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太陽の光と共に 前編

今回のお話には、考え方は色々あるかと思います。

ですが私のこの作品では、こういう解釈で行きたいとも思います。

ファンタジーなんだから、その話の分だけ、空想があっても良いじゃない。と、そういう事が言いたいわけです。

なので勘弁してやってください。

あと前編は割とシリアスです。

後編は…フヒヒ…!

 とある会議に出席していた。


 場所は大学。

 右隣には欠伸をしているフォックスが居る。


 段々状になっている席には多くの者達が腰を下ろし、スピーチをしている者を見ては、何やら「うんうん」と頷いていた。


 この会議は略せば「全医連ぜんいれん」。


 略さなければ、「全国医学者研究発表連盟会」という、まぁ私達医者達の、研究と発表の場を言う訳だ。


 これは実は毎年やっており、私にも参加の権利はあった。


 しかし、少し面倒なのと、殆どの医者が私の事を、あまり良くは思っていないので、参加を見送ってきたものだった。


 ならばなぜ、今年に限って、そういう会議に参加しているのか。


 理由はひとつ。


 フォックスに無理矢理に連れて来られたからだ。


「ワシが死んだらその後どうする? だーれも相手をしてくれんようになるぞ? 借りものはどうする? 手助けが要る時はどうする? お前さんももう少し、仲間内の評判を大事にしておけ」


 と、半ば脅すような言い方で、私を会議に連れて来たのだ。

 確かに、私は友人が少ない。

 人付き合いが悪いというのが、それのひとつの原因だろう。


 もう一つはまぁ、ひがみに近いので、敢えてここには記しておかない。

 生まれとか、育ちとか、ある種の被害妄想かもなので、察してくれるとありがたい。


 なので、話を戻して自己分析をしよう。

 人付き合いが悪い理由だ。


 これはやはり基本的には、外に出るのが面倒なのだろう。

 そして、多分、心のどこかで、死別を意識しているのだとも思う。

 私は人より長生きである。


 だから、その人と仲良くなって、いつかその人が死んでしまった時に、悲しむのが嫌だから前もって、壁を作っているという訳だ。

 これは面倒な気持ちを隠す、言い訳に近いものかもしれない。


 しかし、「死んだらどうする」と言われた時に、私は「だからだよ」と、心で思った。


 だから、仲を深めたくないんだよ。と。


 フォックスとの別れはそう先では無い。

 ここから20年も、30年も、ましてや50年も生きるはずはない。


 生きたら生きたでそれは嬉しいが、そこまで生きたらフォックスは、人間では無かったという事になる。


 まさに妖怪クロスワードじじいだ。


 それならそれでアリではあるが、そうならないのは分かり切っている。

 終わりが訪れた時、私は泣くだろう。


 多分、大泣きをすると思うし、想像しただけでちょっとキてる。

 真面目にスピーチを聞いているフォックスの横顔に「ほろり」と来てる。


 まだ死んでいないのにこのザマなのだから、実際死んだらどうなる事やら。

 だから、今後、もしもの話。

 もしも、友人を作るのであれば、人間以外が私は良かった。


 同じ時代に生き、同じ時代に死ぬ。


 そういう友人であるのなら、作りたいとは思っているのだ。

 そういう意味ではレーナは「ぴたり」だが、彼女にはそう、友人と言うよりは、もっとこう、なんというか……

 ……まぁ、流石に恥ずかしくて書けないので、ご想像にお任せしたい。


「おいイアン」


 不意に、フォックスが話しかけて来た。

 私が見ると顎の先で、壇上の方向を示して見せる。


 見ると、一人の青年が居て、スタッフが資料を貼りつける様子を、壇の前から伺っていた。


 年齢は25前後だろうか。


 茶色い髪に丸眼鏡の学者風の優男で、スピーチを前にして緊張しているのか、ネクタイをしきりに触っていた。


 黒板に資料を貼りつけ、スタッフがそそくさと去って行った。

 それを見た男は振り返って


「えー、で、では、始めます」


 と、眼鏡を押し上げながらに皆に言った。


「彼がどうした?」


 その様子を見てフォックスに聞く。


「研究の題目をよう見てみんか」

「題目?」


 フォックスに言われ、目を細めて見る。

 黒板に貼られた紙の一部には、


「ヴァンパイアの再生能力を医療に転化して活用する方法」


 と、遠慮がちに記されていた。


「何とまぁ……大胆な研究だな……」


 文字の大きさこそ遠慮がちだが、その内容は大胆で、私は直後に首を振って、その研究を否定した。


 なぜ無理か、と、言われたら、「さぁなぜかな……」とはなってしまうが、常識的に考えてそれは無理だと私は思った。

 少なくとも、その瞬間は。


「……という風に、ヴァンパイアの再生能力には、正直目を見張るモノがあります。ですが、首と胴とが離れて生きているようでは、それはもう人とは言えません。その域までは踏み込んでは駄目でしょう。例えばそう、腕を斬って、普通であれば全治二週間から、三週間位の傷を負ったとします。そこに僕が提案するヴァインパイアドラッグを投与すれば、僅か数秒で傷は治るんです」


 男が言って、注目棒で、黒板に貼られた紙を指さす。

 そこには「ヴァンパイアドラッグ作成の過程」と、一番上に書かれており、その下にはその過程と思われる絵のようなものが描かれていた。


 1 噛んでもらう。

 ※直接噛まれてはヴァンパイアになるので、ここでは人肉に近い硬さのスポンジを作成して噛んでもらう。

 とあり、ヴァンパイアが口を開け、スポンジを噛む様が描かれていた。


 2 スポンジからヴァインパイア菌(仮)を抽出する。

 ※ヴァンパイアは仲間を増やす際に菌を送りこんでいると思われる。よって、この菌をまず抽出する。

 とあり、スポンジに注射する絵が描かれていた。


 3 ヴァンパイア菌(仮)を見つけ出す。

 とあり、顕微鏡で観察する男が描かれていた。


 4 ドラッグを作り出す。

 ※難題だが出来るはず。うまい具合に調整すれば。

 ダンピールと言う存在も居るらしい。折り合いは必ずつけられる。

 とあり、筋肉ムキムキのマッチョマンが、ヴァンパイアを鷲掴みにし、棍棒で殴りかかろうとしているという、見た事のある絵が描かれていた。


 5 ドラッグを投与する。

 ※仮に注入するものとする。服用タイプになるかもしれない。

 とあり、殆どイッちゃってる目の若者が、注射をしている絵が描かれていた。


「4、5がちょっとヒドイな……」

「そうなんか?」


 それらを目にした私が呟き、見えないのだろうフォックスが言う。

 会場内の反応は良くも悪くも無いもので、無言だがしっかりと説明は聞き、男が示すとその場所を一応きちんと見てはいた。


「全ては想像の範疇ですが、うまく行けば我々にとって大きな一歩になると思います。未来への貢献、と言っても良いでしょう。もし、ヴァンパイアに知り合い等が居れば、紹介してくれるとありがたいです」


 言って、男が礼をすると会場内から拍手が上がった。

 感動も無ければ、侮蔑も無い、ごくごく普通の小さな拍手だ。


「ヴァンパイアに知り合いが居れば、か」


 私は呟き、少し考えた。


 私には居るのだ。その知り合いが。

 レーナの父と母がそうだ。

 協力してくれと頼みこめば、おそらく彼らは協力してくれる。

 妻の方は……少し微妙だが、夫のラルフは間違いなく。


「(レーナの里帰りに丁度良いかな……)」


 思えば随分と戻っていない。

 思い返せば一年位はレーナはうちに居る事になる。

 手紙でのやりとりはしていたようだが、親としてはやはり会いたいだろう。


「(そうだな、そうしよう。紹介はついでだ)」


 私は思い、レーナの里帰りのついでとして、ラルフ達を紹介する事を決めた。

 これが、ラルフ達の運命を変える、大きな選択肢であったという事に気付かずに。




 それから6日後。

 私達は、湖畔を走る馬車の中に居た。


 外は夜。


 馬車を操るのは、レーナの母のフィーナである。

 馬車の乗員は私とレーナ、フェネルと、ヴァンパイアを紹介して欲しいという発表会で出会った男であった。


 男の名前はルックと言った。

 その年齢は26才。

 仕事は実は医者でなく、大学院で研究している研究者だという事で、それに加えて呪術や魔術のオカルトにも造詣が深いようだった。


 同じ職場に恋人が居るようで、自身の理論が認められて、学会で地位が確立されれば、彼女と家庭を作るのだそうだ。


 つまり、彼が必死になっている訳は、恋人と結婚をしたいからで、未来への貢献だとか、人類の大きな一歩だとかは、悲しいかな、建て前だったという訳である。


 聞いた直後は私は落胆し、「自分の為か……」と失望もした。

 だったら連れて来なかったのに、と、続けてそうも思ったものだった。


 だが、すでに道のりは半分以上の位置にあった。

 引き返す事は面倒だったし、かと言って「ここで降りろ(怒)」と言う事は、私には流石に出来なかった。


 故に、ルックをそのままにして、盛り上がるフェネルもそのままにして、外の風景を眺めていたのだ。


「前はさー、先生は僕を突き落としたんだよね? 寝てるのを良い事にさぁ? ルックさん知ってます? この男はそういうネチっこいやり方で、子供を葬ろうとする人なんですよ?」

「い、いやぁ、それが本当ならまずい話だなぁ……でも、何かの事故なんじゃないの? 殺すにしてももう少し、賢いやり方があると思うし。例えば僕なら眠っている所に、まずは睡眠薬を嗅がせるだろうね。より深く眠らせる為にさ。それから野獣の巣にでも運んで、彼らに食わせてしまえば良い。それなら手を汚さず済むし、誰かに聞かれたら「手遅れだった」とか、言い訳だって出来るじゃない? イアン先生だってどうせ殺すなら、そういう手段を取ると思うなぁ」


 フェネルが言って、ルックが言った。

 直後にはフェネルは「なんて人達だ!」と喚き、


「あんた達は人間じゃない!! 子供相手に何て事企んでんの!! 恥を知りなさい! 恥を!」


 と、学校の先生さながらに、私達を指さして抗議をしてきた。


「先生は悲しい!」


 と続けた所を見ると、やはりはそのつもりでやっていたらしい。


 まぁ、一応言って置くなら、私はフェネルを殺さないし、実際半分は人間では無い。

 だが、いちいち言うのは面倒なので、小さく息を吐くだけにしておいた。


 しかし、ルック、この人物は考え方が少し危険かもしれない。

 そういう事を思いつくのが、あまりに早すぎるような気がする。


 例えば私なら「どうやって殺す?」と、聞かれたとしてもそうすぐには、思いつく内容では無かったのだ。


 良くて首絞めか、或いはやはり、そのまま車外へ突き落とすだろう。

 睡眠薬で眠らせて~~なんて、彼に聞くまで想像もできなかった。

 確かにその方が確実だし、自分の手は汚さないが……


「(まぁ冗談として受け取っておくか……)」


 私はそう考えて、嫌な予感を無理に押し込めた。

 なんとなく、ルックが問題を起こしそうな気がしたのだが、だからと言って「帰るといいよ?」では、本人も納得が行かないだろう。


 ここに至っては時すでに遅しだ。


 念の為に注意深く見張って居れば良いだろう。

 そう思い、一人で頷くと、


「先生、気分が悪いんですか?」


 と、レーナが気を遣ってくれた。


「いや、少し考え事をね。気遣ってくれてありがとう」


 レーナはいつも私に優しい。だから私は礼を言った。


「シャットアウト! こっちからこっちはシャットアウト! ゲロなら外に出してくださーい!」


 と、即座に距離を取ったフェネルとは、全くもって大違いだ。

 レーナは何やら「もにょもにょ」と言い、直後には顔を反らしたが、それが何かを聞く前に、馬車が大きく左に曲がった。


「いたあっ!? まーた先生はぁ!」


 当然、重心が右にかかり、位置的には私の左に居たフェネルの肩に体がぶつかる。


「あ、すみません……」

「いえ」


 正面ではレーナがルックの肩に、軽くぶつかったようだった。


「すまんな。分かるとは思うがわざとでは無いんだ。曲がったという事はそろそろかな」

「どうだか……」


 私の言葉にフェネルは拗ねたが、レーナは「そうですね」と答えてくれた。


 やがて馬車は橋を渡り、古びた城門の下をくぐる。

 水の出ない噴水が見え、明かりのついていない城が見えた。

 そこが、レーナが生まれて育った、彼女の帰るべき家だった。


 馬車が止まってドアが開いた。

 着いたから降りろ、という意味である。


「忘れ物の無いようにな」


 私が言って先に降りる。

 それからレーナ、フェネルと続いて、最後にルックが馬車から降りた。

 その1秒後にはドアが閉まり、馬車はすぐにも走り出す。


「レーナさんのお母さんって短気なの? ねぇ?」


 と、フェネルが私に聞いてきたが、彼女とあまり親しくない私には、特に何も言える事は無かった。

 まぁ、確かにせっかちだとは思うが……


「うわぁ、なんか久しぶり~……」


 レーナが言って、我が家を眺める。

 約1年ぶりの帰宅である。思う所も色々あるだろう。

 気が済むまで見させてあげようと、私は後ろからそれを見ていた。


「先生うんこ! うんこしたいうんこ!」


 が、フェネルがそんな気持ちを打ち壊し、


「うわー、これは人の住む所じゃないなぁ……だから居ると思えば納得だけどさぁ……」


 打ち壊された気持ちにトドメを刺して、ルックが「すたすた」と歩いて行った。


「(あの2人は要らなかったな……)」


 私は思い、顔を顰めて、それに気付いたレーナと共に、玄関に向かって歩き出した。

 玄関周辺の灯りがついて、娘の帰宅を迎えたのは、その直後の事であった。




 私達はシーナの出迎えで城の食堂へと通されていた。

 シーナはレーナの姉である。

 見た目は大体同じようだが、シーナの方が少し背が高く、雰囲気としても落ち着いている。


 以前の髪型はどうだったか忘れたが、今日は頭頂部で一本にまとめて、そのまま背中に垂らしているという、ポニーに近い髪型をしていた。

 服装はというと黒のドレスで、こちらは隣で沈黙している母親と良く似たモノだ。


「でね、もう負けかと思ったんだけど、コッドはそこから立ち上がって、相手のモヤシを握り潰したの! 右手で掴んでこう、グシャア! って! 相手はB様とか言ってたかな? 顔を潰されてピクピクしてたよ!」

「ホントにぃ!? 私も見たかったなぁ~!」

「だよねだよね! じゃあ今度は姉さんも来なよ! 血沸き肉躍る闘技場に!」


 久々の再会に二人は喜び、私達を放置して喋り続けている。

 しかしその話、おそらくはだが、闘技場での話だと思うが、一部は少し盛りすぎで、現実と結果が違うようだった。


「(まぁ良いか……水を差すのもなんだしな……)」


 私は思い、首を振って、ふと、母親のフィーナを見てみた。


 場所としては私の正面。

 シーナの左に座っており、静かに、無関心に紅茶を飲んでいた。

 外見的な年齢は娘達とほぼ同じだが、彼女のまとうオーラのようなものが、やはりは母親だと主張をしている。


 好みは人それぞれだから、そこにあれこれ言うつもりはない。

 だが、私なら無理だなと、会話が続かない時点で無理だなと、フィーナを見ていてそう思う。


「(いや、それは偏見か。心を開いていないだけだろうな)」


 考えを変えてそう思い、私は紅茶を一口飲んだ。

 長年の友の妻の事だ、悪く思うのはよろしくは無い。

 紅茶を飲んで落ち着いた私は、心の中で改めて思った。


「先生、あのヘンタイは? 僕の鼻を舐めたあのヘンタイは?」


 私の右からフェネルが言ってきた。

 嫌な事だけは覚えているらしい。


 ヘンタイとはつまりラルフの事だ。

 城の主で、私の友の。

 フェネルは初対面で鼻血を舐められ、「ごちそうさま」とか言われたらしく、そこからはラルフをヘンタイと呼び、異様に恐怖しているのである。


 今だって突然現れないかと、思い出しては後ろを見たり、テーブルの下を見たりしており、どこにもラルフを見つけられなかったので、私に所在を聞いてきたのだろう。


「夕食を作ってくれているらしい。お前が迷い込んだあの食堂だろう? 心配なら行って見てきたらどうだ?」

「じょ、冗談じゃないっすよ!? 誰があんなヘンタイの事!! あ、ツンデレじゃないですからね! マジで嫌なの! アイムヘイトヘンタイ!」


 余程に嫌なのかフェネルは言って、両手で「バツマーク」を作って見せた。

 しかし、そんな事を言いながらも、作ってくれた料理は食べて、挙句にはデザートまで要求するのだろうから、本当におかしな少年である。


 それから10分程が経ったか、食堂のドアが向こう側から開けられた。


 そして、一台のカートを押して、館の主のラルフが入ってくる。

 カートの上には料理が乗っており、後方にはもう二台程、同じ状態のカートが見えた。


「手伝おうか」


 私が言って立ち上がる。

 ラルフは「すまんな」と小さく言って、私に「にやり」と笑いかけた。

 相変わらず良い声だ。

 そう思い、私も「にやり」とした。


「あ、じゃあ僕も手伝います」


 これはルックが発した言葉だ。

 これから頼み事をする以上、何もしないのはマズイと思ったのだろう。


「いや、結構。客人は客人らしくしていて下さい。気持ちだけは頂いておきましょう」


 だが、ラルフに丁寧に断られ、ルックは「あ、はい」と言って再び座った。


「どーんと構えておればよいのよ!」


 という、フェネルはどうにもおっさん臭いが、この場合はそれも間違いでは無かった。


 5分程をかけ、私とラルフがテーブルの上に料理を並べた。


 時刻はおそらく23時位だから、この時間に口にするものとしては、カロリーが少しヤバイくらいだ。


 だが、折角のおもてなしである。

 無下にするわけにはいかないだろう。


 私とラルフが席につき、食事は厳かに開始された。

 ラルフは城の主であるので、私から見て左手の上座に1人で座っている。

 その左右に私達が散らばって座っているような形である。


「もう一年か。早いものだな」


 唐突に、ラルフが話しかけてきた。

 正確にはまだ一年では無いが、およそで見ればそうなので、私は「ああ」と、言葉を返す。


「アレはどうだ? 君に迷惑をかけていないか? 男らしい事ばかりを覚えて、女らしい事は何もしなかった。親としては、心配でね」


 苦笑いをしてラルフが言った。

 そんな事言うか!? という顔をして、レーナがラルフを見ていたが、言葉にまではしなかった。


「いや、本当に助かっているよ。家事も、仕事も完璧だ。彼女が家に居てくれるお陰で、心配せずに遠出も出来るようになった。レーナとラルフさまさまだ」


 私が言って、両手を広げ、「ははは」とラルフに笑って見せた。

 ラルフは「そうか。それは良かった」と言い、今度は本当の笑顔を見せた。

 一方のレーナはシーナに叩かれ、顔を赤くして何かを言った。


 私には聞こえない小さな声だが、シーナが私の視線に気付いて、「にかり」という笑顔を見せて来た。

 一体何を言ったのだかな……


「先生、エビ、エビの殻剥いて」

「自分でやらんか、そういう事は……」


 フェネルが言って、渡してきたので、仕方なくそれを剥いてやる。

 こんなだから駄目なんだろうが、これが私の性分なのだろう。


「ほら」


 殻を剥き、渡してやると、フェネルはそれを無言で受けて、礼も言わずに食べ始めた。

 こんなだから駄目なんだ。私とフェネル双方ともに。


 もし、子供が出来たとしたら教育はレーナに任せよう。

 私は多分、親として駄目だ。そんな事を思った瞬間でもあった。


「それで、そちらの客人は?」

「ああ、紹介が遅れたな。彼はルック。大学院で薬の研究をしている人らしい。君達に会いたいという事だったんで、許可を得ずにつれてきてしまった。失礼をしたなら詫びさせてくれ」


 ラルフに聞かれ、私が言った。

 直後にはルックは食事を止めて、口を拭いてからラルフの方を見た。


「いや、そこは気にしていない。理由の方は気になるがね」


 あくまでも淡々と、低い声でラルフは言った。

 妻と違って喋りはするが、温度的には似たようなもので、だからこそ二人は気が合って、一緒になったのかもしれなかった。


「それは本人の口からな」


 言って、ルックの方を見る。

 理由を話しなさい、という意味で、ルックもそれを理解したのか、ここに来た理由を話し出した。


 自分は薬を作ろうとしている。

 その為にはヴァンパイアの協力が必要だ。

 だから、イアン先生に紹介してもらって、あなたの元を訪ねて来た。

 どうか力を貸してください。これは人類の未来の為なんです。と。


 聞いたラルフは「ふむ」と言って、ワインの入ったグラスを持った。

 そしてそれを「ゆらゆら」と振り、


「私もかつては人間だった。その種族の未来の為なら、協力する事にはやぶさかではない」


 と、揺れるワインを見ながら言った。

 直後にはフィーナが「ちらり」と見たが、ラルフに何かを言う事は無い。

 ここで今、言う事では無いと、或いはそう思ったのかもしれない。


「あ、ありがとうございます! 図々しいお願いなんですが、どこか広めの部屋をひとつ僕に貸してくれませんか? そこを研究室にしたいんです」

「承知した。妻に案内させよう」


 ラルフが言ってワインを飲んだ。

 それを聞いたルックはもう一度、「ありがとうございます!」と、頭を下げた。


 普通は立って言う所だが、彼は最後まで座ったままだった。

 マナーとしてはどうかと思うが、頭を下げただけ律儀なのかもしれない。

 まぁ少なくともフェネルよりは、遙かに人間が出来ているだろう。


 私はそう思いつつ、遅めの食事を再開させた。

 食事が終わり、部屋を与えられ、ベッドについたのは午前1時頃。

 懐中時計の時間を見た時、私は「げっ!?」と驚いたものだった。


「こいつは良く起きて居られたな……」


 隣のベッドのフェネルを眺める。

 今はもう眠っているが、先ほどまでは起きていた。


 それも欲(主に食の)の成せるわざか……


 私は思い、苦笑して、それからベッドに体を沈めた。




 翌朝。午前9時頃にルックの研究は開始された。

 広めの部屋を少し改装し、長いテーブルをいくつか並べて、そこに道具を置いたようだ。


 窓にはカーテンがかけられており、その為、中は薄暗かった。

 しかし、ヴァンパイアに協力を乞う以上はその計らいは最低限で、それすらもルックがしていなかったら、私も流石に「帰れ」と言ったろう。


「具体的に何するんですか?」


 フェネルが私に聞いてきた。

 私の答えは「知らん」というものだ。

 意地悪では無く、実際に、何をするのか分からないのだ。


 だが、フェネルは意地悪と取ったのか「ケチ!」と言って尻を叩いた。

 そして、ルックの近くに行って、同じ事を聞くのである。

 何やら言われているようだったが、私は別に興味は無かった。


 私の役目は見張る事だった。

 或いは杞憂かもしれないのだが、ルックが暴走をしないように、しっかりと見張っている事なのだ。

 言う時には「ズバーン」と言ってくれるので、レーナが居れば心強いが、色々とやる事があるのであろう、彼女は姿を見せてはいない。


「あ、おはようございます」


 そこへ、ラルフが姿を現し、ルックが朝の挨拶を送った。


「やあ、おはよう」


 そういう感覚があるのかどうか、ラルフが一応、それを返す。

 フェネルはと言うと薬品を触り、疑問してそれを「ぶんぶん」振っていた。


 やめろ。危ないからそういう事はやめろ。


 顔を顰め、私が近づく。

 フェネルはそれで察したのか、薬品を置いて知らん顔をした。


「(やれやれ……こいつも見張りの対象か……)」


 仕事が増えてしまった事に、私は小さく息を吐く。

 レーナが居れば、と、つくづく思う。


「では、早速開始しましょう。このスポンジを噛んでくれますか?」


 白いスポンジを右手に持って、それをルックがラルフに渡す。

 ラルフは無言でそれを受け取り、「噛めば良いのかな?」と短く言った。


「ええ、出来れば人の首を噛む時のように、イメージというか、そういう気持ちで噛んでくれるとありがたいです」

「なるほど。承知した」


 ルックに言われてラルフが返す。

 ラルフは直後には腰を沈めて、誰かを抱きかかえるような姿勢になって、空想上の首の位置へと持っていたスポンジを移動した。


「僕、なんか見える! あそこの位置に誰かが見える!」


 空想上の誰かを指さし、フェネルが驚きの顔で言った。

 私にも見えた。そこに誰かが。

 見えるぞ、私にもそれが見える、と、思わず口にしたくなる。


「大丈夫。痛いのは最初だけだ」


 一体どこまで本気なのか、ラルフが言って口を近づけた。

 二本の牙が露わになって、スポンジの中に食い込んでいく。

 優しく、そして、どこかエロチックに、ラルフは空想上の誰かを吸った。


 ああやってフィーナを吸ったのだろうか。

 ……そう考えると少しだけ、興奮している私が居た。


 いかんいかん!


 首を振り、その考えを吹き飛ばした時、ラルフは「ごちそうさま」と言って、スポンジから牙を引き抜いた。


「これで良いのかな」


 言って、スポンジをルックに渡す。

 渡されたルックは少々引いて、


「あ、は、はい……」


 と、それを受け取った。


「じゃ、じゃあこれを調べてみます」


 注射器を刺し、何かを吸い取る。

 そして、それをシャーレに移して顕微鏡の台座にかけた。

 おそらく、唾液がついているだろうから、ラルフの口内の状態が最低でも判明する事だろう。


「(さんざん調べて「虫歯では無いです」とかだったら、私でも流石にひっぱたくだろうな……)」


 そう思いながら見守っていると、ルックは顕微鏡から目を外して、


「……すみません、何も無いです。もう一度やってくれますか?」


 と、再度の協力をラルフに依頼した。


「承知した」


 嫌がりもせずにそれを受け、ラルフが再度ポーズを作る。


「アレって必要な事なんですかね?」

「さぁな……私はヴァンパイアじゃないからな……」


 フェネルの疑問に私が答える。これも勿論、意地悪では無い。

 私は本当に知らなかったのだ。


 だが、一種の儀式的な、手順のようなものがあるなら、必要なのかもしれないと思い、必要無いとは断言しなかった。


 そして、その手順をこなし、ラルフがルックにスポンジを返した。

 受け取り、吸い出して、それを調べる。


「やっぱり駄目だ! 何も無い! 僕の予測は間違っていたのか……!」


 どうやら結果は同じのようで、その事で絶望したのであろう、ルックは両手で頭を抱えた。

 まぁ、最初から成功など、普通であればまずありえない。

 研究者も他の仕事も、基本的には同じである。

 失敗を繰り返して先に進んで行くものなのだ。


 彼の場合は残念ながら、結婚が先に延びてしまうが、ここで諦めたら全ては終わりで、結婚自体が無くなるかもしれない。

 頑張るのはそう、むしろこれからだ。

 私は一応慰める為、ルックに声をかけようとした。


 まだ始まったばかりじゃないか、と。


 私が「ま……」と言った時、ルックは「ばっ」と立ち上がった。


「血を……血を採らせてくれますか!」


 勢い良くルックは言った。雰囲気が違う。切羽詰まってる感がひしひしと伝わる。


「お願いします! 少しだけで良いんです!」


 相当結婚したいのだろうか。ともかく彼は必死であった。

 私は害は無いと思い、ラルフに無言で頷いて見せた。

 それを見たラルフは小さく頷いて、


「どうぞ」


 と、右腕の袖をまくって差し出した。


「すみません! ありがとうございます!」


 震える右手で注射器を持ち、ルックがラルフの右腕に刺す。

 先と同じ注射器である。医者であればまずありえない。


「おい」


 と言うが、それでも止まらず、ルックはラルフの血液を抜き出した。


「これで何か、分かるはずだ……」


 ルックが呟き、注射器を抜く。そして、それを顕微鏡にかけた。


「残念だが」


 と言ったのは、ルックでは無くラルフであった。

 服の袖を戻しつつ、驚いた顔のルックを見る。


「私は何もわからないと思うよ。やったのだよ。私もね」


 そう言って、ラルフは両目を瞑った。


「(そうか……そういえばラルフも……)」


 それを聞くまで忘れていたが、彼も医術の心得を持つ、医者に近い存在だった。

 人間に戻りたいと思った時から、そういう事はやっていただろう。

 そして、その結果として何もわからない事が分かっていたのだ。


「そんな……いや、でも、きっと何かが……」


 ラルフを見て、顕微鏡を見て、動揺した様子でルックが言った。

 どうにも諦めきれないのだろう、その後には顕微鏡にかかりきりになり、無言で倍率を調整していた。


「何々? ヘンタイ病気だったの?」

「お前も医者を目指しているなら、前後のやりとりで大体わからんか……?」

「分からないから聞いてるんですうううう!!」


 口を尖らせてフェネルが言った。まさかの逆切れに困惑である。


「……切らせてください。体が嫌なら腕でもいい。どうせすぐに回復するんでしょう? 良いですよね切るくらい!!?」


 言って、ルックが立ち上がった。

 その顔は少々狂気じみている。

 直後には大きなハサミを持って、沈黙するラルフに近付き始めた。


「やめろ。そこまでにしておいた方が良い。少し落ち着け。彼は君のモルモットじゃないんだぞ」


 流石にもう限界だった。図々しいにも程がある。

 紹介したのは確かに私だが、その事を私自身後悔していた。


 この人物は少しズレている。

 研究の為なら理解は出来るが、これはおそらく自分の為だ。

 自分が彼女と結婚をしたいから、焦って無理を押し付けるのだ。


「……」


 そんな自分に気付いたのだろう、ルックは黙って右手を下した。

 そして、座り、頭を押さえて、動かなくなってしまうのである。


「落ち着いたら声をかけてくれ。それからイアン、ありがとう」


 ラルフは言って、部屋から去った。

 私もフェネルもそれに続き、ルックを残して部屋を後にした。

 残されたルックは「クソっ……クソっ……」と、小さく何度も繰り返していた。




 その日の昼。

 私達は、落ち着いたルックと再会した。

 丁度昼食を摂っている時で、ルックはまずラルフに向かって「すみませんでした」と謝罪した。


 ラルフはそれに「落ち着いたようで良かった」と、返事をする事で謝罪を受け入れ、右手で示してルックにも昼食を摂るように勧めていた。


「研究者としての僕はここで、一旦、考えを置こうと思います。だからこれはオカルト好きの、ただの推測だと思って下さい」


 私の右隣に座ったルックが、顔も見ずに話し出す。


「ラルフさんの血液なんですが、本人の言う通りに異常はありません。ただ一点、血中の成分が全て止まっているという事を除けば」

「成分? 赤血球や白血球の事かな?」

「それもですが、全部です。水分や血漿蛋白質、脂肪や糖、無機塩類等、全ての活動が止まっているんです」


 私が聞くとルックが答えた。

 止まっている、という事は、つまりは酸素を運んでいないという事で、ラルフがヴァンパイアで無かったのなら、それは驚くべき事である。


「だが、彼はヴァンパイアだ。それがそうだったとしても、さして驚く事でも無いだろう」


 故に、平然とした顔で、水を飲んでから私が言った。


「だからオカルト好きの、なんです。医者や研究員の見解だったら、それでも間違いはないかと思います。考えて下さい、ヴァンパイアは体が損壊したらどうなりますか?」

「それは再生するんじゃないか? 元の通りに戻ろうとするだろう」


 私が言うと、ルックは頷いた。そして、その上で話を続ける。


「そうです。そこが問題なんです。僕は血中の何かが作用して、体を再生させるんだと思った。だけど、何も動いていなかった。止まってるんです。何もかもが」


 私は眉根を下げていた。

 ルックが何を言いたいのか、さっぱり分からなかったからだ。


「だから推測です。ヴァンパイアの再生能力の謎というのは、呪術的な何かを施された為、その時点で時間が止まってしまう。そこで時間が止まっているから、その後に何をされたとしても、そこに戻ろうとして魔力が働く。吸血は言わば儀式のようなもので、仲間にしたいと思った時に、呪術が発動するのではないでしょうか?」

「呪術……という事はそれが解ければ、彼らは人間に戻れるという事か?」


 驚き、私が質問すると、ルックは「或いは」と真面目に言った。

 気付けばフェネル以外の全員が、ルックの推測に聞き入っていた。


 フェネルはフォークをソーセージに刺し、一本では納得が行かなかったのか、二本、三本と刺そうとしている。

 貪欲極まる少年である。


「なるほど、呪術か……」


 私は言って考え込んだ。呪術、そう考えれば、納得が行く事はかなりある。

 まずは仲間を作りたいと思う事。

 これ自体が思いである。思いは念で、呪術にも繋がる。

 思わなければただの餌で、呪術が発動する事は無い。


 ヴァンパイアが異常な魔力を持つのは、大抵の人には周知の事実だ。

 個人の時間を止めるという事も、やってできない事ではないだろう。(意識をする、しないは別として)


 私自身、ルックと同じで、ヴァンパイアは病気の一種だと考えていた。

 具体的にはウイルスに感染して、そうなってしまったと思い込んでいたのだ。


 だが、呪術の類であったなら、それは全く分からない訳である。

 解除の方法があるというなら、やってみても損は無い。


「例えば、呪術と言うものはどうやったら解除が出来るんだ?」

「大抵は、かけた本人が、解除の意思を見せる事で、自然に解けて行くものなんですが……」


 私が聞くとルックが答えた。

 解除の意思、つまり言葉やら、動作やらという事だろう。

 或いは本人が「もういい」と、思う事もそうかもしれない。


 呪術をかける、とはこの場合、吸血をするという事だろうから、ラルフが妻のフィーナに対して「もういい」と思えば良いわけだろう。


「……やってみるか?」


 ラルフに向かい、私が聞く。


「……妻の意思を聞いておきたい」


 ラルフはそう言ってフィーナを見つめた。


「私の気持ちはあなたと同じよ」


 食事の手は止めないままで、フィーナがラルフの問いに答えた。

 クールだが、しかし愛はあるのだな、と、感心した思いで私はそれを見た。


 二人も子供を産んでいるし、夫と同じ世界に入った。

 これは愛が無ければ出来ない、彼女なりの愛情表現だろう。

 そう思うとツンツンしていても、情が深い良い女に見えるから、考え方とは大事なものである。


「ならばよし。試みてみよう」


 ラルフが立ち上がり、フィーナに近づく。

 それに気付いたフィーナも立って、ラルフと向き合う形を取った。


「長い間ありがとう。もう良いんだ。人間に、太陽が上がれば体を起こし、太陽が沈めば体を横たえる。懐かしきあの頃に戻ってくれ」


 そして、ラルフはフィーナを抱きしめ、両目を瞑ってそう言った。


遅れましたがメリークリスマース!

自分はこれから信長と戯れます…(げほげほ)

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