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最強拳士爆誕

今回のゲストさんはイメージ的には関〇一さんです。

Gガン〇ムの主人公さんですな。

 2月のある日。

 早朝の事。


 頼もう、という声が玄関から聞こえて来た。

 寝ぼけ眼の私が向かうと、一人の男が外に立っていた。


 見た目の年齢は20前後。

 身長はおよそで170㎝位だ。

 赤い髪と同じ色の道着のようなものを着ており、背中にはどこかの看板なのか、板のようなものを担いでいた。


 道着の胸元は大きく開いており、また、裸足であった為に、本人はともかく見ているこちらが、寒いと感じる程である。


「こちらはイアン・フォードレード氏のご邸宅で間違いないだろうか!」


 大きく、かつ通る声で、男が私に聞いてきた。

「そうですが……」と、答えると、男は「やはり!」と言って、黒の瞳を大きくさせた。


「それがしの名はフレイムと言う! 「炎のフレイム」が通称だ! こちらの方が有名かもしれんな!」


 続け、男が自己紹介して、私の前で「ははは!」と笑う。

 私はと言うと「はぁ……」の一言。


 もしかして突っ込んでほしいのだろうか、と、思っていた事が一因である。

 炎のフレイム。これはもう、水のウォータとかと変わらないからだ。


「まぁ、名前などどうでも良いのだ。こうして貴殿を訪ねて来たのには、当然ながら理由がある。そちらの方が遙かに大事だ。聞いて頂けるかなイアン殿?」


 どうしようかと迷っていると、男、改めフレイムは言った。


「それはまぁ、構いませんが……」

「ありがたい! 恩に着る!」


 私が言って、頬を掻くと、フレイムは大きく頭を下げた。


「?」


 背中の板が「ちらり」と見える。

 どらごにゅーと流。赤い文字で、板にはそう記されている。


「(ドラゴニュート……竜人か?)」


 そんな事を思いつつ、私は玄関の中へと入った。


「お邪魔いたす!」


 続き、フレイムも入ってきたので、私は彼を応接間へ通した。




 フレイムはドラゴニュートであった。

 簡単に言えば竜人である。

 竜の血を引く人の事で、戦闘力と生命力が、竜並にある者の事を指している。


 その血が濃いと外見に出るが、フレイムはそこまで濃くないのだろう、外見上は人間と全く変わらないと言って良かった。


「まぁ、そういう理由があって、貴殿を訪ねたと言う訳なのだ。まるで縁が無い訳でも無し、懇意にして頂けるとありがたい」


 応接間に着き、ソファーに座り、胸に手を当ててフレイムは言った。

 私の反応は「ええ」というもの。

 あの看板を見た時に察していたと言う所もあり、そこには殆ど驚きは無い。


「それで、その、訪問の理由とは?」


 言った直後にレーナが現れ、「お客様ですか?」という顔で見て来る。

 まだ起きたばかりの為か、その顔は若干眠そうである。


「おお、もしや奥方様か? 朝も早くから申し訳ない。それがしにはどうかお構いなく」


 フレイムが立って、頭を下げる。

 下げられたレーナは「あ、いえ……」と言い、「何か飲み物でも作ってきますね」と、ぱたぱたと台所に走って行った。


「美しい奥方だ。いや、本当に羨ましい」


 フレイムが言って、「ハハハ」と笑う。

「ちげーよ」というのは面倒なので、私も「ハハハ……」と笑って置いた。


「そうそう、訪問の理由であったな」


 フレイムが座り、言葉を発す。


「実はそれがし、この数年間、さすらいの放浪生活を続けておった。その目的は己の体と精神を鍛練する為だ。強者を見つけ、戦いを挑む。そんな事を日々繰り返した。そして先日、その勝利数がついに1000勝に達してしまった。これはもはや敵なしと言う奴だ」


 そこまでを言って、「ハハハ」と笑うので、私も付き合いで「ハハハ……」と笑った。

「それは増長では?」等と言って、ブチ切れられても嫌だからだ。


「そこでそれがしは思った訳だ。放浪生活をここまでにして、この技を後世に伝えたいと。そうする為には道場が居る。道場を作るには金が要る。金を得るには働かねばならぬ。だからそれがしは面接に行った」


 特におかしい所は無い為に、私は「なるほど」と合いの手を入れた。

 黙って居ると、聞いて居ないかと誤解をされてしまう為だ。


「だが、面接は不合格だった……職歴は無い、住所は無い、挙句の果てには保証人も居ないでは、雇う事は出来んと言われてしまった……」

「まぁ、普通はそうでしょうね」


 言うと、フレイムは「うむ……」と言って、それから更に言葉を続ける。


「故に、それがしは貴殿を訪ねた。仕事が見つかるまでで良い、どうかそれがしを置いて欲しいのだ」


 フレイムは言って頭を下げた。

 両手を両足の上に置いて、足を開いて深々とである。


「なるほど。成り行きは分かりました」


 言って、私が立ちあがる。

 顔を上げたフレイムは嬉しそうな顔で「それでは!」と言った。


 私個人はまぁ構わない。悪い奴では無さそうだし、別段妙な癖も無い。

 ただ、ここには女性が居るので、一言も無く受け入れるのはマズイと考えた訳なのである。


「レーナ……先ほどの女性ですが、彼女に一応聞いて来ます。まぁ、多分、大丈夫だとは思いますが」


 言うと、フレイムも「それはそうだ」と納得し、「よろしくお願いいたす」と言って、再び頭を深く下げた。


「わたしは別に構いませんよ。先生さえよければ」


 結果としてはやはりOK。フレイムのしばしの逗留が決まる。


「それがしは貴殿に厄介になる身だ。堅苦しい態度はもうやめて欲しい」


 そう言われたので以後は彼への態度を気安くするものとした。

 フレイムに少し困った癖があり、その事で私が悩まされるようになるのは、翌日の朝の事であった。




 その日は朝からうるさかった。

「エヤー!」だの「ドリャー!」だのという声が聞こえ、「ドカーン!」だの、「バキイッ!」だのと言う物を破壊する音が響いた。


 時刻は4時。


「なんなんだ……」


 懐中時計を見た直後に、私は大きく息を吐く。


「ホリャアアアア!」


 という声が聞こえ、続けざまに「ホイヤー!」と言う声が聞こえる。

 こんな中で眠れる程に私は精神が図太くはない。

 着替え、声が聞こえてくる場所を特定する為に部屋を出る。


 その間にも「チェイヤー!」だの、「ソイヤアア!」だのと言う声は聞こえ、犯人が分かり切っているだけに、私は泊めた事を後悔していた。

 犯人、そう、フレイムは裏庭で何やら稽古をしていた。

 上半身は真っ裸、下半身はふんどしのみという、正気を疑う格好である。


「女性が居ると言っただろうが……ッ!?」


 頭を抱え、私が叫ぶ。

 寒いとか寒くないとかは本人の事だから問題は無い。

 だが、そんな姿で居られると、周囲に実害が及ぶのである。


「オイヤア!」


 そんな私の気持ちに気付かず、フレイムが足を大きく上げた。


 やめて! 見える! 見えちゃうから!


 慌てて走ると今度は飛んで、両足を「ズバッ!」と開脚して見せた。


 見せたいの!? むしろ見せつけたいの!?


 立ち止まり、私が怯んでいると、フレイムが私の姿に気付く。


「おお、おはよう。随分と早いな!」


 言って、フレイムは右手を上げて、左手でふんどしの端を持った。

 そして、それを額に持って行き、普通に汗を拭うのである。

 ある程度の距離を持って付き合おう、と、私が思った瞬間だった。


 心では無く、物理的に。


「あー……その、鍛練なんかは日課なんだろうが、私達にはまだ眠い時間なんだ。申し訳ないが時間をずらすなり、場所を変えるなりしてくれないだろうか……」


 言うと、フレイムは「そうか……」と答え、直後には「それもそうだな」と納得もした。


「承知した。明日からは時間をずらそう」


 そして、考えを改めてくれ、私にそう約束するのだ。


「それでは今日はここまでにするか」


 フレイムが言って、上がろうとする。

 私は代わりに窓を開けて、フレイムを中へと入れてやった。


「すまないな」

「いや……」


 フレイムが言ったがすまないのはこちらだ。

 そんな手で触って欲しくないから、私が代わりに開けたのだから……


「ふぅ。今日も良い稽古だったー」


 フレイムはそんな気持ちに気付かず、ふんどしで顔を「ごしごし」と拭いていた。




 その日の午後、フレイムは面接に受かったと私に言った。


 そして、保証人が要るようなので、来て欲しいとも同時に言ってきた。

 丁度患者が途切れていた為に、私はそれを受け入れて、彼の働き先へと向かった。


 道着ではアレなので服を貸し、それに着替えて貰った上での事だ。


「ここは…」


 そこはなんと庶民の森という、私達の行きつけ(大げさだが)の食堂だった。


「あー、イアン・フォードレードさん? 職業は医者……なるほどなるほど」


 年齢ならば50前後。

 オーナーらしき男が言って、私の書いた書類を眺める。


「良いでしょ。もしも当店に被害が及べば、その際は修理金の負担をする。この点了承していただけますか?」

「ええ、まぁ……」


 仕方が無いのでそれを受けると、「ここにサインを」と男に言われる。

 一応読んで、サインをすると、男はそれを受け取ってから、フレイムに「じゃあよろしくね」と声をかけた。


「こちらこそどうぞよろしく!」


 フレイムが深々と頭を下げる。

 これで終わったか、と、思っていると、フレイムは「それでは次の店だ」と、わけのわからぬ事を言って立った。


「次の店……とは?」

「ああ、他にも3店舗受けているのだ。ひとつの店でチマチマやっていても、いつになるか分からんからな」


 私が聞くと、フレイムは言った。

 道場を建てたいというのは本気のようで、その顔には一切の迷いが見えない。


 良くやるな、と、思いはしたが、それはきっと悪くは無い事だ。

 私は「そうか」と短く言って、彼の面接に最後まで付き合った。


 結果は2店で無事に採用。


 一店が時間の都合から、こちらから辞退をする事になった。

 家に帰るとフェネルが来ており、珍しい客に執拗に絡んだ。


「押忍! 師匠! 僕にも稽古をつけて下さい!」


 が、いつの間にか弟子入りしており、二人して道着に着替えた上で、うちの裏庭で「せいやあ」言っていた。


「影響されやすい年頃なんだな……」


 紅茶を飲みつつそれを眺め、私は一人でそう呟いた。

 催した為にトイレに向かったのは、フェネルにとっては不運な事だったろう。


 戻って来た時にはフェネルは宙に居り、「キャアアアア!」という声を発しながら、落ちて来ている最中だったのだ。


「行くぞ!」


 フレイムが言って、飛び上がり、フェネルの両足を「がしり」と掴む。

 そして、フェネルの足を広げて、その頭を肩に担いだのである。


「どらごにゅーと流奥義その壱!股裂断金降これつだんきんこう-!!」


 言いながら、二人が落下してくる。

 フェネルは「いやああああああああ!!」と喚いて居たが、「がちり」と掴まれて逃げられないようだ。


 爆音が鳴り、二人が落下して、土煙が舞って小石が飛んで来た。

 私が目を守っている中で、土煙が少しずつ引いて行く。


「あぶう……アブブブブゥ……」


 泡を吹いたフェネルが現れ、フレイムの肩から「ぽろり」と落ちる。

 その後にはだらしなく失禁をして、その場で「ビクン!ビクン!」と震えた。


 何があったかは不明であるが、少々ヤバイ状況である。

 私は慌ててフェネルを担ぎ、診察室へと運ぶのだった。


「むぅ? 手加減はしたのだがな……」


 と言う、イカれた大人の言葉には構わずに。





 フェネルはまぁ、無事であった。

 頸椎を軽く捻挫した上に、少々股が裂けてしまったが、その他には特に異常はなかった。


「なんでああいう事になった?」


 私が聞くと、フェネルは言った。


「必殺技を見せて下さい、って言った途端にああいう事になった」


 と。


 ああ、じゃあ仕方が無いな、と、私は納得するしかなかった。

 フレイムとしては頼まれて、それをただ実行しただけで、悪気があったという訳では無い。


 子供にそれをするかどうかは、常識の分かれる所であろうが、少なくとも頼まれなければ、そうする事は無かった訳だ。


「今後は言葉には気を付けるんだな。世の中にはお前の常識が通じない相手も居るという事だ」


 だから私は彼を責めず、フェネルにそう忠告する事で、今後の事故を無くそうとした。


「もっと派手なのが見たいっす! とか言った日には、僕はソッコーあの世行きですかね?」

「多分な……」


 フェネルが聞くので、私が言った。

 フェネルの頭が吹き飛ぶ様を思い、直後には小さく首を振る。


「まぁとにかく、彼は大人だが、残念ながら心は幼い。言葉遣いにはくれぐれも気を付けろ」


 そう言うとフェネルは「ふぁーい」と言って、若干ガニ股で診察室から出て行った。

 本当に分かっているのかと、私は心配したのであるが、一番分かっていなかったのは、実は自分自身であった。


 翌日からフレイムの仕事が始まったのだが、その際に何も考えずに「いつも通りにやればいいさ」と、彼に言ってしまったのである。


「なるほど。そういうものなのだな。助言感謝する!」


 フレイムはそう言って、仕事に向かった。


 そして、その日の夜遅くに請求書を抱えて戻ってきたのだ。

 請求額はおよそ20万。

 皿やら、テーブルやらの費用、挙句の果てには治療費までもが請求書には羅列されていた。


「何をしたんだ!?」


 と、彼に聞くと、


「お願いしますと言われたので、いつも通りに手刀で割った。「やれるもんならやってみろ!」と、酔っぱらいに絡まれたのでやってみたのだ!」


 と、輝く笑顔でそう言ったのだ。

 もうコイツつまみ出すか! と、私が思った瞬間である。




 その翌日、私達は庶民の森のテーブルに居た。

 理由はひとつ。

 フレイムの働きぶりを見る為である。

 この調子で彼を放置すると、私は破産しかねない。

 故に、一度その仕事を実際に見ようと思った訳なのだ。


 時刻は19時。

 店内は、かなりの賑わいを見せている。

 際どい服を着たウェイトレスが、殆ど走る様にして、店内の各所で注文を取っていた。


「大変だな……」


 と、私が言うと、レーナも短く「ですね……」と同意した。

 フェネルはというとメニューに夢中で、


「あれっ?! オムライスセットのBが消えてる!?」


 等と言いながらにそれを探し、メニューのページを何度もめくっていた。


 フレイムの仕事は皿洗いと、簡単な料理の盛り付けらしく、私達からは姿は見えない。

 が、滞りなく料理は出ているし、皿も回転しているようなので、少なくとも現時点では失態は無いのだと私は思った。


「先生! オムライスセットのBが無い! どこ行ったんすか! ちょっとねぇ!」


 フェネルが言って絡んできたが、私には「知らん」と答える他に無い。

 売れ行きとか、手間とか、そういうものが関わって消えたのだろうと推測されるが、説明するのは面倒だった。


「ちぇっ……僕の心の平安が……まぁいいや。じゃあ、スペシャルカツカレー庶民の森デラックスにしよ」


 言って、フェネルがメニューを置いた。

 さりげなく値段を見ると、3000リーブル(この国の通貨)を越えている。

 一食で、しかもおごられる立場の者が、注文するには贅沢と言え、流石の私の眉間にも、若干ながらに皺が寄る。


「あー……こっちのチャーハンセットはどうだ? 追加注文で卵を頼めば、オムライス風にもしてくれるようだぞ?」


 これは勿論「こちらにしろ」という、私の無言のアピールだった。


 ちなみに値段は880リーブル。

 卵を頼んでも980リーブルだ。

 これ位ならおごるとしても、納得の行くレベルと言えた。


「ヤダ。それ安いもん。どうせおごってもらうなら一番高いのにしろって前に姉さんが言ってたし」


 が、それはソッコーで拒絶され、フェネルの姉のエリスに対し、私は憤りを募らせるのである。


「レーナは? もう決まったのか?」


 気持ちを切り替えてレーナに訪ねる。

 注文はもう決まっていたようで、レーナは「はい」と言葉を返した。

 私の注文も決まっているので、ベルを鳴らして店員を呼ぶ。


「少々お待ちくださいませーーー!!」


 そうは言ったが忙しいのだろう、店員はすぐにはやって来なかった。


「先生何食べるんですか?」


 暇なのか、フェネルが聞いてきた。


「キノコとベーコンのバター野菜炒めと、キノコのスープとライスセットだ」


 言うと、フェネルは顔を顰めて「出た、キノコ男が……」と小さく呟いた。

 良いじゃないか、自分の金だし、好みは人それぞれなのだから。

 言葉には出さず、思っていると、入口がやにわに騒がしくなる。


「困りますお客様!」


 という声が聞こえ、店内の視線がそちらに集まった。

 見ると、白い道着を着た長髪の男が入口に居り、ウェイトレスの一人を正面に、中に入ろうとして大騒ぎしていた。


 年齢はおそらく30前後。

 髪の毛は白で、胸元の毛は濃い。


「ここに居るのは分かっているのだ!」


 とか。


「お主達には迷惑はかけん!」


 とか、声を大にして喚いているが、その行為こそがもうすでに、迷惑だという事が分かってないらしい。


「フレイム! ここに居るのだろうが! ヒョウセツだ! 尋常に勝負しろ!」


 男の口から聞いた名が出た。


「あれ? 師匠の知り合いですかね?」


 と、フェネルも気付いて聞いてくる。

 聞き違いだろう……いや、聞き違いであってくれ、と、心の中で密かに願う。


「フレイム! 炎のフレイム! 氷のヒョウセツが勝負に来たぞ!」


 が、男、ヒョウセツは繰り返してその名を呼んだのである。

 にしても氷のヒョウセツって、そういうセンスの人達ばかりなの……


「ヒョウセツ、すまないが今は仕事中だ」


 店員と客が引いている中で、手を拭きながらにフレイムが現れる。

 その服装は道着では無く、庶民の森指定の制服である。


「フレイム! なんだその恰好は!? 異常にも程があるぞ!」


 ヒョウセツが言ったがそのセリフは私達にはブーメランだ。

 ファミリーや恋人が殆どの中で、白い道着等異常と言える。


「話なら後で聞こう。とにかく今は……」

「問答無用! いざ勝負!」


 フレイムが言って、なだめようとしたが、言葉途中にヒョウセツは飛んだ。

 直後には「チェヤアアア!」と喚きながら、フレイム目がけて飛び蹴りを繰り出す。


「くっ! 話の分からん奴だ!」


 フレイムはそれを後転して回避。

 そのすぐ後にネクタイを投げ、ヒョウセツに向かって構えを取った。


「そうだ! それで良い! 行くぞフレイム!」


 言って、ヒョウセツが殴り掛かり、フレイムが右手でそれを流す。

 直後には鋭い蹴りを繰り出し、ヒョウセツの左の耳をかすめた。


「ちょ、ちょっとぉ!? フレイムくううん!?」


 店長だろう男が現れ、「オタオタ」としながらフレイムを呼ぶ。

 しかし、彼らは戦闘中で、店長の声が届く事は無かった。


「すのうまん流奥義その参! 雪玉乱打強投殺せつぎょくらんだきょうとうさつ-!」


 ヒョウセツが言い、雪玉を生み出す。

 そして、それらを凄まじい勢いでフレイムに向けて投げつけ始めた。


「なんの! どらごにゅーと流奥義その弐! 炎壁防護波砕掌えんぺきぼうごはさいしょう-!」


 右手を突き出し、炎の壁を出す。

 それから左手でそれを突いて、フレイムは防護壁を相手に飛ばした。


「その手は食わんぞ!」


 ヒョウセツが飛び、防護壁をかわす。


「きゃああ!!」


 防護壁はテーブルを呑み、レジを呑み込んで炎を巻き上げた。


「うわああ!!」

「火事だ! 逃げろ!!」


 店内の客が恐慌し始め、席から立って逃げ出し始める。

 店員達も彼らを先導し、皆が外へと逃げ出し始めた。


「うおおぉぉおお!!」

「ふがあああああ!!」


 それに構わず2人は戦い、店内のそこかしこから火の手を上げた。


「へへへ……終わりだ……私は終わりだぁ……」


 店長らしき男は涙目で、しかし、笑ってその様を見ていた。


「先生、わたし達も逃げましょう」

「あ、ああ……もはやどうにもならんか」


 レーナに言われて私も立ち上がる。

 独り言のような言葉には、レーナが「そうですね……」と言ってくれた。


「すげー! 師匠マジすげー!」

「おい、行くぞフェネル!」


 喜んでいるフェネルを連れて、他の客達と外を目指す。


「どらごにゅーと流最終奥義……」

「すのうまん流最終奥義ぃ……!」


 という、不吉な声が聞こえて来たのは丁度そんな時であった。

 2人の体が青白く輝き、何らかの力が集まっている。

 ヤバいと思った私は思わず、皆に「早く!」と声をかけていた。


竜撃咆哮波りゅうげきほうこうは---!!」

氷結寒風波ひょうけつかんぷうは-!!」


 2人が言って、何かを打ち出した。

 それは2人の中央でぶつかり、どちらにも向かわず拮抗していた。

 強烈な風がその場に生まれ、店長のズラが「すぽんっ」と吹っ飛ぶ。


「終わりだ……私はもう終わりだ……」


 と言う、店長の気持ちがこの時は分かった。


「うおおぉおおおおおっ!」

「はあぁぁああああああっ!」


 二人が更に力を込めて、お互いの技に死力を注ぐ。

 光線のようなそれが太くなり、そして、ついに臨界点が訪れた。


 2人の中央が眩しく輝き、大爆発を引き起こしたのである。


「きゃあああ!!!?」

「うわああああ!?」


 私達はそれに飛ばされ、転げるようにして店外に出た。

 屋根は吹き飛び、壁は倒れ、テーブルや椅子は粉々だった。

 そんな中でフレイムは、右手を突き上げて立っていたのだ。


「どらごにゅーと流に敵は無し!」


 彼の勝利宣言と共に、店長の頭に靴が乗る。


「君、クビ♡」


 笑顔のままで店長は言い、親指の先で首を切った。


 フレイムがひとつの仕事を失い、私達からの信用をも、同時に失った瞬間だった。




「いやぁ、やるようになったなぁヒョウセツも~、なかなか危ういところもあったぞ~。ここだけの話だがぁ~」

「フレイムの方こそ流石ではないかぁ~。拙者もかなり修練したが、お主の域にはまだまだだなぁ~」


 私達は居酒屋に居た。

 話しているのはフレイムとヒョウセツだ。

 仕事をクビになり、説教をされ、挙句に多額の請求をされ、フレイムは自棄になってしまった。


 その折に、ヒョウセツに飲みに誘われ、それに応じてしまった訳である。

 これ以上被害を増やされたらたまらない。

 そう考えた私も付き合い、見張る意味で傍らに居る。

 レーナもそれに付き合ってくれ、飲み屋の一室には私とレーナ、そして、フレイムとヒョウセツが居た。


 現在、2人は完全にデキあがり、「ぐでんぐでん」になって話をしている。

 その内容は、


「あの時を覚えているかぁ~? クマの集団に囲まれた時だぁ~」


 だの。


「まさかあそこで蹴りがくるとはなぁ~、相手の騎士も驚いていたぞぉ~」


 だのと言う、いわゆる身内話が中心で、それを聞いて居る私達にはなぁ~~んにも面白くない話であった。


「なんかもう、大丈夫そうですし、わたし達は帰りますか……?」


 小さな声でレーナが言ってきた。

 帰りますか、と言うよりも、レーナはきっと帰りたいのだ。


 理由は100パーつまらないから。


 2人は「ふひゃひゃ!」と笑っているが、私達はそれとは反し、例えるならば能面のごとし。冷ややかな目で2人を見張り、淡々とつまみを頂いていた。


 私だってそれは帰りたい。


 だが、ここで帰ってしまって、何かがあったら目も当てられない。

 庶民の森の再建築費用で、我が家の家計はすでに火の車。

 これ以上の出費はもはや、首を吊る事にもつながりかねない。


 正直「知るか!」と踏み倒したいが、保証人になった以上はそういう事も言えない訳で……


 なんというか仲が良くても、例えば義理があったとしても、誰かの保証人になるという事だけは、絶対にするなと皆には言いたい……


「先生?」

「あ、いや、もう少しだけ様子を見よう。彼らもそろそろ限界のようだから」


 レーナに聞かれ、私が言った。2人の会話は今や朦朧。


「あれ……その、あれ」とか、「うん? ……ああ……うーん」とか、会話として全く成立しておらず、早々にも眠ってしまう事は誰の目にも確実だった。


 故に、私はここまで来たならと、彼らが寝るのを待ったという訳だ。

 その後はまぁ、フレイムを担ぎ、ヒョウセツはその辺に投げて帰れば、とりあえず今日は終了するだろう。


 そう思い、私がジュースを飲むと、2人の所から「ブッ!」という音が聞こえた。


 所謂、屁というものである。

 レーナが唖然とし、私が苦笑する中、フレイムが「くさいぞ」と、ヒョウセツに言った。


「くさくないぞ、おまえだろうがぁ~」

「ああん? ちがうちがう、それがしはヘなぞこいておらんぞぉ」


 ヒョウセツが言い、フレイムが抗議する。


「ならばせっしゃがこいたというのか!!!」

「そうとしか言えぬだろうがぁあ!!」


 直後には2人はヒートアップして、「むくり」と起き上がってテーブルを叩いた。


 何やら不穏な雰囲気である。


「ま、まぁまぁ、そんな事はどちらでも……」


 なだめる為に私が言うと、2人は揃って「黙ってろ!」と言った。

 そして立ち上がり、互いに構える。


「いちどしなにゃあわからんらしいなぁ~!!」

「そっくりそのままおぬしにかえすわぁあ~!」


 懲りない二人はそう言って、第2ラウンドに突入するのだ。


 ドコーン!


 という音が鳴り、隣に続く壁が壊れる。


 パリイイン!


 という音が鳴り、コップや皿が割れて行った。


「……帰ろうレーナ」


 これは夢、きっと夢。

 現実逃避して私が言うと、レーナがその場に立ち上がった。

 そのまま歩き、二人に向かう。


「なんだぁおなご? せっしゃはおなごとてようしゃはせん……っ!?」


 ヒョウセツが言いかけて床にめり込む。

 レーナが繰り出した踵落としを頭にもろに喰らった為だ。


「ひょ、ひょうせつぅ!? ばかものめぇゆだんしおってぇ!」


 それを見たフレイムが「ははは」と笑う。

 ヒョウセツは床にめり込んだまま、手足を「ぴくぴく」と動かしていた。


「おいおい、れーなどの、よしてくれ。そのきがなくともこうげきされると、それがしもはんげっ!?」


 何かを言いかけたフレイムが吹き飛ぶ。

 そして、壁をいくつも突き抜け、厨房の中へと到達した後に、竈に頭を突っ込んで止まった。


「わぁぁあ! なんだこいつ!!?」

「火消せ! 火! そいつ死ぬぞ!」


 慌て、従業員が動いた為に、フレイムの命には異常は無かった。

 しかし、それを見ていた私は心の中でこう思うのだ。


 最強拳士爆誕。と……





 翌日、街から人が来て、フレイムの就職先が決まった。


 就職先は大衆食堂。


 と言っても仕事の内容は、皿洗いや料理の盛り付けでは無く、近所の子供達に格闘技を教えてやるというものが中心だ。


 そこの店主が格闘好きで、庶民の森での騒動を見て、フレイムの事を気に入ったらしい。


 まぁ、皿洗いや盛り付けよりは彼に向いている仕事だと言えよう。


「借金は必ずお返し致す。貴殿に受けた恩義は生涯、忘れる事は無いだろう」


 去り際、フレイムは私にそう言い、深々と頭を下げて見せた。


「レーナ師匠、お世話になりました。今後も是非、ご指導ご鞭撻を!」


 そして、レーナに向かってはそう言って、目の前で土下座をしてのけたのだ。

 態度の差が甚だしいが、レーナを師匠と認めた以上はそうする他に無かったのだろう。


 今はライバルのヒョウセツと共に、子供達に格闘技を教えているらしい。

 ただ、彼にひとつだけ、注文と言うかお願いをしたい。


「どらごにゅーと流奥義その参! 金的破壊二連掌きんてきはかいにれんしょう-!」

「アアアアオフ!!!?」


 子供に変な奥義は教えるな!

 急所狙いとかはマジで! 本当に!


 フェネルにそれをされた私は、のたうちながらそう願うのだ。


早い話が金的攻撃。

反則やん!という話。

お付き合いありがとうございました~

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