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悪魔的な思考

 ハッピーフェアリーという名の妖精が居る。

 地方独特の呼び方かもしれないので、座敷童と言った方が「ピン」と来る人が多いかもしれない。


 この、ハッピーフェアリーの特性は、家人を守るというもので、その家に古くから住んでいる者に、目に見えない形で幸せをもたらしてくれるという存在だった。


 恥ずかしがりやで臆病なので、人の前にはまず現れない。

 その、ハッピーフェアリーが、私の前に現れたのは2月のある日の事であった。



 彼女の名前はサチと言った。

 年齢ならば5、6才の、見た目には子供の妖精である。


 頭はおかっぱ。

 髪の毛は澄んだ湖のような色で、それと同色の瞳はまるで、希少な宝石のようであった。


 すすけ、やや、綻びが目立つ古いメイド服を着用しており、それを最初に見た時には、どこかで下働きをしている幼女が助けを求めてきたのだと私は思った。


 が、その直後には、見た目に反した魔力を感じ、この幼女がただの幼女では無いと言う事が分かったわけだ。


 現在、サチは応接間に居り、両手を使ってココアを飲んでいる。

 私とレーナはその様子を、正面に座って眺めていた。


「ごちそう様でした。なかなかおいしゅうございました」


 サチが言って、カップを置いた。

 なんだかお堅い物言いだったが、こう見えても長命な一族なので、そこはきっと色々とあるのだろう。


「あー……それで、私を訪ねて来た理由なんだが……」


 その年齢は不明であったが、流石に自分よりは年下だと思い、普通の口調で私が聞いた。


「助けて欲しいのでございます。我が家に古くから住まう一族の、唯一となった一人の娘を」

「ゆ、唯一……? という事は、ご両親や身内の者は亡くなってしまったという事かな?」


 どうにも固い物言いだったが、言いたい事は理解は出来た。


 その上で私がそれを聞くと、サチは「お察しの通りです」と言って、小さな頭を「こくり」と下げた。


 見た目は完全に5、6才の子なので、その動作だけでもなんだか和み、隣に座るレーナもそうなのか、「うふう!」という謎の音波(?)を発す。


「屋敷の名前はパターソン邸と言います。当主はアレクという者でしたが、彼はすでにこの世に居りません。現在はその娘のアニスが屋敷を継いでいます。このアニスを助けて欲しいのです」


 音波(?)を無視し、サチが言った。

 無視されたにも関わらず、レーナはやけに嬉しそうで、両手に拳を作ったままで、サチの事をガン見していた。


「……助ける、というのは具体的には? その娘さんの面倒を私に見てくれという事なんだろうか?」


 それを置いて、サチに聞くと、「違います」と言って頭を横に振る。


「彼女の身には危機が迫っています。今のままではいつか殺される。私の力では守り切れない。だから、助けて欲しいのでございます」


 そして、続けてそう言ったのだが、私はそれでも理解が出来ず、レーナと顔を見合わせた。


 まず思うのが「なぜ」という事だ。

 なぜ、彼女が危険なのか。それを聞かなければ話にならない。

 なので、私はそれを聞いて、サチから返される答えを待った。


「財産が狙われています。彼女の両親が遺した遺産です。彼女が死ねばそれが手に入る。だから殺そうとしているのです……」


 俯き加減にサチは言った。

 悲しんでいるのか、呆れているのか。


 それともその他に思う事があるのか、私にはそこは分からなかったが、彼女が辛そうな事は分かった。

 だから、出来るだけの事はしよう、と、この時にはすでに考えていた。


「……ちなみにその首謀者というか、アニスを殺そうとしているのが、誰かと言う事は分かっているのかな?」

「沢山です。本当に、沢山の人です。少し前までは好意的だった、善良だった人も居ます。でも、人が変わってしまった……お金が人を変えてしまったのです……」


 サチは泣きそうな顔をしていた。

 見た目が幼女である為だろう、助けたいと言う気持ちが異常にくすぐられ、なんとかしてやりたいと心から思う。


 ……私は一応ロリコンでは無い。多分、父性本能と言う奴だろう。


「……とりあえず、君の依頼は受けよう。そこはまず、安心して欲しい。だが、聞きたい事はもう少しある。気持ちを落ち着かせて答えてくれるかな?」


 意識して、優しい口調で言うと、サチは少し明るくなって、「はい」と大きく頷いた。

 子供を持つなら女の子が良いな……と、そんな事を私は思う。

 そう、急に思っただけで、深い意味は別にない。


「えー……それではあれだ。奴らのやり口を聞いておこうか。どういう手段で殺そうとしているんだ?」


 動揺しつつ、私が聞いた。

 動揺の理由はドギマギしたからで、彼女に「きゅん」としたわけではない。繰り返すが私はロリコンではないのだ。


「色々です。毒を入れたり、事故に見せかけようとしたり、強盗のフリをして忍び込んで、彼女を直接襲った事もございます。あの夜、執事が居なかったなら、きっと彼女は殺されておりました」

「形振り構わず、というわけか……」


 サチが言って、私が呟く。

 普通であれば殺せているだろう。

 だが、サチが不思議な力で、陰からそれを救ってきた。

 彼女が今でも無事で居られるのは100%サチのお蔭だ。


 だが、それは、相手に取ってみれば、「なぜ殺せないのか」という焦りに繋がり、より、直接的な行動を呼び起こす引き金にもなりえる事だった。


 要するに、アニスの命は、風前の灯というやつなのである。


 聞きたい事はまだあったが、私はこの時、出発を決意した。

 話し合っているその間にも、アニスが殺されるかもしれないからだ。


 話は行き行き聞けば良い。

 私は思い、立ち上がって、「それでは行こうか」とサチに言った。


「ありがとうございます!」


 サチは言って、この時初めて私達に笑顔を見せてくれた。

 それは、見ただけで幸せになれるような、彼女の名前と存在に相応しい、とても素敵な笑顔であった。




 その日の15時頃。

 私達はリザーブの街に到着した。


 プロウナタウンの南東にある、貴族の邸宅が多い街で、少し南に行った所のこの国の首都に勤める騎士や、官僚が多く住む街だった。


 人口はおよそ6万人程。


 これと言った施設は無いし、特産品があるわけでもない。

 しかし、首都程に地価が高くない為、そこに関わる人々にとっては、住み易いと言える街ではあるのだろう。


 私とレーナは案内されて、サチの住んでいる屋敷を訪ねた。


 彼女は現在、掌サイズになり、私の胸のポケットの中に居る。


 これは面倒を避ける為だが、知らない人がそれを見た場合、私がちょっと危ない人に見えるのが、唯一無二の問題ではあった。


「はい? どちら様で?」


 呼び鈴の像を叩いて数秒。

 30代位の男が現れ、玄関前に立っていた私達の顔を見る。


 髪の色は紫色で、顔のつくりは少々粗雑。

 身長は175㎝くらいか。私とほぼ、変わらない。


 執事服を適当に着て、耳にはピアスをつけており、反社会的な顔つきで、私とレーナを「ぎろり」と見ていた。


 はっきり言ってヤンキーだったが、私はサチに聞いて居て、彼が執事だと知っていた。


 そして、その見た目に反し、サチが守ろうとしているアニスの味方だという事も聞いて居たのだ。


「私はイアン・フォードレードと言います。初めまして。どうぞよろしく」


 故に、私は好意的に言い、握手を求めて右手を伸ばした。


「あん? ああ、どうも。で、そのフォードレードさんが、当家に何の御用ですかね?」


 が、男はそれを取らず、後ろ手でドアを「パタン」と閉めた。

 どうやら警戒をしているようで、顔つきも未だに怪訝なままだ。


 それはそうか、と、私は思う。

 連絡も無く、突然訪ねれば、誰だって普通はそういう対応だ。

 誰かを守っているのであれば、それは尚の事である。

 私は納得し、右手を下した。


「レーナ」


 そして、レーナに声をかけて、訪ねて来た理由を言って貰った。


「メイドを募集していると聞いたので、いきなりですけど来ちゃいました。こちらは兄で、見張りみたいなものです。わたし、ちょっとそそっかしいので……」


 ぎこちない笑顔を浮かべて、レーナが男に向かって言った。

 これは勿論嘘の事で、メイドの募集は本当だったが、それに付け入って入ろうという作戦に従っただけの事だ。


「はぁ~ん? ああ、そういう事ですか。……ナ・ル・ホ・ド。わっかりました。んじゃ、とりあえず中にどーぞ」


 表情こそは変えなかったが、男は言ってドアを開けた。

 とりあえず、第一関門は無事に突破出来たようだ。


 男に案内され、客間に入る。


「適当にどーぞ。募集しているように、今はメイドは一人も居ないんで、お茶菓子とかは勘弁してください」


 言って、男が先に座った。


「(随分な態度だな……)」


 思いはしたが、彼は味方だ。私は無礼を我慢して、男の正面の椅子に座る。

 レーナが続き、右に座ると、簡単な面接が開始された。


「名前はえーと、レーナさんだっけ? レーナ・フォードレードって事で良いの?」

「えっ!? あ! は、はい! ……レーナ……フォードレード……で」


 男が「ハイハイ」と言いながら、書類にレーナの名前を書き込む。

 私とレーナは頬を染めて、男の動作を黙って見ていた。


「下の名前が一緒って夫婦かよ!?」


 という、小学生的な発想がその原因で、レーナはともかく私個人は「認めたって事はありなのか!? ねぇ!?」と、内心で問っていたのもひとつの理由だ。


「じゃあ次ね。経験はある? ……あ、いや、メイドの経験ね。ヘンな意味で聞いたわけじゃないから」

「あ、ああー……はい。経験は無いです。でも、家事は割と得意です。料理に洗濯、掃除まで、人並み位にはこなせると思います」


 そんな中でも面接は続き、男がレーナに聞いた事を、いちいち書類に書き込んでいく。

 そんな事が2、3度続いたか。


「君、もしかして武術の心得とかある?」


 唐突に男がレーナに聞いた。

 意図は不明だが、レーナは考えて、


「少し位は」


 と、男に答えた。


「少し位、ね。なんか強そうなんだけどね、君。まぁいいや。じゃあ合格で」


 男が言って、ペンを置く。

 その表情には疑惑があったが、押して、聞こうとはしてこなかった。


「あ、ありがとうございます」


 レーナが言って、頭を下げる。


「妹をよろしくお願いします」


 遅れて、私も頭を下げた。


「お兄さん、それ、その人形なんだけど。ちょっと変わった人形だよねぇ? なんていうか、力を感じるんだよね。ぼろっちぃ見た目とは反してさ」


 男がそう言ってタバコを取り出す。

 そして、それに火を点けながら、「どうなの?」という顔で私を見てきた。

 人形とはつまりサチの事で、私が頭を下げた際に、男はそれを発見したのだ。


「これはその……お守りみたいなものでして、そういう意味では確かに力が、篭っているのかもしれませんね」


 どう言ったものか、と、私は迷ったが、結局そう言って「ははは……」と笑った。

 男は無言でタバコを吸って、煙を「ふゅゅぅー」と吐き出した。


「いや、いいんですいいんです。俺もそう言うのには理解があるんで。てか、ぶっちゃけ幼女好きなんで。お兄さんとは気が合いそうだ」


 それからそう言って、「にやり」と笑い、私を同朋として迎えたのである。

 そこからの言い訳は完全に無駄で、何を言っても「いいんです」と言うだけ。


「無邪気な笑顔を見せられると、壊したくなるくらいに抱きしめたくなりますよね!」


 という、男の言葉で「本物だ」と気付き、私は何も言えなくなった。


「うちのお嬢さんも可愛いですよ! いやーほんと、無邪気の盛り! 人を疑うって事を知らないから、その点だけは心配ですけどね!」


 灰皿にタバコを押し付け、輝く笑顔で男は言った。


「そ、そうなんですかぁ……」


 下手な事は言えない私は、それだけを男への返答とする。


「ここだけの話なんですけどね、メイドが居ないと洗濯とか、俺が全部やってるわけですよ。お嬢さんの下着とかもね……これはもうなんというか、頑張っている俺へのご褒美? みたいな? 2、3枚位チョロまかしても誰も俺を責めないだろ? みたいな? そういうオイシイ所もあったわけ。でもまぁ、手間っちゃ手間ですからね、妹さんが来てくれるなら、俺もだいぶ楽ができますよ」

「そ、そうなんですかぁぁ~……」


 そろそろ私も限界だった。

「責めるよ!?」と、正直言いたかった。

「いい年してあんた何やってんだ!?」と、怒りたい気持ちがそこまで来ていた。


 だが、男の信頼を得る為に、私は「ぐっ」と我慢をした。


「ああ、遅くなっちゃいましたね、俺、執事のヴェンパって言います。妹さん共々コンゴトモヨロシク」


 その甲斐あって、男改め、ヴェンパは私に右手を差し出した。


「あ、はい……今後ともよろしく……」


 私がぎこちない笑顔を浮かべて、それに応じたのは2秒後の事だった。

 レーナはその後、採寸の為、ヴェンパと共に別室に向かった。

 私はと言うと客間に残され、する事も無く「ぼーっ……」としていた


「よいしょっ……と」

「ひいい!?」


 サチが出て来て、私がビビる。

 存在を殆ど忘れていた為に、突然の動きにびっくりしたのだ。


「どうなさいました?」

「い、いや、なんでも……!」


 椅子から落ちかけた体勢のままで、サチに聞かれた私が答えた。


 掌に乗せ、テーブルの上に置く。

 それから1時間位が経っただろうか。


「いやぁ、それはどうなんだろうな。私が思うに原因は……」


 と、掌サイズのサチに向かってふつーに話をしている所に、ヴェンパとレーナが戻って来た。


「あらら……お兄さんも重症だね……俺以上の猛者じゃないの」


 言われ、「アハハ!」と笑われてしまったが、


「これはハッピーフェアリーなんです!」


 なんて、言い訳しようものなら泥沼である。

 故に、ヴェンパに何も言えず、顔を赤らめるだけの私であった。




 その日の夜は宿屋に泊った。


 レーナは屋敷に残ったままだ。


 初出勤は明日からだったが、レーナが「早く慣れたい」と言い、それが通って今日からとなった。

 私は明日また来ると言い、宿屋を探して部屋を取った。


 そして、情報を集める為に夜の酒場へと向かったのである。


 大衆酒場と言っていたが、酒場の中は静かだった。

 客層が大人……というのだろうか、貴族や騎士が中心なので、「がやがや」と盛り上がって飲む事を好まず、静かに、まったりと飲んでいたのだ。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


 落ち着いた声の渋いマスターが、言って、私を出迎える。

 直後にはカクテルを作る道具を、これ見よがしに「ぶんぶん」と振り、振りながらにも「ご注文は?」と、渋い顔で聞いてきた。


「あー……それではホットコーヒーを。砂糖は2つでお願いします」

「かしこまりました」


 私の言葉にマスターが頷き、さんざん振り回した道具は置いて、コーヒーを作る為に歩いて行った。

 コーヒーかよ、とは言わなかったが、何とは無しに気まずい空気だ。

 何しろここは酒場である。

 アルコールを頼んでこない客は、おそらくあまり好まれないだろう。


「(それは少し考えすぎかな……)」


 そう思い、周囲を見ると、一人の女性と目が合った。

 あちらもどうやら一人のようで、直後には私に微笑んできた。


 年齢ならば25前後の、金髪のセクシーな女性である。

 私は一応、笑顔を返し、直後には視線を元へと戻した。


「(待ちぼうけか。相手の男は随分と余裕だな)」


 そう思い、一人で微笑む。


「お兄さん一人? 隣、良いかしら?」


 と、その女性が聞いてきたのは、そのすぐ後の事である。

 右手で髪をかきあげており、覗き込むようにして私を見ている。

 セクシーな衣装の胸元に目が行ってしまうのは仕方が無かった。


「い、い、い、いちおうは! しかし、私は飲めませんよ?! きっとつまらない男ですよ!?」

「それでも一人で飲むより良いわ。じゃあ隣、失礼するわね」


 私が答えると女性は笑い、私の右手に腰を下ろす。


「マスター、チェリーブロッサムをお願い」

「かしこまりました」


 女性が言って、マスターが返す。

 どんなものかは分からないのは、私がきっと下戸だからだろう。


「私はノエル。よろしくねお兄さん」


 それから女性は足を組んで、私を見てから名前を言った。


「ああ、私はイアン。イアン・フォードレードです。どうぞよろしく」

「はい、よろしく」


 聞いた女性が「にこり」と笑う。改めて見ると綺麗な人である。

 彼女を待たせている男に対して、羨望と怒りを感じざるをえない。


「大丈夫なのですか? 私などと一緒に居て?」


 念の為、私が聞くと、ノエルは「大丈夫よ」と、笑顔で返した。


「きっともう来ないでしょ。今更来ても許さないし、今夜はあなたに付き合って貰うわ」


 それからそう言って、「いいでしょ?」と聞いてくる。

「だが断る!」と言える程に、私は聖人君子では無かった。


「まぁ……」という曖昧な、しかし、決して「NO」では無い言葉で、判断責任を相手に押し付け、このひと時を楽しもうとした。


「お待たせしました。こちらホットコーヒーです。こちらはチェリーブロッサムですね。どうぞ、ごゆっくり」


 そこで、マスターが現れて、飲み物を置いて去って行った。


「じゃあ乾杯」


 とノエルに言われ、私はぎくしゃくとそれに従った。

 慣れてはいないのだ。こういう事には。

 ノエルにもそれは分かったのだろう、


「こういう所にはあんまり来ないのね?」


 と、すぐに笑われる事となる。

 だが、皮肉や嫌味では無かったので、私も「実は……」と、笑って認めた。


 そこからは少し打ち解けて、お互いの事を語り合った。

 私は自分が医者である事や、用事があった為にここを訪れた事。

 見習いの少年が一人いるが、言う事を聞かなくて困っている事等を、笑いを交えてノエルに話した。


 一方のノエルは、自分が貴族の娘である事や、寝たきりの父親が居るという事。

 今日、待ち合わせをしていた男が、お見合いの結果、仕方なく付き合う事になった男だと言う事等を、アルコールを摂りつつ私に話した。


 そして、一時間位が経っただろうか。

 最近、この街で起こっているという殺人事件に話題が移る。


「殺人事件?」

「そーらのよー、あぶないったらないわよねほんとー。こんないい女放置してさー。殺されでもしたらどーすんのって感じよぉ!」


 その頃にはノエルもデキあがっており、少々呂律が回らなくなって居た。

 空になったグラスを置いて、右手で「ドン!」とテーブルを叩く。

 それを見たマスターは眉毛を動かしたが、「まだ大丈夫」と思っているのか、特に何も言っては来なかった。


「あー……具体的にはどういう人が、その事件に巻き込まれているのですか?」

「いろいろ、いろいろよ……貴族だったり労働者だったり……男も女もかんけーなしっ! 次は私かもしれらいわねー! キャハハ!」


 駄目だこりゃ、と、私は思った。彼女はそろそろ限界である。

 早速にもここをお暇しなければ、眠った彼女を家に届けるという、エクストラミッションが発生しかねない。

 家を知らず、力も無い私には、それを引き受ける根性は無く、早々にもここを去ろうとして、ポケットの中の小銭をまさぐった。


「待ってよイアアアン! 置いてかないでよぉ! 私を一人にしーなーいーでェェー!」

「うぎゃあ!?」


 が、ノエルに抱き付かれ、そのままの姿勢で私は固まる。

 マスターは再び眉毛を動かすが、「何だそんな事か」と思っているのか、素知らぬ顔でグラスを拭いていた。


「ちょっ……! ちょっと! 離れましょうか! 私はまだ帰りませんから! 信用して! ねっ!? ねっ!?」


 言うと、ノエルは一応離れた。


「良い人だわあなたってぇぇ!」


 そして、そう言って「きゃはは」と笑う。


「(やれやれ……これだから酔っぱらいは……)」


 思いつつも私は座り、眠らせない為に話を続ける。


「その、先ほどの事件の事ですが、自警団等は動いているのですか?」

「さぁね~……私は自警団じゃないから。でも、屋敷の封鎖とか、そういう事はしているみたいよ~。3週間前にパターソン邸、2週間前にボイド邸、1週間とちょっと前位にイーリス邸が封鎖されたわ~」


 私が聞くと、ノエルが答えた。


「ちょっ、と、待ってください! 今、パターソン邸と言いましたか!?」


 その中にひとつの疑問を見つけ、私が更にノエルに聞いた。


「言ったわよぉ~。アレク・パターソン邸。お父さんとお母さん、それからメイド達がたぁくさん殺されたの。一人娘は助かったらしいけど、それってある意味不幸な事よねぇ~」


 頬杖をついて、ノエルは言った。その目は若干眠そうである。

 しかし、反して私の感覚は、眠りとは無縁の距離にあった。

 この話が100%、例の屋敷の事だったからだ。


 レーナが危ない! ……とは思わなかったが(何しろ強いから)、一体どういう事なのか、なぜ、話してくれなかったのか、と、疑問している部分はあった。


「(聞くしかないか……サチに直接……)」


 色々と考える部分はあるが、結局の所はそれが一番だ。

 考え、一人で苦悩しても、答えが違えば時間の無駄だろう。

 私はそう思い、頭を掻いた。


 そして、ふと、隣に目をやり、ノエルが寝ている事に気付くのだ。


「やられた……っ!!」


 エクストラミッションの発生である。私は額を右手で押さえた。




 ノエルの家はすぐに分かった。マスターが普通に知っていたのだ。

 彼女を担いで家に行くと、執事が私を出迎えてくれた。

 こちらの執事は60才程の、礼節をきちんと弁えた人だった。


「本当にありがとうございました。最近は何かと物騒ですので、わたくし共も少々心配しておりました。ささ、どうぞ、中へどうぞ。お飲み物のひとつでも召し上がって行って下さい」

「いや、それはお気持ちだけで。それよりひとつ伺いたいのですが」


 私が聞くと、執事は「何か?」と、目を瞬かせて質問を待った。


「お嬢様!」

「あーもう、こんなに酔ってしまわれて……」


 その脇で数人のメイドが現れ、ノエルを抱えて屋敷に入る。

 私はそれを見送ってから、聞きたい事を執事に言った。


「この街で最近起こっているという、例の殺人事件の事です。お嬢さんに少し聞きましたが、ひとつ、どうにも気になる事がありまして」

「ああ、それですか……わたくしも詳しい方では無いですが、分かる範囲でしたらお答えいたします」


 執事がそう言ってくれたので、私は「すみません」と一言言ってから、気になる事を続けて聞いた。


「犯人の事です。どうやら事件が連発しているようですが、犯人はその都度捕まっているのですか?」

「いえ、犯人は捕まっておりません。それどころか見当がつかないようで、自警団も苦労をしているようです。猟奇的殺人、というのでしょうか。随分と酷い手口らしいです。聞いた話では悪魔崇拝の儀式のような状態だったとか……まぁ、これは噂ですので、正確なものとは言えないでしょうが」


 私の質問に執事が答える。

 詳しくない、と言っていたが、なかなかどうして彼は詳しい。


 聞いても居ないのに更に続け、「頭蓋骨が祭壇に置いてあって~」とか、状況を詳しく話し続けている。


 しかし、猟奇的殺人に悪魔崇拝。


 何やらきな臭い感じになってきた。

 もし、そういう目的でパターソン邸が襲撃されたなら、単純な遺産相続の問題などでは無くなるかもしれない。


「(考えても無駄だと思いながら、その一方で考えているか。……私もなかなか難儀な生き物だ)」


 そう思い、自嘲すると、執事が「何か?」と目を瞬かせた。


「いや、こっちの事です。夜分遅くに失礼しました。お嬢さんによろしくお伝えください」

「それはもう」


 執事に言って、私は去った。

 夜も遅い為だろう、通りには人の姿は見えず、冷たい風が私の体に「ぴゅう」と吹き付けてくるだけだった。


「(早く戻って寝るとするか)」


 首を沈めて私が思う。

 私の前方に誰かが現れ、近寄ってきたのはそんな時だった。


 薄暗い為に顔は見えない。

 だが、右手に光るものがナイフだという事は私にも分かった。


「なっ……」


 戦慄の為に足が止まる。

 直後には相手が走り出したので、私は無理矢理に足を動かした。


 通りを走り、角を曲がる。

 勿論、地理には詳しくないので、勢いからの適当な行動だ。

 後ろを見ると相手も来ている。


「ちょっと研ぎ石を貸してくれますか?」


 等と言う、通りがかりの困った人ではなさそうだ。


 目的はおそらく私の命。

 理由は全く分からないが、おとなしくくれてやる義理はない。


 階段を降り、公園に入る。

 なかなか広い公園のようで、入った直後は出口が見えない。

 周りを見るが誰もおらず、公園の中をがむしゃらに走った。


 林道を抜け、噴水が見える。

 その近くには人が居て、二人で「ラブラブイチャイチャ」していた。


「すみません! 助けて下さい!」


 溺れるものはなんとやら。私は二人に助けを求めた。


「いやあん!! なによアンタ!?」

「あたしたちの仲間に入りたいのぉん!?」


 相手はなんと両方男。

 しかも青髭にTシャツという、ちょっと困ったおっさん達だ。


「い、いや、決してそういうわけでは……!」


 私は一応それを拒絶し、助けを諦めて走り去ろうとした。


「良く見ると可愛いじゃない♡」

「あらやだ! モッコスちゃんったら浮気ぃ?」


 が、おっさん達はそう言って、ベンチから「すっく」と立ち上がるのである。


「そんな事ないわよぉ。わたしはマッコスちゃん、ひ・と・す・じ♡」


 どうでも良かった。

 ていうか、助けてくれるのかどうなのか。

 私はそこが気になっていた。


 振り返れば、遠くに追跡者が見えた。

 足はそこまで早くないようだ。

 このままならば撒けるかもしれない。

 私はそう考えて、彼らの元から走り去る事にした。


「待ちなさい!」

「あんた……追われてるんでしょう? あたし達に任せなさい」


 おっさん達がそう言って、指を「ぱきぽき」と鳴らし始める。


「あ、いや……しかし、その、相手はナイフを持って居まして……」


 困ってはいたが、遠慮をしたかった。

 関わり合いになりたくなかった。だから私はそう言ったのだが。


「それが何! あたし達のアツイ心は、そんなものでは貫けやしないわ!」

「モッコスちゃん超かっこE-!!」


 彼らは逆に大興奮。


「さぁ来なさい!」


 と、道を塞いで、追跡者を待ち構えたのだ。

 そして数秒後、追跡者が現れ、彼らの攻撃が開始される。


「おらあああ!!」

「死ねや外道があ!!」


 なんだか途端に男らしい。

 追跡者はラリアットやら、ワンツーパンチやら蹴りやらを貰い、僅か5秒で地面に倒れた。


「愛の前に敵は無いのよ!」


 おっさんが言って、ナイフを握り潰す。

 形としては助けられたのだが、私は彼らに「ありがとう」と、素直に言う事が出来なかった。


「で、こいつはあんたの何なの?」


「ぐったり」とした相手の頭を握り、それを持ち上げておっさんが言った。


「……いや、正直誰なのかさっぱり」


 その言葉には嘘は無かった。

 年齢的には30前後。口ひげのある貴族風の男だ。


 しかし、私は彼を知らず、襲われた理由も分からなかった。


「まぁ、色々あるからね。あたし達の道は修羅の道だから」

「マッコスちゃんしっぶぅい!」


 どっちがモッコスでどっちがマッコスか、それすら私には分からなかったが、とりあえずそれには苦笑いを見せて置く。


「ちょっと、自警団を呼んできます……」


 そして、彼らと距離を取るべく、そう言って場から離れようとした。


「バカね! 何かあったらどうするの! こっちからこいつを連れて行くのよ! その後は家まできちんと送るから、あなたは何も心配しなくていいわ」


 しかし、どちらかの「ッコス」に止められ、諦めざるを得なくなるのだ。

 彼らはそう、一応は、私の命の恩人だったから……




 翌日。私は朝一番にパターソン邸を訪ねていた。

玄 関を叩くとレーナが出て来て、「おはようございます先生」と、メイドの姿で普通に言ってきた。

「これはいいな!?」と思った私は、直後は返事が出来なかったが、


「に、似合ってませんかね……?」


 と言う質問には「似合っているとも!!」と即座に答えた。


「そうですか……嬉しいです」


 レーナが言って、「にこり」と笑う。

 私の心は洗われていた。

 昨日のアレは忘れる事にした。


「待ちなさいあんたァ!!」

「今夜はあたし達の間で寝るのよォォ!!」


 悪夢が一瞬、蘇る。


「ううっ!!」


 私は首を振ってそれを掻き消した。


「ああ、おはようございますお兄さん。妹さん、頑張ってますよぉ」


 レーナの後ろからヴェンパが現れ、私の姿を見つけて言った。


「いや、朝っぱらからすみません……どうにも気になって見に来てしまいました」

「妹さん思いの良いお兄さんだ。どうぞ中へ。気が済むまで見て行って下さい」


 私が言うと、ヴェンパは笑い、屋敷の中に入るように勧めた。

 慣れれば意外に良い奴らしい。

 私は思い、もう一度「すみません」と言ってから中へと入った。


「ひとつ、聞きたい事があるのですが」

「何です?」


 私が聞くと、背を向けたまま、歩いたままでヴェンパが答える。


「最近噂になっている、例の殺人事件の事です」

「ああ、らしいですね。俺は良く知りませんが」


 ヴェンパは振り向かず歩き続ける。


「3週間前にこの屋敷で、随分、人が殺されたらしいですね」

「お兄さん」


 ヴェンパが止まり、振り返る。


「俺は知らないんです。言ってませんでしたが、俺も入ったばかりなんですよ。2週間とちょっと前かな。それ位に紹介されて、ここで働くようになったばかり。だから、この屋敷であった事はそこからの事しか知らないんです」


 そしてそう言って、再び歩き出した。

 私は歩けず、立ち止まっていた。


「大丈夫ですか?」という顔で、メイド服姿のレーナが見ていた。

 やはり良い。良いものは良い。


「大丈夫。ちょっと考え事をね」


 私は少し元気になって、レーナにそう言って歩き出した。

 目的地は特に無いが、とにかくサチを見つけたかった。


 どこに行けば彼女に会えるのか。

 そう思って歩いていると、左手の部屋の扉が開く。

 そして、ドアの隙間からサチが顔を覗かせたのだ。


「(分かるんだな。たいしたものだ……)」


 私は思い、ヴェンパにバレないよう「そうっ」と部屋の中へと入った。

 レーナは仕事がある為だろう、「ぺこり」と軽く頭を下げて、そのままどこかへ歩いて行った。


「さて」


 ドアを閉め、サチに向きあう。

 今日の大きさは子供のそれの為、そこまで視線は下げずに済んだ。


「3週間前の事について、私に話す事があるんじゃないのかな?」


 聞くと、サチは「……ございます」と言って、悪い事をした子供のように、顔を俯けて「しゅん」となった。


 やはりあったか。と、私は思い、「それは、どういうものかな」と、優しい言葉で続きを促した。


「アニスの両親やメイド達が、沢山、沢山、殺された事でございます。私は……力を使い果たして、不覚にも気を失っておりました。気が付いた時にはアニスの両親や、メイド達は皆殺されておりました……」


 悲しい顔でサチは言う。


「君が、力を使い果たした理由は?」


 私は続け、サチに聞いた。

 一連の事件の原因は、おそらくこの日、この時にある。

 そう思うが故の追及であり、彼女を虐めたいという訳では無い。


「魔性の者の侵入を防ぐ為、この屋敷に結界を張っておりました。ですが、私の力が及ばず……」


 魔性の者に侵入されて、中に居た者は皆殺しにされた。

 たった一人のアニスを除き。


 その理由は不明だが、分かった事もひとつある。

 それは魔性の者、つまり魔物が事件に関わっていたという事だ。

 他の被害者も、おそらくはだが、その魔物にやられたのだろう。


 しかし、そうなると昨日のあいつ。


 いや、「ッコス」達の事では無くて、私を襲った例の男。

 奴の存在が完全に謎だった。


「(誰かに頼まれて殺しに来たのか……)」


 それにしては弱すぎた。

 相手が悪かっただけかもしれないが、5秒でダウンとは情けなさすぎる。

 或いは、私でもその気になれば撃退できたかもしれない程だ。

 そんな男を刺客に選ぶか……?


 思っていると、ドアがノックされ、「お兄さん? 居ます?」というヴェンパの声がした。


「あわわわわ……!」


 サチが言って、「ぼむっ」と消える。

 それを見てから私はヴェンパに「ええ、居ますよ」と声を返した。


「何やってんですかこんな所で。まぁいいや。ちょっとお手伝い、というか、お使いをお願いしたいんですが、今、時間空いてますか?」


 ドアを開けてヴェンパが現れ、部屋の中を見ながら言った。

 私の答えは「まぁ」というもの。

 別段忙しいわけでは無いし、かと言って暇すぎるというわけでもない。

 少々のお使い程度であれば、やっても構わない気持ちではある。


「じゃあスミマセンがお願いしますよ。裏庭に倉庫がありまして、中にバケツが5つ程あるんです。それを2つばかり持ってきてくれますか?」

「分かりました。2つですね」


 私はヴェンパの頼みを受けた。

 何に使うのかは分からなかったが、要ると言うなら要るのであろう。


 部屋を出て、玄関に行き、そこを出てから裏庭に向かう。


 大きな池が目に入り、近くに行って中を覗く。


 しかし、中には何もおらず、枯れた葉が何枚も浮いているだけだった。

 倉庫はその池の向こう側に「ひっそり」と存在しているようで、私は池に沿うようにして、目的地の倉庫に辿り着いた。


 鍵はついて居なかったので、普通に開けて中へと入る。


 使わない植木鉢に古くなった掃除道具、壊れた鋤や鍬等があり、倉庫は大きいが手狭に思えた。


「バケツバケツ……ああ、あれか」


 注文のバケツは一番奥の、ござの向こうに置かれてあった。

 それを跨ぎ、越えようとした時、私は急速に力を失った。


「な……なんだ……これはッ! 力が……入らない……!」


 ござの上に倒れ込む。四つん這いになり、立とうとするが、体に力が入らない。

 やがてはそれすらも困難になり、私は縛りつけられるように、ござの上でうつ伏せになった。


 倉庫の入口に影が差し、誰かが現れたのはその時だった。


「ヴェ、ヴェンパさん……?」


 それは執事のヴェンパであった。

「にやり」と笑って私を見ている。


「まぁアレですよ。あんたはちょっと、深入りしすぎたって話ですよ」


 タバコを取り出し、それに火を点ける。


「どういう事なんですか……ッ!」


 信じられず、私が聞くと、「まーだわかんないの?」と、ヴェンパは言った。


「犯人は俺さ? それは分かってる? じゃあ理由が分からない? なんで、どーして、何がしたいかって? それはつまりこういう事さァ!!!」


 火を点けたままのタバコを持って、ヴェンパは言って姿を変えた。

 顔には奇妙なタトゥーが浮かび、体には猿のような毛が生える。

 頭には二本の角があり、尻には長く、黒い尻尾が見えた。


 そして、背には尻尾と同色の、二枚の翼を生やしたのである。


 デビル。まさに悪魔である。

 その能力は千差万別。

 凄まじい力を持つ者もおり、神話や伝説にも数多く登場する。


 その好物は人の魂や、或いは人間の体そのもの。

 中には契約を重んじる者も居るが、殆どの場合は人間を騙し、その魂を喰らう事に心血を注いでいる連中だった。


「分かるでしょ? あんたも魔族なんだから! 察しなよ! 疑いなよ! あっさりと心を許してんじゃねーよ! そいつは対魔族用の天界産のトラップでね。力をぜーーーんぶ吸い取らないと、機能を停止しないってワケ。気の毒だけど仕方ないね。あんたが鈍いのが悪いんだから」


 ヴェンパは言って、タバコを吸って、それを私に「プファ~」と吐きつけた。


「目的は……なんだ……?」


 それに耐えて、私が聞く。


「目的ぃ? まぁ、一番近いのは、アニスちゃんの体を引き裂く事だね。こんな俺を信用しちゃってさ。あの子、体を引き裂かれる時、どういう顔をするのかね? ほんっと楽しみで仕方ないよ。殺さずに置いて正解だったわ~」


「にやにや」としながらヴェンパが言った。


「殺さなかった……? という事は、アニスの両親を殺したのも、一連の殺人事件の犯人も、全てお前という事なのか……?」

「だから言ってんじゃん。犯人は俺だって……あんたも魔族だから知ってるでしょ。バフォメット様って名前をさ。あの方がこちらに来たいっていう事で、俺はお仕事をしているわけなの。逆五芒星って分かるでしょ? アレを作ってる最中なんですよ」


 面倒くさそうにヴェンパが答える。


 逆五芒星。所謂、逆さまの星は、山羊の顔をした大悪魔の象徴だとも言われている。

 極めて強大な力を持った悪魔の中の悪魔と言って良い。


 ヴェンパはその使いとして人間界に派遣され、逆五芒星を作り出して、主を召喚しようとしているのだ。


 その方法はおそらく血の線。

 人を殺し、儀式を行い、見えない血の線を浮かび上がらせて、五芒星を描こうとしているのだろう。

 この屋敷は予測であるが、その儀式の始まりだったのだ。


「ま、色々と言っちゃったけど、あんたもう終わりだから? そこでおとなしく干物になってネ。妹さんはありがたーく、ペロリとおいしく頂いておきまーす」


 ヴェンパが言って、ドアを閉め出す。


「ま、待て……っ」

「と言われて待つバカは無し」


 そして、私の言葉を聞かず、倉庫の扉を完全に閉めた。

 どうにかしたいが、どうにもならない。

 指一本すら動かせない。


 父の血が、私をここに縛りつけて動かさないのだ。

 レーナを助けたい。私の身は良い。誰か、レーナを助けて欲しい。


 薄れていく意識の中で、私はそれだけを願っていた。




「おい」


 唐突に、声がした。


「死んでんのか?」


 言って、誰かが近づいてくる。


「おーい。生きてますか~?」


 かなり近い。というか、耳元だ。

 最後の力で片目を開けると、そこには一人の男が立っていた。


 髪の毛の色は銀。

 これは私と同様である。

 身長は175㎝位。これも私に相当近い。


 だが、その顔は切れ長の、かなりの男前と言って良く、胸元が開いたその服装は同じ男でもセクシーだと思った。


 年齢はおそらく25前後。

 少し目つきがきついようだが、大抵の女性には受けが良いだろう、かなりの美青年がそこには立っていた。


 一体誰だ……と、私は思う。


 声は出ない。片目を開けるのが、今の私には精一杯だ。


「助けて欲しいか? ん?」


 男が言って、覗き込んでくる。

 その表情には嫌味は無く、好奇心だけがあるように見える。


「どうなんだ? 助けて欲しいのかって」


 続けて聞かれて私は頷いた。

 ここで「いーでーす……」なんて言える程、私は毎日を未練なく生きて居ない。


「よしよーし。これで貸し1な。いずれ、形のあるもので頼むぜ?」


 男が言って、右手を伸ばす。

 そして「ハアッ!」と気合を入れて、私の体を縛りつけていた罠の力を無力化させた。


「テメーも一応魔族なんだろうに、随分となさけねーザマだったなぁ……」


 男の手を取り、私が立ちあがる。

 言い方はキツイがこの男、なんだかんだで世話見が良いようだ。


「何者なんだ。君は……」

「あ? 俺はルーインってんだ」


 聞くと、男はルーインだと名乗った。


「お役目はまぁ人間界の監視だな。今回みてーなアホウがいやがると、俺も色々と困っちまうのさ。ま、きっちり始末したし、テメーの妹だかも無事だ。妹の方は随分強ぇが、兄貴の方はさっぱりなんだな?」

「始末した!? ヴェンパの事か? レーナも無事なのか?!」


 私が聞くと、男改め、ルーインは「そう言ってんだろうがよ……」と、面倒臭そうな顔で答えた。


「そうか……それなら良かった……君にも迷惑をかけてしまったな」


 そこまでを言って私は倒れた。やはりは力が入らない。とにかく眠くて仕方が無かった。


「おいおい、まだ手間をかけさせるのかよ……厄介な奴に絡んじまったぜ」


 そんな声を聞きながら、私は眠りの世界に落ちた。




 私はその2日後に、我が家のベッドで目を覚ました。

 レーナがおり、サチも居たが、ルーインの姿は既に無かった。


 少し寂しいな、と私は思ったが、かといって2日も待って居てくれて、「心配したぜこの野郎!」と、フレンドリーに言われても少し困るので、これはこれで良かったのだと思う。


 ヴェンパの事件は解決を見て、現在は各屋敷の地下を自警団が捜索しているらしい。

 死体やら、儀式の道具やら、まぁ、色々と見つかっているそうだ。


 そして、私を狙った男だが、彼はアニスの親族の一人で、ヴェンパに操られた男だと分かった。


 その記憶は無く、それどころか、以前の記憶も曖昧なので、彼は割と以前からヴェンパに操られていたのであろう。


 親族を操り、冷たく当たらせ、アニスの信用を自分に向ける。


 そして、信用が最大に達した時、ヴェンパはアニスを殺す気だった。


 まさに悪魔的な考え方だが、私のすぐ近くにも、同じような考えの少年が居た。


「分かる分かる。積み上げて来たものを壊す時って、結構気持ちが良いものですしね。先生に頼まれたお使いとかでも、それを買わずにお菓子を買うとか、落としちゃったとか嘘ブッこくのも割とサイコーな気分ですよ? バカめ! 信用してやがる! みたいな? 嘘だって言ったらどんな顔するの!? ねぇ!? 教えてよ! 教えてよティーチャー! みたいな感じで表面上は、反省しているフリをする僕」


 まさに悪魔。小悪魔フェネルである。


 私はとりあえず、今後は2度と、フェネルにお使いは頼まない事にした。


否、おっさん達が強すぎたのだ!

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