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わたしの大切な家族

 私がその少女と出会ったのは、2月の終盤に差し掛かった日の事だった。

 買い物を終えて帰っていた時、背後から何かを言われたのである。


 年齢はおそらく12、3才。

 髪の毛の色は青色で、腰に届く程度の長さだ。

 琥珀色の瞳をしており、白いワンピースを身に纏っていた。


 ここまでならば普通の少女だが、この少女はどういう訳か、衣服を含めてボロボロだった。


 上から状況を説明するなら、まずは左目から流血している。

 痛みの為か片目を瞑り、頸部から胸にかけ、割と深めの裂傷があった。

 右腕はおそらく骨折している。

 そして、脇腹にも裂傷があり、左足も折れているのか、小刻みに「ガクガク」と震わせていた。


 これに比して服もボロボロで、先の説明にも無かったように、彼女は靴を履いておらず、裸足で立ち尽くしていたのである。


「ど、どうしたんだ!?」


 当然のように私が聞くと、少女は「助けて……」と小さく言った。


「き、君をか? それは勿論だが……」


 私の言葉に少女が首を振る。

 その行為すらも苦痛であるのか、直後には「いっ……」と顔を歪めた。


「わたしの……家族を……たすけ……て」


 最後にそう言い、少女は倒れた。

 私は少女を背中に担ぎ、早足で我が家へ戻るのである。




 少女は名をエリーと言った。

 家族がそう呼んでいるらしい。


 現在、エリーは治療を終えて、客間の一室で横になっている。

 左目には眼帯、右腕と左脚には応急仕立ての添え木を付けていた。


「それで、エリー、君はどうして私に声を?」


 私が聞くと、エリーは顔を向け、「助けてほしいの……」と小さく言った。


「確か、家族とか言っていたが、君の家族を助ければ良いのかな?」


 それを聞いた私が言うと、エリーは「こくり」と頷いて見せた。

 やはりはまだ痛いのだろう、「うっ……」と小さな声で呻く。

 この状況での質問攻めは、エリーにとって負担が大きい。


「ふむ……もう少し落ち着いたら話を聞こう。今の状態では君が心配だ」


 そう思った私は立ち上がり、質問を後回しにする事にした。


「駄目……助けて……」


 が、エリーは私の袖を掴み、消え入るような声でそう言った。

 余程の事だと思った私は、考えを変えて腰を下ろす。


「では、焦らず、ゆっくり行こう? 興奮もしない事? 約束できるかな?」


 言うと、エリーは「こくり」と頷いた。

 それを見た私はゆっくりと、一つずつエリーに質問をしていった。


 まずは一つ目。

 どこから来たのか。


 これにはエリーは「東の方」と、なんだか曖昧な答えを返した。


 二つ目。

 どうやってここに来たのか。


 エリーは「気が付いた時には居た」と、心配になるような答えを返した。


 最後の三つ目。

 誰を助けて欲しいのか。


「わたしの家族。家族達。苦しんでいるの。お願い。助けて」


 それにはエリーはそう言って、私の右腕を「ぎゅっ」と握った。


「その、君の家族達と言うのは、病気か何かにかかっているのかな?」

「違う。悪い奴に捕まっているの。だから帰れないの。皆帰りたいのに」


 聞くと、エリーはそう言った。

 ボロボロの体。そして服。

 家族は捕まり、家に帰れない。

 来た方向は東の方。


 以上がそこまでで分かった事で、総合した私はとりあえずは、診療は不必要だという判断をした。


 必要なのはおそらく力。或いは権力か金銭だろう。

 エリーと家族は予測であるが、奴隷という身分の者ではないか。

 そこから逃げて来た為に、エリーはボロボロだったのではないか。

 私はそう考えて、エリーの話を結論付けたのである。


「分かった。まぁ、なんとかしてみよう。応えられるとは約束できないが、出来る限りの事はする。だから、少し体を休めて、家族の為にも元気になるんだ」


 故に、そう言ってエリーを励まし、難しい問題に当たる為に、行動を開始しようとした。


「駄目……わたしはもう治らない……だから、早く、皆を助けないと……」


 しかし、エリーは首を振り、直後にはベッドから足を降ろした。


「いッ……!」


 そして、苦痛に耐えながらも、どこかへ行こうして歩き出したのだ。

 大人として、男として、これを見過ごす事等出来ない。


「ひゃっ!?」


 エリーの体を抱え上げて、ベッドの上に強引に戻す。


「準備をしてくるから少しだけ待ってくれ。頼れるお姉さんも連れて来るから」


 それから言うと、エリーは微笑み、両目をようやく閉じてくれた。


「(何だか良く分からんが、今回もどうやら厄介そうだな……)」


 そうは思うが毎度の事だ。

 今回もきっと、どうにかなるだろう。

 そう考えた私は歩き、客間を出てから応接間に向かった。


「分かりました! 何だか分かりませんがとっちめてやりましょう!」


 掃除をしていたレーナが言って、私に拳を作って見せる。

 相手が誰かは不明であるが、力での解決は決まったようなものだ。

 死神か、ドラゴンゾンビでもなければ、レーナが遅れを取る事はあるまい。


「では早速準備に入ろう。時間はあまり無いらしい」


 私が言って、レーナが「はい」と言う。

 それから2人で自室に戻り、出発の為の準備を整えた。


 客間に行くと、エリーは寝ており、やはりは相当疲れていたのか「すぅすぅ」という寝息を立てていた。

 起こすべきか……と迷っていると、応接間から声が聞こえる。


「センセー! あれ? 居ないのセンセー!?」


 あいつの声だった。

 いつもと少し違うようだが、間違いなくフェネルの声である。


「う……うん……」


 その声でエリーが目覚めてしまった為に、私は「ちっ」と舌打ちをするのだ。

 毎度の事だが、間が悪い。と。




 フェネルは風邪をひいていた。

 その為に学校は休んだようだ。


「そうか。良かったな。証明できて」

「何をっすか?」


 それを聞いた私が言うと、フェネルは不思議そうに眼を瞬かせた。

 いや、バカじゃない事を。

 とは、流石に言えない私は黙り、代わりに「で、何をしに来た?」と、フェネルに向けて聞いてみた。


「え? ああ、風邪薬を貰おうと思って。他の医院に行ったらお金とられるし、ここなら普通にタダじゃないですか?」


 普通じゃないよ。異常だよ。お前の考えは異常だよ。

 そう思った私は首を振り、額を押さえて「はぁ」と言った。


「あれ? うつった? じゃあ僕そろそろ治りますかね?」


 と言う、フェネルはやはりバカなのだろう。


「まぁ良い。今は取り込んでるからな。適当に勝手に持って行け。あと、マスクをちゃんとしろ! 自分の不摂生を他人に押し付けるな! 以上!」


 構っていられず私が言うと、フェネルは「ふにゃぁ~い」という言葉を返した。

 直後には診察室に向かったあたり、一応、薬は持って行く気のようだ。

 まぁ良いさ、と思って戻ると、客間の外にエリーが出ていた。


「ああ……歩くのは無理だ。私が背負おう」


 強い意思が分かっていた為に、私はそれを叱らなかった。

 叱っても、おそらく叩いても、エリーはきっと同じ事をする。

 それ程の強い意志を持って、家族の事を助けたいのだ。

 それを察した私は歩き、エリーに背を向けてその場で屈んだ。


 歩くのは無理だという事は分かるのか、エリーは素直に背中に乗った。

 それから「ありがとう」と小さく言って、私の背中に体を預けた。


「先生、準備が終わりました。一応、剣も持って行きますね」


 レーナが現れ、そう言ってくる。

 私は「ああ」と答えた後に、エリーを担いで立ち上がった。


「じゃあ先生、風邪薬貰ったんで僕帰りま……」


 フェネルが現れたのはそんな時だった。

 言葉の途中で何かに気付き、こちらの方に近寄ってくる。


「あれ? その子なんなんですか? ってちょっ……ヤダー! 僕ストライクかも!」


 そして、背中のエリーを見ながら、頬を染めてそう言うのである。


「いや、デッドボールだろ」

「どういう意味っすかね!?」


 私が言うと、フェネルはキレた。

 だが、割とどうでも良いのか、直後には「ねぇねぇ」とエリーに絡んだ。


「僕フェネル! 君の名前は? 先生とはどういう関係なの? なんで体中傷だらけなの? ねぇ? 起きてる? ねえってば?」


 はっきり言ってかなりウザい。

 私がエリーならキレるレベルだ。

 そうじゃなくとも察してやれ、と思う。


「おい、彼女は病人なんだ。というかお前も風邪なんだろうが……その辺にして、帰って寝ろ」


 故に、私がそう言うと、フェネルは「ヤダ~!」と舌を出した。

 ムカつくガキだ。殴ってやろうか。

 そうは思ったが出来はしないので、拳を作っただけに留めた。


「ねぇねぇ! 寝てるの? おーきーてー! ちょっとお話しようよぉ!」


 フェネルの絡みは尚も続く。

 どうしようかと思っていると、


「うるさいから黙って」


 と、エリーが言った。


「!?」


 フェネルの動きが「ぴたり」と止まる。

 何て言ったの……? と、言わんばかりの顔だ。


「行って、お願い。一秒だって無駄にしたくないの」


 直後にはエリーはそう言って、私の背中を軽く叩いた。


「と、言う訳だ。お前には気の毒だが、彼女の眼中には無いらしい」


 フェネルの肩に手を置いてから、私が言って歩き出す。

 続いたレーナは「間が悪かったね」と言って、軽く慰めてから私についてきた。


「(まぁアレだな、一応の婚約者が居るのに、浮気をしようと企んだ罰だな。フェネルにとっては風邪薬より、良い薬になった事だろう)」


 私はそう思い、フェネルを一瞥し、玄関を開けて我が家の外に出た。


「ちょっと! ちょっと待ってくださいよ! どこに行くのか知らないけど、僕も一緒について行くっす!」


 フェネルが言って、走り寄ってくる。


「で、君のお名前は?」


 と、すぐにもエリーに聞いた辺り、先程の事は応えてないらしい。


「お前もタフだな……」

「何がっすか? 僕何も聞こえなかったし?」


 私が言うと、フェネルは言った。

 すっ呆けた口調だが、自分に言い聞かせているようなフシでもある。


「(良い脳味噌をしているな……)」


 そう思った私は何も言わず、フェネルの好きにさせる事にした。

 フェネルはその後もしつこく絡み、ついには「うるさいから消えて」と言われる。


「……やっぱ言ってるぅぅ!?」


 そして、ようやく事実を受け入れ、顔を細長くして悶絶するのだ。

 そこからはフェネルは静かになって、私達の後ろを「とぼとぼ」とついてきた。


「帰らなくて良いのか?」


 と、私が聞くと、「だって、まだ名前知らないし……」と、粘着質にのたまうのである。


 こいつは絶対にストーカーになる、と、私が確信した瞬間だった。




 私達は馬車を使い、港町レフにやって来ていた。

 プロウナタウンの東にあり、この国で唯一の港を有した町である。


 人口はおよそ5万人。

 大半が海に関わる者の為、それほど華やかな町では無い。

 私達はエリーに言われるままに、町に入って更に歩いた。


 到着した場所は町の港で、それでもエリーは「まだ東」と言い、私達を困惑させるのである。


「もしかして孤島か何かなのか? 船を使わないと行けない場所なのか?」


 やむをえずに私が聞くと、エリーは背中で「こくり」と頷いた。

 ここが目的地だと思っていただけに、私の眉間にも皺が寄る。


「まぁいいじゃないっすか! 船旅サイコー! さっさと探しましょ!」


 とは、エリーの気を引こうとし、ここまでついてきたフェネルの言葉だ。

 学校は? そして風邪は? と聞きたいが、見る限りはもう健康そうだ。

 恋の病が風邪というものを一気に虐殺してしまったらしい。


「まぁ、仕方ないか……しかし、船を探すと言っても……」


 生憎な事に船は無かった。

 あるものと言えばイカダのようなものだけ。

 漁師は漁に、そして定期船は、随分と前に出てしまったようだ。


「船発見! 早速ゲッチューだ!」


 が、フェネルはイカダに向かい、止める間も無く駆け出した。

 やむなく私とレーナも続き、追いついた後に「おい」と言う。


 イカダの大きさは2平方メートル程。

 おそらくはだがノリやカキなどの、養殖モノの収穫に使うのだと思われる。


「これは無理だ。近海ならともかく、島があるような所には行けんよ」


 それを見ながら私が言うと、フェネルは「否!」と顔を顰めた。


「不足分は愛と勇気と、先生の犠牲でなんとかなりますよ!」


 そして言って、イカダの上に「ターン」と跳躍して飛び乗るのである。


「(愛と勇気はともかくとして、私の犠牲って一体何なの!?)」


 そう思っていると軽く沈み、フェネルも「無理かも……」と気持ちを沈める。


「なんじゃぁ!! 人の船の上で何をしとるんじゃあ!!」


 唐突に、どこからか声が聞こえた。

 振り向き、波止場から町を見ると、1人の老人が歩いて来ていた。


 頭の上が若干寂しい、70才位の老人である。

 杖をついて「よたよた」と近づき、「ふんっ」と言ってからイカダを見つめた。


「はい、お邪魔しました~……」


 フェネルが言って、そそくさと下船する。

 目を下に伏せている辺り、関わり合いたくないのであろう。


「何をしておった? 良い大人が2人も居て、自分の息子の教育も出来んのか?」


 そう言ったのは老人だった。

 レーナと夫婦に見られたのは嬉しいが、フェネルが息子というのは御免だ。


「いえ、あの子は息子ではありません。アレは人から預かっている……」


 故に私は言いかけたのだが、「カーツ!」と怒られて口をつぐむ。


「子供を叱るのは大人の役目じゃ。息子であろうと、なかろうとな。全く最近の若いモンは……」


 どうやら説教が始まったらしい。

 老人は「この間も」とか、「あの時もそうじゃ」とか、関係無い事でも言葉を続け、数分後にカモメが「ミィーン」と鳴くまで、私達をずっと説教していた。


「で、何じゃ? あんたらはここで何をしとるんじゃ?」


 やがて、そう聞かれた為に、「ああ、実は船が必要なんです」と、そっけない口調で私が言った。

 すると老人は「ほう……」と唸り、「そういう事なら貸してやらんでもない」と、いきなり私にデレてくるのだ。


 いやいや、こんな船、というか、こんなイカダは要りませんよ……


 とは、言えない私は少し困り、結果として「もっと頑丈な船の方が……」と、つい、老人に話してしまう。


「カーツ!!」

「ひいっ!?」


 老人が怒鳴り、私が驚く。


「こう見えてもこの船はな、この荒海を30年間、一度も沈まずに戦い抜いた船じゃ。確かに頑丈では無いかもしれない。見た目に不安というのも分かる。じゃが、そこは勇気と愛と、誰かの犠牲でなんとかできる」


 ああ、そこは変わらないんですね……

 思いはしたが口にせず、老人の話を茫然と聞く。


「じゃから貸そう。あんたらの為に。行って、目的を果たしてくるとええ」


 老人は言いながら、少し歩いてオールを持った。

 そして、それを私に差出し、「ほれ」と言ってくるのであった。


「アツい展開っすね!」

「そ、そうかな……」


 フェネルが言って、レーナが言った。

 私の気持ちはレーナと近く、アツい所か冷え切っていた。


「ほれ! 受け取れ! その手に掴め! 栄光を!」


 老人の言動は反して灼熱で、逃げられそうにもないと思って、私はそれを無言で受け取った。

 それから視線に押されるようにして、仕方なしにイカダに乗り込む。


「だ、大丈夫ですかね……?」


 心配そうにレーナが続き、


「行くぞ! 灼熱火だるま号だ!」


 と、不吉な事を言いつつフェネルが乗った。

 イカダの上にエリーを置いて、私はオールを握って立った。


「心配するな! そいつには海の女神がついとる! あんたらの成功を祈っとるぞ!」


 そして、老人に見送られながら、私達のイカダは波止場から離れた。


「ちょっとおじいちゃん! こんな所で何やってるの!!?」


 とは、直後に現れた女性の言葉。

 遠のきながらにそれを見ていると、


「もうこれ以上困らせないでよ! ボケてる本人は幸せでも、周りの私達は幸せじゃないのよ!」


 という、冗談では無い言葉が聞こえる。


「あの人達は誰? 何をしたのおじいちゃん?」

「さぁ……全く知らん奴らじゃな……? はて、何をしておったかな?」


 そのやりとりには流石のフェネルも、顔を蒼白にして絶句していた。


 今すぐに戻ろう!

 と思った時には、イカダはすでに潮流に乗り、私達を外海へといざない出していた。


 エリーが「良いの。このままで」と言わなければ、私達は泳いででも戻ったかもしれない。


 だが、彼女がそう言う為に、私達はそれを信じたのである。




 イカダという無謀な乗り物で、外海に漕ぎ出してから数時間。

 私達は見渡す限りの海原の上で孤立していた。


 空は蒼く、そして晴天。

 季節的にはまだ冬だが、不思議に暖かい程であった。

 カモメが鳴いて、頭上を通る。


「喉が渇いた」


 と、フェネルが言ったが、どうする事も出来なかった。


「お腹痛い! うんこしたい!」


 数分後に言ったそれは、流石に無視をする事が出来ず、私達は仕方なく、背中を向けて耳を塞いだ。

 それでもなんか、色々聞こえたが、そこは全員で忘れる事にした。


「ひとつだけ質問したいんだがな……お前、どうやって拭いたんだ?」


 こっそりと、女性に聞こえぬように、小さな声で私が聞いた。


「え……? いや、一応パンツで……? 先生に貰ったあの緑色の奴」

「なっ!?」


 見ると、後方にパンツが浮いていた。

 土産に買ってきた緑のパンツだ。

 この野郎、と思いはしたが、かと言って拭かなければそれも問題。


 故に私は「そ、そうか……」と言って、この件を不問としたのであった。


「先生……なんか、雲行きがちょっと……」


 これを言ったのはレーナである。

 確認の為に顔を向けると、目前の空に暗雲が見えた。


 このまま行くと嵐に直撃だ。


 そう思った私はオールを漕いだが、コースは全く変わらない。

 それどころかむしろそちらに向けて、直進しているようでもある。


「ちょっ! 先生ジサツする気ですか!? そういうのは一人の時にやって下さいよ!」


 フェネルが言って、オールを奪う。


「ふんっ! ふにいいいいいっ!! あ、あれっ……? なんか、全然変わんない感じ?」


 が、フェネルの結果も私と同様でイカダのコースは全く変わらない。


「きたぁぁ! ARASI来たァァ!!」


 やがては暗雲の下へと入り込み、激しい風と雨に襲われる。

 そして、ついには海も荒れ始め、私達のイカダは上に下にと、凄まじい勢いで揺さぶられ出したのだ。


「これはちょっと……マズイですね……!」


 四つん這いになってレーナが言った。

 すぐにもイカダは斜めになって、フェネルが「ひぃぃ!」と、後方にずり下がる。


「ちょっとどころかこれは相当だ! 絶対に振り落されるなよ!」


 そんなフェネルを「がしり」と掴み、私がイカダの端を持った


「なああっ!?」


 直後にはイカダは反対に傾き、今度は私が落ちそうになる。


「ちょっと! 離して下さいよ! 道連れカンベン!」


 フェネルが言って、私の尻を蹴る。

 そのせいでフェネルの手は離れたが、私は本気で海に落ちかけた。


「大丈夫、もう少しだから」


 そう言ったのはエリーであった。

 この騒動の中でも普通にしており、海の先の一点を見ている。

 どういう事かと聞こうとした時、前方の波間に船が見えた。


 その大きさはこちらの比では無い、軍艦クラスの大きさである。

 しかし、見た目にはこちらよりボロボロで、嵐の為か看板上には、人っ子1人存在していない。


「君の家族はあの船の中に……」


 そう言った時、エリーは居なかった。

 落ちたのか!? と、思って探すも、海の上にも彼女は居ない。


「ええっ!? はやっ! エリーちゃんはやあっ!」


 前方を見て、フェネルが叫ぶ。


 見ると、前方の船の上にいつの間にかエリーが乗っていた。

 そして、近づいてくる船の上から、私達の事を見つめていたのだ。

 距離が縮まり、10m程になる。


「行けるか?」


 と、レーナに聞くと、レーナは無言で頷いて見せた。


「フェネル、先に行け」

「え!? 先生は?!」


 言うと、フェネルが私に聞いた。


「私は次だ。大人だからな」


 そう応えるとフェネルは「くさっ!」と言い、レーナの背中に「すいっ」と乗り込んだ。


「すぐに戻ります!」


 レーナが言って跳躍をする。

 すぐにもレーナは船に着地し、フェネルを降ろして戻ってきてくれた。


「すまないな。いつもいつも……」

「なんか老人みたいですケド……」


 私の言葉にレーナが笑う。

 私は「いやいや……」と苦笑いをしてから、彼女の背中に体を委ねた。

 そして飛び、空中で、イカダが波に呑まれる様を見る。


「(普通に沈んだな……あの老人め……)」


 そうは思ったが口にはしなかった。まぁ、大体分かっていたからだ。

 身体に若干の重みがかかり、船の上へと着地する。


「危ない所でしたね先生?」


 とは、なぜかニヤけ面のフェネルの言葉だ。


「エリー、これはどういう事なんだ? 君は一体……?」


 それを無視して私が聞くと、嵐の為では無く船が揺れた。


 ドゴォォォン!


 という音と共に、何かが被弾したのである。

 見ると、左の甲板上で、火が上がって煙が舞っていた。

 遠くから「ドォォン」という音が聞こえる。

 直後には「ヒュゥゥゥン!」という音が聞こえ、私達の頭上を何かが通った。


「あいつに気付かれた。準備をしておいて」


 エリーが言って姿を掻き消す。

 船はすぐにも大きく旋回し、左方向へと舵を向けた。


 ドォォン!


 という音が再び聞こえる。

 先程よりも近い位置だ。


「ど、ど、ど、どういう事です!? 何がどうなってるんです!?」

「知るか! とにかく中に入ろう! ここにこのまま居るというのは……ッ!?」


 ドゴォォン!


 という音がして、フェネルと私が転倒をする。

 船の舳先で何かが爆発し、その為に船が大きく揺れたのだ。


「海賊船!?」


 唯一、立っていたレーナが叫ぶ。

 視線の先にはドクロマークの旗を掲げた船影が見え、私はこの海賊船こそが、砲撃していた船だと察した。


「という事はアレがそうなのか……しかし今は……!?」


 言った直後に船が揺れる。また被弾をしたらしい。

 しかし、方向は左手では無く、海賊船からは反対の右だった。


 見ると、そちらにも船影がある。

 こちらはどうやら軍艦のようだが、私達が乗っている船と同様、見た目は相当にボロボロだった。


「どういう事なんだ!?」

「知りませんよ!」


 先程とは真逆の構図である。

 言われてみると「いらっ」とするものだ。


「とにかくあそこから中に入ろう! このままで居ると当たりかねない!」


 フェネルの気持ちを僅かに理解し、私はすぐに皆に言った。

 向かう場所は船内への入口だ。

 どちらに居ても絶望的だが、甲板に居るよりマシだと思ったのだ。


「なっ!?」


 が、私達はその足を止め、そこを見つめる事になる。


 青白い影の何者かが、大量にそこから出て来たからである。

 外見上は人の形で、鼻や目もうっすら見えている。


 だが、やはりは半透明の為、誰が誰なのかは判別不可だった。

 何者か達はそのまま歩き、船の左右の砲台に向かう。


 そして、「クルシイ、クルシイ」と言いながら、それらに弾を詰め始めたのだ。


 その目標は左右の敵船で、それを見た私は彼らが少なくとも、敵では無いという判断をした。


「フェネルとレーナは中に行ってくれ! 私は彼らの作業を手伝う!」


 2人に言って、私は走る。


「ウテナイ……ヒガ……ヒガツカナイ……」


 雨の為に火が使えずに、彼らは苦しそうにそう言っていた。

 私が黙って魔法を使うと、彼らの1人は「アリガトウ……」と言った。


 直後にこちらの砲座が火を吹き、煙を吐いて弾を射出する。

 それは敵船の側部に当たり、黒い煙を空に巻き上げた。

 彼らが弾を込め、私が火を点ける。


 後方に着弾し、船が揺れた。

 敵が更に増えたようだ。


「わたしも手伝います!」

「僕も僕も!死にたくないし!」


 ここに来てレーナとフェネルも加わり、全員で敵艦に反撃を開始した。

 だが、やはりは多勢に無勢、こちらの船の勝ち目は薄い。


「(このままではマズイか……!?)」


 思った直後、船が傾く。

 沈むのか!? と、思ったが、見れば敵艦も傾いている。

 手すりを掴んで海を見ると、前方に大きな渦が巻いていた。

 どうやら、それに引きこまれているようだ。


「落ちるなよ!」


 と、私が言うと、側部に弾が被弾した。


「ヒャァァ!!」


 という声を出し、フェネルの体が海に落ちる。


「フェネル!!」


 全くもって遺憾な事だが、私は直後に海に飛び込んだ。

 フェネルを抱えたまま、渦に巻き込まれる。


「やだぁぁ! 僕はまだ死にたくないぃぃぃ!! 可愛い子と一緒ならともかく、先生と心中なんて絶対に嫌だァぁ!」


 それは私もだが、言っても仕方ない。

 諦めたように私は目を瞑り、フェネルと共に渦に呑まれた。




 気付いた時には海の中に居た。

 いや、空気があるようなので、或いはそうではないのかもしれない。


 だが、周囲の色は青く、頭上には多くの船が見えた。

 マストが折れたり、船体が割れて居たりと、それらは全てボロボロである。


「ここは一体……」


 立ち上がり、周りを見ると、フェネルがうつ伏せで転がっていた。


「おい、生きてるかフェネル? おい」

「ゲボッ!」


 軽く突くと水を吐いた。どうやら生きてはいるようである。


「ふぅ……」


 安心した私は息を吐いて、それから再び立ち上がった。


「(何なんだろうな、ここは……)」


 そう思い、遠くを見つめる。

 1人の女性の姿が見えたのは、丁度、そんな時であった。


 見た目の年齢は23、4才。

 髪の毛は金で、瞳は赤色。

 豊満な体を見せつける際どい衣服に身を包んでいる。


 私はまずは「うほっ!」と興奮し、直後に「いや待て……」と不信感を強めた。

 街や酒場で会うならともかく、こんな所に居る者である。

 それが普通な訳は無い。

 故に、私は彼女を警戒し、右足を一歩、後ろに下げた。


「ああぁ、助かったわ。やっと来てくれたのね!」


 女性が言って、嬉しそうな顔をする。

 美人である。妖艶なまでに。

 或いは彼女も被害者なのか……?


 そんな事を考えて、私は少し警戒を解く。


「こ、ここは一体何なんですか? それにあなたはなぜここに?」


 聞くと、女性は「それはね」と言って、怪しい足取りで近づいてきた。


「う……うーん……」


 フェネルが気付き、ゆっくりと立ち上がる。


「あ、あれ……生きてる? 先生も生きてる?」

「あ、ああ……」


 聞かれた為にそう答え、フェネルと共に女性を見つめた。


「私がここの……」


 女性が言って、立ち止まる。私とフェネルの目の前である。


「こ、ここの?」


 私が言葉を繰り返した直後。


「主だからよ!!」


 女性の口が「ぐああっ!」と開き、私とフェネルを呑み込もうとした。


「うわああ!!?」


 私とフェネルが同時に驚く。

 しかし、もはや逃げる術は無く、私達は彼女に呑まれるかと思われた。


「ギャアアアア!!!」


 が、その直前で、女性の口に剣が突き立った。


「先生! フェネル君! 大丈夫ですか!!」


 後方からレーナが現れ、続けざまに魔法を放つ。

 魔法が「ボム!ボム!」と顔に当たり、悲鳴をあげつつ女性が下がる。


 カラーン

 と言う音がして、地面の上に剣が落ちた。

 レーナはそれを素早く拾い、女性の顔を一文字に切り裂いた。


「ギヤアアアアアアアアアアア!!!」


 聞くに堪えない断末魔を発し、女性が1歩、2歩と後ずさる。

 そして、ついには煙を発し出し、高熱で鉄が溶けるような様でこの場から姿を消すのであった。


「なっ!?」


 周囲の風景が直後に変わる。

 青では無い普通の色である。


 頭上の船も次々に落ち、遙か上からは魚も落ちて来た。

 クジラや、サメや、イルカ等も落ちて来る。


 どういう事かと戸惑っていると、


「乗って! 早く!」


 という、エリーの声が後ろから聞こえた。

 かなり後方だが、エリーが立っている。

 その後ろにはおそらくはだが、私達の乗っていた船も見えた。


「良く分からんがとにかく行こう!」


 私達が走り、船へと向かう。

 その様子を見て安心したのか、エリーもすぐに甲板に移動した。


 10数秒後、なんとか辿り着き、ロープを伝って甲板に乗る。


 すると、海水が「どぱああん!」と現れ、周囲の船もろともに、私達を海上へと押し上げたのである。


「一体どういう事だったんだ……エリー、君には分かるのか?」


 どうやら落ち着いた事を見て、それから私がエリーに聞いた。


「分かる。あなた達はわたしの家族を救ってくれた。本当に嬉しい。ありがとう」


 嬉しいと言う気持ちは嬉しいが、それでは全く意味が分からない。


「いや、そうではなくてだな……」


 と、私が訂正を求めようとした時、白い何かが「ふわあっ」と舞った。

 それはすぐにも数を増やし、周りの船からも舞い上がり出した。


「アリガトウ……」


 という声がそこかしこから聞こえる。


「ひいいいいいい!!!?」


 と、フェネルは怯えていたが、私は不思議に怖くは無かった。


「カリブディス。それが、あの魔物の名前。みんなあいつに捕まっていた。だから、天国には行けなかった。あなた達がそれを倒して、みんなの魂を救ってくれた」


 エリーが言って、「にこり」と微笑む。


 その間にも白い何か――

 おそらく魂は増え続け、礼を言いながら天へと昇っていた。


「アリガトウ……エリー……スマナカッタ……」

「エリー……ワレラノメガミ……ホントウニサイコウノメガミダッタ……」


 それは、この船から舞い上がる魂の声で、それを聞いた私はここで、真実に少し触れたような気がしたのだ。


「みんな、無事に逝ってくれた。わたしをずっと大切にしてくれた、わたしの大切な、大切な家族達……これでもう、思い残す事は無い」


 エリーの姿が薄くなっていく。


「もしや……もしや君は、この船なのか?」


 私が言うと、エリーは頷いた。

 そして、私達の乗る船は少しずつ沈み始めたのである。


「先生、ここに」


 レーナに言われ、私が近寄る。

 それはマストの一本だった。

 そこには船名が彫られてあった。


 エリー・クルス号。我らの女神。と。




 私達はその後にボートで脱出し、漂流している所を漁師に救われた。

 後になって調べてみると、エリー・クルス号はやはり軍艦で、今より13年前に建造されて、就航後、6年が経った後に未開地域で沈没したらしい。


 記録の上では船員は全滅。


 おそらくはカリブディス、例の海の魔物に襲われて、無理矢理に沈められてしまったのだろう。


 そして、いつからそうなったのか、意思を持った彼らの船が、私を訪ねたと言う訳である。


「物には魂が宿ると言うからな……私も少し考え直さねば」


 日記を書きつつ、私は思う。

 こんな羽根ペンひとつにだって、もしかしたら魂が宿っているかもしれない。

 高い可能性でそうで無いとしても、大切にしていて損は無い。


 そう思い、私は気まぐれで「いつもすまんな」と、ペンに言って見た。

 直後には「ふふっ」と苦笑いする辺り、私も信じてはいないのだろう。


 まぁしかし、以前よりはものに対する優しさが増した。

 船員もそうだが、エリー本人も、安らかに眠って欲しいと思う。


「!?」


 ペンを置いて、立ち上がった時、私は背後で誰かを見つける。

 それは角刈りで、青髭だらけの30代位の男性だった。

 服装は赤いパンツを一丁。


 乳首には一体どういう訳か、「予備電源」と書かれたシールが貼ってある。


「な、何なんだ!? というか、誰なんだ!!?」


 私が聞くと、男は紅潮し、


「い、いや、自分、さっきの羽根ペンっす。先生の愛情、伝わったっす! これからもよろしくやっていきたいっす! それが言いたくて、現れたっす!」


 と、汗臭い顔でそう言ってきた。


「あ、ああ……」


 聞いた私の心はドン引き。

 無言のままで羽根ペンを持ち、ゴミ箱へ「ぽいっ」と投げ捨てるのだ。


「ああっ!?」


 男はそう言って姿を消した。

 いや、まぁ、えり好みはしないが、せめてもっと、まともな奴ならね……


 それが、私の言い訳である。


お蔭様で40話に行き、登録からおよそ2か月が経ちました。

日頃の感謝の気持ちを込めて、お気に入り登録をしてくれている方々にレアカードを配布しようと思います。

SRレーナと進化用フェネルを、各一枚ずつプレゼントします。

レーナはイアン特攻なので、次回のイベントで役立てて下さい。



いや、まぁ、全て嘘ですが、それくらい感謝をしているって事ですよ!

皆さんいつもありがとうございます!

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