最凶の敵
今年は多分これで終わりです。
投稿から1月半が経ち、沢山の方に読んでいただきました。
大御所さんからは「ヘッ…」でしょうけど、私としては嬉しい限りです。
皆さんが読んでくれているお蔭で、私はこれを書き続けられています。
ありがとうございます。
コンゴトモヨロシク…です。
とある日の午後の事。
私は玄関脇の地面に、看板を立てる作業をしていた。
「フォードレード医院。病気や怪我。悩みや相談事。その他何でも引き受けマス」
それが看板に書かれた文字で、一体、何時の間に書き込んだのか、ガチムチマッチョと化した私がポージングをとった絵が描かれており、「かかってきなサイ♡」と言う文字が、絵の上部分に記されていた。
「フェネルの仕業だな……油断も隙も無い奴だ……」
思いながら一方で、「意外に絵はうまいんだな」と、私は妙に感心もした。
さて、どうするか、と、悩んだ結果、余分な板が無い事だし、塗り潰すペンキも無い事だしで、とりあえずはそのまま立てる事にする。
後日、あまりに不評なようならペンキを買って来て塗りつぶせば良い。
私はそう考えて、看板を立ててハンマーを打ち込んだ。
三度程打って、安定感を確認してみる。
「まぁ、こんな所だろう」
左右に揺らし、押して見ても、一応看板は「ビク」ともしなかった。
大抵の風雨には耐えられる事だろう。
そう言えば説明が遅れてしまった。なぜ、私がこんな事をしていたか。
簡単に言うなら諦めたのだ。医者だから~とか、言い訳をするのが。
ならば最初からこう明示して、相談事でも何でも屋のような事でも、心置きなく受けようではないか、と、そう考えを変えたわけである。
それに少し下世話な事だが、こうしていれば報酬として、普通に料金も請求できる。
今までのようにタダ働きや、使い道の分からないサーモンやらを貰わなくても良い事になり、まさに一石二鳥となるのだ。
「ふぅ」
息を吐いて空を見る。
今日もなかなか良い天気である。
視線を落とし、道を見ると、遠くに一人の女性が見えた。
メモのような紙を右手に、それを見ながら歩いてきている。
方向音痴の娘でなければ、その目的地は100%、私の家だと考えられた。
「(ん……? どこかで見た事がある娘さんだが……)」
私が思い、両目を細める。
割と最近、その女性をどこかで見たような記憶があったのだ。
年齢ならば15才前後。
髪の毛の色は薄い茶色で、背中に届く程度の長さだ。
特に変わった髪型では無く、見た目の印象は素朴そのもの。
長い距離を旅してきたのか、全体的にすすけており、背中に担ぐ荷物も若干、体に反して重荷に見えた。
「あ」
そこで、あちらが私に気付いた。
「ど、どうも! お久しぶりです!」
と言って、早足になって近づいてくる。
「ああ……そうか、あの街で」
ここで私は思い出した。
ラミアのロニアの想い人の、クラスを探す時にお世話になった少女だ。
実際の年齢は19だったか。
どう見ても15才前後の、見た目に幼い酒場の亭主である。
あの時私は名前を告げて、用があるなら探してくれと、そういう事を言った気がする。
という事は何らかの用があって、彼女は私を訪ねたのだろう。
相当の距離を一人で歩いて。
この状況で「知らん! 帰れ!」と、突き放す程に私はツンデレでは無い。
というか、それは人ですらない。
私は素直に「お久しぶりです」と言って、彼女の安堵の顔を見た。
「遠い所を大変でしたね。まぁ、とりあえず中にどうぞ」
そして、彼女の用事を聞く為に家の中へと招くのである。
「あ、はい。お邪魔させてもらいます」
聞いた彼女はそう言って、背中の荷物を担ぎ直して歩いた。
途中、看板に書かれた絵を見て、それをしばらくガン見していたが、その後に私を「ちらり」と見ただけで、特に何も言ってこなかった。
何かこう、突っ込みだとか、理由を聞いてくれるだとか、何らかのリアクションを期待しただけに、何だか気まずい私であった。
「改めましてこんにちは。わたしの名前はリラクと言います。これ、つまらないものですけど、ラトーデの街の名産品です。とりあえず、どうぞ」
応接間のソファーに座った少女、改め、リラクがそう言って、荷物の中から箱を出した。
両手を添えて渡してきたので、私もそれを両手で受け取る。
「開けてみても?」
「どうぞどうぞ」
聞くと、開けても良いと言うので、私は箱の蓋を開けた。
「むぅ……?!」
鼻を衝くむせた香りが飛び出し、私は思わず顔を顰める。
箱の中には例えるのなら、バッタのようなものが詰められており、その全匹が黒塗りにされ、無念そうな顔で私を見ていた。
おそらく何かの酢漬けだろうが、開けた時の効果音は、間違いなく「キャアアア!」というものだろう。
「あ、ニオイはちょっとなんですけど、味の方は保障しますから」
リラクにそう言われなければ、腐っているものとして処理しただろうが、とりあえずはそういうものらしいので、私は「ご、ご丁寧にどうも」と言って、それを受け取る事にした。
長距離の移動に耐えうる土産だ。こういうものでも仕方は無い。
むしろ気持ちをこそありがたくいただこう……
「初めまして~。助手のレーナです。聞けば遠い所から良くぞおいで……」
レーナが言って、途中で止まる。
飲み物が乗ったトレーを両手に、鼻を「すんすん」と鳴らし始める。
どうやら異常なニオイに気付き、その元を探しているようである。
おそらく、私と同じ顔をして、ニオイの元を探して動いた。
「あ、あ~、レーナ、これ、彼女からのお土産だ。食べられるものらしいから、後でみんなでいただこう」
私が言って、中身を見せると、レーナの顔色が「さあっ」と変わる。
直後には「イヤアアアア!!」という悲鳴を上げて、飲み物をブン投げて走って行った。
あのレーナにも苦手なモノが、一応存在していたらしい。
私は驚き、蓋を閉めて、「さて……」と、場の空気を仕切り直した。
「それで、こんな所までどうして?」
「あ、はい。実はですね……」
私が聞くと、リラクは少しずつ、訪ねて来た理由を話し出した。
「お父さんを、治して欲しいんです。5年位前から眠ったままで、ずっと目を覚まさないんです。街のお医者さん達にも診て貰ったんですけど、はっきりとした理由は分かりませんでした。ただ、自然になるものじゃないから、眠ると言うよりは眠らされていると考えた方が良いかもしれない。なんでそうなっているのかの原因を探した方が良いかもしれない、って、そういう事を言っていました」
「眠っている原因……?」
リラクの言葉に私は疑問した。
眠る原因は普通なら、それはまぁ、眠いからだ。
それが5年も続くという事は、脳に異常があるのだと思われるが、他の医者達に診せたのならば、そういう事も恐らくないのだろう。
とすると、それこそ私の出番だが、現時点では全くもって、理由が分からないのが正直な所だ。
もう少し情報が必要である。
私はそれを聞き出す為に、リラクに色々と質問してみた。
「5年前と言っていましたが、そこで何かがあったという事は?」
100%原因はそこだが、リラクは直後は「いえ……」と言った。
覚えていないのか、身に覚えが無いのか、そのどちらかだと考えられるが、何も無かったというはずは無い。
何かがあったから、そうなったのだ。
「もし、魔物の仕業であれば、必ず接触してきているはずなんです。どんな小さな事でも良い、少し、思い出してみてもらえませんか?」
私が押して、そう言うと、リラクは真剣に思い出し始めた。
「8年前に……お母さんが死んで、お父さんはちょくちょくですけど、「あの頃は良かったな」ってぼやいてました。またお母さんに会いたいなって。それ以外には……」
リラクが思い出した一つの事を言った。
関係あるかもしれないし、或いは関係無いかもしれない。
だが、私は「なるほど」と言い、リラクの言った事をしっかり記憶した。
「後は……夢を、夢を見たんです。でも、なんかはっきりしてて、今のままの感覚っていうか、凄いリアルな感じの夢で……そこで、お父さんはお母さんと会ってて、「もう帰りたくない」って言って、わたしにもここに居ろって言いました。先生にあの時うかがったのは、この夢の事だったんですが……」
リラクはそこまでを一気に言って、最後に「関係……ありますか?」と聞いた。
「現時点では何とも言えません。しかし、お父さんが眠ったままになったのは、そういう事があった後なんですね?」
「はい……」
私の質問にリラクが頷く。
おそらくはだが、この一件は、バクの仕業ではないかと思う。
夢の世界にだけ存在する魔物で、人に都合の良い夢を見せては、そこから生まれる希望を食っている。
つまり、人の希望と言うものが、奴にとっては最高の餌なのだ。
取りつかれた者は眠ったままになり、食い尽くされれば廃人と化す。
意識を取り戻す事は永久に無く、死ぬまで眠ったままとなるわけである。
その間にも年を取るのか、取らないのかは私は知らないが、何も食べず、何も飲まずで5年も生きて居られると言うなら、或いは時は止まっているのかもしれない。
「少しだけ、見当がついたので、ここで待って居て貰えますか? 先程の女性、レーナというのですが、彼女に色々と聞いてください」
私は言って、立ち上がり、自身の推測を確かめる為に、彼の元を訪ねる事を決めた。
なんだかんだでお礼の品を持って行っていない事を思い出したのだ。
街に行き、それを買って、土産を片手に聞くのも悪くない。
私はまず、街に行く為に外出着に着替える事にした。
久々に、ラーシャスと会っていた。
私の後ろにはカートに乗せられた大量の酒が存在している。
量にしたら30キロ程度。
流石のラーシャスでも一夜では、飲み干せる量では無いだろう。
ラーシャスが住んでいる洞窟には以前と変わった所があった。
入口に祠が作られており、そこに食べ物が供えてあったのだ。
これは、ラーシャスが人間の為にとある事をした為で、一部の人間が今も尚、感謝しているという事の証であった。
ラーシャスが何をしたかは、機会があれば書こうと思う。
「ふむ。まぁバクの仕業だな。あまり珍しい事ではないが、その男を救うのは難しいぞ」
全てを聞いたラーシャスが言い、難しい顔で(そう見えた)言った。
「理由は簡単。奴が存在出来る場所が、夢の世界の中だけだからだ。逆に言えば、夢の世界に入れなければ奴に会う事すらままならぬ。会えなければどうにもなるまい。話すにしろ、倒すにしろな」
「それはそうだが……なんとかならないのか?」
理由を言ったラーシャスに、私が手段を聞いてみる。
ラーシャスは「ふううん……」と、鼻から息を吐き、少しの間を考えた。
それから5秒位が経った後に、「或いは」と、言葉を前置いてから、
「夢の世界に入れる者の先導があれば会えるやもしれん」
と、私の顔を見ながら言った。
「夢の世界に入れる者か……」
私が呟き、心当たりを探る。
……居た。
一人、そういう者が居た。
夢の世界に入れる者、つまり、インキュバスのトミーである。
今はもうそれを引退(というのかどうかは謎だが)し、煙突掃除の仕事をしているが、夢の世界に入る事は、きっと今でも出来るはずだ。
協力……は、多分、してくれるだろう。
アレアレ言いながらもしてくれるだろう。
「心当たりは、あった。しかし、問題はバクの対応だな……せっかく掴んだ最高の餌を、むざむざと手放したりはしないだろう?」
「その通りだ。十中八九戦いになる。先に言って置くと奴には勝てんぞ。夢の世界に居る限り、奴は最強で最悪だ。私でも勝てん。まず、行けんからな」
質問にはそう答え、ラーシャスは体を揺らして笑った。
ドラゴンは夢を見ないのだろうか。
というか、まず、寝ないのだろうか。
少々の疑問を感じはしたが、そこは今は問題では無い。
最悪、戦いになった時にどうすれば良いのかが問題なのだ。
私が考え、黙って居ると、ラーシャスは「ひとつ、ヒントをやろう」と言って、首を大きくこちらに動かした。
「人の恐怖を武器にする。奴はそれゆえに最強なのだ。恐れるもの、勝てないと思うもの、そういうものを奴は具現化し、それを戦わせて相手を殺す。ならば恐怖が無かったら? 勝てないと思うものがなかったら? 奴はただの夢を食う魔物だ。……後は自分で考えるが良い」
言ったラーシャスが「ふふふ」と笑い、右足を伸ばしてカートを引いた。
こうして見るとやはり巨大で、カートがまるでミニチュアのようだ。
或いは一夜で行ってしまうかもしれない……
そんな事を感じながら、私はラーシャスの言った言葉の、その意味を考えていた。
イグニス国のボルダーでは、トミーが真面目に働いていた。
私は最初、その様子を何も言わずに感心して見ていた。
親方が居て、トミーが居て、なかなか楽しげに働いているようで、トミーが親方に何かを言って、親方が「ハハハ」と笑っていた。
そして直後、その親方が路地に立っている私を見つけて、屋根の上から言ってきたのだ。
「何か用かね? 若いの?」
と。
年齢ならば60前後。
私よりは若かったが、そこはまぁ仕方がない事で、私は「お仕事中すみません!」と言い、その声でトミーが私に気付いた。
「アレ? アレアレ? アレじゃないですか? アレ……誰だっけ……」
おいおいそりゃあ無いだろう……
流石の私も少し凹み、「がくん」と力が抜けた為に、その場で若干ふらつきもした。
「ニアン先生! ニアン先生ですよね!」
ちょっと違うがまぁ近い。
私はぎこちない笑顔を浮かべ、トミーに軽く右手を見せた。
「恩人なんです。ちょっとアレ、良いですか?」
「おお。そう言う事なら行って来い」
トミーが言って、親方が答えた。
恩人の名前を忘れているのは、正直どうかと思いはするが、一方の親方の人間性には、私は素直に感心していた。
「いんやぁ、お久しぶりですニアン先生。アレですか? 今日はアレで来たんですか?」
2分程を待っただろうか、家の中からトミーが出てくる。
アレで来た、の部分が謎だが、私はとりあえず「ええ」と答えた。
そして、それから訪ねた理由を、かいつまんでトミーに話すのである。
「ああ……そういうアレですか。先生もアレですね。アレですよね……」
相も変わらず分からん人だが、一応、状況は分かってくれたらしい。
「協力してもらえますか?」
と質問すると、
「まぁ多分。カミさんにアレして見なきゃ分からんですが」
と言う、条件付きで承諾をしてくれた。
「なら仕事中のようですし、私はその辺で時間を潰します。何時頃に終わりますか?」
「17時には。今日はちょっとアレなんで。というか良かったらウチに居て下さいよ。アレ、場所、覚えてますよね?」
私が聞くと、トミーが言った。おそらくケイトの家の事だろう。
うっすらとだが覚えていたので、「良いのですか?」と、一応に聞く。
「ええ、カミさんも会いたがってますから。そろそろアレ、生まれるんですよ」
アレ、おそらく子供を指して、トミーが嬉しそうに「へへへ」と笑う。
頑張れている理由はそれなのだろう。
少し、私は羨ましいような気がした。
「そういう事なら待たせて貰います。それではお仕事、頑張ってください」
私が言って、歩き出すと、トミーは「あざっす!」と言って仕事に戻った。
記憶を頼りに歩いて行くと、30分後には家が見つかった。
ノックし、ケイトに再会すると「あらピアン先生!」と会うなり言われた。
夫婦揃ってこの人達は……と、私が頭を押さえたのは言うまでもない。
私とトミーは我が家へと戻った。
トミーの妻であるケイトには、外出の許可を頂いている。
後はトミーが夢に入り、バクの元へと連れて行ってくれるだけだ。
しかし、問題はまだまだあった。
一つはバクへの接し方だ。
話し合いは通じない、と、ラーシャスは私に注意をしていた。
となると、戦いになるのだろうが、その倒し方が分からない。
誰しも恐れるものはあるし、苦手に思うものもある。
そんなものが「バアアアン!」と出てきたら、それは戦い所では無くなり、身を守る事に必死になるだろう。
私の恐れるもの、例えばゴキブリ。
こいつが大量に出て来たとして、足元から一気に上ってきたら……
私はそれを必死で払うか、絶望の為に気絶するか、或いは頭がパンクして、バカになるかのどれかだと思う。
「(予め何かを着て行くにしても、夢の中だからどうなるか分からんしな……)」
ゴキブリ前提で予測をしている、その時点で私も相当アホだが、行ってからでは全ては遅い。
何らかの対応をしていかないと、揃って奴の餌となってしまう。
そして、第二の問題だが、これはトミーが行けるのかという事。
本人は「大丈夫だと思いますよ」と言ったが、実際にバクの居る場所に、行けるのかどうかという事だ。
行けなければ考えても無駄だし、無駄なら他の手を考えなくてはならない。
だからと言って考えずに行って、普通に行けたら問題だしで……
まぁ、要するに問題が多いのだ。
私達は全員で集まり、バクへの対処法を考えていた。
時刻は18時の少し前。
その為に、厄介者のフェネルも来ている。
しかし、三人集まれば文殊の知恵という言葉もある。
或いは、こいつから良案が出てくる可能性もゼロでは無い。
私はそれを期待して、フェネルも話し合いに混ぜていた。
「要するに何も考えなきゃ良いんでしょ? 全員で目をツブしましょうよ。まずは先生。ささ、遠慮なさらずに」
言って、フェネルが鉛筆を渡してくる。
どうやら「目を潰せ」という事らしい。
漫画の読みすぎだと言う他に無い。
私は無言で鉛筆を取り、右手でそれを「くるくる」と回した。
「あらっ……新しい反応だなぁ……」
フェネルが引きつつ、そして、驚いた。
いつものように怒られるか、突っ込まれるかを期待していたようだが、私には生憎その余裕は無かった。
「考えない……って無理ですよね……言われなければ意識しなかったかもですけど、聞いちゃった以上はそれも無理ですし、何か他の事、楽しい事とか、ずっと考えてるしか無いんじゃないですか?」
それを言ったのはレーナだった。
確かにそうだと知らなければ、想像する事はないかもしれない。
だが、その場合は心構えもなしに、それを出される可能性があり、その場合の衝撃は、知っている時より大きいはずだ。
しかし、レーナが同時に言った、楽しい事を考えて置く。
これは良案かもしれなかった。
恐れているものを思わせない程、楽しい雰囲気を醸し出せば、或いは付け入るスキが無くて、バクは何も出来ないかもしれない。
最初から最後まで笑顔で居れば、笑顔で奴を斬れるかもしれないのだ(奴にとっては悪夢だが……)。
「その手しかないか……」
私が言って、全員が黙る。
反対だという訳でなく、皆にも良い案が無いのである。
「なんかアブナイ薬とかで、ラリラリのブッ飛びで行ったらどうっすか? 頭の中がお花畑になってたら怖いモノなんかありゃしないっすよ!!」
唯一、フェネルがそう言ったが、論外なので「ふむ」と一言。
「今日の先生は何かが違うッ……!?」
口に手を咥えた本心は不明だが、それは割とどうでも良かった。
「それでは各自、面白い話か、楽しい話を考えておくように……と、言っている私にも難題なんだが、立ち向かう術はそれしかないだろう」
私が言って、4人が頷く。
頷かない一人は勿論フェネルで、私の反応が気に食わないのか、顔を反らして拗ねていた。
「後は方法だが、トミーの作戦は?」
「ああ、やっぱりアレですよね。アレしてるアレの人のアレに居た方がアレしやすいと思うんですよね」
全く分からない作戦である。
こんな人物が司令官なら、部隊は一瞬で全滅だろう。
「申し訳ないが、アレ、の部分を、もう少し噛み砕いて説明してくれますか……」
やむを得ず、私が言って、「アレ」を砕いてトミーが話す。
「えーと……眠り込んでいる人の近くで、ダイブした方が近づき易いと、オレはそう思うわけですよ」
おいおい普通に言えるんじゃないか。
普段のアレは何なんだ。
そうは思ったが口にせず、私は「なるほど……」と頷いて見せる。
「お父さんの近くで寝るって事ですか?」
具体的な方法をリラクが言って、トミーが「そだね」とそれに頷く。
「でも、20日位はかかりますよ……皆さんその間大丈夫なんですか?」
ドリアードゲートを知らないリラクが、私達の事を心配して言う。
「その点なら大丈夫。念の為……と言うか、秘密保持の為にあなたには目隠しをしていただきたいのですが……」
信用してない訳では無いが、あまり広めない方が良いのも事実。
私が言うと、リラクは「え、はい……」と、一応の納得を示してくれた。
準備はこれで一応整った。
私達はその後に家を出発し、ドリアードゲートを使わせて貰って、リラクの父が眠るラトーデの街に向かった。
気付いた時には海の中に居た。或いは深い湖かもしれない。
なかなか寝付く事が出来なかったが、どうやら私は眠ったようだ。
他の皆はどうしただろう。
もう、夢の世界に居るのだろうか。
水の中を漂いながら、そんな事を考える。
魚の群れが近づいてきた。
1000、いや、それ以上の、1万匹位の大群だった。
私に近付き、その横を猛烈な速さで泳ぎ去っていく。
そして、その後ろから巨大な魚が姿を現した。
「クジラか……? いや、サメか……?」
そう思い、目を細めると、顔だけがフェネルの巨大な魚が、
「腕白でも良い! 育ってほしい!」
等と言いながら、大きな口を目の前で開いた。
「うわああああああああ!?」
食われる! そう思い、身構えた時、私は別の空間に居た。
「大統領バンザーイ! 平和自治区バンザーイ!」
と、やたらと何度も連呼している。
スーツを着た人、記者らしき人達が、その場には沢山集まっており、壇上に向かって万歳し、先の言葉を連発していた。
「大統領バンザーイ!」
私の真横で誰かが叫ぶ。
「と、トミー?!」
見ると、それはスーツを着たトミーで、私が気付くと照れ臭そうに、
「ノッちゃいました。誰の夢ですかね?」
と言って、壇上に誰かが現れるのを待った。
そして数秒後。
「やぁやぁ、どーもどーも」
スーツを身に付けたフェネルが現れ、こちらに向かって手を振ってきた。
「フェネル大統領バンザーイ!! アンブレー平和自治区バンザーイ!」
歓声が一際大きくなって、万歳の勢いが更に増す。
「なんて夢を見ているんだ……というか、あいつ、普通に寝たのか……」
呆れ、私はそう呟いた。
フェネルには寝るなと伝えていた。
理由は普通に危ないし、現実の世界で万が一、何かが起こってしまった時に、誰かが起きていないと対応できないからだ。
だが、フェネルはそれを聞かず、こうして眠ってしまったわけで、挙句にこういう夢を見て、満足感に浸っているという訳だ。
どうしようもないと言って良い。
「ああっ! 大統領がぁあ!!」
直後に誰かがそう言って、ナイフを持った男が現れる。
男はフェネルに向かって走り、羽交い絞めにした上でナイフを突きつけた。
「大統領!! 何てこった! こんな時に中立マンが居てくれれば!!!」
誰かが叫び、他の人達が口々に無念そうな言葉を吐いた。
「フフフ……はっはっはっ……」
羽交い絞めにされていたフェネルが不気味に笑いだす。
「な、何がおかしい!!?」
と、ナイフを持った男が言う。
「でやっ!」
「うぉお!?」
フェネルは直後に体を動かし、男を一本背負いで投げた。
投げられた男は壁に激突し、ナイフを落として立ち上がる。
「くそぉ! 流石に一筋縄ではいかんな!! こうなったら変身だ!」
男が言って、そこが「ズドオオオン!」と、爆炎によって包まれる。
直後には「ギルギルギルギル!」と言いながら、触手だらけになった男がそこに立って居た。
「くっ、滅ぼして居なかったのか……やむをえんッ! こちらも変身だ!」
これはフェネルの発したもので、フェネルは「とおっ!」と空中に飛び、そこで一際眩しく輝いた。
「中立マンレッド! この場に轟誕!!」
そして、中立マンレッドとなって、その場に着地するのである。
「チューリツマーンピーーーンク!!」
続き、SPの女性が言って、スーツを投げ捨ててその場に飛び上がる。
「チューリツマーーーンブルゥウウ!!」
同じくSP。こちらは男性だ。
「中立マンブラック……ニヒルに参上」
これは警備員の男性だ。
「チュウリツマンイェェエエロオオッ!!」
「トミー!?」
最後は驚きのトミーであった。
そこからの茶番劇は割とどうでも良く、私は彼らが戦う様を、椅子に座ってふつーに見ていた。
「皆の前で正体を晒した以上、僕たちの戦いはこれで終わりだ……だが、僕達中立マンは、やや悪寄りのお前達を絶対に許す事は出来ない! この志は……」
「誰かが!」
「必ずぅ!」
と、全員で盛り上がっているようだったが、正直、本当にどうでも良かった。
「行くぞみんな! 中立マンファイナルだ!!」
「おう!」
「ええ!」
フェネルが言って、全員が答える。
そして、全員が素早く動き、怪人? の四肢を押さえつけた。
「これで終わりだ!!」
動けなくなった怪人の首に、フェネルがロープを巻き付けた。
「中立マンファイナル! ターゲットロック! ゲット・ライフ!」
それから地味に首を絞め、怪人が「がくり」となった後に、彼らは静かに離れるのである。
「俺達(私達)は中立だ!」
ドコーン! という音が鳴り、彼ら5人がポーズを決めた。
「最大に悪寄りの組織に見えるが……」
恰好良く決めた彼らを、私は冷ややかな視線で見ていた。
私とトミー、そしてフェネルは、それからレーナとリラクの夢を見た。
リラクの夢は酒場で仕事という、いつもと殆ど変らない夢で、レーナの夢はどういう訳か、7人の私の顔をした小人に面倒を見て貰っているという、解釈に苦しむ夢であった。
私が居る事に気付いたレーナは、
「今度は好きって言ってくれる? レーナ、好きだ、って、ほら早く!」
と、小人と勘違いして要求し、私が「ポケー」としていると、ようやく本人だと気付いたようで、
「ああああああ! 違うんです違うんです! これは夢! 悪い夢! バク! そう! バクに軽くはめられたんですうう!!」
と言って、両手を振り回して夢を掻き消した。
その事をどう取って良いのか分からず、私はただ、「あ、ああ……」と答えて、赤くなったレーナを見ていた。
「ある意味僕より大胆な夢ですね♡」
「フェネルくんんんん!?」
フェネルが言って、レーナがすごむ。
直後にはフェネルは「ひいい!!」と言って、私の後ろに素早く隠れた。
「ま、まぁ、ともあれ、全員揃ったな。ここからはよろしく頼みます」
「はいはいー、多分、大丈夫っしょ」
私が言うと、トミーは言って、その場で本来の姿になった。
背中には黒い翼が生えて、夢の中に居る為か、その顔は300%は修正された。
「だ、誰ですかこのイケメン!?」
とは、リラクの言葉で、私が一応説明すると、「なんだ……」と、すぐにがっかりとした。
これはこれで失礼な話だが、彼も一応妻帯者である。
興味を持たれなかった事は、この際幸せだと取るべきだろう。
「お、お、お、来たよ。来ましたよビーンと! こっちだこっち、こっちにアレだ!」
イケメン状態のトミーが言って、空間の一部に両手を添えた。
そして、それを左右に引っ張り、別の空間への入口を開けた。
ぱっと見、ここと同じような自然の中の空間のようで、こちらよりも多くの花が咲き乱れているような場所であった。
「じゃあ行きますか! アレの準備よろしく!」
アレ、つまり、楽しい話の準備を頼むと言い残し、トミーは先にそこに飛び込んだ。
「一応、私が先に話そう。楽しくなくても笑うように! 要するに雰囲気なんだ! 繰り返すが笑うように!」
言って、私がトミーに続く。
一瞬後には別の空間、色とりどりの花が咲き乱れる、丘のような場所に居た。
レーナが出て来て、フェネルが出てくる。
最後にリラクが姿を現し、別の空間への入口は消えた。
「あれ……ここって……」
驚いた顔でリラクが言った。少し、懐かしむような顔に見える。
「心当たりが?」
「わたしのお婆ちゃんの家の近くです。お父さんとお母さん、それとわたしで良く来てました。……小さい頃に」
私が聞くと、リラクが言った。
「ッ……!?」
直後には空気が重くなって、丘の上の木の脇に、何者かが「ちらり」と姿を覗かせた。
象のような鼻を持つ、しかし、一つ目の巨大な獣だ。
その大きさも象さながらで、赤色の一つ目をこちらに向けて、私達の様子を伺っていた。
同じく「ちらり」と見せた尻尾には、同じ色の目がついており、そちらの目は飾りであるのか、こちらには向いては居なかった。
「出ましたよぉ! 先生アレ! アレよろしく!」
トミーが言うので私はそこで、それがバクだと理解した。
そして、すぐに話を始める。
面白いかどうかは別として、そちらに集中しなければマズイからだ。
「あ、ぁああ! そう! あれは今から5年前の事だ! 私とフォックスが釣りをしていた時、向こう岸から犬が泳いできたんだな! かなり流れの早い川だが、こう達者な泳ぎでな! やるなぁと思って見ていたんだが、やはりは途中で力尽きて、川の中央で溺れ始めた! これはマズいと思った私達は、釣竿の先に犬をひっかけた! 少し痛いかもしれないが、命を失うよりマシだろうからな! で、まぁ、ひっかけたんだが、当然犬は暴れ続けた! フォックスが言った、もう無理じゃ! 重すぎる! と。仕方がないから竿を投げて、私もフォックスに力を貸した。重い犬だ! 滅茶苦茶重かった!気 合を入れて引っ張ると、犬の下に怪魚がついていた! 餌だと思って食いついたんだ! 犬が暴れたのはそういう事だったんだ! 引っ張り上げると犬はそのまま、怪魚をつけたままで歩いて行った! フォックスは言ったさ! ワンダフル。とな!?」
しーんとしていた。
皆、目を点にして、「だから?」と言う顔で私を見ていた。
「これでも必死で思い出したんだ! クスリとでも良いから笑って下さい!」
言うと、皆は一応は「あははは……」と同情で笑ってくれた。
100%愛想笑いだが、暗くなるより余程良い。
私達はこの間にも、少しずつバクに近付いている。
バクは警戒しているようだが、何かを出す事はまだしなかった。
「じゃ、じゃあ次はフェネルだ! 早く言え早く!」
このまま一気にケリをつけようと、私はフェネルの話を急かした。
こいつはバカだからそう言う話はきっと得意だと考えたのだ。
「えーと……じゃあ2年前の話を。当時、僕の学校ではオバケが出ると言う噂がありました。夜の24時ぴったりに教室に入ると異空間に行けるとか、そういうありえないふざけた噂です」
ふむふむ、良いぞ。オチが見える。
どうせ入ったら普通だったとか、もしくはビビって帰ったとかだろう。
「で、僕と、僕の友達の3人で、夜の学校に行ってみました。24時になったので教室のドアを開けてみました。何も無くて、普通でした。やっぱりただの噂だったんだ。って、僕達は笑って教室を出ました。そしたらなんか、僕しか居なくて……友達の二人は……もうどこにも……」
「怖いわ!! もうちょっと空気を読まんか! というかそれは本当の話なのか!?」
「本当だよお! だから僕は一人ぼっちなんだよおお!! マイクもミチルも居なくなっちゃったんだよおお!!」
フェネルが言って泣き出した。
直後にはバクが「ブォォン!」と鳴いて、私達の周囲に何かが現れた。
黒いオーラを纏ったレーナ。
これは釘バットを持っており、私を見て舌うちしていた。
女王様姿のケイト。
にやりと不敵に笑いながら、トミーを見て鞭を振った。
巨大なバッタの顔面のみ。
顔面だけだが私よりもデカイ。
血塗られた顔のマイクとミチル。
「フェネル~助けて~……」と、血の涙を流している。
そして、モザイクがかかった書類を持った、どこかの謎のおっさんがそうだった。
「いやああ!!」
「ぎゃあああ! 出たあ!?」
「やめてくれ! ケイト! そういうのはアレ、やめてくれえ!」
「売りません売りません! この酒場は絶対に売り渡しません!!!」
殆ど全員が一斉に怯え、恐怖の対象が一気に動き出す。
「うわあああ!! やめてくれぇえ!!」
トミーが捕まり、鞭に縛られる。
そして、尖った靴で踏まれて、「ご慈悲を! ご慈悲をぉ!」と連発し始めた。
「フェネルゥゥ! なんで一人だけ助かってんだよぉおお! 俺達こんな目に遭ってんのにさぁぁあ!!」
「苦しいよお! 助けてよぉぉ!!」
フェネルもマイクとミチルに絡まれ、腰を抜かして茫然としていた。
「分かってんの? こんななってんだよ? 利息だけでもうパンパンよ? 返せるの? 返せないよねぇ!? だったら売れよ! 売っちまえよぉぉ!!」
「いやあああ! それだけは! それだけは堪忍してぇぇ!!」
リラクは謎のおっさんに絡まれ、両手で自分の耳を塞いで、おっさんの攻めをひたすら耐えていた。
「……」
頼みの綱のレーナはすでに、バッタに噛まれて失神中。
腰から下を食われるようにして、うつぶせになって倒れていた。
私はと言うと、
「おい、イアン! こしぬけぇ!」
ブラックレーナに絡まれて、一歩、二歩とたじろいでいた。
「いっつもいっつもあたしに手間かけて、オメーはなぁにをやってんだアアアン!?」
怖い。怖すぎる。
こうなったら嫌だなと、毎回思ってはいたのだが、いざ、実際こうなると、その怖さはハンパではなかった。
「努力してんのかテメェ!? このままじゃダメだとか言ってるけどよお! 努力している所見た事ねーんだよ! 腹筋したんか?! 腕立てしたんか!? 素振りの一つもやってみたんかあ?!」
「ひいいいい!?」
釘バットを「ぶん」と振り、ブラックレーナがまくしたてる。
私に言える事は無く、怠惰を無言で詫びるだけだ。
「おら」
言って、釘バットを「どさっ」と投げてくる。
「持てよ。で、あいつを倒してみろよ」
そして、顎先でバクを指さす。
「な……」
「な……じゃねぇんだよ。おめぇ一人でやってみろっつってんだ。誰にも頼らず、一人でやってみろ」
ポケットの中に両手を突っ込み、ブラックレーナが私に言った。
出来るわけがない……私一人で。
私はいつも誰かを頼った。一人で出来た事等は、それこそ診察と治療位だ。
「……だよなぁ。オメェはそういう腰抜けなんだよ。そんなんで落とせると思ってんのか? この、最強で最高のあたしをさ」
自身の胸を両手で持って、それを強調してブラックレーナが言った。
「そのくせエロだろ? 救いようがねーな」
私が「うっ」と言った事を見て、ブラックレーナが唾を吐く。
「そうやって一生、誰かを頼ってろ。そんな男あたしはゴメンだけどね~」
ブラックレーナが言って笑う。
このままでは駄目だ……と、私は思う。
皆、一様に戦意を失い、立っている者すら誰も居ない。
唯一、そこに武器があり、立ち上がれるのは私だけだ。
勝てるはずがない。釘バット程度で。
だが、少しでも戦う意思を見せれば、バクとて怯みはするはずである。
やるしかない。無駄でも私が。右手を動かし、バットを握る。
「お?」
ブラックレーナがそれに気付き、驚きの目で私を見た。
「無理無理! どーせやる気だけだろ? おめぇみてぇな臭男には、何かを成し遂げる事なんてできやしねーよ!」
相手の姿が仮初だとは言え、レーナであったのは幸運だった。
私も一応男である。
好意を持っている女性の前では、格好をつけたい生き物なのだ。
それが例え無謀であり、無茶だと分かる行動だとしても。
バットを持ち、私は立ち上がる。
「お、おいおい……」
ブラックレーナの口調が変わる。
まさか、という顔をしている。
「その……まさかさ!!」
私はその横を走り抜けた。
「ブォォ!?」
その様子に気付いたのだろう、バクが小さな声を上げる。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
走り、釘バットを振り上げる。巨大な敵はもうそこに居て、長大な鼻を振り上げていた。
「私だってなぁ! やる時はやるんだよぉ!」
釘バットを振りおろし、バクの右足に叩きつける。
「ごつ」という音が聞こえた後に、私は右に吹き飛ばされた。
バクの鼻が直撃したのだ。
バットを離し、吹き飛びながら、私は不敵に笑っていた。
やってやった、この私が、と。
視界の中にレーナが映り、バクの体が吹き飛んだのは、その直後の事であった。
バクは倒された。レーナによって。
私が奴を殴った瞬間、彼らを取り巻く恐怖が消えた。
その事で自由になった為に、攻撃に転じる事が出来たそうだ。
私の無謀も今回ばかりは、完全に無駄ではなかったようだ。
その丘の花畑の一画で、リラクは父と母を見つけた。
当然、母は過去に死んでいる。
それは父親の幻想である。
見れば、15才前後のリラクも、彼らの傍で話をしていた。
「そうか……わたしも本当は居たかったんだ……」
何かに気付いてリラクが言ったが、どういう事かは分からない。
「でも、これは幻想だから。本当の事じゃないから……帰っておいで」
リラクが言って、近付いて行く。
すると、彼らの近くに居たリラクが笑って姿を消した。
「リラク……?」
父親が気付き、リラクを見つめる。
「父さん……帰って来てよ、父さんが居ないとわたし寂しいよ……」
父に抱き付き、リラクが言った。
「あなた。リラクにはあなたが必要なのよ。だからもう戻ってあげて。また会えるから、きっとここで」
優しい顔で母親が言い、父親が「そうだな……」と小さく言った。
そして、妻の手を握り、「にこり」と笑って姿を消すと、リラクも同じように消えて行った。
残された母親は私達に頭を下げた後に姿を消した。
「倒せたわけじゃないんです。バクは。あいつには命というものが無いから。また、どこかで悪さしてますよ。でも、今回はこれでアレでしょう?」
「ええ、今回はこれで十分ですよ。それじゃ元の世界に戻りますか?」
トミーが言って、私が言った。
私達の体が白く光り出す。
どうやらなんとかなったようだ。
そう思った次の瞬間、現実世界で目を覚ましていた。
リラクはこちらの世界に居なかった。
いや、正確には私達が知る、リラクの姿はこちらには無かった。
リラクは一体どういう訳か、20才前後の美しい女性に姿を変えていたのである。
「アレですね。意識をあっちに置いてたんでしょ。親父さんがアレした時に。一緒に居たかったんでしょ、彼女さんも」
トミーがそう言ったので、そういうものかと納得したが、言われなければ真剣に行方を捜したかもしれなかった。
「お蔭様でお父さんも、一応意識を取り戻しました。まだ、ちょっと元気が無いけど、頑張って一緒にやっていこうって、わたしに言ってくれました。みなさんには本当にお世話になりました」
姿が変わったリラクは言って、私達全員にお礼を言った。
「いやいや、そんな、当然の事です。私達は善意の塊ですから。困った事がおありでしたら、また、いつでも訪ねて下さい」
そう言ったのはなんとフェネルで、また冗談か何かだと、私は目を細くした。
「イアン先生。帰りましょうか。患者さんを待たせてはいけない。病気は待ってはくれませんからね!」
が、いつまでもそれを引っ張るので、私はついに「どうした?」と聞いた。
「どうも? 私は以前からこうでしたが? それともなんですか、夢でも見たのですか? 理想のフェネル像でもお作りになっていた? はっはっ。先生も夢見がちですねぇ」
フェネルから帰ってきた答えはそれで、私は真剣に心配し始めた。
「まさか……アレしちゃいましたかね……?」
「あ、アレとは?」
トミーが言ったので私が聞いた。
「意識、置いてきちゃいましたかね……? なんだか随分追い込まれてたし、思わず人格を作っちゃったんじゃ?」
それが事実ならエライ事だ。
が。
このままの方が良いんじゃないか、と、思う部分がかなりあった。
こちらの方が賢そうだし、話もよっぽど通じそうだ。
「なんですか? さっきからこそこそと? 本人を前にして隠し事とは、感心出来る事ではないですね? 先生、先生らしい態度と、礼節をもって行動して下さい?」
ああ、やっぱなんか嫌だ……
冗談にしか聞こえないし、本気にとったらなんかムカつく。
私はトミーにもう一度、先程の場所へ連れて行ってくれるように頼んだ。
惜しい事をした、と、思う日が近々やってくる事は分かっていても……
もしかもう一話位、年中にアップするかもしれません。
それではとりあえず良いお年を~




