中立マンファイナルバトル
3月のとある日曜日の事。
フェネルが朝から我が家にやってきた。
まだ周囲が闇に包まれた朝の3時の事である。
「何なんだ……新手の嫌がらせか……?」
玄関を開けて私が言うと、フェネルはまずは「んなわけないっしょ!」と答えた。
「今日は中立マンファイナルバトルの発売初日なんですよ! ほら! 早く準備準備!」
それからそう言って、寝ぼけ眼の私を困惑させたという訳だ。
「意味が分からんが……」
「良いから準備ィィィィ! 売り切れちゃうううううう!!」
フェネルが地団太を踏みだした為に、私は仕方なくパジャマを着替えた。
そして、一応財布を持って、再び玄関に向かったのである。
「ちょっと早足で行きますからね! しっかりついて来て下さいよ!」
「あ、ああ……」
どこへ行くのか不明であるが、一応の返事をフェネルに返す。
フェネルはすぐにも背中を向けて、「全部揃えられると良いなぁ」とか、「やっぱ中立マンは強いんだろうなぁ」とか、訳の分からん事を言いつつ、どこかへ向かって歩き続けた。
プロウナタウンに着き、南東門に向かう。
「ここじゃないのか?」
と、質問すると、フェネルは「じゃないです」と短く言った。
「じゃあどこなんだ?」
と、更に聞くと、フェネルは「首都です」と簡潔に答えた。
「な、何をしに行くんだ? こんな朝早くから……?」
「だーかーらー! 中立マンファイナルバトルの発売初日なんですってばぁ!」
疑問に思って追及すると、フェネルは言って軽くキレた。
「その、中立マンホニャララというのは一体どういうものなんだ……? 漫画か? そうか、漫画なんだな?」
「ちがーう!! 先生は本当にドシロウトなんだから……良いですか、中立マンファイナルバトルって言うのは、中立マンの漫画に出て来たキャラクターがカードになったものなんです。攻撃力とか、防御力とかが割り振られてて、専用のマップに配置して、友達とかと対戦するんですよ。この間の新聞にも載ってたでしょうが」
ドシロウトと言われれば確かにそうだが、この年で(200ウン才)そういう事に詳しいのも、それはそれで問題だ。
なので私は「そうなのか」と、返し、目的が理解できた為に、一応は納得して口をつぐんだ。
新聞の方はどうだったかな……ヒカリちゃんの復活ライブとかはまだ記憶にあるのだが、カード云々を見た記憶は少なくとも今は持って居なかった。
「て訳で休みなしでブっこみますからね。間に合わなかったら死刑ですから」
その考えは理解不能だが、私は「ああ……」と答えを返した。
そして、歩く事約7時間。
私達は開店ギリギリの首都のおもちゃ屋に到着する。
並んでいた人数はおよそで500人。
たかがカードにここまでするかと私は茫然としたものだった。
「ほらぁ! 先生がボヤボヤしてるから、殆どドンケツじゃないですかぁ! 中立マンレッドが引けなかったら、先生が強奪して来て下さいよね!?」
「い、いや、それは流石に出来んが……」
無茶ぶりを発揮するフェネルと並び、おもちゃ屋の開店時刻を待つ。
見ると、50才位の男性もおり、中立マンが幅広い層に人気がある事を認識できた。
「えー、皆さま、朝も早くからお疲れ様です。これより開店致しますが、中立マンファイナルバトルは、お1人様5袋までの購入でお願いします! スターターセットは数に含みません! スターターセットは50枚入り、追加小袋は10枚入りとなってます! 間違えないようにご購入下さい!」
おもちゃ屋の店主だろうか、中年の男性が現れて言う。
「マジかよぉ!?」
「うちら昨日から並んでるんですけどぉ!?」
「5袋までか……」
「あぶねー、助かったわー」
返される反応は様々だったが、列の後ろの方に行く程、そのお願いには好意的だった。
「てことは全員買えるんですかね?」
「多分な。良かったじゃないか。空振りにならずに済んで」
フェネルに聞かれて私が答える。
フェネルは「まぁ」と言った後に、「先生も買うんですからね?」と、強要してきた。
「いや、原作も知らんのに買うバカが居るか。お前には悪いが興味が無いんだよ」
理由を話して拒絶する。
納得するとは思ってないが、興味が無いと言う事は伝わるだろう。
「先生の意思なんて関係無いんですよ! 僕が買って欲しいんですよ! 僕だけ買って、デッキを作っても、対戦相手が居ないでしょうがぁぁ!」
それにはむしろ私が納得し、「わ、分かった……」と言うしかなくなってしまう。
だからわざわざ連れて来たのか……と、心の中でフェネルを哀れむ。
「それでは開店いたしまーす! 人数分はありますので、焦らないで順番に入店してくださーい!」
おもちゃ屋が開店し、人々が動き出す。
「どけぇえ!!」
「俺が先に並んでたろうが!」
人数分はあるというのに、皆はどうにも殺気立っていた。
「何やってんすか先生!? 売切れたらどうするんですかー!?」
なるほど、こういうバカが居るから順序もへったくれも無くなる訳か。
私はフェネルの肩を掴み、「順番を守ろう」と、優しく言った。
「世の中早いもん勝ちなんですよ! さっさと買って、もう一巡したら、また5袋買えるでしょうがぁあ!」
が、フェネルはそれを弾いて、列の中へと突入して行った。
なるほど、そういう考えなのか。だから皆殺気立っているんだな。
自分には理解できない世界を、私は茫然と見守っていた。
1時間後。
私とフェネルは街の酒場に落ち着いていた。
幸いにも2人ともカードを買えた為に、フェネルはそこまで凹んでいない。
だが、2週目で「君、さっき買ったよね?」と言われ、目論見が崩壊してしまった為に、少しばかりむくれ顔だった。
「まぁいいや……一応ひととおりは買えた訳だし……」
フェネルが言って紙袋を漁る。
それから赤色の小袋を出して、端の部分を右手で引き裂いた。
「うひゃあ! 最初から中立マンピンクきたぁあ!!」
カードを取り出して狂喜の顔をする。
ピンクとは言え主役クラスだ。まぁ、多分強いのだろう。
「ちょっと、先生も開けなさいよ。ここで一戦して行きましょうよ」
「あ、ああ……」
嫌々ながら私が従う。
拒否をすれば騒ぎ出すのが目に見えていたからである。
紙袋の中から小袋を出し、1袋目の端を破る。
一番上にあったのは「戦闘員ロック」というものだった。
戦闘員ロック。
攻撃力2。防御力2。コスト1。
奥義パワー無し。アイテム〇
中立マン達を待ち伏せにしていたが、突然の落石で命を落とす。
妊娠4か月目の妻が居る。
「なんか切なくなってくるんだが……」
絵と、説明書きを見た私が誰にともなく言った。
岩に潰される直前の、「うわぁ!」というような表情で、それがまた何かリアルな気がして、私の切なさは尚更だった。
「ああ、ロックですか。こいつの妻も復讐に来るんですよ」
「逆恨みだろうそれは……」
フェネルが言って、私が言った。
次のカードは「謎の司令D」というもの。
軍帽と軍服に身を包み、右目に眼帯を付けている。
そして、パイプを口に咥えて不敵な表情でこちらを見ていた。
背景が何だかキラキラしている。
謎の司令D。
攻撃力5。防御力7。コスト4。
奥義パワー1。
特殊能力。明鏡止水。(このキャラクターはいかなる魔法、罠、アイテムの効果を受けない。中立マン戦隊以外の特殊能力を無効化させる)
本名はタケシ。普段は八百屋を経営しており、お得意様の奥さんに夢中。今までに1000万リーブルは突っ込んでいる。年齢53才。童貞。
「謎じゃないな……Dでも無いし……」
カードを見ながら私が言うと、フェネルが「すげええ!!」と声を上げた。
「激レアじゃないっすか先生! 司令Dとか入ってるんだ! やべぇ! 超欲しいっす!」
やろうか、と言おうとしたが、激レアと聞いては惜しい気がする。
なので私は「そうなのか」と言い、何食わぬ顔で次のカードを見た。
「くそー、先生はホントに無駄引きだなぁ……普段、運が悪い分、こういう時にだけ発揮しちゃってさぁ……」
なんだか言われ放題である。
だがまぁ、大体当たっているので、私も敢えては反論しない。
それから10分程が過ぎて、私達はカードの確認を終えた。
それなりに良いカードもあったようだが、フェネルが教えてくれた限りでは司令Dが最高らしかった。
「じゃあ早速対戦しましょうよ! 僕のマップは「水辺の戦い」。先生のは?」
「ああ……峡谷の戦いらしいな」
フェネルがマップを広げて言って、私が確認してフェネルに言った。
「なら、今回は僕ので良いっすか?」
と言うので、訳が分からないしで、「ああ」と返す。
説明書によると以下のようなルールらしい。
マップはお互いの了承の後、好きな方を使用する。
カードは最初にお互いで切り合い、裏側にして手前に置いておく。
最初に取れるカードは6枚。
以降も6枚まで補充が可能。
ただし、特殊な能力を持つユニットの存在次第でこれは増減する。
マップには「地形」と「コスト」があり、コスト以上のユニットはその地形には滞在できない。
地形によっては使える技と、使えない技が存在する。
戦闘の先制は付属品のミニルーレットかサイコロを使用して決める事。
病院送りになったユニットは復活出来る可能性がある。
墓場送りになったユニットはこの戦闘では使用できない。
本拠地、及びアジトが落とされると、落とされたプレイヤーの敗北となる。
本拠地、及びアジトには強力なユニットを配置しましょう。
皆で楽しい中立マンバトル!
「なるほどな……」
説明書を読みながらカードを置くと、フェネルが「ちがーう!」と声を上げた。
「な、何が……」
「カードはこれに差し込むんです!」
言うと、フェネルは台座を取り出し、実際にそれにカードを差し込んだ。
向こうからは絵が見えるが、こちらには裏側が見えるような形だ。
どうやら実際に戦闘するまでは、部隊の編成が分からない仕様らしい。
考えているな、と、思いつつ、キャラクターカードを差して行った。
手元に残ったカードは2枚。
奥義カードの「貴様も一緒に連れて行く!」と、アイテムカードの「金は命より重い!」だ。
全体的にダークな感じだが、多分、こういう世界観なのだろう。
「よーし! じゃあ中立マンバトォォ! スタアアッツ!!」
フェネルはもうノリノリである。
おそらく相当好きなのだろうし、まぁ、仕方が無い事と言える。
私は仕方なくそれに付き合い、3戦ばかりを酒場でこなした。
結果はなんと私の全勝。
「きぃぃぃぃ! 無駄につえええええ!!!」
臍を噛んで悔しがるフェネルに、私は少々の優越感を覚える。
「(ふむ……意外に面白いかもな……)」
と、私が思い始めたのはこの時からだった。
それから1週間の時が過ぎた。
フェネルはその間にも、デッキを変えて挑んできたが、私はそれの全てに勝って、その度フェネルの罵倒を受けた。
しかし、この頃には私もハマっていた為に、負け犬の遠吠えにしか聞こえて居なかった。
応接間の食卓の前。
「そんなに面白いんですかそれ?」
と、レーナが言って近寄ってくる。
食卓の上にはマップが広がり、戦闘を終えた直後の状態のカードがそこに散乱している
「これが意外に面白い。子供の遊びとバカには出来んよ」
言いながら、カードを回収して行く。
レーナは「そうなんですか……」と言って、カードの1枚をその手に取った。
「あ、それ僕のですから」
一応、フェネルが主張をすると、レーナは「あ、うん」と言葉を返した。
「なんか良く分かりませんけど、先生がやるならわたしもやろうかな……」
そして、フェネルにカードを返し、許可が欲しいのか私を見て来た。
「ああ、そうだな、皆でやろう。ルニスも混ぜて誰が強いか戦って見るのも面白いかもしれない」
許可する意味でそう言うと、フェネルがまずは「調子コいちゃって……」と言った。
レーナの答えは「良いですね」というもの。
その顔には笑顔が浮かんでいたので、やる気はそれなりにあるのであろう。
「先生、ちょっと良いですか?」
そこへ、ルニスがやって来た。白衣を着ており、眼鏡もしている。
1時間ばかり休憩したくて、ルニスに診察を代わってもらっていたのだ。
「ああ、急患かな?」
言って、私が立ちあがる。
「いえ……というわけでも……なんというか、まぁ、診て下さい」
ルニスにそう言われた為に、私はカードを散乱させたまま、診察室に向けて歩いた。
「ああああ先生、助けて下さい! 本当にもう、どうしちゃったのか……」
中に入ると女性が居た。診察台には子供が寝ている。
女性の年齢は25、6才。子供の方は5才くらいだ。
診察台に無言で近づくと、子供の異常がすぐに分かった。
目を「かっ」と開いたままで、身じろぎもせずに寝ていたのである。
寝ていた、と言っても寝息は無い。
診察台に寝かされていただけだ。
呼吸はあるし、心臓も動いている。脈拍も至って正常だ。
「どうしてこうなったか、分かりますか?」
診察を止めて女性に聞くと、「わかりません……」と女性は言った。
「では、こうなったのはいつからですか?」
「昨日の夜までは普通でした。今朝になって起きて来ないから、部屋に行ったらそうなっていて……」
それには女性はそう答え、「ああ!」とその場に泣き崩れた。
「ちなみに、なぜ私の医院に? 街の医院には行きましたか?」
見る限りは2人とも人間である。
ならばまずは人間の医院に足を向けるのが普通のはずだ。
意地悪では無く、見解を知る為に、私は女性にそれを聞いた。
「行きました……行きましたが分からないって……魔物の仕業じゃないかって、街のお医者さんは私にそう言って……」
やはりな、と、思うと同時に、私は少し安心をする。
他の医者の見解と同様、私も現時点では分からなかったからだ。
「(まるで、魂が抜けたような感じだな……)」
子供を見ながらそう思う。
「ん?」
ポケットから何かがはみ出している。
右手を伸ばしてそれを取ると、例の中立マンカードであった。
「息子さんも好きなのですか?」
それを見せながら女性に聞く。
女性は「はい」と言ってから、「殆ど毎日やってました」と、誰かと変わらない状況を話した。
が、関係があるとは思えない為、私は「なるほど」と短く返す。
「とりあえず、息子さんは預かりましょう。定期的に様子を見てみます。泊まってくれても構いませんが、不都合でしたらまた明日来てください」
「分かりました。一応、夫と話してみますので、明日の朝にお伺いします」
私が言うと、女性は言って、頭を下げた後に部屋から出て行った。
「何ですかそれ?」
「ロブスター怪人ドッケルンだ。防御力は高いんだがな」
聞かれた為にそう言うと、ルニスは「はぁ?」と顔を顰めた。
まぁ、普通の反応である。私が異常になりつつあるのだ。
「ルニスもやって見ると良い。ちなみに、レーナはやってみたいらしいぞ?」
引き込む為にそう言って、ルニスの肩を「ぽん」と叩く。
ルニスの「え、ええ……」と言う返事を聞いて、私は寝かされていた子供を担いだ。
翌日の昼。
別の子供が私の医院に運ばれてきた。
症状は昨日と同じもので、カードは持って居なかったが、この少年も中立マンのカードバトルをしていたという事だった。
偶然にしては出来過ぎている。
どこか怪しいと思った私は、情報を仕入れる為に街へと向かった。
無理を承知で同業者を訪ねると、あちらでも困っていたようで、ここ2、3日で同じような事が何件かあった事を教えて貰えた。
「どうにかならんのかね? 君は魔医者だろう? こういう事には詳しいんじゃないのか?」
年齢40位の医者が、眼鏡を上げながらそう言った。
私が「残念ながら……」と答えると、「はぁ」と息をついて中へと入る。
入口に向かって頭を下げて、私はフォックスの医院に向かった。
あそこにならば新聞があるし、フォックスはなかなかの情報通だからだ。
歩いているとおもちゃ屋を見つけたので看板を見てから中に入った。
中立マンファイナルバトル、つい先ほど入荷しました!
そんな看板が立てられていた為に、私は「フラフラ」と入ってしまったのだ。
幸いに、場所はすぐに分かった。子供や大人が群がっていたからだ。
場所としては店の右奥、トイレの手前の棚の上だった。
購入制限はかかってないようで、中には「ごっそり」と買う大人も居た。
「いけませんねお父さん。あなた1人で買占めをしては。せめて、ここに居る人の分だけでも残して行っていただけませんか?」
そんな大人を見兼ねたのだろう、1人の紳士がそう言った。
年齢はおそらく35、6。
左目にだけにレンズをかけた、シルクハットをかぶった落ち着いた人だ。
「あ、ああわかったよ……にぃ、しぃ、ろく、はち……9人だな。じゃあ9人分だけ置いて行くから」
紳士の説得が通じたようで、相手の男はそれだけを置いて行く。
「いえぇーい! ゲットォー!」
子供達が喜んで、残されたものから1つを握る。
それからレジの方へと走り、「おっちゃんコレ!」と、会計を急かした。
「どうぞ。あなたもご所望でしょう?」
紳士が言って、小袋を差し出す。どうやら人数に入っていたらしい。
「どうも、すみません」
一応の目的であった訳なので、私も断らずそれを受けた。
紳士は「いえ」と言ってから、最後の小袋を持って歩いて行った。
「(見た所、貴族か何かのようだが、ああいう人物でも遊んでいるんだな……)」
嬉しいような、照れ臭いような、なんとも微妙な感覚である。
紳士が会計を済ませたようなので、会計を済ませて私も店を出た。
そして歩き、フォックスの医院につく。
「おん? 今日は1人か、珍しいのぅ」
フォックスは相変わらずクロスワードをしていた。
医院の中にはだーれも居ない。
以前は看護婦が1人いたが、今は一体どこへ行ったのか、彼女のロッカーすら消失していた。
「大丈夫なのか……経営は……?」
不安になった為に私が聞くと、フォックスは「まぁな」と短く言った。
椅子に座り、新聞を取ると、「ん?」と怪訝な表情になる。
「いや、ちょっと調べものをな」
「さよけ」
言うと、フォックスは納得したのか、それ以上は何も言ってこなかった。
「これか……」
第一面にそれはあった。
原因不明の奇病続出!
目を開けたまま意識を喪失!
発症者は主に子供!?
「おぉ。なんか増えとるらしいな。この街にもチョイチョイ出てきとるらしいぞ」
私の表情で気が付いたのか、新聞の向こうでフォックスが言った。
「ああ、それは知っている。今は原因が知りたくてな」
フォックスに答え、読み続けたが、予測の域を出るものは無い。
やむを得ないのでフォックスに話すと、彼もまた「分からんな……」と顔を顰めた。
「それはそうだな。私でも分からないんだ。専門外なら尚更だろう」
責める気持ちが無いという事を間接的にフォックスに伝える。
「まぁ、暇があれば調べておくさ」
そんな気持ちが伝わったのか、フォックスもそう言ってくれた。
クロスワードに呆けているが、きっと今は暇じゃないんだろう。
苦笑いをしつつ、ポケットを漁り、私は先ほどの小袋を出した。
「なんじゃそら?」
「いや、ちょっとした遊びだな。フェネルの影響でハマってしまった」
聞かれた為に「ひらひら」と見せ、小袋の端を右手で破る。
「ええ大人が……」
と、呆れられたが、そこは自覚をしていなくもない。
「おぉ!!?」
驚きの為、声を上げる。
「なんじゃあ!?」
当然フォックスが驚いたので、私は「す、すまん」とすぐに謝った。
出たのだ。ついに中立マンレッドが。
その為に私は驚いたのである。
説明書きは以下のようなもの。
中立マンレッド。
攻撃力9。防御力8。コスト5。
奥義パワー2。アイテム〇
特殊能力。俺は中立だ!(+補正がかかる魔法や、アイテム全てに影響する。敵、味方関係無く、使った物全てが上乗せされる。横取りでは無いのでそこは注意)
本名はヨシオ。アルバイト先で問題を起こし、クビにされた所をDに拾われた。改造手術が中途半端だった為に、立場的にも中立になる。利益優先で寝返った事もあり、Dからの信用と信頼はイマイチ。仲間からも「これ以上は話せない」と、一線を置かれる事もしばしば。
年齢は21。素人童貞。だけどみんなのヒーローなんだ!
ちなみに絵は敵の怪人に金を渡される最中の絵で、主人公としてはどうなのだろうか、背中と顔には黒い影があった。
「だがまぁ、強いな……流石と言うべきか……フェネルが欲しがるのも理解は出来る」
帰ったら早速デッキに組み込もう。
そう思った私はニヤつきながら、胸ポケットの中にそれをしまった。
「なんか酒場でやっとるらしいぞ。その中立マンホニャララのバトルを」
フォックスがこちらを見ながら言った。
1人でぶつぶつ言っていた為に、大体の事を知られたのだろう。
今更本音を隠すのも何なので、私は「本当か?」と言葉を返した。
「奥さん方が言うとった。トワイライトとかいう酒場じゃったかな。夜な夜な集まって戦っとるそうな」
「ほーう……」
これは有益な情報である。本来の目的とは違う物だが、訪ねて良かったと私は思う。
帰って、デッキを構築したら、行って見るのも良いかもしれない。
「なるほど。じゃあ、今日の所はこのへんで」
居てもたっても居られずに、私は言って立ちあがった。
「ほどほどにしとけよ」
という言葉を真摯に受け止めて医院を後にする。
我が家についたのは16時頃。
フェネルがすぐにもやってきたので、新しいデッキでボコボコにしてやった。
「いつの間にレッドとか!! てか、どんだけヒキ良いんすか!? 僕なんか戦闘員ばっかりですよ! 戦闘員ゴンゾーとか原作に居ないし!」
なんという優越感だろう。あのフェネルを一方的にである。
私はこうして中立マンバトルに、より、「どっぷり」とハマって行ったのだ。
翌日、夜の20時前。
私とフェネルはトワイライトという酒場の前に辿り着いていた。
入口には派手な女性が立っており、だるそうな顔で煙草を吸っていた。
「子供は駄目ですか?」
と、質問すると、「いや」と短い言葉が返る。
「やった!」
「良かったな」
それを聞いたフェネルが喜ぶので、私が背中を叩いてやった。
こいつも負け続けて可哀想だし、私以外とも戦いたいだろう。
そんな事を思っていた為に、私はフェネルを祝福したのだ。
「よぉぉし! 今日はガンガン勝つぞぉ!! 先生が異常なだけって事を、ここで証明しておかないとなぁ」
言って、フェネルは中へと入った。
微笑みながら私が続く。
店内はちょっと薄暗いものの、隣の席との間隔が広い、落ち着いた雰囲気の作りをしていた。
酒場に来て飲まないのも何なので、とりあえず私はカウンターに向かう。
そこで、飲み物を2つ頼んで、それから例の話を切り出した。
「ああ、バトルならあそこでしてるよ。て言っても最近は、どの席の客もそれ目的だけどね」
スキンヘッドのマスターが言い、店の左の一画を指す。
そこには10人程の人が集まり、席を囲んで熱狂していた。
「これを使うと良い。対戦希望の札みたいなもんだ。それを持って飲んでれば、向こうから誰かが挑んできてくれるよ」
ジュースと共にそれを出して、マスターが気さくに「ははは」と笑う。
「すみません。助かります」
その気遣いに感謝して、両方を持って私は歩いた。
「フェネル。こっちだ」
そして、立ち尽くしていたフェネルに声をかけ、空いている席のひとつに座った。
「一戦良いかい?」
対戦希望の札を置くと、すぐにも1人の男がやってきた。
年齢はおそらく30前後。褐色の肌のガテン系だ。
「僕僕! 僕が先! 先生は見てなさい! 普通の戦いを!」
私が彼に答えるより早く、フェネルがそれを制して言った。
「やる気満々だなぁ、ボウズ。よおし、いっちょバトりあってみるか」
男が言って、デッキを出したので、私がソファーの横へとずれる。
私の右がその男で、正面にフェネルが座ると言う図だ。
お互いにデッキを渡し合い、ルールの通りにカードを切り合う。
「マップはどうする? ちなみに俺のは「湖が見える荒地」だが」
「えーとじゃあ僕のマップで」
男が聞いて、フェネルが言った。
直後には男は「良いぜ」と言って、フェネルがテーブルにマップを広げる。
戦い慣れたマップを選ぶのも、勝利に近付く手段のひとつだ。
「(こいつめ……本気で勝つつもりだな……まぁ、お手並み拝見と行こうか)」
上から目線で私は思い、2人の戦いを横から見守った。
ルーレットの結果、男が先制となり、次々とキャラクターを配置して行く。
その内訳は「攻撃バカ」ばかり。所謂脳筋デッキと言う奴だ。
その中には「象神エレファンツ」と言うものが居り、見た事もない攻撃力に私は一瞬息を飲んだ。
攻撃力はなんと10。
防御力は反してたったの1だが、中立マンレッドすら倒される数値には、流石に恐怖をせざるを得ない。
「よし、俺のターンは終わりだ」
男の手札は1枚も無し。
最初に引いたカードは全てキャラクターカードだったようだ。
「僕のターン! ドロー!」
何かを言いつつフェネルがめくり、その手に6枚のカードを持った。
その内4枚を配置して、2枚は手札に残したままにする。
「全力でこねぇと後悔するぜ?」
男が言って、6枚補充する。
その内4枚がキャラクターカードで、迷わずそれを全配置した。
2ターン、3ターンとがすぐに過ぎて、お互いの部隊が近付いていく。
象神エレファンツを含んだ部隊も、フェネルの本拠地に近づいて居た。
「んー……とりあえず当たってみようかな……」
フェネルが部隊を動かして、男の部隊に接触させる。
「(マズイな。そこにはアレが居るぞ)」
アレ、つまりエレファンツを見て、心の中で私が呟く。
「よおし! 戦闘だな? ならオープンだ!」
男が言って部隊を見せて、フェネルも同様に部隊を見せた。
「すげえの居た!」
フェネルが驚き、鼻水を噴く。しかし、もはや手遅れである。
フェネルの部隊は象神により、徹底的に蹂躙されるだろう。
……と、私は考えていた。
「じゃあ戦闘員ポールの先制能力と、中立マンピンクの魔法を使いますね。はい洪水! ザパーン!」
が、フェネルは能力を使い、「洪水」のカードを使用して、男の部隊を押し流したのである。
「なあっ……エレファンツが一戦もせず……」
地形が川だからこそ使えた魔法だ。私でもかかっていたかもしれない。
男が茫然とする理由は分かる。
この後の展開は拮抗していたが、主力を失った事が大きかったか、男の敗北で勝負は決まった。
フェネルが言っていた「普通の戦い」を私は初めて目にした訳である。
「(性能に頼っていたフシがあるな……)」
2人の戦いを目にした私は、そう考えて少し反省した。
運用次第ではザコカードでも大きな戦力になりえる訳だ。
「勉強になったよ」
と、フェネルに言うと、「ええ!? きもちわるっ!」と嫌な顔をされた。
一方の男も「洪水でやられたな」と、フェネルの作戦を称賛しているようだ。
「いや、エレファンツが居たら僕の負けでしたよ」
「また今度、戦おうぜ!」
2人が「がちり」と握手をする様を、私は生暖かい顔で見ていた。
「そこの人、良いかしら?」
その時、私に声がかけられた。20代前半の、割と綺麗な女性である。
「こ、これですか?」
と、デッキを見せると、女性は笑顔で「ええ」と返す。
幅広いな……と、思いつつ、勝負を受けて私は立った。
「じゃあ僕はここに居ますね。ボロボロのけちょんけちょんにしてやってください」
前半部分は私に向けて、後半の部分は女性に向けて、フェネルが言って「にたり」と笑う。
言われた女性は「どうかしら?」と笑い、自分の席へと歩いて行った。
「じゃあちょっと行ってくる。飲み物が欲しければ頼んでいいからな」
言い残してそちらに向かい、私は女性と勝負を始めた。
結果としては一応勝利。
なんだか初心者のような感じで、いまいち熱くはなれなかった。
「兄さん凄いね。レッドが居るじゃん? 俺とも一回勝負してよ」
戦いを見ていた若者が言い、私が続けて勝負を受ける。
「参った……! 兄さん強いなぁ!」
「おいおいジョージが負けてるぜ!」
「何者だあいつ、すげえなぁ!」
これも勝利し、割と強い相手だったのか、この酒場でちょっとした有名人になる。
それから何戦やっただろうか、夜も随分更けてきたので、私はフェネルの席へと戻った。
「いやー、参った参った。次から次に引っ張りだこだ。一応、一回も負けていないぞ? ヘンな所に才能があるとか、お前は素直に認めないんだろうが……って、んん?」
見ると、フェネルはうつ伏せていた。
「(寝ているのか?)」
と思い軽く突く。
しかし、フェネルは「うんともすんとも」何も言わずにうつ伏したままだった。
「お、おいフェネル……」
体を揺すり、強引に起こした時、私はフェネルの異変に気付いた。
「なっ……!!?」
目を開けたままで放心している。あの子供達と同じ状態だ。
「フェネル! おい! フェネル!」
頬を叩くが反応は無い。これがそうなら当然だった。
あの子達も反応しなかったのだ。
「なんてことだ!」
フェネルを担ぎ、カウンターに向かう。
「ちょ、ちょっとこれは多いよ兄さん! ちょっとぉ!?」
そして、銀貨を1枚置いて、走るようにして酒場を後にした。
どうにもならないが、どうにかしなければ。
焦る頭で思っていると、目前の道路に誰かが現れた。
「こんばんは」
と言ったのは、おもちゃ屋で見かけた紳士であった。
「な、何の用です!? 私は今……」
「その子の魂。返してあげましょうか?」
私が言うと、紳士はそう言い、帽子を押し上げて「にやり」と笑った。
私と紳士は酒場に戻り、向き合うようにして席に座った。
右隣ではフェネルが寝ている。
と、言っても先の子供達のように、ただ、横に寝かせているだけだ。
乗り出すようにして両手を組んで、「どういう事ですか?」と紳士に訊ねる。
紳士は「どう、とは?」と聞いた後に、「ああ、そういう意味ですね」と、1人で察して「ふふふ」と笑った。
私としては笑えないので、真顔のままで続きを待って居る。
その空気には気付いたのだろう、笑いを止めて紳士は話した。
「私の名前はクラウンと言います。マッド・クラウンとも呼ばれていますね。トランプのジョーカー。ご存知でしょう? あれのモデルにもなっている悪魔です。私はそう、ゲームが好きでねぇ……最近では特に、コレに夢中だ」
紳士、改めクラウンは言い、私の前でデッキを見せた。
言うまでもない、中立マンのカードバトルのデッキである。
人間では無い、という事はおそらく驚く所なのだろうが、私はもう慣れている為に、そこにはあまり驚かなかった。
「最強のデッキを模索しては、試したくて誰かと戦った。しかし、そこは私も悪魔。ただ、戦うのでは面白くない。だから、魂を求めたのです。大抵の人間には冗談と取られ、まともに受け合って貰えませんでしたがね」
言った後にクラウンが笑う。
ですよね(笑)なんて言えるはずが無く、私は無言で彼を見続けた。
「ですが、契約は契約です。私が負けたら望みをかなえると、こちらは約束しているのですからね? 私は契約を守っただけ。何も悪い事はしていない」
「……フェネル、そこの子供だが、彼の魂もあなたがとったのか?」
聞くと、クラウンは「ええ」と言った。
どうやら昨今の奇病の原因は、クラウンと中立マンファイナルバトルを行って、敗北した事にあるようだ。
戦い、負けて、魂を抜かれると、おそらくああいう症状になる。
子供に発病者が多いと言うのも、中立マンという題材上は仕方が無かった事なのだろう。
「ならば聞くが、私が勝てば、今まで奪った魂は返してくれるか?」
「それがあなたの望みなら」
私が聞くと、クラウンは言った。
「しかし、あなたが負けた場合、あなたの魂は頂きますよ?」
そして、余裕の表情で私にそう言ってきたのだ。
私はそれに答える代わりに、懐からデッキを取り出した。
「ほほお」と、クラウンが笑う事で、契約は成立したようだった。
「マップはどうしますか? 私のマップは「山岳地帯」ですが?」
「同じようなものなのでそれで構わんよ」
聞かれた為にそう答える。私のマップは「渓谷の戦い」だ。
はっきり言ってあまり変わらない。
デッキを渡し合ってカードを切り合う。
それからデッキを受け取って、ルーレットを回して先制を決めた。
私は3。クラウンは5。どうやらあちらが先制のようだ。
「さてさて、どのような戦いになりますか」
言いながらクラウンが手札を取った。
その内1枚をマップに配置する。
「(5枚が奥義かアイテムか……もしくは魔法か? やりづらいな……)」
そう思っていると「ターンエンドです」と言うので、今度は私が手札を取った。
キャラクターカードが3枚と、アイテムと奥義カードが2枚と1枚。
キャラクターカードは主にザコで、一番最初にその手に取った「戦闘員ロック」も混ざっていた。
「(無難に行くか……)」
と、私は思い、2枚を本拠地の上に置いて、戦闘員ロックを陽動として、本拠地の右の山道に置いた。
相手の本拠地までのマス目は4つ。
2コストまでしか侵入出来ないので、低コストカードにはうってつけの道だ。
「ターンエンドだ」
私の言葉を聞いた後に、クラウンがゆっくりと右手を動かす。
取ったカードは当然1枚。
それをあちら側の山道に置き、先の1枚を前進させてきた。
「ターンエンドです」
3枚を取り、確認する。
「(よし!)」
謎の司令の登場である。残りは微妙だが、まぁ、有りがたい。
私はDとザコを組ませ、クラウンの部隊の迎撃に向かわせた。
その一方でロックも前進し、敵の本拠地を密かに狙う。
私の手札には限界突破精神崩壊丸がある。
いざとなればこいつを使い、攻撃と防御を+5する事も出来る。
そうなると、ロックは病院に行くが、無駄死にするよりマシなはずだ。
「ターンエンドだ」
クラウンが1枚を引く。
「ほほぉ」
と、不気味に唸った後に、本拠地の上にカードを置いた。
それから先の部隊を移動し、山道にも部隊を侵入させる。
先の部隊は次の次、山道の部隊は次で戦闘だ。
ロックの運命は決まっているが、なぁに安心しろ、無駄死にじゃないさ。
「ターンエンドです」
3枚の内の2枚は魔法。
残り1枚はキャラクターだった。
天真爛漫春娘とか言う、ちょっとイカれたイラストの子だ。
攻撃、防御が共に1だが、能力として奥義が無効で、かつ、アイテムが〇である為に、デッキに加えていたものだった。
「(しかし本当にイカれたイラストだな……)」
そう思いつつ、前衛に置く。
ちなみに少女はよだれを垂らし、鼻の両穴から鼻水も出している。
眼球は上向き。所謂白目だ。そしてなぜかお茶碗をかぶり、ショベルを両手に穴を掘っていた。
謎、と言うしかないイラストである。
兎にも角にもそれを配置して、私は山道のロックを動かす。
「ほう、来ますか」
と、クラウンが言い、お互いの部隊がオープンされた。
「なっ!?」
相手の部隊は罠カードの「落石」。
ロックはなんと原作通りに、岩に潰されて死亡した。
「うわぁぁ!」という声が聞こえるようだ。
「くそっ、罠か……」
ロックを墓場に持って行き、クラウンも罠を墓場に運ぶ。
山道の部隊はお互いに消えた。
やむを得ずDの部隊を動かして、私はターンを終了させる。
「ではこちらもオープンと行きますか」
Dの部隊と敵が当たった。
「それもか!」
そちらも罠の「落とし穴」だったが、Dにはそれは効かなかった。
他の2人は病院行きだが、Dは無傷で健在となる。
「そんなキャラクターカードがあったとは……これは少し計算外でしたね」
どうやらDを知らなかったらしく、クラウンはそう言って「ふーむ」と唸った。
「ターンエンドです」
手順を終えてクラウンが言い、私も同様に手順を済ます。
Dの存在がやはり大きく、前線はなかなか崩れなかった。
一方で春娘を戦闘員と組ませ、山道を通って本拠地を狙う。
クラウンはおそらく罠や魔法を多用してくる性格らしく、キャラクターカードは見る限りでは5枚に1枚位の割合だ。
「(どうする……Dでこのまま攻めるか……? しかしDがやられたら前線を支える者が居なくなるな)」
敵の本拠地には侵攻できた。
が、もし、負けた場合は強制的に病院送りだ。
そうなると戦線は崩壊し、こちらの本拠地が危うくなるだろう。
君子危うきに近寄らず。慎重に行って損は無い。
そう思いながらカードを引くと、
「(きたか!!)」
ついにレッドが降臨する。
すかさずにも前衛に置き、3ターン後の本拠地侵攻に備える。
「ターンエンドだ」
「嬉しそうですね。良いカードが来たんですか?」
クラウンへの答えは「さぁな」というもの。
聞いたクラウンは「フフフ」と笑い、いつもの手順を悠長にこなした。
そして3ターン後、決戦の時が来る。
レッドとDは敵の本拠地に同時に侵攻したのである。
守っている者はたったの1枚。
こちらの攻撃力は合計で14だ。
防御力14なんて私は今までに見た事は無い。
罠だとしてもそれは無効で、少なくともDが生き残るはずだ。
「オープンだ!」
勝ち誇った顔でそう言うと、クラウンも「オープン」と部隊を晒す。
爆破スイッチ。それがクラウンが本拠地に置いていた罠であった。
攻撃、防御に関わらず、本拠地に居た者は全員死亡する。
これに耐えうる特殊能力を持っている者は自分の本拠地に強制送還される。
この罠を使った後は、本拠地には配置をする事は出来ない。
ただし、移動と待機は可能。
以上が爆破スイッチの説明である。
つまり、レッドは爆発に巻き込まれ、Dは「うわああ!」と言いながら、自分の本拠地まで飛ばされた訳だ。
絶好の機会を失って、私は「くううぅぅ」と声を出した。
ここからはクラウンの反撃だった。
手札に隠していたカードを配置し、一気に本拠地に攻め寄せて来る。
「置かなかっただけか……持っていたんだな」
「そういうルールはありませんからねぇ」
私が聞くと、クラウンは言った。
確かにそうだ。
キャラクターカードを持っていてはダメだというルールは無い。
配置するのも、持っているのも、それは個人の自由なのだ。
「さて、それでは行きますよ」
猛烈な攻めが始まった。
アイテムや魔法を使い、ぎりぎりの所で跳ね返したが、ついにはDも普通に負けて、本拠地を守るものが1枚だけとなる。
浮気星人ネンコロン。
それがそいつの名前である。
攻撃力は衝撃のゼロ。
しかし、防御力は4と高い。
特殊能力は「一回だけカンベン!」で、敵の侵攻を一度だけ、無条件で跳ね返せるというものだった。
何かをされねば一度は防げる。
しかし、こいつがやられたら、私の本拠地は間違いなく落ちるだろう。
クラウンは今、部隊を編成し、盤石の状態で攻め込もうとしていた。
「(ん……?)」
気付けば、春娘の部隊が生きている。
コスト2という地形上か、誰もそこへと入ってこないのだ。
クラウンも分かってはいるのだろうが、高めのコストで編成しているのか、そちらには部隊を回して居なかった。
居る者は本拠地の2枚だけである。
「(賭けるしかないのか……春娘に……)」
そう決意して部隊を動かす。
クラウンの眉は「ピクリ」と動いたが、やはりは山道には入って来ない。
入らないでは無い、入れないのだ。
このまま本拠地を直撃すれば、或いは勝利出来るかもしれない。
「ターンエンド」
と、私が言って、クラウンが部隊を前進させてくる。
私の本拠地まではあと2ターン。春娘の到達には3ターンが必要だ。
そして、2ターン後、本拠地が攻められる。
「これでどうですか?」
と、クラウンが言ったが、能力のお蔭で攻撃を凌いだ。
その際見えた攻撃力は3枚併せて12というもの。
キャラクターカードが引けた為に、こちらの防御力は7になったが、例えそれを配置したとしても、クラウンの攻撃は防げそうにない。
つまり、私の最後のチャンスは春娘の部隊にかかって居る訳だ。
「(頼む!)」
念じるような気持ちを胸に、春娘の部隊を本拠地に送る。
「オープン!」
「オープン」
私とクラウンがカードを見せ合う。
あちらのカードは蜂女スイービーと、下請け工場長ギャラックだった。
攻撃と防御は合計で7と6。
コストの割にどちらも高い。挙句にスイービーは奥義持ちだ。
ルーレットの先制次第では、何も出来ずにやられるかもしれない。
「では先制を決めましょう」
まず、クラウンがそれを回す。
結果は4。対する私はひとつ下の3だった。
「そちらの防御は合計で3ですか……何もしなければ終了ですが?」
2枚の内の一枚は2。
そして、春娘が1であった。
確かに何もしなければ、このままやられて終了である。
「……いや! する! 勿論するさ! これで普通に勝てるじゃないか!」
手札にあったアイテムに気付き、目を大きくして私は言った。
限界突破精神崩壊丸。つまり、プロテインが残っていたのだ。
これで能力を+5すれば、ぎりぎりで耐えて反撃は可能。
春娘1人でも6となるから、奴らは揃ってショベルの餌食だ。
「ほう……まだそんなものを持って居ましたか」
それを出すなりクラウンが言い、「ではこちらはこれを使います」と、奥義のカードを「ぱん」と出した。
カードの名前は「突然の全裸」。
相手がアイテムを落とす奥義で、使った者が蜂女だけに、想像するとシュールであった。
「……甘いなクラウン。良く見てみるが良い。春娘の特殊能力の所をな!」
だが、私はそれを読んでいた。その上でプロテインを使ったのである。
「特殊能力……? こんなありふれた駄目カードにそんな特殊な能力等は……」
春娘を持ち、クラウンが言う。それから読んで、顔色を変えた。
「ば、バカな! こんなカードで奥義が無効など!!」
春娘はやってくれた。マッチョ化した肉体で、全裸を無視してなぎ倒したのだ。
結果、病院送りになってしまったが、私が院長なら厚遇はするだろう。
危うい所だが私は勝った。
所詮は低コストのザコカードだと、クラウンが侮っていたお蔭である。
そしてその戦い方は、悔しいがフェネルから学んだものだった。
「では、魂を返して貰おうか?」
「わかっ……た……」
クラウンは不承不承で、私の要求に頷いて答えた。
フェネルと子供達の意識は戻った。
クラウンは返したと言っていたが、いまいち信用していなかった私は、それを見てようやく心を落ち着けた。
数日が経ち、供給が追い付いた頃、私は街に赴いてルニスとレーナのデッキを買った。
「何なんですかコレ……全裸とか精神崩壊とか……これなんて営業部長ハイエルン? 何かもう悪ふざけのレベルですよ……」
ルニスは最初そう言って、カードに触れる事すら嫌がっていた。
だが、無理矢理に突き合わせている内、ルニスはどんどん上達して行った。
私は性能で押す節があるが、ルニスは魔法やアイテムを、低コストに絡めるのが非常にうまかった。
「あれ……なんか面白いかも……」
慣れて来たのかルニスは言って、「もう一回良いですか?」と私に請うた。
だが、一方のレーナはと言うと、
「レーナさん駄目だって! なんでキャラクターカードばっかりなのさ!? アイテムや魔法も織り交ぜないと!」
と、フェネルに叱られてしまう程に、デッキの構想力が貧困だった。
ちなみに私と戦った時はキャラクターカードが45枚、アイテムカードが5枚のデッキで、押し寄せる大量の敵を前に、私はそれなりに苦戦したものだった。
「んー……良く分かんないなぁ……もういいよ。わたしはこのスタイルで。むしろ50枚全部キャラクターカードでごり押ししてた方が楽しいし」
「えぇぇぇ……」
その言葉にはフェネルが唖然とし、聞いた私も愕然とした。
らしいと言えばレーナらしいが、生憎ライバルにはならなそうだ。
そんな事を思っていると、
「あれ? 勝っちゃった?」
「ほ!?」
私は普通にルニスに負けた。まさかの事に目を白黒する。
「も、もう1戦だ! 油断していた!」
認められず再戦するも、
「ああ、なるほどー。こういう事なんですねー♪」
明らかに上達しているルニスに、いなされるようにして敗北してしまう。
「あ、せ、先生、手加減してくれなくても良いですよ? 優しいんだなぁ先生は……」
そんな言葉に「アハハ」と笑い、心の中で私は思う。
ルニス……なんて恐ろしい子……!! と。
ジョジ〇に出て来るダー〇ー的な?
でもまぁ、こっちは魔物ですから…(プルプル…)




