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涙を流す魔物

 人の命が尽きる前には、いくつかの不吉な兆しがある。

 知っている人が夢に出て、別れを告げるような事を言う。

 夜中、自宅の屋根の上でカラスの鳴き声が止まらない。

 ある人から貰った大事なものが、何もしていないのに突然壊れる。


 と、様々なものが挙げられるが、私達の住んでいる大陸には、より、具体的かつ信頼性の高い不吉な兆しが存在している。


 一つは「デュラハン」と呼ばれている首なしの騎士が戦車に乗り、家の前に乗り付けてきて、命が尽きる者を指差して、去っていくというものだ。

 指差された者は翌日までには、事故や病気等によって、命を落としてしまうといわれる。


 もう一つが「バンシー」と呼ばれている女性に道端で出会ってしまい、顔を見られて泣かれてしまうと、近日中に死んでしまうというものである。


 彼女らは死んでしまうその人達の運命を哀れんで泣くのだという。

 実は、この二つの兆しは、それに遭遇した者にとって、好機とも言える出来事らしい。

 彼ら、彼女らを倒す事が出来れば、死の運命から逃れられ、命を保つ事が出来るからだ。


 しかし、デュラハンもバンシーも、並の人間が戦って容易く勝てる相手ではない。

 元も子も無い話だが、彼らを倒そうとする事により、死んでしまう者も居るのである。


 死の運命から逃れる事は、それほど難しいという事なのだろう。

 死の運命を伝える彼らが、一体何を考えて、死すべき者に姿を見せるのか。

 私はこの事件に出逢うまでは、そんな事を考えた事は一度もなかった。





 女性の名はシヤと言った。

 年齢はおそらく十代後半。

 黒く、長い髪が印象的な、物憂げな表情をした女性であった。


 彼女が私の家を訪ねた時間は、夜中を過ぎた未明頃。

 喉の渇きを覚えた私が、台所で水を飲んでいた時の事だった。

 まだ薄暗い空の下、彼女は裏口に立っていたのだ。


 一瞬、幽霊か何かだと思い、口に含んでいた水を鼻から出したが、彼女がその場で頭を下げた事で、私は彼女を生ある者として(或いは害意の無い者として)認識出来たという訳なのだ。


 シヤという女性は今現在、私の正面のソファーに座り、視線を床に向けたままで、少しずつ紅茶を飲んでいる。

 美人ではあるのだろうが、どうも幸の薄そうな女だな、と、失礼ながら私は思った。


「わたしの名はシヤといいます」


 膝の上にカップを置いて、シヤが自分の名前を言った。

 改めて言ったという訳では無く、前後するがこの時に初めて言ったのだ。


「先生はもうお気づきかもしれませんが……わたしは人間ではありません……」


 裏口で一目見た時から、私はその事には気付いていたが、彼女、シヤが視線を逸らしているのは、どうもその辺りが原因のようだった。

 人間ではない、という事は別に悪い事ではない。

 そんな事で遠慮したり、劣等感を抱くのは間違った事だと私は思う。


「私も半分は人ではありません。ですのであなたが人間で無くても、別に何も気にしませんよ」


 私の言葉を聞いたシヤが、ここでようやく頭を上げた。

 私の目を見るその瞳には、ここまでのシヤには見られなかった若干の輝きが宿っていた。

「どきり」としたのは私がおそらく、単純で、惚れっぽい性格だからだろう……


「それで、その、ご用件は……」


 誤魔化すように視線を逸らし、私は私を見ているであろう、シヤに向けてそう言った。


「先生は、バンシーという……魔物の事をご存知ですか?」


 魔物、という言葉を聞いて、私は再び視線を戻した。

 シヤは自身の膝上にあるカップへと視線を落としていた。


 バンシーは別名で「泣き女」とも呼ばれ、冒険者や旅人等に恐れられている魔物である。

 なぜ、恐れられているかといえば、彼女達が自分を見て泣けば、近いうちの自分の死が、殆ど決定的になってしまうからだといわれている。

 ゆえにバンシーは不吉な存在で、死の使いだと考えられて忌み嫌われているという訳である。


「わたしはその……バンシーなんです」


 シヤの声が一段と、小さく、切ないものになった。

 すぐに出せる言葉は無かった。

 バンシーという種族に出会った事が初めてだという事もひとつの原因だ。


 だが、死の使いだと恐れられ、忌み嫌われているという種族だということを自身で告白せざるをえなかった彼女の胸中を考えると、かけるべき言葉が見つけられなかったのだ。


「……そうですか。初めてお会いしました」


 それは散々考えてひねり出した言葉だったが、今となればもう少しうまい事を言えても良かったとは思う。

 幸い、悪くは受け取られず、シヤは不器用に微笑んでくれた。

 下手を言ったな、とは感じていたが、気まずさをそこまで引き摺らなかったのは、その笑顔のお蔭だったのだろう。


「……わたしは泣きたくないんです」


 不器用な微笑みを顔から消して、物憂げな表情でシヤが呟いた。

 シヤがもし人間なら、私は疑問を感じただろう。

 悲しいとき、辛いときには、別に泣いても良いんじゃないか、と、思っただけで終了である。


 だが、シヤはバンシーだった。

 泣きたくないという事の理由は、ある程度だが、絞られる。


「死なせたくない人が居るんです。でも、わたしは泣かなければいけない。その人の死を哀れんで……」


 自分が泣く事によって死んでしまう人が居る。

 だから自分は泣きたくない。

 シヤが私を訪ねたのは、それが理由のようだった。


「なるほど。ご用件は理解しました」


 私は言って、考え込んだ。

 その治療、と言って良いか、問題の解決が私にとって難しいように思えたからだ。

 例えば目を怪我した事で、流れ出る涙を止める事は、これは薬で可能だった。

 悲しい感情から来る涙も、我慢さえ出来るのならば、止める事は可能であろう。


 だが、バンシーが泣く事は、おそらく彼女達の運命なのだ。

 鳥が空を飛ぶように。魚が水中を泳ぐように。

 彼女達は死すべき者の前で泣く。


 誰が決めたかは知らないが、それが決められたさだめなのである。

 今まで、バンシーとはそういうものなのだと私は勝手に認識していたし、それに特別な感傷を抱いた事は1度もなかった。


 彼女達に感情があるという事さえ、考えた事はなかったのかもしれない。

 しかし、シヤというバンシーに触れた今は、彼女達はあまりにも残酷な運命を背負わされていると思う。

 だからこそ、私はシヤというバンシーを救ってみたいと考えだした。

 残酷な運命の決定者に蹴りをくれてやりたいと思ったのだ。


「わかりました。出来る限りはやってみましょう。もし、何も問題が無ければ、治療中貴方にはここに逗留していただきたいのですが」


 下心は一切無い。

 これは是非にも強調しておきたい。

 薬を調合するにしても、資料を探し出すにしても、シヤがここにいてくれた方が、何かと都合が良いのである。


 それにここに逗留すれば、泣きたくない人に出会う事も殆ど皆無と言えるだろう。

 以上の事から判断し、下心は一切無しで、私は彼女に提案したのだ。

 いやいやホント。本当の事です。


「ありがとうございます。それではしばらくお世話になります。わたしに出来る事があったら何でも言ってください」


 シヤは私の提案を快く承知してくれた。

 これで私の生活にも色気と張りができたわけだ。

 いやいや違う、ヘンな意味ではなく。


『ぐぅぅぅ~……』


 私の腹が不意に鳴った。

 腹痛を起こしたというわけではない、変な時間に起きたせいか、腹が減ってしまったのである。


「……し、失礼。どうやら腹が空いてしまったようだ。何か、軽く作りますが、良ければあなたも食べますか?」

「あ、そ、それならわたしも手伝います。ただでいただくわけにはいきません」


 客人にそんな事をさせては、と、私は一度拒否したが、シヤがどうしてもと押してくるので、結局は二人して、軽食というにはあまりに多い、朝食を作る事となった。


 私は玉子焼きは「甘い派」だったのだが、シヤが作った塩味に意外にもはまってしまった事が、この時の最大の収穫だった。





 シヤが私と暮らすようになってから、あっという間に二日が過ぎた。

 知人にあたり、資料を漁り、シヤの依頼を果たす為に忙しなく行動したつもりだったが、残念ながら現時点では、シヤの希望に応える事はできないというのが現実だった。


 八方塞がりになった私は、以前に思った事がある「泣く事を我慢できないのか」という事を、部屋の掃除をしてくれているシヤに向けて聞いてみた。


「すみません……無理だと思います」


 それがシヤの答えだった。

 馬鹿な事を聞いてしまったな、と、私は深く反省をした。

 シヤとて挑戦してきただろうし、それができなかったからこそ、私を訪ねてきたのである。

 少し考えれば分かる事だった。


「申し訳ない。これは私が愚かでした」


 シヤに向かって素直に謝り、私は再び考え込んだ。

 涙腺を切る、というのはどうか。

 悲しいという感情はシヤの中にはうまれるだろうが、涙が出る、という事は最悪ながら防げるだろう。


 涙さえ流さなければ、相手が死ぬという事も無くなるのではないだろうか。

 しかし、涙腺を切った結果、どうなるのかが分からないし、何よりも今の技術では、手術の跡がシヤの顔に残ってしまう事も事実である。


 そうすれば100%相手の命が保障される、という事で無いのなら、試してみるのは酷かもしれない。

 この考えは、もう後が無いという所まで取っておき、シヤの考えを聞いた上で実行するのが良いだろう。


「そろそろお昼ごはんの時間ですね」


 シヤに言われて時間に気付き、私は壁の時計に目を向けた。

 時間は12時04分。確かに昼飯時だった。


「昨日の夜からカレーを寝かせてあるんです。お昼ごはんはそれでもいいでしょうか?」

「ではそれでお願いします」


 私からの返答を待ち、返答を聞いたシヤが頷き、台所へと歩いていった。

 タダで泊めてもらっている上に、何もしないのは申し訳ないと、シヤは料理から雑用までなんでもやってくれている。


 この二日間の料理も全て、シヤに作ってもらっていたが、世辞抜きで絶品だった為に、私は正直御飯時が楽しみで仕方なくなっていた。

 カレー等を食べるのは果たして何年ぶりだろう。

 開いていた本を置き、シヤと昼ごはんが待っている台所へと足を向けた。





 私は衝撃を受けていた。

 カレーというものは作り手次第でこれほど味が変わるのかと。

 カレーはライスに合うだけの「汁」。


 それがカレーというものに対する、私が抱いていた感情だった。

 しかし、シヤが作ってくれたカレーを食べて、その感情は吹き飛ばされた。

 カレーの汁はまろやかにほかほかのライスを包みこみ、具のひとつひとつはそれぞれに独立した旨味を内包している。


 単独でも最高の料理だったが、すべてを一緒に食べる事で新たに生まれる素晴らしい味のハーモニーがそこにはあった。

 グダグダと言っても分かりにくいと思うので、一言で表現しようと思う。


 つまり「ヤバい!」そういう事である。


「最高においしいです。あなたは店を持つべきです」


 それは冗談やお世辞ではなく、私の本当の気持ちだった。

 こんな料理が食べられるのなら、私は毎日でも通うだろう。


「先生はお世辞がお上手ですね」


 それでも嫌な気持ちはしないのか、口を隠してシヤが笑った。

 私は一瞬食事を忘れ、その笑顔に見入っていた。

 胸の奥で何かが生まれ、私は慌てて首を振った。


「そ、そういえば聞いていませんでしたが、あなたが死なせたくない相手とは、やはり人間なのですか?」


 強引に話を変えたのは、この雰囲気から逃れる為だった。

 シヤが嫌いではなかったが、好きになるのは早すぎる、と、私の脳が警告したのだ。


「はい。人間です。わたしにとって大切な、絶対に死なせたくない人です」


 握っていたスプーンを置いて、シヤが真面目な顔になった。

 私はあまり鋭くは無いが、あまりに鈍い方でもない。

 シヤの発言と態度から、「大切な人」が何者なのか、ある程度の予想をする事はできた。


 おそらくその人間は、シヤが好意をもっているか、あるいは愛する人だろう。

 そう思うと体の力が抜けた。

 シヤに好意を持っていた事は、もはや否定のしようがなかった。


 我ながら、なんと惚れやすい。

 自身の性格に呆れながら、私は静かに水を飲み、シヤの返答に応えるように、「なるほど…」と小さく頷いて見せた。


 まだたった二日間をともに過ごしたというだけだ。

 そこまで深く想ってはいないと思う。

 ダメージはそう、小さい方だ。


「あの、先生……? もし、わたしが泣く事を止められそうになかったら……」


 シヤが何かを言いかけた時、家の正面の呼び鈴が鳴った。

 呼び鈴を鳴らした犯人は、私には予想がついていた。


 シヤが来た二日前から、断っているのに毎日やって来ては、中に入れろと要求する邪魔者以外のなんでもない、Fが頭文字のあの少年である。


「失礼、すぐに戻ってきます」


 シヤに一言断った後、面倒臭いと思いながら、私は正面玄関に向かった。

 居留守を使おうものならば、裏口から入ろうと試みたり、窓から侵入しようとしたり、好き放題されるに決まっているからだ。


「さすがにもう治ってますよね? 遊んで遊んで!」


 玄関を開け、訪問者を見れば、それはやはりフェネルであった。

 ここ二日の拒絶理由を「たちの悪いカゼ」としていた為に、フェネルは私の顔色を見て、治ったのだと思ったようだ。

 タイミングがタイミングだっただけに、カゼをひいている演技を忘れ、そのまま出たのは失敗だった。


「あぁ~、いやぁ~……カゼは、治ったんだがな。ああそう、昨夜から嘔吐ばかりしていてな、床が吐瀉物だらけなのだ。お前の嫌いな酸っぱい匂いが家中に充満しているぞ。それでも良ければ入るといい。ああそうだ、ついでだから掃除もしてもらおうか。なんといっても助手だしな。それがいい、それがいい」


 これは勿論口からでまかせ。フェネルを騙すが為の嘘だ。


「マジっすか! うわっくさ! 先生くっさっ! 一週間くらい近づかないんでちゃんと掃除しておいてくださいよ! あーもう最低だ! 臭い臭い! おやじ臭い!」


 だが、フェネルはそれを信じ、私の胸をえぐるような強烈な汚い言葉を残し、とっとと帰ってしまったのだ。


「最低なのはお前の方だ……」


 思わずつぶやく。

 いくらなんでも傷ついた。おやじ臭いは本当に余計だ。

 台所に戻ってみると、シヤは私が去った時と同じ状態で待っていてくれた。

 食事を進めて問題無いのに、それをせず待っていてくれたという所に私は妙に感心した。


「お客様ではなかったのですか?」

「ああ、風邪薬の訪問販売でした。ここがどこかを教えたら慌てて帰っていきましたよ」

「まぁ」


 シヤが驚き、目を丸くした。

 実際、一度あった事だが、こうして驚かれる所を見ると、やはりは珍事なのだろう。

 ただ、その時の薬は風邪薬ではなく、「嫌な事は全て忘れて気持ちよくなれる薬」だったのだが……


「そういえば、先ほどあなたが言いかけた件は、一体なんだったのですか?」


 椅子に座り、食事をしながら、思い出した私がシヤに聞いた。


「私が泣くことを止められそうになかったら……」彼女はそう言いかけていたはずだ。


「あ、その事はもういいんです。何でも無いんです。本当に」


 何でも無いはずはない。

 と、私は内心思っていたが、本人が話したくない事を無理に聞きだす事は無い。

 必要があるのなら、いつか話してくれるだろう。


 私はそう納得し、その時はしつこく追及する事をしなかった。

 この時聞いておくべきだった。と、私が酷く後悔するのは全てが終わった後の事だった。





 翌日、私の診療所に「一匹」の患者が訪れてきた。

 患者の名前はコパックと言い、種族としての名は「ゴブリン」だった。


 ゴブリンは身長140cm程の小柄だが獰猛な魔物であり、自分より弱いものを集団で襲い、金品や食料を強奪するという、同じ魔物達からでさえ忌み嫌われている存在である。


 肌の色は緑や茶色。

 外見は例えるならば、耳と鼻が異常に長い人間の子供と言った所か。

 私の元を訪ねてきたコパックの体の色は茶色。

 灰色のフードつきのローブを羽織り、その下に胸当てを着込んでいるようだった。


 年齢は人間に換算すると25,6才だと想像される。

 戦士のような顔つきの堂々とした雰囲気のゴブリンだった。


「コパックは、センセイに、強くしてもらいたい」


 ゴブリンのコパックは開口一番にそう言った。

 聞き取りにくいという事もあり、私は「ん?」と、首をかしげた。


「センセイに……コパックは……強く、して、もらいたい」


 私が首をかしげた事を「聞こえなかった」と受け取ったのか、コパックは少し順序を変えて、今度はゆっくりとそれを話した。


「強く、して、もらいたい……?」


 言っている事は分かったが、何を言いたいのかが分からない。

 私が鸚鵡返しをすると、コパックは大きく頷いて、それから「オゲガイジマス」と言った。


「お願いします……? と、言ったのではないでしょうか?」


 いつからそこに居たのだろうか、私の背後でシヤが言い、私もそれに「ああ」と納得した。

 敵意と害意は見られないので、詳しい話を聞いてみようとコパックを中へと招くのである。




 コパックはゴブリンの戦士だった。

 集団で生活する他のゴブリンとは違い、一匹で森の中に住んで、己の技と肉体を極限まで鍛えたいと願っている孤高のゴブリンなのだそうだ。


 その孤高のゴブリンがなぜ私を訪ねてきたのか。

 そこをずっと聞いているが、「強く、して、もらいたい」と、同じ事を繰り返し、そこから話がすすまないのだ。


 私は「なぜ?」と聞いているのだが、その言葉が分からないのか、コパックは「強く、して、もらいたい」と、同じ事を繰り返すだけ。


「どうぞ、冷たいお飲み物です」


 と、シヤがやってきてくれたのはまさに渡りに船だった。


「なぜ強くしてもらいたいのか、そこを聞いているのですが、言葉の意味が分からないのか、そこから話が進まないのです」

「それは困りましたね……わたしもゴブリン語はわかりませんし……」


 私の前とコパックの前、それぞれに飲み物を置いたシヤが、右手を自身の頬に当て、困ったような顔で言った。

 それはわからないだろう、と、内心思ったが、それを言葉にしてしまったらおそらくシヤの性格では責任を感じてしまうであろう。

 故に、私は思うだけで、言葉にするのはやめておいた。


「何か、他の言葉で聞いて、彼が反応する事を待つしか、聞き出す術は無いのかもしれませんね」


 代わりにシヤにそう言って、私は彼女の同意を求めた。


「そうですね……あっ、でも、もしかしたら!」


 私に同意しかけたシヤが、そこで何かを閃いたのか、両手を軽く「ぱん」と合わせた。


「先生、ペンと紙をお借りしてもいいですか?」

「え!? ええ、はい、どうぞどうぞ!」


 私は微妙な反応をした。

 シヤの明るい顔を見て、「どきり」としてしまったからだ。

 シヤは普段も綺麗だが、やはり明るい顔の方がいい。


 そんな事を考えた為、うまく感情をコントロールできず、表に出す反応が微妙になってしまったのだ。

 シヤは隣の部屋に走り、それから紙とペンを持ってすぐこの場に戻ってきた。


 その間僅かに3秒程度。

 どこぞの自称助手であるフェネルをさっさとクビにして、シヤを助手に誘おうかなと私は本気で考えた。

 気立てはいいし、料理は上手いし、細かいところまでよく気が回る。

 まるで正反対を行くフェネルと比べてパーフェクツと言って良い。


「もしかしてこれだったら彼にも通じるかもしれません」


 私とコパックの間に座り、テーブルの上に紙を置く。

 それからシヤはペンを走らせて、紙に何かを書いて行った。

 まるで馬の蹄のような、文字なのか絵なのかもわからないものだ。

 それらは数十個並べて書かれ、書き終えたシヤは「わかりますか?」と言って紙を動かしてコパックに見せた。


「……?」


 コパックが黙ってそれを見る。

 5秒程が経っただろうか、コパックがシヤからペンを取った。

 そして、紙の余白部分に何事かを「ごりごり」と書き始めた。


「やりました先生! 通じました!」


 シヤが喜び、私を見たが、私は少々の驚きの為、まともな言葉は返せなかった。


「(これは真剣に助手交代か……)」


 シヤの喜ぶ顔を見ながら、私はそんな事を考えていた。






 シヤの問題を据え置きにして、コパックに関わってしまった事は大きな失敗だったと思う。

 私はシヤを患者と思わず、いつまでも一緒に居てくれるような、助手のようなものだと考えていたのだ。

 順番から言えばシヤが先客で、コパックはその次の患者であった。


 なのにその順番を無視して、私はコパックに関わってしまったのだ。

 勿論、コパックに責任は無い。

 悪いのは100%この私だ。

 シヤの問題を軽視して、時間は無制限にあると思った私の落ち度と思うしかない。


 私は無能で駄目な医者だ。

 後に自分が読み返す度、これを教訓とするようにしっかりと明記しておこうと思う。


魔医者、第二話の投稿となります。

6月10日に新作のポピュラリティーゲームを投稿しましたので、良ければそちらもお願いします。



あと、シヤの声優さんはイメージ的には小清〇亜美さんです。

ペル〇ナ4の若女将等ですな。

分かる方だけ分かって下さい…

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