表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/81

特別編   半人半魔の反逆戦争(後編)

やっとこ完成したのでアゲます!

まぁ、その、派手なアクションとかは別の作品に期待してください…

この作品の主人公さんは、声こそあの人なイメージですが、基本何も出来ない人なので…

 カーレントの首都であるスイックには、思いがけない人物が居た。


 先の戦いで離れてしまったブリギットとサリムの二人である。

 ブリギットは普通に生きていたらしく、サリムはレーナと石にされたが、セーラが約束を守ったのだろう、元の体に戻れたようだった。


 お互いの生還を祝い合った後、私達は2人に事情を話した。

 敵方の王女が半人であり、人間達を憎んでいる事。


 しかし、それには理由があって、そうならざるを得無かった事。

 もしかしたら説得出来て、戦を止められるかもしれないという事を、かいつまんで2人に話したのである。


「そういう事なら協力するわ!」

「俺もだ。むしろ、今となってはそれしか方法は無いかもしれん」


 街の酒場で2人は言ってくれ、今度は逆に、彼らの側の現状を手短に教えてくれた。


 それによると現時点での戦える兵士は8000程で、一応、援軍を要請したらしいが、その使者はまだディザン王国に到着しても居ないという事だった。


 つまり、攻撃があったとしたら、この8000人で死守する他に無く、そうなると敗北が必至な為だろう、逃亡兵が後を絶たないと、苦々しい顔でサリムは言ったのだ。


「カルロス将軍は行方不明のままよ。あんな見事な逃げっぷりを披露した後じゃ、ノコノコと姿を見せられないでしょうけど」


 言って、ブリギットが「はっ」と笑う。

 それはそうだ。私が彼なら祖国に戻る事すら考えるだろう。

 数で勝り、地の利もあった。

 なのに敗北したわけだから、責任が全く無いわけはない。

 加えて真っ先に逃げた訳で、これはもう普通であれば、軍法会議もやむ無しだろう。


「では、今は誰が指揮を?」


 それは言わずに私が聞くと、


「アレックス将軍よ」


 と、ブリギットは言った。


「アレックス将軍……?」


 その人の事を良く知らないので、教えて貰う意味で私が繰り返す。


「一言で言うなら真面目な人ね。宮廷工作に興味が無いから、騎士の位は低い人だけど、実力も、人望も、彼の方が上だと私は思うわ」


 そこまで言うならそうなのだろう。

 私はそれには「なるほど」と返して、有能な人である事を心で祈った。


「君は、あちら側の人間だったな? 今、ここに居るという事は俺達の味方になってくれたのだと思うが、分かる範囲で情報を教えてくれないか?」


 そう言ったのはサリムだった。言葉の対象はレイドである。

 レイドはそれに「あぁ」と言ってから、すぐにも「いや?」と言葉を返す。


「俺は今でもルーミアの側だよ?」


 そして、直後の言葉によってサリム達を愕然とさせるのだ。


「ど、どういう事なんだイアン先生! もしかしてあんたもあっち側についたのか!?」

「い、いや、私はこちら側のつもりですが……おい、レイド……」


サリムに言われ、それを否定して、「ちゃんと言え」という意味で、私がレイドに声をかける。


「あれっ? きちんと伝わってない感じかな?」


 レイドは一言そう言ってから、改めてサリムの質問に答えた。


「俺は今でもルーミアの側だ。だから、ルーミアを負かしたい。これ、裏切りじゃなくて愛情表現だから、そこん所間違えないでね?」

「あ、ああ……」


 意味が分からん、と言う顔で、サリムが一応納得をする。


「で、あっちの総数だけど、増えてなければ2万位かな。後詰に1万位居たから、合流してれば3万位? それとそろそろ飛竜が来てるはず。俺が出る頃には調達してたし。……あとはキーンのおっさんが何かコソコソやっていたから、これがもし完成してたら」

「ら……?」


 私が聞くと、「ジ・エンドだね」と、両手を広げてレイドは笑った。

 ブリギットも、サリムも、他のみんなも、あまりの事に唖然としている。

 それがまた面白かったのか、レイドは「ご愁傷様です」と言って、両手を合わせて頭を下げた。


 こいつ本当は楽しんでいるだけじゃないか!? と、疑われても仕方が無い行動である。

 が、一度は信用したし、今でも一応信じてはいる。


「……その、何かと言うのは一体?」


 だから、私はそれを聞いて、何かに備えようと考えたのだ。


「うーん、実は俺も良く知らなくてさ」


 レイドはそこで頭を掻いて、その後で更に言葉を続けた。


「でも、キーンのおっさんが言う分には「最終決戦兵器」らしいよ。その為に鉱山を奪ったんだって。「終わりだ、これで人間どもは終わりだ。フハハ、フハハッ、フハハハハー!」って笑ってたしね?」


 実演入りでそう言って、私達から若干引かれる。


「あ、キーンのおっさんって言うのは、あのねちっこい顔の魔術師の事ね。人間とホムンクルスのハーフって言ってたかな?」


 空気を誤解し、レイドが言ったが、残念ながらその情報は、別段必要なものでは無かった。


「兵の指揮は? その、ルーミアとかいう王女が直々に行っているのか?」

「まぁ、居るには居ると思うよ。でも、実際にそれをしてるのはマキシマムって言うおっさんかな。センセイも見たでしょ? 褐色の奴」


 それを聞いたのはサリムであったが、振られたので私は「ああ」と答えた。


「あいつ、ちなみにワータイガー(虎人間)なんで、虎を見かけたらそいつだと思って。間違ってもエサとかあげないよーに」

「あ、ああ……」


 レイドに言われ、サリムが頷く。

 それを見たレイドは「あれ……?」と言うような、物足りないような顔をしていた。


 多分だが、彼は突っ込みを期待して、そこはわざとボケていたのだろう。

 しかし、サリムはその真面目さゆえ、普通に「ああ」と言ってしまった。

 そこが、レイド個人には不思議で不思議で仕方が無いのだ。

 だからと言って私もわざわざ、突っ込む気にはなれないが……


「えーと……じゃあ質問は以上?」

「そ、そうだな、協力に感謝する」


 結果、レイドはそう言って、サリムに感謝されて話は終わった。


「具体的に、あんた達はどうするの?」


 とは、私に向けたブリギットの質問だ。


「具体的に、とは?」


 と、私が返すと、


「いや、戦いが始まったら? 違うか、始まる前? なのかしら?」


 と、首を傾げてブリギットは言う。


「ああ、そういう事か」


 理解した私がそう言うと、ブリギットは「そう、そういう事」と繰り返す。


「言われてみれば決めていなかったな……」

「連携も取れるしこの際じゃ、ここで全部決めてしまえばええ」


 私が言って、フォックスが言う。

 それもそうだと思った私は、フォックスの言葉に従う事にした。


 そして、1時間程を話した結果、以下の事が決定された。


 まず、別行動を取る者だが、これはレーナとレイドの二人と、それからルーミアを説得する者として、やはりは私の参加も決まった。


 フォックスは今回はお留守番だ。


 次に、別行動を取り始める時間だが、こればっかりは相手次第なので、情報が入り次第と決まる。


「行けるようなら最後まで付き合うが、俺達も一応兵士だからな。戦況次第ではこっちに残る。あまり期待はしないでおいてくれ」


 そう言ったのはサリムであった。

 それはそうだと理解出来るので、私はそれには頷いておく。


「決めておく事はそれ位かな?」


 聞くと、皆が頷いた。だが、レイドは頷いて居ない。


「何かあったかな?」


 と、聞いてみると、「セーラの目、どうすんの?」と言ってきた。


 忘れていたが大問題である。

 意気揚々と突入しても、彼女が居たらおしまいだった。

 やはり鏡か? と、安易に思う。


「ちなみに鏡とかは効果無いから。あいつ、特訓して克服したんだって。跳ね返された瞬間に、解除の視線も飛ばせるようにさ。ま、いわゆる相殺って奴? 涙ぐましい努力だよね~」


 安易な考えはそれで飛ばされ、他の方法を探らざるを得なくなる。


 しかし、特訓とは微笑まし事だ。

 鏡の前で夜な夜なやったのか。

 髪を上げてTシャツで、「きたこれぇ! このタイミングだわぁ!」って。


 半分人間が入っているせいか、その辺はどうにも人間臭い。

 そんな事を思った為に、私は少し苦笑する。


「なんかタイミングとか距離とかを計算して、数値を出してから実践したんだって」

「理系だな!?」


 体育会系な特訓が壊され、私は直後にはがっかりしていた。

 実際にはそう、机に向かって、数字やら式やらを書いていたのだ。

 なんかこう、アツさは無いな……


「目を見なければ良いんですよね?」

「え? まぁ、そうなんじゃない?」


 聞いたのはレーナで、答えたのはレイドだ。

 直後にはレーナは何かを考え、答えが出たのか「良し」と言った。


「じゃあ多分、大丈夫だと思います。彼女はわたしに任せて下さい」


 そして、そう言って許可を求めた。

 あれあれっ……?

 という事は今回は、自分の身は自分で守るしか無いのか……?


 それともレイドが守ってくれるのか?

 そんな視線でレイドを見ると、


「これで決まりだね」


 と、笑顔で言った。


 待って待って! 決まってないよ!

 ワタシヲマモルヒトキマッテナイヨ!


 そう叫びたいが、流石に情けなく、私はそれを「ぐっ」と飲み込んだ。

 それからはなんだか「グダグダ」になり、会議は一転、飲み会と化す。


 そんな中、私はブリギットに呼ばれ、酒場の外へと連れ出されるのだ。

 何なのか、と、思っていると、ブリギットは「へへへ」と笑いだした。


「こういうの初めてなんだけど……せっかく生きて戻れたんだし、言って置かないと後悔かなって思って……」


 そして、そう言って頬を掻いた。

 まさか、と思って私は息を飲む。

 彼女の、別れ際の言葉を思い出し、もしやと思って緊張を高めた。


「私さ、あんたの事……」


 来た! これは間違いなく来た!

 私は目を大きくし、彼女が続ける言葉を待った。

 しかし残念! 勿体ないが、これは私には断るしかない!

 私にはそう、好きな人が居るのだ!


「好き……みたいな事を言ったじゃない?」

「は……?」


 予想とは違う展開だった。不思議に思い、思わず聞き返す。


「いや、ほら、あの時さ、あんたの事好きみたいな事言ったじゃない?」


 言われたので私は「はい……」と返した。


「あれさ、悪いんだけどナシにしてくれる……? ああ! 嫌いになったってわけじゃないの! ただ、状況が変わったっていうか……」


 ブリギットはなんだか照れ臭そうだった。

 反して私はほそーい目である。


「要するにサリムと付き合い出したの! あー! イヤー! 言っちゃった私!!」


 そして、自身の顔を隠して、一人で「キャーキャー」と騒ぐのである。


「それは、その……オメデトウ……」


 白目になって、涎を垂らし、私はそれだけを彼女に言った。




 翌朝、宿屋で目を覚ますと、住民達が避難をしていた。

 亭主に聞くと、今朝早くに避難勧告が出された事が分かった。


「そう言う訳なんで私どもはこれで。もし、ここに残るのでしたら、部屋なんかは好きに使って下さい」


 亭主は言って、家族を連れて、家財をまとめて避難して行った。

 元々静かな街ではあったが、こうなってみると余計に静かで、空を飛ぶカラスの鳴き声ですら、うるさい位に感じられた。


 そして、3日後。

 早馬が来て、王城へ向かって走って行った。


 時刻は夜中の1時頃。


 寝ていたが、私はそれで起こされ、着替えを終えて下に降りた。

 酒場に入るが誰も居ない。

 勝手にしてくれという事だったので、私は勝手にジュースを頂いた。

 サリムとブリギットがやってきたのは、それからおよそ1時間後の事だった。


「敵が動いた。4時間後には防衛ラインに到達するらしい。30分後には出発だ。先生も準備をしておいてくれ」


 サリムに言われ、私が頷く。

 直後にはレーナが現れたので、サリムに聞いた事を私が話した。


「アレックス将軍だったか、彼は正面から戦う気なのか?」

「一戦して兵を引き、伏兵で敵を削る作戦よ。その後にはここに籠って、援軍が来るまで耐え抜くつもりみたい。教科書通りって作戦だけど、魔物相手なら有効かもね」


 聞くと、ブリギットはそう言った。


「うまく行くと良いがな」と、サリムが続け、「うまく行かせるの!」と言ったブリギットが、サリムの背中を軽く叩いた。


 以前とはまるで雰囲気が違う。


 付き合っているというのは本当なのだろう。

 なんだかビミョーな気持ちであるが、そこは素直に祝福しておこう。


「あっ、ゴッメーン! 遅れちゃった! さっきまでおじいちゃんと大富豪やっててさぁ」


 言って、レイドが現れて来た。

 遅刻に対しては別にであるが、2人で大富豪にはどうかと思った。

 居るのは大富豪とド貧民のみ。

 勝負になるはずはない。

 それは一方的な虐殺である。


「で、どうなったの? そろそろ来ちゃった?」


 聞かれたので事情を話すと、「そうか、いよいよだね」と、レイドは言った。


「馬を借りて来て外で待って居る。準備が出来たら出てきてくれ」


 サリムが言って、酒場から出て行く。

 ブリギットもそれを追って、酒場の外へと歩いて行った。


「準備、と言っても私はこのままだな。2人はどうだ? 準備の方は?」

「どこかで武器を調達したいです。服装は別に、このままでも構いません」


 私の質問にレーナが答えた。

 一方のレイドは「俺は大丈夫」と、親指を「ビシリ」と立てて言った。


「なら、行動を開始しよう。私は一応、フォックスに会ってくるよ」


 私が言って、各々が動き出す。

 レーナはすぐにも酒場を出て行き、レイドはカウンターの椅子に座った。

 私達が戻ってくるまで、そこで時間を潰すのだろう。

 私は再び宿屋に戻り、フォックスの居る部屋を訪ねた。


「そうか。まぁ、気を付けて行け。医者のお前が戦死などと、わけのわからん死に方はするなよ」


 事情を話すとフォックスは言い、コップに入った水を呷った。

 そして、「言うかどうか、悩んだんじゃがな」と言って、更に言葉を続けたのである。


「少し前の話になるが、お前さん、お嬢さんがあの騎士と仲良くしとるのを見て拗ねておったよな? あれは誤解じゃ。お嬢さんは、お前さんの為に武器を探しとった。そして、偶然現れたあの騎士に、その事を話したというだけじゃったんじゃ。その後の仲はワシから見れば、まぁ、普通の対応じゃった。相手に借りがある以上、そんな無下にもできんじゃろうさ。いつか気付くと思っておったが、お前さんがあまりにニブチンじゃからな」


 言って、フォックスは首を振り、「はーヤレヤレ」と疲れて見せた。


 全くもって気付かなかった。

 というか、レーナが私の為にそうしてくれたなど考えた事もなかった。


 あの時レーナは剣を持っていた。

 それも2本も。いつの間にか。


 沸いて出て来るものでは無いのだし、当然理由はあるはずだった。

 なのに私は心変わりをした、女はやはり分からない、と、勝手に拗ねて、遠ざけていたのだ。


「(サイテーだな……これは……)」


 思った為に歯を噛んだ。

 それを目にしたフォックスは「これからがある」と、短く言って、


「これから見てやれ。もっとしっかりな」


 と、続けて言って、私の目を見た。


「そうだな……お前にも迷惑をかけたらしい。すまなかったと謝っておくよ」

「最後みたいに言うな。死ぬ気かバカモノめ」


 謝ると、フォックスはそう言い、もう一度「バカモノめ」と繰り返した。


「その気は無いさ。一応な。ここも戦場になるらしい。お前も今の内に逃げて置けよ」


 その言葉にはフォックスは「あいよ」と短く言葉を返した。


「ではな」


 話し終えたと思った私が、部屋のノブに右手をかける。


「それとな」


 と、フォックスが言ったのは、その直後の事である。


「お前さんが溺れた時。人工呼吸をした者が居る。ワシでは無く、兄ちゃんでも無い。気を失っとったのは幸運か、それとも不運じゃったのかな」


 それはつまり……レーナしか居ない。

 人工呼吸とはいえそれはもう……!


「先生……」


 気絶している私に向かい、レーナの唇が近付いて行く。

 その奥ではレイドとフォックスが、指を咥えてこちらを見ていた。

 レーナが右手で髪をかきあげる。柔らかな匂いで狂いそうになる。

 そして、レーナの唇と、私の唇が静かに重なった。


 寄せては引く波のは、まるで二人を祝福するように、いつまでもいつまでも鳴り渡っていた。


「おふっ……!」


 口を押え、妄想していると、フォックスが「分かったら行け」と言った。


「あ、ああ……」


 私はそれで我に返り、ドアを開けて酒場に向かった。

 レーナへの気持ちを以前よりも、大きなものへと変化させながら。




 その日の朝は、濃い霧に包まれていた。

 10m先はなんとか見えるが、その先の光景は分からないと言って良い。


「これは吉兆か、それとも凶兆かな……」


 そんな事を言ったサリムに先導されて戦場に向かう。

 森の中の小道を抜けると、そこはもう前線だった。

 聞いた話では2000人程が待機しているという事だったが、霧の為か、私には300人程しか居ないように見えた。


 それから30分程が経ったか。


「どおん」という花火の音が鳴った。


 霧の為にそれは見えないが、どこかで上がったと言う事は分かり、それを知った兵士達が一斉に武器を抜き放って行った。


 喊声が上がり、敵が現れる。

 場所は正面。その数は無数と表現する他に無い。

 すぐにも前衛の兵士とぶつかり、命をかけた戦いが始まった。


「こっちだ! 行くぞ!」


 サリムが言って手綱を引いた。直後には右に向かって駆けだす。

 レーナと私の馬が続き、ブリギットとレイドの馬が続く。


「おい! どこへ行く!」


 と、誰かが言ったが、すぐにも後方の霧に消えた。


「逃げたように見えたんじゃない? 大丈夫? 戦後の立場とか?」

「勝たなければ、戦後も何も無いからな。まずは勝つ事だ。後の事は知らん」


 レイドに聞かれ、サリムが答えた。

 振り向きはせず、前を見据え、的確に道を選んで駆けた。

 私達の馬もそれに続き、霧の中だが躓く事も無く、森の小道を進んでいた。


 直後。


 ずしん、ずしん、という地響きのようなものが聞こえてくる。

 一体何か、と、思っていると、私達の眼前に何かが現れた。

 馬が嘶き、前脚を上げる。

 かろうじて落下は防げたが、私達は全員がその場に止まった。


「足……だと!?」


 サリムが言うようにそれは足だった。

 例えるならば女性の左足。

 色は黒く、その長さは、ゆうに10mはある。


 頭上には短いスカートが見え、その上にはフリフリの衣服を着ている。

 スカートの中にはご丁寧に下着のようなものまで見えた。


 しかし、それは人間では無く、巨大な鉄の人形だったのだ。

 人形が止まり、こちらに振り向く。

 顔の辺りの霧を晴らし、一人の男が姿を現した。


「おやおや、これは脱走者と、裏切り者のレイド君では無いですか。こんな所で会うとは奇遇な……いや、これも運命ですかねぇ?」


 ねちっこい顔と声の男だ。

 以前は無かった眼鏡を押し上げ、言って、一人で「ククク」と笑う。


「キーンのおっさんか……まさかこれが最終兵器なの? パンツとか作って、キモいんですけど」


 それを見上げてレイドが言って、男、改めキーンが笑った。


「サービスですよ! アイドルの! よおく見ておくと良い! リアルでも滅多にお目にかかれませんからねぇ!」


 有りがたくないし、そもそも見たくないが、キーンはやたらと嬉しそうだ。


「この、1分の1800サイズのヒカリちゃんフィギュアの完成度の高さときたら、それこそ千年に一度の傑作! その目に焼き付けてイクとよろしい!」

「ヒカリちゃんフィギュア!?」


 流石にそこは叫ばざるを得なかった。

 どんだけ好きなのこの人!? と。

 ていうかサイズの縮尺逆じゃない!? と。

 そんなのを最終兵器にするの!? と……


「それではアデュー! あの世で会いましょう!」


 キーンが言って、耳に入る。


「ドゥン!」


 直後にはヒカリちゃんの両目が輝き、巨大な体が動き出した。


「ミュージックスタァァアトォ!!」


 キーンの声が辺りに響き、ヒカリちゃんが歌い出す。


「えっ!? それって申告漏れぇ!? ヤダー!」


 という部分でパンチを繰り出し、レイドの馬と木々を倒した。


「大丈夫!」


 レイドはすぐにも空へと逃れ、幸いにも無傷のようであった。


「こいつは俺が引き受ける! センセイ達は先に行ってくれ!」


 そして、空中からそう言ってくる。

 どうするべきか迷ったが、結果、私はレイドを信じた。


「危なくなったら逃げてくれよ!」


 そう言って、サリムの後ろに続く。


「アイドルなんて基本ビッチでしょ? アツくなる奴の気が知れないね!」

「違う! ヒカリちゃんは! ヒカリちゃんだけは違うのだぁ!!」


 レイドが言って、キーンがキレる。

 直後には二人は戦闘に入り、少しずつ私達から離れて行った。


「見事な挑発だけど内容がね……」


 これはブリギットが漏らした言葉で、私もそれには賛成ではあった。


 その時、レーナが口を鳴らした。


 歯と歯の間から空気を出すような、見た事も無い動きと音だ。

 何なのか、と、聞こうとしたが、その前に場に異変が起こった。


 突如として現れた虎に飛びかかられ、サリムが眼前で落馬をしたのだ。

 腕に噛みつかれ、防具が壊れる。

 左手で「ぶん」と剣を振ると、虎はそれを飛び退けてかわした。


「止まるな! 行け! 真っ直ぐだ!」


 サリムが言って、立ち上がる。

 左手にあった剣を持ち代え、正面で構える虎と向き合った。


「1人で勝てると? 笑わせる!」


 虎が言った。おそらくはだが、レイドが話していたマキシマムだろう。


「行け! 早く!」


 サリムが押して、私達に言った。

 私はやむなく馬を走らせ、レーナが続き、ブリギットが続いた。

 サリムはすぐにも切りかかり、それをかわされてカウンターを受けた。


「ゴメン!」


 ブリギットがそれを見て、馬を返してサリムに向かう。

 止める権利は持っていないし、彼女の気持ちが分からなくはない。

 だから私は何も言わず、彼女がそうする事を黙って見送った。


 それから1分程を駆けたか。

 遺跡のようなものが見える。

 この頃には霧も薄くなっていて、そこに何かが居るのが分かった。


 その数はおよそで数千。

 流石に5千は居ないだろうが、2000から3000は居るように見える。


「数が多すぎる! これでは近づけん!」


 本陣かもしれないが数が多すぎた。

 馬を止め、私が言うと、レーナも隣で馬を止めた。

 いくらなんでも無理なのだろう、レーナも「ですね……」と、私に同意する。


 その直後、数百体の魔物達が、突如として紅蓮の炎に包まれた。


 頭上を見ればラーシャスが居た。


 続けざまに炎を吐いて、更に数百体の敵を呑んだ。

 敵は慌て、混乱し、中には逃げ出す者達も居た。


 このまま行けるか、と、思った瞬間、後方から飛竜が現れて来た。

 その数はおそらく1000体以上。

 対、ラーシャス用に備えていたのか、搭乗者は大きなボウガンを持っていた。

 どうやら人のようである。

 イグニスが占領されてしまった以上、従わざるを得なかったのだろう。


「先生! チャンスです!」


 レーナが言って、馬を動かす。

 確かに本陣は混乱しており、先程よりは間違いなく、防御と警戒も低下していた。


 空中に居るラーシャスも、少しずつだが遠ざかっている。

 チャンスは今しかないかもしれない。


「よし! 行こう!」


 覚悟を決めて私が言うと、レーナが大きく頷いた。

 馬を走らせ、本陣に入る。


「ゴブゥ……?」


 不思議に思っているゴブリンを抜け、


「ブブゥ!?」


 武器を落としたオークを抜ける。

「ぼーっ」と見ていただけのオーガは、状況が分かってないのだろう。


 突入してからおよそ10秒。


 私達は本陣の最奥へと辿り着く。

 そこには数十匹の魔物と、白いマントと鎧を着こんだルーミアの姿があったのである。




 数十匹の魔物達は、すぐにも私達に襲い掛かった。

 が、ルーミアに「待て」と言われて、おとなしくそれに従っていた。


「何の用かしら? 気が変わった。と、言う訳でも無さそうだけど」


 ルーミアが言って近づいてきた。

 魔物達は左右に散って、王女の為に道を作る。

 私達は馬から降りて、彼女が近づくのを無言で待って居た。


 別に、近くに来たからと言って「捕まえた! フヒャァア!!」とする訳では無い。

 近くに居れば話がし易く、気持ちも伝えやすい為に、近づいてくるのを待っただけだ。


「もしかして私を説得しに来た? それなら無駄よ。頑なだから」


 自分で言うか、と、思いはしたが、実際、そうなのだろうとも思った。

 きっかけが無ければ人は変われない。彼女にはまだ、それが無いのだ。


「説得には来たさ。……だからひとつ勝負をしよう」

「勝負?」


 それを作る為に私が言うと、ルーミアは疑問に両目を寄せた。


「何でも良い。いや、出来るなら、力ずくというのは勘弁して欲しい。見た目でも分かるだろうが、私はあまり強くないのでね」


 私の言葉にルーミアが失笑する。


「私は戦争をしていたの。つい、今、この瞬間まで。ううん、正確にはしている最中。どうかしてるわ。そんな相手に、そんな勝負を持ちかけるなんて」


 分かるが、私にはそれしか無いのだ。剣での勝負など結果は見えている。

 多分、一撃で剣をはじかれ、二撃目で首を飛ばされるだろう。

 拳での殴り合い?それも駄目だ。

 一発目で殴り倒され、馬乗りになられて以後はフルボッコだ。


 私と言う者を選んだ以上は、力的な解決を期待されても困るのである。


「とりあえず、持って」


 しかし、それが通じなかったか、ルーミアは剣を差し出してきた。


「良いんだ」


 レーナが構えたが、それは止めた。

 実力を見せれば分かってもらえる。

 そう思う部分が私にはあった。

 ルーミアから受け取り、剣を引き抜く。

 すでにして重い。剣先が下がり切っている。


 部下から剣を受け取って、ルーミアがそれを引き抜いた。


「行くわよ」

「あっ」


 そう言われた直後には、私の剣ははじかれていた。

 自分の事だが、あまりに弱すぎる。

 ルーミアですら少々軽蔑し、「よわっ」という目で私を見ていた。


「ルーミア! 大丈夫!!」


 ここでメデューサのセーラが現れ、私達の進退は完全に窮まる。


「じゃあこうしましょう。セーラとそこの娘が戦う。その娘が勝てば、勝負にも乗る。セーラが勝てばあなたは私のもの。それで納得?」


 はっきり言って「イエス」としか言えない。

 だが、レーナの事である。私が決めて良い事では無い。


「そうしましょう。先生。大丈夫、わたしを信じて下さい」


 私が見ると、レーナは言った。

 勿論、私はレーナを信じる。

 信じているが、申し訳ないのだ。

 いつもいつも当てにする事が。

 私に言える言葉は一つ。


「すまない……」


 というものだけだった。


「決まりね。セーラ。その娘と戦って。そして、出来れば殺してしまって。石にする前でも、した後でも良いから」

「あら怖い! でも了解したわ。未練はきちんと断っておかないとね」


 ルーミアが言い、セーラが言った。

 未練の意味は分からなかったが、恐ろしい事を言っているのは分かる。


 そして、私達が距離を取り、レーナとセーラが向かい合う。

 レーナが剣を抜き、セーラが杖を持つ。


「はじめて」


 と、ルーミアが言った直後、セーラの両目が怪しく輝いた。

 レーナはすでに背を向けており、石像になるという事は無かった。


 しかし、セーラの次の攻撃である、魔法を防ぐと言う事は出来ず、光球を背中にもろにもらって、前のめりに地面に倒れてしまう。


「ヒャアアアハァ!!」


 魔物達が声を上げて、両手を叩いて大喜びした。

 レーナはその間にも、更なる光球をその身に受けていた。


 やはり、相手を見ずに戦うなど、さしものレーナでも無理だったのだ。

 三発目の光球は、転がる事で回避したが、レーナの負ったダメージは、それでも相当のものに見えた。


「どうしたの! 私の事をちゃんと見てよ!!」


 続く魔法は氷の魔法で、尖った氷が何本もレーナに向けて襲い掛かった。


「うあっ!!」


 飛び退き、それをかわしたレーナだが、全てをかわす事が出来ず、背中に大きな裂傷を作った。


 着地と同時に剣を落とし、慌ててそれを片手で拾う。

 苦し紛れに取った戦法は下を向いたままで戦うというもの。


 これにはセーラは「アハハハ!!」と笑い、魔物達も釣られて大笑いしていた。


「もういい……! レーナ! 降参してくれ! それ以上は無理だ! 頼む!」


 叫ぶようにして私が言うと、レーナは俯いたままで首を振った。

 意地なのか、それとも勝機があるのか。

 私にはそれは分からなかったが、これ以上レーナに傷ついて欲しく無かった。


「頼む! レーナ!」


 だからもう一度それを言って、降参してくれるよう願ったのである。

 レーナの口が僅かに動き、「シイッ」という小さな音が鳴った。


 ここに来る時に聞いて居た、歯と歯の間から空気が出るような音だ。


 何なのか、と、思っていると、私達の頭上に何かが飛んできた。


「な、何よこれ!? 何なのよ!?」


 それはセーラを目がけて飛んで、彼女の顔に次々と張り付いた。

 捕まれ、剥がされても一向に減らず、最後にはその手にも張り付き始める。


「蝙蝠……? そうか……レーナにも使えるのか!」


 それは無数の蝙蝠だった。

 ヴァンパイアなら使役できると言う、最下層の眷属の蝙蝠達である。

 私はここまで知らなかったが、ダンピールであるレーナもまた、彼らを使役する事が出来るようだった。


 セーラは今、両目を塞がれて、杖を持った手さえも不自由。

 このチャンスを逃す程にレーナは愚鈍な人ではなかった。


「こんな事……があって……っ!!」


 一気に駆け寄り、剣の腹で、セーラを殴って気絶させたのだ。


 蝙蝠が飛び去り、静寂が戻る。

 その直後には魔物達は、レーナに向かって襲い掛かっていた。


「やめなさい!」


 ルーミアが言い、魔物達が止まる。


「命令よ。私に。王女に約束を守らせて頂戴」


 不満そうな顔ではあったが、魔物達は王女に従った。

 ルーミアはその後私に向かい、


「勝負を受けるわ。何でも言って」


 と、落ち着いた顔で言うのであった。





 私達は結局は大富豪で勝負をする事になった。

 何で勝負、と言われても、すぐに思い浮かべられず、そう言えばレイドが言っていたな、と、思い出した為にその方法を安易に流用したという訳だ。

 前線では今も尚、命が散っているわけだから、彼らに対してはなんというか、申し訳ない限りと謝る他に無い。


「あー、1対1では勝負にならないし、レーナとセーラにも混ざってもらおう。じゃんけんで大富豪とド貧民を決めて、その後に2回、大富豪になった者勝ちで」

「……良いでしょう」


 ルーミアに許可を貰った上で、私はレーナとセーラを呼んだ。


「何なのよ一体……どういう事なのよ……」


 ぶつくさと言いながらセーラが座る。

 殺し合いから即座に一転、和気あいあいのゲームなのだから、その気持ちも全く分からなくはない。


「トランプは……有るはず無いか」

「いいえ、あるわ」


 私が言うと、ルーミアが言った。

 その言葉には「あるの!?」と、驚かざるを得ない私である。


「占いが趣味なのよ。少女趣味で申し訳ないわね」

「い、いや別に……」


 そうとしか言えず、トランプを受け取る。

 公平を期す為にそれを回し、皆に何度か切ってもらった。


 魔物達が皆してこちらを見ている。

 その顔はえらくつまらなそうだ。

 当然である。彼らはみんな、戦争をする為にここに来たのだ。

 別れを済ませ、気合を入れて、それこそ不退転の覚悟であったろう。


 それが今や大富豪のギャラリーだ。

 私だったら萎えて帰る。

「アホか!」と、一言言って帰る。


 そこからすると彼らは立派だ。

 王女の命令をしっかり守っている。

 私には良く分からないが、ルーミアには彼らを付き従えるカリスマみたいなものがあるのかもしれない。


「これで良い?」

「あ、ああ」


 ルーミアが切ったトランプを受け取り、私がそれを配って行った。

 そしてじゃんけん。


「え!?」


 一発で私がド貧民になった。

 皆チョキってどういう事よ……


「あ、わたしが大富豪だ」


 大富豪はレーナに決定。

 富豪がルーミアで、貧民がセーラと言う事で決定された。


「じゃあセーラは一番良いのを、一枚ルーミアに渡してくれ」

「一番良いのって何? 地方によって違うんでしょ?」


 変な所に詳しい人だ。


「あー。じゃあ無難にジョーカー、2、1、キングと言う順に」


 少し引いたが、素直に教え、セーラが「わかったわ」と言葉を返した。

 そして、一枚をルーミアに渡す。


 そのお返しを受け取って、セーラが黙って手札に加えた。

 私は2とジョーカーをレーナに渡して2枚を貰った。


 3と4だ。実にしょっぱい。

 私の最高手札はキング。下は飛んで、一気に8だった。

 はっきり言って勝ち目はゼロだ。レーナに頑張ってもらうしかない。


「さ、それでは始めようか」


 それを隠してクールに言って、ゲームがついに開始された。

 遠くで「どぉん!」という音が鳴った。


 なんだか本当に申し訳が無い。


 負けたとしたら尚更だが、勝ったとしてもこの方法で、勝ったとは言わない方が身の為な気がする。


「俺達が必死で戦ってる間に和気あいあいと大富豪だとぉぉぉ!?」


 と、キレられる事は必至だからだ。

 激しい剣戟の末に勝った、と、捏造するのもやむ無しだろう。


「何やってんのド貧民! あんたからでしょ!」

「あ、ああ、すまない……」


 セーラに言われて思い出した。しかし、その名は勘弁して欲しかった。

 見れば、ルーミアが微笑んでいた。

 今までに見た事が無い笑顔だったが、私は素直に可愛いと思った。


「ド貧民さん!?」

「ああ、すまんすまん!」


 セーラに急かされ、3を出した。


「はい、どーん!」


 直後にはセーラがジョーカーを出し、場は一時お流れとなる。


「飛ばすなぁ」

「そんなだからあんたはド貧民なのよ」


 褒めると、セーラは私をけなした。基本的にはSキャラなのだろう。

 そう思って納得すると、セーラはジャックを四枚出した。


「かくめーい!」


 弱さと強さが逆になるアレだ。

 つまり、ジョーカーを除くのならば、3が最強という事になる。


「しまったぁぁぁ! もう使ってしまったぁぁ!!」


 と、私が全力で後悔をする。

 それを聞いたレーナが笑い、ルーミアも先程より顔が綻んだ。

 一巡した結果はセーラが大富豪。

 富豪がレーナで貧民がルーミア。私は変わらずド貧民だった。


 そして二巡目。地味ーに進み、今度はルーミアが大富豪になる。


「よしっ!」


 と言う声が印象的で、なんだかんだでハマっているな、と、私は少し安心したものだった。

 ともあれ、あちらは揃ってリーチだ。

 反してこちらはノーリーチ。私達には後が無かった。


 そこで来た。ついに来た。


 ジョーカーが2枚に、2が3枚。

 挙句にエースが3枚である。

 これで負けたら私はカスだ。


 まぁとりあえずとジョーカーを渡す。

 返ってきたのは6が二枚。


「(え!? 6!? 6が最低なのか!?)」


 思いはしたが口にせず、私はそれを手札に加えた。

 見れば、私の最低もひとつ下の5であった。

 こういう事もありえるのだな、と、納得してからそのカードを出す。


「はい2! ジョーカー、誰か出す?」


 セーラが言って2を出した。

 ルーミアが2枚持っているが、ここはそれをスルーしたようだ。

 2はこれで無くなった。

 残りはエースとジョーカーのみだ。


「(貰ったな……!)」


 と思っていると、クイーンが4枚「ずらり」と出された。


「はいまたかくめーい!」


 なんなのこの人!? 革命聖女なの!?

 焦りはしたがもう遅い。

 2は最弱のカードと化して、エースもまたそれに次ぐカスカスなカードに変わった訳だ。

 私にはもう、勝ち目は無かった。

 あっ、と言う間にセーラが上がり、ルーミアとレーナがそれに続いた。


 言い訳は出来ない。……完敗である。




 戦いはルーミア達の勝利に終わった。

 彼女達は約束を守り、そして、勝負にも完勝した。

 私にはもはや言える事は無く、反抗せず全てを受け入れるだけだった。


「私の負けだ。奴隷にでも何でもすると良いさ……」


 そう言って、私は判決を待つ。

 レーナの努力を無駄にしてしまったが、こうなってしまったものは仕方がなかった。


「あくまでも」


 ルーミアが言って、私が「ん?」と言う。


「あくまでも、私が間違っていると?」


 思いもしない質問である。


「……間違っているかどうかはともかく、力ずくと言うのは感心できない。君が不幸であった事は察する。だが、君の行動によって、不幸な人が生まれるのも事実だ。親が居ない、恋人が死ぬ、そういう事だって、不幸のはずだ」


 一応、私がそう答えると、ルーミアは無言で空を仰ぎ見た。


「……手遅れでは……無いと思う?」


 視線を戻してルーミアが言った。どこか、懇願するような顔だ。


「……何の為の長命なんだ。罪滅ぼしも、やり直しも、これからいくらだって出来るんじゃないか?」


 言うと、ルーミアは「そうね……」と言った。

 勝負に勝ったのは彼女達だが、その勝負の中で思う所が、何かひとつはあったのかもしれない。


「私はきっと理解して(わかって)欲しかったのね。自分では気づかなかったけれど、誰かと触れ合う事に飢えていた。本当は、誰かに愛して欲しかった。こんな方法じゃなくてもそれは出来たのに……あなたには負けたわ。完敗よ」


 実際はひとつも負けていないが、ルーミアは言って「ふふっ」と笑った。


「戦闘行為を中止して。私達の軍はここで解散。勝手を言ってごめんなさい」


 そして、そう言って剣を投げ、その場で鎧を脱ぎ捨てたのである。


「ちょ、ちょっとルーミア!?」

「ごめんねセーラ。良かったらもう一度ついてきて。皆で、違う道を探しましょう」


 セーラに言われ、ルーミアが言った。

 直後にはどこかに歩き出したので、セーラが慌ててそれを追った。


「何年か、年十年後かに、また皆で大富豪をしましょう。……今度は私も笑えると思うから」


 ルーミアは最後にそう言って、セーラと共に歩いて行った。

 残された魔物達はオロオロしていたが、やがては一匹、また一匹と、自然の中へと帰って行った。

 両軍が戦闘を中断したのは、それから1時間後の事であった。




「センセイにはお世話になっちゃったね。頼りないモヤシだと思ってたけど、やっぱりやる時はやる男だったんだなぁ」


 その翌日。

 スイックの門で、私達はレイドを見送っていた。

 サリムとブリギットも無事だったので、全員揃っての見送りである。


「どこに行くんだ? やはり追うのか?」


 モヤシの部分は敢えてスルーし、私が立ち去るレイドに聞いた。


「勿論。俺は今でもルーミアの側だから。それに見ないとね。あいつの笑顔を。何年後になるか分からないけど、近くに居たらきっと見れるでしょ?」


 その言葉には私は「ああ」と、短いが、確信の言葉を送った。


「じゃ、また! みんな元気で!」


 レイドは言って、飛び上がり、翼を羽ばたかせて飛んで行った。

 サリムも、ブリギットも私もレーナも、フォックスも全員手を振っていた。


「おう、行ったかレイドの奴は」


 言って、誰かが後ろに現れる。褐色の肌の見慣れない男だ。


「んん? 分からんか? 俺だ俺。ワータイガーのマキシマムだ。つっても自己紹介するのは初めてか! 忘れてたわ! わっるいな!」


 見慣れない男、改め、マキシマムが言って、その場で「がはは」と大笑いした。

 何で居るの? と、思っていると、サリムが「じゃ行くか」と声をかけた。


「どういう事です?」


 不思議に思った私が聞いた。


「いや、俺達は負けたんだがな。あっちがどうにも気に入ってくれたみたいで、戦争が終わったら一杯どうだって、約束みたいなものをしてたんだよ。してたっていうかされてたっていうか」


 するとサリムはそう答え、マキシマムと一緒に笑うのである。


「まぁそう言う訳で、俺達もここで。縁があればまた会おう」


 サリムが言って、右手を出したので、私はそれに応じて置いた。


「それじゃ元気で。あんた結構魅力的なんだから、あとは押しを身に着けると良いわ」


 ウインクを残してブリギットが去る。

 私には苦笑いしか出来ない状況だ。


「さぁ、ワシらもそろそろ帰るか。エライ事になっとらにゃええがのぉ」


 不吉な事をフォックスが言う。

 期間にするならほぼひとつき、私は家を空けていた。


 当然、フェネルはやってきただろう。


 居ないからと言っておとなしく帰る程、奴は人間が出来てはいない。

 以前など、家の周りを掘られ、生ごみを捨てられていた位なのだ。

 今回はそれより長いのだから、想像するに恐ろしい。


「ドリアードゲートを使わせてもらおう。この際、それはやむをえんだろう」


 私の言葉にはレーナが頷き、フォックスは「ふぁぁ」と欠伸をして返した。




 我が家は至って普通だった。汚れが無ければ堀も無い。

 生ゴミも当然転がっていない。


「奇跡だ……」


 思わず口走り、レーナに吹かれる。

 しかし、本気で思う程、私は現状に感動していた。


「フェネル君も大人になったっちゅう事じゃ。良い事じゃ良い事じゃ」


 フォックスはそう言った後に、自分の家へと帰って行った。

 聞いた私も「そうか」と納得し、我が家の玄関の扉を開けた。


 直後に大量のハエが飛び出し、吐き気を覚える臭い匂いが、私とレーナの鼻をついた。


 中を見ると、生ゴミや糞尿等がまき散らされていた。


 レベルアップしてるぅぅ!?


 と、私が驚いたのは当然の事である。


 フォックスの考えは間違っており、フェネルはその、更に上を行っていた事が証明されたのだ。


 そして壁には「呪ってやる」では無く、「祝ってやる」という謎の文字だ。

 まぁ、これは間違いだろうが、それとは反した気持ちで書いて、恨んでいる事は間違いなかった。


「生ゴミはまだ許せるとして、ついには糞尿のまで手を出して来たか……あいつはもう、駄目かもしれんな……」


 汗を拭い、私が言った。


「そうですね……これはもう、笑って許せるレベルじゃないですね」


 見ると、レーナの周りには黒いオーラが立ち込めていた。

 どうやら本気で怒っているらしい。


 フェネルピンチ! だがナイス!


 一度痛い目に遭わせてもらいなさい。

 私はそう思い、その為に、レーナをなだめる事をしなかった。


「あれ!? 先生帰って来たの!? あっははは……いや、そのぉ、おかえりなさぁい」


 そこへ、間が悪くフェネルが現れた。

 持っていたものを後ろ手に隠したが、私にはそれは犬のフンに見えた。


「フェーーーーネエエエルウウくぅぅ~~~ん!?」


 怖い。これは怖すぎる。関係無いのにビビってしまう。

 聞いたフェネルは「ヒイッ!」と鳴いて、直後には「だっ」と走り出した。

 だが、レーナは「しゅばっ」と動き、フェネルをすぐにもとっ捕まえた。


「いやぁぁ!! 助けてセンセー! ヘルプミー!」

「さぁおしおきの時間ですよぉぉ!!」


 フェネルの口にアレが近付く。

 反抗したが、レーナの前では、フェネルのそれはまさに児戯だ。


「いやぁぁぁあぁ!!」


 フェネルが絶叫し、涙を流す。

 私は流石に見て居られずに、フェネルの近くで腰を落とすのだ。


「せ、先生?」


 レーナが驚き、私を見つめる。


「せ、せんせいいいい!!!」


 一方のフェネルは輝く顔だ。


「後片付けは一人でやれよ」

「前と一緒!?」


 フェネルの頭に「ぽん」と手を置き、言うべき事を言って立つ。


「ぎゃああああ! にがっ! にがあぁあぁっ!!?」


 フェネルのお仕置きが実行される間、私は青い空を見ていた。

 何十年後になるのだろうか、ルーミアとの再会を心で祈りつつ。


なんでうん○の味を知ってるかって?

お嬢さん、そこは触れちゃあいけねぇ所だぜ?

ってわけで長いお付き合いありがとうございました~


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ