砂漠地帯の黒い影
またまた感想を頂けました。
どんなものより励みになります。
学校や会社でこんな事があって参ってる。彼女と別れて僕寂しいの。
そんな感想(?)でも構いませんので、どしどしここに応募してね!
今日はラーシャスとの約束の日だった。
珍しい事に呼ばれているのだ。
理由は謎で、時間も曖昧だが、今日という日に何かがあるから、ラーシャスは私を呼んだのだろう。
朝食を終え、準備を整えて、レーナとルニスに伝えて家を出る。
昼までには行くと言っていたが、別に早くても問題は無いはずだ。
空を見上げるとまさに青天。太陽の光が実に心地良い。
爽やかな小鳥の声を聞きながら、ゲートの近くの森まで向かった。
「あれ? イアン先生じゃないですか? おはようございます」
本当に偶然の事であるが、そこで先日のヴィンスと会った。例の荷車に乗っていたので、おそらく仕事の最中なのだろう。
「おはようございます。随分と早いですね」
道に止まってそう言うと、ヴィンスは「いやぁ」と少し笑った。
「実は今日は母の付き合いで、街の教会に行くんですよ。その間仕事が出来ないからこうして早めに済ませている訳です」
それから理由を話してくれたので、私は普通に納得が出来た。
「なるほど。親孝行とは素晴らしい事です。孝行したい時に親は無し、と、昔から言っていますからね。どうか、沢山親孝行をしてあげてください」
そう言うと、ヴィンスは「分かりました」と言って、馬を操って街へと向かった。
私はそれを見送ってから森の中へと足を踏み入れる。
見られたらまぁ、「どこに行くの……?」と疑問に思われる方向だからだ。
万が一にも尾けられでもしたらゲートの存在がバレてしまうし、やはり、人間には知られない方が良いと思う代物でもある。
それ故に森に入る時には、それなりに気を遣っているという訳だ。
「(しかし、何気に道が出来てるな……向かう場所が分かっているからそう思うだけかもしれないが……)」
モロに分かる、という程では無いが、森の中には小道が出来ている。それは、私が何度もここを通った事の証明でもある。
「(少し道を変えてみるか。面倒と言えば面倒ではあるがな)」
誰かが気付けば辿られ兼ねないので、今後は道を変える事に決めた。
三分程歩き、視界が拓ける。古木が見える空間に着いたのだ。
珍しい事にエルフが居たので、「どうも」と、一声かけておいた。
エルフの性別は女のようで、緑の絨毯の上に立っている。
何をしているのかは分からないが、時間を潰しているようにも見る事が出来た。
「あ、おはようございます、先生」
リーンが気付き、枝から降りて来る。
「あちらは?」
「待ち合わせをしている見たいです」
何気に聞くと、名前では無く、彼女の状態を教えてくれる。
で、名前は? なんて、深く突っ込む理由は無いので、「そうですか」とだけ短く返した。
「今日はどこに?」
「あ、ああ。ラーシャスの洞窟の近くまでで」
「分かりました」
聞かれた為に行き場所を告げると、リーンがゲートを開いてくれた。
「ちらり」とエルフの方を見ると、あちらもなぜかこちらを見ていた。軽く会釈して、顔を戻す。
「いつもすみません」
と、一言言ってから、リーンの開いてくれたゲートへ入った。
ラーシャスが住んでいる洞窟に着いたのは、朝の九時半前の事だった。
「随分早いな」
と、いきなり言われたので、とりあえず「すまんな」と素直に謝る。
「まぁ良い。来るまで話に付き合え」
「来るまで?」
直後の言葉には疑問を感じ、眉毛を波にしてその部分を聞き返した。
「あぁ来るまでだ。私の遠い親戚だがな、今日の昼頃に来る事になっている。お前にはその親戚の問題を解決して欲しいのだよ」
竜に親戚なんかが居るのか? そんな事をまず思ったが、私は「ああ……」と一応返す。
「それは、どんな問題なんだ?」
当然の疑問をぶつけてみると、「解決したかもしれんからな。今話しても仕方ない」と、肝心の所は教えてくれない。
「そうだ。この間のスルメとやらは、確かになかなかの美味だったぞ。歯の隙間に挟まって大変だったがな」
そして、関係が無い話を持ち出して来て、一人で「ふふふ」と笑うのである。
私としてはまさにその、歯の隙間にイカが挟まったような感覚。
肝心な事を教えてくれないので、なんだか気持ちが悪くて仕方ない。
しつこく聞けば教えてくれるかもしれないが、「しつこい奴だ」と、思われたくも無い。
それ故に私は聞くのを我慢し、一体どういう問題なのかと疑問しながら昼まで待ったのだ。
「おう、大将、遅くなった」
現れたのは一人の人間で、見た目の年齢は二十五~六才の、金髪蒼眼の男性だった。
体格が良く、また顔も良い。武器は持たず、ターバンも無いが、着ている衣服は砂漠の民が愛用しているようなものである。
一体誰だと思いはするが、第一の疑問は別にある。
「親戚と言っていなかったか……?」
ラーシャスは確か、親戚が来ると私に話していたはずだった。なのに現れたのは人間なのだから、疑問に思うのは仕方が無い事だ。
「誰だこいつは? 気安い野郎だな」
顔は良いが口は悪い。
むしろこっちのセリフなんだが? と、言いたい所を言えずに飲み込む。
対応に窮してラーシャスを見ると、「フハハ」と笑って紹介をしてくれた。
「これは私の親戚でな、名をマジェロと言う者だ。口は悪いが悪意は無い。まぁ適当に付き合ってくれて良い」
適当に、と言われても、「ヨロシク、マジェ公」等とは言えない。色々と疑問は残るものの、とりあえず「イアンです」と、名前を名乗った。
「へぇ。で?」
一体どう言うべきだったのか。で、と、言われて私が固まる。
「もしかしてこいつが例のあれか? 大丈夫なんかよこんな奴で」
一方で何かが進んでいたが、「無礼な奴だな」と思っていた為に、そちらの方には興味が回らない。
「これでなかなか頼れる男だ。腕はからきしだが頭はキレる。話して見るだけ話して見ろ」
どうやら私の話のようだ、と、気が付いたのはこの時である。
「ちっ」
直後にはマジェロは頭を掻いてから、私の方に顔を向けて来た。
「大将も言ったが俺は竜だ。生憎空は飛べないんでね。こういう姿でここを訪ねた。お前への頼み事っつうか、相談したいのは、簡単に言えば食いモンの事なんだ」
一部に納得し、そして疑問し、とりあえずは「食いモン?」と言葉を返す。
マジェロは「ああ」と言ってから、回答となるのだろう言葉を続けた。
「サンドワームって知ってんだろ? ミミズのバケモノみてぇな奴らだ。アレが俺の食いモンなんだが、最近どうも姿を見ねぇ。大将とは違って俺ぁ未熟でね。十日も食えなきゃ気が荒ぶっちまう。てわけで、お前にはこの問題っつうか、原因を探ってもらいてぇんだよ」
サンドワーム。マジェロが言うように、平たく言えば巨大なミミズだ。実際には体が黄色であったり、頭の部分が口だったりと、小さな所はミミズとは違う。
大きさは五mから十m程あり、砂漠の中を住処にしている。
知能はゼロで食欲の塊。通りかかるモノなら何でも襲うという、恐ろしい一面も持っている。
そのサンドワームが居なくなった原因を、マジェロは探って欲しいと言うのだ。
答えはまぁ、NOでは無いが、もう少し状況を知りたくはある。
「なぜ、そうなったかの推測はありますか?」
と聞くと、マジェロは「知るかよ」と投げ捨てるように言った。
「あと、敬語とかメンドクセーからやめろ。マジェロさん、とかもぜってー言うな。言ったらケツを蹴りあげるからな」
凶暴である。荒ぶっているのか? そんな事をまず感じたが、「了解した」と、一言答えた。
「まぁ、ともあれ行くのが一番だろう。現場を知らねば話にはなるまい」
ラーシャスが言って体を動かす。直後には「ずしん」と右足を出したので、何処に行くのかと私が聞いた。
「決まっている。砂漠地帯だ」
「ら、ラーシャスが行くのか? ゲートを通れば……」
言おうとしたが「いや」と遮られる。
「あそこにはゲートは存在しない。そもそも、森が殆ど無いのだ」
砂漠であればそれも当然か。その言葉には普通に納得をした。
「だから空を行くという訳だ。ついてこい。マジェロ。お前もだ」
「へいへい」
「ずしん、ずしん」とラーシャスが歩き、その後ろに私とマジェロが続く。
「さぁ乗れ。一時間ばかりの空の旅だ」
そして、洞窟の外に出た後に、ラーシャスが体を低くして言った。
「振り落されんなよ」
言って、マジェロが「ポーン」と飛び乗る。一方の私は登山の如く、少しずつ背中を上って行った。
「落ちないように見ていてやれよ」
「へいへーい」
ラーシャスの言葉にマジェロが答える。そのすぐ後にラーシャスは起き上がり、巨大な翼を羽ばたかせ始めた。
相も変わらず凄い迫力だ。五十m級の巨大な竜が羽ばたく様は壮観である。
「では行くぞ」
と、ラーシャスが言い、体が「ずっ」と宙に浮いた。
落ちないように踏ん張りながら、隣のマジェロを「ちらり」と伺う。
「ん? どうした?」
マジェロは両腕を組んでおり、不自然な角度で突っ立っていた。
しかめっ面で私を見ているが、その体は普通なら倒れる角度だ。
「(良く落ちないな……)」
と、思いはしたが、そこはまぁ、竜の事。何らかの力が働いているのだと思い、私はそこに突っ込まなかった。
ラーシャスの高度はどんどん高くなり、雲が近付いてそれを突き抜けた。
そして、平行飛行になって、私はようやく腰を降ろせた。
眼下の景色は雄大で、どこか幻想的でもあった。
森や川や山などが、例えるならリアルな絵画のようだ。
実際には空に居るのであるが、さながら美術館に居るようでもある。
「美しいな……」
と、つい呟くと、マジェロは「そうか?」とそれに返した。
「それは駄目だな。そういう感覚が鈍い」
前の方から声が聞こえる。ラーシャスは私に同意であったらしい。
マジェロの事をけなした後に、面白そうに一人で笑う。
「そんなもんが腹のタシになるかっての」
怒りはせず、笑いもせず、しかめっ面のままでマジェロが言った。
「(こいつはこういう奴なんだな)」
そう思った私は「ふっ」と笑い、短い空の旅を楽しむ事にした。
一時間程の旅が終わり、私達は村の近くに降り立った。
近くとは言っても二~三キロはあり、また、確認をして降り立ったので、その姿は誰にも見られていない。
周囲にあるのは岩、岩、岩、と、他に目立ったものが無く、村からは少し離れているが、砂漠が近い為であろうか、野生の動物は見られなかった。
「さて、んーじゃ、これからどうするんだ? 村に行って情報でも集めんのか?」
腰に手を当ててマジェロが言った。
質問の先は私らしいので、「そうしようと思うが」と一応答える。
「そんなのより現場に行った方が早くねーか? 百聞はなんとかって人間達も言うだろ?」
その言葉にはラーシャスが、
「どの道通らねばならん村だ。ついでに情報を集めるのもよかろう」
と、頭上から助け舟を出してくれた。
「まぁ、そういう事だ」
尻馬に乗って私が言うと、マジェロは「ちっ」と舌打ちした。
どうにも好かれていないらしいが、まぁ、なんとかやって行くしかないだろう。
「大将はどうする? 帰るのか?」
ラーシャスを見上げてマジェロが聞いた。気まずさを誤魔化す為であろうか、聞いた意図は私には分からない。
「ふむ……」
ラーシャスは一先ずそう言ってから、数秒後の間思考した。
「いや、私も行こう」
そして、それからそう言って、同行の意思を明らかにする。
「(空から飛んでついてくるのか?)」
そんな事を思っていると、ラーシャスの体が白く輝いた。
「な、何だ?!」
と、驚いた直後には、輝いたままで小さくなって行き、五秒程が経った頃にはそこには一人の人物が立っていた。
「ふむ、まぁ、こんなものだな」
両手を確かめ、足を確かめ、現れた人物が一人で呟く。
多分、ラーシャスだと思いたいのだが、私はそれを認められずに居た。
なぜならばその人物は性別的に女であったのだ。
身長はおそらく百七十程。見た目の年齢は二十五前後だ。
赤い髪に黄色の瞳。民族衣装と思われるスリットの入ったスカートを履いている。
出る所は出ているし脚が長い。
そして、何より美人であった。
声からしておっさんだと思っていただけに、私はそれがラーシャス等とは、決して認められないで居た。
「どうした? どこかおかしいか?」
その声すらも今は違う。若い女性のそれである。
「おかしくはないが、認めたくないな……」
言うと、ラーシャスは「どういう意味だ?」と言って、美しい顔を疑問で歪めた。
「いや、まぁ要するに……勝手に男だと思っていたんだよ。声が男のものだったからな。だからその、困惑しているんだ」
「なるほどな。これは面白い」
正直に言うとラーシャスは笑った。
「だが、別に女という事では無い。そういう概念が我々には無いからな。困惑すると言うならそうだな……」
それから言って、もう一度輝いて、今度は渋い親父になった。
砂漠の国王も顔負けしかねない、ターバンを巻いた渋い親父だ。
「これならお前も落ち着けるかな?」
そして、口髭をこすりつつ、ラーシャスはそう聞いてきたのだ。
どちらかというとこちらが近いが、私は正直返答に迷う。
見た目にちょっと、色気が無いからだ。
「いや……前の方が近いかもしれないな。私がどうかしていたようだ」
結果、私は大嘘をつき、ラーシャスを先程の女性に戻した。
「うんうん。こっちの方が近い。ラーシャスらしい」
そして、体を「まじまじ」と見て、不必要なまでに頷いて見せるのだ。
「邪な視線を感じる気がするが、おそらく私の気のせいだろうな……」
女性になったラーシャスが言い、「気のせいだな」と、私が返す。
男だらけの砂漠地帯より、少しは色気がある方が良い。
私は自分にそう言い聞かせ、罪悪感を闇に葬った。
「どうでも良いがそろそろ行こうぜ? 腹と背中がくっついちまいそうだ……」
マジェロが言って、ため息を吐く。
それを合図に私達は歩き出し、彼方に見えている村へと向かった。
結果を言うと、有力な情報は全く以て得られなかった。
砂漠の中にあるアールハッドという街で、殺人事件があったという事。
人間の姿で飲んだ方が、効率が良いとラーシャスが気付いた事。
得られたものと言えばそれだけであり、私達は更なる情報を得る為に、アールハッドと言う街へと向かっていた。
まだ三月の中盤だと言うのに、照り付ける太陽は夏の如くで、砂漠の砂から立ち上がる熱気は火山の近くに居る如しである。
ラーシャスとマジェロは竜である為か、水分を必要としていなかったが、砂漠を少し侮っていた私はそれを猛烈に必要としていた。
さっきの村で買って置けば良かった……と、後悔しながら街道を進む。
前方に黒衣の集団が見えたのは、汗を拭った直後の事だ。
人数は六人。その全員が黒いローブを身に着けており、フードを深くかぶっている為に、年齢と性別は不明である。
先頭を行く人物が「ちらり」とこちらを見て来た為に、私は一応「どうも」と言った。
「……」
が、それは完全に無視され、無言のままで通り過ぎる。
「妙だな」
と、ラーシャスが言い、「大将も思ったか」とマジェロが言った。
「何がだ?」
「わかんねぇのかよ……」
私の言葉にマジェロが呆れる。
「黒ってのは太陽の光を良く通すだろ。砂漠の中でンな格好するか? 普通は白だ。俺みたいにな」
それから妙に思った理由を歩きながらに話してくれた。
「そう言えばそうか」
言われてみれば納得である。
振り向いてみるとあちらの方でも、最後尾の人物がこちらを見ており、目があったという気まずさから、私はすぐに視線を戻した。
「まぁ、尤もあちらでも妙に思っているかもしれんがな。私達の姿を見ても、砂漠の民だとは決して思うまい」
そちらの方にも納得である。
「そうだな」と一応ラーシャスに言い、こちらを見ていた理由はそれかと、私は一人で結論づけた。
アールハッドという大きな街へは、それからおよそ四時間後に着く。
巨大なオアシスが北東にある、それなりに栄えた街だった。
支配者の名前はセイブ・アールハッドと言い、この街と、北東にあるオアシスタウンを統治している有力者らしい。
この地方は未だ集落制である為に、王と言う者が存在しない。
それぞれ有力者に治められて、勝手な法律を作っているのが、この地方の今の状況だと言う。
……以上がまぁ、マジェロに聞いた事で、私はそれをしたり顔で記していると言う訳である。
「とりあえず酒場だ。酒だ酒。変わった酒があると良いがな」
言いながら、ラーシャスが酒場を探す。
女性になっても根本的にはやはりは飲兵衛のようである。
私も喉が「カラカラ」だった為に、それには別に反対はしない。
だが、彼らが無一文の為に、料金を持つのは少し痛かった。
「おぉ、あったあった。何をしている。さっさと行くぞ」
砂漠の星亭という酒場を見つけ、ラーシャスが嬉々として入店して行く。
「困ったもんだな大将にも……」
と、ボヤきながらもマジェロが続いた。
「ん……?」
それに続こうとした私であったが、人込みの中に見つけた何か――
つまり、黒衣の人物を見て、視線と顔をそちらに向けた。
人数は二人。こちらに気付かず、人込みの中を縫うようにして進んでいる。
やがて彼らは見えなくなったが、先の砂漠の街道で見た黒衣の集団と姿が似ていた。
「(流行っているのか……?)」
そう思い、首を傾げて酒場に入る。
「何をしていた? 始めているぞ」
と、すぐにも言ってきたラーシャスの右手には、すでにグラスが握られていた。
店内の客は私達だけで、店主はカウンター内で掃除をしている。
ラーシャス達はど真ん中に居座り、丸いテーブルに向き合って座っていた。
「それとスルメだ。スルメもくれるか?」
そちらは店主に向かってのもの。
聞いた店主は「シブイね姉さん……」と、苦笑いをしながらそれを取り出し、竈で少しあぶった後に、皿に乗せてスルメを運んだ。
そんな店主と並行するように、私も歩いてテーブルに着く。
「はいよ、お待たせ」
そして、店主が皿を置いて、レシートに品名と値段を書き込んだ。
「おぉ、これだこれだ。騙されたと思ってお前も行って見ろ」
本来の目的を忘れているのか、スルメを左手にラーシャスが言う。
言われたマジェロは「気が向いたらな……」とは言ったが、手は伸ばさずにしかめっ面で見ていた。
「あー……最近、何か変わった事はありましたか?」
誰も聞かないので仕方なく聞く。本来の目的を忘れ過ぎである。
レシートを置いた店主は「うーん……」と言い、その後に「まぁ、それなりにはね」と言った。
「それはどのような?」
「殺人事件とか、失踪事件とか、後はそうだね。ヒカリちゃんの実家でファンが暴走したって事くらいかね」
私が聞くと、店主はそう言った。
「ひ、ヒカリちゃん? あの、中立マンのイメージガールの?」
「ああ、彼女はこの街出身なのさ。随分とビッグになったもんだよ」
店主が言って、「ハハハ」と笑う。
「はっはっはっ」
本当に分かっているのだろうか、酒を片手にラーシャスも笑った。
まぁ、普通に驚きはしたが、今回の依頼には関係が無さそうだ。
ヒカリちゃんの件は横に置いて、残りの二件について聞く。
「あぁ……アールハッド家の息子達が連続して誰かに殺されたんだよ。行く行くは跡取りになるんじゃないかって噂されてた次男も死んで、親父さんは随分と落ち込んでいるらしい。まっ、良くも無く、悪くも無しなんで、俺達にはあんまり関係ないけどね」
こちらはどうやら殺人事件の方。
「で、失踪事件って言うのが、地質学者のニートンって奴が、砂漠に行ったまま帰って来ない。もう2週間も前の事だし、死んじまってんじゃないのかって言われてるって話さ」
こちらは失踪事件の方らしい。聞かせて貰って言うのも何だが、あまり関係は無さそうである。
「そうですか。どうもありがとう」
「いやいや」
それでも一応礼を言うと、店主は笑って踵を返した。
「そういやそろそろ移動流砂が近いのかな……あんたらも外に出るなら気を付けるんだぞ」
が、きっかけがあって思い出したのか、立ち去り際に店主が言った。
「い、移動流砂とは?」
と、私が聞くと、「動く流砂。そのままだね。今頃は南西に来てるんじゃないかな?」と、一応の答えを教えてくれた。
店主はその後にカウンターに戻り、途中ヤメの掃除を再開させた。
「まるで駄目だな。関係ねぇ事ばっかりだ」
不満げなのはマジェロである。
情報が全く集まらない事に段々と荒ぶってきたらしい。
なら自分で聞かないかと言いたいが、言えばもっと荒ぶるだろう。
「ま、まあ殺人事件の方はともかくとして、流砂の方は怪しいんじゃないか? 砂漠に関係している事だしな?」
言うと、「ちろーん」と横目で見て来る。
「関係無かったら、てめぇを食うからな」
そして、恐ろしい事を口にして、視線を元に戻すのである。
「はっはっはっ。愉快愉快。い~い気分になってきたぞ……」
頼みの綱のラーシャスはスルメと酒に夢中になっており、私の危機には気付いていない。
「(出来るだけラーシャスの視界の中に居よう……)」
冗談とは思うが念の為に、そう考えた私であった。
私達は街を出て、流砂の近くにやってきていた。
そろそろ夕方が近いようで、遠くの空が赤焼けてきている。
「(あまり長居は出来ないな……)」
そんな事を考えて歩いていると、巨大な流砂が目の前に現れた。
半径はおよそで五十m。蟻地獄のような大きな穴だが、中央には何も確認できない。
周囲の砂を吸い込みながら、本当に少しずつ移動をしており、私達が立っている場所へと向かい、秒速一センチ位の速度で「じわじわじわじわ」と近づいて来ていた。
「はっはー。こいつは愉快なものだなぁ。砂漠が生きていると言う良い証拠だぁ~。落ちるなよ? 落ちるなよ? はっはっはぁ~」
これは、完全に「デキてしまった」ラーシャスが発した言葉である。マジェロに肩を借りているが、それでも「フラフラ」と落ち着きが無い。
マジェロが息を「はぁ……」と吐くのも、私はだいぶ理解が出来た。、
「……どうだ? なんか分かったか? こんなのただの穴だろうが?」
少し疲れた顔を向け、マジェロが私にそう聞いてくる。
「いや、まだ何とも言えんよ……少し調べて見ない事にはな」
返した言葉はそんなもので、聞いたマジェロは「じゃあ調べろ」と、若干投げ槍になっている。
「中央には何も居ないようだな……」
言うと、すぐにも「居ねぇよ」と返される。
……だいーーーぶ嫌われているようである。
まぁ、無理に仲良くする理由は無いので、それに構わず周囲を歩いた。
じりじりと、本当にじりじりとだが、流砂は移動をしてきていたので、距離を取りつつ、周囲を調べる。
「うん……」
正直な所、何もわからない。マジェロの言うようにただの穴である。
中に入れば分かるかもしれないが、そこまでする勇気は私には無い。
「はっきり言って……」
わからんな、と、続けようとして私が止まる。
マジェロとラーシャスの後方に黒衣の集団が見えたからだ。
二人も気配に気付いたようで、直後には体を後ろに向けた。
「何だテメェら?」
と、マジェロが聞くも、集団からは声は返らない。
代わりに短剣を「すらり」と抜いて、一斉に二人に襲い掛かってきた。
人数は四人。訳は分からんが、気の毒にな、と私は思う。
マジェロとラーシャスは今は人だが、中身はとんでもない奴らなんだよ、と。
「あらっ……?」
そう思った私の視界が、なぜか、夕焼けの空へと向かった。
そして、それは空を過ぎて、後方の流砂の端へと流れる。
「しまった!?」
と、気付いた時には、私は流砂の中へと落ちていた。
「たすけっ! たすけええ!!」
と、声を出すも、戦闘中なのか反応は無い。
砂の上を「ずさああああ」と滑り、あっという間に中央に着く。
「マズイぞマズイ! これはマズイ!」
じたばたともがくがそれも無駄。私はすぐに頭から、砂の中へと呑まれ始めた。
「ぎゃあああああ!!」
断末魔の声を出し、垂直に体が呑み込まれて行く。
頭は地、足は天と言う、少し情けない恰好である。
「(とりあえず酸素を! 酸素を確保だ!)」
最後の足掻きで袖を近づけ、口に腕を当ててそのまま沈む。ラーシャスでも良い、マジェロでも良い。とにかく私に気付いてくれと、そう願いながら沈んで行った。
両目を瞑ってどれ位が経ったか。
身体がどこかに落ちた気がして、私はおずおずと両目を開けた。
そこには砂漠でも地中でも無い、青光りする空間が広がっていた。
一種、洞窟のようにも見える。
「どこなんだ……」
と、呟いて立つが、当然答えは返って来ない。
どさり
という音を立て、天井の方から砂が落ちた。
落下したのは私の目前で、量としては10キロ程だ。
「当たって居たら死んでいたか……?」
そんな事を言って少し歩く。
「(流砂に落ちてここに来たという事は、砂漠の下に広がっている洞窟か……とすると、だいぶ落ちたのだろうな……)」
思いながら歩いていると、小さな川、と言うよりは、溝と言って良いようなものが見えた。
澄んだ水が流れていたので、飲めるかと思って近づいてみる。
「おっと……」
見た事が無いキノコが生えていたので、それに触れないようにして水を掬った。
「うん……」
水の匂いはまぁ普通。というか、匂いは全くしない。
「ぺろり」と少し舐めてみたが、普通の水よりむしろうまい。
「大丈夫だな」
今度は両手を使って掬う。「ごくり」と飲むと渇きが癒えた。
もうひと掬いしてそれを飲む。
それから袖で口を拭き、上流に向かって歩く事にした。
恐らく十分位歩いただろうか、視界が拓けて湖が見える。
地底湖、という奴だろう、緑色に輝く綺麗な湖だ。私の左手一杯に広がり、いくつかの溝に水を流している。
「砂漠の砂でろ過された水か。それはまぁ綺麗な訳だ」
呟き、岸辺を歩いていると、湖の一ヶ所から飛沫が上がった。
直後にはそこに誰かが現れ、私に気付いて裸体を向ける。
まさか、女性か!? と、思いはしたが、そいつは普通のおっさんだった。
「な、なんじゃあ、お主は!?」
等と言って、生意気にも胸と股間を隠す。
それは女性だから映える絵なんだよ!? そう言いたい気持ちを「ぐっ」と堪え、「どうも……」と、一応言葉を返した。
男の年齢は五十前後。髪の毛は黒の普通のおっさんだ。
男は「なんじゃと聞いとるんじゃが……」と、呟きながらに湖を移動し、私から少し離れた所の岸辺に着いて体を拭きだした。
「まだ来るな! パンツを履いとらん!」
近付こうとしたらそう言われた為に、「はぁ……」と答えて時間を潰す。
「もう良いじゃろう……で、何者だお主?」
男はパンツを履いた後に、眼鏡をかけてそう言ってきた。
現在はパンツ一丁なので、服装のセンスは最悪だが、顔を単体で見るのであれば、まぁ、それなりに渋い男だ。
「あー、私はイアンを言います。流砂の中に落ちてしまいまして、気付いたら近くで倒れていました」
言うと、男は「ほう」と呻く。
「お主もそのクチか。実はワシもじゃ。斜塔に行った帰り道で、流砂にハマってしまってな。気付くとこの地下洞窟に居た」
服を着ながら男が話す。一体何日着替えていないのか、その服はかなり「ボロボロ」である。
「斜塔と言うと?」
それを置いて聞いてみる。
「知らんのか? 砂漠の斜塔を? 昔からある謎の遺跡でな。二、三カ月前に入口が閉まったらしい。こいつは怪しいと思って行ったが、近づく事すら出来んかってな。その挙句がこのザマじゃ。まぁ、割と気に入ってはいるがな」
男が最後に靴を履いた。服と同様「ボロボロ」だったが、男は気にしていないようだ。
「近づけなかった……というのは何故?」
「ワームじゃよ。周りにウジャウジャ沸いとった。さながら塔を守るようにな。ワシには自殺の願望はないでな。諦めざるをえんかった」
意外な所での情報である。
「その塔はどこに!?」
と、質問すると、「そんな事を聞いてどうする?」と逆に聞かれた。
「実は……」
情報を得る為には仕方が無い、と、竜云々は抜きで話す。
「ワームが食いたいか……変わった奴じゃな……」
そうは言ったが納得はしたらしく、男は場所を教えてくれた。
と言っても砂漠に住む者ならば、大抵は知っている場所のようで、男自身も「誰でも知っとるぞ」と付け加えた上での説明ではあったが。
「(さて、問題はここから出る方法だが……)」
そう思った私の腹が鳴る。
そろそろ夕食の時間であるし、思えば昼も抜いている。
鳴るのはまぁ、当然の事だった。
「腹が減っとるのか? ついてこい」
男が言って歩き出す。
唯一の頼みの綱ではあるので、私は黙って彼に従った。
「そう言えばあなたのお名前は?」
後ろに続いてそれを聞く。
「ニートンと言う。上では地質学者をしておったよ」
「ああ……」
酒場で聞いた失踪事件の人だ。
行方不明になっていると聞いたが、こんな所で生きていたらしい。
その事をニートンに伝えると「それは面白い」と言って笑った。
「(笑い事か……? 死んでいると思われてるんだぞ……?)」
そうは思うが個人の自由だ。変わった人だと思いはしたが、私は何も言わなかった。
それから十分程を歩き、ニートンの寝床のような場所に着いた。
「まぁ座れ」
と言われたので、適当な場所に腰を下ろす。
「これな、ちょっと変わったキノコじゃが、抜群のうまさを内包しておる」
座ったニートンが何かを見せて来る。
白っぽいが、人肌に近い色をしたキノコのようなものである。
先端部分が「ぽちっ」と尖っており、そこだけなぜかピンク色だ。なんかこう、女性の胸を彷彿させる怪しい形のキノコと言える。
「オッパイダケと呼んどるんじゃが」
「まんまですね……」
そこには一応突っ込んで置く。
「まぁ、とにかく食ってみるとええ」
石を使って焚き火に火を灯す。それからキノコを串に刺して、「ちりちり」とそこで炙り始めた。
「ほれ、ええ具合に焼けた」
六本ほどを刺した後に、最初の一本を私に向ける。
「すみません」
と、礼を言ってから、オッパイダケを口に入れてみた。
「うん! うまい! これは素晴らしい!」
私はこれでもキノコ好きである。キノコの味にはかなりうるさい。
それでも素直にうまいと言えるほど、オッパイダケはおいしかった。
歯ごたえは例えるならエリンギで、味はおそらくアワビに近い。噛めば噛む程うまみが出て来て、飲み込む時ののど越しも格別だ。
「じゃろうが? ほれ、遠慮せず次々行け」
ニートンが更に一本を出す。
「お言葉に甘えます」
本当にうまいものだったので、遠慮をせずにそれを頂く。
「副作用さえ無ければ最高なんじゃがなぁ」
「ですねぇ」
言った後に私は気付く。えっ、今、なんて言った……? と。
「あん? ああ、心配するな。依存性は無いと言って良い。ただ、幻覚と興奮作用が四時間ばかり続くだけじゃ」
「ハハハ」と笑ってキノコをかじる。もはや悟りの領域である。
「い、いや、それは少しマズイ!」
そこまで行けない私は言って、口の中に指を入れた。
「駄目じゃよ駄目。もう遅い。諦めて全部食っちまえ」
まるで罠にハメられたようだ。
「くっ!!」
しかしながら空腹の為に、覚悟を決めて私も食べた。今の所は異常は無いが、多分、遠からず襲ってくるのだろう。
「ちなみにここから出る方法ですが、ニートンさんはご存知なので?」
聞くと、ニートンは「ああ」と言った。
「出たいのなら案内してやらんでもないが?」
と、気さくにも案内を買って出てくれる。
「で、ではお願いしても良いでしょうか?」
「ふむ……それだと今からになるな……時間的にはギリギリか……」
頼むと、ニートンはそう言って、唐突にその場に立ち上がった。
「では行くか。ちと急ぐぞ」
そして、そう言って歩き出したので、私は慌ててそれに続いた。
「ひっ!?」
一瞬、岩壁に顔が見えたが、幻覚だと思って首を振る。
「来たか?」
と言われたので「多分……」と答える。
「まだ少し早いと思うがな」
ニートンはそれだけ言って、青光りする洞窟を進んで行った。
「(て事は何……あれは本物か!?)」
そう思った私は早足になり、ニートンにくっつくようにして進むのだった。
私とニートンは洞窟を進み、とある大きな空洞に出た。
そこには大量の砂が存在し、遙か頭上には夜空が見えた。
高さはおそらく千m以上。角度はほぼ垂直の為に、道具があっても登るのはキツそうだ。
それに、多分、幻覚のせいだが、壁に何百人も赤子が居たので、普通にそこに近付きたくなかった。
「砂場の天辺に登って待っとれ。そのうち強烈な風が吹いて来て、砂と一緒に巻き上げて貰える。あとはこれ、さっきのキノコじゃが、念の為にいくつか持って行け」
案内してきたニートンが言い、焼いたキノコを渡してくれる。
「あ、ど、どうも……」
私はそれを一応受け取り、ポケットの全ヶ所に無理矢理ねじこんだ。
「ではな」
ニートンが歩き、背中を向ける。
「いつっ!?」
直後には壁にぶつかったあたり、彼にも幻覚が訪れているのだろう。
「助かりました! ありがとうございます!」
言うと、右から「いやいや」と聞こえた。どうやら角度が違っていたらしい。
改めてみると、そちらにも居たので、念の為にそっちにも礼を言った。
「さて……それでは上るとするか……」
ニートンが姿を消した後に、そう呟いて砂場を上る。
「むう……!?」
股間と胸が少し擦れ、なんだか私は興奮をした。
これはきっとキノコのせいだ。そう思う事で自分を慰める。
そして、顔を赤くしながら、私はなんとか砂場を上った。
寝転がり、夜空を見ると、フェネルの顔をした月が見えた。
「ザマァァ!」
という声が聞こえるようだが、これはきっと幻聴である。
「それにしても……」
興奮している。どこがどう、とは流石に書けないが、確かに異常に興奮していた。
「これは砂漠を出られたら捨てよう……ニートンには悪いが、持って帰れない」
胸ポケットからキノコを取り出し、それを見ながら私が言った。
すぐにもそれが「ぷるんぷるん」震えだし、アレに見えたのは幻覚のせいで、そんなものに興奮したのも、キノコの副作用のせいであった。
すうっ……と、一陣の風が吹く。どうやら本当に風が来るらしい。
体を起こして備えていると、風はどんどん強くなって行った。
やがては砂が空へと舞い上がる。
「おっとっとっと……来た! 来たなこれは!」
私の体が「ふわり」と浮いた。直後にはキューピッドが周りに浮かぶが、これは完全に幻覚のせいだ。
「縁起でも無い! 消えろ!」
と言うと、キューピッド達は舌打ちをしてから消えた。
体が舞い上がり、洞穴から飛び出る。
そして、しばらく夜空を遊泳し、私の体はゆっくりと、地面に向けて落下し始めた。
高さはおそらく五十m程。
「大丈夫か!?」
と、不安になりつつ、両腕で防御して着地に備えた。
衝撃が伝わり、砂煙が巻き起こる。
落下の衝撃はかなりあったが、幸いにも体に異常は無かった。
「実際にはどこか折れて居たりしてな……幻覚と興奮で気付いていないだけとか」
立ち上がって確認するも、見た限りでは異常は無さそうだ。
「やれやれ……」
と、一言言ってから、周囲を見回して現状を調べた。
砂漠の海。と言って良い。
見えるものは砂漠の砂だけだ。暑くは無いが逆に寒い。
砂漠の夜は寒いと言うが、どうやら本当の事らしい。
「下手したら死ぬな……」
そう呟いて白い息を吐く。
視線の先に何かが見えたのは、丁度そんな時である。
それが何かは分からなかったが、私はそこに向かって歩いた。街なら街で助かるし、違っても目印には出来ると思った。
三十分程を歩いた結果。それが塔だという事が分かる。
ニートンが言っていた斜塔である。
エライ所に出てしまったようだ。
「(とすると近くにワームが居るな……)」
離れるべきか、近づくべきか、それに迷って私が立ち尽くす。
塔の近くで何かが光ったのは、そう思った直後の事であった。
近くに行くとラーシャスが見えた。
今は竜の形態で、何かを正面に火を吹いている。その近くには黄金色の竜が居り、こちらは無数のサンドワームを相手に、切り裂き、時に噛みついていた。
「助かった……のか……?」
と、思いつつ近付くと、一匹のワームがこちらに飛んで来た。地面に落下し、じたばたしていたが、致命傷を貰った後のようで、しばらくすると動かなくなる。
「どういう事なんだ……?!」
頭の部分がフォックスだったが、そこはまぁ幻覚のせいだ。ワームはすぐにももう一匹飛び、今度は塔に体をぶつけた。
なんとも荒々しい戦い方である。黄金色の竜は多分、マジェロであろうとこの時思う。
警戒しつつ更に近づく。やめておきなさい! という声が聞こえるようだが、私にだって好奇心はある。
一体何が起こっているのか、知りたくて知りたくて仕方が無かった。
かなり近づいて声を耳にする。どうやら人間の男の声だ。
「流石は古代竜とその血族よ……ワーム等では足止めにもならんか」
直後には炎を吐く音が聞こえる。見ると、ラーシャスが炎を吐いていた。
吐きつけられた相手はそれを魔法で防いでいるようだ。
「(ラーシャスの炎を防ぐのか……!? 何者だあいつは!?)」
そうは思うが姿は見えない。
マジェロが「どったんばったん」やっているので、これ以上近づくのは本当に危険だ。
「アーオ♡」
という声が聞こえたが、これは(略)
「ふぅ……計算外だな……今回は引き揚げざるをえまい。もう一度策を練り直すとしよう」
炎が途切れて声が聞こえる。直後にはラーシャスが対峙していた相手の姿は消えたようだった。
ワーム達が散って行き、場に静寂が訪れる。
「おぉ、いつの間にやってきたのだ?」
と言う、ラーシャスの声で顔を向けた。
「どういう事なんだ? 何があった?」
聞くと、ラーシャスは「ふむ……」と言ってから、夜の砂漠にその身を落ち着けた。
私が流砂に呑まれた後に、ラーシャス達は襲撃者を倒した。
そして、その内の一人を捕らえて「どういう事だ?」と聞いたのだそうだ。
しかし、口を割らなかったので、ラーシャスが魔法で男を喋らせ、その結果として暗殺と、ワームとの関連性が分かったのだと言う。
第一に彼らの身元だが、これは闇の貴族であった。
基本的には強盗らしいが、報酬次第では人を殺す、ごろつきの集団のようなものだ。
その闇の貴族がとある者から依頼を受けた。
内容は殺し。
その対象は、アールハッドの有力者である、セイブ・アールハッドの息子達だった。
息子が死ねば後継ぎは居なくなり、支配力が弱まると考えていたのだろう。
これが「ある者」の人間達への企みだ。
その一方である者は、この一帯を根城としているマジェロの抹殺も企んでいた。
直接戦えば被害が出る為に、食べ物による兵糧攻めを試みた。
ワームを操り、一ヶ所に隠して餓死させようと目論んだ訳だ。
餓死はしなくてもどこかに行ってくれるだろうと、そういう風にも考えていたのかもしれない。
ともあれ、ある者は色々と企み、砂漠地帯を手に入れようとしていた。
ラーシャスに聞いた話では、去年にあった戦争の黒幕であるような事も言っていたらしい。
私達を襲った理由は、その事に私が少なからず関わっていた事にあるのかもしれない。
全ては予測の範囲であるので、はっきりした事は何も言えない。
後日、また分かった事があれば、こちらに記して行こうと思う。
ああ、あと、オッパイダケなんだが、うっかり捨て忘れてしまってね。
そうとは知らないレーナが抜いて、晩御飯の中に混ぜてしまった。食べた直後に私は気付いたが、手遅れである事も同時に気付いた。
だからまぁ、黙って居たんだが、当然のように全員がおかしくなった。
三時間程が過ぎた頃には、私はハダカで屋根の上に寝そべっていた。
正面の木にはルニスが居て、下着姿で「ウォンウォン」吠えていた。
まさかレーナも?! と、期待して見たが、周囲にレーナの姿は無かった。
部屋に居るのかな、と、降りてみるも、レーナの部屋にもその姿は無し。
多分、もう治ったんだな、と思い、自分の部屋に行って見ると、レーナはそこでいかがわしい本を見ていた。
目を血走らせ、鼻息荒く、「むぅうん! むぅうん!」と唸りつつだ。
「だ、大丈夫か?!」
と言った直後、レーナは本を破り捨て、「ダイナミックパワァア!!!」と吠えたのである。
意味はまぁ、不明だな……
ともあれレーナはその後に倒れ、そのまま静かに眠りについた。
例えほっぺたが落ちそうなものでも、訳の分からない物を食べてはいけないよ。
と、経験者として語っておこうと思う。




