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蒼体の魔族が置いて行ったモノ

 2月13日の夜。

 正確に言うなら14日の未明。


 尿意を感じた私は目覚め、体を起こしてトイレに向かった。

 当然ながら廊下は暗く、また、応接間も真っ暗だった。


 が、台所にはなぜか灯がついており、足を止めて私は疑問した。

 消し忘れかな、と思ったのである。


 しかし、少し歩いた直後、そうでは無いと言う事が分かった。

 台所から漂ってくる、甘い匂いに気が付いたのだ。

 おそらくはだが生クリームと、チョコの溶ける良い匂いである。


「何だ……?」と思った私であったが、すぐにも「そうか……!」と嬉しくなった。


 今日はそう、2月14日。

 男ならば誰もが期待する、チョコレートがもらえる日だったのである。


「(手作りか……! そうか……! 嬉しいなこれは……!)」


 思った私の心が躍り、興奮の為に顔が膨らむ。

 今すぐにでも走り寄り、「ありがとうレーナァァ!」と抱きしめたいが、バレたという事がバレるだろうし、何より少し犯罪臭い。


 故に私は気持ちを抑え、忍び足でトイレに向かった。


 戻り際に「ちらり」と見ると、レーナの後ろ姿が見えた。

 手袋をつけてトレーを引き出し、それを上に置いたようである。


「(竈で焼いたのか? チョコケーキかな……?)」


 気にはなるが顔は出せない。


「それはなんだい?」


 と笑顔で聞けば、全てはもう台無しなのだ。


「(明日になれば分かる事だ……ここは我慢だ。我慢だぞイアン……)」


 と、自分に無理矢理言い聞かせ、部屋へと戻って眠るのである。

 眠りにつくまでの短い時間、思い出した私は「むふっ♡」と言ったり、「ヌフフ♡」と言ったりしていたと思う。


 客観的に見たならば、それは激しく気持ちの悪い言動だったと今なら分かる……




 翌朝。

 目を覚ました私は、何食わぬ顔で応接間に行く。


 時刻は7時33分。

 レーナもすでに起きてきており、朝ご飯を作ってくれていた。

 挨拶をする為に台所に向かう。


「おはようレーナ。今日もよろしく」

「おはようございます」


 普通を意識してそう言うと、レーナは挨拶を返した後に「どうしたんですか?」と笑って言った。


「ど、どうしたとは、どういう意味かな……?」

「いえ、今日もよろしく、なんて、今まで言われた事が無いから、今日はどうしたのかなぁ、と思いまして」


 聞くと、レーナはそう言った。全くもって藪蛇である。

 普通を意識しすぎた為に、いつもと違う事を言った訳だ。


 こいつ、露骨に期待してやがる!


 と、レーナに軽蔑されない為には、普通にする事が肝要だった。


 この時間は何をしていたか。一瞬で考えを巡らせる。


「あー……私はこの時間帯は、一体何をやっていたかな……?」


 が、結果としては何も浮かばず、レーナに聞いてしまうのである。

 これが普通で有る訳は無く、下手をすればボケ老人だ。

 言った直後に私は気付き、心の中で「うがあああああ!!?」と吠えるのだ。


 レーナはまず「ふふっ」と微笑み、その後に「本を読んでましたね」と、表情そのままで私に言った。


「そ、そうか。そうだったな……まだちょっと寝ぼけてるんだな! ド忘れしていた。ド忘れド忘れ」


 頭を掻いてそう言って、応接間へと足を戻す。

 振り向くと、レーナはこちらを見ずに、普通に朝ご飯を作っていた。


「(なんとか誤魔化せたか……?)」


 安心した私は息を吐いて、ソファーに「どうっ」と座るのである。


 チョコひとつになんたる様だろう。

 男とは本当に情けない生き物だ。


 だがまぁ、貰えると分かっている日は、反対のそれより遙かにマシである。

 いやいや、マシだという所か、天と地程の差があるだろう。


 軽やかな気持ちを心に感じ、読みかけの本を左手に持つ。

 右手でそれを開こうとした時、玄関の扉が「ドンドン」と叩かれた。


 時刻は8時前。


 開院時間には、まだ2時間ばかりも早い。


「(フェネルかな……? いや、あいつは学校か?)」


 思いながら立ち上がり、本を置いて玄関に向かう。


 再び扉が叩かれたので「はいはい、聞こえてますよ」と私は言った。

 鍵を開け、扉を押すと、そこにはエリスの姿があった。


 基本は青。首の部分には赤いネクタイがついた制服姿だ。


「エリス……? どうしたんだ?」


 と、私が聞くと、エリスは「ぷいっ」と顔をそむけた。


「これ……受け取りなさいよ!」


 そして、掌サイズの小さな箱を私の前に「ずいっ」と出すのだ。

 緑色のリボンがついた、ピンク色の箱である。


「……何かの復讐か? されるような事をした覚えはないが……?」


 言うと、エリスは「なっ!?」と驚き、直後には「違うわよ!」と脛を蹴ってきた。


「があっ!?」


 地味な痛さに身を屈めると、エリスは続けざまに「アホイアン!」と言った。

 かこっ。という音と共に、投げられた箱が頭に当たる。


「死ね! バカ! バカデカモヤシ!」


 エリスは最後にそう言って、街への道を歩いて行った。


「なんなんだ一体……」


 箱を持って立ち上がり、去っていくエリスの背中を見つめる。


「(一応見てみるか……この大きさなら爆弾では無いだろう……)」


 そう思った私はリボンを外し、外装を取って中身を見てみた。


「なっ!?」


 中身はなんとアレだった。

 今日と言う日に貰えるチョコだ。

 詳しくないので良く知らないが、おそらくショコラというものだろう。


「弟がいつもお世話になってます」


 という、メッセージカードまでが添えられている。


 意外に良い子!? と思った私は大きな声で「ありがとう!」と言った。


 エリスは直後に全力で走り出し、道の彼方に姿を消した。

 なんだか良く分からない子だが、フェネル程には害悪は無いらしい。


「うん、うまい」


 一口を食べて中へと戻る。

 手作りかどうかは不明であるが、それは普通においしかった。


 応接間に行き、テーブルを見ると、パンとシチューとハムが乗っていた。

 中央にはいつぞやに土産として貰った、殆ど手つかずの酢漬けが見える。

 まぁ、マズくはないのであるが、見た目がアレな為に敬遠されているのだ。


「誰だったんですか? 朝早くから?」


 目玉焼きを持ってレーナが出て来た。

 その品でおそらく最後なのだろう、スプーンとナイフとフォークも持っている。


「フェネルの姉のエリスが来ていた。弟がお世話になっています。だそうだ。誤解をしていたが、もしかすると意外に良い子なのかもしれないな」


 箱を見せ、チョコを見せると、レーナは目を大きくし、「わっ」という口を作って見せた。


 驚いては居るようだが、コメントは無い。

 どういう付き合いかは分からないので、私は追及は控えて置いた。


「さて、それではいただこうか」


 椅子に座り、料理を眺める。


「ん……?」


 なんだか少し少な目である。

 全体的に3分の1程、いつもより量が少ないように見えた。


「レーナ」


 言いかけて私は気付く。

 ははぁ、デザートに持ってくる気だな? と。

 だから予め減らしているんだな、と。


「きょ、今日も良い天気だな」


 その為に私は言葉を変えて、レーナに「そ、そうですね?」と不思議がられるのだ。


 10分程で食事が終わり、私とレーナが「ごちそうさまでした」と言う。

 レーナはその後に椅子から立って、


「あの……今日はデザートがあるんです……けど……食べて貰えますか?」


 と、私に聞いてきた。

 来たよ来た! 来ましたよぉ!!

 と、思う私の返事は「勿論!!」で、聞いたレーナは「そ、そうですか!?」と、若干引いているようだった。


「じゃ、じゃあすぐに持ってきますね!」


 が、すぐに気を取り直し、レーナは小走りで台所に向かう。


「今までで最高だな。今年の14日は……」


 呟き、裏庭に顔を向ける。


 太陽の眩しい光が陰り、何かが「ドオオオオン!!」と落ちて来たのは、その直後の事であった。


「な、な、な、なんだ!? 何が起こった!?」


 椅子から立って体をも向ける。

 裏庭には「もうもう」と土煙が上がり、何が落ちて来たのかは、現段階では不明であった。


「ど、どうしたんですか先生!?」


 と、レーナが戻ったのはその時である。

 皿の上にはタルトが見える。

 どうやらチョコタルトだったようだ。

 これはうまそうだ! と言いたい所だが、このタイミングで言うのは頭がおかしい。


 私とレーナは裏庭を見て、土煙が引くのを「じっ」と待って居た。


 1分位が立っただろうか。

 舞い上がっていた土煙が引く。


 現れた者は蒼体そうたいの異形。

 背中には同色の翼があり、頭には三本の角があった。

 身体の大きさは3m程。

 片膝をついて屈んでおり、黄色に輝く双眸は今は下へと向けられていた。


「ふぅぅ……」


 息を吐いて何かが立ちあがる。

 それから首を「こきり」と捻り、私達に向かって「よう」と言った。


 野太く、しかし、独特の声だ。


 それが誰なのかは分からなかったが、私にはそれが「何か」は分かった。


 魔族の中位に位置している、デーモンと言われる魔物である。

 かつて私はデビルと会ったが、それより上の、かなりの実力者だ。

 誰が計ったものかは知らないが、デビル一匹に騎士は10人。

 デーモンを倒すにはその3倍の30人は必要と言われている。


 無論、私はそんなバケモノと知り合いになった覚えはない。


「よう」と、気安く声をかけられても、「よう!」と返せる仲では無いのだ。


「だ、誰なんだ……? 何の用だ……?」


 かろうじて、私が聞くと、デーモンは「ああ」とまずは言った。


「俺の名はナーヴと言う。用はそうだな。あるモノを貴様に取って来てもらいたいんだ」


 白い息を吐きながら、デーモン改め、ナーヴは言った。

 悪意は知らないが、害意は無いようだ。

 そう判断した私が彼を招き入れたのは、それからおよそ30秒後の事だった。




「うまそうだな。それは何だ?」


 我が家に入ったナーヴはまずは、私にそう質問してきた。

 言葉の対象はテーブル上の、レーナが作ったチョコタルトである。


「チョコだが……」


 と、私が返すと、ナーヴは「ほう……」と小さく言った。

 それから正面に「どっか」と座り、チョコタルトを「じっ」と見続ける。


 その大きさの為、椅子は2脚。

 それでも「ミシミシ」と危うげである。


「あ、この辺りのモノを片付けますね」


 朝食の食器が残っていた為に、レーナがそれらを片付けだした。

 ナイフとフォークを残しているのは、チョコタルトを後で食べる為だろう。


「……それで、私に取って来てほしいものとは?」


 チョコタルトを退けて、ナーヴに聞いてみる。

 ナーヴは「ああ」とこちらに向いて、それから自身の要望を話した。


「ディスペルワンドという物がある。無効化の杖とも呼ばれているが、貴様にはそいつを取って来て貰いたい。場所はこの国の王家の墓だ。取って来て貰えるなら何かひとつ、貴様の願いをかなえてやろう」


 それは確かに回答だったが、理由は全く分からなかった。

 なぜ、そうして欲しいのかと言う、成り行き的なものが無いのだ。

 この状況で「よおし行くぞぉ!」と言う程、私は脳味噌がスカスカでは無い。


「なぜ、そうして欲しいのか、一応の説明を求めたいんだが……」


 言わば、盗掘をする訳だから、受けるにしてもはばかられる内容だ。

 理由を知って、納得出来ねば、流石の私でも断らざるを得ない。

 そういう心もちで質問すると、


「よかろう」


 と、ナーヴはあっさり言った。


「俺はこちらに召喚されたんだ。つい、三日ほど前の事だがな。願いを叶え、その代わりに願いに見合う魂を頂く。俺達にはそういう流儀がある。それは貴様も知っては居よう」

「まぁ、一応は」


 聞かれた為に短く答える。

 ナーヴはそれを聞いてから、「だが」と言ってから話を続けた。


「俺を呼び出した男は死んじまった。心臓発作だ。ジジイだったからな」


 この言葉には「なんと……」としか言えず、その後は黙って続きを待った。


「奴の願いは分からなくなった。呼び出された俺は契約を果たせず、元の世界に還る事も出来ん。いや、出来ない事も無いが、己の中のルールが傷つく。だからこの契約自体を無くしてしまう必要があった」

「その為にはディスペルワンドが要ると?」


 聞くと、ナーヴは「そうだ」と言って、「アレにはそういう作用もあるのだ」と、疑問する私を納得させた。


「なるほど、一応理由は分かったが……」


 受けるか、と言われると迷う所だ。

 何しろ普通に盗掘である。

 王族の墓なら尚更にヤバい。

 見つかれば重罪は免れないだろう。

 魔族一人のプライドの為に、そこまでをする理由があるか?


 いや、はっきり言って無い。

 やるなら自分でやれば良いし、他にも方法があるかもしれない。

 そう思った私は「気の毒だとは思うが……」と、断る事を前提とした言葉を吐くのだ。


「ほう、断るのか……? 別に構わんが」


 おや? 意外に大人しいな……

 そうは思うが素直に安心し、私は小さく息を吐いた。


「そうなると多くの人間が死ぬなぁ。俺も無事では居られないだろうが、まぁ、100人や200人なら、かるーく道連れに出来るだろうし、やってみるのも面白いかもなぁ?」


 が、直後のそれに顔色を変え、「待てっ!」と言わざるを得なくなるのだ。


「どうした? 気が変わったのか? 俺としては嬉しい限りだが?」


 わざとらしく驚いて見せ、ナーヴが私の返事を待った。


「そ、それしか無いのか? 方法は?」


 聞くと、「ああ」と言葉を返す。


「……分かった。なんとか……やってみよう」


 やむを得ず、私はそう言い、ナーヴの依頼を受けるのである。

 そして、その事をレーナに伝え、応接間に再び戻って来ると。


「……?」


 テーブルの上にチョコタルトが無かった。


「おい」


 と、聞くもナーヴは無言。


「おい!」


 2度目のそれで顔を向けたが、その口は決して開かない。


「食べただろう! ここにあったものを!」


 確信をもってそう聞くも、ナーヴは首を横に振った。


「なら、どうして膨れているんだ!?」


 ナーヴの口は膨らんでいた。

 チョコタルトがぴったり入ったように、横方向に「ぷっくら」と。


 だが、ナーヴはそれを呑み込み、「何が?」と平然と言うのであった。


「(この恨みは忘れんぞ! 決して! 決して! 忘れんぞ……っ!)」


 涙を浮かべてそう思い、私は拳を作って耐えた。

 殴りかかれば100%、負けてしまうのは分かっていたから……




 ナーヴの依頼を受けた私は、レーナと共に首都に来ていた。


 その目的はティーエに会う為。


 第一王女の彼女に話せば、もしかするとディスペルワンドを貸して貰えるかもしれないからだ。


「王女と話がしたいのですが」


 城門に着き、用件を伝える。


「何言ってるんだ? 帰れ帰れ!」


 と、当然ながらに追い払われる。

 あ、そうなの? と、通されたなら、この国の未来は無いだろうから、これは仕方が無い事である。


「あー、私はイアンと言いまして、以前に近衛兵にしてもらった事がある者なのです。伝えてもらえれば分かる事なので、手間でしょうがお願い出来ますか?」


 断られる事は分かっていたので、私は必殺の奥の手を出した。


「す、少し、ここで待って居て下さい」


 兵士の言葉が敬語に変わった。

 コネというのは恐ろしいものである。


 架け橋が降り、兵士が走る。

 そして、同僚に何かを伝えて、城門の中へと走って行った。


 5分程を待っただろうか。


 兵士が戻り、敬礼をした。


「お待たせいたしました! ご案内いたします!」


 それから言って、私達を王宮の中へと案内するのだ。


 中庭を抜け、王宮に着き、客間の一つに通される。

 それから10分程を待ち、ようやくティーエと再会をした。


「もしかして狙いはチョコなのかしら? だとしたら流石に引きますけれど?」


 第一声はそれだった。


「違います違います! 別の目的です!」


 流石にそれは違っていたので、私がそれを否定する。


「それはそれでつまりませんわね……在庫が200はある事ですし、めぐんでくれと懇願するなら、特別にいくつか差し上げましたのに」


 ティーエが言って、椅子に座る。

 王女様からチョコを貰うなぞ、普通は一生無い事である。


 正直に言えば貰いたい。

 王女様のチョコだぞ! と、ベッドで転げたい。

 が、横にはレーナが居るので、私はそれを「ぐっ」と飲み込んだ。


「あら……本当にいりませんの? わたくしとしてはショックですわね」


 ああ、そういう流れになるのか。

 そう思った私はレーナを一瞥し、小さく頷いたようだったので、「そういう事ならひとつ下さい」と、ティーエに懇願するのである。


「ひとつと言わずいくらでも。鼻血の海に溺れなさいな」


 やはりは一応嬉しい事なのか、微笑みながらティーエはそう言った。


「それで、本来の用件は何です?」

「失礼いたします」


 聞かれた直後にドアが開き、メイドが飲み物を持ってきた。

 あまり聞かれたくない話なので、私は彼女が去るのを待った。


「失礼いたしました」


 一礼をしてメイドが立ち去る。

 私達の前にはハーブティーと、茶色の何かが置かれてあった。


 おそらくチョコだが、形が酷い。

 ぐっちゃぐちゃのデロデロである。


 誰が作ったのか、と思っていると、ティーエが「手作りですのよ」と一言言った。


 ああ、そういうアレなんですね。だから残っているのですね。

 心の中で呟いて、私はそれから本題を切り出した。


「なるほど。そういう事ですの……」


 全てを聞いたティーエが言って、ハーブティーを一口飲んだ。

 その直後には開いた窓から、1匹の三毛猫が侵入してきた。


「ニャァ~」


 可愛くは無い。だみ声である。


 言うまでも無く、ケットシーのウルだ。

 ウルはそのまま歩いた後に、レーナの膝の上へと飛び乗った。


 そして、当たり前のように撫でて貰って、手を「ふにふに」と動かし出すのだ。


「(エロ猫め……)」


 と思った私だが、ティーエの手前口には出さない。


「問題がひとつありますわ」


 と、言われた為に顔を向け、ティーエの続く言葉を待った。


「鍵がかかっているという事。実に単純明快ですわね」


 言って、ハーブティーを更にすする。


「鍵……ですか」


 と、私が聞くと、「ですわ」と短く同意した。


「開けられないんですか?」


 これを聞いたのはレーナだった。

 ティーエは「いいえ」と答えた後に、「鍵ですから、当然開けられます」と続ける。


「ただし、わたくしもお父様も、開ける為の鍵は持っておりません。持っているのはオーザという名の、宮廷魔術師ただ1人です」


 それは分かるが、なぜそれが問題なのかはわからない。


「それのどこが問題なので?」


 その為聞くと、ティーエは笑い、


「鍵の在処を知る者は彼女1人しか居ないんですの。口が堅く、そして頑固。わたくしの魔法の師でもあります。貸してくれ、と頼んだ所で、はい、という可能性は殆ど無いですわ」


 と、私達にも分かるように理由を話した。


「なるほど。正攻法は無理、という事ですか……」

「そう、正攻法は、無理」


 私が言うと、ティーエが言った。

 それから「にやり」と口の端を曲げ、「だったら搦め手で行くしか無いでしょ?」と、嬉しそうに言ったのである。


 この人何を企んでるの……!?

 そう思う私の横で、ウルは「ふァァ~」と欠伸をしていた。




 その日の夜に作戦は始まった。

 目的はオーザを騙すという事で、手段はティーエを人質に取り、その命と引き換えに鍵を渡せと言うものだった。


 これを考えたのは私では無く、かと言ってレーナと言う訳でも無い。

 嬉々とした表情でティーエが言い出し、「面白いでしょ?」と言った上で、自ら率先して進め出したのだ。


 現在、私達は一室の前に居り、ティーエを先頭に横に並んでいる。

 警備の時間も把握しているのか、赤いカーペットが敷かれた廊下には、私達とウルしか存在していなかった。


「それではこれをかぶって下さいな。わたくしは別に構いませんが、そちらはバレたらお困りでしょう?」


 言って、ティーエが渡してきたのは、ウサギの面とザリガニの面だった。

 1%もディフォルメされていないので、はっきり言って不気味の一言だ。


 しかしまぁ、バレない為にも、私とレーナはそれをかぶる。

 私がザリガニで、レーナがウサギ。


「こ、これは……」

「結構キてますね……」


 お互いに顔を見合わせて、その不気味さに茫然とする。


「よくよく見るとキモすぎますわ……」


 口を押えてティーエが言った。

 選んで来たのはアンタでしょ!? とは、言えない所が若干悔しい。


「まぁ良いですわ。あとはこれを。一応、おもちゃの短剣ですけれど、目に入れないように注意して下さいな?」


 それからティーエは短剣を出し、言って、私に手渡してきた。

 やれ、とは言っていないものの、人質を取る役は私のようだ。


「あー、鍵を渡せ、姫の命と引き換えだ、とか、そういう感じで良いのでしょうか?」


 受け取りながら私が聞くと、ティーエは「駄目よ、全然駄目」と言い、その後に、


「きっかけはわたくしが作りますから、鍵の要求だけしてくださいな」


 と、切り出し役を自ら買って出た。

 それからドレスを「ビリリ」と破り、「それでは行きますわよ?」と私達に一言。


「キャアアアア!!」という悲鳴を上げながら、一室のドアを開け放つのである。


 ティーエが飛び込み、私達も続く。


「助けてぇ! 助けてオーザ! 何もかもが危ういの! わたくしの全てが危ういんですの! 彼らはケモノよ! ケダモノなのよぉぉぉ!」


 ティーエが叫び、崩れ込むようにして倒れる。


 直後には年齢30程の、オーザと言う女性がこちらに向いた。


 髪の毛は茶。

 片方にだけに眼鏡をかけた温和な雰囲気の女性であった。


「姫様!? い、一体何事が!?」


 オーザが言って駆け出した。


「駄目よ! 来ないで! 殺されちゃう!!この方達に殺されちゃうぅぅ!!」


 が、ティーエはそれを制して、私達の事を「びしっ」と指さした。


「何なのですか! あなた達は!! この方が誰だかわかっているのですか!?」


 杖を構えてオーザが言った。

 返答としては「分かっています。この茶番劇の黒幕ですよね?」だが、そんな事は言えない私は、面の奥で息を吐く。


「分かっていますわ! もう完璧に! その上でわたくしにあんな事や、こんな事をさせようと企んでいたのですわ! それからほら、あれでしょあれ! ほら、さっさと言いなさいな!」


 ティーエが言って、私を急かす。

 左手で「来い来い」としている辺り、人質にしろとも言っているのだろう。

 やむなく私は少し歩いて、ティーエの喉に短剣を当てた。


「ああっ! 姫様!! なんという……!!」

「イヤァァア! まだ死にたくなひぃぃぃん!!?」


 騙されたのかオーザが慄き、調子に乗ったティーエが喚く。


「いつっ!?」


 肘で「どんっ!」と突かれた為に、私はオーザへの要求を開始した。


「ひ、姫の命が惜しかったら、王家の墓の鍵をよこせ! 抵抗しなければ何もしない! 約束する! 早く渡せ!」


 言った直後に私は吹っ飛んだ。

 壁にぶつかり、「ぐはあっ!」と息を吐く。


「姫様! さぁ今の内に!」


 どうやら魔法を放たれたらしい。

 壁から「ずりり」とずり落ちながら、私はようやく状況を把握した。


「罪の重さを悔やみながら逝け!」


 オーザはすぐにも魔法を続け、私に追撃を加えようとした。

 が、これにはレーナが割り込み、弾き飛ばす事で防御をしてくれた。


 机に当たり、書類が舞い散る。


「マジヤバだニャァ!!」


 それを見たウルは危険を感じたか、2本脚で走って逃げ出した。


「そちらのウサギはなかなかやるようね……! だけど姫様は私が守るっ!」


 オーザが集中し、魔法力を高める。

 一方のレーナも彼女を正面に、身構える事で攻撃に備えた。


 が。


「あやんっ!?」


 後頭部にツボを喰らい、オーザは「ばたり」と倒れてしまうのだ。

 それをしたのは勿論の事、彼女の弟子のティーエであった。


「机の中にありましたわ。案外普通の隠し場所でしたわね」


 しでかした事には後悔は無いのか、ティーエは普通にそう言ってきた。

 なんかその、師匠とのコミュニケーションは、本当にちゃんと取れてますか?

 と、心配したい衝動に駆られる、ザリガニ頭の私であった。




 私達はその夜の内に、馬車を使って墓へと向かった。

 時間が経てばオーザが復活し、誰かに伝えるかもしれないからである。


 到着したのは午前2時頃。


 鍵がかかっている為か見張りは居ない。

 山の斜面をくりぬいて作られた、洞窟状の墓であった。


 入口の大きさは5mくらいだろうか。

 群青色の鉄の門が、私達の事を出迎えていた。


「さ、これで問題は無くなりましたわ。ここからは貴方達にお任せしますわ」


 鍵を開けたティーエが言って、私とレーナに道を譲る。


「どこにあるか分かりますか? 予測でも大体でも構いませんので」


 門を開けながら私が聞くと、ティーエは「さぁ」とまずは言った。


「少なくとも祖父の代と、曾祖父の代には見られませんでしたわ。それより前と言う事になると、最下層にあるのかもしれませんわね」


 それから続け、そう言ったので、私は「そうですか」と言葉を返した。


「あらぁ、コロネちゃんおねむなの~? わたくしが抱っこしてあげましょうね~」


 直後のそれはウルへの言葉で、ティーエはすぐにもウルを抱き上げて、胸の前で抱えてやっていた。


「(やっぱりか……エロ猫め……!)」


 当然ながらにウルは「ふにふに」とし、私からの軽蔑を強めるのである。


「行きましょう先生。あまり時間は無い事ですし」

「あ、ああ、そうだな」


 レーナに言われて私が動く。

 ティーエ、レーナの順に続き、私達は王家の墓へと入った。


 中は当然薄暗かったが、松明が等間隔にかけられていた。

 こういう事しか出来ない為に、私がそれに火を灯していく。


「あら、魔法が使えたんですの? 全くのダメオかと思ってましたわ」


 と言う、ティーエの言葉には苦笑うしかなかった。


 通路が拓け、広間に辿り着く。

 右手側には段があり、左手側にも段があった。

 右手側は下に向け、左手側は上に向けてだ。


 そして、そこには沢山の棺が並んでいたのである。


 数にしたら50程度。


 右側の棺には装飾が無く、また、大きさも小さかった。

 対して左は装飾もあり、ひとつひとつが大きめである。


「左が王族、右が王への生贄達の棺ですわ。バカらしい風習だと思いません事?」


 何だろうと思っていると、ティーエがそう説明してくれた。


「王女が変えてくれる事を願っていますよ」


 下手な事も言えない為に、私はそれだけを回答とした。


 それから2つの広間を抜けて、通路はゆるやかに右に曲がった。

 どうやら少しずつではあるが、地下に下っているようである。


 どれくらい下っただろうか。

 私達は通路の終着点で、驚きの光景を目撃するのだ。




 王家の墓の最下層は、そこまでとは趣が異なっていた。

 巨大な像の足元に、円状に棺が並べられており、その中心におそらくはだが、王族達の棺があった。


 巨大な像は手前から奥に向けて6体あって、その全ての足元には、同様に棺が並べられていた。


 しかし、そこは問題では無い。

 問題なのは棺の蓋が、全て開いているという事だった。

 中にあるべく遺体は見えず、最奥部分には穴が見える。

 何かがあった、と、推測するには十分と言える状況だった。


 私達は奥まで歩き、穴の先を伺ってみた。

 どうやら更に下がっているようだ。

 どうするか、と悩んだ結果、私達はそこへと踏み込んでみる。

 そして、その通路の先で、動いている死体を目にするのである。


 その数はおよそで300体ばかり。

 土を掘ったり、建物を建てたりと、客観的には謎の作業だ。

 何なんだと思っていると、死体の一体が「キヤアアア!!!」と吠えた。

 直後に死体は私達に、一斉に襲い掛かってきたのである。


「逃げるぞ!」


 私が言って、ティーエが駆け出す。

 それから私とレーナが続き、今来た道を駆け上り出した。

 幸いにも奴らの足は遅く、その差は広がる一方だった。


 このまま逃げ切れるか、と思っていた時、何かが「ずわあっ!」と通り過ぎて行った。


 最下層に着き、上を見ると、黒衣の何かが浮遊していた。

 骸骨頭に杖を持った、ボロボロのローブの男であった。


「我が王国の建設を見た者を、生かして帰す訳には行かんな!」


 エコーの効いた声で言い、男が左手から魔法を放つ。

 それはレーナが弾いた為に、巨像の一つにぶつかって爆ぜた。


「ほう……人間にしてはやるではないか……だが、どこまで耐えられるかな」


 男が笑い、魔法を放つ。

 その間にも背後からは、死体の群れが迫って来ていた。


 武器は無く、応援も無い。


 このままではレーナはともかくとして、残った者は全滅である。

 どうしたものかと思っていると、ウルが「ニュアッ!」と飛び上がった。

 そして、「ぼむっ!」と煙を上げて、本来の姿へ立ち戻る。


「あいつらはワガハイが食い止めるニャァ! みんなはあいつを何とかしてくれニャア!」


 剣を抜いてそう言って、ウルは背後に走って行った。


「コロネちゃん!?」


 初めて見たのかティーエは驚き、その目を大きく見開いていたが、現状を理解したのであろう、直後には振り返って男と対峙した。


「ケットシーか……驚きだが、それでも予測の範囲を出んな。その程度では貴様らの劣勢、決して覆す事は出来ん」


 男が言って魔法を放つ。

 もしかしたらリッチかもしれない、と、私が思ったのはこの時だった。


 リッチとは、生前にある程度の魔力を有していた者で、死後に誰かに魂を売り、その事によってより強い魔法力を得た者の事を指す。


 ネクロマンサーとしても有名で、死者の体を操る事には彼らにかなうものは無い。


 なぜ、ここにリッチが居るのか、それは全くもって不明だが、もしもそうならこの強敵には、物理的なダメージは無意味であった。


「魔法だ! 魔法で対抗するんだ! 奴がリッチならそれしかない!」


 私は言って、魔法を放つ。

 雀の涙程の威力であろうが、しないよりはマシである。


「リッチ!? なんですのそれは!?」


 言いながら、ティーエも放つ。

 魔術の師が居るだけはあり、私よりも強力そうだ。

 レーナは黙って攻撃しており、実質的には彼女の魔法が、私達の唯一の攻撃力と言えた。


「はっはっはっ。無駄よ無駄!! このディスペルワンドの前には、いかなる魔法も全くの無力よぉ!」


 男が言って、杖を掲げる。

 直後には私達の放った魔法は、無かったかのように掻き消えて行った。


「あの杖は……! あれがそうなのか!!?」

「そうみたいですね……正直厄介です……」


 私が叫び、レーナが下がる。


「くっ!」


 直後に放たれたリッチの魔法は、レーナが防御壁を張って防いだ。

 物理は通じない。魔法も通じない。

 これではもはや打つ手は無しだ。


「限界だニャァ! ヘルプミーだニャァアァ!!」


 後方ではウルが伸し掛かられて、死体に噛まれる寸前だった。


「コロネちゃんに何をしますのー!!!」


 ティーエが走り、飛び蹴りをする。

 その事によって死体は吹き飛び、危うい所でウルは助かった。


「大人しくしろ。私とて、美しい者を傷つけたくはない。その身体、死した後に私の為に役立てるが良い」


 レーナとティーエに言っているのか、男が言って空中で笑う。


「ぐああっ!!?」


 どうにもならないのか、と、思っていると、リッチの腹部を何かが貫いた。


 例えるならば、青い光線。

 それは数秒を貫いた後に、細くなってやがて消えた。


「何奴だ!!?」


 そのダメージでも生きているのか、空中のリッチが後ろに振り向く。

 そこには蒼いオーラを纏った、デーモンのナーヴが佇んでいた。


「よう。帰りが遅いんで迎えに来たぜ?」


 ナーヴが言って、不敵に微笑む。


「良いタイミングで来てくれるものだ……!」


 思わぬ援軍に私も微笑み、空中に向けて攻撃を開始した。


「ぬああっ!? おのれえっ! この程度で……!!」


 リッチが言って、顔を向ける。

 直後にはレーナも魔法を放ち、ナーヴとの間で挟撃戦となった。


「ご主人様もニャかニャかやるニャア!!」

「コロネちゃんも意外にね!」


 後方も今はなんとかなっている。

 ケリをつけるのは今しかないだろう。

 今までにない程に死力を尽くし、私は魔法を放ち続けた。


「だが無駄だ! 無駄なのだ! この杖さえあれば魔法等は……っ!?」


 言いかけたリッチの右手が飛んだ。

 ナーヴが飛びあがり、翼で斬ったのだ。


「悪いな。俺も魔界に帰りたいんでな」


 そして、その位置から魔法を放つ。


「ぐああああっ! 私の! 私の王国が!! あと一歩! あと一歩だったものををををっ!!」


 上下から魔法を喰らったリッチは、紫色の炎に包まれ、少しずつ姿を小さくして行った。


「あれ? 急にやる気がニャくニャったニャア……?」


 後方でも死体が倒れ、その事により決着がつく。

 実に危うい戦いだったが、ナーヴが駆け付けてくれた事により、私達はなんとか勝利したのだ。




 翌日。

 ナーヴは契約を無効化し、自分の世界へと戻る事になった。

 場所は裏庭。見送る者は私とレーナの二人であった。


「今更なんだが、自分では駄目だったのか? あの強さなら君一人でも、どうにかなったと思うんだが」


 私が聞くと、ナーヴは笑い、「駄目だったな」とまずは言った。


「生意気にも結界が張ってあってな。無傷で入るのは不可能だった。貴様達が門を開けたから、無傷で入れたという訳だ。それにあんな野郎が居るとは俺も想像していなかったしなぁ」


 それからそう言って、聞いた私を「なるほど」と納得させたのである。


「あれは一体何だったんですか? 先生の言ったようにリッチだったんですか?」


 珍しく、レーナが聞いた。

 その点は今でもはっきりしない為、彼女も答えが欲しかったのだろう。


「そうだな。まぁ、それに近い奴だ。生前は宮廷魔術師か何かだろう。どこかで偶然力を手に入れ、あの杖を使って王国を作ろうとした。皮肉な話は生前の王が、死後は宮廷魔術師風情に良いようにされていたという事だなぁ。ま、正確な所は分からんが、おそらくそんな所だろうさ」


 その言葉には私も同意し、レーナも「そうですか」と納得したようだった。


「そうだ。危うく忘れる所だった。貴様への礼だ。何が良い?」


 思い出したのかナーヴは言って、私に顔を向けて来た。


「急に言われても思いつかんが……」


 言って、少し考える。


「ああ」


 そして、頭に浮かんだ物はナーヴに食べられたチョコタルトであった。

 あれほど食べたいものは無いし、食べた感想も、お礼も言いたい。


「じゃあチョコタルトを返してくれ。君が昨日食べたアレだ」


 故に私はそう言って、ナーヴに返還を求めるのである。


「そんな事で良いのか。欲の無い奴だ」


 ナーヴは笑い、それから私に「両手を出せ」と命令をした。

 言われた通りに両手を出すと、ナーヴは「ふんっ!」と気合を入れた。


 ぼんっ!


 という音がして、私の両手に何かが乗った。

 チョコの匂いがする。

 煙で見えないが、どうやら本当に返してくれたらしい。


「それではな。縁があればまた会おう」


 ナーヴは煙が引くのを待たず、そう言った後に姿を消した。

 煙が引き、それが見える。


「!?」

「!?」


 それはその、なんというか、アレに非常~……に酷似していた。

 なぜかコーンが混ざっているので、それは尚更の事だと言える。

 確かにチョコの匂いはしている。

 しかし、モザイクが必要な程に形がアレに似ている為に、私達はいつまでも絶句していた。


 結局の所、私が抱いたナーヴへの恨みは増しただけとなったのだ。


ふんっ!って気合いれてましたしね…

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