、こちらも生憎外出中だった。
「ああ、トミーさんなら家族旅行に行ったよ。仲が良くて羨ましいねぇ~」
隣家のおばさんに聞いたものだ。すぐにはすぐ戻らないらしい。
残された選択肢はメルン一択。
なんとはなしに嫌であったが、仕方なしにメルンを訪ねる。
「ポアンキタァ! 今日は何? どんな厄介事? ねえってばねぇ!」
余程に暇を持て余しているのか、私を見るなりガスパルが飛んで来た。
「ポアンじゃなくてイアンだな。いい加減に覚えてくれ」
「良いじゃんどっちでも。減るもんじゃなし」
そんな事をガスパルは言ったが、私からの信用は著しく減っている。
「あれ? イアン先生じゃないですか?」
ラッドが出て来て私に気付く。
薪割りをしようとしていたらしく、いくつかの薪が抱えられている。
「おはようございます。メルンはこちらに来ていますか?」
「ああ……今日はまだ来ていませんね……メルンが一体どうしましたか?」
おやおや、もう呼び捨てですか?
アツさに焼かれて一瞬思うが、「相談があるんです。夢の事で」と、正直な所をラッドに話す。
「そうですか……じゃあ案内しますよ」
抱えていた薪を置き、ラッドはそう答えてくれた。
「すみません。助かります」
それには素直に礼を言って、ラッドの後ろに続いて歩いた。
「どうですか。メルンとは?」
向かいがてら質問すると、照れ臭そうにラッドは笑った。
「多分そろそろ、結婚します。メルンのプッシュが物凄くて、正直体がもちませんよ」
そうは言ったが「テカテカ」である。
以前よりむしろ健康そうだ。
そして、なぜか二の腕等が以前と比べて「ムキムキ」になっていた。
「ま、まぁ程々に……」
と、一言を言い、村の風景を眺めて歩く。
「おはようラッドさん」
「おはようラッド」
ラッドはやはり人気者のようで、皆から口々に挨拶されていた。
「さ、ここです。私はちょっと仕事があるんで、すみませんがここで失礼しますね」
一軒の小さな家で止まり、ラッドが言って頭を下げた。
「助かりました。ありがとうございます」
礼を言ってラッドを見送り、それから私が家に向かう。
そこは、赤い屋根が印象的な、二人位が住める平屋である。
広くは無いが庭もある。一人で住むなら十分だろう。
少し歩いてノックをすると、庭の方からメルンが出て来た。
「あれ? どうして家を知ってるんですか??」
と、そちらの方に疑問顔だ。
「ラッドさんに教えてもらいました。今日は少し相談事があって」
その言葉にはメルンは「あはっ♡」と、いつもの調子で笑って応えた。
「じゃあどうぞ。散らかってますけど」
と、庭の方から中に消えたので、私は困ってしまうのだった。
結局の所は庭から上がり、メルンの家にお邪魔した。
家と言っても部屋は二つ。
こちらが台所を兼ねた居間のようなので、左にあるドアの向こうは寝室だろうと推測された。
居間にはまぁ、色々とあったが、一際私の目を引く物は、ラッドを模した人形だった。
等身大のそれの乳首や、股間には「弱点」と書かれてあって、一体何に使っているのか、そこら中が「ボロボロ」である。
「あ、何か飲み物を持ってきますね」
メルンが言って立ち上がり、ラッドの股間にパンチを入れた。
「い、今のは!?」
と、焦って聞くと、メルンは「えっ?」と疑問をしたのだ。
「(ああ……そういう風にも使ってるのね……)」
言葉に出さず、納得をする。
二分程が経った後に、メルンは再び顔を出したが、その際には人形に蹴りを入れたので、私はそこで確信をした。
「で、何の相談事ですか? ちょっとエロエロしちゃうような奴ですか?」
飲み物を置き、メルンが座る。
どうやら牛乳のようだったので、私は一口を頂くにとどめる。
別に牛乳が嫌いでは無いが、特定のメーカー以外の物は腹を壊す可能性があり、その為に私は遠慮をしたのだ。
「まぁ、多少はエロエロするかも……」
「良いですね! 早くお話を聞かせてくださぁい!」
どういう琴線……?
そう思いつつ、ここに至る経緯を話す。
メルンは成り行きを聞いた後に、「ああー」と、ちょっと残念そうに言った。
「それは多分、悪魔の仕業です。確かにちょっと私達に似てますね」
そして、直後にそう言って、私を「ぎょっ」とさせるのである。
「それは、具体的にはどのような類の?」
聞くと、メルンは「えーと……」と考える。
「望みを叶えて、その代わりに、大事なものを奪って行く類です」
それから言って、「そういう事か……」と、私をひどく納得させたのだ。
メスに本、そして今回、おそらく何かが消えているだろう。
それらは全て、私がずっと、大事にしていたものであった。
望む、望まないに関わらず、夢を見せて希望を見出す。
そして、その夢を叶えて、そいつは何かを奪って行くわけだ。
「その、奪って行くものの大きさは、夢の大きさと比例しますか?」
「多分そうですね。そうでないと、魔力とのバランスが取れませんから」
私の願いは幸い(?)にも、それほど大きなものでは無かった。
故に、失ってしまうものもそれほど大きくなかったのだろう。
だが、これが大金だったり、絶大な権力だったとしたら、失うものも比例したはずだ。
そう考えると恐ろしい、とんでもない代物だと言わざるを得ない。
「どうにかしたいが、消えてしまったんです。私の夢からは消えたと言う事ですか?」
それにはメルンは「さぁ?」と言った。
頼りないが、本当に知らないのなら、仕方がないと言える事だ。
「心配だったら見て上げましょうか? 先生が見ている夢の中に入って、調べる事なら出来ますけど?」
「そう……ですね……お願い出来ますか?」
念の為、という言葉がある。
私の中にまだ居たとして、もっと大きな夢を見たら。
その時に失うものを思うと、枕を高くして寝る事は出来ない。
それ故に私はメルンに頼み、彼女と共に我が家へ帰った。
「今朝、わたしに何かしましたか!?」
それは帰るなりのレーナの質問で、それには私は「いや!?」と返した。
「あれ? 私には見たって言ったじゃないですか。二人が裸で寝ていたって。あと、背中が綺麗だったって」
が、メルンが話した事により、私の嘘がレーナにばれる。
「さ、最低です! 最低ですううう!!!」
結果、レーナは顔を押さえて、玄関から飛び出して走って行った。
「あはっ♡」
と、笑うメルンの首を、この時ばかりは絞めたいと思った。
帰って来たレーナに理由を話し、私への誤解は一応解けた。
しかし、見た事は事実なので、そこは素直に謝って置いた。
その謝罪が効いたか否か、レーナも協力してくれる事になり、二人は私の部屋で待機して、私が夢を見るのを待った。
人が居ると正直寝づらいが、それでもなんとか頑張っていると……
「うん……?」
いつの間にか、私の意識は夢の世界へと移行していた。
何やら遊園地のような場所で、私は皆と大はしゃぎをしている。
そのメンバーはレーナとルニス、リーンやエリスの姿も見られ、挙句にはノアやアティア等も居て、私達の世界では見られない妙な乗り物で、坂を下っている最中だった。
歯を食いしばり、それでも笑い、奇妙な顔で居る私が見える。
隣にはレーナが座っており、同じような顔で落下に耐えていた。
「酷い顔だな……」
と、思うものの、そんなレーナにすら愛しさを感じる。
「何やってんのよロリノッポ!」
「先生こっちこっちー」
坂を下った私達は、今度は大きなカップに乗った。
ルニスとエリスを左右にはべらせた、王様気分の私が見える。
ドレダ?
という声が聞こえて来たので、「何が?」と、私が言葉を返した。
夢の中のイアン達はお化け屋敷に突入していた。
アティアとリーンに「イヤーン!!」と抱き付かれ、デレッデレになった私が見える。
ドレガホシイノダ?
続く声には「どういう事だ!?」と言う。
一方のイアンはノアと向かって、パフェをすくわせて口を開けている。
「あーん」
とは言ったがノアは無表情で、夢の中のイアンですら、それにはちょっと引いていた。
オマエハ、ドノ、オンナガホシイノダ?
「それは……」と言いかけて少し迷う。レーナだ。
と、勿論思っているのだが、それならどうしてこれだけ居るのかと。
浮気は男の甲斐性とは言うが、これはあまりに多すぎだろう。
「(いや、まさか、そんな馬鹿な……これは奴が見せている幻だ……弱みに付け込もうとしているだけだ……)」
そうは思うが確信は無い。
もしかしてとんでもない浮気性なのか、と、自分自身に疑いを持つ。
イッソ、スベテヲテニシテミルカ?
そんな声をかけられたので、「それもありかな……」と心で思う。
ヒキカエニ、オマエノイノチヲモラウゾ?
それにも危うく「ああ」と言いかけたが、妨害があって言わずに済んだ。
「何ですかここは?」
「わたしが居る!? なんで、みんなも!?」
メルンとレーナが私の夢に、外部から飛び込んで来たのである。
「チッ!」
という舌打ちが聞こえ、夢の世界のイアン達が消える。
直後には遊園地の施設が集い、巨大な人間のようになった。
中心にはあのドリームキャッチャーを逆さまにした時のような顔が見える。
それらは遊園地の建物を踏み、レーナとメルンに近づこうとしていた。
「な、なんだか良く分からないけど、アレが先生に憑りついている奴ですか!?」
「多分そうですね。エライ事になってますね」
レーナが言ってメルンが言った。
すぐにもレーナが魔法を撃ったが、当たった直後に弾けて消えた。
「あ、駄目です駄目。夢の世界では魔法は使えません。言えばあいつの世界ですから、直接攻撃しか効果が無いんです」
暢気な人だと思いはするが、こちらの世界ではエキスパートである。
レーナもそれが分かるのだろう、その言葉には大人しく従った。
奴の右手が「ぐい」と引かれ、レーナとメルンの場所を襲う。
メルンが飛翔し、レーナが飛び乗って、その攻撃を回避して、地面に大きなひび割れが出来た。
腕に飛び乗ったレーナはそのまま、奴の首へと一気に走った。
もう片方の腕が動き、レーナを叩き落とそうとする。
しかし、レーナはそちらに飛び乗って、反対側から首を蹴った。
ガコーン!!
という音がして、奴の首の部分が吹き飛ぶ。
吹き飛んだ部分は池に落ちて、大きな水飛沫をその場に上げた。
「えいっえいっ!」
ゴミ箱を両手に足を叩くが、メルンが与えるダメージはゼロ。
「きゃあぅ!」
敵からも完全に無視されていたが、たまたま動いた足に驚き、ゴミ箱を投げてどこかに逃げた。
その間にも着々と、レーナは部分を欠損させており、今は右腕の攻撃をかわして、カウンターで蹴りを入れた所だった。
流石だな、と、思って見ていたが、どうやら奴にはダメージは無いらしい。
落とした首を他のもので補い、体力面でレーナを追い詰めた。
どこかに弱点があるはずだ、と、第三者の視点で私が探す。
すぐにも目についたのは、胸の中心にある奴の顔だ。
顔、というよりはそのものなのだが、逆さまにある為そう見えるのだ。
「レーナ! 顔だ! 顔を狙うんだ! 胸の中央に顔が見えるだろう! そこを狙って攻撃してみるんだ!」
「分かりました!」
どういう風に聞こえたかは不明だが、私の言葉はレーナに届いた。
「私が注意を引き付けますぅ!」
と、メルンが飛んで注意を引き付ける。
レーナはその隙に地面に着地し、拳を引いて奴を直視した。
「てええええやあああ!!!」
そして、自身の頭上に跳躍。
拳を突き出して奴にぶつかり、しばしの後にそれを貫いた。
「ヒーローだな……」
と、私が呟き、奴の体が静かに崩れ出す。
遊園地の風景も崩れ始め、「お疲れ様でした~」と、メルンが消えた。
「じゃあ、先生、また後で」
レーナが一礼してそこから消える。
そこからの夢は覚えていないが、久々にすっきりした目覚めとなった。
ドリームキャッチャーフェイク。
というのが、奴の正式な名前であった。
正式とは言ってもカッコカリらしく、願いを叶えるようなもの――
例えば女神の像だとか、花なんかにも憑りつくらしい。
その目的は夢を叶えて、その代わりに何かを頂くと言うもので、条件や規模こそ違っているが、やっている事は他の悪魔と変わりない。
ともあれ、今回は撃退できて、バラバラになったドリームキャッチャーが見つかった。
私が初めての事だったのか、それとも誰かのモノであって、奪うものがなくなって、あそこで待って居たのかは不明だが、兎にも角にも落ちている物を迂闊に拾ってはいかんと分かった。
結果としては大きな事は無かったし、良い勉強になったと思おう。
そう言えば私の中立マンデッキがどう言う訳か消えてしまった。
最初はフェネルを疑ったのだが、「知りませんよ」とフェネルは素っ気ない。
普段であれば「知りませんよ!?」と、うろたえるか逆ギレする訳なので、これはおそらく本当なのだろう。
「(とすると最後の代償という事か……)」
割に痛い。
良い大人だが、カードを失って結構キている。
大会が近いと聞いて居たのに、これはもう諦めるしかないだろう。
まぁ、とにかく怪しい物や、珍しい物は自警団に届けましょう。
なんだか小学生の標語みたいになってしまったが、今回得た教訓として書いておこうと思う。
以上、女性陣の厄日回でした。




