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狂気の赤帽

友人から指摘がありました。

「イアンの敬語の基準ってなんなん?」

と。

回答としますとまずは患者。

女性は優先的にそうします。

あとは身分的に上の存在、村長とか団長とか、その辺りにも敬語を使う傾向にあります。

本人が「使わなくてもええよ」と言った場合は普通に話していると思います。

そんだけなんですよタカシ君。(!?)

 レーナが風邪をひいてしまった。

 中立マンバトルのデッキを考えていて、ベッドに入らずに眠ってしまったらしい。


 季節的には春とは言っても、夜にはまだまだ冷える時期だ。

 風邪をひくのは当然の事だった。


「まぁ、2、3日もすれば元気になるだろう。私とルニスでなんとかするから、この際はゆっくり休むと良いさ」


 レーナの部屋で診察を終え、立ち上がりながらに私が言った。

 レーナはパジャマ姿のままで、ベッドの中から「すみません……」と一声、それから「治ったらバトルして下さいね」と、微笑みを湛えて私に言った。


「レーナのデッキは何気に怖いからな。怖さ半分で期待しているよ」


 答えると、レーナは「ふふっ」と笑い、養生の為に両目を閉じた。


 部屋を出て、応接間に行く。

 ルニスはもう起きており、ソファーに座って漫画を読んでいた。

 フェネルの奴が置いて行った中立マンの4巻である。


「どうでしたか?」


 私に気付き、ルニスが聞いてくる。


「普通の風邪だな、心配ない」


 それにはそう答えて足を止めた。


「ああ、そこか……」


 漫画を覗き込み、小さく呟く。

 中立マンロボの誤射によって、レストランが吹き飛ぶシーンだ。


 死者はゼロ。

 しかし中には、ピンクの付き合っている先輩が居て、新人の女の子と浮気をしていた。

 それを見たピンクが中立マンバズーカを向けて、


「死ねよ! お前ら2人とも死んじまえよ!? 私も逝くからァ! すぐにさァァ!!」


 と言う、ドロドロの情愛劇が描かれていたのだ。

 ちなみにそれはブラックの、


「バカ野郎!! お前が死んだら俺はどうする……俺はお前が……お前の事がッ……!」


 と言う、軽い告白で止められるのだが、先を越されたレッドの精神が、少しずつ蝕まれて行ってしまうきっかけにもなるシーンであった。


「面白いんですけど、基本エグいんですよね……この前の幼稚園誤射も相当でしたけど……」


 視線に気付いたルニスが言って、「アハハ……」と乾いた笑いを発す。

 私の答えは「ああ……」というもので、56人中55人の園児が死んだ凄惨なシーンを思い出し、テンションを急激に低下させた。


「ま、それは置くとして、問題は今日の朝食だな……今日はとりあえず私が作ろうか?」


 腰に手を当てて私が聞くと、「あ、お願いしまァ~ス!」とルニスは言った。

 なんだか苦笑いをしている辺り、料理は得意では無いのかもしれない。


 突っ込んで聞くのは可哀想かもしれないので、「分かった」と答えて台所に向かう。

 以前は1人でやっていた事だ。まぁ、なんとかなるだろう。

 そんな事を思っていたが。


「んん!? ……塩はどこにあるんだ? あの皿はどこに行った? オイルはどこだ!? 駄目だ分からん!!」


 レーナに全てを任せていた為に、勝手が変わってこのザマだった。

 しばらく探しても見つからないので、私は仕方なくレーナを訪ねた。

 台所からレーナの部屋へ、そして部屋から台所へと、多分、5往復はしたと思う。


 それを見たルニスは疑問していたが、大方を察したのか聞いては来なかった。


 苦闘する事およそ1時間。

 朝食はようやく完成した。

 パンに野菜炒め、それにコーンスープと言う、10分もあれば出来るものに、1時間も費やしてしまった訳だ。


「(朝食ひとつでこの有様か……レーナが早く治ってくれないと、今度は私が寝込んでしまうかもな……)」


 これからの事を考えた私は、この時点ですでにげんなりしていた。




 その日の夕方、診察が終了する頃、珍しい客が訪ねて来た。

 ラッドの家を守護しているはずの、ランプの魔人ガスパルである。


 ガスパルはなぜかサングラスをしており、ターバンの代わりに帽子をかぶっていた。


 そして、その上で黄土色の長いコートを羽織っていた。

 腰から下は線状の為、そこからのコートは殆ど無意味。

 むしろ、客観的に見ると、かなり不気味な図となっている。


「何なんだ……? 怪しさが半端じゃないぞ?」


 玄関に立ってそう言うと、ガスパルはまずは「ひどっ!」と言った。


「オイラだって苦労したのよ!? 大変だったんだからここまで来るのォ!!」


 それから続け、私の顔を疑問の為に顰めさせた。


「来た? 1人でか? ドリアードゲートは使わなかったのか?」

「来たよ! 1人だよ! ドリ……なんとかは拒否されたよ!」


 なんだか良く分からなかったが、とりあえずガスパルを中へと招く。


「はぁ~暑っ! こんなの着てたら煮干しになっちゃう!」


 ガスパルは我が家に入るなり、そう口走ってコートを脱ぎ捨てた。

 帽子も取って、「ぽい」と投げたが、サングラスは気に入ったのか、迷った後につけたままとした。


 診察室の前を通り、応接間へと移動する。


「わ! 誰ですかその人!」


 珍しい客に興味を持ったのか、ルニスが直後に顔だけを出す。


「ああ、ガスパルだ。ランプの魔人の」


 言うと、ルニスは「ほええ!」と驚き、一応それで納得したのか、患者の診察に戻って行った。


「まぁ、とりあえず座ると良い」


 応接間に着き、私が座る。


「と言ってもそうか、腰は無いか」


 正面のソファーに着座を勧めたが、直後には気付いて苦笑いをした。


「いやいや、オイラだって座れますよ! ただの線でも腰ですからコレ!」


 唾を飛ばしてそう言った後、ガスパルが正面のソファーに座る。


「エアー着席じゃないから! マジで!」


 言わなければ思わないのに、言うものだからそう見てしまう。


「あー……で、なぜわざわざ私の所に? 家の守護はしなくて良いのか?」


 そう思いつつ、私が聞くと、ガスパルが「ああ……」と肩を落とした。


「いやさぁ……なんか、帰って来なくて……あいつとご主人、行方不明なの……」


 そして、床を見ながら言って、「はぁ……」と息を吐くのである。


「行方不明……? 旅行等で無く?」

「んなわけないでしょ!? オイラだけハブられてんじゃん! そんな予定は言って無かったし、いつものようにフツーに出てったよ」


 その疑問には軽くキレ、ガスパルはその後に口を尖らせた。


「ふむ……では、それはいつの事だ?」


 続く質問には「4日前」と答え、「どうして今まで黙って居た」と言う、私の更なる疑問を受けた。


「いや、だから探してたんだって! ドリ……なんとかで拒否されちゃったから、仕方なく変装して空中からさぁ!!」


 その質問にはガスパルはキレたが、空中に浮かんで探していた以上、変装は全くの無意味であった。

 いや、却って目を引いてしまう分、しない方がまだマシだと言えよう。


「それで4日もかかった訳か……或いは帰っているかもしれないし、これから私と行って見るか?」


 それを押さえて私が言うと、ガスパルは「だね」と怒りながらに答えた。

 おそらく彼は褒めて欲しかったのだ。

 良く頑張ったな! えらいぞガスパル! と。


 こんなに苦労して探してきたのに、「何やってたの?」みたいな空気は何?

 そんな事を思っている為に、ガスパルは憤りを感じているのだろう。


 これがフェネルなら合わせもするが、ガスパルはもう立派な大人だ。

 私は敢えて、それを言わず、「じゃあ行くか」と腰を上げた。


「あぁ、やっぱそれだけなんだ……いや、別に何でもないですけど……」


 若干スネつつガスパルも動く。

 ゴネない辺りはやはり大人で、そこは私は普通に評価した。


 診察室の前で止まり、「少し外出してくる」とルニスに伝える。


「あ、じゃあレーナさんの事はお任せ下さい」


 と、ルニスが返して来てくれたので、「すまんな、頼むよ」と言って歩いた。


「あれ? あの強い人はついてこないの?」


 玄関を開けて外に出た時、後ろからガスパルが聞いてきた。


「生憎の風邪だ。しかしまぁ、戦いになるような事は無いだろう?」


 レーナの事だと思った私は、立ち止まらずにガスパルに答える。


「まぁねー、でも、ちょっと心細いかなぁー」

「何を言っているんだ。君だってランプの魔人だろう? 私なんかより遙かに強いくせに、情けない事を言ってくれるな」


 私の後ろでガスパルが言い、歩きながらに私が言った。


「いやいや、オイラの実力は守りに於いてのみ発揮されるものだから。家とか、ご主人を守る時だけね? それ以外では本気が出せないの。そういう種族なの、オイラ達は」


 右手を振ってガスパルが言う。

「分かる?」と最後に聞かれたので、私は「ま、まぁ」と答えて置いた。


 森に踏み入り、ドリアードゲートに向かう。


「あ、こんばんは」


 枝の上からリーンが言ってくる。

 直後には「ふわり」と舞い降りて来て、「ゲートの使用ですか?」と私に聞いてきた。


「申し訳ないがお願い出来ますか」

「構いませんよ。場所はどこですか?」


 滞りなく会話は進む。

 だが、ガスパルはその様を面白くなさそうに眺めていた。


「どうした? 何か不満なのか?」


 リーンに場所を伝えた後に、顔だけを向けてガスパルに聞く。


「いや、なんか態度が違うなぁと思って……」

「誰の? 私のか?」


 そんな事を言うので眉根を寄せる。


「違う違う、ドリアードの子が。オイラの時は「あっちいけヘンタイ!」だよ? 挙句に石まで投げてきてさぁ、オイラめっちゃ傷ついたんだから。肉体的にも、精神的にも。あ、この子じゃないんだけどね?」


 私としては「ああ……」としか言えない。

 あの格好ならヘンタイと罵られても仕方が無いからだ。


「開きました」

「ありがとう」


 リーンの言葉を聞いた後に、ガスパルの肩に右手を「ぽん」と置く。

 そして、私は何も言わず、ゲートの中に足を踏み入れた。


「どういう反応!? ねぇー!?」


 という、ガスパルの叫びが耳にしつつ。




 ラッドの家に辿り着いたのは、辺りが闇に包まれた頃だった。

 家には明かりは灯っていない。

 玄関脇の箱に入れられた牛乳の瓶も溜まったままだ。


「ほら、オイラの言った通りでしょ? これで先生にも信じてもらえたよね?」


 私の後ろでガスパルが言う。なんだか少し誇らし気である。

 嘘をついて居ないと言うのは、まぁ、当たり前の大前提であり、そこを自慢げに言われてしまっても、私は反応に困るだけだ。


「ああ、まぁ、それはそれとして、帰って来て無いなら探さないとな」

「あ、はい、そうですね……」


 褒められるとでも思っていたのか、ガスパルの反応は非常に小さい。


「何か問題が?」


 と、敢えて言うと、「べ、別にぃ!?」と、慌てて答える。

 なんだか面倒な生き物だな……と、私はこの時思ったものだった。


「そう言えばあの少女はどうした……名前はなんだったかな、ほら、ラッドさんの彼女の……」

「ああ、あのおっぱいちゃんね。あれは確か……バケ・チーチだっけ?」


 聞くと、ガスパルがそう言ったので、「そんな名前があるか!」と、とりあえず言って置く。


「あー……バケチチじゃなかったら何だったっけ……おっぱいちゃんとしか呼んでないから、ホントの名前とか逆に知らねーや」


 ガスパルが言って「アハハ」と笑う。

 酷いものだ、と思った為に、私は苦笑いでそれに答えた。


「じゃあまぁ、仮にそれで呼ぶとして……お、おっぱいちゃんはどうしてるんだ? まさか別れた訳じゃあるまい?」


 その質問にはガスパルは、まずは「まぁねぇ」と一言答える。


「もうゴッツゴツのバッキバッキですわ。夢の中とはいえ何回戦やってんの? みたいな。地震でも来たのって思う位、ベッドがバンバンに浮いちゃってるしね」

「は、激しいな……」


 続けた言葉にはそうとしか言えず、なんだか私は赤面してしまう。


「実物は2、3日に一度位かな? 精のつくものを持って遊びに来るね」

「ほ、ほう……」


 ガスパルの話を聞く限りでは、2人はうまくやっているようだ。

 安心したような、不安なような、なんだか微妙な心もちである。


「あ、あの、すみませ~ん」


 そんな中、隣の家から誰かが出て来て声をかけて来た。

 右手にはランタンをぶら下げており、若干いぶかしげにこちらを見ている。


「やばっ!」


 ガスパルは直後に「ヒュンッ!」と動き、玄関を突き抜けて中へと消えた。

 残されたのは私1人。


「あれ? もう1人いませんでしたか?」


 と言う、女性の言葉に「い、いいえ……」と答えた。


 年齢はおそらく45、6才。白い布を頭にかぶる人の良さそうな女性であった。


「話し声が聞こえたような気がしたんですが、じゃあ、私の気のせいですね」


 その言葉には「ですね」と応え、「それで、御用は?」と私が続ける。

 女性は「ああ、ごめんなさい」と言ってから、姿を現した理由を話した。


「ラッドさん、最近帰ってないでしょ? 私のお爺ちゃんが気にしてた事があって、お知り合いなら話すべきだと思って、こうして出て来たわけなんですよォ」


 手招きするように右手を動かし、井戸端口調で女性は言った。


「それは何ですか?」


 と、私が聞くと、「それがねぇ」と話を続ける。


「市場の近くで揉めてたんですって。ラッドさんと身なりの良い男性が。で、ラッドさんが怒ってたらしいわ。「この子は絶対に渡さない! どうしてもと言うなら私を殺して行け!」って。相手の男性も頭に来たのね。「じゃあそうさせてもらおうか。然るべき所に依頼するとしよう」って、捨て台詞を残して帰ったそうなの。ラッドさんが怒る所なんて見た事ないから、うちのお爺ちゃんも良く覚えてて……それで、帰って来て無いでしょぉ? まさか、とは、思うんだけどねぇ……」


 女性は右手を頬に当て、眉根を下げてそう言った。

 隣人として、純粋に心配しているのか、そこには他意は無さそうに見える。


「そうですか……情報の提供に感謝します。その方向で探ってみますよ」


 そう思った私は女性に感謝し、市場方面を探る事に決めた。

 女性は最後に「気を付けてね」と言い、ランタンを片手に戻って行った。


「あらら……もしかして攫われたのかしら?」


 ドアの中から顔だけを出し、暢気な口調でガスパルが言う。


「だとしたら守護神失格だな。ご主人様も嘆いているだろう」


 そんなガスパルに皮肉を送り、私は村の市場に向かう。


「いや、だって外の事じゃん! 中ならオイラ、古代竜にも負けないから!」


 真実なのか言い訳なのか、ガスパルも言いながら後ろに続いた。


「じゃあ今度やりあってもらうかな。知り合いに居るんだ。古代竜がな」


 冗談半分で言って笑うと、ガスパルは「えっ!?」という声を上げた。

 そして、ガスパルは私を飛び越し、


「調子コイてすみませんでしたぁ!」


 と、地面に頭を擦りつけたのだ。

 冗談だ、と言うには最早遅く、代わりに私は「ああ……」と返す。


「ホントね、オイラの悪いクセなの。すぐに調子コイちゃう所とか。先生のお蔭でオイラ目が覚めた。感謝してます本当に」


 土下座をしたままそう続けるので、私の中にも罪悪感が芽生えた。


「い、いや、実は冗談なんだ。そんな知り合いなんて居やしないんだ」


 それに負けた私が笑うと、


「てめぇ! この! ざけんなよこらぁ! 魔人ナメんな! 腹筋割るぞ!」


 と、先程の反省はどこへやら。血管を浮かべてガスパルは怒るのだ。


「(フェネルがそのままデカくなったようだな……)」


 襟首を掴まれた私は思い、心の中で笑うのである。




 それから数分後。

 私達は市場で人を探していた。

 噴水の周囲に広がる市場には、現在人が1人も居らず、村の行き詰った一画にある為に、立ち寄る人も無さそうだった。


 店は当然閉店済みで、おそらく野良だと思われる犬が、ふらふらと1匹で彷徨っていた。


「これでは聞き込みも何も無いな……下手をすればこちらが不審者だ」

「だね。明日の朝にもういっぺん来る?」


 私が呟き、ガスパルが言う。


「そうだな」


 と、私が答えた時に、市場の入口に誰かが見えた。


「おい! そこで何やってんだ!?」


 ランタンを片手にこちらを照らす。どうやら自警団のようである。


「やべっ!」


 直後にはガスパルがそう言って、身を隠す場所を探し出した。


「あああヤバイヤバイ! 何も無いジャン!! ちょっと失礼! お邪魔しまーす!」

「はぎゃあああああ!?」


 結果、何も見つけられなかったガスパルは、私の耳の中へと飛び込み、奇妙な感覚に怯える為に私は奇声を発してしまった。


「お、おい、何なんだあんた?大丈夫か……?」


 こちらを照らしつつ、団員が近付いてくる。


「ま、まぁ……」


 と答えた私であったが、おそらく顔面蒼白だったろう。


「見ない顔だな……? ここで何してる……?」


 訝しみながらも団員が言い、私の答えを黙って待った。


「え、ええ。実は」


 物のついでと思った私が事の成り行きを団員に話す。

 そして、その上で何か知らないかと逆に団員に聞いてみた。


「いや、申し訳ないが何も知らないな……行方不明って事だったら、今夜中にも願いを出しとくよ」


 団員の答えはそんなもので、私も期待はしていなかったので、落胆等は特にしなかった。


「では、すみませんがお願いします」


 代わりに捜索願いを頼み、私と団員は市場を後にした。


「そういう理由なら仕方が無いが、あまり夜には歩き回るなよ。ここは静かな村なんだから」


 団員は最後にそう注意して、別の場所へと歩いて行った。


「良いの、アレで?」


 ガスパルが言って、「にゅっ」と出て来る。


「人の中に入らんでくれるか……痛みなんかは特に無いが、心がひどく汚される気がする……」


 それに答えず私が言うと、ガスパルは「ごっめーん!」と言って笑った。


「あいつの耳にはなんか居たんだけど、流石に先生には居なかったねー。確認できて良かったじゃーん?」

「何が居たんです!?」


 その言葉には驚かざるを得ず、思わず敬語になった私だ。


「まぁ、そこはプライバシーだから。聞くなら本人に聞いて下さい」


 妙な所で黙秘する奴である。

 その後にも聞いたが喋らないので、聞き出す事を私は諦めた。


「あれ……? 先生と青妖精さんだ。何やってるんですかこんな所で?」


 頭上から声が聞こえた。

 見上げるとおっぱいちゃん……じゃない、名前を忘れた女性が飛んでおり、下着が丸見えのその態勢で、私達を見て疑問していた。

 夜の為に色は不明だが、なんだか凝ったデザインの年齢不相応の下着に見える。


「センセセンセ、目つきヤバイ目つきヤバイ!」

「はっ!?」


 ガスパルに言われて我に返る。

 それから「丁度良かった!」と、声をかけ、空中に浮かぶ女性を降ろした。


 名前はそう、確かメルンだ!

 ようやく思い出せたその名を胸に、私は成り行きをメルンに話した。


「はぁ~。そういう事だったんですねぇ~。最近あちらでも会えないものだから、飽きられちゃったのかと思ってました」


 そこにはコメントできない私は、「ええ」とだけ、短く言葉を返す。


「だから今日は他の男性に浮気をしに行く途中でした。流石にもうお腹がペコペコで……」

「そ、それは良かった。間に合って」


 何とも言えないのでとりあえずそう言うと、メルンは「あはっ♡」と喜んで見せた。


「じゃあ早速探しに行きましょう。3日分まとめて吸い取っちゃうぞぉ~♡」


 右手を突き上げて1人で「お~」と言う。

 聞いてましたか? とは、質問出来ず、私は「いやいや」と右手を振った。


「あれれぇ~?」


 メルンが言って、首を傾げる。

 面倒だったがもう一度話すと、「あっ、そういう事ですかぁ」と、今度は本当に納得してくれた。


「バカだよねおっぱいちゃん……ってああんッ!?」

「(本人を前にして言うなと言ったろ……)」


 ガスパルの脇を小突いた後に、私が小さな声で言った。


「???」


 メルンはその様子を疑問顔で見ていたが、声は聞こえて居ないのだろう、理由などは察して居ないようだ。


「じゃあアレですね。ラッドさんと、ジョゼッタちゃんの行方が分かれば良いんですね?」


 メルンに聞かれ、「まぁそうですが」と答える。

 するとメルンはガスパルに向かい、「お願いしま~す」と言ったのである。


「へ? オイラ? 何で何で?」


 目を点にしてガスパルが聞く。


「だって、ランプの魔人じゃないですかぁ。お願い事は叶えられるんでしょ?」


 ああ、そうか、そういう事か。

 私はここで意味を理解し、「そうだな」とメルンに同調して言った。


「いやいやいや、意味わかんなぁい! 願い事は叶えますけど、ランプの中から出してもらった時だけ! こんな素の時にお願いされても、オイラには何も叶えられませぇん!」


 首を振り、両手を広げ、ガスパルが猛烈に拒絶を示す。


「なら、入れば良いじゃないか」


 と、私が言うと動きを停止。


「ま、まぁ、そうなんだけど」


 額から汗を「たらり」と流し、微妙な表情でそう言ったのだ。


「よし、そうと決まればラッドさんの家に向かおう。ランプは家にあるんだろうな?」

「え、ええ。それはまぁ……」


 ガスパルがそう答えた為に、私は彼の背中を押した。


「3日分の生気♪3日分の生気♪」


 そして、私達はメルンを先頭に、ラッドの家へと向かうのである。


「でもなんか反則じゃなあい!?」


 ガスパルの悲鳴が村に木霊する。

 私とメルンはそれを無視して、ガスパルを無理矢理に引っ張って行った。




「わーっはっはっはっ。ランプの魔人ガスパルさんじょうー……」

「何で棒読み……」


 ラッド家につき、ランプを擦った後に、現れたガスパルに私が突っ込む。


「だって完全に茶番劇じゃーん……テンションが上がるわーけが無いでしょ……」


 顔を逸らしてガスパルが言う。その表情は渋いものだ。


「ま、まぁ、それはともかくとして、早速願いを叶えて貰おうか」


 言うと、「へいへい」とは答えるので、ルールには従うつもりで居るらしい。


「ラッドさんのエロエロ指数を今の5倍位に……むぶうっ!」


 と、言いかけたメルンの口を塞ぎ、「ラッドさんとジョゼッタの居場所が知りたい!」と言う、本来の願いをガスパルに告げる。


「その願い、聞き届けたりぃー……」


 相も変わらずの棒読みで言い、「大体わかったよ」とガスパルが続けた。


「どこだ?」


 と聞くと、「村の外」と言ったので、「それはそうだろう……」と私が返す。


「はいはい。じゃあ案内しますよ。あと、先に言っとくけど、今、このタイミングの話だからね? 移動する事もありえるからね? そこの所理解してついて来て頂戴よ?」


 何だか凄い念の入れようだ。


「居ないじゃないか!? インチキブルーガスが!」


 と、言われる事を恐れているのか?

 しかしまぁ、理解はしたので、私は「ああ」とガスパルに返した。


 明かりを消して外に出ると、隣の家の灯りは消えていた。

 おそらくもう寝たのであろう。

 懐中時計を開いて見ると、21時5分を指していた。


「(明日の朝にするべきだったかな……)」


 ガスパルが「ふよふよ」と動き出したので、そうは思ったが後ろに続く。

 メルンも私の後ろに続き、1匹と2人で村の外に踏み出した。


 道がすぐにも二手に分かれ、右と左に分岐する。


 正面には岩。左に行けば、ドリアードゲートがある森へと辿り着ける。

 しかし、ここでは右手を選び、ガスパルはマイペースに進んで行った。


 メルンのお腹が「ぐぎゅるるるぅぅぅ~……」と鳴る。

 よほど腹が減っているらしいが、かと言って、服を脱いだ上で「食べますか?」等とは言えなかった。

 故に、「そろそろ限界ですぅ……」と言う、メルンには苦笑いを見せる事しか出来なかったのだ。


 それから30分位進んだだろうか、道が途切れて森が現れる。

 正面と右、全てが森で、良く見ると道は続いているようだが、暗さの為に良く分からない。


 左手には坂があり、少しずつ斜度を増しながら、山の上へと伸びているようだ。


「んー……なんかビミョーだなぁ……こっちのような、あっちのような……」


 両手を組んで立ち止まり、首を傾げてガスパルが言う。


「ちなみにどっちとどっちなんだ?」

「前か左」


 私が聞くと、ガスパルはそう言った。

 森の中か、山の上、そのどちらかで悩んでいるらしい。


「じゃあ、じゃんけんで決めましょう。先生が勝ったら森の中、わたしが勝ったら山の上。はい、じゃ~んけ~ん、ぽんっ!」

「ちょっまっ!?」


 メルンが言って、勝手に決める。

 しかし、すでに始まってしまっていたので私が慌ててグーを出した。


「あはっ♡」


 結果としては私の勝利。一応、森の中だと決まる。


「と、いう事らしいが、どうなんだ」

「んー? なんか移動したっぽいんだよねぇ……でもまぁ、とりあえず、それで良いんじゃない?」


 聞くと、ガスパルがそう言ったので、私達は森の中へと進む。

 森の薄暗さは相当だったが、ガスパルもメルンも夜目が効いた。

 私は1人不安で居たが、2人が「すいすい」と進んで行くので、不安ながらもそれに従った。


「こっちかな」


 道から逸れて林に踏み入る。草木をかき分けて先に進むと、小屋のようなものが見えた。


 明かりがついている。誰かいるのだ。


「(こっちだったか?)」


 私が聞くと、ガスパルは「さぁどうでしょ」と、左眉を下げた。

 どうやらあまり自信は無いらしい。


 だが、確認しない訳にはいかないので、私達は忍び足で小屋に近付いた。


 明かりが消えた。気付かれたのかもしれない。


「気付かれたんですかね?」


 と、メルンが言ったので、「或いは……」と、小声で私が答えた。


「んじゃあ先制攻撃と行きますか!」


 ガスパルが言って空気を吸い込む。


「おい!? ちょっと!?」


 と止めるより早く、ガスパルは息を「ワッ!!」と吐いた。


 凄まじい勢いの突風が生まれ、小屋の外板が吹き飛んで行く。

 屋根が飛び、内装が見え、家具や暖炉も吹き飛び始めた。


 全てが吹き飛んで現れたのは、白い毛をした可愛いチワワ。


「ワン!」


 と、尻尾を振りつつ鳴いて、私達を唖然とさせた。


「こ……これはつまり……」

「間違いじゃないから! 最近まで絶対ここに居たから!」


 あまりの事に私が呟き、否定をする為にガスパルが喚く。

 メルンはと言うとチワワを抱えて「あーら可愛い~」と、暢気にしていた。

 そんな2匹と2人の前で、瓦礫の山が「がさり」と動く。


 誰かが居る、と気づいた直後に1人の男が上半身を出した。

 黒いローブにフードを被った、30才位の男である。


「くそっ……何なんだ……」


 呟きながら、その場に立ち上がる。

 その右手には短剣を持っており、私達の姿に気付いた後には森の中へと「だっ」と逃げ出した。


「何か怪しいなぁ」

「だったら止めろ!?」


 それを見送るガスパルに言い、その後に私が魔法を放つ。

 生憎な事にそれは外れ、木の1本を焦げ付かせただけだ。


「わたしに任せて下さい!」


 チワワを置いてメルンが飛んだ。

 そして、男の背中を追って森の上へと消えて行った。


「大丈夫かな……」

「大丈夫でしょ。サッキュンなんだし」


 私の問いにそう答え、ガスパルがチワワに右手を伸ばした。


「ガルウウウ!! ワンッ! ワンっ!」

「ひいいいい!?」


 が、歯をむき出しにされて拒絶されて、ガスパルは小さく悲鳴を発した。


 メルンはその5分後に、男と共に姿を現した。


「おふうっ……おっぱ……すごひい……」


 男がなんだかメロメロだったので、私達は大体の理由を察す。


「魅了しちゃいました♡あ、でもナニもしてないですよ♡」


 そして、メルンの言葉によって、予測が当たっていた事を知るのである。


「これはどれくらい続くんですか? 色々と聞いても大丈夫ですか?」

「人によっては永遠ですね。でも、最悪でも1か月はわたしの奴隷となったままです。なので、何を聞いても平気ですよ♡」


 サキュバスとは意外に恐ろしい、と、私が思った瞬間だ。


「あー……では、ここで何をしていたのかを聞いてもらっても良いですか?」

「はーい」


 私を通してメルンが聞く。

 聞かれた男は「後片付けをしていました」と、真っ赤な顔でメルンに言った。


 なぜだか語尾に「おっぱい」がついていたが、そこは多分、そういうものなのだろう……


「えー……それは何の後片付けか」


 これもメルンに通してもらう。

 結果、


「この小屋に住んでいた木こりの死体の後片付けです」


 と、迷う事無く男は言った。あと、最後に「おっぱい」も。


「ラッドのじゃないんだ」


 と、ガスパルが言ったが、どう取って良いのか分からない。


「では、なんでそんな事をした、と、聞いてみて貰えますか?」

「了解でーす」


 聞くと、男は「作戦の為でした。おっぱい」と言う。

 語尾に「おっぱい」がついている為か、どうにもこうにも緊迫感が無い。


「どうにかならないのか? その、おっぱいは」


 と言うと、男は極めて真面目な顔で「どうにもなりません。おっぱい」と返した。


 そうか、それじゃ仕方ないね……

 その真顔に免じて許し、私は次々と質問して行った。


「ラッドさんとジョゼッタを攫ったのはお前達か?」


 それはいくつめの質問だったか、核心に迫るその質問に、男は「そうです。おっぱい」と答えた。


 前後の成り行きからそうなのだろう、と、思っていた私に驚きは無く、続けて「じゃあどこへやった?」と、メルンを通じて男に問った。


「山の上の洋館です。そこが依頼主への引き渡し場所なのです。おっぱい」


 先程の分岐路で左だった訳だ。

 ガスパルの能力も大したものである。


「では、最後の質問だ。依頼主というのはやはりアレか、ラッドさんと言い争っていた男なのか?」

「それは俺は知りません。ですがそいつも殺すらしいです。財宝の在処を聞き出した後はラッドという男も、娘も殺します。財宝は俺達闇の貴族のモノになるという訳です。おっぱい」

「なっ……!?」


 その言葉には流石に驚く。

 ラッド達の行く末もそうだが、闇の貴族という単語にもである。

 つい、最近私はそれと関わってしまったばかりなのだ。


 ただの強盗集団と言っていたが、こういう仕事も引き受けるらしい。

 とは言え、依頼主も殺す訳なのだから、やはりは強盗集団なのだろう。


 兎にも角にも助けなくてはならない。

 レーナが居ないのが痛すぎるが、今更それを嘆いても仕方ない。

 時間があまり無い以上、この人数でやるしかないのだ。


「この男にも協力してもらいましょう。できますか? そういう事は?」

「簡単な事なら」


 聞くと、メルンがそう言ったので、私はここで覚悟を決めた。

 男を先頭に森を抜け出し、山と村への分岐路に辿り着く。


 私達はそこで1人の老人に「待ちなさい」と声をかけられた。

 こんな所で何をしているのか。

 そんな事を思った為に、私達は揃って無言であった。


「あの洋館に行くのはやめなさい。あそこでは凄惨な事件があった。それ以来アレが出るようになってな。村の者も決して近づかん。良いかな? 絶対に行ってはならんぞ」


 老人は言うだけ言って、村への道を歩いて行った。


「どうしますぅ?」


 と、ガスパルが言うので、私はそちらに顔を向けた。


「行かない訳には行かないだろう……」


 そう言って、顔を戻した時、老人の姿は既に無かった。


「エ!? 今のもしかしてオバケ……!? マジでマジで!? 初めて見た!」


 と騒ぐガスパルは、己自身がそれに近い事をまるで意識していないようだ。


「(不吉だな……)」


 と思うものの、行かない訳には行かない私は、洋館への坂道を上り出した。




 洋館は山の中腹辺りに、崖を背にして作られていた。

 その手前には林がある為、敢えて、そこを突き抜けなければ洋館を見つける事は出来ない。


 誰が、どういう目的で建てたものかは不明であるが、或いは林が後から出来た為に、そういう作りになったのかもしれない。


「この辺りで行って貰おう。適当に、何か騒動を起こすように彼に伝えて貰えますか?」


 林の中で身を潜め、私がメルンに向かって言った。


「わかりました」


 メルンがすぐにも男に伝え、男が「分かりました。おっぱい」と言って、林を抜けて洋館に向かう。


 玄関が開き、誰かが現れた。

 それから2、3、言葉を交わして、先の男と中へと入った。

 大丈夫だったのか、と、思わなくもないが、入ったという事は大丈夫だったのだろう。


 一息をつき、安心していると、洋館の中から物音が聞こえた。

 ガラスが割れる音である。

 それは直後に連続して聞こえ、男が騒動を起こしたという事を音をもって私達に知らせた。


「それでは行こう! 目的はラッドさんとジョゼッタの救出だ!」

「アイアイサー!」

「了解で~す」


 私が言って、ガスパルとメルンがそれぞれの言葉で答える。

 林の中から走り出して、低い体勢で門を抜ける。

 それから玄関を軽く開けて、中の様子を一応伺った。


 皿の割れる音に加えて、武器のぶつかる音が聞こえる。

 そこまでやれとは言っていないが、注意を引き付けられるならそれも良しだ。


 玄関を開け、中に入ると、大きな肖像画が正面に見えた。

 正面に壁、そして左右に奥への廊下が続いており、左右の廊下それぞれに2階にあがる階段が見えた。

 肖像画に対してはどこかで見たな、と、思いはしたが、今はそれは重要では無いので、


「どこか分かるか?」


 と、ガスパルに聞いた。


「何となく?」


 と、答えてきたので、私は先頭をガスパルに譲る。


 ガスパルは「ふよふよ」と2階に飛んで、「こっちっぽい」と左に行った。

 ついていけないでしょ!? と、言う訳にも行かず、階段を使って彼に続く。

 その間にも音は聞こえ、或いは壁でも貫いたのか「ドォン!」と言う一際大きな音も聞こえた。


「随分と派手にやってるな……」

「はぁ、頑張り屋さんだったんですねぇ」


 私が言って、メルンが言った。

 何で他人事? と、思いはしたが、そこでは敢えて突っ込まなかった。


 階段を上り、左に向かう。

 左手の外にはテラスがあって、朽ちた机や椅子が見えた。

 右側には現在何も無く、1階部分が見えている。


「ぐああああっ!!」


 そこに、誰かが吹っ飛んできて、動かなくなったのはその時だった。


「ギギギギギ!!」


 すぐにも現れたのは謎の魔物。

 右手に大きな斧を持った、赤い帽子の魔物であった。

 薄暗い為に顔は見えない。身長は150と子供くらいだ。

 鉄の長靴を履いており、今は動かなくなった相手に向かって「カツン、カツン」と、近づいて居た。


 動かなくなった相手を前に、謎の魔物が「ぴたり」と止まる。

 そして、斧を振り上げて、相手の頭を「ドン」と落とした。


「ひぃ!!」

「うわぁ……」


 ガスパルとメルンがそれぞれ驚く。

 私はと言うと声は出さないが、表情そのものは固まっていた。

 謎の魔物は帽子を脱いで、流れ出た血にそれに浸けた。


「キッキッキッキッ!」


 と、喜んでいる辺り、そうする為に殺したのだろう。

 満足そうに血を塗りこんで、再びそれを頭にかぶる。


「ギギッ!?」


 私達の姿に気が付いたのは、その直後の事である。


「なっ!?」


 すぐにも私達の横に現れ、右手の斧を「ブン」と振る。


「きゃああ!!」


 危うい所でメルンは避けたが、手すりが一瞬で粉々になった。


「ギィイッ!!!」


 斧を引き抜き、魔物が唸る。その顔はまるで醜悪な老人だ。


「お、オイラ達は味方だヨ! ほらぁ! 皆素手だからぁ!」


 ガスパルが言うがそれも無意味。

 魔物は斧を振り上げて、ガスパル目がけてそれを降ろした。


「駄目だこりゃ!!」


 ガスパルは体を線にして、縦になったり、横になったりして、それらの攻撃を全てかわした。

 凄いとは思うが不気味の一言で、魔物もそれで引いたのだろう、「ギィィ……」と唸って1歩をたじろいだ。


「今だ! 逃げるぞ! というか、ラッドさんとジョゼッタを見つけ出すぞ!」


 その隙をついて私が叫び、ガスパルも再び動き出した。


「ここだ多分!」


 少し走ると客間のドアが見え、その内の1つにガスパルが飛び込む。


「何だこいつ!?」


 と言う声が聞こえ、中に誰かが居る事が分かった。

 例の魔物は追って来ていない。それを見てからドアを開ける。


「ぐるっ! ぐるじいいいい!!」


 ガスパルが誰かと戦っていた。……と言うより、首に巻き付いていた。

 長いマフラーのようになって、相手を落とそうと奮闘していたのだ。


 その後ろには人質が居る。

 手を縛られて口を塞がれた、ラッドとジョゼッタで間違いなかった。


「んー! んー!」


 と、呻きつつ、ガスパルの戦いを応援しており、ダブルピースでそれに答えるガスパルの態度には辟易としていた。


「ヘンな奴が追って来てるんだ。さっさと決着をつけてしまえ」


 そう言いながら私が動き、2人の手枷と猿轡を外す。


「ありがとうございます先生! でも、どうしてこんな所に?」


 助けるなりにラッドに聞かれる。

 それに答えようとした直後、右手の壁が「ドォン!」と壊された。


「ギッギッギッギッ!!」


 謎の魔物が再び現れ、斧を右手に不敵に笑う。


「話は後です! 今は逃げましょう!」


 相手が何者か分からない以上、無闇に戦うのはリスクが高い。

 そう思った私は2人を逃がし、それから自分も後ろに続く。


「まだ落として無いんだけど!?」


 ガスパルも途中で戦闘を放棄。

 フラフラになった相手を置いて、メルンと共に後ろに続いた。

 部屋を出るなり、「ドスン!」という音が聞こえ、残された男の末路が分かる。


 気分は悪いが、自業自得だ。そこに情けの必要は無い。

 そう思っていると目の前に謎の魔物が「ヒュンッ!」と現れた。

 そして、先頭を駆けていたラッドの頭上に斧を振り下ろす。


「ギイイッ!!?」


 が、メルンが魔法を放ち、危うい所でそれを救った。


「未来の旦那様を殺させはしない!」


 と言う、メルンの瞳は今までになく燃えていた。


「て、テラスだ! テラスから逃げるんだ!!」


 ちょっと引きつつ私が言って、先頭のラッドがテラスへ向かう。


「ちょっと時間稼ぎしてくるね」


 たじろいだ魔物はガスパルが引き受けてくれ、私達は無事にテラスへ出られた。


 テラスの端に辿り着き、私がそこから高さを伺う。

 およその高さは3m程。これ位ならば余裕であろう。


「ここから行こう」


 私の言葉に全員が頷く。


「ひやああ!! 適わん適わん! 適いませーん!」


 その頃にはガスパルも見切りをつけて、テラスの中へと飛んできていた。


「ジョゼッタ。乗って」


 ラッドが言って、その場に屈む。

 ジョゼッタはすぐにその背に乗って、2人で揃って下へと飛び降りた。

 見ると、全然平気そうだ。


 メルンが「どうぞ」と言ってくれたので、次に私が飛び降りる。

 メルン、そして、ガスパルが続き(そのまま飛んで来ただけ)、私達は全員が下に降りた。


「な、なんだお前達は!? どうなっているんだ!?」


 玄関からの声であった。50才位の男が立っている。


「お、叔父さん……あんたって人は……!」


 と、ラッドが怒ったので、私はそれが叔父であると知った。


「い、いや、何かの誤解じゃないか? わ、わたしはそのぉ……流石に命までは……」


 ラッドの叔父がそこまで言った時、玄関のドアが「バアン!」と開いた。


「ひっ!? わあ!? な、なんだあ! やめっ!!?」


 そして、ラッドの叔父は何かに捕まれ、無理矢理中へと引き込まれたのだ。


「ぎゃあああああああ!!」


 ドアが閉まり、断末魔が聞こえる。


「……」


 辺りに不気味な静けさが戻った。


「ど、どうすんの? 開けてみるの?」

「いや……帰ろう……どうなったにしろ、自業自得だよ……」


 ガスパルが聞き、ラッドが言った。

 私達は警戒しつつ、山を下りて村へと戻った。

 襲撃があるかと思っていたが、謎の魔物は現れなかった。

 一体あれはなんだったのか。


 私はそれを疑問しながら、翌日の朝、我が家へ帰宅した。




 レッドキャップ。

 後日になって分かった事だが、それが奴の名前であった。


 住処は城や迷宮等で、凄惨な事件が起こった場所を好んで住処とする性質がある。

 そして、そこに入ってくる者を誰彼かまわず殺害し、被害者の流した血を使って自分の帽子を染め上げるのだそうだ。


 確固たる目的はそれひとつらしいので、近寄らなければ問題は無い。

 あの洋館がたまたま奴の住処であったというだけの事だろう。


 闇の貴族、あの連中はそれを知らずにそこに入った。

 だから皆殺しにされてしまったと、そういう訳だと考えられる。

 ラッドの叔父さんもそうだがまぁ、運が悪かったと言うしかないな。


 あとは肖像画。

 あれはそう、私達に忠告をしてくれた老人に似ていると後で気が付いた。

 多分だが、あの老人は、昔、洋館に住んでいたのだ。


 そして、凄惨な事件に巻き込まれ、命を落としてしまったのではないだろうか。

 近付く者に忠告するのも、そういう理由からなのではないかな……


 まぁ、後半は予測なので、正確な所は全くの不明だ。

 帰り際、ラッドははつらつとしていたが、メルンは寄り添ってぐったりしていた。


 しかし、3日分のナニかを貰って、きっと満足はしていたのだろう。

 私に「ニヤリ」と笑いかけて、親指を「ぐっ」と立てて見せた。


「まぁ、その、ほどほどにな……」


 と、私が言うと2人は笑った。


「次はあれですね……私達の……け、結婚式でお呼びしたいですね……」


 そんな事をラッドが言うので、私は「おぉ!」と驚いた物だった。


「おっぱい」

「魅了されてるぅ!?」


 続けて言ったその言葉には私だけでなくガスパルも驚いた。

 ジョゼッタはただ首を傾げて、私達の驚きを不思議そうに見ていた。


はたしてどちらが奴隷かな…

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