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規格外のバケモノ男

八話の途中に間取りを載せました。

ヘタッピですが良ければどうぞ…

 その日は朝から客が多かった。

 手痛い出費があった為に、それはとてもありがたい事だった。


「今日の夜に飲んで下さい。服用は食後の一時間以内。昼と夜に二回です。どうにも痛みが耐えられないようなら、その時にはまた訪ねて来て下さい」

「すみません、助かりますぅ」


 私が言って、薬を渡すと、コボルドの男が頭を下げる。

 その後には薬を懐にしまい、若干の銅貨を置いた後に、診察室から外に出て行った。


 症状は虫歯。

 それを抜歯して、痛み止めの薬を渡したと言う訳だ。


「微々たるものだが稼ぎは稼ぎか……」


 置いて行かれた銅貨は8枚。つまり、800リーブルである。

 薬代と差し引けば、プラスマイナス30リーブルという、実に微妙な儲けであった。


 しかしまぁ、金は金なので、私はそれをしまった後に、椅子から立って少しを歩いた。


「次の方どうぞ」


 ドアを開いて声を出す。


「あ、はい」


 女性が答えて椅子から立った。


 年齢ならば16前後。

 幼げな顔には丸眼鏡があり、赤茶けた髪は三つ編みにして、後ろで一本でまとめている。

 大人しめな印象と服装だったが、それとは反してその身体は、一見してかなりのグラマラスに見えた。


「どうぞ。座って下さい」

「お邪魔しま~す」


 椅子に座って私が言うと、女性が一礼して正面に座る。


 95以上はあるだろうな……と、表情を変えずに私は思う。

 何がとは言えないので察して欲しいが、所謂、ロリ巨乳と言う奴である。


「それで、今日はどうされました?」


 そんな考えはおくびにも出さず、私が冷静に女性に聞いた。

 女性は「あ、はい」と言った後に、私の前で話を始めた。


「ええと、まず、私の名前はメルンと言います。今日はよろしくお願いします」

「ああ、どうも。私はイアンです。こちらこそどうぞよろしく」


 女性、改めメルンに言われ、私が答えて頭を下げる。

 それを見たメルンは「あはっ♡」と言ってから、訪ねて来た理由を話しを続けた。


 ちょっと頭が足りないコかな……? と、密かに思ったのは内緒である。


「実は私はサキュバスなんです。男性の夢に夜な夜な現れて、あんな事やこんな事をして、生気を吸い取っちゃう悪魔ですね」

「ほ、ほう……」


 意外な事実に目を丸くして、私が一応の言葉を返す。

 見た目と反してダイナマイツなのは、なるほどそういう事だったらしい。


「でも、実はそういう事は、まだ一度もしてなかったりします。だって、結婚をする前にそういう事をするのはおかしいじゃないですか?」

「え、ええ、まぁ……」


 しかし、メルンは真面目のようで、「そういう事」はまだ未体験のようだ。

 どちらが正しいという事は無く、考え方は様々なので、私はそう言うだけに留める。


「あー……すると、あなたはどういう風にして、男の生気を吸い取っているので?」

「えっ!?」


 興味本位で私が聞くと、メルンは驚き、体をすくませた。


「えっと……際どい水着を着て、いやらしいポーズをとったりしてます。こう、紐みたいな「Y字」の水着で、足をM字に開いたりして」


 が、直後にはそう言って、聞いた私を照れさせるのである。

 なんだかんだでサキュバスなのか、そちらの耐性は強いようだ。

 私は今後は言葉を選び、慎重に質問をする事に決めた。


「えー……そう、結婚する前にどうとか、でしたね、続きを話してもらえますか?」


 そう言って、私が話題を戻すと、メルンは「あ、はい」と言った後に、先の話の続きを言った。


「話がちょっと前後するんですけど、生気を吸い取る方法って、やっぱりそれが一番なんですね。でも、私は結婚まではそういう事をする気が無いんです。だからいつも腹ペコで、ひもじい思いをしている訳です……」

「ふむ、なるほど……」


 続きがあると思われるので、私はそれだけを短く返す。


「が!」

「なあっ!?」


 突然の声に私が驚き、メルンが気付いて「す、すみませんん」と言う。

 私が「いやいや……」と、答えると、メルンは再び話を続けた。


「私ももうすぐ18才! 結婚が許される年齢です! 腹ペコ生活ともこれでサヨウナラ! お腹一杯に吸い取れる訳ですよ!」


 相当嬉しい事なのだろう、メルンの目からは涙があふれた。

 拳を作り、それを頬に当て、言ったままの姿勢で「ぷるぷる」している。

 人間界では16からだが、彼女達にはそうなのだろう、そこは私は突っ込まなかった。


「つまり……結婚がしたい、という事ですか?」

「その通りです! 鋭いです先生!」


 話をまとめて私が聞くと、驚いた顔でメルンは言った。

 鋭いも何もそうとしか聞こえないが、彼女的には驚くべき事なのだろう。


「それで、なぜ、私の元を?」


 それは当然の疑問と言えた。


 私は医者で、相談は受けるが、結婚の仲介等はしていない。

 結婚出来ない理由があって、それを治せというなら別だが、「やっと結婚が出来る!」と泣かれても、正直「はぁ……」としか返せない。


「え……? あっ、紹介されました」

「ああ、なるほど……」


 それなら分かる。

 誰かは知らないが、「便利な奴が居るよ」と言って、何でも屋としての私を紹介したのだ。


「ちなみにそれは誰ですか? 支障があるなら結構ですが」

「友達の友達のパンドラってコです。以前先生にお世話になったっていう、マーメイドの女の子です」

「(あいつらか!)」


 私は思い、顔を顰めた。あいつらならばそれをする。


「言うなら便利系男子だよね。その為に存在してるって感じ。恋愛感情? 沸くわけねーし!(笑)」


 とか、平気で言い放ってそれをするはずだ。


 奴らは医者と知っていて、範疇外だと知っていて、私に友達の友達の、結婚活動を押し付けたのである。

 見た目に反して腹黒く、恐ろしい魔物だと言う他に無い。


「もしかして何かあったんですか? 凄い微妙な顔してますけど……」

「い、いや! 別に!? 何も無いですよ!? 忘れていただけ! ホントにホント!」


 聞かれた私が「あはは」と笑う。

 本当の気持ちは「勘弁してくれ」だが、そんな事が伝わった日には、何を言われるか分からない。


「なんかアイツ勘違いしてね? ヤベー噂とか広めてやっか?」


 とか、逆恨みをして嘘を言われると、最悪、海の魔物達からの暗殺対象にすらなりかねないだろう。

 断るつもりは元から無いが、以上の事も十分に踏まえ、私は慎重に言葉を選んで、メルンの依頼を受ける事にするのだ。


「そういう事ならむしろこちらから、婚活の協力をさせて下さい」


 と。


 メルンはそれに「あはっ♡」と言って、それから「ありがとうございますぅ」と礼を言った。


 そんな気持ちが態度に出たのか、その夜の夢にメルンが現れた。

 言葉通りの際どい水着に、背中を向けての四つん這いで。


「ど、どうですか? 喜んでいただけましたか?」


 そんな事を言われた直後、私の頭は白くなっていた。

 そして、翌朝目覚めた時には、枕とべッドが真っ赤になっていた。

 言うまでもなく鼻血である。


「……小学生か!」


 言って、体を起こした直後に、私は軽い眩暈を感じる。

 なんだか少し体もだるい。


「ごちそう様でした♡ 先生も結構エロエロですね♡」


 それから5分後。

 顔を合わせた時に、メルンは私にそう言ってきた。

 なんの事は無い、彼女はちゃっかりと私の生気を吸っていたのだ。

 男として、「もうやめろ!」とも、言い切れない私が答えた言葉は、


「お粗末様でした……」


 というもので、それを聞いたレーナは首を、不思議そうに傾げていた。




 その日の午後、14時頃。

 予約していた患者が捌けて、メルンの婚活への協力が始まった。


 私とメルンはまず街に行き、フォックスに行動の指針を仰いだ。

 さぁ婚活だ、と、口には言っても、実際に何をすれば良いのかが、私には全く分からなかったからだ。


「まぁ、アレじゃな。酒場に行くとか、知り合いに当たるとか色々あるじゃろう。なんならワシが奥さん方に心当たりを聞いてみてもええぞ」


 成り行きを聞いたフォックスが言い、私が「頼む」と言葉を返す。

 フォックスは「ただな」と付け加えた上で、もう少しだけ自分の言葉を続けた。


「言い方は悪いがこういうのはな、早い話が売れ残りじゃ。勿論、誰にも発見されんで、実はうまいという奴もおる。じゃが、大半は腐りかけていて、誰も買おうとは思わん連中じゃ。ワシが何が言いたいかと言うと……」


 そこまでを言って、一息を置き、


「無理をするな、っちゅう事じゃ」


 と、フォックスはメルンを見ながら言った。

 聞いたメルンは「あれれぇ~……」と一言。

 困ったような表情をして、自身の口に指をあてる。


「ま、まぁ、言い分は分からないでも無いが、今までに出会いが無かっただけ、という可能性だってあるだろう? これから婚活をしよう、という人を、そう悲観的にさせてくれるな」


 そんなメルンを助ける為に、フォックスに向かって私が言った。

 メルンを励ます。それもある。

 だが、そうした理由の大半は、メルンの失敗は私の失敗で、その失敗が「彼女達」にどう伝わるかが不安な為だった。


「特に何もしてくれませんでした」


 と、メルンに言われたらどうなる事か。それは想像するに容易い。

 要するに、私は自分の為に、メルンの事を励ましたのだ。

 フェネル辺りから「意外に腹黒い……」と、言われる理由もここにあるのだろう。


「だからワシも言うたはずじゃ。勿論うまい奴もおる。とな。じゃが、大抵に於いてええ歳になっても独りでおるのは、何らかの理由があるモンばかりじゃ。ワシも、お前さんもそうじゃろうが? そういう事が言いたいんじゃよ。ワシは」


 その反論は尤もであり、私としては「それは分かるが……」と、短く答えておくしかなかった。

 つまり、これは私の予測だが、フォックスは若いメルンに対し、


「いい歳になってパートナーが居ない者には、何らかの理由があるはずだから、そういう者と無理に出会わずに、自然な恋愛をすると良いよ」


 と、忠告したいのだと考えられた。


 回りくどい言い方をせず、直球で向かえば良いと思うが、そこはまぁフォックスが持つ性格故の問題なのだろう。


「じゃあ婚活はやめにします。他の方法が見つかるまで、しばらく生気を吸わせて下さいね?」


 誤解をしたのかメルンは言って、輝く瞳で私を見てきた。

 YESかNOならそれはYESだが、毎日アレでは私は干からびる。

 そう思ったが為に私は「待った」と言い、フォックスの深謀遠慮を話した。


「……はぁ、そういう事でしたか。分かりました。気を付けます」


 理解したのかメルンは言って、「こくこく」と何度も頷いていた。

 私の予測が合っていたのか、フォックスは何も言っては来ない。


「なんじゃったら」


 不意に言ったのは数秒後の事。

 私達が顔を向けると、フォックスが言葉の続きを話す。


「街役場に行ってみぃ。定期的にパーティーをやっとる。結婚したい者同士のな。所謂、お見合いパーティーという奴じゃ」

「そんなものがあるのか……知らなかったな」

「パーティーですか? 素敵ですぅ」


 フォックスが言い、私が言って、そして、最後にメルンが言った。

 だからと言って行くかと言えば、私一人ならきっと行かない。

 なんとなくだが飢えた狼が、うようよしていそうなイメージだからだ。


「行きましょう先生! パーティーですよパーティー!」


 が、当事者であるメルン本人は、どうやら乗り気のようである。


「あ、ああ。それでは行って見ますか……」


 拒否する理由は特に無い。

 私はそれを受け入れて、メルンと役場に向かうのだった。




「婚活パーティーの参加希望? あぁ、それじゃこのカードの空欄部分に記入して。書けたら持ってきて。開催の日にち、教えるから」


 年齢はおそらく40前後。

 少々不愛想な女性が言って、窓口の下からカードを出した。

 カードの枠は薄い黄色で、それ以外の部分は白色である。


「(男女で来てるのになぜ2枚……)」


 その枚数に疑問して、心の中で私が思う。

 男と男、女と女なら、友達同士で参加と分かる。


 だが、男女で来ている者になぜにどうして2枚なのか。

 一体どういう関係と見て、普通に2枚を出したのだろうか。

 まず、普通は「何枚?」とか聞かないか?


「どうしたの!? 早く書きなさいよ!」


 私がそうして疑問していると、女性は言って、軽くキレた。


「あ、ああ、すみません……」


 役場仕事とはこういうものか、と、諦めた私はそれを取る。


「先生も参加してくれるんですか?」

「まぁ、あなたを見張る意味でもね。真剣にでは無いですよ」


 メルンに聞かれ、私が答えた。言葉に嘘偽りは無い。

 私には一応、好きな人が居るのだから。


 2人で移動し、ソファーに座る。

 それからテーブルにカードを置いて、ペンを借りて記入を始めた。


 まずは名前。正直に書き、次の年齢で少々困る。

 二百ウン十才と書こうものなら、笑われるか、呆れられるかのどちらかで間違いないからである。


 或いは「魔物だぁ!?」と感づかれ、パーティーが滅茶苦茶になるかもしれない。


 以上を考え、私はここは「25才」と嘘を書いた。


 職業は医者。

 年収は……240万行けば良い位だろう。

 趣味は無し?いや、散歩か?とにかく無しは少々マズイ。


「ヤダヤダ、老後にはボケ確定だわ……」


 と、相手にされない事間違いなしだ。

 って、別にそれでも良いんだが、私だって見栄を張りたい。

 考え、ふと、隣を見ると、メルンは職業に「サキュバス」と書いていた。


「ちょ! それはちょっとマズいんじゃないですか!? あまりにも正直すぎるというか、ウケなかったら引かれるだけですよ……」


 慌て、私がそう言うと、メルンは「そうですか……?」と言ってから、「年収ゼロ」の部分を消した。


 そこじゃない!? と思ったが、ある意味そこも引くかもしれず、私は敢えて否定はしなかった。


「職業は一応……助手とでもして下さい。疑われたら私が証明しますから」


 そして、その上でそう言って、職業の部分も直させるのである。


「えっ!? イアン先生!? どうしてここに!?」


 私達の正面に立ち、そう言ってきたのはアティアであった。


 見れば、私達と同様の黄色のカードを持っている。

 おやっ? と思ってそれを伺うと、アティアは慌ててそれを隠した。


「な、なんでもないですぅ! これはその、戸籍票ですから!?」


 その顔は赤く、声は裏返っている。

 まぁ、色々とあるのだろうし、追求するのはよしておこう。


 私がそう思っていると、メルンが「お仲間さんですね♡」と、嬉しそうに横で言った。


「……」


 その事によりアティアも諦め、赤面したまま無言で座った。

 唇を「きゅっ」と噛みしめているのは、おそらく照れているからだろう。

 何も言わず、記入を始める。


 手馴れているな……と、思ったが、私はここでも無言を貫く。


「趣味が男漁りっていうのは、一般的にマズイでしょうか?」


 聞いてきたのはメルンであった。

 アティアは「ブッ!」と噴き出している。

 私もまぁ、そんなもので「マズすぎます!」とだけ答えて置いた。


 男漁り、イコールが、おいしい食べ物探しとかになるのだろうが、それをそのまま書くと言うのは、間違いなくNGである。


「あの……先生、そちらの方は……?」

「あ、ああ、私の患者です。訳あって結婚をしたいという事で、私もパーティーに付き合う事になりました」


 アティアに聞かれ、私が言った。

 直後には「そうなんですか」と納得したあたり、色々と疑問には思っていたのだろう。


「(しかし趣味か……まぁ適当に、読書とでもしておくか)」


 会話が途切れ、その事により、それに気付けた私が書き込む。

 次の欄は「相手に求める事」で、それには特に無しと記入した。


「(こんなものだろう)」


 納得をして顔を上げ、何気なくメルンのカードを覗く。

 趣味の欄は「男漁り」から、「おいしそうなモノを探す事」という、意味深なものに書き換えられていた。

 以前よりは遙かにマシなので、私はそこは見逃す事にする。


 が、今し方記入を終えた、「私だけにエロエロな事」は見逃す訳には行かなかった。


「これはマズイ」


 と、冷静に言い、記入の訂正を彼女に求める。


「これは駄目です! これだけは譲れません! いわば死活問題ですから!」


 しかし、メルンは猛烈に反発し、カードに覆いかぶさるようにして、記入の訂正を拒むのである。


「(まぁ、本人が良いなら良いが……)」


 そう思った私は深追いはせず、頭を掻いて事を終えさせた。

 その際に、見る気は無かったのだが、アティアのカードが「ちらり」と見えた。


 相手に求める事。

 年収5000万以上。


 それを見た私は息を飲み込み、アティアが妙に慣れている事の理由を知ったような気がしたのである。


「(残り物には訳がある、か……)」


 そんな事を思いつつ、私はソファーから腰を上げた。




 それから四日後。

 お見合いパーティーは、プロウナタウンの郊外で開催された。


 森に近い平原にはいくつもの長いテーブルがあり、その上には皿や食べ物等が所狭しと置かれていた。


 現在、会場には300人程が居り、適当な相手を見つけては食事をしながら会話をしている。


 男が2、女が1という、複数対1も珍しくは無く、私ですら目を奪われる程の、見目麗しい女性には、それこそ10を超すという男性達がへばりついていた。


「ああいうのは実は冷やかしなんです。自分の価値を確認する為だけに、こういう催しに参加してるんですよ。ほんと、良い迷惑ですよね……」


 言って、アティアがジュースを飲んだ。

 その飲みっぷりは酒の如しで、飲み終えたコップを「どんっ」と置いて、隣の女性から少し引かれる。


 ここだけの話、私も引いている。

 その態度ではなくアティアの恰好に。

 いつもは教会のローブを着ており、まぁ、髪型も普通であった。

 が、今日はどうした事か、異常なまでに髪をアップし、あまり大きな方では無いのか、無理矢理に「ぐいっ」と胸を寄せていた。


 そして、スリットの入った際どいドレスに、羽根飾りのついた腕輪をしており、挙句には黒のヒールを履いて、香水を「ぷんぷん」匂わせていたのだ。


 化粧で女は変わると言うが、これはおそらく悪い方で、不気味なまでに目は大きく見え、唇は1、5倍はデカかった。


 例えるならそう、シャーマン的な何か。


 今日のアティアはそんな感じで、霊力全開で立ち尽くしていたのだ。


「(誰も何も言わなかったのか……)」


 それを見た時、私は思ったが、言いたくても言えない程のものがあるという事も、同時に理解したのであった。


 一方のメルンは普通の服を着て、別段化粧もしていなかったが、


「いやぁ僕もエロエロですよぉ!」

「いやいや僕のがエロエロですよ! 近所からはエロエロ店長で通ってるし!」

「バカな! 俺以上のエロエロ等ありえない! 道行く女の裸なんて、僅か1秒で想像できるぜ!」


 首から下げているカードのお蔭か、エロエロな男子に大人気のようだった。


 その人数は全部で8人。

 その様子を見るアティアの目には羨望すらも伺える。


「あの、すみません……」


 と、そんなアティアに向かい、1人の男が声をかけてきた。

 年齢ならば26、7才の、ごくごく普通の青年である。


「わ、私ですかぁ♡」


 声をかけられたアティアが振り向き、男が「あ、はい」と言葉を返す。


「それってあの、あれですよね? シャーマン戦士ゴンザレスですよね? 女の人でゴンザレスとか、凄い勇気がある女性ひとなんですね!」


 そして、直後にそう言われ、アティアは顔を細長くするのだ。


「ちが……」


 怒りかけて、アティアが止まる。


 その視線は男の胸にある、カードに書かれた「年収」にあった。

 男の年収はなんと6000万。


「そうなんですぅ! 私勇気だけは誰にも負けない自信があるんですう♡ ゴンザレス最高ですよネ~♡」


 それを見たアティアは態度を変えて、男の前で「クネクネ」するのだ。


「いやぁ、結構昔の漫画なのに、知っていてくれる人が居て嬉しいなぁ。良かったら少し話しませんか?」

「勿論ですう! ご一緒させてくださいいいン!!」


 2人は言って、歩いて行った。


「女は怖いな……」


 と、私は言って、両目を細めてブドウを食べた。


「あれ? アティアさんは?」


 そこへ、メルンが一旦戻る。

 説明すると「あはっ♡」と言って、「良かったですね」と言葉を返した。


「そちらはどうです? あれだけ居るんだ、一人位は手ごたえがあったでしょう?」


 私が聞いて、男達を一瞥する。

 どういう関係か探っているのか、男達はこちらを「じーーーーーっ」と見ていた。


「うーん……正直ダメダメですねぇ。エロさが全然足りません。先生のエロさが200くらいだとしたら、あの人達は5くらい? 武器を持った農民くらいですね」

「そ、そうですか……」


 一体どういう計算なのか、その点が理解不能であったが、聞いて、理解したくも無いので、私はそれだけを言って置く。


「メルンちゃ~ん! こっちに来なよ~!」

「そうだよ! もっとエロエロしようぜ!」


 辛抱たまらなくなったのだろう、男達がメルンを呼んだ。


「じゃあ行ってきます。放置するのも可哀想なので」

「ええ、まぁ、気を付けて」


 変に律儀なメルンを見送り、私はグラスのジュースを呷った。

 空になった為、別のジュースを淹れる。


「あんたも誰かの付き合いのクチかい?」


 という、声が聞こえたのはその時だった。

 振り向くと、一人の女性が立っていた。


 年齢はおそらく27、8才。髪は白色で瞳は青色。


 驚いた事に身長は、男の私とほぼ変わらない。

 こう言ってはなんだが筋骨隆々の、逞しいと言って良い女性であった。


「あたしもね、付き合いなんだよ。まぁこんなナリだから、いちいち言わなくても分かると思うけど」


 女性が言って「あはは」と笑う。

 ここで笑うのは失礼なので、私は「いやいや」と首を振った。

 確かに体格は少しナンだが、顔のつくりはなかなか美しい。


 ドレスの着こなし、化粧のノリ、全てが私には及第点と思える。

 体格さえ、そう、体格さえ普通なら、きっと当たり前にもてたはずである。

 だがまぁ、それも言うのは失礼なので、口には出さずに飲み物を勧めた。


「ありがと。お互い暇だし、少し話そうか?」


 それから私は彼女と話し、名前と素性等を聞いた。


 名前はヨハンナ。職業は大盾部隊の隊長という事だ。

 上官に当たる騎士に頼まれ、この催しに参加したらしい。


「その上官は今何を?」

「あそこで男とくっちゃべってる。あんな男のどこがいいのかねぇ~……」


 ヨハンナが言って、そこを指さす。

 場所としては右前方。そこには男女の一組が居て、楽しそうに語らっていた。


 女性の年齢は30前後。男の年齢は40位か。

 女性の方は「がっちり」していたが、反して男は「ナヨナヨ」だった。

 ……まあ人の事は言え無い訳だが。


「すみません。失礼いたします」


 そこへ、スタッフの一人がやってくる。

 どうやら飲み物の交換をするらしい。

 彼の邪魔にならないように、私はテーブルから黙って離れた。


「おっと!? おい! 気を付けろ!」


 その際に、通りすがりの男とぶつかり、私はバランスを崩してしまう。


「とっ、ととと……っ!」


 よたよたと歩き、何かを掴むが、その甲斐なく私は地面に向けて、前のめりに倒れてしまうのである。


 何かが破ける音が聞こえ、周囲からどよめきのようなものが起こる。


 顔を上げて上を見ると、下半身を露出させた状態のヨハンナが震えて立ち尽くしていた。


 そう、私が掴んだものは彼女のドレスの裾だったのだ。

 幸いにも、というか、当然に、ヨハンナは下着をつけていたが、それでもそんな恰好でこの場に居る事は異質であった。


「き……き……き……ッ」


 ヨハンナが俯き、声を発す。


「も、申し訳無い! だが、悪気があったわけでは……」


 謝った時にはもう遅かった。


「きさまぁぁぁぁ! よくもこんなマネををぉぉぉ!!」


 飛ぶような勢いのヨハンナに詰め寄られ、胸倉を掴まれて持ち上げられるのだ。

 殴られる! そして殺される!

 そう思った私であったが、


「……責任を取れ!」


 と、ヨハンナは一声。


「えっ……?」


 私が疑問していると、


「責任をとってあたしと結婚しろ……っ!」


 と、顔を真っ赤にして言って来たのだ。


「あたしはこれでも乙女なんだ……っ! 男にこんな姿を見られては……っ!!」


 直後にはそのまま泣きそうになり、私は慌てて「ちょちょちょちょ!」と言う。


「するのか! しないのか! どっちなんだっ!?」


 それが効いたのか、ヨハンナは泣かず、泣き怒りの表情で私に聞いてきた。


「すまないが出来ない! 私には! 私には好きなっ! 好きな人が居るぶうっっ!?」


 正直に言うと、私は殴られた。

 モヤシの私には重すぎるパンチで、直後には「くらくら」と眩暈を感じた。


「そうか……ならば……ならば死ねええええい!」


 ヨハンナが言って、私の頭を自分の脇の下へと突っ込む。

 そして、そのまま垂直に上げ、後方に向けて倒れ込んだのである。

 料理が潰れ、皿が割れ、テーブルが二つにへし折れた。

 ヨハンナは最後に「ちっ」と舌打ちし、テーブルクロスを纏って去った。


「があっ……ああああ……っ!」


 残された私は背中を押さえ、妙な体勢でブリッジしていた。


「先生ナイスです♡ ナイスエロエロ!」


 メルンが言って、親指を立てる。

 私としては「そ、そう……」としか返せない内容と体勢であった。




 メルンの収穫はゼロであった。

 アティアもまた話について行けず、「もしかして知らない……?」と、男に聞かれ、それを認めてしまった為に、出会いをふいにしてしまったらしい。


 結局の所、得たものと言えば、「お見合いクラッシャー」という私の不名誉極まる称号だけだった。


「どうでした? 誰か見つかりましたか?」


 我が家に帰り、レーナに聞かれる。


「いや……」

「そうですか……」


 軽く首を振って見せると、レーナはある程度を察してくれた。


「そういえばお手紙が届いていましたよ。部屋の方に置いたので取ってきますね」


 レーナが言って、部屋に行ったので、私とメルンはソファーに座った。


「なかなか居ないものですねぇ。私ってもしかして高望みなんでしょうか?」

「うーん……目に見えるモノでは無いと言う所が、コメントし辛い所ですね……美形が良い、高収入が良い、そういうモノなら限度があるし、私にもコメント出来るのですが」


 聞かれた為に私が答える。

 メルンは「そうですか?」と言った上で、「大体見えませんか?」と更に聞いた。


「まぁ、普通に見えませんね……あなたには数値で見えるんでしょうが」


 後半部分は皮肉であったが、メルンは「ですね」と肯定をした。

 サキュバスとして生きる以上は、或いは必須のスキルなのかもしれない。

 私はそう考える事で、胸の「もやもや」を揉み消す事にした。


「……参考までに、私のエロエロ指数220と言うのは、結婚対象としてありなんですか?」

「あはっ♡」


 何気なく聞くと、メルンは笑い、それから「ありです」と普通に言った。


「そ、そうですか……」


 少し嬉しく、私が照れると、


「おじいちゃんの53億には遠く及ばない数値ですけどね!」


 と、鼻毛がぶっ飛ぶような事を言った。


 お爺ちゃん凄すぎ! そしてエロ過ぎぃ!


 心の中で密かに突っ込む。


 それはそんな男を知っていれば、大抵の男は雑魚に見えるだろう。

 メルンが悪い訳では無い、メルンの祖父が悪いのである。

 どんだけエロいのかは不明であるが、だからと言って会いたくは無い人物だ。


 何しろ53億なのだから、男だからと安心はできない。

 そんな事を思っていると、レーナが「ぱたぱた」と戻ってきた。


「これです。どうぞ」


 言って、手紙を渡してきたので、礼を言ってそれを受ける。


 手紙は全部で4通あった。

 その内2通は何らかの勧誘で、残り2通は知り合いからのものだった。


 1通はコッド。


 中を見ると、スポンサーのブランと仲良くしている事や、街の建設がうまく行っている事等が、感謝と共に記されていた。

 最後部分には「遊びに来てくれ」とあり、暇があれば行って見るか、と、心の中で私は呟いた。


「そう言えば賭博癖がある男はどうです? エロエロ指数は不明ですが、超がつくほどの金持ちですよ?」


 思い出した為にそれを聞く。

 ブランもまた婚活中で、結婚相手を探していたからだ。


 聞かれたメルンが「うーん」と唸り、レーナは「エロエロ指数……?」と首を傾げて呟く。

 顔を顰めて疑問していたが、それをスルーして答えを待った。


「パスです……! 私の事より夢中になられたら、サキュバスとして寂しいですから」

「なるほど……」


 メルンの答えに納得をする。

 サキュバスでなくともそうなのだろうが、敢えてそこは口にしなかった。


 次の手紙はラッドからだった。

 中身はまぁ、見なくても分かる。

 どうせ合コンのセッティングである。

 それでも一応、中身を見ると、やっぱり合コンのセッティングだった。


「田舎なんすよ! 出会いが無いんすよ! いい加減色々ヤバイんすよ!」


 と、切実な思いがつづられている。


「(金持ちになったのになんとしつこい……その気になればどうとでもなるだろうに……)」


 思い、私は気が付いた。

 出会いを求めている人物は、目の前にも一人居るという事を。

 これをうまく活用すれば、恩返しにも仕事にもなるという事を。


 そして、長年飢えていた彼が、並のエロエロ指数ではないと言う事を。


「フフッ……はっはっはっ……」


 気付いた時には笑っていた。あまりのおいしさに笑いが漏れたのだ。

 2人が疑問し、眉根を寄せる中、私はメルンに「行きましょう」と言って、自信満々に立ち上がった。




 私とメルンはドリアードゲートをくぐり、ラッドが住んでいる街を訪れた。

 久々の来訪で少し迷ったが、30分後にはラッドが住んでいる、小高い丘にある家を見つけた。

 金持ちになったのに外装は変わらず、一見して何も増えてはいない。


「(もしかしてまだ知らないのか……?)」


 と、他人事ながら不安にもなる。


「あっれー! 誰だっけ? ポアンだっけ? ひさしぶり~!」


 言って、2階から飛んできたのはこの家の守護神のガスパルである。


「イアンだ……何かの師匠みたいな名前で、私を呼ぶのはやめてくれ……」


 言うと、ガスパルは「悪い悪い」と言って、「で? 何しに来たの?」と、興味津々の顔で聞いて来た。


「ほうえ! お仲間ですか。オイラガスパル。よろしくね!」


 理由を聞いたガスパルが言い、言われたメルンが「あはっ♡」と笑う。


「あれっ? ちょっと足りないコなの? って痛いぃ!?」


 尻をつねられ、ガスパルが鳴く。

 だがまぁ、それは当然の制裁だ。

 本人の目の前で言葉にしてはならない。


「どうしても意味が分からないんですけど……もしかしてこの人バカなんですか?」

「……」


 が、その様を見たメルンが言って、私は言葉を無くすのである。


「ちょっとちょっと、つねりなさいよ。なんでオイラだけ? ねぇちょっと。ってオイラのじゃなぁぃ!?」


 うるさいガスパルはそれで黙らせ、私はラッドの行方を聞いた。


「ええ? ああ、あいつならご主人と一緒に買い物に行ってるよ。最近なんか物騒なんだって」


 尻を押さえてガスパルが言う。

 納得が行かないのか、ふて腐れた顔である。


 この場合のあいつはラッドの事で、ご主人とはガスパルのランプを持っている、姪のジョゼッタの事を指している。

 なんだかんだでそういう所はしっかりと遵守しているらしい。


「物騒とは具体的には?」

「知らない。まーご主人絡みでしょ? まだ遺産受け取ってないしね」


 聞くと、ガスパルがそう言ったので、私は「まだ?!」と驚くのである。


「自分の稼いだ金じゃないから、そんなものは受け取れません。ジョゼッタが大きくなった時に、彼女が有効に使えば良いんです」


 顔を変え、声を変え、ラッドと化したガスパルが言った。

 なるほどそういう事だったのか、と、私はそれで納得をした。


「無欲なんですね。対象外カモ」


 とは、メルンの発した感想である。

 マズイかな、と思いはしたが、ここまで来たなら会わせるしかない。


「まー上がんなさいよ。あんただったら文句も無いでしょ」


 元に戻ったガスパルが言い、ドアを通りぬけて中へと入る。

 私とメルンもそれに甘えて、家の中で待たせて貰った。


 そして2時間後。


 2人が戻り、私達の存在に「あっ」と驚く。


「す、すごひいっ……!」


 メルンも驚き、口を押える。


「この人のエロエロ指数がすごひいいいい!!」


 そして言って、崩れるようにして、ラッドの足元に取りすがるのだ。


「……ちなみにおいくつで?」


 聞くと、メルンは、


「34億6000万♡」


 と言った。


 やっぱりね! 溜まってたね! そう思った直後には、


「34億6000万!!?!!」


 と、私は盛大に噴き出していた。


「バケモノか!」


 思わずそう言い、ラッド達から奇異の視線で見られるのである。




 ラッドとメルンは結婚はしなかった。

 が、お互いに合致を見て、付き合う所から始めたらしい。


「いやぁ、すごいいい子じゃないですか! 先生本当に! 本当にありがとう! またリンゴ送りますんで! おっぱい! じゃない、一杯!」


 帰り際、ラッドはそう言い、私を「やはり……」と納得させた。

 まぁ、どこを好きになろうと、お互いが幸せなら良い事である。

 心配なのはラッドの生気だが、彼なら多分、大丈夫だろう。

 何しろ34億6000万のエロエロ指数を持つ者なのだから。


 それにしてもどんだけなのか……

 むしろメルンがもたないかもな……


 エロエロ指数220の私は、そんな事を思いつつ、今日の日記を終えるのである。


次回!


笑顔の下に潜む狂気!メルンを救え!走れイアン!


「助けて先生!私もう…!」

「次はコレだ!壊れるんじゃねえぞ!!」



いや、嘘ですよ嘘…書きたくないっすよ…

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