特別編 半人半魔の反逆戦争(中編)
数時間後。
私達は、カーレントの南西沖に居た。
時刻はおそらく19時頃だろう。
空は暗く、海の中は不気味な程に黒かった。
私達は現在小舟に乗せられ、どこかへ向かって移動をしている。
小舟の上に居るのは私と、フォックスと例の女である。
後方に見えるもう一艘には、石像と化したレーナが乗せられ、私達の小舟と同様にリザードマンが操舵手をしていた。
沖に漕ぎ出してから何時間が経ったか。
私達の眼前に孤島が見えた。
浜は無く、絶壁に包まれた丘のような孤島である。
絶壁の上には木々が見え、その中には館のようなものも見えたが、一体どうやって上陸するのか、私には想像がつかなかった。
「あそこにどうやって行くか分かる? 正解したらキスしてあげるわよ?」
悪戯めいた口調で言って、例の女が「どうなの?」と聞いてくる。
どういう意味の「どうなの」かは知らないが、キスして欲しいの? という意味ならば、私は遠慮をしたい所だ。
彼女は美人だし、スタイルも良いが、レーナをあんな目に遭わせている奴と「イチャイチャチュッチュ」をする気は無かった。
しかし、それを彼女に言えば、おそらくプライドを傷つけるだろう。
そうすれば機嫌を損ねてエライ事になるかもしれない。
だから私は一応は、「考えてはいるさ」と伝えておいた。
「飛ぶんじゃないのか? 小舟がシュパァーン!と」
とは、参加権があると思っているのか、フォックスが導き出した答えである。
だが、それは「ブー!」と言われ、フォックスは「あちゃあ!」と無念顔になった。
おいおいなんだか仲が良いな!? 敵だぞそいつは分かってるのか!?
そう思ったが口にせず、視線だけでそれをフォックスに伝える。
「まぁ、なんじゃ。それはそれ、これはこれ、おいしい話にはノっとけ、イアン」
伝わりはしたがフォックスはそう言い、私の肩に手を置くのである。
「お医者さんの答えは~? そろそろ時間切れになるわよ~」
女が言うので私は一応、
「何かに持ち上げてもらうんじゃないか」
と、ぶっきらぼうに答えを言った。
別に考えた結果では無い、本当に適当な答えであった。
「あらすごい! だいせーかーい!」
「えっ!?」
女が言って、私が噴き出す。
まさかの正解に驚いていると、海中から何かが迫り出してきた。
それは体長20m程の、巨大な青いイカであった。
クラーケン、と呼ばれている凶悪な海の魔物である。
シーサーペントと並んで有名で、海に生きる者達からは、恐怖の対象となっている存在だ。
クラーケンは触手を伸ばし、私達の船の左右を掴んだ。
そして、巨大な吸盤を吸い付かせ、そのまま頭上へと持ち上げたのである。
10m程を持ち上げられたか、私達の小舟は絶壁上の、森の手前に辿り着く。
クラーケンの触手が離れ、眼下に見える小舟に向かう。
「じゃあ約束通りキスしてあげるわね~♡」
「ぎゃあああ!!?」
私は直後に女に抱き付かれ、驚きの為の悲鳴を上げた。
「あらっ! もしかして初めてなの!? ヤダ~ちょっと可愛いんだけど~!」
私の悲鳴でスイッチが入ったか、女が「ぺろり」と舌なめずりする。
「ほら! ほらぁ! したいんでしょ! ホントは凄いのを! 遠慮しなくて良いのよ!」
そして、自身の胸を押し付けて、上気した顔で私に迫るのだ。
「(これがあれか! 痴女という奴か!)」
私は思い、防衛の為に、顔を反らして「じたばた」とした。
「おとなしくしなさいよォ!」
と言った、女の両目が怪しく輝く。
「ほら硬くなった!」
嬉しそうに女が言った。
私のどこかが硬くなったようだ。というか、硬くされたようだ。
「た、たすけてぇぇ!! フォックス! 見てないで助けろ! ほっほっほっ、じゃないんだよ!?」
笑って見ているフォックスに気付き、私は心底の助けを求めた。
「まぁ、それもええ経験じゃ。なんならワシは向こうに行くか?」
「行くな! 助けろ!」
フォックスが答え、私が言った。
心底嫌なのが伝わったのか、女が「あーあ」と言って離れた。
「冷めちゃった」
そう言って、実際に冷めた顔になる。
「……い、いや、君は確かに魅力的だが、一応、レーナの仇だからな……つまらん意地なんだ。許して欲しい」
彼女のプライドを傷つけたかと思い、私は一応そう言って置いた。
そんな気持ちが伝わったのか、彼女の方も「ハイハイ」と言い、それ以上は何もしてこなかったし、怒っているという風でも無かった。
レーナを乗せた小舟が上がり、クラーケンの触手が引いて行く。
「じゃ、行きましょうか?」
と、女が言ったので、私とフォックスはそれに従った。
「!?」
が。
「ちょっ……と! 待ってくれ!」
体の一部が硬いままだ。これではちょっと、まともに歩けない。
前かがみになり、私が言うと、女は「あら」と笑って言って、「忘れてたわ」と更に続けた。
「これで大丈夫でしょう?」
両目が光り、硬直が解ける。
私は「ああ……」と言葉を返し、それから普通に立ち上がった。
「魔力のせいではなかったりしてな」
そう言ったフォックスには「おい?!」と怒り、女が「すっ」と歩き出したので、私はそれに続いて歩いた。
森の中に作られた道を5分ばかり歩いただろうか。
私達はその先で、白い洋館を目にする事になる。
植物の蔦が絡まる門を開け、三段ばかりの階段を上がる。
白いドアが勝手に開いて、私達は洋館の中へと入った。
「おっ! イアンさんいらっしゃい!」
入るなり、誰かが二階から言ってくる。
見ると、紫色の髪をした、18才位の男が居た。
「よっ!」
手すりを越えて男が飛び降りる。
そして、私達の前に着地して、「にひひーん」と言って笑って見せてきた。
この男にも見覚えがある。私にメモを渡した男だ。
「久しぶりぃ!」と言うのも何なので、私は「どうも」と答えて置いた。
「どうもどうも! お久しぶり!」
でも男にはそう言われ、「気安い奴だ……」と私は思う。
まぁ、明るい印象なので、嫌な気分にはならなかったが。
「こいつのやり方はヒドイよねぇ! そんな事しなくても話し合えるのに! 俺達そんなに悪い奴らじゃないから、今日はほんと、良く考えてみて!」
言って、右手を差し出してきたので、私はそれに応じておいた。
「なんだこの男は……」と少し動揺しながら。
「あ、俺はレイドって言うんだ。センセイの下とちょっと似てるよね。で、そいつがセーラって名前。名前負けしててエロイよね。てわけでよろしくぅ!」
自身と女の紹介をして、レイドは二階に飛び上がった。
一瞬、翼が見えた気がしたが、この時はそれを気のせいだと思った。
「セーラさんっちゅうのか。まぁ確かに清純そうじゃが、実際はエロエロのグチョグチョじゃなぁ」
「何ですって!? このジジイ!?」
フォックスが言って、セーラが怒る。
マジ切れされると厄介なので、私は「まぁまぁ……」と抑えておいた。
「まぁ良いわ……今回だけはね。さっ、ついてきなさい」
セーラはそれで治まってくれ、言って、階段を上り出した。
「(あまり彼女をバカにするな。本気で怒ると手におえないぞ)」
小声で言うと、フォックスは「あいよ」と、一応の言葉を返した。
本当に分かっているのかと思ったが、フォックスもまたバカでは無いので、理解をしてくれたと私は信じた。
階段を上がり、廊下を歩き、私達は客間の一室に通される。
「ここで待ってなさい」
セーラが言って、どこかへ去った。
部屋の中には緑のソファーと、無色のテーブルがあるだけだった。
正面には大きな窓があるが、外部に蔦が絡まっており、外の風景は殆ど見れない。
壁は白。絵画などの装飾品は一切見えない。
殺風景と言えば殺風景だが、シンプルと言えばシンプルである。
私はソファーに腰を下ろし、誰かが来るだろう時を待った。
「よっこいせっと」
フォックスがわざわざ隣に座る。
普通は正面に座るのだろうが、誰かが来る事を見越しているのだろう。
故に、私は何も言わず、フォックスと共に無言で待った。
「……あの時はすまんかったな。足手まといになると思うてな」
あの時、つまり、私の背から飛び降りた時の事を指して、フォックスが私に謝罪する。
その視線はやや下にあり、表情も真剣な事等からも、本気で謝っている事が分かった。
「……全くだ。今後は2度としないでくれよ。ああいう事をされると寂しい」
私が言うと、フォックスは「ああ」とだけ短く答えた。
そこで私達の会話は終了し、そこからは再び無言になる。
5分位が経っただろうか。
客間のドアが「きいっ」と開けられた。
入ってきたのはピンクの髪の、例の美しい少女であった。
あの日は髪型は分からなかったが、今日は、長い髪を一本に束ねて、右肩から前に出して来ている。
服装はまぁ、その年頃に良くある、白を基調としたミニスカート系だった。
「よく来てくれたわね」
少女が言って、「すとり」と座る。
直後には足を組み、両手を組んで私達を見据えた。
……迫力はある。威圧感も。
怒っているような表情の為に、それも尚更に感じるのだろう。
だが、私も怒っている。
「まけてらんねーよ!?」と心に思う為、彼女の事を「きっ」と見据えた。
「やり方は卑怯だった。そこは素直に謝りましょう。でも、もう一度あなたに会いたかった。許して欲しいなんて言えないけれど、分かってくれるとありがたいわ」
あれれ……なんか謝られたぞ!?
肩透かしを食らったようで、私は「がくん」と頭を落とす。
「ま、まぁ、レーナを元に戻してくれるなら、私もそれで手打ちとするさ」
向こうが素直に謝る以上、頑なで居ても仕方ない。
私はそう思い、彼女に言った。
「話が終わり次第、そうさせるわ」
「それで、その話とは……?」
私が聞くと、彼女は「その前に」と、何かを言いたげに本題を遠ざけた。
「その前に……?」
「自己紹介位させて頂戴」
彼女が言って、足を組み直す。
「ど、どうぞ」
と、私が言うと、「ありがとう」と言ってから自己紹介を始めた。
「私はルーミア。今から200年前位に、とある人家で生を受けたの。母は魔女、父親は彼女が呼び出した魔族だったわ」
同じだった。私と全く。
私の父も魔族であり、母は魔女であったのだ。
まさか兄妹では無いだろうが、境遇はあまりに似すぎている。
「父はすぐに魔界に帰り、母が一人で私を育てた。小さい頃はそれなりに、そう、それなりに幸せだった。でも母が死に、独りになって、そこからはあまり幸せでは無かった。自分が半人半魔だという事を理解したのはこの頃だったわ」
私もフォックスも黙って聞いて居た。
ルーミアが何を言いたいのかを、きちんと見極める為である。
「人は年老いて、やがて死ぬ。私の周りも当然そうだった。でも、私はそうじゃなかった。母が死に、良くしてくれた近所の人達も死んでいった。……気付けば私は独りになっていた。そして、周りからは気持ち悪がられた。なぜ生きてるの? なぜ死なないの? 皆が噂をしているのが聞こえた。悪魔の子、魔物の子、あんな奴が村に居たら、誰もこの村に住みつかなくなる。……そしてある日、私の家は、彼らによって火をつけられた。彼らは皆武器を持って、私が外に出るのを防いだ。「出して! 助けて!」と何度も言ったわ。でも、彼らは聞いてくれなかった。死にたくなかった。生きたかった。誰かと笑って話がしたかった。どうして、なぜ、分かってくれないの……焼け落ちて行く家の中で、私はそれを考えた」
酷い話だ、と、正直思う。彼女に比べれば私は幸運だ。
せいぜいが「デケーんだよ魔物の子!」とか、「銀色の髪とかジジイですかー!?」とか、その程度の苛めしか記憶には無いのだから。
「そして分かったの。彼等とは違う、だから分かってもらえないんだって。私の苦しさも、悲しみも、彼らには元から分かるはずは無かった。だって、別の生き物なんだから。魚の気持ちは鳥には分からない。寿命が違えば生き方も違う。考え方なんて分かるはずがない。私はそれにようやく気付いた」
ルーミアはそこでしばらく間を置き、
「だから、家を飛び出した」
と言った。
塞がれていたドアを壊し、武器を持つ人々の前に出たのだ。
私にもそれ位の力ならあるし、それはつまり、そういう事だろう。
私達は何も言わなかったが、ルーミアのした事を察していた。
そして、その上でその行動が、仕方ないものだと認めても居た。
そうしなければ彼女は彼らに焼き殺されていたのだから。
「あなたは私と同じ。勝手な事だけど調べさせてもらったわ。力なんて無くて良い。私と一緒に生きて欲しいの。あなたがあなたの患者にするように、話をして、私を笑わせてほしい。私があなたに望むものはそれだけ。それ以外の事なら、私が出来る」
話す事を話してすっきりしたのか、ルーミアの顔は穏やかだった。
実際にはそうしていないが、彼女の差し出す右手が見える。
その手を取って、歩んであげたい。
しかし、私にはそれは出来ないのだ。
私は一応、人と生きている。
魔物達ともそれは同様だ。
だが、彼女は人を嫌い、自分達だけの世界を作ろうとしているように見える。
彼女の傍らに居たとして、その行為をずっと見続けて行く事は、私にはきっと出来ないだろう。
だから私は「非常に光栄な申し出だが……」と切り出して、ルーミアの誘いを断るのである。
「そう……」
聞いたルーミアが小さく呟く。
心なし、表情も暗くなった気がした。
胸が痛く、そして苦しい。
もし、自分が二人いるなら、一人を分けてあげたい程だ。
だが、私は生憎一人で、生き方も一つしか選ぶ事が出来ない。
これはどうしようも無い事だった。
「分かったわ。あなたとはここでさよならね」
言って、ルーミアが立ち上がる。
なんだか引っかかる物言いだな、と、思った時にはもう遅かった。
「失礼しますよ」
と言って男が現れ、私達の体を魔力で縛ったのだ。
あの豪雨の夜に見た、ねちっこい顔と声の男だった。
「これは一体どういう事なんだ! 話が違うじゃないか! ルーミア!」
「いいえ、違わないわ。あなたと約束していた事は、石像にされた娘を戻す事だけ。無事に帰してあげるなんて、私は一言も言っていない」
私が怒鳴り、ルーミアが言った。確かにそうだ、彼女は言ってない。
しかし、こういう事をするのは、……なんというか、卑怯じゃないか。
そんな目をしてルーミアを見ると、
「帰せば、人間の味方をするでしょう。死んで欲しくないのよ、あなたには」
そう言って、振り向かずに去って行った。
「我らの姫はお優しい事だ。安心してください。命は取りません。姫様のたっての願いですからねぇ」
男が言って、「ククク」と笑う。
私とフォックスは体を縛られて、館の地下へと連行された。
私の選択は間違いだったのか。
ルーミアと共に進める道が、救える道があったのではないか。
連行されて行くその最中、私はそんな事を考えていた。
館の地下には牢獄があった。
位置としては海中かもしれない。かなりの距離を下ったからだ。
だが、一応空気はあって、そこまで「じめじめ」もしていなかった。
私とフォックスは手枷をはめられ、その上で牢屋に投獄された。
「食事は一日に一度です。過度な期待は禁物ですよ。何しろあなた達は捕虜なのですから」
ねちっこい顔の男が言って、「ククク」と笑って去って行った。
その直後にはレーナが現れ、私達の正面の牢屋に入れられた。
猿轡を噛まされ、手枷をされていたが、どうやら無事に戻れたようだ。
未だに白衣を着ているのはナンだが、あの状況から戻ったばかりなら、それも仕方がない事だろう。
「良かった……無事だったか」
私が安心し、息を吐く。
フォックスもまた「良かったの」と、私の肩に両手を置いてきた(手枷をしているので)。
「んううんー! んんんむんんん~!」
レーナが言ったが、良く分からない。
おそらく「大丈夫ですか?」とか、そういう事を言ったと思うので、「こっちは大丈夫だ」と言っておいた。
「んんうぬん! ううんううう! ……ううン!?」
レーナの口から涎が垂れた。
流石に恥ずかしかったのだろう、レーナは直後に顔を赤くして、誤魔化すように首を振った。
「しかし、なぜレーナだけ、猿轡を噛まされているんだろうな……」
「魔法なんかを警戒したんじゃないか? お嬢さんのあの戦いっぷりを見ればな」
私が言うと、フォックスが言った。なるほどそれなら納得である。
少し厳重だとは思うが、それほどレーナを恐れているという事だろう。
「ルーミアっちゅうたかな。あのお嬢ちゃんも、なんとも気の毒な事だのう」
吊り掛け式のベッドに座り、思い出したようにフォックスが言う。
「そうだな……」
と、私が短く答えると、「良かったんか、あれで」と、質問してきた。
「私は一応、中立だからな。フェネルの好きなアレじゃないが、どちらかの味方をする事は出来んよ。ただ、誰かが誰かを殺そうとする。そういう事には出来る限りは抵抗したいと思っているがな」
「だから今回は人の味方か。ワシらにとっちゃありがたい事じゃな」
フォックスがそう言ったので、「それは良かった」と私は答えた。
そして、フォックスの右前にある吊り掛け式のベッドに座る。
「歩けないのかな。彼女と一緒には」
迷いを払うべくそう聞いたのは、その後の事であった。
「お前さんの方が頭は柔らかいか。共存の道があると思うか?」
顔を向けてフォックスが言う。
「あるさ。私だって普通に生きているんだ。だが、まぁ、私の場合、運が良かったという所もある。あんな目に遭わされたら、私だってきっと人を憎んだ」
「そらそうだ。その一件は、ワシら人間が全面的に悪い」
「だからと言って全ての人が悪意に満ちているという訳でも無い。良い奴も居る。お前のようにな。そういう人間と出会っていれば、ルーミアもああはならなかったのだろうが……」
その質問にはフォックスは「そらそうだ」とは言わなかった。
あくまで仮定の話であるから、「そうだ」と言っても現実は変わらない。
それに、きっとフォックスも正直分からなかったのだと思う。
「過去形で話すのは、ちょっとばかり早いんじゃないかな?」
牢屋の外に誰かが立っていた。
見ると、そいつは「にひひ」と笑い、直後には「どーも」と左手を振った。
それは先に館で会った、レイドと名乗る青年だった。
「何の用だ……ルーミアに何か言われてきたのか?」
ぶっきらぼうに私が言うと、レイドは「ノンノン」と指を振った。
「俺はね、ルーミアを笑わせたいんだ。その為だったら何でもするつもり。だから力を貸してきたんだけど……」
「ど……?」
何かを続けて言うのだと思い、その部分だけを私が繰り返す。
「なんかねぇ、ズレてきちゃってんの。俺が思ってた未来図からさ」
ポケットの中に両手を突っ込み、ため息を吐いてレイドが言った。
「つまり……? 何が言いたいんだ?」
理解できない私が聞くと、レイドは「つまり」と繰り返した後、
「こういう事がしたいわけ」
右手にひっかけた鍵束を見せ、それを「くるくる」と回して見せた。
「救世主じゃ」
と、フォックスが言う。
「いやいや、待て待て、意味が分からない。君は何がしたいんだ? 私達を解放するのか? それともそれを見せびらかしたいだけなのか?」
それを制し、私が言うと、レイドは「分かり切ってるじゃないっすかー」と言って、鍵穴の中に鍵を差し込んだ。
その表情は嬉々としており、「あ、これじゃないか」と言いつつも、鍵を開ける事に躊躇は無かった。
カチリ。
という音がして、私達の牢屋の錠前が開く。
「さささ、どーぞ、どーぞ」
レイドは扉を開け放ち、今度はレーナの牢屋に向かった。
「どうする……?」
「どうするもこうするも出るしか無かろうよ。それとも何か、お前さんは残るか?」
聞くと、フォックスがそう言ったので、私は「いや……」と言ってから動く
牢屋を出て、左を見ると、見張りのゴブリンが倒れていた。
その数は全部で5匹。
全員が地面で「へ」の字になって、情けない顔で失神している。
「それも取っちゃおう。見せて見せて」
レーナの牢を開け、レイドが戻る。
直後には手枷を見せろと言うので、黙ってそれに従った。
「はいオッケー。次はおじいちゃんの番だよー」
「すまんのぉ」
私の手枷を外した後に、今度はフォックスの手枷も外す。
そして、やってきたレーナを拘束する、全てのものをレイドは取った。
「はいこれ、センセイにプレゼント」
それはなぜかの猿轡で、レーナから白い眼で見られていたので、私はそれを「ぺいっ」と投げ捨てた。
惜しい事したかな、と、少し思いつつ。
「それで、君はなぜこんな事を? ルーミアの仲間なんじゃないのか?」
「まぁね。今でもそう思ってるよ。でも、さっきも言ったように、ちょっとばっかりズレてきてるのさ。力ずくにも度が過ぎるって奴? このまま行くとルーミアは、今よりもっと孤独になっちゃう。俺にはそれが、我慢できないのさ」
聞くと、レイドはそう答え、今までで一番真面目な顔をした。
「つまり、センセイには期待してるんだ。ルーミアに説教垂れられるのは、センセイだけだと思ってるわけ。なんでか、お気に入りみたいだからねぇ?」
光栄な事だが、正直荷が重い。
ルーミアを正せれば、と思いはしている。
頑なな考えを捨てて貰って、皆で楽しく生きていければと。
だが、ルーミアを今まで育てた過去が、やはりは重く、厳しいのである。
したり顔で説教をして、「あんたに何が分かるの!?」と言われたら、多分私は何も言えない。
ラッキーだけで生きて来た、彼女と違う半人半魔には、そもそも説教をする権利が無いのだ。
「まっ、ともかくここから出よっか。上にはキーンのおっさんが居るから、裏ワザ的な場所からって事で」
思っていると、レイドが言った。
「裏ワザ的な場所?」
と聞くと、「そっ」と返して少し歩く。
止まった場所は壁の前。
何をするのかと眺めていると、「ていっ!!」と言って魔法をぶつけた。
爆音が鳴り、壁に穴が開く。
直後には水が流れ込んで来て、あっという間に足を沈めた。
「多分海に繋がってるから、ここから泳いで脱出しよう。……あっ、泳げない人とか、居る?」
「聞いてからやれ!」
今更の質問に私がキレると、レイドは「ゴメンゴメン」と言って笑った。
「ハイハイ、ワシ、泳げません」
右手を上げてフォックスが言う。
なぜか若干幼児化しているが、おそらく動揺の為だと思われる。
「はいはい了解。じゃあ俺に乗って」
「お世話になりますわ」
レイドに言われて、フォックスが背に乗る。
海水は腰の上にまで来ており、気絶しているゴブリン達を流木のように浮かべていた。
「レーナは泳ぎは?」
「初めてですけど、多分平気です。先生は?」
「多分、な……自信は無いが」
泳いだのは何十年前の事か。
私は少し不安であったが、レーナの手前恰好をつけた。
「そんじゃお先に!」
レイドが言って、穴に飛び込む。
海水は首にまで到達しており、抵抗は殆ど無いようだ。
「先生どうぞ」
レーナが先を譲ってくれる。
「ありがとう。……その、無事で良かった」
一言言って、穴に入る。
「先生も……」
レーナが何かを言ったようだが、その時にはもう聞こえなかった。
穴の長さはそれほどでは無く、10m程で海中に出た。
目の前を大きな魚が通り、私が思わず息を吐く。
上を見るとレイドが待って居て、フォックスと共に私を見ていた。
大丈夫だ、という意味で、右手で「マル」を作って見せる。
直後にはレーナも穴から出て来て、私達は揃って海上を目指した。
何かが「ずおっ」と現れたのは、その直後の事であった。
方向は右。
その大きさは20mはくだらない。触手は10本。不気味な瞳で私達の事を「ギロリ」と見ていた。
海の怪物クラーケンである。
「ウゴホゴッボボボォ!!」
あまりの出来事に私が息を吐く。
殆どの酸素を放出した為、すぐにも呼吸が苦しくなった。
「んーー! んーーー!」
こいつは不味った! という顔で、レイドが指で上を示す。
そんな事はわかっちゃいるが、そうもいかないのが現状である。
もがき、必死で上を目指す程、私の呼吸は厳しくなった。
クラーケンが動き出し、巨大な触手を伸ばしてきた。
これに捕まったらおしまいである。
「!?」
そう思っていると、あっさり捕まった。
必死でもがくがその甲斐も無く、私は本体に引き寄せられて行く。
助けてくれようとレーナが動くが、やはりはそこは海中の為、思うようには動けないようだ。
「(マズイ……息が……! 息が持たない……!)」
そろそろ呼吸が限界だった。
しかし「ちょっと良いですか?」と頼んだ所で無駄に決まってる。
「困った人だなぁ」と海上に出す程、クラーケンがお人好しであるはずは無い。
「(駄目か……!)」
そう思い、諦めかけた時、私の眼前を何かが通った。
白く輝く何かが通り、クラーケンの触手を「スパン!」と斬ったのだ。
それは続けて何度も通り、その度に触手を切って行った。
「こいつはかなわん」とでも思ったのか、クラーケンが体を沈め始める。
私を捕らえていた触手が切られ、私の体に自由が戻る。
しかし、もう、その時には私の肺には酸素は無かった。
体が沈み、光が遠のく。
不思議にあまり苦しくは無く、輝く海面が綺麗だと思った。
視界の中にレーナが見えた。私の方に泳いできている。
ありがたい事だ。
彼女はいつも、私の事に必死で居てくれる。
つまらない意地を張ってすまなかった。
もっと素直になっておけば良かった。
でももうきっと間に合わないな。
私は微笑み、静かに目を閉じた。
気が付いた時には浜辺に居た。
何時間経ったのか、太陽が出ている。
右頬に柔らかい感触がある。触ってみると暖かい。
見ると、それはレーナの足だった。
どうやら私は彼女の足に、膝枕をされていたらしい。
「先生、気が付いたんですか?」
顔を覗き込み、レーナが言った。
女神だな……と、私は思う。
逆光で顔が良く見えないが、だからこそ余計にそう感じた。
「お蔭で命を拾ったようだ……ありがとうレーナ。君にはいつも助けられている」
レーナに対して素直に礼を言う。
今わの際に思った事を無駄にしない為である。
「お? 気が付いたかイアン? 地獄から一転、天国の気分じゃろ?」
近寄ってきたフォックスが言い、嫌らしい顔で「にたり」と笑う。
「何がだ」
そういうつもりに取られると嫌なので、私はここで体を起こした。
「何がって、お前さん気付いとらんのか……まぁ、それなら仕方ないか」
フォックスが口を尖らせる。
何かを含んだ物言いなので、私は「どういう事だ?」と聞いた。
「さぁな。それもまぁ、運命よ。余計な事は言わんでおこう」
だが、フォックスはそれでも言わず、何かを隠したままのようだった。
「レーナは何か知っているのか?」
やむを得ず、レーナに聞くも、
「い、いーえっ!? わ、わたしはなにも!?」
と、焦った様子ですっ呆けられる。
「まーまー、良いじゃないっすか、それで。知らぬが仏という言葉もあるし」
レイドが言って、現れなければ、もう少しレーナを追求しただろう。
「助かっただけでも良しとしにゃきゃ、ってやべ、噛んだ。しなきゃ、ね!」
親指を立て、レイドが言うが、一度、噛んでいる為だろう、それは全然キマらなかった。
「そういえばあの光だが、クラーケンの触手を切った、あれは一体何だったんだ?」
それは置いて、私が聞くと、レイドは「あー……」と言葉を詰まらせた。
レーナとフォックスが彼を見ている。
「言って良い?」みたいな顔だ。
「いや、実は俺、ハーフなんだよね」
知ってる。というか察してた事だ。
ルーミアの周りに居た者達は、おそらく全員が半人なのだろう。
だから私は別段驚かず、レイドに普通に「ああ」と返した。
「あれ? 分かってた? さっすがセンセイ!」
「わー」と言って拍手する。なんだかちょっとバカにされたような気分だ。
「で、君は何と何の?」
少し、イラッとしながら聞くと、
「人と天使だね」
レイドは「さらり」とそう言った。
「て、天使!? 実在するのか!?」
魔族が居る以上はあり得る事だが、私は実際に見た事が無い。
だからこの反応は、割と普通の事のはずだ。
「まぁ、居るから俺が居る訳で……実際見たでしょセンセイも。光とかさっき言ってたじゃない? アレ、俺の翼なわけさ。高速に近い速さで飛んで、あいつの触手をスパーッってね。……なんかおじいちゃんが死にかけちゃったけど、センセイの為だから仕方なくってさー」
言ったレイドが「アハハハー」と笑う。
なんだか妙なキャラだと思ったが、そういう事なら納得である。
天使の血が流れているのであれば、その考えも若干だが、善に傾くのも頷ける話だ。
親の血としては真逆の者だが、助けて貰った恩義と系譜には、信用に値すると私は思った。
「ま、まぁ、その助かったよ。ありがとう」
ぎこちない口調でそう言うと、レイドは「ぎこちなっ!」と言って笑った。
分かっているがお礼と言うのは、なかなか素直に言えないものなんだ。
表面上のものならともかく、真に感謝をしている時程な……
そうは思ったが口にせず、レイドの笑いを黙って受けた。
「やっぱセンセイも魔族の子だね。ヘンな所が素直じゃないや。俺の親父も苦労したらしいよ。魔族とコンビを組んでたらしいけど」
「それは変わった親父さんだな……」
言うと、レイドは「でしょ?」と返した。
「でも、親父が変わってたお蔭で、俺はこの世に居る訳だから、そこは感謝するべきなんだよなぁ。ネイヴィス父さんありがとう! ってさ」
「まぁ、そうだな。それは言える」
そう言う意味では私もそうだ。
なんだかんだで生きていて楽しいし、生まれて来られたのは親のお蔭だ。
生憎、父の名前は知らないが、母にはお礼を言っても良いだろう。
ユーファ母さんありがとう。と。
まぁ、本人がもう居ないので、心の中だけの感謝になるが、思わないよりはきっとマシだ。
「ぐきゅるるぅ~~~」
と、不意に誰かの腹が鳴った。
「流石にちと、腹が減ったのォ……」
直後にはフォックスがそう言ったので、犯人はすぐに特定された。
「ちなみにここはどこなんだ? カーレントの国内なのか?」
「多分そうです。東に流されたみたいですから、首都に行くなら北に2日か、3日位だと思われます」
私の疑問にレーナが答える。彼女が言うのならきっとそうだろう。
私はそれを疑わず、信じた上で指針を決めた。
「とりあえず近くの村を探そう。あのまま進攻したとすれば、首都はもう落とされているかもしれない。迂闊に近づくのは少し危険だ」
「私もそう思います」
レーナが賛同し、フォックスとレイドがそれぞれ頷いて賛成をする。
「それでは行こう」
そして、私達は村を探す為に、浜辺から行動を開始した。
近くの村はその2時間後には、空を飛ぶレイドに発見された。
その村に行き、食事処で、私達は衝撃の情報を耳にする事になるのである。
ハーフネス軍は首都を襲っていた。
だが、思わぬ伏兵に遭い、首都から撤退をしたらしい。
伏兵の名はラーシャスと言う。私の知り合いの赤き竜である。
この近隣を住処としている、割とお人好しの古代竜だ。
その性格上、人間達を見捨てる事が出来なかったのだろう、でしゃばりだとは分かりつつ、助けてしまったのだと考えられた。
「(大して感謝もされないだろうに、どこまで人間好きなんだかな……)」
それを聞いた私は思い、お人好しの竜に笑ったものだった。
「縄張り争いの結果だろ? ドラゴンが人を助けるわけねーべや!」
「んだんだ! 偶然だ偶然! むしろ巻き込まれた感じだっぺさ!」
人間達の解釈は、やはりは大体そんなもので、だからこそ私はラーシャスに、お人好しだと言わざるを得ないのである。
「良いんですか? 本当の事を言わなくて?」
「良いんだ。ラーシャスも望んでいないさ。分かる人だけが分かれば良いんだ」
レーナの言葉に私が答え、残っていた水を一気に飲む。
これで、私の食事も終わり、残すはフォックスとレーナだけになった。
別に急ぐ訳では無いので、この際、ここで今後の方針を決めておくという事にした。
大前提はルーミアに会う事。
これが無ければ始まらないので、その為にはどうするかを決める事になる。
「ふつーに会いに行けば良いんじゃないのか? よっ! みたいな感じでの」
フォックスが言ったが、これは却下だ。
あんな別れ方をされた以上は「あら♡」と会ってくれる可能性は無い。・
むしろ、「どの面下げて来やがった!?」と、フルギレされる可能性すらあるだろう。
そうなったらまぁ、戦いになり、最悪また捕らえられて……
今度こそは脱出できずに、私達は揃って地下牢で、忘れ去られて骨になる、と……
これは最悪のシナリオだろうが、考え付くと言う事は、十分あり得る流れでもあるはずだ。
その反面で普通に会えて、「今度は何なの?」と言われる事もありえるが、リスクとリターンを考えるなら、リターンを優先するべきだろう。
「と、いう訳でとりあえず却下だ」
以上を話して却下すると、「さようか」とフォックスは納得をした。
「交渉の秘訣って知ってるかい?」
これを言ったのはレイドだったので、私は「いや?」と彼に言った。
「選択肢を狭める事なんだってさ。言いかえれば、従わざるを得ないような状況に落としてしまえば良いって事だね。今回の場合はルーミアが、こちらの話を聞かざるを得ない状況にしてしまえば良いってコトなんだけど」
「つまり……捕まえろって事ですか……?」
レイドが言って、レーナが言った。
聞いたレイドは「それもひとつ」と、言ってから、
「真っ向からぶつかってへし折っちゃえば良い」
と、恐ろしい事を「サラリ」と言った。
「それは、その。ルーミアと戦って、負かして、彼女が落胆している所を、一気に丸め込めという事なんだろうか……?」
確認の為に私が聞くと、
「そうだね! まさにその通り!」
と、レイドは明るい顔で言った。
信用はするがこいつはバカだ。と、私が思った瞬間である。
私達はたったの4人で、その内2人は無力である(私含む)。
その4人で討ち入って、無事で居られる訳がない。
相手は数万の魔物を従え、側近にはあのメデューサも居る。
運良く近くに行けたとしても、石像が4つできるだけだ。
そして、どこかの公園に置かれて、乳首やらパンツやらを落書きされて、一生恥を晒すのである。
そんな人生は心底ゴメンだ。
夜な夜な泣く石像として、処分されるのなんて本当に御免だ。
「よって却下!」
以上を踏まえて却下すると、レイドは「えー」と不満げだった。
「何もセンセイ、俺達だけで勝負に持ち込もうって話じゃないんだよ? 人間達だって反撃するでしょ? その時にドサクサに紛れちゃえば良いんじゃない?」
レイドが諦めずそう言ってくる。
「ドサクサで拉致るのもありかもしれんな」
とは、黙って聞いて居たフォックスの言葉だ。
「どう思う……?」
現状2対1なので、助けを求めてレーナに聞くと、
「悪くは無いかも、と思います」
と言う、割と好意的な意見を言った。
確かに普通に会えないならば、外に居る所を狙うしかない。
外とはつまり戦場であり、戦場で会うにはおそらくは、本陣に突入するしかないだろう。
4人(実質2人)ではそれは無理なのだから、ドサクサに紛れるしか方法は無い。
「まぁ、分からない話では無いが……」
言葉にも出し、私が思う。
或いは普通に訪ねるべきか、と、直後にはそうも考えたりした。
だが、頑なな考えを曲げるには、確かにきっかけが必要だろう。
圧倒的な力を持っていて、負ける訳がないと思っていた戦で、まさかの敗北をしたとしたら。
それは十分なきっかけとなりえる。
危険な賭けだが、現状では、これが最良の策かもしれない。
「それで……行って……見るかぁ……?」
やむを得ずそう言うと、レイドが「ヒュウ!」と口笛を吹いた。
「じゃ、センセイ、頑張ってね!」
「他人事かい!?」
その言葉には突っ込まざるを得ず、「嫌だなぁ、冗談だよ」と、のたまうレイドに、軽い殺意を覚えた私であった。
次回も一応2日後で。
早く上がるかもしれませんが…
お付き合いありがとうございました~




