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本人にとっての幸せなこと

現在、私が投稿している作品は、実は全て同じ世界の話です。

それぞれ全く時代が違うので、主人公同士が会う事は基本的にはありません。

が、この作品のイアン、別作品の魔族やエルフ等、長命な主人公が別の作品に出るという事はありえます。


だから何さ!?


と聞かれたら「番宣ですが!?」という他に無く、拙者、困ってしまうのでござるが…


まぁ良かったら読んでみて下さいと、そういうわけなのでございますよ。

長々と失礼いたしました~

 新しい年がやってきた。

 一日が過ぎ、二日が過ぎたが、皆、自宅でゆっくりしているのか、有りがたい事に患者は来なかった。


 私もまた、それを理由に自宅でゆっくりとさせてもらっていた。

 ソファーに座り、本を読み、紅茶を片手にまったり過ごす。

 何やら久しい感じがするが、私は元々一人で居た頃はこういう生活を送っていた。


 フェネルが来て、……シヤが来て。

 そして、レーナがやってきて、私の生活は変わって行った。


 一人で居る時間が当然無くなり、こうする事が無くなっていた。

 だが、久しぶりにこうして見ると、慣れ親しんできた行動だからか、やはりは心が落ち着くものだ。


 たまにはこういうのも悪くない。


 紅茶をすすり、ページをめくって、私はふと、裏庭を見た。

 窓拭きをしていたレーナと目が合う。

 あちらも私に気付いたようで、直後には「にこり」と微笑んでくれた。


「あ、ははは……」


 不器用に笑って私も返す。

 偶然の事にびっくりしたからだ。

 視線を戻し、続きを読むと、私が怪しいと睨んでいた弁護士のファルツが殺害された。


 泡を吹き、目を剥いて、悶え苦しんでの突然死である。

 犯人は一体誰だと言うのか。

 私は急いで文章を読み、凄まじい速さでページをめくった。


「この肉球で萌え殺すの……」


 またか!!!


 私は途中で本を投げた。

 この展開には覚えがあり、その際に「時間を無駄にした」と後悔した事があったからだ。

 しかし、結果、私はまたも時間を無駄にしたのである。


「やれやれだ……これならいっそ、寝ていた方がいくらかマシだった……」


 頭を掻いて、私が呟く。

 するべき事が無くなった為、大きく伸びをしたりしてみる。


「うーん……」


 駄目だ。何も思い浮かばない。

 唐突に暇になった感じだ。


「(レーナに何か聞いてみるか……)」


 何か出来る事があるかもしれない。

 そう思い、立ち上がると、玄関が誰かにノックされた気がした。


 歩き、玄関に向かって行くと、音はどんどん大きくなった。

 誰かが来ているのは間違いないらしい。


「ちょっと待ってください」


 私が言って、ドアを開けると、一人の男がそこに立っていた。


 年齢はおそらく20前後。

 身長は160㎝位と、男性としては少し低めだ。

 髪の色は薄い茶色で、瞳の色は綺麗な水色。

 目、鼻、口のバランスが整ったかなりの美青年と言って良かった。


 その服装は登山の際に着用するような奇妙なもので、全体的に緑が目立ち、何やらえらく「キラキラ」していた。

 その後ろには馬車が見えており、男がそれを使用してここまで来た事が想像された。


「やぁこんにちは。お休みの所を申し訳ないね。僕はブラン・エルスバードと言う者だ。あなたの噂を人に聞いてね。治してもらいたいものがあって、遠路はるばる訪ねて来たんだ」


 男、改めブランが言って、私に更に「良いかな?」と聞いてきた。

 顔も良いが声も良い。

 少し粘着質ではあるが、良く通る声である。

 聞かれた私は返事もせずに、そんな事を考えていた。


「ん? もしかして良くないのかな? 日を改めた方が良いだろうか?」


 ブランが言って、肩をすくめる。

 どうやら私が無言で居るのを「都合が悪い」と受け取ったらしい。


「いえ、丁度暇になった所ですよ。どうぞ、中にお入り下さい」


 右手を振ってそれを否定し、言って、私が中へと入る。


「それは良かった。お互いにとって最上の事だね」


 そして、ブランが私に続き、玄関を抜けて中へと入った。

 何と言うか、我ながら、時間の使い方が下手になった。

 せっかくの暇な時間を、有意義に使う事が出来なくなっている。


 気付けばほら、結局は、こうして仕事をしようとしている。


 こういう奴が引退したら、やる事が無くてボケるのだろうな。

 そんな事を思いつつ、私は診察室のドアを開けた。




「あなたに治して欲しいものは、私の賭博癖なんだ」


 座るなり、ブランはそう言った。

 顔を見るが真面目そのもので、冗談を言っている様子は無い。


「とばくへき……?」


 と、私が言うと、ブランは「そうなんだ」と頷いて見せた。

 やはり一応、本気のようだ。


 賭博癖。

 とはまぁつまり、ギャンブルがしたくてたまらない人の事を指す。

 ギャンブルの事ばかりを考えて、小銭が入るとまっしぐらに賭博場に行ってしまうような人の事で、勝とうが、負けようが、機会さえあれば、またすぐに行ってしまう。


 今度は勝てる! と思って行く人や、勝ち負けに関係なく、それ自体を楽しむ人、そこはまぁ様々だ。


 病気と言えばそうとも言えるし、病気でないと言えばそうとも言える。

 要は心持ち次第なのだが、ギャンブルの魔力に落ちた人にはそんな理屈は通じないのだろう。


 私には生憎(幸い?)そのたしなみは無いが、ギャンブルにハマって人生を棒に振った者達を今までに何人か見た事はある。


 やっている最中は楽しいのだろうが、身を滅ぼす程にハマるというのは、やはり少し考えものだろう。

 彼、ブランもそれに気付いて、どうにかして治して貰いたくて、私を訪ねてきたのだと思われた。


「ちなみに、なぜ、治そうと?」


 何気なしに聞いたようだが、これは割と重要である。

 こういう病に必要なのは何よりも本人の意思なわけで、強い意志を持って居なければ、治す事は不可能だからだ。


 意思、つまり、理由が弱いと、大抵の場合はしばらくしたら、当たり前のように再発してしまうのだ。


「うん。実は僕の体には、半分、魔物の血が流れているんだ。あなたはノームを知っているかな? 僕の父はそのノームでね。だからかな、身長はあまり伸びなかった」


 頷き、それからそう言って、言葉の最後でブランは笑った。


 ノーム。


 これは魔物と言うよりも、どちらかというと精霊に近い。

 土の精霊ノームと言えば、聞き覚えのある人も多い事だろう。

 彼らは山や洞窟を好み、自然の恵みを分けて貰って、静かにひっそりと生活している。


 基本的には友好的で、こちらが敵意を見せなければ、襲われる事はまずありえない。

 仲良くなれば人間にとって、有益な事も教えてくれるはずだ。


 有益な事、とは一体何か。

 それはつまり、きんが埋まっている場所や、宝石が埋まっている場所等を指す。


 彼らは一体どういうわけか、そういうものを嗅ぎあてられる。

 しかし、自分達には興味が無いので、知ってはいるが放置しているのだ。

 ノームに会えばひと財産を築ける事もある位なので、土の精霊と同様に、富の象徴としても有名だった。


 ただし、ノームは背が低い。

 成人であっても100㎝から、120㎝の間だという。

 ブランがその血を引くのであれば、身長が低いのは仕方がないのだろう。


「私の元を訪ねられた時点で、人間で無い事は薄々は。しかし、それが賭博癖とどういう関係があるのですか?」


 苦笑いをし、私が言うと、ブランはまずは「ああ」と唸った。


「僕もそれなりに良い年だからね。そろそろ結婚をしようと思うんだ。だけど女性にとってはやはり、賭博癖というのはクセモノだろう? だから僕はそれを治して、来るべき運命の人に備えたいわけさ」


 そして、ギャンブルをやめたい理由を私に話してくれるのである。


「それにもう一つ、些細な事だが、最近になって次々と僕の秘書が辞め始めてね。どうやら僕に呆れているらしい。こう言った事を無くす為にも、何とかしたいと言うわけなんだ」

「なるほど……」


 私が言って、小さく頷く。

 秘書とは一体? と、思いはしたが、そこはプライベートの事でもあるし、現段階では突っ込まなかった。


 彼がギャンブルをやめたい理由。

 これは、私はアリだと思う。

 自分の未来を考えた上で、これでは駄目だと思ったわけで、


「10万も突っ込んで一回も当たらんとか! やめたやめたアホらしい!」


 と言って、その場限りのヤメ宣言をする者より、余程に考えていると言えよう。


 自分で考えて自分で決める。

 結局の所はそういうもので、ブランがやめたいと思っていなければ、何を言っても無駄なのだ。


「そういう事なら大丈夫でしょう。今まで使っていた分を結婚資金にでも宛てて下さい。あなたならすぐに良い人が見つかりますよ」


 私の仕事はこれで終わった。

 本人の覚悟が決まっているのなら、私に出来る事は何も無い。

 強いて言うなら相談相手として、私を必要としていただけだろう。


「いや、結婚資金と言うのなら、それは全く問題ないんだ。だからこそ、僕は困っているんだが」


 立ち上がろうとしていた私を止めて、困った顔でブランが言った。


「ど、どういう事ですか……?」


 腰を下ろして質問をする。


「先程も言ったが、僕の中にはノームの血が流れていてね。どういう訳か金目のモノを嗅ぎ当てられてしまうんだ。エルスバード財団と言うのをあなたは聞いた事が無いだろうか? つまり、僕はその財団の当主をしているわけなんだ」


 私は意味が分からずに、ひたすら瞬きを繰り返していた。

 その様子を見たブランは改めて、


「要するに、僕は金山を持っている。数にしたら3つばかり。だから金には困らないし、だからこそ際限なくのめり込んでしまうんだ」


 と、今度はやめられない理由を話した。

 私は犬のフンを踏んだかのような、微妙な顔で固まっていた。


 秘書が居る、なるほど納得だ。

 鉱山を運営するような財団ならば、それは当然居る事だろう。


 簡単な話かと思っていたが、これはどうやらそうでは無いようだ。

 彼にギャンブルをやめさせるのは、それこそ至難の業である。

「金持ちなんだから良いじゃない♡」と、いっそそのままにしてブン投げたくもなる。


 超がつく程の金持ちならば、少々の賭博癖を持っていようと、許してくれる女性も多い事だろう。

 私は一応、納得するかな、と、期待を込めてそれを言った。


「それは駄目だ! それは愛じゃない! 欲しがっているのは僕の富だろう! 僕の悪い所を見ようとせずに、富の眩しさに目が眩んでいるだけだ!」


 しかし、ブランはそれを却下して、突如として激昂し始めるのである。

 立ち上がり、椅子を蹴り、拳を振り回して力説をする。

 賭博癖云々よりも、興奮した時のその性格の方が、私が女ならお断りだった。


「ま、まぁ、落ち着いて……そういうのはアリかなと、ちょっと思っただけなので……」

「全く、そんな女はこちらからお断りだ。最初から金目当てじゃないか……」


 私が言って落ち着かせると、「ぶつぶつ」言いながらもブランは座った。

 参ったな。と、私は思う。

 貧乏であれば、賭博癖があっても結婚してくれる人は良い女性だろう。


 だが、金持ちの場合は逆に、それがマイナスになってしまうらしい。

 世の中の不思議な所である。


 ともあれ、ブランは何としてでも、ギャンブルから足を洗いたいようで、それが達成出来なければ、結婚する気もないようだった。


 単純に、「普通にやめられないの?」と、言いたいような気はするが、それが出来たら苦労はしないし、こんな所にも来なかっただろう。


 つまり、私はブランの癖をなんとかして治さなくてはならないのである。

 確かにつまらない本を読むよりは、有意義に時間を過ごせるだろう。

 皮肉に近いその考えを胸に、私は方法を模索し始めた。




 二日後。

 私達はブランに連れられ、南のディザン王国にあるヤートという街にやってきていた。


 この街は八割方は普通の街と同様だったが、残りの二割、つまり一部が、歓楽街となっており、夜になると金持ちやら、そうでない者やらが集まって、治安が一気に悪化するという奇妙な側面を持った街だった。


 ブランのお気に入りの賭博場もこの街の一画に存在しており、色々と考えた結果として、何も良いものが浮かばなかったので、


「とりあえず行って見るかい?」


 と誘われて、ノコノコとついてきたというわけなのだ。


「今の秘書ともそこで会ってね。なかなか美しい人でもあったし、話も合うしで雇ったわけさ。今までの秘書はなんというか、真面目だが、融通が利かなかった。だが、彼女はその点で僕に対して寛大だよ」


 馬車の中でブランが言って、私が「ほう」と言葉を返した。

 そこからの話の発展が無いのは、正直みんな「どうでもいいから」で、むしろなぜ、唐突にそんな話をし始めたのかと、私個人は疑問すらしていた。


 所謂、世間話だったのだろうが、まぁ色々と理由があって、私は心が狭くなっていたのだろう。


「着きました総帥」


 馬を操る男が言って、私達が乗っている馬車が止まった。


「ささ! どうぞどうぞブラン様!!」


 と、馬車の中からすかさず飛び降りて、足元を確保したのはフェネルで、それを見たブランは「ありがとう」と、フェネルに一枚の金貨を渡した。


「ははあ! 有りがたき幸せ!!」


 両手でそれを受け取って、フェネルが大げさに頭を下げる。


 なんだかとても情けない。


 権力に弱いとは知っていたが、まさかここまで露骨だとは。

 私は思い、首を振って、ため息を吐きながら馬車から降りた。

 フェネルが「にやり」と笑って出迎える。


「世の中媚びたモン勝ちでっせ?」と、言わんばかりの汚い笑顔だ。

 しかし、私はそれを無視し、続くレーナに手を差し伸べた。


「あ、すみません先生」


 レーナが言って、私の手を取る。

 現れたレーナは青いドレスに、同色の羽根つき帽子をかぶっていた。

 美しいと言えば美しいが、それをチョイスした者がブランであった為、私は少し気に食わず、正直には褒められなかった。


 これが、私が不機嫌だった子供のような理由である。

 当然、ブランも今日は正装で、一方の私はふつーーの服だ。


 客観的に見たならば、私は彼らの従者に見えるだろう。

 それは無論、フェネルもだったが(態度も含めて)、奴は今の状況をそこそこ楽しんでいるようだった。


 徹底していると言うのだろうか、ある意味で器がデカイのだろうか、私には到底真似は出来ない。


「では行こうか。レーナさん、お手を拝借」

「あ、は、は~ぃ……」


 ブランに言われ、レーナが手を出す。

 そして、ブランはレーナに手を添え、私達を置いて歩き出した。


「世の中やっぱり金なんですね~。先生諦めな? レーナさんはもう、ブラン様のワイフだよ……」


 その様子を見たフェネルが言う。

 確かに、悔しいが様になっている。

 美男美女の典型図である。

 このまま馬車で泣いているのもありか、と、私は一瞬、そんな事も考えた。


 しかし、レーナが「ちらちら」とこちらの方を伺っていたので、完全敗北では無いと思って、彼らの後に続く事にした。


「先生がもし女だったら、特に顔が良いわけじゃない貧乏と、超絶に顔が良い金持ちとどっちの方を選びます?」


 隣で歩くフェネルが聞いてくる。

 一体何が言いたいのかと、私は無言でフェネルを睨んだ。


「ああいや、いっぱんろんってやつ? 僕ちん純粋に知りたいんだよにぇ~」


 すっ呆けた顔でフェネルは言った。

 睨みに負けず、顔を近づけてくる。

 心なしか目が輝いている。

 私に負けを認めさせたくて、ウズウズワクワクしているのだろう。


「一般的には……そりゃあ後者だろう……」

「後者? え? どういう事です? どっちの方か僕わかんない」


 嫌らしい奴だ。実に嫌らしい。

 分かっていて、敢えて私の口から、それを言わせて楽しみたいのだ。

 こういう事を言うのは何だが、私が女ならこいつには惚れない。

 世界で二人きりになったとしてもだ。

 その時は石とでも結婚してやろう。


「私の夫よ♡ あなたより優しいの♡ ごつごつしてるのは外見だけ♡」


 とな。


「ねー先生ぇ! どっちなのさぁぁ」


 そんな私の気持ちを読めず、フェネルがしつこく聞いてきた。


「ああ、はいはい。顔が良くて金持ちだな。ああ、当然そうなるだろうさ」


 面倒なのでなげやりに、心を込めずにそう言うと、


「ですよねぇ!! 先生負け認めちゃった? 勝てるはずありませんよねぇえ!」


 と、過剰に反応して喜んで見せた。


 まぁ、その、なんというか、お前もこっち側の人間だけどな……


 下手をしたらレーナ以外に、普通に接してくれる女性は居ないぞ。

 私はそう思い、なんとか耐えた。

 そんな事をしている間に、ブランのお気に入りの賭博場に着いた。


 色とりどりの光が眩しい。


 おそらく魔法のランプだろうが、あれほどのランプを維持する為には、相当の資金が必要だろう。

 その資金源は当然ながら、今夜、ここで楽しんでいる客の財布から出るのだろうから、そういう風に考えた時点で、私なら決して立ち入らない場所だ。


「お疲れ様です。総帥」


 と、美しい女性がブランを出迎えた。

 年齢的には25位。

 黒が若干混ざった茶髪の、理知的な雰囲気の女性であった。


「ご苦労。例のものは?」

「ここに」


 ブランに言われ、トランクを持ち、それを開けて女性が言った。

 中には大量の金貨があった。

 パッと見で1000枚位だろうか?

 一般的な収入が、ひとつき金貨20枚程なので、単純計算で50か月分の、超がつく程の大金である。


「わざわざすまないね。今日は君も楽しんで行くと良い」


 ブランが言って、トランクを受け取る。

 言われた女性は「にこり」と笑って「ありがとうございます」とブランに言った。


「それでは行こうか」


 言って、ブランが歩き出し、私達もそれに遅れて続いた。


「おおぃ! ちょっと待て! ガキは駄目だ!」


 と、建物の入口に立っていた、いかつい男が突然叫ぶ。

 どうやらフェネルの姿を見つけて、「子供は立ち入り禁止だよ♡」というのを、少々野蛮に言ったようだ。


「え? 僕の事? こう見えても18なんですが?」

「嘘つけクソガキが! 痛い目に遭う前にさっさと失せろ!」


 フェネルが一応抗議をしたが、男には全く通じない。


「まぁまぁ、僕の知り合いなんだが、これで通して貰えないかな?」


 ブランが言って、男の手を取り、若干の金貨を手渡した。


「こ、これはブラン様……ま、まぁあなたのお知り合いなら……」


 男はそれであっさり妥協し、フェネルの入店を黙認した。

 世の中は金、これはあながち間違ってはいない事なのだろう。


 店に入った私達はブランから100枚の金貨を渡された。

 これは純粋に100万を意味し、普通の者なら五か月をかけて働いて稼ぐ金額だった。


「足りなかったら言ってくれ。私はポーカーの席に居るから」


 ブランは言って、何食わぬ顔で袋を渡して歩いて行った。

 金持ちというのは恐ろしいものだ。我々とはまるで価値観が違う。

 受け取りはしたが私は怯み、次の行動を起こせなかった。


 このまま帰るのもありじゃないの?


 と、ブラックな私が語り掛けてくる。

 これだけあればアレやらコレやら、おっと、あんなものも買えちゃうぜ?

 と。


「(それもアリか……)」


 私が思い、袋をそっと、懐の中へと動かし始める。


「そらあアカンわ君、そらドロボーや」


 誰!?

 と、思ったがそれはなんと、私の良心、ホワイトイアンだった。

 なぜだか目にはサングラスがあり、口には葉巻をくわえている。

 そして、やたらと貧乏ゆすりをして、ブラックイアンと私を見ていた。

 私の良心ってこんななのか!? と、脳内ながらも私は驚いた。


「使うのが筋やろ? ブランはんも、そうしてもらいとうて渡したんちゃうか? 黙って持ってくのは話が違うわ」


 言って、良心は煙を吐いた。

 まぁそうだな……と、私は思い、持ち逃げするのをここでやめた。


「あー!」「ドカーン!」


 直後には私のブラックイアンはホワイトイアンに爆殺された。


「先生どしたの……?」


 少し「ぼーっ……」としていた為か、フェネルが私を覗き込んでいた。


「あ、ああいや、あまりの大金で、少し意識がトンでしまった……これはそうだな、みんなで分けよう」


 意識を取り戻した私が言って、レーナとフェネルに金貨を渡す。

 3人なので33枚だが、1枚はレーナにおまけしておいた。


「少し、ブランの様子を見てくる。レーナとフェネルは好きにしてくれ」


 そして、2人にそう言って、ポーカー席へ向かって歩いた。

 ブランの姿はすぐに見つかった。

 ギャラリーが大量に集まっていたのだ。

 賭けている金額は不明であったが、テーブルの上に置かれたチップは、私の背程の高さであった。


「フルハウス!」


 ブランが言って、手札を見せる。

 私には分からないが歓声があがったので、それなりに強い役なのだろう。


「フォーカード」


 ディーラーが手札を見せる。

 同じ数字が4つあって、観客から再び声が上がった。

 ブランが「負けたか」と言ったので、私は彼が負けた事を知った。


 大量のチップが持って行かれ、ブランがスタッフに金貨を渡す。

 スタッフはすぐにもカートを押して、先ほどよりも多いのではないかと言う、チップの山を運んできた。


 私から言えば異常な世界だ。呆れて首を振るしかない。

 しかし、ブランにとってみれば、これ以上ない愉悦の時なのだろう。

 理解できないのは幸せなのか、それとも彼の感じる愉悦を、知れない事は不幸なのか。


 私にはそれは分からなかったが、もし、同じだけの財を得たなら、私なら前向きに使いたかった。

 恵まれない子に寄付をしたりとか、発展途上の街に寄付するとか、まぁそういう事である。


 そこに愉悦を感じるか否かは、やってみなければ分からないが、それで誰かが喜んでくれるなら、私は少なくとも満足はするだろう。


 ブランにも、帰り際に話してみても良いかもしれない。

 難色を示されればそれまでだし、興味があるならそれも良いだろう。

 私はそう思いつつ、ブランが愉しむ席から離れた。


 少し歩くと別のテーブルで、私はブランの秘書を見つけた。

 タバコを咥えてイライラしている。

 どうやら負けが込んでいるようだ。

 何かを言うのも何だと思い、私はそのまま通り過ぎた。

 何かやってみるかな、と、私が思ったのはその時だった。




 その日の23時ごろ。

 私達は賭博場の外で待って居た、とある少年と合流した。


「こんなパンツ! こんなパンツをはいていたから、こんな目に遭わされたんだぁあ!」


 それはつまりフェネルの事で、身ぐるみを剥がされて外に突き出されて、パンツ一丁で私達を待って居た。

 そのパンツは私がいつか、土産にと買った緑のパンツで、フェネルとしてはそれのせいで、スカンピンにされたと主張したいらしかった。


「まぁ良かったじゃないか、最初に負けて。こういうのは負けた方が、後々の事を考えると良いらしいからな」


 私が言って、上着を貸すと、フェネルは「ちいっ!」と舌打ちをして、ひったくるようにして上着を取った。


 結果としては私も負けた。


 ブランも、その秘書もである。

 秘書の方はスタッフに捕まり、何やらごちゃごちゃ言われていたが、口を挟むのも筋が違うので、私はそれを見ただけにしておいた。


「でもレーナさん勝ってるじゃないですか……それもバカ勝ち。癖になんないの?」


 上着を着て、口を尖らせて、レーナを見ながらフェネルが言った。

 見られたレーナは「あ、あ~……」と、気まずそうな顔をしていたが、


「お前と違って理性的だからな。運が良かっただけだと、レーナにはきちんと分かっているさ」


 と、私が言うと「そうよぉ!」と、不満げな顔をフェネルに向けた。

 レーナは一人、バカ勝ちしていた。

 34枚の金貨がなんと、150枚になっていた。


 しかし、一方で私達が66枚を失ったので、100枚を返して差し引きで50枚の儲けとなった。

 レーナだから大丈夫、と、私は一応信じていたが、心のどこかで大丈夫かな、と、心配している部分もあった。


「じゃあこれ、先生にお渡ししますね。好きに使ってくれて良いですよ!」


 が、直後に全ての金貨を渡され、流石だ……と、思わざるを得なくなるのだ。


「あ、ありがとうレーナ……」


 断るのも野暮だと思い、私はそれをありがたく受けた。

 断る→良いから→もう一度断る→ほんとに良いから→そういう事なら……

 と続く展開が分かり切っていたからである。


 レーナもそれを察してくれたのか、「いーえ!」と笑って答えてくれた。

 本当に素晴らしい女性である。

 私なんかには勿体ない。


 いやいや、一体何の話だ。レーナは私の恋人では無いのだ。

 私は大きく首を振り、それから賭博場の中で思った、例の話をブランに振って見た。


「寄付……? ああ、そういうのもありか」


 思ったよりも好感触だった。

 幸い、プロウナタウンには恵まれない子供が居る孤児院があるし、街を作る為に寄付がしたいなら、コッドが街を作りたいと言っていた。


 もし、ブランがその気であるなら、そのどちらに話を通すのも、私としてはやぶさかでは無い。


「そうだな、そういうのも、やってみると案外面白いかもしれないな」


「にやり」と笑ってブランが言った。


「もう1000万ばかり用意してくれ」


 そして、直後には秘書に向かって、寄付金の用意を頼むのである。

 この男、確かに良い男かもしれない。

 私がそう思った瞬間だった。




 三日後。

 私達はブランと共に、プロウナタウンの孤児院に来ていた。

 そこには偶然、アティアが居た為、私達は少し驚いたものだった。


 聞くと、この孤児院はアティアの父が建てたものらしく、礼拝堂にある女神像は、彼女達が崇拝の対象としている、女神レナスを奉ったものらしかった。


 その女神像はここに来る前は、彼女の祖先の地にあったようで、私がどこかで見たと思ったのは、どうやらそこで目にしたものだったらしい。

 これは、ちょっとした感動である。

 長く生きているとこういう事があるので、なかなか、捨てたものでは無いと思う。


「それで、先生達はなぜ孤児院ここに?」


 疑問に思ったかアティアが聞いた。

 まぁ、それはそうだろう。

 いつもの面子に加えて今日は、イケメンでイケボのブランも居るわけで、話も聞かずに理由が分かるのは、人の心が読める者だけだ。


「実は」


 私がざっと理由を話す。

 ブランの名前、素性等、そして、孤児院に寄付をしたいという事。

 それらを15秒でアティアに話した。


「そうなんですか……それは助かります。子供達に代わってお礼を言います。本当にありがとうございます」


 聞いたアティアが頭を下げて、ブランが「いやいや」と首を振る。


「困っている人を助けるのは当然の事です。ましてやそれが罪もない、幼き子達なら尚の事。あなたの献身に比べれば僕の寄付等些細な事です」


 そして、大げさな口調で言って、私とフェネルから「しらー」と見られるのだ。

 レーナはどういう感情なのか、「おー」と、小さく発しただけ。

 アティアは「そ、そんな……」と、照れており、効果は抜群のように見えた。


「ちなみにあなたのお名前は?」

「あ、アティア・フルエンスと申します」

「奇遇ですね。僕はブラン・エルスバードです。「ン」と「ス」と「ル」が同じだ」


 だったら私も「ン」と「ド」が同じだ。


 こいつ、意外に女好きだな……

 そう思った私が心の中で呟く。


「えーと……僕は「ル」と「ン」と「ブ」だ!アティアさんと一緒ですよ先生!」


 フェネルが喜び、言ってきたが、私の反応は「ああ、そうか」だけだった。


「それではこれからどうぞよろしく!」


 言って、ブランがアティアの手を握る。

 握られたアティアは「あ……」とは言ったが、拒否はせずにそれを受け入れた。


「やっぱ金かー」


 負け犬のようにフェネルが言った。

 否定は出来ないので私も無言だ。


「責任者の方は中ですか?」

「あ、ああはい。ニーナというシスターです」

「ほう、シスターですか。分かりました。ではまた後日、お会いしましょう」


 アティアに言って、ブランは一人で孤児院の中に入って行った。

 シスターですか、の辺りで何やら、目が光ったような気がしたが、そこは負け犬の邪推だと思い、何も言わずにそれに続いた。


「もう少し背が高ければなぁ……」


 とは、アティアが発した独り言だ。


「あ! いえ! なんでも! なんでもないです!」


 私に気付くと、アティアは言って、口を押えて首を振った。


 まぁ、女性にも色々あるんだろう……


 私は思い、愛想笑いでアティアの言い訳を受け入れて置いた。

 孤児院の中ではブランがすでに、シスターのニーナと話をしていた。

 子供達が周囲に集まり、「スゲースゲー!」と盛り上がっている。


 どうやら話はついたようで、寄付金の譲渡も終わったらしい。

 にも関わらずニーナは未だにブランと話を続けているわけで、その顔を見ればブランが彼女を口説いている事は明白だった。


「ブラン様女好きですねー……」

「良い物件はなかなか無いんだよ」


 呆れたようにフェネルが言って、諭すようにレーナが言った。

 その言葉を聞く限りでは、レーナはブランになびいていないようだ。


 心の中で「よし!」と言って、左手で密かに拳を作る。

 私はまだ負けてはいない。私にもチャンスはあるんだぞ、と。


「やんのかおらあ!」


 と、絡んできた子供には「い、いや……」と答えておくしかなかった。

 どうやら拳を見て誤解をしたらしい。


「それではその機会を楽しみに」


 ブランが言って、立ち上がる。

 どうやら話が終わったようだ。

 歩き、こちらに近付いてきて、「これはなかなか気分が良いね」と、少し清々しい顔で言った。


「おらあ! 中立マンキーック!!」


 と、一人の子供に尻を蹴られたが、ブランは「ははは」と笑っただけで、子供に対してキレはしなかった。

 一方のシスターは顔面蒼白で、子供の頭を強引に持ち、二人してブランに頭を下げていた。

 何も知らないというのは強く、そして恐ろしい事なんだな、と、それを見ながら私は思った。


「こういう使い方があったとはね。確かにかなり有意義な気がするな」


 孤児院を出て、道を歩きつつ、清々しい顔でブランは言った。

 誰かの為になるという事に、喜びを感じているのであろう。


「コッドという男にも会ってみますか?」


 良い傾向だ、と、思った私はブランにそれを聞いてみた。


「そうだね。街を作るというなら1億位は必要だろうか?」


 が、直後のそれには即答できず、「あ、え、ええ……」としか答えられなかった。


「じゃあキリの良い所で、5億位用意しましょうよ。トランクとかは先生が持つんで」

「それもそうだな。よし、そうしよう」


 冗談半分でフェネルが言って、真剣な顔でブランが受けた。

 直後にはフェネルは顔を細長くして、「マジで!?」と言う表情で私を見て来た。


 マジだマジ。お前のせいだ。

 そういう冗談が通じない人なんだ。

 というか荷物持ちは何で私なの……?


 私達は少し歩いて、ブランの馬車の前へと着いた。

 そこには従者と、秘書が待っており、当主の姿をすぐに見つけて、運転席から降りて来た。


「五億程用意してくれ。何日かかる?」

「ご、五億ですか!?」


 ブランに言われ、秘書が驚く。

 その金額ゆえ仕方がないだろう。


「そ、そうですね……は、20はつか程頂ければ……」


 しかし、それでも日にちを算出し、それでも良いかとブランに尋ねた。


「ああ、それでは早速やってくれ。私はこの街に用事が出来たので、宿屋にでも逗留しているよ」

「は、はい。では早速……」


 ブランに言われ、秘書が礼をする。

 それから隣の従者と共に、馬車に乗って去って行った。


「(彼女も大変な立場だな……)」


 それを見送り、私は思った。

 共通の趣味を持って居なければ、それは愛想も尽きるかもしれない。

 むしろ、ああいう女性と結婚をして、一緒に楽しむのは駄目なのだろうか。


「彼女は駄目ですか。結婚相手としては」


 そう思った私がブランに聞く。


「ん?」


 唐突の事にブランは唸り、


「彼女も相当ハマっている口でね。際限無く突っ込める立場に置いたら、流石に破産しかねない。気は合うが、結婚は出来ない理由だな」


 それから改めてそう言って、自嘲気味に「ふふふ」と笑った。

 そういうものか、と、思った私は、それ以上は何も言わなかった。

 レーナを見ると、眉毛を上げて「色々ありますね」というような顔をしたので、私はそれには微笑んでおいた。


 ブランはこの後、街に留まり、アティアやニーナとデートを楽しんだ。

 これはアティアに聞いた事だが、「ギャンブルをする男は結婚対象になりますか?」と、食事の際に聞かれたらしい。


 つまり、ブランはアティアとニーナを結婚対象として認めたわけで、「用事」というのはこの2人と親睦を深める事であった。


 ちなみにアティアの出した答えは「人によります」というものだった。

 一方のニーナは「残念ですが……」というもので、これらを聞いたブランは益々彼女達の事を気に入ったそうだ。


 そして、約束の20日が過ぎて、ブランが我が家にやってきた。

 それは、20日前のブランからは、決して想像できない姿だった




 ブランはパンツ一丁だった。

 寒さに震えて「ガクガク」している。

 どうしたのか、と、思いはしたが、私はとりあえず中へと招いた。

 応接間に行き、毛布を貸して、紅茶を作ってもらって渡すと、ブランはようやく口を開いた。


「破産した」


 一言だった。

 当然、私とレーナは「ぽかーん」と口を開いて茫然としている。


「は、破産とは?」


 少し経ってから私が聞くと、ブランは「ぽつぽつ」と話し出した。


「金鉱山が買収された。というより、売り渡されてしまった。折も折、新しい鉱山の開発に着手していてね、資産の三分の一程がその費用にあてられていた。これが僕の指示した場所なら、何の問題も無かったんだが……」


 そこまでを言って紅茶をすする。

 やはりはまだ寒いのか、ブランは小刻みに震えていた。


「……んだが???」


 続きが気になる私が聞くと、ブランは更に話を続けた。


「場所が違っていた。秘書のミスだ。僕のカンではそこには何も無い。つまり、かかった費用は全て無駄になったというわけさ」


 これは相当痛い話だ。

 私もレーナも当然ながら「そういう事もありますよ」なんて、気休めの言葉はかけられなかった。


「あまつさえ、秘書はその失敗を誤魔化す為に姿を消した。ご丁寧にも鉱山を売り、その金と5億を持ったままね。そして、僕は宿代も払えず、身ぐるみをはがされて破産というわけだ。どうだい? これは笑える話だろう?」


 ブランが言って、「ハハハ」と笑う。

 その笑い声は以前と違い、完全に乾ききったものである。

 見れば、目もどこか虚ろで、さながら死んだ魚のようだ。


 超が付く程の大金持ちから、一転してパンツ一丁の無一文になってしまえば、それも仕方がない事だと言える。


 ここにフェネルが居なかったのは、ブランにとっては幸運だったろう。

 居たら間違いなく態度を変えて、ブランに冷たく当たっていたはずだ。

 最悪「ザマァー!!」とか言ったかもしれない。

 そうなれば私としても気まずさを誤魔化しきれないだろう。


「あの……これからどうするんですか……?」


 恐る恐ると言った感で、レーナがブランに声をかける。

 聞かれたブランは「これから……?」と言い、再び乾いた笑い声を発した。


「そうだなぁ、四つん這いになって野良犬みたいに残飯を漁ろうか……僕みたいなゴミクズ君にはきっとそれがお似合いだろう……」


 そして、一体どうしてしまったのか、今までのキャラクターを崩壊させて、卑屈な言葉を吐くのである。


「パンツ一丁のゴミクズ君だよ! 笑えるじゃないか! ハハハハハ!!」


 私とレーナは顔を見合わせた。

 どうするよこれ、という意味である。


 このまま「話は以上ですか?」と、追い出すわけには行かないし、かと言って、ここで面倒を見続けるというわけにも行かないからだ。


「(何か仕事をしてもらうしかないか……)」


 私が思い、言おうとした時、ブランの笑いが「ぴたり」と止まった。


「死のう」


 直後には言って立ち上がり、私達を戦慄させるのである。


「待った! 待った待った待った! それはいけない!!」


 慌て、私がそう言うと、振り返りはしないがブランは止まった。

 レーナが「そうですよ!」と言うと、虚ろな表情を彼女に向ける。


「じゃあ結婚したいですか? こんな男と」

「あ、え、え~っとぉ……」


 しかし、レーナに言葉を濁され、再び「死のう」と歩き出すのだ。

 私としては嬉しいやら(レーナの対応が)、困ったやらで複雑な気持ちで、表情もまた半笑いという、場に相応しくないものとなっていた。


「ま、まぁとりあえず座って下さい! 今後の事を考えましょう! 冷静に! かつ、理性的に!」

「……」


 無言であったがブランは座った。

 死亡フラグは回避したな、と、私は内心で息を吐く。


「……一応、被害届というか、秘書の捜索願いは出したのですか?」

「出したが、信用してもらえなかったよ。パンツ一丁の男だからね。僕が彼らなら、それは信じないだろう」


 私が聞いて、ブランが言った。

 それはそうだ。私でも信じない。

 しかし、一応は聞いておいて、上に報告する位の事はするが。


「まぁ、きっと僕はこのまま、人生の幸せグラフを下に突き破って進むのだろう。幸か不幸かギャンブルももうする事はないだろうな」


 遠い目をしてブランは言った。

 結果的には確かにそうだった。

 しない、というより、出来ないのだが、結果的には同じ事だ。


 ある意味で、ここに来た事により、ブランの希望は叶ったわけだが、失ったものが大きすぎるので、卑屈にならざるを得ないのだろう。


「改めての質問なんですが、賭博癖があると知った上で、それを受け入れて結婚してくれる女性をあなたはどう思いますか?」

「うん……? それは素晴らしい女性じゃないかな。愛だよ、愛。愛が無ければ、そこには普通目を瞑れないよ」


 答えはまるで一変していた。

 以前であれば激昂し、モノを蹴ってまで怒っていたのに。

 不思議なものだ、と私は思った。


 そして、とりあえずはブランの滞在を心の中で認める事にした。

 一応、賭博場での借りがあるし、こうなっても彼は患者だからだ。


「とりあえず、しばらくは滞在してください。後の事は追々考えて行きましょう」


 私が言って立ち上がると、ブランは「申し訳ない…」と、小さく言った。


 5日後。


 ブランは街に行って、ひとつの仕事を見つけて来た。

 ダウジングによる水脈の発見。

 少々怪しげなそれではあったが、自身のスキルを活かす為に、自ら望んで受けたのだと思われた。


 やる気になったのは良い事である。

 私は素直にブランを祝福し、彼の、ゼロからの再出発に心からのエールを送った。


 しかし、それから1週間後。

 ブランはその仕事を辞めて、私達の前に現れたのである。

 以前と変わらない「きらきら」の、ド派手は登山服をその身に着けて。




 ブランは水脈の調査をしていた。

 そして、偶然に貴重資源である「ミスリル」を発見したのである。

 ダイヤの次に硬いと言われるミスリルは非常に貴重な資源で、この大陸では南東の一部の孤島でしか採取できない。

 それを見つけたブランは再び、大金持ちに返り咲いた。


「いやー参ってしまったよー! やっぱり僕はそういう星の下に生まれた、一部の選ばれた人間なんだねー。今まで冷たかった連中が、一瞬にして掌がえしさ。世の中は本当に面白く出来ているよ」


 ブランはそう言って「アハハ!」と笑った。

 漲っている。以前のように。

 数日前のブランはどこへ。今は自信の塊である。


「そうそう、あなたが言っていたコッドという人物に手紙を出したよ。街づくりに協力したいってね。返事はここに届くはずだから、また後日に聞きに来るよ」

「そ、そうですか。それは何より……」


 変化の速さについて行けず、私の反応は微妙なものだった。

 ブランはそれに構う事無く、レーナに「どうです?」と声をかけた。


「え?」


 レーナが一体何の事かと、小さく言って目を丸くする。


「今の僕ならば、結婚したいと思いますよね?」


 改めて、ブランが聞いた。


「あ、いいえ。したくないです」


 と、笑顔のままでレーナが言って、ブランが「ぶっ」と鼻水を噴き出す。

 私も危うく噴き出しかけたが、ぎりぎりの所でそれは防いだ。


「は、はっきりと言いますね……以前はもうちょっとやんわりとでしたが……」


 鼻水を拭ってブランが言った。

 対するレーナは笑顔のままである。

 ドSだな……と、私は密かに思った。


「ま、まぁ良いさ。それでは僕はこの辺で」

「仕事ですか?」


 私が聞くと、ブランは首を振り、


「いや、例の賭博場さ」


 と、当たり前のようにそう言った。


 ああ、やはり再発したか。


 止めるべきか、と私は思ったが、自信に満ちているブランを見ては、そうするのもなんだか野暮だとも思った。


 結局はそう、自分の意思なのだ。


 自分で考えて、自分で行動する。


 誰かに言われても、自分が嫌なら、それは決して受け入れられないだろう。

 彼にとっての幸せは何か。


 それは私には分からなかった。


 だが、彼自身が考えて、選んだ事ならば尊重しよう。

 走り去る馬車を見送りながら、私はそう考えていた。


なかなか治らないものなのですよ。これは…

お付き合いありがとうございました~

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