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太陽の光と共に 後編

 ラルフが離れた時、フィーナの体には、特に変化は見られなかった。

 その事には勿論がっかりしたが、その一方で、そういうものだろうと妙に納得する部分もあった。

 フェネルを除く全員も、そういう部分があったのだろう、特に何かを言う事も無く、以前と同じ空気に戻った。


 ラルフが座り、フィーナが座る。


 その頃にはもう完全に「ああ、駄目だったんだな」と、私は思っていた。


「……すみません。僕の余計な推測で、変に期待をさせてしまって」


 これを言ったのはルックであった。

 あくまでも推測の話なのだから、彼が謝る必要はない。


 むしろ、可能性を見せてくれた事に、希望を抱かせてくれた事に、ラルフは感謝をしているはずだ。


 そして実際、ラルフは「いや」と言い、


「君が謝る必要は無い。私も、妻も感謝をしている。僅かでも希望を持たせてくれた事にね」


 と、感謝の言葉をルックに送った。


「そんな事は……」


 ルックが言って、言葉を詰まらせる。

 その言葉を最後に場の会話は、「ぱったり」と一気に途絶えてしまった。


 30秒ほどが経っただろうか。


 フィーナが「ごほっ」と小さく咳込む。

 そして、それは直後に連発し、強いものへと変わって行った。


「風邪ですかね?」


 暢気な事をフェネルが言うが、私はそうとは思わなかった。

 あの咳込み方は風邪とは違う。

 そう、例えるなら人間の結核患者がするような、血を吐く寸前の咳込み方だった。


「フィーナ……もしかして君は……」


 ラルフが目を剥き、そう言った時、フィーナが一際、強く咳込んだ。

 押さえていた手をフィーナが見ると、血が「べったり」と付着していた。


 間違いなく結核である。


 現在であれば治る病気だが、ほんの100年位前までは不治の病とされていたものだ。

 フィーナがそれを発症したという事は……


「戻れたのか……人間に……しんにそういうものだったのか……」


 ラルフが立ち上がり、フィーナに近づく。

 フィーナもまた血に濡れた手で、近づいてきたラルフの腕を握った。

 その表情には驚きと、不安とが入り混じっているように見える。


「そうか……そうなんだな……戻れたんだな……」


 その手を握り、ラルフが呟く。

 フィーナが小さく頷いた事を見てから、ラルフは妻を優しく抱きしめた。

 娘達はその様子を口を押えて嬉しそうに見ていた。


「さっきからヘンタイ何やってんですか? っていてっ!?」


 余計な事を言ったフェネルは、私が軽く叩いておいた。


「(大したものだ……)」


 私は思い、隣で驚いているルックの顔を「ちらり」と伺った。


 彼の推測通りだった。止まっていた時が、動き出したのだ。


 100年か、200年か、それは知らないが、当時は助からなかったフィーナの病が、人間の体が戻ってきたのである。


 結局、私は何も出来なかったが、人間の体を取り戻したフィーナの治療するという事は出来る。

 早速にもそれに移りたい所だが……今はきっと、野暮なのだろうな。


 私は微笑み、暖かい空気を放つ、温度の低い夫婦を眺めた。




 フィーナは人間に戻る事が出来た。

 投薬を済ませ、今は自室で、治療の為に休んでいる。


 次はラルフの番である。

 だが、ラルフは人間に戻れる道が分かったのに、どうにも浮かない表情だった。


「どうした?」


 食堂に戻る道すがら、私が聞くとラルフは答えた。


「ひとつ、約束をしてくれるか、イアン」


 と。


「あ、ああ」


 戸惑いながら私が言うと、ラルフは「そうか」と言ってから、浮かない表情の理由を話した。


「私が妻と同様に、不治の病を患っていたのは、以前、君にも話したな?私の方は残念ながら、現代でも治療は確立されていない。内臓に悪性の腫物があって、それが体中に転移するような病気だ。人間に戻ればそれが再発する。そうなるとおそらく私は、それほど長く生きていられないだろう」


 歩きながら、淡々と、他人事のようにラルフは言った。

 えらい事を教えてくれた、と、私は直後に目を見開いた。


「それは……大変な事だと思うが、それならそれで今人間に、無理をして戻る必要は無いんじゃないか?」


 そして、それならそうするべきだとラルフに提案したのである。

 ヴァンパイアの状態のままで居れば、ラルフは永久に生きて居られる。


 どうしても人間に戻りたいなら、治療法が確立されてから戻ったとしても良いはずである。


 私はそう思った為に、ラルフにその提案をしたのだ。


「妻が、フィーナが人間に戻れた以上、私だけが永久に生きる意味は無い。私は彼女と同じ時代に生き、同じ時代に死にたいのだよ」


 ラルフが振り向き、微笑んでそう言った。

 気持ちは分かる。痛い程に。

 私だって出来るなら、友人や愛する人達と、同じ時代に生きて死にたい。


 だが、それはラルフの妻のフィーナにとってもそうではないだろうか。

 やっとの事で人間に戻れたのに、夫のラルフに先立たれては、戻った意味も無いというものだ。


 それに彼女とは比べられないが、ラルフがもし死んでしまったら、私だって辛いし悲しい。

 その事を言うとラルフは微笑し、


「だから、これは我儘なのだ。人間に戻りたい私のね」


 と、すまなそうな顔で言った。

 妻が、娘達が、そして私が、悲しむ事を分かった上で、それでも人間に戻りたいのだ。


「フィーナはこの事を知っているが、娘達は知らないはずだ。重荷を背負わせてすまないと思うが、誰にもこの事は話さないでくれ」


 私はそれに返事をしなかった。

 約束を守らないというわけではない、色々と思う所があった為に、返事をする事が出来なかったのだ。


 ラルフが死に、フォックスが死んだら、私の親しい友人は居なくなる。

 この時ばかりは自分の長命が、なんだか少し呪わしかった。


「あ、先生、フィーナさんの調子はどうでした?」


 食堂に着き、ドアを開けるなり、私を見つけてフェネルが言った。

 どうやら何かを話していたようで、いつもとは違う反対側のレーナの隣に座っている。

 食堂の中には彼ら以外、誰も居ないようだった。

 ルックは研究に、シーナはおそらく、母親の看病に行っているのだろう。


「大丈夫だ。すぐに良くなる。お前も本当に医者を目指すなら、こういう所で遊んでいないで、現場をきちんと観察した方が良いぞ」

「説教されたー!?」


 私が言うと、フェネルは驚き、隣のレーナが「ふふっ」と笑った。

 一体何を話していたのか。


 それは少し気になったが、レーナの顔がいつもよりも嬉しそうだったのがもっと気になった。

 面白い話でもしていたのかな、と、そう思いながらに椅子に座ると、レーナが「すっく」とその場に立った。


「先生。お母さんを助けてくれて、本当にありがとうございました。お姉ちゃんも感謝しています。……先生にだったら嫁に出して良いって、訳のわかんない事まで言って……と、とにかくありがとうございました!」


 そして、私に礼を言って、何やら途中で赤くなって、深々と頭を下げたのである。


「あぁ、いや、私は何も……礼を言うなら治療法を確立した人を褒めるべきだ」


 言って、頭を上げて貰ったが、レーナはそれでも「そんな事ないです!」と、感謝の気持ちを伝えてくれた。


 まぁ確かに知らん顔をされて、「お母さんが治ったのは薬のお蔭です!」とか、ぴしゃりと言われるよりは嬉しいが、あまりに大仰な事をされると、照れ臭くなるのも事実である。


「そうですよレーナさん。第一、薬のお蔭だし、あんまりアゲると調子コキますよ? 「ご苦労ちゃん」位が丁度良いんですって」


 ちみは一体何様なのか……

 フェネルの言葉には少し「いらっ」とする。

 だが、私が言うより早く、「そんな事ないもん!」と、レーナが言ってくれたので、私はそれで良しとしておいた。


「娘も君が気に入っているようだ。父親としては嬉しい限りだな」


 私の耳元で小さく言って、「フフッ」と笑ってラルフが歩いた。

 何かを返すには少し遠い。

 私は下唇を噛む事で、ラルフへの無言の返答としておいた。


 ラルフがいつもの上座に座り、私もいつもの椅子に座る。


「次はヘンタイの番ですよね? ヘンタイは誰にヴァンパイアにしてもらったの?」


 ヘンタイヘンタイと連発し、フェネルが向こうから私に聞いた。

 私の答えは当然ながら、「知らん」というそれである。


「ここで意地悪!? 意味わからんっす!」


 それを言うなら私も同じだ。

 その反応は意味わからんっす。


 私は本当に何も知らない。聞くならラルフに聞いてくれ。

 私はフェネルにそういう意味で、顎の動きでラルフを示した。


「なんすかぁ!? ケンカ売ってんすかぁ!?」


 フェネルが激昂し、歯をむき出しにする。

 伝わっていない。全く以て。


「ラルフ本人に聞いてくれ……」


 私はやむを得ず言葉に出して、フェネルに行動を示してやった。

 直後には軽い頭痛を感じて、右手の先で額を押さえた。

 頭が痛いとはまさにこの事だ。


「え、えっとぉ……ヘンタイさんは誰に噛まれたんですか……?」


 一応は「さん」付けで、おどおどした態度でフェネルが聞いた。

 ラルフが気付き、フェネルを見ると、恐怖を感じたのか「ヒイッ!」と慄く。


「私は当時、この城に居たヨランという者にヴァンパイアにしてもらった。250年程前の話だ。人間に戻りたいと思う日が来る等、あの頃は微塵も思っていなかったが」


 こうして、その日がやってきたというわけだ。

 心の中でそう思い、私がラルフに質問をした。


「それで、そのヨランという者はどこに?」


 その男に会い、理由を話し、解呪をして貰わなければ、ラルフは人間には戻れない。


 もし、最悪、その男がこの世から消えてしまっていれば、ラルフは永久にヴァンパイアのままなのだ。


「幸い、すぐ近くに居る。具体的にはこの城の下だ」

「なっ!?」


 私が噴き出し、フェネルも噴き出した。

 長年住んでいて知らなかったのか、レーナも「ええええ……」と小さく言っている。


「だが、問題がひとつある」


 ラルフが続けたので顔を向ける。


「彼の者は今眠っている。「生きるのに飽きた。この世の終わりの日が来たら起こせ」と、当時の私に言い残してね。以来、ずっと眠ったままだ」

「ふむ……」


 なるほど、それは問題だな、と、私が納得して小さく呻く。


「まぁ問題はそこでは無くて」

「そこじゃないの!?」


 フェネルと私が同時に言った。

 直後には顔を見合わせて、同レベルに落ちた事を恥じる。


「彼の者が異様な女好きという事だ。何かがあったら起こせと言われ、その際に条件を提示された。「私を眠りから覚ます際には、生娘を3人用意しろ」とね。どうするつもりか全く分からんが、その条件に従わなかった場合、どういう事になるかも分からない。最悪、機嫌を損ねられて、こちらの願い等は無視されるかもしれない」


 こちらの動揺に一切構わず、淡々と、冷静にラルフは言った。

 確かにそれは眠っている事より、問題と言える事ではあった。


 生娘……別の言い方ならば、所謂、処女というやつだ。


 それを3人連れて来ないと、起きたとしてもヨランという人物は、良い顔をしないというわけである。


 まず、それを探すのが厄介。


 そして、交渉するのが厄介。


 よしんば、ついてきて貰えたとして、どういう事になるのかが分からないので、それもまた厄介と言う、厄介尽くしの大問題だった。


「センセー、きむすめってなんですかー?」


 聞いてきたのはフェネルだった。なんだかビミョーにニヤついている。


「(こいつ、もしかして知ってるんじゃないか……?)」


 その上でレーナが近くに居るので、私を辱めようと企んで、わざと聞いてきているんじゃないか?

 私はそう思い、「あ、あー……」と、直後は迷って言葉を濁した。


「男を知らない女の事だ。具体的にはセッ……」


 が、あくまでも冷静にラルフがそれを言おうとしたので、


「ああああああああ!!」


 と、更に言葉を続け、大声でそれを掻き消したのである。


「ど、どしたの先生……?」

「……」


 フェネルが疑問し、ラルフが無言になる。

 レーナは大体を察したのか、頬を赤らめて俯いていた。


「ま、まぁつまり、若い娘の事だ……あまりその、男性とかと、お付き合いの経験の無い娘さんだな……」

「ほへー……」


 仕切り直して私が言うと、フェネルは一応納得をした。


「じゃあレーナさんもきむすめなんだ?」


 と、直後にはレーナに話を振って、レーナを更に赤くさせた。

 100%セクハラである。

 私が言えば本気のパンチが顔面に炸裂するかもしれない。


「ねぇ? どうなのレーナさん? レーナさんはきむすめなの?」


 おいおい、もうその辺にしておけ……!

 お前は分かっていないのだろうが、谷に渡された細い糸を、何も持たずに渡っているようなものだぞ!

 つまりキレるぞ! いい加減!


 私は思い、顔だけで、フェネルにそれを伝えようとした。

 しかし、レーナが何も言わず、静かに「こくん……」と頷いた為に、フェネルは「そうなんだ」と納得したのである。


「(渡りきりやがった……!)」


 私は驚き、顎の下に、気持ち伝わっていた汗を拭う。

 恥ずかしそうな表情で、レーナが私の事を見ているう。

 それに気付いた私は「んん!」と、わざとらしく小さく咳込んだ。


 別にどちらでも気にしていないよ。


 という、私なりのメッセージのつもりだった。

 レーナはそれを分かってくれたのか、頬を赤らめたままで少し微笑んだ。


 私の思い込みかもしれないが、多分、安心してくれたのだろう。

 何に、と言われると分からないが……


「これで一人。残るは二人だが」


 マイペースマンのラルフが言った。

 こういう所の低い温度は、本当に妻と似ていると思う。


「シーナさんは? きむすめじゃないの?」


 フェネルが言って、レーナに聞いた。

 覚えたての言葉だからか、フェネルはやたらと連発しているが、街に帰ったらその言葉は乱用しない方が身の為だろう。

 特に、姉や母の前では。


「姉さんはきむすめなの?」


 なんて、どちらにしてもはったおされるレベルの質問だ。


「お姉ちゃんは……わかんない。でも、多分そうだと思う」

「じゃ二人だ。あと一人ですよ先生!」


 恥ずかしそうにレーナが言って、嬉しそうにフェネルが言ってきた。

 あと一人ですよ、と、言われても、私には対処のしようが無いが、とりあえず「あ、ああ」とは答えて置く。


「すまんな、私の我儘の為に」

「い、いや、それは構わないんだが、その男の出した条件がな……」


 誤解を解く為にラルフにそう言って、私は「あと一人」を一応考えた。


 友人自体が少ない私だ。思いつく人物も限られている。

 その中で更に性別を絞れば、片手で十分に足りる程だ。


 最初に思いついたのはルクである。


 何か月か前に会ったばかりで、まだ記憶に新しい。

 だが、彼女は子供を産んでおり、残念ながら対象外だ。


 次に思いついたのが、悪魔祓いの専門家、女なのに神父のアティアであった。

 年齢的には少し危ういが(失礼な話だが……)、職業上、そういう事にはおそらく厳格であると思う。

 だから、可能性は無いとは言い切れない。


 そして、最後に思いついたのは、魔物だが一応女性ではある、ラミアのロニアの事であった。

 年齢は確か16だったか。

 私が考える可能性では、一番高い人物である。


 私は以上のルクを除く、2人の事をラルフに伝えた。

 言っている途中で王女であるティーエの事を思い出したが、これは連れてくるのが不可能なので、言葉にするのはよしておいた(後にして思えば可能性は一番高かったが)。


「そうか。私が行くのが筋だが、この体では昼間はな……かと言って夜、寝室に忍び込むというのも常識的にまずかろう。君にはすまないが、こうなったら最後まで甘えさせてもらおうと思う」

「そうだな……まぁ、頑張ってみるよ」


 ラルフに言われ、私が答えた。

 そして、一旦街に帰る為に、馬車を貸して欲しいと頼んだ。


「分かった。レーナ。お前にも出来るな?」

「それはまぁ」


 父に言われてレーナが動く。

 いつもであればフィーナの役目だが、彼女が体を休めている今は、レーナがそれを担うようだった。


「私は戻るが、お前はどうする? ついでだからこれで帰るか?」

「うーん……いや、僕は居ますよ。帰っても暇だし、ここに居れば、一応おいしいものが食べられますしね」


 私が聞くと、フェネルが言った。

 ヘンタイヘンタイと罵ってはいるが、料理の腕は認めているらしい。


「それでは一旦、戻ってくるよ。フェネルの事をよろしく頼む」

「ああ。すまんな」


 ラルフにそう言って、私は部屋を出た。

 そして、レーナの操る馬車に乗って、プロウナタウンへと一時帰着する。


 とりあえずは近場であるし、アティアの元を訪ねて見よう。

 私とレーナは彼女が居る教会を訪ねてみる事にした。




 アティアは生憎留守であった。

 どうやら仕事に行っているらしく、戻ってくるのは早くても、明日の朝だと言う事だった。

 時間を有効に使う為に、私達はその足で、ドリアードゲートのリーンを訪ねた。


 もう一人の候補である、ロニアの元を訪ねる為だ。


 具体的な居場所は知らないが、彼女の想い人が住む街である、ラトーデの街を訪問すれば、それも分かると踏んでの事だ。


 いつものように何も言わず、リーンはゲートを使わせてくれた。


 そして、それから30分後には、私達はラトーデの街に着いて、ロニアの想い人たるクラスの家を訪問したというわけだった。


「(聞いておいて良かったな……こんな所で役に立つとは、正直、夢にも思ってなかったが)」


 ドアをノックし、待つ間、私はそう考えていた。

 一方のレーナは畑を眺め、そこで働いている子供を見ていた。


 クラスの家は街の郊外の段々畑の近くにあったので、そこで作業をしている老人や、子供がそれなりに見られたのである。

 20秒ほどがして、ドアが開く。


「い、イアン先生……? どうしたんですか急に……?」


 現れたのは見覚えがある、元、冒険者のクラスであった。

 現在、彼はそれを引退し、農作業をしながら生活をしているという。


「連絡も無しに訪ねて申し訳ない。実はロニアに用がありまして、あなたなら彼女の居場所を知っているかと思い、やってきたというわけです」


 理由を言うと、クラスは「ああ……」と、とりあえずの形で納得をした。

 そして、すぐに


「ロニアなら丁度、中に居ますが」


 という、私達にとっては手間が省ける、ありがたい事を教えてくれるのだ。

 私が「良いですか?」と聞くまでも無く、クラスが「どうぞ」と隙間を作る。

 私達はそれに甘えて、クラスの家に上がらせてもらった。


 テーブルが一つ、そして椅子が二つ置かれた部屋を通り、タンスや暖炉が見える客間を左に曲がって部屋に入る。


 そこはどうやら台所で、ラミアのままのロニアはそこで、何やら料理に奮闘していた。


 腰に手を当て、オタマを持って、鍋の中を掻き回している。

 そして、「ああ、なんか違うなぁ……」と、首を傾げて独り言を言っていた。


「ロニア、お客さんだよ」


 クラスが言うと、「びくり!」として、「あ、あたしに?」と言ってロニアが振り向く。

 直後にはレーナが「久しぶり」と言って、ロニアの顔が明るくなった。


「レーナじゃん! ひっさしぶり~! どうしたのいきなり~?」


 言って、オタマを持ったままで、「するする」と近づいてレーナに抱き付く。

 腰から下は大蛇のそれだが、そこの部分に一応は、エプロンをつけているのが微笑ましい。


「あぁ……また砂糖と塩を間違えてる……」


 ロニアが作っていた料理を舐めて、誰にともなくクラスが言った。

 なかなか苦労をしているようだが、お互い、それなりに幸せそうだ。

 私は微笑み、良い事だ、と、言葉には出さずに小さく頷いた。


「で、今日はどうしたの? まさかなんか、手紙とか行った?」

「う、ううん、来てない来てない。今日はちょっと、ロニアにさ」


 ロニアが離れ、レーナが言った。

 何やら心当たりがあるのだろうか、クラスはロニアの後ろから、「いぃ!?」という顔をしてこちらを見ていた。


「何々? ていうか、あたしがここに居る事良く分かったね」


 わからいでか。ここしかないだろう。

 思いはしたが言葉にはせず、私はレーナと苦笑いしあう


「えーとね。実は、なんていうか、ロニアにちょっと、協力して欲しいんだ」


 ロニアの事はレーナに任せよう。

 どうやら仲が良いようだし、女性同士の方が話しやすいだろう。


 私はクラスに「ちょっと良いですか」と言って、用も無いのに呼びつけた。

 それから「ちょっと」と、彼を引っ張り、暖炉が見えた部屋まで戻る。

 男性が居ては話しづらかろうと、気を遣った故の行動である。


「ど、どうしたんですか?」


 当然、そうとは知らないクラスは、呼ばれた理由を私に聞いてくる。


「あ、いや……きょ、今日は良い天気ですね」


 特に、言う事が無かった私は、どうでも良い事をクラスに振った。


「そ、そうですね……? まぁ、それなりには」


 困惑した顔でクラスが答え、ここで「ぷつり」と会話が途切れる。

 この気まずさは一体なんだろう。

 私は思い、下唇を噛んで、何かを話そうと必死で考えた。


「ロニアと結婚しようと思うんです」

「は!?」


 突然の事に驚いて、私は間抜けな声を発した。


「や、やはり反対ですか……?」

「い、いや、決してそう言う訳では!? むしろ賛成! 賛成だな私は! うーん賛成だ!」


 勘違いをしたクラスが言ったので、慌ててそれを否定する。

 後半部分はなんだかアレだが、焦っていたので仕方ない。


「まだロニアには言ってないんですが、一応、指輪は用意しました。…受け取ってくれるかどうかは分かりませんけど」

「いやいや、きっと受け取ってくれますよ。こうして家に来て、料理を作ってくれている事が、何よりの好意の証では無いですか」


 私が言って、肩を叩く。そして、直後にふと思う。

 そういう事ならレーナもいつも、私の家でやってくれているな。と。


 あれ?それってそういう事か?と。


「そ、そうですね! 受け取ってくれますよね!! いやぁ、先生に話して良かった!」


 が、クラスがどうやら自信を取り戻し、輝く笑顔でそう言ったので、私の妄想は溶かされるのである。

 その眩しさに瞬時に「ドロリ」と。


 そこへ、話を終えたのだろう、レーナが一人で顔を出した。


「あのー……先生、ちょっと良いですか?」


 と、今度は私が呼び寄せられる。


「あ、ああ」

「じゃあ私は台所に行ってます」


 クラスが気を利かせてくれて、レーナと入れ替わるようにして台所に向かう。

 レーナはそれに「すみません……」と言って、私の方に近付いてきた。


「あの……単刀直入に言うと、ロニアはその……そうじゃなかったです」


 言いづらそうにレーナが話す。


「……と、いう事は、その、つまり」


 いまいち、状況が把握できず、把握する為に私が話し、話しながらも頭の中で、情報を総合しようとした。


「く、クラスさんと、最近、その……ほんと、つい、最近に……」


 総合された。そういう事だ。

 相当言いづらい事だったのだろう、レーナの耳は真っ赤であった。

 聞いた私も照れ臭いやら、気まずいやらで、ごちゃごちゃだ。


「結婚をするらしい。まぁ、そういう事を済ませたと言うなら、普通であれば当たり前だが」

「え!? そうなんですか!? 凄い! きっとロニアも喜びますよ!」


 私が言うと、レーナが喜んだ。

 手を「ぱちぱち」と叩きながら、その場で小さく「ぴょんぴょん」飛んでいる。

 殆ど親友の反応である。

 余程に気が合うのだろうな、と、私は思い「ハハッ」と笑った。


「一応、内緒だ。本人にはまだ言っていないそうだから」


 人差し指を立て、「しー」とすると、「はい」と言ってレーナもそれに倣った。


 しかし、ともあれ、ロニアは脱落だ。

 別に悪い事ではないが、当てにしていただけに少し残念だ(それも勝手な言い分だが……)。

 私達は二人に挨拶し、クラスの家を去る事にした。


「なんだか知らないけど悪かったね……」


 ロニアが言ったので私は首を振り、「幸せにな」と答えて置いた。

 顔を赤くし、ロニアが「う、うん……」と言う。

 聞いたクラスも照れ臭そうに、「ぽりぽり」と頭を掻いていた。

 まぁ、周りがどうであれ、この二人ならやっていけるだろう。


「(結婚式には、来たいものだ)」


 私はそう思いながら、彼らの家を後にした。




 翌日の朝。

 私とレーナは、プロウナタウンのアティアを訪ねた。

 話してくれたのはレーナだったので、私は遠くで見ていただけだった。


 結果は、残念ながらアティアも脱落。


 そうだとかそうじゃないとかは別にして、どうしても外せない仕事があるようで、私達に向かって遠くから、アティアは頭を下げていた。


 悪くは無いのだ。別に何も。言うならタイミングが悪かっただけだ。

 私はアティアに礼を返し、レーナと共に教会を出た。


 しかしまいったな、と、直後には思う。


 女性の知り合い等もう居ない。

 強いて言うなら王女様だが、これは絶対に連れ出せないし、話した時点で下手をすれば、不敬罪でブタバコ行きである。


 なかなか戻って来ないと思ったら、こんな所で骨になって……

 なんて、心底ゴメンな展開と言える。


「レーナには居ないのか? 他に、女性の知り合いは?」


 殆どお手上げの状態だったので、私は隣のレーナに聞いた。


「す、すみません……あまり外には出ないものですから……」


 それはそうだ。言うならここは、レーナにとっては異国の地である。

 地元であっても、立場上、人間と触れ合う機会はなかったろう。

 聞いた私が短慮であり、同時にバカだったという事になる。


「となるとフェネルだが……あいつには普通の知り合いですら……」


 何気なく言いかけて、私はふと、ある事に気が付く。


「そういえばフェネルには姉が居たな……」


 見た事は一度も無いが、聞いた事はある姉の存在を。


 年齢は18と言っていたか。可能性は無い事は無い。

 それに普段、弟が相当世話になっているのだ。

 まさか頼みを断りはしないだろう。


「ふぇ、フェネル君のお姉さんですか……なんかちょっと、会うのが怖いですね……」


 レーナが言って、「アハハ……」と笑う。

 私も似たような気持ちであったが、溺れる者はなんとやらである。


 詳しい住所は分からないが、フォックスに聞けば分かるかもしれない。

 私はフェネルの家を知る為に、フォックスの医院を訪ねる事にした。




 フェネルの家はすぐに分かった。フェネルが住所を書いていたのだ。

 例の、産婦人科医を目指す者が、いつか出すのだろうパンフレットに。

 私とレーナはそれに従い、フェネルの家を訪問してみた。


 割とデカく、綺麗な家で、庭にはなんと小さいプールと、滑り台とブランコがあるようだった。


 現在、そこでは小さな子供がブランコに乗って遊んでいる。

 あれがおそらくフェネルが言った、6才だかの弟なのだろう。


 今は可愛いがあと8年もすると、兄と同じような小悪魔になるのだ。

 ああ恐ろしい、ああ嫌だ。

 首を振って目を反らし、私はフェネル家の門をくぐった。


「あらぁ、どちら様ぁ~?」


 と、くぐるなりに声をかけられた。

 見れば、左手に女性が居た。


 年齢は40才位だろうか。

 紫色の髪の毛を鏡餅のようにまとめた女性であった。

 下手をすればう○こである。


 この時点でもうすでに、頭がおかしいとしか考えられない。

 間違いなくフェネルの母親だろう。

 私は「ビビビッ」と、直感していた。


 女性は私達の姿に気付き、じょうろを持ったまま近づいてきた。

 どうやら花に水やりをしていたらしい。


「あらぁ? あなたどこかで?」


 女性が言って立ち止まる。

 私の足にはじょうろから、大量の水がかけられていた。


「ええ、おそらく以前に一度……その時にはなんというか、そういう個性的な髪型ではなかったですが」


 私が言って、足をどける。


「あらあら? そんな事もあったかしら? ちょっと待ってね、思い出すから。あ、ちなみにこれは罰ゲームなの。うんこみたいでしょ! おっかしいわねえ!」


 女性が言って、「ははは」と笑い、その後に口に指を当てる。

 体の角度が変わった為か、じょうろもそれに応じて動き、再び私の足に向けて、大量の水をぶっかけられ出した。


「(わざとか!?)」


 そう思い、後退すると、流石に追撃してはこなかった。

 ただの偶然だったのだろうが、フェネルの血縁のする事である。

 私はそれでも警戒を怠らず、女性の一挙一動足を見た。


「中立マンキーック!!」

「がはぁ!?」


 が、後ろから飛び蹴りを貰い、私は地面に顔をぶつけた。

 見ると、フェネルの弟だろう、6才の子供が私を見ており、


「はいつくばってゆるしをこいな!」


 と、指さした上でそう言ってきた。

 とんでもない一族である。これで姉だけ普通なわけがない。

 私は一気に考えを変え、フェネルの家から去る事を考えだした。


「あれ? 立っちゃうの? 許しを請えよ!」


 私が何も言わずに立ったので、不満を覚えた子供が言った。


「そういう事したらダメだからね! 痛いんだよ! わかるよね!?」


 が、レーナにそう叱られて、「ふあぁーい……」と、一応反省したようだ。


 お母さんお母さん、これはあなたの仕事ですよ。

 何ずっと考えてるんですか。だから魔物が育つんですよ……


 私は呆れ、直後には、それでも良いか、と考えを変えた。

 そして、レーナに「帰ろう」と、小さく告げて足を動かした。


「ああ! フェネルのお師匠様!」


 最悪のタイミングで思い出した。


「お世話になってますぅうう!」


 と、大声で、私の腕を「バンバン」叩く。

 勿論、じょうろの中の水は私の足を直撃している。

 最悪だ。もう、最低の最悪だ。


「あの子ねぇ! 昨日から外出してるんですよぉ! 何か御用があったんでしょぉ!? 伝えておきますから! ほら! 言って言って!」


 叩きはいつしか殴りに変わり、「うりうり」と言って女性が急かす。


「いや、ほんと、何でもないんです……気の迷いです……心の迷子です……」


 とにかく帰ろう。いや、帰りたい。

 そう思った私は適当に言い、女性の絡みから逃れようとした。


「あれ? 母さんその人誰?」


 と、玄関が開いて誰かが現れた。

 見れば、18前後であろう、一人の少女がそこに立っている。

 フェネルになんとなく似てはいるが、所謂、ツインテールと言うのだろうか、頭の脇から伸ばした髪が女の子である事を語っていた。


「(ああ、ラスボスの登場か……)」


 観念したように私が思う。ここからフルボッコの始まりである。

 脅威の三回攻撃だ。じょうろに蹴りに最後はなんだ?

 そのツインテールで私をぶつのか?

 もうなんでもこいという心もちで、私は黙って成り行きを見ていた。


「ほら、フェネルのお師匠様! やぶ……じゃない、魔医者と噂のあの人よ!」


 やぶ、の部分に心折れ、私は右手で額を押さえた。

 本当に酷い一家である。


「ああ、イアン先生だっけ? なんでウチに来てるわけ?」


 少女が言って、私を見る。


「(あれ……なんか普通じゃないか……?)」


 疑問に思って目を細めると、少女は「びくっ」と体を震わせた。


「な、なによ……あんたに見惚れたわけじゃないんだから……! 調子に乗らないでよねマメムシが!」

「マメムシ!?」


 驚き、そして私は悟った。


 やっぱりみんな同じだね♡ と。


「い、一応話してみますか……?」


 レーナが言ったので、私は「よろしくぅ……」と、力なく返す事でそれに答えた。

 どうせ協力なんてしてくれないさ。私はそう考えていた。




 フェネルの姉はエリスと言った。

 情報通りに18才で、現在はハイスクールの3年生だという事だった。

 すでに、進学が決まっており、2か月後の四月には大学生となるのだそうだ。


 なぜ、そんな事を知っているかって?


 聞いたのだ。本人から馬車の中で。

 つまり、エリスは私達に協力してくれると言ったのである。


「マメムシには弟が世話になってるし、暇だから協力してやってもいいわ。ただし、庶民の森の五段重ねパフェを後で絶対におごりなさいよね!」


 エリスはそう言って、協力を受諾した。

 私の名前がマメムシになり、無駄な出費が決まった瞬間だ。


 目的地に着いた私達は一日ぶりに城に入る。

 レーナは母親の看病に行き、私はフェネルの姉と共に、食堂へと足を向けた。


「げ!? 姉さん!? なんでここに!!?」


 姉を見つけたフェネルは驚き、口に含んだソーセージを噴き出した。

 ソーセージはそのまま飛んで、ケーキの横に「ぶすり」と刺さる。

 おそらくずっと食べていたのだろう、フェネルは少し太った気がした。


「マメムシに頼まれたのよ。力を貸してくれって。あんたが普段世話になってるし、私じゃないと駄目な事なんでしょ」


 エリスが言って、フェネルに近づき、隣に座ってケーキを切った。

 そして、主の許可を得ぬまま、それを「ぱくり」と食べるのである。

 この一族は揺るぎないな、と、私が感じた瞬間だ。


「え? 先生の事ゴミムシって呼んで良いの? ドMが行き過ぎてそうなっちゃったの?」

「良くないわ! というか勝手にドMにするなッ!」


 フェネルが言ったので流石に怒り、私はとりあえず椅子に座る。


「随分と個性的なお嬢さんだな」

「すぎる、と思うが、まぁ仕方ないだろう」


 ラルフが言って、私が答える。

 直後にはエリスに「マメムシ!」と怒られた? ので、とりあえず「すみません……」と謝って置いた。


「……それで、一応、揃ったわけだが、ヨランに会うにはどうすれば良いんだ?」

「封印している一室がある。そこから地下に下るわけだが、どういう危険があるかは分からん。だから、私が先頭に立とう。君達はその後ろから、安全を確認してついてきてほしい」


 私が聞くと、ラルフが答えた。

 確かに彼なら信用できるし、何より、危険があっても平気だ。

 現時点では死なないのだから。


「分かった。それでは早速行くか?」


 言うと、ラルフは「ああ」と言って、その場に「すっく」と立ち上がった。


「そういうわけで君にも来てもらう。フェネルは特に必要ないから、ここで好きなものを食べていると良い」

「何よ、命令しないでよね……」

「ふぇーぃ。僕ちん食べてマース」


 立ち上がって私が言うと、姉と弟がそれぞれ言った。

 私とラルフが部屋を出て、エリスがその後ろに続く。


 レーナとシーナが丁度来た為に、二人を伴って地下へと向かった。


 そこには錠前と鎖がかけられた、分厚い鉄の扉があったが、ラルフが軽く触れるだけで、錠前と鎖は自然に外れ、その直後には鉄の扉も触れていないのに勝手に開いた。


「な、何か企んでんじゃないでしょうね? 体なの? 体が目当てなの?」


 恐れ、エリスがそう言ったが、その言葉はある意味で的を射て居る。

 その為何も言わないでいると、エリスは「ちょっと!」と腕を引っ張った。


「な、何か言いなさいよ! 楽しい話でもしてみなさいよ! 心がウキウキしてくるようなやつ!」


 こんな女性と付き合ったら大変だ……

 私はそう思っただけで、彼女の希望をかるーく無視した。


「ま、マメムシのくせにぃぃぃ!」


 エリスはそれで諦めたらしく、下唇を噛んで静かになった。


「では行こうか。2人はイアンと彼女を頼む」


 ラルフが言って、娘達がそれぞれ「こくり」と頷いた。

 なんだか逆の立場であるが、私はもうそれには慣れていた……

 そして、私達はラルフを先頭に、地下への階段を降り始めるのだった。




 地下への階段を降りだしてから10分程が経っただろうか。


 終着点は未だ見えず、私達は階段を降り続けていた。

 最初、階段は薄暗かったが、誰かが魔法力を放っているのか、左右のランプが順に灯り、その薄暗さは解消されていた。


 ただ、通り過ぎた所のランプが順に消えて行くので、最後方を行くエリス等は、かなり不安がっているようである。


「来た事は一度も無いのか?」


 先頭の行くラルフに向けて、私が小さく質問してみた。

 が、場所の為かやけに響き、その声でエリスが「ヒィ!」と鳴く。


「バカ!!」


 直後の攻撃は背中にヒット。

 痛くも痒くも無かった為にそれを無視して返答を待つ。


「この世の終わりが来るまでは、彼の者を起こすつもりが無かったものでね」


 先頭を進むラルフが答えた。つまり、来た事が無いと言う意味だ。

 それではこの先に何があるのか、この階段がいつまで続くのかも分からない。


 期待していた答えが聞けず、私はそこで言葉を詰まらせた。


 それからどれくらいが経っただろうか。


 エリスが「もう帰る!」とゴネはじめた頃、下っていた階段は唐突に終わる。


 が、代わりにながーーーーーーーい通路が現れ、「やっぱり帰る!」と、エリスがゴネた。


「おんぶしてくれるならついて行っても良いけど!?」


 なぜか逆切れでそう言われ、私は仕方なく彼女を担いだ。

 後で聞いた話だが、この時エリスはどういうわけか、「ニコニコ」と背中で微笑んでいたらしい。


 まぁ、自分の要求が通って、満足して笑っていたのであろう。


 ながーーーーい通路が終わったのは、それからおよそ10分後の事で、金色の大きな扉の前で、通路は不意に終わりを告げた。


「鍵は?」

「いや、かかっていない。開けるぞ」


 私が聞くと、ラルフが答え、右手で押して扉を開ける。

 開けた先には青色の、一種、神秘的な空間があった。


 その中央は少々くぼみ、そこには長い棺桶がある。


 どうやらそれがラルフを仲間にした、ヨランが眠っている棺桶のようだ。


「(条件通りに連れて来たが……)」


 行動次第ではどうするか。

 それをするのは私ではないが、一応、私はそう考えていた。


 棺桶に向かって皆が歩き、囲むようにして立ち止まる。

 黒い、長い棺の中は、当然ながら見えておらず、中に何者が眠っているのかと、私は「ごくり」と息を飲んだ。


「ヨラン、私だ。すまないが少し目覚めて欲しい。条件通りに処女は連れて来た」


 ラルフが言って、返答を待つ。棺桶は静かに横たわったままだ。


「(ちょ、ちょっと、しょ、しょじょ……って何よ!? 一体私をどうする気なのよ!?)」


 袖を掴み、エリスが言った。

 小さな声で言う所を見ると、弟よりは空気が読めるらしい。


「まぁ少し……」


 待てばわかる、と、私がそう言いかけた時、棺桶の蓋が「バアアアン!!」と吹き飛ぶ。


「キャアアアア!!」

「ギャアアアア!!」


 レーナとシーナとエリスが驚き、その悲鳴で私が驚く。

 吹き飛んだ棺桶は天井に当たり、木っ端みじんに砕け散った。


 そして、棺桶の中から何者かが、凄まじい速さで飛び出してきた。


「ヒイイイイイ!?」


 直後にはそれに捕まったエリスが、恐怖に慄いた声を発した。


「良いぞ……これは実に良い……完璧に処女だ。処女の味だ」


 エリスの後ろで誰かが言った。

 その手はエリスの胸にあり、顔は首元に据えられていた。


「ああ……うまい……五臓六腑に染み渡る……」

「いやぁあ!! 何これ一体どういう事なの!? マメムシ! マメムシ助けなさいよ!」


 エリスの首を「ぺろり」と舐めて、何者かが不気味に微笑んだ。

 とんでもない奴だ、と思って見ると、


「なっ……こ、子供……?」


 年齢で言うなら10才前後の、赤髪の幼い子供であったのだ。

 そして、性別はおそらく女性。

 ピンクのネグリジェのようなものを着て、エリスの背中にしがみついたままで「ペロペロ」と首をひたすら舐めていた。


「ど、どういう事なんだラルフ? 子供とは……それも女とは一言も聞いて居なかったぞ?」


 レーナも、シーナも、ラルフを見ていた。

 娘である彼女達すら、その事を聞いては居なかったのだ。


「キモイんだけど! って耳! 耳はヤメテェェー!!」


 唯一、エリスは見ていなかったが、奇妙な感覚から逃れようとして、体を「くねくね」と動かし続けた。


「まぁ、つまりそういう事だ。性別や年齢は問題ではないが、女好きという点は、私も少し問題だとは思うよ」


 冷淡な口調でラルフが言った。そして歩き、ヨランに近づく。


「随分と久しいではないかラルフよ。この世の終わりがやってきたのか?」


 言って、ヨランが地面に降りる。

 解放されたエリスは半泣きで、私の近くに走り寄ってきた。


「察して居るだろう。そうでは無い。今日は少し、頼みがあってな」


 言ったラルフがその場に屈む。

 ヨランは「ほう」と言ってから、続くラルフの言葉を待った。


「私を人間に戻して欲しい。人間に戻って良い、と言うだけだ。おそらくそれで願いは叶う」

「真理に気付いたか。しかし、それで本当に良いのか? 人間に戻った時、お主は自分がどうなってしまうのか、しかと理解をしておるのか?」


 見た目の年齢には不相応な物言いで、ヨランがラルフの言葉に応える。

 ラルフはそれに「ああ」と言って、


「君のお蔭で家族を持てた。感謝しているよ」


 と、続けて言った。

 聞いたヨランは両目を瞑り、何事かを少し考えていたが、やがては「そうか」と意を決し、ラルフの肩に右手を置いた。


「ラルフよ。我は解呪をしよう。戻るが良い、人間に。そして、人間として死ぬが良い」


 そして、唱えるようにそう言って、ラルフにかけた魔法を解いた。

 彼女は全てを知った上で、ラルフを人間に戻したのである。

 一体どういう感情だったのか、それは私には分からないが、「良いのか」と聞いた所から考えるに、ラルフを大切には思っていたのだろう。


 私達はそれから2時間、この空間に足止めされた。

 女好きのヨランがあれこれと女性達にやらせた為である。


 それは風呂に入れろとかだったり、足の爪を切れとかだったり、本当につまらない雑用だった。

 最終的にはトランプをして、普通に盛り上がったりもしており、私としては本当に処女が必要だったのかと、疑問に思う展開だった。


 2時間後、「眠くなったので寝るぞ」という事で、私達はようやく解放された。

 その際に、ラルフの顔は見ずに、「元気でな」と、ヨランは言った。


 少し寂しそうだなと、それを見た私は思ったものだった。


 ヨランが棺桶の中に納まり、棺の蓋が瞬時に復元する。


「では戻るか」


 と、ラルフが言って、私達は来た道を戻り始めた。




 翌日、太陽がまだ出ない時間から、私達は玄関の前に立っていた。

 私とレーナ、そしてシーナと、ラルフとフィーナがそのメンバーだ。


 アンブレー家の姉弟とルックは、今頃は夢の中に居る事だろう。


 1時間くらいが経っただろうか。

 東の空に太陽がゆっくりと顔を見せ始めた。

 暖かく、眩しい光が伸びて、私達の体を下から照らす。

 ラルフとフィーナは肩を寄せ合って、太陽の光を無言で受けていた。


「太陽の光とは、こんなにも暖かいものだったのだな……思い出したよ。この暖かさを」


 振り向かずにラルフが呟く。彼は確かに人間に戻れた。

 だが、おそらく、そう長くは無い。

 それでも彼は戻りたかったのだ。

 太陽の光を浴びる事が出来る、人間だったあの頃に。


「ありがとうイアン。私達は生きていくよ。この、太陽の光と共に」


 ラルフが言って、笑顔を見せる。

 振り向いたフィーナも微笑んでいた。


 これで良かったのだ。きっと。良かった。

 二人の笑顔を見た私は、そう思って二人に笑顔を返した。


現代で言うガンみたいなものです。

私の父もそれでしたが、せめて空想の物語の中では治してあげたいとは思いますね。

お付き合いありがとうございました~

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