はじめてのあるばいと
雪が凄くて動けませんでした!
腕が痛くて動けなかったんです!(某幻想〇のあの人)
※この日は記録的な大雪でした。
ラルフの薬は殆ど出来ていた。
あと二つ、あるものを調合すれば、薬は完成するはずである。
ひとつはユニコーンの角の粉末で、幸いにも私はこれを持っていた。
問題はもうひとつの材料の、
「少なくとも2000年以上は生きている、生命力溢れる生物の生血」
であった。
私も長生きだがせいぜいが200才で、多分だが5、600年の寿命だと思われる。2000年以上の寿命となると、エルフやドラゴンくらいしか思い浮かばない。
エルフの知り合いは一応居るが、流石に2000年は生きていないだろう。
と、いう事は必然的に、知り合いは一人しか居ないという事になり、その内容が内容なだけに、手ぶらでは訪ねて行けないだろうな、と、私は考えていた訳なのだ。
その相手とはお察しだろうが、一応書くとラーシャスである。6000年以上生きているらしいし、頼めば多分、採らせてくれるだろう。
だが、いきなり訪ねて「生血をくれ」では、流石の彼でも火を吹きかねない。
なのでまぁ、手土産的に、酒でも買って行こうかな、と、私はそう思っていたのだ。
「(正直ここでの出費は痛いが、ラルフの為だ、仕方ないな……)」
財布を開いてそう思い、ポケットにしまって立ち上がる。財布の中身には銀貨が8枚と、銅貨が数枚入っているだけ。
つまり、8000リーブルと少ししか入って居ないという訳である。
良い機会なので書いておくと、我が家の家計はこうなっている。
診察代は金庫に入れる。
これは月末に開ける事になっている。そして月初めに計算し、必要なものに振り分けて行く。
以前は食費と生活費、薬代と機器のメンテ費等、使うものと言えばそんなものだったが、最近はそれにルニスの給料と、レーナの小遣いがのっかかって来ている。
その為殆ど強制的に、私の小遣いが減ってしまった。
良い大人の独り者が、8000リーブルでひと月暮らす等、おそらく正気の沙汰ではあるまい。
だがまぁそこしか削れないので、私は黙ってそうしているのだ。
「(食事をおごる約束もあるしな……2000リーブルは残しておかねば……という事は使えるのは6000リーブルか。あまり、良い酒は買えないな)」
なんだかみみっちい計算である。気付くとちょっと寂しくもなる。まだ半月はあるというのに、おごると一文無しになると言うのだから、寂しすぎて苦笑いすら出来ない。
「(バイトでもするか……本末転倒な気がしなくもないが)」
医院があるのにどこかでバイト。これほど哀れな医者等いまい。
だが、決まった事では無いので、そう思っただけで私は部屋を出た。
「ちょっとラーシャスの所に行ってくる。もし暇なら一緒にどうかな?」
応接間の窓を開け、裏庭に居るレーナに聞いてみる。
「あ、すみません。まだ洗濯の途中なので……」
返ってきた答えがそれだったので、「そうか」と言ってレーナに微笑んだ。
「じゃあすまないがそっちは頼む。多分、夕方までには帰ると思うが、そうでなくても心配はしなくて良い」
レーナの「はい」と言う答えを聞いて、今度は診察室へと向かう。
「外出してくる。留守中を頼む」
ドアを開けてそう言うと、ルニスはオークの診察中だった。
が、顔だけを「ひょい」と出し、「わかりましたー」と答えを返す。
「いつもすまんな」
「いえいえ、給料もらってますんで!」
言うと、ルニスは「にかり」と笑った。
貰えるとは思って無かったようで、最初はそれは喜んでいたものだ。
私の懐事情はキツイが、医院と患者としては助かる。それに、そう喜んで貰えれば、こちらとしても悪い気はしない。
私は「ふっ」と笑った後に、右手を見せて玄関に向かった。
プロウナタウンの街について、私はまずは酒屋を訪ねた。
予算と相談し、睨めっこをする。
結果、どれも高いと判断し、「在庫処分中!まとめ買いは割引します!」と言う、スルメをまとめて買う事にした。
その量なんと15キロ。レジの前に積まれたイカに、流石の私も顔色を変える。
「(これはちょっと……ハンパじゃないな)」
そうは思うが、今更「いらないです」では、運んで来た店主が気の毒である。仕方ないな、と、覚悟を決めて、袋詰めを黙って見守った。
「酒場でも始めるんですか?」
なんて聞かれたから、とりあえず苦笑いを見せて置く。
「こいつは良いイカですよ。ちょっと火を入れると最高にうまい。良い買い物したよお兄さん」
果たしてどう受け取ったのか、店主は言って「にやり」と笑った。
いや、竜に上げるんですが、なんて事は言えない為に、私は「そうですか……」と、苦笑いで返す。
店主は全てを袋に詰めて、「じゃ、6000リーブル丁度で」と言い、私に支払いの催促をした。
「ああ、すみません」
言って、銀貨を6枚渡す。店主は「まいど!」と言った後に、おまけでチーズを入れてくれた。
「ぐああ……これは、結構くるな……」
重さもそうだが、ニオイも相当だ。両腕の下から「プンプン」臭ってくる。
こんな状態でフェネルに会えば、「怪人イカ臭男!」と言われても仕方が無いような状況である。
まぁ、幸いにも時間が時間で、フェネルに会うと言う事は無い。重さの為に時間がかかるが、40分もあればゲートにつくだろう。
「どうもすみません。また来ます」
店主に礼を言ってから、袋を下げて店を後にする。
「ん?」
外に出た直後、あるモノに気付いた。正面のお菓子屋のノボリである。
ホワイトデークッキーの在庫処分中! 今ならなんと5割引き!
というものだ。
「しまったあああああ!!?」
「きゃあっ!?」
ある事に気付いた私が叫び、近くを通った女性が引いた。直後には「イカくさっ!?」と顔を顰めて、「じろり」と睨んで立ち去って行く。
違う違う! 私じゃないから! この臭いの元は私じゃないから!
そんな事を言う暇も無く、女性はそのまま去って行った。
だが、それは問題では無い。重要な問題はそこでは無いのだ。
つまり、私はバレンタインのお返しをするのを忘れていた。
というか、あの日、山に行った事で意図せず過ごした一週間により、お返しをする暇を失っていたのだ。
気付けばもう3月16日。2日前のクッキーが叩き売りをされていたと……要するにそういう事なのである。
「(参ったな……レーナは何も言わないから……って、それは言う訳がないか。ともかく気付いてしまった以上は、忘れていたでは自分が許せんし)」
かと言って買うかと言われると、財政的にキツイ状況だ。最低でも2000リーブルは残しておかないと、エリスとの約束が果たせなくなる。
「(仕方ない……フォックスに頼むか……)」
どうしたものかと悩んだ挙句、私はそれを借りる事にした。
あまり建設的な方法では無いが、こうなってしまっては仕方が無い。
両手に袋を下げたままで、私はフォックスの医院に向かった。
フォックスの医院は相変わらずだった。居たのはフォックスとノアの二人だけ。閑古鳥が鳴いているとはこういう事だろう。
「イカ臭いのう……」
フォックスは会うなり顔を顰め、私の下げている袋を覗いた。
「差し入れか、それは?」
と、聞かれたので、「いや」と一応返答しておく。
「なんかこう、あると食いたくなるな。普段は全然意識せんが」
「そ、そうか、まぁ沢山あるし、1枚位ならプレゼントするが……」
が、やけに固執するので、仕方が無いので1枚をやる。
「ほっほっ、催促をしたようでなんだか悪いな。ノアちゃん、ちょっとこっちに来なさい。お爺ちゃんが良いものを食べさせてあげよう」
すると、フォックスはノアを呼んで、「おいしいから食べて見なさい」と言って、2人でスルメを「くっちゃくっちゃ」し始めた。
ノアの無表情が何だか怖い。そのくせ「くっちゃくっちゃ」としているので、私は反応に困ってしまう。
「で、今日はどうひたぁ? 何か用があってひたんひゃろうはぁ?」
「食べながら喋るな……行儀が悪いぞ」
言うと、フォックスは「ふまんふまん」と言い、スルメを口から「でろり」と出した。
そして、それを手に乗せてから「で、今日はどうした?」と、真顔でもう一度質問したのだ。
そうするものだと思ったのだろう、ノアも隣で「でろり」と吐き出す。それからフォックスと同じ体勢で、無表情で私を「じーっ」と見て来た。
「それみろ……」
「あちゃあ……」
私が言って、フォックスが言う。
「それはいかん、いかんよノアちゃん」
と、すぐにも矯正を試みていたが、「では、フォックスさんはなぜそうしたのですか?」と聞かれ、返答に困っているようだった。
「フォックスは年寄りだから、固いものはふやけさせないと駄目なんだ。ノアはまだ若いんだから、普通に噛めるだろ? そういう事だ」
仕方が無いので助け舟を出すと、フォックスは「そう!」とそれに便乗した。
「そういうものですか」
納得したのかノアは言い、右手のそれを口に入れた。直後には「くっちゃくっちゃ」と噛み始め、フォックスが「ヤレヤレ……」と息を吐く。
「で、どうした? 今日は?」
三回目のそれである。
「ああ」と先に言った後に、私が訊ねた理由を話す。
「実はな……少し言いにくいんだが、金を貸して欲しいんだ。来月の頭には返せると思うが、出来れば5000リーブル程」
言うと、フォックスは「ほっ!」と言った。
「珍しい事もあるもんじゃ。ギャンブルにでもハマったか?」
「いや、普通に金欠なんだ。前にも行ったが庶民の森事件でな」
聞かれた為にそう言うと、「なるほどな」と言う声が返る。
「返して貰えんのか? 相手からは?」
と、続けて聞かれたので「気まぐれだな」と言う。
「難儀なこっちゃ。まぁ、別に構わんよ」
フォックスが言って立ち上がる。そのまま隣の部屋に行って、30秒程で戻ってきた。
「ほれよ。余ったら返せ」
渡されたのは金貨であった。つまり、1万リーブルである。
「すまんな、助かるよ」
あれば助かるので拒否をせず、それを財布の中へと入れる。
「そうだ。何かバイトみたいなものは無いか? そんな毎日あるようなものでなく、週1とかで構わないんだが」
ついでだと思って質問すると、フォックスは「うん……」と考え込んだ。
「あるにはあるな。ちとキツイのが」
3秒後位の回答である。
「ど、どんなものだ?」
続けて聞くと、フォックスは、
「コレの回収じゃ」
と言った後に、両手を使って空中に絵を描いた。上から段々と広くなっていく、積まれた餅のような感覚である。
「餅か……?」
と聞くと「うんこじゃよ」と言う。
「ぶっ?!」
思わず噴き出した私に対し、「金にはなるぞ」とフォックスは言った。
まぁ、つまり、畑に使う肥料としての糞尿の回収だ。あまり気持ちの良い仕事では無いが、世の中にはそういう生業の人が居る。
そして、そういう人達のお蔭で、私達は野菜が食べられるのだ。
それはまぁ、理解はしているし、考えた時には感謝もしている。
しかし、「やる?」と聞かれて「やるぅ♡」と、嬉々として飛びつける仕事でも無かった。
「ち、ちなみに収入は? どれくらいなんだ?」
「1日4時間で1万2千じゃな」
聞くと、フォックスは普通にそう言った。思わず「高いな!?」と驚きの声が出る。
「人の嫌がる仕事じゃからな。かと言って居なくなると困るしでそういう事になっとるんじゃろ」
「なるほど……」
そこには普通に納得をする。確かに収入は魅力的だが、仕事の内容には少し躊躇した。
蔑んでいるという訳でなく、単純に怖いし、嫌なのである。
「ま、まぁ、少し考えてみるよ。貸してくれて助かった。一応、来月の頭を見ていてくれ」
故に、私は答えを出さず、礼を言って医院を後にした。
「これは、いつまで噛む物なんですか?」
と言う、ノアの疑問にはフォックスが「好きな時までじゃ」と返答していた。
帰り際に店に寄り、3人分のクッキーを買う。レーナの分は少し高めで、残りの2人は同じ値段だ。
ちなみに残りの2人とはエリスとルニスの分であり、ルニスからはチョコを貰って居ないが、仲間外れにするのは可哀想だと思って、一応、購入したものだった。
我が家に帰り、下駄箱脇の隙間の中にそっと置く。それから私は道を戻って、ラーシャスの住んでいる洞窟へ向かった。
結果を言うとラーシャスはあっさりと血を譲ってくれた。
「こんなものが役に立つなら、いくらでも持って行くと良い。ただし、私が死なない程度にな」
そんな事を言って「ふふふ」と笑ったので、私もそれに釣られて笑った。
「何やら妙なニオイがするな……」
鼻を鳴らして言ったので、私は土産のスルメを見せた。
「何だそれは……? クラーケンの子か?」
「うーんまぁ……近いと言えば近いか。これはスルメというものだ。酒のつまみに食べてみると良い」
聞かれた為にそう答える。ラーシャスは「フンフン」と鼻を鳴らして、最後まで不思議そうにスルメを見ていた。
「1週間後位に暇が出来るか?」
帰り際、ラーシャスが唐突に聞いてきた。
「ああ、多分大丈夫だ」
振り向き、そう言うとラーシャスは、
「そうか。ならばその頃に来てくれ。少し、頼みたい事がある」
と、珍しい事を言うのであった。
「分かった。昼には来られるようにするよ」
借りこそあれど貸しは無し。私が断る理由は皆無だ。快く受けて、洞窟を後にし、我が家へ続く道を歩いた。
到着したのは午後の13時頃。下駄箱の脇からクッキーを取り、まずはルニスにそれを渡す。
「今年は出会って無かったからアレだが、来年は期待をさせてもらうぞ?」
そう言いながらクッキーを渡すと、ルニスは「そりゃあもう!」と目を輝かせた。
「僕の女体……いや、男体かな? とにかく体中にチョコを塗って、そのままで部屋に突撃しますよ! 先生! 僕を食べて下さいぃって!」
「いや、それはやめて下さい……」
患者の手前、そう言うと、ルニスは「えぇー……」と口を尖らせた。
「……じゃあ局部にだけ塗って行きますね」
と、若干考えを変えたようだが、そっちの方が絵的には危険になっているような気がした。
「ま、まぁ、とにかく患者さんの前だ、そういう話は夕方にしよう。お騒がせしてすみませんでした」
ルニスに言って、患者に謝り、その後に私は台所に向かう。しかし、レーナは居なかったので、裏庭に出て姿を探した。
「居ないな……部屋で休んでいるのか?」
裏庭にもレーナの姿は無かった。
脇道を見ても居なかったので、台所から中に戻ろうとする。
「あ、先生おかえりなさい」
そんな時に、レーナの声は聞こえた。方向は上、屋根の上だ。
「な、何をしているんだ!? 危ないじゃないか!」
言うと、レーナは「大丈夫ですよ」と答え、その後に「とんっ」と飛び降りて来て、「ふうっ」と小さく息をついた。
「一体何を? たまに寝てるとか?」
「いえいえそんな、そこまでじゃないです」
どういう意味の「そこまで」かは不明だが、レーナは言ってまずは笑った。
「台所の屋根に穴が開いてるみたいで、修理できないかと思って上ってみたんです。でもやっぱり素人ですね。却って穴を広げちゃいました」
それから続け、苦笑いをする。見れば、右手に金槌を持っており、それで修理をしていたという事が、前後の状況から理解が出来る。
「(もしかして力を入れすぎたんじゃ……)」
言えない為に密かに思う。だが、可能性としては十分ありえた。
「そ、そうなるとプロに頼むしかないか……しかし、あまり余裕がなぁ……」
誤魔化す為にそう言って、言った後に「しまった」と気付く。
お金の事で心配をかけるなど、男にはあってはならない事だ。
すぐにも「いや、多分大丈夫」と言ったが、賢いレーナは察したようだった。
「……ああ、じゃあわたしが出しますよ。お小遣いなんて無かったものですし、元々先生のお金ですから」
この提案を受ける事は、男にとっては少々厳しい。相手が好きな女性であれば、それは尚更の事である。
まぁ、有り体に言ってしまえば、男として少々恰好が悪いのだ。
「お金にだらしない男はクズ!」
と言うのを、この間の情報誌で見た気がするし、私自身が女であれば、その辺りがしっかりした男性と結婚をしたいと願うはずだ。
「いや! 大丈夫! へそくりがあるから!そ れは当然の報酬なんだから、レーナが好きな事に使ってくれて良い」
故に、私は恰好をつけて、ありもしない金がある風に言い、レーナの好意を得ようとしたのだ。
いやはや、男とはバカな生き物だ……
「そう……なんですか? じゃあ先生の好意に甘えて、服とか買っちゃっても良いですか……?」
上目づかいでレーナが見て来る。こんなレーナを見た事が無い。
「(くそっ! 可愛い!)」
と、思いつつ、私は即座に「良いとも!」と答えた。
そして、あるはずが無い金をどこから持ってくるかを考えて、胃を「キリキリ」と痛めるのである。
「(そうだな……たった4時間の我慢だ。フォックスにあれを頼んでみよう)」
例の、人が嫌がる仕事をやってみようと決めたのは、まさにこの時の事であった。
「あの、先生、それは何ですか?」
唐突に、レーナが聞いてきた。視線の先はクッキーの箱にある。
しまった!? と思いはするが、今更隠しても驚きは無い。
「いや、バレンタインのお返しなんだが……良かったら後で食べてみて欲しい」
故に、若干テンション低く、レーナに向かって「すぅーっ…」と出すのだ。
「えっ!? 良いんですか!? だって先生、食べてないですし……」
そう、結局食べられなかった。
形はアレでもチョコなのだろうが、口に入れるのはどうしても無理だった。
そこはあの魔族であるナーヴという奴を恨むしかない。
「だが、レーナが作ってくれたのは事実だ。その気持ちが大事な事だし、何より私は嬉しかった」
そう言うと、レーナは「そんな……」と言って、視線を逸らして頬を染めた。
「ま、まぁ、とにかく受け取ってくれ。ルニスのものより高価だから、見つかると割にマズイ気もするしな」
私もなんだか恥ずかしくなり、手を動かしてレーナを急かした。
「あ、ありがとうございます。ゆっくり食べますね」
ようやく受け取ってくれた為に、「ふぅっ」と小さく息を吐く。
それから屋根の上を見て、「雨が降らない内に直さないとな」と、心の中で呟いた。
その日の内に調合を終え、翌朝早くに私は家を出た。
出て来た理由は「野暮用」だったが、本当はフォックスに会う為であり、例のバイトを紹介してもらうのが、最終的な目的だった。
「(アルバイトをするのは初めてだな。この年になるまで未経験だったとは、ある意味幸運と言って良いのかな……)」
そんな事を思いつつ、街へと続く道を歩き、30分後に街に到着し、朝も早くからフォックスを訪ねる。
「ほっ、やる気になったんか。お前さんも頭が柔らかいと言うか、或いは節操が無いと言うか……まぁ、決して悪い事では無いがな」
フォックスはそう言って、住所が書かれた紙を差し出した。
住所的には街の郊外の、田園地帯にある家らしい。
「すまんな。じゃあ行って来てみるよ」
紙を握った右手を上げて、礼を言って医院を後にする。
そこから更に30分程歩いて、田園地帯の住所を訪ねた。
小さな畑と井戸しか見えない、老朽化した家がそれである。
「(間違ったかな……)」
と、思いつつ、家の扉を軽くノックする。
数秒後に現れたのは60代位の老人だった。
人間にしては少々アレ――キツイ表現で書くのなら、少々ブサイクな男性である。
もしかしたら何らかの魔物とのハーフであるのかもしれない。
「すみません、フォックス産婦人科でアルバイトを知った者なのですが、住所はここで合っていますか?」
だが、そこは関係が無いので、訪ねて来た理由を老人に言い、聞いた老人が「ああ」と言って、顎先で「入れ」と私に示した。
「お邪魔します」
と言って入ると、まずは酷い悪臭がした。
顔に出しては失礼だろうと、それを隠して廊下を歩く。
台所のような所に通され、「まぁ座れ」と言われたので、老朽化した椅子に腰を下ろした。
老人も私の正面に座り、テーブルを右手で「トントン」叩く。
そして、タバコを咥えた上で重たい口をようやく開いた。
「最初に言っとくがキツイ仕事だぞ。大体の奴は一日しか来ねぇ。こっちも正直、期待はしてねぇから、一回目は体験の気持ちで行って来い」
声は渋い。まずはそう思う。
それから「一回目」と言う単語に疑問し、「ご、合格なんですか? とりあえずは?」と、驚いた顔で老人に聞く。
「人が居ねぇから誰だってだ。来る者は拒まずって状況なんだよ」
タバコに火をつけて老人が立つ。それから「来い」と言葉を続け、今来た廊下を歩いて行った。
えっ? まさか今からなの? と、急展開に困惑したが、椅子から立って後ろに続く。
向かった先は隣の家で、家の作りは殆ど同じ。
老人はノックもせずに中へと入り、リビングルームに私を通した。
そして、「新入りだ」と言った上で、住人に私を紹介するのだ。
住民の年齢は25、6才。髪の毛の色は薄い茶色。
緑色の瞳をもった純朴そうな青年だった。
老人よりはだいぶマシだが、やはりはそこまで美形では無い。
「息子のヴィンスだ」
と、老人が言ったので、失礼な話だが私は納得した。
「俺の仕事は運んできてからだ。現場は主にこいつが仕切ってる。と言っても今はこいつしか居ねえがな。後の事はこいつに教えて貰え」
老人は言うだけ言って、私を置いて姿を消した。
「あ、どうも、ヴィンスです。よろしくお願いいたします」
「イアンです。こちらこそよろしくお願いします」
「とりあえず、一度行って見ますか。何よりそれが一番なので」
握手を交えた挨拶が終わり、微笑みながらヴィンスが聞いてくる。
何だかんだと決めて置いても、次が無ければ無駄だという事を、ここまでの経験で分かっているのだろう。
「わ、分かりました。すみませんがお願いします」
唐突の事に驚きはしたが、それに黙って従う事にする。
私自身、出来るかどうか、判断する事が必要だと思ったのだ。
「じゃあそうですね……これと、これ、それからこれに着替えて貰っても良いですか?」
タンスを開けて何かを探し、それを両手にヴィンスが言ってきた。作業着に帽子、手袋に長靴、砕いて言えばユニフォームであろう。
「僕は廊下で着替えてますんで」
同じ装備を両手に持って、ヴィンスは言って廊下に向かった。
「あと、必要だったらサングラスも貸します。知り合いに知られたくないって人も、中には当然いらっしゃるんで」
廊下からヴィンスがそう言ったので、私はそれに甘える事にした。
なんだかんだでこの時点では、見栄が勝っていたという訳だ。
着替えを終えて待って居ると、サングラスを持ってヴィンスが戻った。
「それとマスクもつけて下さい。最初はやっぱり、慣れないと思うので」
そんな事を言われた為に、両方を受け取って装着をする。
作業着に帽子。長靴に手袋。
そしてサングラスに白いマスク。……100%怪しい人だが、これがユニフォームなら仕方が無い。
「じゃあ行きましょう」
ヴィンスに続き、家を出て、裏手にあった荷車を見つける
荷車の上には多くの空樽があり、長めのすくい棒が乗せてあった。
前には痩せ細った馬が居て、自分の仕事が分かっているのか、何も言わなくても近づいてきた。
「(なるほど、こういう道具でやるのか)」
勉強になったな、と思っていると、「ああ、普通の人にはキツイですよね」と、樽の汚れを見てヴィンスが言った。
そういう事は思って無かったが、見ればまぁ、思わなくもない。その為に「いえ」とだけ短く答えてヴィンスの動きを黙って見守った。
馬を繋ぎ、荷車に乗る。
「どうぞ、隣に」
と、声をかけられた為に、彼の右隣に腰を下ろした。
「よし行け」
ヴィンスが軽く手綱を引いて、痩せた馬が動き出す。
市街に着くまでの短い間、私達は少々の世間話をした。
その中でヴィンスの父親――ダインが、ゴブリンとのハーフである事が分かり、その息子であるヴィンスも当然ながら、その血を引いているという事を聞かされた。
彼らはその見た目故に、まともな職につけなかった。かろうじて見つけた仕事がこれで、給料も人より多い為に、必死で働いているという事だった。
「(しかし、その割には家が古いな……服も正直、良いものでは無かったし、あまり儲けて無さそうに見えるが)」
そうは思ったが聞ける事では無い為に、私はそこには触れないようにする。
それから数分後、街に着いて、私達は作業を開始したのである。
結論を言えばかなりキツかった。衛生的な面もそうだが、何よりニオイでやられてしまった。
何度も吐きそうになってしまい、現場から離れた事もあったが、なんとか4時間を乗り切る事が出来て、郊外へと向かう荷車の上に居た。
「初めてにしては上出来ですよ。大抵の人は途中で辞めたり、最悪の場合、休憩とか言って、そのまま戻って来なかったりしますから。それにお客さんへの対応が素晴らしいです。腰が低いって言うんですかね。礼儀がしっかりしていると思います」
それでもヴィンスは私をベタ褒めで、現場から離れた事を責めたりはしなかった。
新人を辞めさせたくないからかな、と、腹黒い私は勘ぐってしまったが、おそらくヴィンスにはそういう気持ちは無かっただろうと今ならば分かる。
「まぁ、一応、医者をしているので、人への対応はその辺りの事が、多少は影響していたのでしょう」
「ええ!?」
一応言うと、ヴィンスは驚き、「医者なんですか?」とすぐに聞いてきた。
「ええ。と言っても、バイトをしなければやっていけない程の、潰れかけの医院の長ですが」
「そ、そうなんですか……」
答えると、ヴィンスはそれきり黙った。
言いたい事があるんじゃないか、と、思いはしたが追及はせず、何気無く荷車の前方を見ると、こちらに歩いてくる少年に気が付いた。
犬のフンを木の枝に刺し、軽く振りながら歩いている。
「(ま、マズイなこれは……)」
と、私は思い、帽子を「ぐいっ」と深くかぶった。そう、その少年とは学校帰りの我が家に帰るフェネルであったのだ。
「あ、うんこカーだ。ヤダー、超臭いんですけどぉ~」
こちらの気付くなりフェネルが言った。
言わなきゃ誰も傷つかないのに、言うのがこいつの悪い所で、今日はともかく、別の日に注意をしようと思っていると、
「あれ? あれあれあれっ?」
と、直後に言って、フェネルは荷車に近付いて来たのだ。
「もしかして先生?」
そして、下からえぐるようにして見上げて、まさかの存在に目を瞬かせ、顔を隠そうとする私をマークして、訝しげな顔で頭を動かした。
「だ、誰の事ですかね!? 人違いじゃないですか?」
「あ、違うか。先生はこんな濃い声じゃないや」
声を変えてそう言うと、フェネルは私から「すうっ」と離れた。
「(なんとかなったか……)」
顔を逸らして息を吐く。フェネルは後方へと流れて行っている。
「じゃ、はい。うんこ回収してください。お仕事ですよね? ほら、ねぇ?」
「なっ?!」
だが、フェネルは荷車を追って来て、私の真横に枝を突き出し、受け取らない事に苛立っているのか、それを「ぐいぐい」と押し付けて来たのだ。
「うんこ受け取ってよ! 仕事でしょうがぁああ!」
ついにはキレられ、仕方なく受け取る。
「はいお疲れ様。頑張ってにぇー」
と、フェネルは言って、家へと向かって去って行った。
「あーっと……犬の糞とかは、ちょっと駄目なんで、すみませんけど、着くまでは……」
「あ、はい……」
ヴィンスに言われて納得をする。
私は結局枝を持ったまま、ヴィンスの家までそうしておくしか無く、通り過ぎる人々達から奇異の視線で見られ続けるのだ。
「(フェネルめ……帰ったら覚えていろよ! バトルでボコボコにしてやるからな!)」
それが、私なりのフェネルに対する、本当にささやかな復讐法であった。
それから数分後。
荷車はダインの家へと着き、私は彼から報酬を貰った。
「また来るのか?」
とは直後の質問で、正直、かなりキツかったので、「少し、考えてみます」と答えると、ダインは「それが良い」と意外にも言った。
「じゃあ、お疲れ様でした。良かったらまた来てください」
帰り際、ヴィンスに言われ、「お疲れ様でした」と、私も返す。
その際に、失礼かとも思ったが、こんなに貰って儲けが出るのかと、ヴィンスに向けて道端で聞いてみた。
「そりゃあ出ますよ。多分ですけど、3万リーブル位は出るんじゃないかな」
ヴィンスは笑ってそう言った。
その割には家も古いし、着ている物もそんなにでも無い。
「本当ですか?」
と、突っ込んで聞くと、ヴィンスは顔色を少し曇らせた。
「本当ですよ、儲けは出てます。けど、それ以上に出費があるんです。それだけなんですよ、本当に」
なるほど、と、ようやく納得をする。
儲けているのに質素な理由は、そういう所にあったようだ。
「実は、母が病気なんです。街の医院にかかってるんですが、その治療費が結構高くて。でも、僕らのような人間を診てくれる人って言うのも居なくて、仕方が無いかな、と思うしかないですよね」
「ああ、だから……」
私が医者だと言った時に、ヴィンスは反応を示したのだろう。
「ちなみに、どういう病名ですか? その医者が言ったと思うんですが」
聞くと、ヴィンスは少し考えて、
「女性症ストレス性耳閉塞、とか、そんな事を言ってましたね」
という、私が聞いた事の無い病名を出して来た。
「症状としては?」
と、更に聞くと、
「一日中耳鳴りがしているらしいです。そこの先生の話では、脳に欠陥があるとかいう事で、放置しておくと大変な事になるって」
と、真剣な顔で私に答える。……これはもしや、と私は思う。
「……もしかしたら、の話ですが、それはヤブ医者かもしれません」
そして、思う所を正直に言った。
ストレスで耳が聞こえなくなるという事は、割とまぁ、ある話である。
しかし、その奇妙な病名を私は一度も聞いた事が無かった。
それに加えて高額な治療費、その二つがなんとなく、私はクサイと感じてしまったのだ。
「ええ!? でも、その先生は本当に良い人なんですよ!? 母の為に個室を用意してくれましたし、薬もわざわざ作ってくれて……そんな、ヤブ医者だなんて僕にはとても……」
こうなるとその事自体も怪しい。他の医院では診て貰えない患者だと分かった上での行動かもしれない。
「とにかく行きましょう。私の事は親戚という事にでもしておいてください」
ヴィンスの言葉を途中で遮り、私は半ば強引にヴィンスを連れて医院に向かった。
街に着いたのは午後の17時ごろ。面会時間は16時までだったが、医院長は笑顔で通してくれた。
年齢としては50才前後の男だが、私はこの男を見た事が無い。最悪でも名前位は知っているはずだが、それも記憶の中に無かった。
「(いよいよ怪しいな……)」
と、思って歩き、ヴィンスと共に病室を訪ねる。
「ヴィンス君、ちょっと」
しかし、ヴィンスは担当医に呼ばれて2人でどこかに行ってしまった。
「彼の友人です。医者をしています。少し調べさせて貰って良いですか?」
丁度良い、と私は思い、困惑するヴィンスの母に言った。
年齢的にはダインと同年で、年齢の割にはかなり美しい。若い頃はきっとモテたのだろうに、どうしてダインと結婚したのか。
……まぁ、そこは個人の事なので、余計な事は口にせず、苦笑いを浮かべて彼女に近付いて、右膝を折って床へと屈んだ。
「お願いします」
穏やかな笑みを顔に浮かべて、ヴィンスの母はそう言った。
まず、最初に分かった事は、腎臓が悪いと言う事だった。
「あの人と一緒でお酒が好きで、若い頃には無茶もしたから……」
そんな事を言ったので、なるほど、と、私は納得をする。
「最近耳鳴りはしなくなったの。まだ、少しはするんだけどね。でも、その代わり聞き取りにくくなったわ。あなたの声もちょっとしか聞こえないの」
「そうですか」
その言葉にはそれだけを言い、頭の中だけで結論を出した。
「(薬剤性難聴かもしれないな……)」
というものだ。つまり、耳が聞こえにくい、或いは耳鳴りがすると言うのは、投与している薬のせいで、彼女自身には問題が無い。
最初は少し、耳鳴りがした。これはおそらく本当の事だろう。
だが、かかった医者が悪く、適当な病名をでっち上げて、適当な治療をしたのかもしれない。
予測であるのでなんとも言えないが、状況からすると可能性が高い。
腎臓が悪い原因が、薬の毒性にやられたものなら、間違いないと言って良いだろう。
「すみません、ほったらかしちゃって……どうですか、母の状態は?」
そこへヴィンスが姿を現す。
顔色が冴えないようなので、私はまずは「どうしました?」と聞いた。
「いえ……別に何でも無いです。大丈夫です。本当に」
そう言われたので「そうですか」と返す。
「状態については思う所はありますが、正直、予測の範囲を出ません。カルテを見せて貰えるように、医院長に頼んでみて貰えませんか?」
言うと、ヴィンスは「分かりました」と言って、再び病室から出て行った。
「あなた良い人ね。あの子の友達になってくれるなんて。初めてだわ。友達を連れて来たの」
会話は聞こえていなかったのか、ヴィンスの母が唐突に言う。
「いや、息子さんは立派ですよ。人の嫌がる仕事が出来る。そのお蔭で皆が満足に食べられる。感謝こそすれ、見下すべきでは無い。私は今日、そう思いました」
果たしてそれは聞こえていたのか、ヴィンスの母親は「こくり」と頷いた。
「い、イアンさん……」
ヴィンスが戻ってきた。医院長を連れている。
「どういう事だね?」
と、聞いてきた辺り、正体がバレてしまったのかもしれない。
「どういう事も何もカルテが見たいのです。それだけです。出来ない訳は無いでしょう?」
「き、君は一体何者なんだね? 私の医院で何の真似だ? 医者の真似事なら他所でやってくれ」
そんな事を言われた為に、私は鼻で「ふっ」と笑った。
「魔医者、と言えばご存知でしょうか。そちらの方では私は有名だ。故あって、彼とは知人になりましてね。成り行きを聞いて興味を持った。つまり、そういう事ですよ」
素性を言うと、医院長はまずは「なっ……」と、一歩をたじろいだ。
どうやら知っては居るようである。
「さぁ、カルテを見せて下さい。それとも尿を採った方が良いですか? 間違った事をしていないなら、どちらにもYESと言えるはずですが?」
そう言うと、医院長は額を押さえた。
それから「くそっ」と小さく言って、続けて「ついてない……」と顔を背けるのだ。
何かをやっている。医院長は自らの行動でそれを認めたのである。
医院長は何かをやっていた。薬剤性難聴だと分かった上で、わざと投与をし続けていた。
これは、私の想像以上で、その上で「脳に異常があった。手術をしないと危ない」と、あの日にヴィンスに言っていたらしい。
手術費はなんと500万リーブル。後払いでも良いと言ったらしいが、とことんまで絞るつもりであったのだ。
ちなみに彼、ダーツと言うらしいが、ラーズ公国からは追放となった。私が国に訴えたからだが、もしかすると他所の国でもこういう事を続けるかもしれない。
ヴィンスの母親は退院をして、私にかかって難聴を治した。
と言っても大した事はせずに、殆ど本当に診ただけだった。
「これからもヴィンスと仲良くしてあげて」
ヴィンスの母はそう言って、息子と共に我が家に帰った。
彼女に頼まれたからという訳ではないが、週一位の間隔であちらのバイトを続ける事になった。
ヴィンスの父のダインからは、私は「週一」と呼ばれている。
週に一回しか出ないからだが、これにはなんとなく微妙な気分だ。
まぁともあれ、金を稼ぐのは本当に大変な事だと分かった。
この年になって改めてだが、1000リーブルの価値が重たく感じる。
「金は命より重い、か……そこまでは行かないが重いのは重いな」
中立マンバトルのアイテムカード、「金は命より重い!」を見ながら、私は一人でそう呟いた。
先生が珍しく仕事をしました。
あと、私自身には医療の心得はまるでありません。
友人の医者に聞きながら、ファンタジーに消化して書いているだけです。
なので、本物のお医者さんから見たら「ド素人が!」という事もあるのでしょうね。
でもまぁ、コレ、ファンタジーですから!キラキラキラーン




