闇の貴族の足音
41話に地図を上げました。
とりあえず、ラーズ公国のものだけですので、時間があれば他の国も書きます。
良かったらどぞうー
その人物が我が家に来たのは、私が休憩をしていた時だった。
診察室からルニスが出て来て、「先生! お願いします!」と、私に言ったのだ。
本を置いてそちらに向かうと、黒衣の男が診察室に居た。
皮の帽子に皮のコート。
コートの内側には「ちらり」とだが、剣のようなものも見える。
髪の毛は金、目の色はグラスを付けている為に判別できない。
年齢はおそらく25、6才で、美男であるが、なんとなく、疲れているような顔をしていた。
男は私に「頼む」と言って、不愛想ながらに頭を下げた。
一瞥してから診察台を見ると、1人の子供が寝かされていた。
まだ、乳飲み子と言えるような、1歳になるかならないかの子だ。
性別は女子で、苦しそうに呼吸をしており、時折、猛烈に咳もしている。
額に手を当ててみると、異常なまでに熱かった。
「おそらく肺炎だな。注射薬の用意を」
「は、はい!」
私の言葉にルニスが動く。
「助かるのか……?」
と、男が聞いてきたので、私は「助けます」と短く答えた。
男は「そうか」と返しはしたが、私にはどうにも感情が分からない。
普通であればそれで喜ぶか、或いは焦るとかするものなのだが、この男にはどう言う訳か、そういう所作が見えなかったのだ。
「先生!」
ルニスが注射器を手渡してきた。
間違いなく注射薬も混入している。一応見ると、瓶も合っていた。
「大丈夫。間違ってない」
「よしっ!」
私が言って、ルニスが喜ぶ。
知識自体はあるようなので、後は経験を積むだけだろう。
「少し痛いが、我慢をしてくれよ?」
子供に向き直り、一言を言う。
それから注射器を右腕に刺し、抗菌薬の投入を済ませた。
「後は栄養失調だな。栄養剤の投入は頼む」
「はい、分かりました!」
注射器を渡して椅子に座り、私は男に「どうぞ」と言った。
座って下さい、という意味だったが、男はなぜか立ったままだった。
「あー……では、お子さんのお名前を聞いて良いですか?」
座るかどうかは個人の自由。
一瞬「ぬぬっ!?」と思いはしたが、私はそこは強制しなかった。
カルテを持ってそう質問し、男の回答を沈黙して待つ。
「……知らねぇな」
「は?」
男の言葉に私が疑問する。
今、投薬を終えたばかりのルニスも疑問の表情で見ている。
「いや、別にキレてる訳じゃねぇ……知らねぇんだ。本当に」
帽子に手を当てて男は言った。深くかぶりつつ、更に続ける。
「拾った子なんだよ。そいつぁな。だからオレは名前を知らない。すまねぇが適当につけといてくれや」
聞いた私は「フーム……」と唸る。
とりあえず「いつですか?」と質問すると、男は「4か月位前だ」とすぐに答えた。
「なるほど。ではとりあえず、あなたの名前で」
言うと、男は迷ったようだが、何秒か経ってから「ジード」と言った。
「なるほど」
言って、左手に沿えたカルテに「ジード(氏の拾った子供)」と書きこむ。
性別は女性で、年齢は約1才。症状は肺炎と栄養失調だ。
「治るのか?」
と聞かれたので、「安静にしていれば」と私は答えた。
「何時間だ?」
聞かれた私の眉根が近寄る。
「何時間、では無く、何日、になります。年齢が年齢なので、大人よりも回復に時間がかかります。4日から5日は見ていて下さい」
言うと、男は「それはマズい……」と呟き、「何とかならないか?」と更に聞いてきた。
「どうにも……預かる事なら出来なくないですが、出来ればあなたにもついていて欲しいです。今まで一緒に居たという事は、この子の心の支えにはなるでしょう」
子供を見ながらそう言うと、ジードは「どうだかな……」と、小さく呟いた。
「……迷惑をかけるかもしれねぇぞ? それに、今は金も持ってない。それでも良いなら……厄介になるが」
そして、それからそう言って、私に返答を求めたのである。
栄養失調と診止めた時点で、そうではないかと予想はしていた。
ツケか、無料になるかは知らないが、今日の収入は諦めていた。
それを迷惑と言うならすでに、私は迷惑をかけられている。
「では、あの子の為にそうして下さい」
故に、私は笑って言って、カルテを置いて立ち上がるのである。
ジードは何も言わなかったが、子供の方に顔を向けていた。
両手をポケットの中に突っ込み、落ち着いた子供を「じっ」と見ていた。
「(なんだかんだで、心配なんじゃないか)」
それを見た私は心で呟き、密かに「ふっ」と微笑むのだった。
その日の夜。
ガラスが割れる音が聞こえて、私は深夜に目を覚ました。
しばらくするとドアがノックされ、「起きてますか?」という声が聞こえた。
それが、レーナの声だったので、「ああ」と答えて体を起こす。
ベッドから出て少し歩くと、レーナによってドアが開けられた。
「どうしたんだ?」
と、私が聞くと、レーナはまずは「あの……」と言った。
「ジードさんのお子さんが、誰かに攫われたみたいなんです」
そして、続けてそう言って、私を疑問させるのである。
「だ、誰に?」
聞くだけ野暮だが聞いてみると、レーナはやはり「さぁ……」と言った。
それはそうだ。
見ていたのなら、レーナはわざわざここへはこない。
今頃は犯人を追っているか、或いはもう捕まえているだろう。
「それで、ジードは?」
「分かりません……部屋には居ないみたいですが……」
質問を変えるとそう言って、申し訳なさそうに右腕を掴んだ。
「いや、レーナのせいじゃない。なんだか良く分からんが、ジードの抱えていた問題なんだろう」
慰める為に肩に手を置くと、レーナは「先生……」と私を見上げた。
そこへ、パジャマ姿のルニスが通る。
「なんですかぁ……? 2人して何やってんですかぁ?」
寝ぼけ眼の表情で言い、右手に枕を持ったままで、どこかに行こうとしているようだ。
「ど、どこに行く気だ……?」
と、逆に聞くと、「トイレですよ……?」と、ルニスは言った。
音がしたから起きたのだろうが、それを気にせずトイレに向かうとは、彼女、いや彼? の神経の太さには、呆れを通り越して敬意すら感じる。
「ガラスが割れる音が聞こえただろう?」
「聞こえましたねぇ~……でも、眠いからどうでも良いですぅ~……」
私の言葉にそう答え、ルニスはそのまま歩いて行った。
「眠くなるとどうでも良くなるのか……これはひとつ、勉強になったな」
言うと、レーナが「ええ……」と苦笑する。
部屋の窓が叩かれたのは、その直後の事である。
カーテンを引いて外を見ると、ジードがそこに立っていた。
流石にコートは羽織っておらず、帷子のようなシャツを着ている。
そして、そのシャツの一部が破れて、そこからかなり出血していた。
「玄関を開ける! 診察室に来てくれ!」
大きな声でそう言うと、ジードは小さく頷いて見せた。
「なッ……!?」
廊下に出るとルニスが寝ていた。トイレの前で倒れるようにして。
「は、運んでおきますね」
と、レーナが言うので、そちらはレーナに頼んでおいた。
玄関に行き、鍵を外す。
そして、ジードと再会した後に、診察室のドアを開けた。
白衣を纏って少し歩き、引き出しを開けてロウソクを取る。
それから魔力で火を灯し、銀色のトレーにそれを置いた。
「……すまん。頼む」
という言葉の後に、診察台にジードが座る。
私は銀のトレーを置いて、ジードの診察を開始した。
まず見つけたのは傷口の毒だった。
「一体何をされたんです?」
と、洗浄しながらジードに質問する。
「追い詰めたんだが、横合いからやられた。鉄の掟を忘れていた」
「そうですか」
意味が分からなかったが私はそう言い、侵食部分の肉をえぐった。
これにはジードも「ぐううっ!!」と唸ったが、悶絶したりはしなかった。
洗浄をして、消毒をしても、ジードの反応は先と同様。
むしろ、痛みに慣れて来たのか、唸り声は先より小さかった。
「幸い、血管には入っていないようです。これから傷口の縫合をしますが、麻酔は希望されますか?」
聞くと、ジードは「いや」と言った。
やせ我慢では無さそうなので、私もそのまま縫合に移る。
「思った通り、迷惑をかけちまった……窓ガラスの代金もツケておいてくれ」
「やはり、お子さんは攫われたんですか?」
ジードが言ったので、私が聞いた。
縫合の作業は続けているので、ジードの呼吸は若干荒い。
「ああ……さっきも言ったが追い詰めた時にやられた。居場所は分かっちゃいるんだが、どうするべきかと考えててな」
「取り戻す事を諦めるんですか?」
私が聞くと、ジードは「いや」と言い、「どうやって取り返すか、って所をだ」と、考えている部分を私に伝えた。
拾った子でもその気があるなら、ジードは立派に人の親である。
成り行きは不明だが、あの子の為なら、きっと命もかけられるのだろう。
そう思った私は手術の後に、ジードにある事を問いかけてみる。
「良かったら、事情を話してくれますか?」
という、協力を前提とした質問をである。
ジードは最初は黙って居たが、
「そうだな……あんたには知る権利があるな」
と、やがては答えて話し出した。
短くなってきたロウソクを代え、私はそれに耳を傾けた。
「俺は、少し前までは盗賊だった。闇の貴族ってのを知っているか? 最近になってはびこり始めた、何のこたぁ無い強盗の集団だ。俺はそいつの一員だったんだ」
台から降りて椅子に座り、ジードが淡々と話し出す。
私は正面の椅子に座って、両手を組んで続きを待った。
「ある時、俺は仲間と共に金持ちの家に強盗に入った。大人しくしてれば殺しはしねぇのに、亭主の妻が騒ぎ出した。だから、仲間が妻を殺した。当然だが、亭主は逆上してな。花瓶を右手に殴りつけてきやがった。仕方なく、俺はそいつを殺した。罪悪感なんてありゃあしねぇ。言っちゃなんだが、そんなのは茶飯事だ。金目のものを奪った後には屋敷に火を放って俺達は逃げ出した。そんな中で、あいつが泣いていたんだ」
あいつ、つまりあの子の事だと理解した私が「ふむ」と唸る。
ジードはそれを聞いてから、頭を掻いて話を続けた。
「見捨てられなかった。なぜかは分からねぇ。何人も人を殺してきた俺が、今更良心に目覚めたのかって、火の海の中で笑ったもんだ。気付いた時には抱えて走ってた。あいつもなぜか泣き止んでたな。アジトに帰ればこいつは殺される。そう考えたら、戻れなかった。足を洗ったのは、そういう理由からだ」
「なるほど……そういう事でしたか」
ジードの話を聞いた私が、そんな言葉で一先ず締めくくる。
「つまり、あの子を攫ったのは、昔の仲間の可能性が高いと?」
そして、話を総合した結果の、推測のような質問を向けた。
「ああ、間違いねぇ。大方俺に戻れって言うんだろ。あいつの命と引き換えにな。戻った所で殺すんだろうが……」
質問に答えてジードが苦笑する。
「あの、すみません……」
そんな中でレーナが顔を見せ、申し訳なさそうに声をかけてきた。
「ん? どうしたんだ?」
顔を向けるとレーナは歩き、私に近付いて「こんなものが……」と言った。
くしゃくしゃの紙が右手に見える。丸めていたものを広げたらしい。
受け取り、それを読んでみると、ジードの予測が正しかった事が分かった。
「子供の命が惜しければ我らの元に身を戻せ。
誠意と謝罪の意思を見る為に、金貨1000枚の持参を求める。
期限は5日後。
それを過ぎれば、子供の命は無いものと思え。
金貨を持参し、帰参すれば、全ての事は不問とする」
それが、その紙に記されていたジードに対する要求だった。
「どうだかな、どの道俺も殺されそうだが……かと言って無視する訳にもいかねぇな」
紙を見せるとジードは笑い、帽子に右手を当てて言った。
戻る気があれば話は別だが、戻らなければ殺されるだろう。
その場合は間違いなく、子供の命も無いと思われる。
そうしない為にはどうすれば良いか。
私は思案を巡らせた。
例えばそいつらを倒したとして、自警団に突き出したとする。
子供はそれで戻るかもしれないが、相手が組織なら次が来るだろう。
逃亡生活にも限界はある。一生逃げ回る訳には行かない。
相手を潰すか、諦めるかさせなければ、2人の未来は暗いままである。
潰すのは無理、となれば、残るは諦めさせるという選択肢だけ。
私がボスならどうすれば諦める?
「(これならいけるか……?)」
考えた結果、ある事を思いつく。
「……あの子の為に死ぬ事は出来ますか?」
そして、それを実行に移す為に、私はジードに質問するのだ。
ジードは「んん?」と言った後に、少し考えて「ああ」と言った。
血は繋がっていないが、立派な父である。
「分かりました。では、死んでもらいましょう。それで全ては解決するはずです」
ジードに対する敬意を胸に、私はそう言って、「にやり」と笑った。
翌日。
私とレーナは我が家を出発し、この国の首都であるイルムライドに来ていた。
王宮に向かって話を通し、王女であるティーエと面会を果たす。
「ホワイトデーには少し早いですわよ? それとも何か他の御用かしら?」
いつもの調子でティーエが現れ、客間のソファーに「ふわり」と座る。
「お元気そうで何よりです」
と、形式ばった挨拶をすると、ティーエは「はんっ」と、つまらなそうに言った。
「それで、御用は何ですの?」
「え、ええ、まぁ実は……」
社交辞令は無用なようなので、挨拶を切りあげて本題に入った。
「これはまた愉快なお話ね」
10分程が経っただろうか。
全ての話を聞いたティーエが、口の端を曲げてそう言った。
「ムフッ」と笑って楽しそうなので、私も一先ずは息を吐く。
「分かりましたわ。そういう手はずに整えておきます。もう一方の件については、ウォードとジークをお貸ししますわ」
有りがたい事にノリノリらしい。これでなんとかなるかもしれない。
「本当に助かります。なんとお礼を言って良いやら」
「お礼なんて必要ないですわ。お姉様とティッシュ係の為ですもの」
そう思った私が礼を言うと、ティーエは言って「おほほ」と笑った。
その身分には感謝して良いのか、困惑して良いのか分からない私だ。
兎にも角にも話はついた。後はもう祈るだけである。
この作戦がうまく行って、ジードの子供を取り戻せる事を。
その日の夜、私とレーナは王宮の客間で騒動を待って居た。
時刻は23時34分。
作戦通りに動いて居れば、騒動はじきに起こるはずだ。
ドアの近くに立ったままで、あと1分を無言で過ごす。
懐中時計の針が動き、35分の部分を指した。
「何だ貴様!? 何者だ!!?」
声が聞こえ、騒がしくなる。
「来たか」
「みたいですね」
私とレーナはそれを聞いてから、ソファーに戻って腰を落ち着けた。
「捕まえろー!!」
という声や、
「そっちに行ったぞ!!」
という声が聞こえる。直後には何かが割れる音や、武器のぶつかり合う音も聞こえた。
「派手にやってるな」
「誰も怪我をしなければ良いんですけど……」
が、私とレーナは暢気に話し、決して立ち上がらずにそれを聞いて居た。
「な、何て事を!!」
「き、貴様ぁぁあー!!?」
怒号のような声が聞こえ、ティーエの「きゃああ!!」という悲鳴が聞こえた。
「しかし、あの姫様はこういう事が本当に好きだな。姉弟は居ないという事だが、彼女が王になって大丈夫なんだろうか?」
それを無視して私が言うと、レーナが「あはは……」と苦笑いをした。
「でも、どこからか婿を貰うんじゃないんですか? この国に女王が居た例は無いですから」
それから言って、「本当に?」と、私を若干驚かせるのだ。
「一応、現時点で、建国から6代目の王になります。その中には1人として、女王は存在していないみたいです。男子が生まれていない時には、他国から婿を迎えていますね。王女も多分、そうなるんじゃないですか?」
「詳しいな……それも自宅の本で?」
少し引きつつ私が聞くと、レーナは微笑んで「はい」と言った。
「この城が建てられたのは、実は建国より100年は早くて、元々は砦だったものを改築して、南方への警戒と威嚇を目的に……」
「(なるほど……これが歴女、という奴か……)」
密かに思ったが口にせず、私は「そうかー……」と、一言を返す。
レーナの熱弁は続いていたが、分からない私には本当に「そうか……」としか言えない内容だった。
30分程が経っただろうか。客間のドアがノックされる。
私が立って、そちらに向かうが、レーナは戦争の話をしており、それに集中するが故に、全く気付いてないようだった。
「マッケインの掲げた剣は、雷鳴と共に天を引き裂き、それを見た敵軍の軍勢を真っ二つに割ってしまったのです!」
とか、誰も居なくても話し続け、私を少し不安にさせた。
「(まぁ、誰にでも欠点はあるさ……あんなものは大した事じゃない)」
そう考える事で引きを押さえ、私がドアを開け放つ。
「わたくしですわ」
立っていたのはティーエであった。何も返さなくとも、中へと入る。
「作戦は大成功です。皆のあの顔、見せたかったですわ」
微笑みながらにティーエはそう言い、ハンカチを使って首を拭った。
そのハンカチにはべっとりと、赤い染料が付着している。
近くで見るとそうだと分かるが、遠目に見れば血に見えた事だろう。
「それで、ジードは捕まりましたか?」
「ええ、それは作戦通りに。後は死んでもらうだけですわね?」
聞くと、ティーエがそう言ったので、私はそれに「ええ」と答えた。
ティーエはそれから正面に向き、レーナの異変に気が付いた。
「英雄です! 英雄の誕生だったのです! 彼らはマッケインを初代の王として認めざるを得ませんでした! マッケイン万歳! 初代ラーズ公国王万歳! 英雄王マッケイン万歳!」
「な、何ですのあの熱弁は……?」
困惑しながらティーエが言った。
「ちょっと、スイッチが入ってしまいまして……」
私としてはそうとしかコメントできない状況である。
「そ、そうですの……」
ティーエは瞬きを早めながら、自分の知らないレーナを見ていた。
翌日の昼。
街の広場で公開処刑が行われる事になった。
処刑されるのは勿論ジードで、罪名は財宝の強奪未遂と、王女に対する傷害だ。
ジードは昨夜王宮に侵入し、財宝を強奪しようと企んだ。
しかし、見回りの兵士に見つかり、逃走して王女を人質に取った。
結果としてジードは捕まったのだが、ごたごたの中で王女を傷つけた。
その事により激怒した王が、処刑を命じたと言う訳だ。
何千人もの観衆の中、鎖に繋がれたジードが現れる。
私とレーナは中ほどに立ち、ジードの処刑を見守っていた。
「とんでもない野郎だ!」
「早く殺せー!」
ジードを見るなり住民達が言い、モノを投げつけてヤジを飛ばす。
「物を投げるな! 鎮まれ! 鎮まれー!」
処刑台の上から兵士が言うが、住民達はまるで鎮まらない。
「こーろーせ! こーろーせ!」
と、皆で合唱し始めた為に、兵士もついに諦めたようだった。
「あの……」
何かに気付いた様子のレーナが、口を開いたのはその時の事。
「どうした?」
と、私が返すと、「どうも、処刑の方法が……」と、怪訝な表情で私に言った。
不思議に思った私が見ると、処刑台の上にはブッチャーマン(処刑人)が居た。
マスクをかぶり、斧を持っている。
その足元には台座があって、頭が「すっぽり」と納まるようになっていた。
予定では。そう、予定では。
ジードは縛り首によって処刑される事になっていた。
が、一体どう言う訳か、その為の道具はそこには無かった。
100%断頭である。
頭をズドン! で、終了である。
どこで、どうしてそうなったのか、上からの命令が間違って下に伝わってしまったようだ。
「マズすぎるな……これでは本当に……」
私は医者だがマジシャンでは無い。首が落ちたら流石に終わりだ。
はい繋がったー! と、無理矢理繋げても、ジードの白い眼が戻る事は無い。
なんとかせねば、と、思っていると、レーナが「行ってきます!」と、走り出した。
おそらくはだがティーエに会って、間違いを正してもらうのだろう。
だが間に合うか、と、私は思う。
ジードはすでに処刑台に居る。
神父が何やら「ごにゃごにゃ」言っているが、それが終われば処刑は開始だ。
騒ぎを起こす。
それもアリだが、この処刑が茶番である事を奴らに感づかれてしまうかもしれない。
ジードを死んだ事にする。
これは、その為に仕組まれた奴らの為への茶番劇なのだ。
怪しい点を残してしまえば、奴らも後に疑うだろう。
故に、私は騒ぎを起こせず、下唇を噛んで成り行きを見ていた。
祈りのようなものが終わり、神父が階段を降りて行った。
2人の兵士に脇を固められ、ジードが連れられて台座に近付く。
そして、背中と腕を押さえられ、台座に頭を固定させられた。
「(騒ぎを起こすもやむなしだな……!)」
やむを得ず、魔力を集中すると、1匹の猫が足元を走った。
それは人々の足元を抜けて、そのまま処刑台に駆け寄って行く。
三毛猫のケットシー、ウルである。
「ウルか!? 頼むぞ!」
正体に気付いた私が叫び、ブッチャーマンが斧を振り上げる。
「ニュアッ!」
最前列からウルが飛ぶ。
「うぉぉぉぉっ!? なんじゃこりゃあ!?」
己の顔に飛びかかられて、ブッチャーマンがたたらを踏んだ。
1歩、2歩とそのまま後退し、ブッチャーマンが台から落ちる。
その寸前にウルは飛び退き、兵士達から「こいつ!」と追いかけられ始めた。
「おいおい大丈夫かよ~」
「とんだ闖入者だなぁ」
観衆達が失笑気味に言う。
見た目の猫に騙されたのか、そこに怪しさは感じなかったようだ。
「その処刑、お待ちなさい!」
そこへ、ティーエが馬に乗って現れた。すぐにも降りて処刑台に向かう。
レーナの姿はまだ見えないが、おそらくこちらに向かっているのだろう。
ティーエが歩き、処刑台に上がる。
「わたくし、縛り首が見たいんですの! この悪党がもがき苦しんで、両足をばたばたと動かして、苦しみ抜いて死ぬ様が見たくて見たくて仕方ありませんの! 最後には体を「ビクン! ビクン!」と震わせて、糞尿をまき散らして絶命するのです! 皆さんもそちらの方が良いですわよねぇ!?」
そして言って、観衆達から「あ、はい……」と言う返事を貰うのである。
「という訳で変更して下さいな! この悪党は縛り首! 皆さんも目に焼き付けるのです! この悪党の醜い死に様を!」
「あ、はい……」
ティーエの言葉に兵士が動く。やっぱり微妙に引いているが、事情を知らないのだから仕方が無い。
数分後、縛り首の道具を担ぎ、兵士の数名が戻ってきた。
その頃にはレーナも戻って来ており、「何とか間に合いましたね……」と、息を切らせて私に言って来た。
「ああ。お疲れ様。レーナのお蔭だ」
ウルの活躍もあった訳だが、そこを隠して私は言った。
「良かった」
と、レーナが喜び、私と共に正面を見る。
道具はすでに設置されており、今はその下の地面の上にジードを落とす穴を開けていた。
首を吊らせ、そこに落とせば、全ては完了と言う訳である。
ジードの服には針金が入っており、首を圧迫しないように細工をしてある。
なので、そこで死んだフリをすれば傍目には死んだように見える訳だ。
「首つりって色々出るんでしょ? やぁねぇなんか、下品な感じで」
私の近くで女性が言った。
「仕方ないわよ。死んじゃったら、私でもあんたでも漏らしちゃうだろうし。あ、でも、逆に言えば、漏らさなかったらまだ生きてるって事なのかしらね?」
先の女性とは知り合いなのか、別の女性がそう言った。
「マズイな……」
それを聞いた私が呟く。
「何がですか?」
と、聞いてきたレーナには理由は話せなかった。
なぜならば、とてもお下品な事だから。
ひとつだけ言えば「その細工はしていなかった」という事だ。
首つりの後にそれをしなければ、或いは怪しまれてしまうかもしれない。
「さぁいよいよ処刑の開始ですわ! 皆さん! 括目して見るのです! これが悪党の惨めな最後よぉぉぉ!」
そんな事を思っていると、準備が終わったのかティーエが言った。
ジードはすぐにも連行されて、首の周りにロープをかけられた。
茶番だと分かっているだけに、その表情には焦りは見えない。
「ニャァ~」
そこへ、ウルが現れて来た。
良いタイミングだ! と、思った私は、ウルを捕まえてある事を依頼した。
「マジかニャぁ……嫌な役目だニャァ」
頼まれたウルが嫌な顔をする。
だが「頼む」と繰り返して言うと、仕方が無さそうに歩いて行った。
「処刑! 開始ぃぃ!!!」
声高々に兵士が言って、ジードの背中を「どんっ」と押す。
ジードは「がくんっ!」と首つりになり、しばらくの間手足を動かした。
そして、頃合いを見計らって、その手をだらりと下げたのである。
「おぉぉー!」
「ざまぁみろ悪党!」
観客達が歓声を上げ、拍手喝采でその死を見送る。
ジードの足元にウルが現れ、何かを言ったのはその時だった。
何秒かの間があって、ジードの股間がじわりと濡れる。
「うわぁ!」
「キッタネ!」
それを目にした観客達は嫌悪の声を上げるのである。
処刑が終了した事を見て、観客達が散らばり始める。
「(すまんなジード……こうするしか無かったんだ……)」
だらりとぶら下がるジードを見ながら、心の中で私は謝った。
多分だが、「作戦の為に漏らすんだニャ!」とか、「まきちらすんだニャ!」とか言われた、クール系男子の心を痛んで。
ジードの子供は取り戻された。
処刑の時に別行動をしていた、ウォードとジークの手によって。
流石は騎士団長と現役騎士か、全くの無傷での生還だった。
「相手の数は2人だった。だが、食事が3人分あったので、1人は処刑に立ち会っていたんだろう」
ウォードは最後にそう言って、子供を渡して帰って行った。
それがそうなら作戦通りだ。
1人は生きて帰って貰わなくてはならない。
そして、ジードが処刑された事を広めて貰わなくてはならないのだ。
うまく行くかどうかは不明だが、うまく行って欲しいと思う。
そうでなければジードという名の男が、この世から消えた意味が無くなってしまうからだ。
処刑の日から1週間が経った。
彼は今、顔を変えて、名前を変えて我が家に来ている。
処刑の後にフォックスの医院で、私が整形をしたのである。
今日、ようやく包帯が取れ、早速にも子供に会いに来たという訳だ。
現在はソファーに座っており、隣で遊ぶ子供を見ている。
不器用ながら優しい顔である。我が子を見る親のそれだ。
彼は何も言わず、子供を見ていた。
「じゃ、俺は消えるとするよ。こいつは孤児院にでも預けてやってくれ。その方がきっと、幸せだろう」
そして、しばらくが経った後に、そう言ってソファーから立ち上がるのである。
おそらく、考え抜いての決断だ。
それで良いのですか、と、言いたい所だが、それを鑑みて私は頷く。
「金は送るよ。生きてたらな。そう言う訳ですまねぇが……」
彼の足がそこで止まる。見ると、ズボンが捕まれていた。
「何処に行くの?」という顔をした、彼の子供の小さな右手に。
顔を変え、名前を変えた、彼の事をジードだと分かっているのだ。
「参ったな……こいつぁよ……」
彼が言って、目頭を押さえる。
しかし、直後には子供を抱え上げ、
「よおし! そんじゃあ名前を決めるか! 俺と、お前の新しい名前をよ!」
と、泣き笑いの表情でそう言ったのである。
王女様は悪戯がお好き♡
ちょっとばかり忙しくなりそうなので、現在のペースが崩れるかもしれません。
頑張りますが、一応は3日で1話アップだと思っていて下さい。
ご迷惑をおかけして申し訳なかです…




