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運命の赤い糸

「あの、イアンさん、この後ちょっと時間空いてますか……?」


 ある日のバイトが終わった後の事。雇主の息子にあたる、ヴィンスが私に声をかけてきた。

 タイミングとしてはヴィンスの家の、リビングルームで着替えて居た時で、。彼自身は廊下で着替えていた為、実際には壁越しの会話である。


「ええ、まぁ、空いてはいますが……?」


 これと言った用事が無かった為に、ズボンを脱ぎながら私は言った。

 その言葉には「良かった」と言い、ヴィンスは一旦そこで黙った。

 そして、お互いが着替え終えた後に、再び話を切り出してきたのだ。


「えーとですね……実はその……聞きたい事があるんです」


 私の正面の椅子に座り、言い辛そうにヴィンスが話す。


「な、なんですか?」


 と、警戒すると、「そんな大した事じゃないんです」と、苦笑いをしてから言葉を続けた。


「ま、街の教会の……アティアさんなんですが……先生の知り合いって言うのは本当ですか?」

「え、ええ、まぁ」


 どういう事? とは思いつつ、聞かれた事を素直に答える。

 聞いたヴィンスは「そ、そうですか」と言って、視線を逸らして静かになった。

 まだ何かを聞きたそうだが、二の足を踏んでいるような表情である。


「アティアが何か?」


 そう思った私が気を利かせると、ヴィンスはまずは「あ、いや」と焦った。


「し、失礼な質問なんですけど、アティアさんとはど、ど……どういう、ご関係なんですか?」


 前にも言った事ではあるが、私はあまり鋭くないが、あまりに鈍いという訳でも無い。

 ヴィンスのそんな態度を目にして、何も感じない訳が無かった。


「(ははぁ……? さてはアティアに興味があるんだな?)」


 そう思って「にやり」と笑い、「いや、ただの友人ですよ」と、ヴィンスが安心するだろう言葉を発す。


「そうですか!」


 案の定ヴィンスは言って、表情を「ぱっ」と明るいものにした。


「この間、教会に行った時に?」


 と、何気なく聞くと「はい!」と言い、直後に「いや!?」と、首を振った。


「なるほど。いや、応援しますよ。彼女はまぁ……素晴らしい女性です」


 実際には金持ちにかなり弱いし、ファッションセンスは最悪でもある。だが、心根は良い人なので、私は一応お勧めをした。


「そうですね……本当に、素晴らしいひとです」


 否定をせずにヴィンスが言った。バレたのが分かって観念したらしい。


「でも、僕には高嶺の花かな……」


 そんな事を言い出したので、私はすぐにも「いやいや」と言った。


「何もせずに諦めるのと、何かをした結果、諦めるのとでは、自分の後の気持ちが違うでしょう。駄目と言わずにまずやってみては?」


 そう言うと、「そう……ですね……」と、一応答える。

 だが、そこからは黙ってしまったので、私もそれ以上は言わなかった。


「まぁ、もし、何かあれば、遠慮をせずに言って下さい。今日もありがとうございました」


 話が終わった、と判断した為、一礼をして立ち上がる。


「は、はい。その時にはお願いします。お疲れ様でした」


 ヴィンスもそう言って頭を下げて、その後に立って私を見送った。


「(良い青年なんだが少し見た目がな。アティアがそこをどう見るかだが……)」


 出来ればうまく行ってほしいが。

 そう思いながら彼の家を後にした。




 それから三日後。

 外診を終えて我が家に戻ると、一人の客が応接間で待って居た。

 自身の名前をアウラと名乗る、若い女性のエルフであった。

 この女性とはどこかで会ったな……と、私が顔を顰めていると、女性、つまりアウラの方から、


「先日、ゲートでお会いしました」


 と、会っていた場所を教えて来てくれた。


「ああ……これは失礼をしました」


 確かにそうだ、と思いつつ、アウラの正面のソファーに座る。

 見た目の年齢は二十前後。身長は多分百六十㎝程だろう。

 きめ細かい金の髪は背中で一本に束ねている。

 吸い込まれるような青い瞳に、左目の下のほくろが目立つ。


 狩人風の緑の衣服はスカートの丈が異常に短く、絶対領域が見えそうで見えなくて、目のやりどころに少々困る。

 弓は無く、剣も無いので、そこにはかなり疑問を持ったが、狩人風のその服が私服であろうと判断し、外出ついでに寄ったものと勝手に納得をする事にした。


「(それにしてもかなりのものだな……)」


 座った私がまず思う。視線の先は彼女の胸だ。

 多分、九十くらいだろうか。脚は長く、胸は大きい。

 そして、顔も美形とくれば、これに参らない男は少ない。


「ゴホン!」


 しかし、まじまじと見るのは失礼である。

 私はひとつ大きく咳をし、それから訪ねてきた理由を聞いた。


「実は魚を捕りたいのですが、どうしたら良いか教えて欲しくて」


 困った顔でアウラは言った。

 なんじゃそら? と思う私は、両方の眉毛を傾けている。


「あ、いえ、川じゃなくて、海の魚なんですが」


 続けて言うがそれも謎。

 手とか、銛とかで捕まえなさい……と、危うく言いかけてそれを飲み込む。


「あー……一般的には釣竿だとか、場合によっては投げ網だとか、そういうもので……捕まえるのでは無いですか?」


 考え直してそう言うと、アウラは「なるほど……」と、口に手を当てた。

 それは無かったわー、と言わんばかりの顔だ。


「ち、ちなみに何を捕まえたいのですか?」


 不思議に感じて質問するが、それにはアウラは言葉を返さない。

 無視して、しばらく考えた後に、「釣竿はどこで手に入れられますか?」と、自分の質問を優先させてきた。


「どこ……と言われても普通は作ったり、或いは雑貨屋で買うとかでは無いですか? 漁師に頼んで譲ってもらうと言う手段もあるとは思いますが……」


 一応答えると、アウラは「なるほど」と、今度は大きく頷いて見せた。


「助かりました。ありがとうございます。これは僅かですが相談料です」


 そして、「すっく」とその場に立ち上がり、テーブルの上に小銭を置いて、さっさと出て行ってしまうのだった。


「何なんだ……一体……?」


 残された私は疑問して、小首を傾げてテーブルを見た。

 置かれていたのは鉄貨が一枚。つまり、たったの五十リーブルだ。


「相談料少なっ!」


 と、思わず言うが、せいぜいが五分の相談事である。

 まぁ、良いか、と、考え直し、ありがたく頂いてソファーを立った。




 その日の夜には別の客が来た。

 診察はもう終了しており、皆で夕食を摂って居た時の事だった。

 訪ねて来たのは十七~八才の、素朴な印象の少女であった。


 髪は黒で、瞳は水色。

 そばかすが目立つ大人しい子で、食事をしている事が分かると、謝罪をしてから帰ろうとした。


「まぁ、折角来たのですから、遠慮をせずに話してください」


 が、私がそう言って、正面のソファーに着席を勧めると、「すみません……」と頭を下げて、遠慮をしながら座ったのである。


「それで、このような時間にどうしたのですか?」


「かちゃかちゃ」という食事の音を背景に、少女に向けて私が切り出す。

 多分、露骨には見ていないだろうが、ルニスもレーナも聞いてはいるはずだ。


「あの……わたしの名前はハニルって言います。街の郊外で農作業をしています。あっ、と言っても父の畑で手伝いをしているってだけなんですが」


 その言葉には「ふむ」と返す。

 返すと言うよりは相槌なので、ハニルはそれを聞いた後に、自身の話を更に続けた。


「それで、その……ヴィンスさんとは肥料の売買でお世話になって居て、昔からずっと……面識がありました」

「ほう……」


 と言いつつ、「んん?」と思う。これはもしや、と、直感したのだ。

 が、現時点では可能性が低いので、深く考えずに次の言葉を待つ。


「先生はその、ヴィンスさんとはとても仲が良いようなので、ちょっと聞きたい事というか、教えて欲しい事があって……」


 ハニルが俯き、もじもじとする。

 ああ、これは間違いないな、と、私が思った瞬間である。

 くるりと振り返るとルニスもレーナも、「びくり」としてから顔を逸らした。


「(聞いて居るな、やはり……)」


 と、思いつつ、顔を戻してハニルに向かう。


「なるほど。それはどういう事でしょう?」


 それからハニルに質問すると、彼女の頬が赤くなった。


「ヴぃ、ヴィンスさんには……あの……その……すっ……好きな人が……い、居るんでしょう……かっ!?」


 絞り出すような声での質問だ。彼女なりの必死であるらしい。

 プライバシーを考えれば言わないべきだが、彼女の必死さにも応えたい私は、「の、ようですね」とだけ短く答えた。


「そうですか……」


 ハニルが言って、「がくり」とうなだれる。

 元々前傾姿勢の子だが、更に前倒れになったようだ。


「あー、もし、失礼で無いのなら、教えて欲しい事があるのですが」


 言うと、「はい!?」と顔を上げる。

 それを許可だと取った私は、思う所を素直に聞いてみた。


「ヴィンスさんの事が好きなんですか? それも、割と昔から」


 ハニルが「ぴっ!?」と小さく鳴いた。

 それから更に赤くなり、唇を噛んで目を泳がせる。

 言葉にはしないが「そうですよ」と言っている事と変わりない。

 一体どこから聞いたか不明だが、ヴィンスがアティアに惚れた事を聞いて、それが本当の事かどうかを私を通じて知ろうとしたのだろう。


 個人的には健気と思うし、ハニルの方がウマが合いそうだ。

 私自身はヴィンスとハニルは、お似合いのカップルだろうと思う。

 だからと言って「あっち(アティア)はやめなさい」なんて、わざわざヴィンスに言いはしないし、ハニルとくっつけようともしない。

 こういう事は自由であるし、本人の想いが大事だからだ。


「あ、あ、あの、夜分遅くにすみませんでした! 教えてくれてありがとうございました! これ、少ないですけど相談料です! おじゃっ、お邪魔、お邪魔しましたぁぁ!!」


 そんな事を思っていると、唐突にハニルがその場に立った。

 そして、一気にそう言って、銀貨を置いて走り去ったのだ。

 せいぜい三分で三千リーブル。

 なんともチョロい商売である。

 なんだか悪いという気もするが、本人が居ないのではもう仕方がない。


「良い子ですねー」


 と、ルニスが言って、


「帰り道、大丈夫ですかね……」


 と、レーナが続く。結局全部聞いて居たな……と、思いながらに私は立った。


「(まぁ、こういう事はなるようにしかならない。運命の赤い糸というのが、本当にあるのなら落ち着く所に落ち着くさ)」


 そう思って銀貨をしまい、テーブルに戻って夕食を口にした。


「合コンを開いてあげましょうよ!」


 なんて事をルニスが言うので、「希望があればな」とだけ答えて置いた。

 そうは言ったがこの時は、合コン等をする気は無かった。


 しかし、後にそれをする事になり、私は恋のキューピッド役等をやるべきでは無いという事を、改めて強く認識するのである。




 合コンをする事になった理由は、アティアと偶然に会ったからだった。

 フォックスの医院に遊びに行く途中で、街の通りで偶然に会ったのだ。

 話の出だしはごくごく普通に「久しぶりです」みたいなもので、「最近どうですか?」みたいに流れて、いつのまーにか「良い人居ないですか?」と言う、紹介屋の如くの状況になっていた。

 なんだかんだで知人は多いが、殆どが魔物か性格破綻者で、直後の私は「いやぁ」と言って、誰も居ないと続けようとした。


「(ああ、そうか……ヴィンスにはチャンスだな……)」


 しかし、彼の事を思い出したので、その後の言葉を強引に変え、「居るには居ますよ」と言ったのである。


「本当ですか!? 収入は!? ご家族の構成は!? お仕事は!?」


 それはもう凄い勢いで、アティアはすぐに食いついてきた。

 目を爛々と輝かせ、私に「ずいいいっ」と近づいて来て。

 どうしてそんなに焦ってるの……!? と、こちらが不思議に思う程だ。


「あー……収入は、ありますよ。多分かなり。家族の構成は両親が居て、一人で別家に暮らしています」


 聞かれた為にそう言うと、アティアは「素敵!」と舌なめずりをした。

 鼻息が荒いのはどうしてだろうか、と、顔を顰めて私は疑問する。


「それで、仕事は……」


 と、続けかけたが、アティアはそれを「紹介してください!」と言って遮った。


「一対一でも、合コンでも良いです! その人を私に紹介してください!」


 続けてそう願ってきたので、「え、ええまぁ……」と言ってそれを受ける。


「じゃあよろしくお願いしますね~! 詳細が決まったら教えてくださ~い!」


 満面の笑顔でアティアは去った。


「売れ残る訳だ……」


 と、一人で呟いて、行先を変更して歩き出す。


「みぃーちゃったきぃーちゃった! 先生! 合コンとかするんですかぁ!!?」

「なっ!?」


 振り向くと、フェネルがそこに立っていた。

 どうやら全てを聞いたようで、下から顔を「ずっ」と近づけて来る。


「やめろ! 気持ち悪い!」


 魚眼レンズさながらだったので、私は一先ずフェネルを押しのける。


「どういう意味っすか!?」


 と、怒られた為に、「そういう意味だ……」と、言葉を返す。

 距離を取って向かい直すと、フェネルは「世迷言を……」と小さく言った。

 多分、漫画のパクリだと思うので、私は敢えてそこには触れない。


「何も言えんか、組織への義理立てか……?」


 相も変わらず訳の分からんやつである。

 だがまぁ、なんとか耐えていると、「まっ、いいか」と、フェネルは言った。


「で、どうするんすか? どこでやるんすか?」


 直後の質問には「ハァ?」と返す。


「ハァ?じゃないでしょ。合コンでしょ? やるんでしょうよぉ合コンをさああ!!」


 言って、私を「バンバン」叩く。上機嫌の上司さながらである。


「いや、まだやるとは決めて無い。一対一の方が落ち着くと思うしな」


 隠しても無駄だと思った為に、私はそこは正直に言った。


「いやいや、先生! だから駄目なんですよ! だーかーらー先生は喪男なんですよ! 初っ端から一対一なんてしてたら、緊張してろくに話せないでしょ! 出会いの初っ端は合コンと昔の神様も言っております」

「その神様の名を教えてくれるか……?」


 突っ込んではみたがそれを無視し、フェネルは尚も言葉を続ける。


「て訳で僕、司会をしてあげますね。先生達はお喋りに集中! さんざん飲み食いされた挙句、料金は野郎で全部持って、嘘の連絡先を教えて貰って下さい……」

「随分と酷いオチなんだが……」


 言うと、フェネルは「そんなもんさ……」と呟く。

 一体何で知ったかは謎だが、フェネルの合コンの価値観はそうらしい。


「とにかく合コンしましょうよぉ! 僕、タダ飯にありつきたい……じゃないや、皆が幸せな所が見たいんですよ! じゃないと僕爆発しますよ! プロウナタウンが吹き飛びますよ!」


 吹き飛ばして見ろ、と言いたい所だが、火に油を注ぎかねない。

 そう思った私は「考えて置く」と言い、とりあえずこの場を凌ごうとした。


「ああああ! 駄目だぁあああ! バクハツする! 僕の中のモンスターが! 爆発しちゃうよイアン先生ぃぃ!」

「何だそりゃ……」


 と、呆れはしたが、気付けば周囲に人込みが出来ていた。


「何なのアレ?」

「どうも親子みたいだよ」

「しつけがなってないわねぇ……」


 と言う、とんでもない噂が広まっている。


「あああ分かった! 分かったから鎮まれ! 合コンな、合コン! 開いてやるから!」


 仕方が無しに私が言うと、フェネルは「フヒヒ」と笑うのである。

 この後すぐにフェネルと別れ、私はまずはヴィンスの家を訪ねた。


「ええっ?! ご、合コンですかぁ!?」

「どう言う訳かそうなりまして……」


 ヴィンスは相当迷っていたが、チャンスを生かす事にしたのであろう、最終的には参加を決意した。

 そして帰り道、私は偶然、先日のハニルと道端で会う。


「(人数集めにも丁度良いか……?)」


 そう思った私は彼女も誘い、やはりは相当迷った結果、参加の表明をしてもらう。

 私を入れて男は二人。女もこれで二人になった。一応の形は整えられたはずだ。

 これで良いだろうと教会に行くと、アティアの友達が来る事になっていた。


 なんでそうなった!? と、言いたい所だが、大人の私は「そうですか……」と返す。


「男の人をあと二人、用意して下さるとありがたいです」


 そんな事を言われた為に、「分かりました……」と言って教会を去った。


「(あと二人と言われてもな……流石にフォックスは駄目だろうし、ブランとはすぐには連絡は取れんだろう……はてさて、一体どうしたものか……)」


 考えながら歩いていると、建物の裏から声が聞こえた。大人と、大勢の子供の声である。


「ああ、年齢的には丁度良いな……」


 貸しもあるし断れないだろう。

 そう思った私は道を曲がり、その声の主を訪ねるのである。




 それから二日後。

 午後の二十時に、合コンは酒場で行われる事になった。

 私とフェネルは十五分前に着き、酒場の前で皆を待って居た。

 一番最初にやって来たのは、正装姿のヴィンスであった。

 現れるなり「アハハ……」と笑い、なんだか少し照れ臭そうだ。


「あれ? うんこのお兄さんじゃない?」


 と言う、フェネルの頭を私が叩く。


「なんで叩かれた?!」


 叩かれたフェネルは不満げだったが、無視していると静かになった。


「こ、こんばんは……」


 二番手の登場はハニルである。

 青い蝶の髪飾りを付け、服装とメイクにも気合が入っている。


「えっ……もしかしてハニルちゃん……?」


 横に立ってようやく分かったか、驚いた様子でヴィンスが聞いた。

 聞かれたハニルは「そ、そうです……」と言い、恥ずかしそうに俯いている。


「な、なんでここに……?」


 と言う続く質問には、「えっと……その……」と困り顔だ。


「私が呼んだんです。本当に偶然に、知り合いになりまして」


 ハニルが困っているようだったので、それには私が助け舟を出す。

 聞いたヴィンスは「そ、そうですか」とは言ったが、信じているかは微妙であった。


「こんばんは! すみませ~ん! 少し遅れてしまいましたァ~ン!」


 今夜の主役がついに現れた。周りの人はすでにドン引きだ。

 連いてきている友人達ですら、若干の距離を取って歩いている。

 言うまでも無くアティアの登場だ。


 上から言うならまずはティアラ。

 これには「Queenクイーン」と記されている。

 少し降りて耳ピアス。

 男と女を示すマークを2つ繋げて吊るしてあった。

 更に降りて今度は口内。どういう訳かオハグロである。

 首には不気味な模様が描かれ、鎖骨の所に「LOVE」とあった。


 上着は全て虎柄で、わき腹とヘソは見えている。

 胸からはパッドがはみ出ていたが、本人は全く気付いてないようだ。

 スカートはミニ。

 例えるのなら蜘蛛の脚のような不気味なデザインで、ふくらはぎに羽根を貼りつけて、スケートのような靴を履いていた。


「(今夜も霊力全開だな……)」


 口には出さず、私が思う。

 一方のヴィンスは「あ……あ……」と呻き、とりあえずは驚いているようである。


「なんすか? 除霊でもするんすか?」


 構わず言ったフェネルを叩き、「こんばんは!」と誤魔化すように言う。


「そちらは?」


 と、アティアが聞いて来たので、ハニルとヴィンスを軽く紹介した。


「え? 全員ブサじゃね?」


 という、小さな声が後ろから聞こえる。

 どうやらアティアの友人らしく、それには「ハハハ……」と苦笑いをしておいた。


 アティアの友人の数は二人。

 どちらも年齢二十三~四の、私の感覚で言うのなら、中の下程の女性である。


「ちなみに僕は司会デース! 有利に働くも不利に働くも、全ては僕のご機嫌次第! ささ、今の内に媚びておきなさい。ワイロカモーン。ギブミーチョコレート」


 フェネルが言うが、「バカじゃね?」とシカト。これには私も概ね賛成だ。


「時間になりましたね? どうしますか?」


 懐中時計(ウサギ顔の)を「ぱかり」と開き、時間を見た後にアティアが言った。

 二十時ジャスト。確かに時間だ。

 おかしいなと思って通りに目をやると、遠くに「彼ら」の姿が見えた。


「ああ、来ましたね。覚えてはいたようだ」


 安心をして右手を上げる。

 どうやら向こうも気付いたようで、右手を上げて駆け寄ってきた。


「いやぁすまんすまん! こいつが少し寝坊をしてな!」


 赤い道着の男が言った。


「何を言うか! お主がいつまでもクソをしているからだろ!」


 こちらは右の白い道着だ。

 女性達は完全に沈黙し、「え……?」という顔で彼らを見ている。


「あー……フレイムとヒョウセツだ。街の広場で格闘技を教えている」


 一応言うと、「ど、どうも」とは言う。


「押忍!」


 と言った二人には、全員が能面のような顔を返した。


「どうもウケが悪いようだな? お前の道着がマズかったのではないか?」

「それはお主だろう? 赤は無い、赤は」


 いやいや白も無いと思うな。合コンで道着とか絶対に無いと思う。

 そうは思うが呼んだ手前、「少し待ったからな!」と、フォローを入れる。

 バカな二人はそれで納得し、「失礼をした!」と、頭を下げた。


「え? 先生、師匠達呼んだんですか? 本当に友達居ないんですね……」

「うるさい!」


 フェネルの言葉には一応反論し、それから私は「入ろうか?」と言った。


「そ、そうですね……」


 と、アティアが答え、友達をつれて中へと入る。

 それにはヴィンスとハニルが続き、「ヒャハー!」と言ってフェネルが続いた。


「で、それがしは誰を倒せば良いのだ? 合同コンクエスト(征服)なのだよなコレは?」


 右手を当ててフレイムが聞いてくる。


「拙者はあの精霊使いとりたい」


 と、ヒョウセツも「そっち」でやる気満々だ。

 ……君達もう帰っていいよ。と、言おうとしてやめた瞬間でもあった。




 酒場の右手最奥を乗っ取り、合コンはついに開始された。

 丸テーブルの手前が男で、奥が女という状態である。

 フェネルは私の左に座り、アティアと挟まれるような形で男女の中心に居座っている。


 料理が並び、飲み物が着いた頃、「かんぱーい!」という声を合図に、自己紹介が命令された。


「じゃあ先生から! 先制なだけに!」


 フェネルが言って私を指さす。

 和ませようとした親父ギャグは、ヴィンスとハニルに苦笑いされただけで、他の女子や格闘バカにはまるで通用していないようだ。


「あー……」


 却ってやりづらいわ……と、思いつつ、その場におずおずと立ち上がる。


「私はイアン・フォードレードです。一応、医者をやっています。年はまぁ、二十五くらいです」


 一応言って、腰を下ろす。


「等と、容疑者のイアン氏は供述しており、自警団は事件との関連性を調べている最中という事です」


 と、すぐにも続けたフェネルによって、場の空気は更に凍り付いた。


「次! 次はヴィンス! 君の番だ!」


 そんな空気を溶かす為に、司会を乗っ取って次を促す。

 ヴィンスは「あ、はい!」と焦った後に、その場に立って自己紹介を始めた。


「ええと……ヴィンス・マクロードです。仕事はその……農作業関係です。年は二十三で一人暮らしです。こういう催しは初めてなので、色々と教えてくれるとありがたいです」


 ヴィンスが言って頭を下げる。仕事の部分は曖昧にしていたが、空気を読んだ為だと察した。


「じゃあ次は師匠! ガツンといっちゃって!」


 フェネルの司会の復活である。

 不安であるが揉め事を避ける為に、私は黙ってジュースを口にする。


「フレイムだ! 格闘技の講師をしている! 年は知らんし収入は殆ど無い! 得意技は股裂断金降という、要は空中での股裂き殺法だな! この技で葬られた敵というのは、三日はうんこに苦しむらしい! まぁ、生きていればの話だがな!」

「ははは!」


 笑っているのはフレイムとヒョウセツだけ。残りの者は白けた顔で、飲み物やつまみに手を伸ばしている。


「じゃあ最後、副師匠!」

「おう!」


 フェネルに言われ、ヒョウセツが立つ。

 最初に「ううん!」と咳払いをして、それから自己紹介を開始した。


「ヒョウセツと言う。種族は雪男だ。フレイムの仕事に寄生する形で、街の広場の土管に住んでいる。収入は無い。好みのタイプは、とにかく毛深い女だな。こう、そこら中がボーボーの女。腋毛でも、胸毛でも、(ピーーーー)毛がボーボーでも大歓迎だ!」


 流石は雪男と言うべきだろう、場の空気が完全に凍った。

 皆、一様に手を止めて、表情を固めてヒョウセツを見ている。


 しかしながらヒョウセツ本人は「以上だ!」と、どこか満足そうで、隣に座るフレイムと「イェーイ」と言って手を叩きあっていた。

 こいつらを呼んだのは間違いだった。と、私が確信した瞬間である。


「なんか良く分かんないけど、次はアティアさん、オネガイシマース!」


 そんな空気に一切構わず、フェネルが普通に司会を続ける。


「(こういう時は頼もしいな……)」


 と、フェネルの存在に感謝すらする。


「あ、アティア・フルエンスです。教会で悪魔祓いをしています……以上です」


 なんだか異常に短い気がする。さっさと切り上げて帰るつもりなのか。


「あ、サユリです」

「フェンナです」


 続く友人達も短く、苗字も言わずに名を言っただけ。

 最後にハニルの番となって、赤面しながらその場に立った。


「は、ハニル・ウェントンです。街の郊外で農作業を手伝ってます。年齢は十七で、こういう事には未経験です……今日はよろしくお願いします」


 ヴィンスと私が拍手する。

 仕方なしに皆が続き、一礼してからハニルは座った。

 その際にハニルはヴィンスを見たが、彼の視線はアティアに向いており、それには全く気付いて居ない。


「(うまく行かないものだな……全く)」


 密かに思い、ジュースに手を伸ばす。


「先生、これなんて読むんですか?」


 と、フェネルに言われて顔を向けた。

 フェネルの手には紙が乗っており、そこには色々と記されていた。

 おそらくエリスの字だと思われ、どういう事をするのかと、教えて貰った結果の紙らしい。


「あー……Kings game? ……王様ゲームだな」

「王様ゲーム? 何するんすかそれ?」


 読み方以前の問題である。やり方を知らない司会等不要だ。


「箸に番号とかを書いて、予め決めていた番号を引いた者が、王様になるというゲームじゃなかったか?」


 実の所、良く知らないので、適当な事をフェネルに話す。

 フェネルは「ほへー」と言った後に、箸を借りる為に厨房に向かった。


 その間の会話は全くのゼロ。

 かちゃかちゃという食器の音だけが鳴り、宛ら通夜をしているようだ。


「借りてきました! ペンも借りた! はい先生、後はよろしく」


 そこからの事はブン投げだった。

 フェネルはタダ飯を喰らい始め、食事の手を止めて私が書いた。


「ほれ」


 と言ってフェネルに差し出す。

 差し出されたフェネルは「ちょっと待って下さい」と、本業を忘れて食事に夢中だ。


「あの、ヴィンスさんのご収入って、具体的にどれ位なんですか?」


 アティアが唐突に口を開く。

 切り上げたいとは思っているのだが、そこはどうしても気になるのだろう。


「ぼ、僕ですか!? え、えっと……一日大体四万だから……×二十五くらいの十二か月で……」

「千二百万リーブルですね! 凄いですヴィンスさぁん!」


 計算が早い。本人よりも。

 褒められたヴィンスは「いやぁ……」と謙遜。

 意中の人に褒められて悪い気はしていない様子に見える。


「休日には何をされているんですか?」


 これはアティアの友人である、サユリ? (はっきり言って覚えていない)が聞いた質問である。

 すぐにもアティアが「ご趣味は!?」と割り込み、二人の間が険悪になる。


「あ、あの……えっと……」


 と、当のヴィンスは困り顔。


「まぁ、順番に答えれば良いさ」


 私が一応の助け舟を出すと、ヴィンスは順々に答えて言った。


「お医者さんの年収は?」


 その間を縫ってフェンナ? が聞いてきた。


「大体二百万位ですね」


 年収年収とうるさい人達だ……と、そう思いながらも言葉を返す。


「へぇー……」


 それを最後にフェンナは黙り、から揚げを二つ皿に盛った。

 え? 何? 一般的にはから揚げ二つに劣る男なの……?

 ちょっとばかりのダメージを受け、小刻みに震えてジュースを口にする。


「じゃあやりますか! 王様ゲィィム!」


 ようやくやる気になったらしく、フェネルが置いてある箸を握る。


「あ、ちょっと化粧直しで」

「あ、私も私も」


 が、アティアの友人達はそう言って、答えも聞かずに席から立った。


「あ、すみません。私もちょっと付き合ってきます」


 友人達に付き合う為に、アティアも言って席から起立し、二人の後を追って行く。


「なんか微妙に盛り上がりませんね?」

「二割位はお前のせいだがな……」


 言うと、フェネルは「なんでぇ?!」と言ったが、実の所は四割位はフェネルのせいだと言っても良いだろう。


「何だ? 試合放棄なのか? このコンクエストはそれがしらの勝利か?」

「ならば酒だ! 勝利の美酒だ!」


 残りの六割は格闘バカども、つまり、フレイムとヒョウセツのせいだと言える。


「どうも、申し訳ない事になってしまった。後半戦、もう少し頑張ってみましょう」


 そんなアホ共を全員無視し、ヴィンスに向かって私が話す。

 ヴィンスは「ええ……」とは言っていたが、状況をイマイチ理解していないようだった。


「すみません、お待たせしました」


 十分程が経ち、アティアが戻る。

 しかし、連れが居ないようなので、「どうかしましたか?」と、私が聞いた。


「え、ええ……その、彼女達は……何か急用が出来たとかで……」

「あ、ああ……」


 どうやら逃げられてしまったらしい。


「それでは仕方ないな」


 と、信じたフレイムが、今はなぜか非常に羨ましい。


「(一応、責任は取るのだな。アティアもそこまではアレではないか……)」


 そこの部分には素直に感心し、どうしたものか、と、考えを巡らした。


「農作業関係のお仕事と言っていましたが、具体的にはどのようなお仕事を?」


 聞いたのはアティアで、対象はヴィンスだ。

 興味は持っているのだろうが、そこを押して聞く事は、ヴィンスには少し酷かもしれない。


「ええと……ですね……」


 案の定、ヴィンスは詰まり、言うかどうかで悩んでいるようだ。

 助け舟を出すか、と、思いはしたが、ここはヴィンスの判断に委ねた。


「実はその……糞尿の回収をしていて……それを肥料として売ってるんです。農作業関係と言えばそうですが、ちょっと反則な言い方でしたよね……」


 正直に言って、ヴィンスが笑った。

 良く言ったな、と思う私は、褒め称える意味で小さく頷く。


「あ、そ、そう……でしたか。いえ、農作業関係で間違いないと思いますよ」


 アティアも言って「アハハ……」と笑う。

 しかしながらその顔は、やはり少しぎこちない。


「そうか! 立派な仕事だな! 男の中の男の仕事だ! 人の嫌がる仕事程、人間の器量が知れるというものだ! お主は顔は少しあれだが、心根は最高の良い男だ! 尊敬するぞ! それがしはな!」


 どういう訳かバカはバカでなく、言ってヴィンスの肩を叩く。


「フレイムの言う通りだ。お主のお蔭で、拙者らはうまい飯が食えている! なんら恥じる事は無い! 誇りに思えヒンス君!」


 もう一方のバカもそうだが、やはりはバカで名前が違った。


「あ、ありがとうございます。嬉しいです。本当に」


 目を潤ませてヴィンスが言った。

「名前違うやん!」とキレない点は、フレイムの言うように心根が最高だ。


「あー……じゃあ私はこの辺で。ちょっと仕事が残っているので……」


 果たしてどう受け取ったのか、アティアが言って席から立ち上がる。

 彼女の目的はあくまでも「結婚対象の捜索」なのだから、その対象が居ないとなれば、居続ける理由も無いのであろう。


 ヴィンスはアティアの対象では無かった。

 きつく言えばそれだけの事だ。


「あ、あの、また会っていただけますか?」

「……え、ええ。また、教会で」


 すがるようにヴィンスが言って、答えたアティアが一応微笑む。

 それはおそらく、教会の外では会えませんよという意味だったろう。


「そ、そうですか……今日はありがとうございました……」


 ヴィンスもそれが分かったのだろう、礼を言って不器用に笑った。


「それではすみません。……失礼いたします」


 アティアは最後にそう言って、一礼をしてから去って行った。

 まぁ色々と思う所はあるが、私はアティアを嫌いにはなれない。

 駄目だと思った時点で切った。これはある意味で優しさなのだ。


 アティアだって何も思わず、何も感じて居ない訳は無い。

 そうした方がお互いの為だから、この場で「ばっさり」と行ったのだろう。

 まぁかと言って好きかと言えば、あくまで普通の気持ちであるが、彼女が結婚出来る事は、まだまだ先だろうと同時に思った。


「やっぱり駄目でしたね……僕なんかに好きになってもらっても、女の人は迷惑なんでしょうね……今日は、本当に良く分かりました」


 独り言のようにヴィンスが言って、聞いたフェネルが「あれれ……」と呟く。


「お金が貯まったら資格を取って、違う仕事をしようと思います。それで、別の街にでも行って、一から出直してみようかなぁなんて」


 そう言ってヴィンスが「アハハ……」と笑うので、私も一応それに応えた。


「だ、駄目です……」


 と呻くように言ったのはハニル。全員がそちらに顔を向ける。


「駄目です……! 別の街になんか……行かないで下さい……! わたしは……わたっ……わたしはヴィンスさんが……」


 ハニルの顔は真っ赤だった。

 俯いてはいるがバレバレである。

 両耳までを紅潮させて、震えながらに言葉を続けた。


「一生懸命頑張っている、ヴィンスさんがずっと……すき……だったんです……っ!」


 そして、己の気持ちを告白し、潤んだ瞳でヴィンスを見たのだ。


「ヒュゥゥー!」


 と言うフェネルは私に叩かれ、皆の視線がヴィンスに集まる。


「ぼ、ぼ、僕なんかの事を……? ハニルちゃんが……?」

「おい! しっかりしろ!」


 そう言ったヴィンスはフレイムに叩かれ、威力のあまりに椅子から落ちた。


「やりすぎだバカモノ!」


 と言うヒョウセツにこの時ばかりは心がシンクロする。


「あいたたた……」


 腕を押さえて立ち上がり、顔を顰めてヴィンスが呻く。

 それからもう一度椅子に着いて、ヴィンスは「ちらり」とハニルを伺った。

 ハニルはもう俯いており、唇を噛んで何かに耐えていた。


「良いじゃないか。これから始めれば」


 そう言うと、ヴィンスは頷いてハニルに「ハニルちゃん」と声をかけた。

「びくり」とした後に顔を上げる。


「これから少しずつ、って事でも良いかな? これからも僕は頑張って行くから」


 それを聞いたハニルは喜び、「うん!」と大きく頷いた。


「よおし! 祝い酒だ!」

「今夜は夜通しだ! 閉店まで突っ走るぞ!」


 格闘バカ二人が言って、私も今回はそれに乗った。


「(落ち着く所に落ち着いたな……)」


 そう思ってジュースを一気に飲んだ。




 閉店までは飲めなかった。理由は店が無くなったからだ。

 調子に乗ったバカ共が盛り上がり、いつものパターンでぶっ壊したのだ。

 今回は流石に責任が持てないので、私達は奴らを放って逃げた。

 聞いた話では自警団に捕まったらしいが、その後の事は現時点では不明だ。


 まぁそれはともかくとして、ヴィンスとハニルが付き合い出したのはめでたい。

 あの二人ならおそらくは、うまくやっていけるであろう。


「じゃあ次は先生の番ですね? レーナさんとルニスさん、後はノアさんにリーンさんでしょ? あ、うちの姉さんもそうか。一体誰を一号にするんです?」


 酒場からの送り道、フェネルがそんな事を私に言った。


「一号とか二号とか、その中に姉を入れるとか、お前本当に十四才か? ともかく私も考えているから、余計な事には口出しするな。というか、そういう表現はヤメロ」


 言って、軽く頭を叩くと、フェネルは「残像だ……」と言って動いた。

 が、当たった後だったので、私は何も言わなかった。


「(誰かと言えば勿論レーナだが……私もそろそろ覚悟を決めるかな……)」


 思いはするが、実行は難しい。言葉に出すなら尚更の事だ。

 だが、にこやかに笑い合う二人を目にして、そういう関係になれたら良いな、と、羨ましくは思った私ではあった。


でも結局はイエマセーン!

チキン・オブ・イアン。


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