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人と魔物のはざまで

 珍しいお客と対面していた。

 ドリアードゲートの番人でもある、ドリアードの女性リーンである。


 現在の時刻は4時20分。

 その時刻故にレーナはおらず、まだ自室で眠っていた。


 私は催した為に起きて、その際に玄関からの物音に気づき、何かと思って近づいてみると玄関がノックされていたのだ。


 それはとても小さな音だった。

 時間が時間ゆえに遠慮をしたのだろう。


 しかし、それでも訪ねざるを得なくて、仕方なく訪問したのだと思う。

 玄関を開けるとリーンが立っていて、申し訳なさそうに「すみません……」と謝った。


 私には理由が分らなかったが、とりあえず、彼女を応接間へと通した。

 春とは言え、朝はまだ寒く、彼女の薄着では寒いと思ったのだ。


 そして、話は今へと繋がる。


 リーンは私が先程持ってきた紅茶を両手にそれを飲んでいる。

 こうして見るとやはり彼女は、儚げで可憐で、美しい女性ひとだ。

 ゲートを使った先の古木で他のドリアードとも出会っていたが、私個人の感覚では、リーンが一番美しかった。


「それで、今日はどうしたのですか?」


 そんな古木の精霊である彼女が一体何をしに来たのか。

 見惚れていても仕方がないと、私はそれをリーンに質問してみた。


「お願いが、あって来ました」


 紅茶が入ったカップを置きつつ、リーンが私の質問に答えた。

 少し、言いにくそうではあったが、言った後は真っ直ぐに、私の両目を見据えている。


「そ、そうですか。それで、そのお願いの内容は?」


 私は照れて、視線を外した。

 言った後に紅茶を口にする。


「先生はケンタウロスという種族をご存知ですか?」


 イエスかノーかで言うのであれば、勿論それはイエスであった。

 ケンタウロスとは半人半獣のかなり名前の売れた魔物だ。


 外見としては上半身が人。

 下半身が馬という、独自の文化を形成している知能の高い種族と言えた。

 誇りが高く、弓矢の腕は他の種族の追従を許さない。


 一説には女性には乱暴を働いて孕ませるという話もあるようだったが、私が聞いている限りでは、そういう事は決してしないだろう厳格と言って良い種族達であった。


「会った事は無いですが、まぁ話だけならば」

「お願いというのはその、ケンタウロスの子供を助けて欲しいのです」


 私が答え、リーンが言った。

 助ける、とはどういう意味か。

 勿論リーンの頼みとあれば、私はどのような事でも受ける。


 好意とか、そういうものではなくて、純粋に借りがありすぎるからだ。

 こちらの都合で彼女達にはどれだけの迷惑をかけた事か。

 それに少しでも報いられるなら、私はスライムのイボ痔であっても嬉々としてそれを治療する事だろう(極めて難病だが……)。


「どういう事ですか?」


 と聞いたのは、引き受けるか否かの判断の為では無く、どのような頼みであるのかの詳細を純粋に知る為だった。


「事故に遭って、足を怪我したらしいんです。ケンタウロス達では治せなくて、もう足を切るしかないとか……でも、先生だったら治せるかと思って、こんな時間なのに失礼してしまいました」

「そう、でしたか。なるほど、お話は分かりました」


 私は頷き、その後に、


「勿論、引き受けます。引き受けさせて下さい」


 と、逆にリーンに頼み込んだ。

 そして、すぐにも立ち上がり、着替える為に自室に向かう。


 リーンは「えっ……!?」と驚いていたが、私の行動を理解してくれたのか、すぐにも「ありがとうございます!」と言ってくれた。

 礼を言うのは私の方だ。ほんの少しでも恩返しができる。

 そうすれば心の重荷というか、罪悪感のようなものが少し位は薄れる事だろう。


 私は思い、着替えを終えて、今度は診察室へと向かった。

 応接間でリーンと合流し、玄関脇の診察室へ入る。

 そして、戸棚や引き出しを開けて治療の為の道具を探した。


 足を怪我した、としか聞いていなかったが、念の為にと余分なものも持つ。

 過去にトミーが忘れて行った「マイサン」が「カラ~ン」と床に落ちたが、流石にコレは必要無いだろうと、棚の奥の奥へとしまう。


 診察室の出口では、リーンがすでに待ってくれていた。

 足を切るかどうかの瀬戸際だ。時間の猶予はあまりないのだろう。


 私は診察台の上に「外出します」と書いた紙を置いた。

 眠っているレーナへの言付けである。

 そして、診察室を出て、リーンと共に玄関から出た。


 外は暗く、まだ寒かったので、私はリーンに上着を貸した。

 好意というよりは恩義からである。

 いや、好意もないわけではないが、恩義の方が勝っていたはずだ。


 ともあれ、彼女はそれを受けて、「ありがとうございます」と微笑んでくれた。

 少なくとも「メンドクセー奴だな……」と、ウザがられてはいないのだろう。

 つまらないそんな事で安心しながら、私は患者の元へと急いだ。




 ケンタウロス達が住んでいる森に着いたのは、それから30分後の事であった。

 そこは森深い、静かな場所だったが、そこに至る途中で見かけた切り株が私には気になっていた。


 切られていた木がやけに多いのだ。


 ケンタウロスは自然と共に生活を営んでいる種族のはずで、木を切り倒すという事も、切り倒した木を生活に役立てるという事も、決してしない種族のはずだった。


 とすると別の種族。

 おそらく人間の仕業だろうと私はすぐに気付いたが、私が呼ばれた理由が現在、そこには無いという事にも気付き、口にするのはよしておいた。


 集落に入り、湖の脇で私は患者と対面を果たした。

 半径200m程の澄んだ綺麗な湖だった。

 太陽はまだ完全に顔を出してはいなかったのだが、湖面が光を反射していてそこはかなり明るかった。


 ケンタウロスの子供の年齢は見た目では10から12才位。

 左前足に傷を作り、脂汗を流して苦痛に耐えていた。

 傷の場所は左足の甲辺り。

 彼らに合わせて言うのであれば蹄の少し上あたりだった。


「傷の原因は?」


 父親らしきケンタウロスに聞くと、「矢を受けた」と短く答えた。

 それがすでに見られないという事は彼らが抜いてしまったのだろう。


 あまり褒められた事ではないが、親として仕方ない気持ちと言える。

 故に私はそこは責めず、ただの矢傷にしては妙に、弱っている原因を探って行った。


 その原因はすぐに分かった。


 子供は毒に侵されていたのだ。

 それは脛辺りまでを侵食していて、子供の左足を膨張させていた。


 ……確かにこれでは切るしかあるまい。


 若干不本意な結論だったが、命を助けるには仕方が無かった。

 今ならばまだ膝から上は切らずに済む事がせめてもの救いだ。


「命を助けるにはもはや切るしかない。結果が変わらず申し訳ないが……」

「やはりそうなるか……分かった。やってくれ」


 親ケンタウロスがそう言って、息子の肩に手を置いた。

 言葉は何も発さなかったが、私には目で「耐えろよ」と、息子に伝えているようにも見えた。


 私はまず地面の上に清潔な布を敷いてもらった。

 布では無くてシーツが良いし、台があればもっと良かった。

 しかし、ここは森の奥深くで、そういうわけには行かない状況だ。

 出来る限りの最良の手段で手術に臨むしか術はない。


「大丈夫。すぐに終わるさ。少しだけ眠っていると良い」


 麻酔を染み込ませたハンカチを私が言って子供に嗅がせる。

 子供は頷き、それを嗅いで、静かに眠りに落ちて行った。


 バッグの中から手袋を取り、私はそれを両手にはめた。

 一応清潔な状態だったが、念の為にとアルコールに浸す。

 全てが応急処置だったが、この状況では仕方が無い。


 メスを取り、消毒をして、子供の左足の膝に宛がう。

 訪れる静寂。

 しかし周囲には10数人のケンタウロス達が居て、私の動作を見守っていた。

 彼らが見守るその中で、私は静かに手術を開始した。




 手術はそれから3時間後の、体感で8時頃に無事に終わった。

 本来であれば切断用の別の器具を使うのであるが、今回はメスでそれを行ったのが、時間がかかった原因だった。


 結果としては子供は無事で、命自体は助かった。

 しかし当然、左足の膝から下は失っていた。


 彼は今、処置を終えて自宅で体を休めている。

 私はと言うとケンタウロスの長老の所に呼び出されていた。

 長老と言っても年齢は50から55才前後と思われ、その隣には息子だろうか、25才前後位の目つきの鋭い男が立っていた。


 正直に言えば休みたい。

 しかし、長の呼び出しとあれば、拒否するわけにはいかなかったのだ。


 来てくれた礼、手術の礼、そして子供の命を助けてくれた礼を、長はゆっくりと私に言った。

 私は「いえいえ」と謙遜をした。

 彼らはそれなりに喜んでくれていたが、結果として足を切った事に私個人は残念だったのだ。


「しかし長老、このままでは奴らのやりたい放題ではないですか。こうして実害が及んだ以上、我々も今までのようにしていては……」


 唐突に、ケンタウロスの一人が言った。

 場所としては私の正面の、30才位の頑健な男だ。

 一応、私は座っていたが、彼らは座るにも座れないのか、椅子の向こうに全員が立っている。


「そうです長老。このままではいけない。この森に住んでいたのは我々の方が先だったはずです。それなのにこうもおとなしくして居ては奴らが調子に乗るだけです」


 それを聞いてその左に(こちらから見て)居る賢そうな青年が言う。


「客人の前だぞ。口を慎め」


 目を閉じたままで長が言った。

 何の事か、と私は思ったが、直後には推測で物事を察した。

 おそらくはだが例の切り株と、人間関連の話であろう。


「(……帰るべきだな)」


 と、私は思った。

 これは彼らの問題であり、私が首を突っ込むものではない。

 さっさと帰ってくれた方が彼らも色々と話しやすいはずだ。


 が、ここにはリーンが居ない。リーンが居ないと私は帰れない。

 故に私は気まずさを殺して、黙って硬直しているのである。


 リーンはどこへ行ったのか。

 答えは私の家である。

 迂闊にもガーゼを忘れてきた為に、それを取りに行ってもらったのだ。

 術後の患部に当てるそれは現在は布で対応している。


 30分か、一時間か、それくらいでリーンは戻るだろうから、その後にそれを交換すれば、私の仕事は終わるはずだった。


「長、私は彼が居るからこそ、彼の意見も聞くべきかと思います。聞けば彼も半分は魔物、むしろ我々よりも冷静で貴重な意見を聞かせてくれるかもしれません。許可を! 長!」


 左正面に居る青年が言い、長老に何かの許可を求めた。


「(妙な流れになってきたな……)」


 それには嫌な予感を覚え、両目を瞑って頭を掻いてみる。


 カンケーナイヨ。


 というアピールのつもりだが、伝わっているかは分からない。


「……そうだな。確かに一理あるか。聞くだけならば益になりこそすれ、害になるという事はなかろう」


 長老が言って、こちらを見てくる。

 私は敢えて、入口を見て、「リーンは遅いな……」と、小さく呟いた。


「イアン先生」


 名前を呼ばれた。

 気付かないフリをしようと思ったが、これでは流石に無視はできない。


「な、何でしょうか?」


 やむを得ず私が顔を向ける。


「実は今この集落では、ある問題が起こっておりましてな。先生には良かったら意見を聞かせていただきたいのです」


 ノー、という事は出来なかった。

 彼らはリーンの知り合いである。

 その頼み事を断る事は、リーンの頼みを断る事と同じ意味を持っているはずだ。


 例えばそうではないにしても、「あいつなんか感じ悪くね?」と、リーンに言われてしまう事はありうる。

 その時のリーンの気持ちは、どちらの味方をするにしても良いものでは無いだろう。


 話を聞くだけ。それだけである。

 それだけでそういった心配は消える。


「それはどういった問題でしょう?」


 私はリーンの事も思い、長老に向かってそう答えるのだ。


「実はですな……」


 私が応えると長老が言い、ある問題の内容を少しずつ話し始めた。

 その内容は以下のようなものだ。


 自分達は昔からこの森と共に暮らしてきた。

 その頃には人間はここでは無い、遙か遠くに住まいを持っていた。


 だが、ここ数十年で彼らは住む場所を拡大していった。

 自分達は困惑したが、それをずっと静観していた。

 人間達にも分別があるのだろうと信じていたからだ。


 しかし、人間にそれは無かった。

 自分達の生活圏に、話し合いも無しに土足で踏み入ってきたのだ。


 木を切り、川を汚し、自分達の住む場所を奪い取り、そして、ついには一族の子を殺そうとして毒矢を放った。


 自分達はどうするべきなのか。


 こんな事をされた今でも黙って静観するべきなのか。

 意見をぜひ聞かせて欲しい。


 と、長老は私にそう言ってきたのだ。


 話を聞く限りでは人間の方が非がありそうだった。

 しかし、私は実際にそれを目にしてきたわけではない。

 長老を信じないわけでは無いが、実際と少し違う部分が無いとは決して言いきれないだろう。


 人間が悪い! 戦争だ! と、意見するのは簡単だ。


「……一度、話し合いの場を設けるべきでは?」


 だからこそ私は慎重に、その前に出来る事として、話し合いの場を設ける事を長老に提案するのである。


「バカな。人間どもと話し合うなど……」


 長老の隣に立っていた目つきの鋭い男が言った。

 どうやら反対意見のようだが、他のケンタウロス達は私の提案に満更でもなさそうな表情である。


 それに彼も気が付いたのか、「ちっ」と舌打ちをした後は口を閉ざして静かになった。


「……なるほど。確かにそれが事の筋ですな」


 長老はそう言って、私の提案に賛成の意を示した。

 そして続けて「誰ぞ使者になりたいものは?」と、一族の者に聞いたのである。


 誰一人として名乗りを上げず、無言のままで数秒が過ぎる。


「俺が行きます。父上」


 10秒程が経っただろうか、長老の隣に立っていた目つきの鋭い男が言った。

 長老を父上と呼んだあたり、彼は長老の息子だ。


「そうか。ならばお前に任せよう。感情的にならんようにな」

「わかっております」


 長老に言われて息子が動いた。

 早速にも使者として発つのであろう。


「……ん?」


 その際に私と目があったが、彼はすぐに目を反らし、そのまま外へと歩いて行った。

 何か言いたい事があったのだろうか……


「それでは解散だ。ギュネスが戻ってきたらまた集まろう」


 長老の言葉に皆が頷く。

 息子さんの名前はギュネスなのか、と、私は純粋にそう思っていた。


 そして1時間後。リーンが戻った。

 おまけのフェネルとレーナ付きである。

 レーナは別に良かったが、フェネルは本当に要らなかった。

 というか、どんだけ暇なのか、と思った。


「ちゃんと人参も持ってきましたよ!」


 と、満面の笑顔で言った時には正直殴ってやろうかとも思った。

 が、やはり私はチキン。

 その両方を押し殺し、「おとなしくしてろよ……」と言うだけだった。


 患者の後処置を終えた私は一応の仕事を終了させた。

 しかし、発言の責任というか、成り行きが少し気になったので、集落に留まる事を決めた。

 人間の町へと向かったギュネスがこの集落に戻ってきたのは、それからおよそ5時間後の事だった。




 ギュネスは息も絶え絶えだった。

 その体は傷だらけである。

 切り傷、矢傷、揚句には殴打の痕も確認できた。


「人間にやられた……! 問答無用だ……っ!」


 口惜しそうにギュネスは言った。

 本当か……と、私は思う。

 ギュネスを信じないわけではない。

 もっと単純に人間がそんな事をするのか、と驚いたのだ。


「愛情表現の裏返し的な?」

「ハードすぎるだろ……」


 取り敢えずフェネルに突っ込んだ後に、私はギュネスの体を調べた。

 確かに酷い傷ではあった。

 幸いな事に急所は外れ、命には何の別状もない。

 私は一応その事を、心配そうに見守っているギュネスの父に言ってやった。


「そうですか……それは良かった」


 彼の父、長老はそう言って、小さな息をひとつ吐いた。

 もし、彼が殺されていたら……


 流石の長老も人間達と争う事には反対しなかっただろう。

 しかし、他のケンタウロス達は殆どがもうやる気であった。


「我々をどこまで愚弄するのか!」

「おのれ人間め! ふざけおって!」


 と、一族の誇りを踏みにじられたと、皆が憤り、興奮していた。


「人間滅すべし! 力には力なり!」


 とは、状況を良く分かっておらず、「とりあえずアゲとく?」みたいなノリで調子をこいたフェネルの言葉だ。


「おい、これは遊びじゃないんだぞ……というか、人間滅すべしなら真っ先に滅されるのはお前なんだがな」

「え!? そうなの!?」


 私が教えるとフェネルは驚いた。

 やはりは遊び半分で、ノリだけであんな事を言ったようだ。


「そうだ! もはや我慢がならん! 人間ども滅すべし!」

「人間ども滅すべし!」


 ケンタウロス達が興奮していく。


「ちょっ! 駄目! 話し合いましょ! 平和を愛して! ラブアンドピース!」


 今更ながらにフェネルが慌てるが、もはや取り消しはきかなそうである。


「父上、こうなってしまっては……」

「うむ……」


 ギュネスの言葉に長老が頷く。

 まだ、言葉にこそしないものの、人間との決戦を決意しかけているのだ。


「……良いですか?」


 このままではまずい、と思った私は長老に発言の許可を求めた。


「何ですかな?」


 と、長老が言い、その言葉を許可だと取った私が考える所を言ってみた。


「私を使者にしていただきたいのです。私は見た目は人間ですので、彼らも警戒はしないと思います。戦いを始めるのは簡単ですが、もし、そこに誤解があったなら、そうなってしまってからではもう遅い。失った命も、信頼も、決して取り戻す事はできないでしょう」

「なっ?! 誤解!? 誤解だと! 俺は現に襲われたんだぞ!?」


 反論してきたのはギュネスであった。

 確かに、彼の言う通りである。

 しかし、それこそが誤解の為に襲われたかもしれないわけで、そこをまず取り除く事が、私が使者に名乗り出た最大の理由であったのだ。


「私も半分は魔物です。あなた達の気持ちが分からないわけでは無い。しかし、あちらにも言い分はありましょう。どうか私を信じていただきたい」


 ギュネスを無視し、私は言った。

 長老に、そして、ここに集まっている多くのケンタウロス達に向けて。


「俺は先生を信じる。先生は息子を救ってくれた。俺達の事を見捨てるわけがない」


 ケンタウロスの一人が言った。例の子供の父親である。

 ありがたい事だ、と私は思う。


「そうだな……先生は確かに必死だった」

「俺も信じるぜ!」


 そして、それを皮切りにして、ケンタウロス達が次々に言った。

 それを見た長老が大きく頷く。


「お願いします。我々も戦いを望んでいるわけではない」


 長老が言って頭を下げた。

 一人、ギュネスは「ちっ」と舌打ちし、納得がいかなそうにどこかを見ていた。




 私とレーナ、そしてフェネルは三人で人間の町へと来ていた。

 人口はおよそ300人程。

 城壁のようなものが一応あるが、人口的には町というよりは村というような小規模な町だった。


 私とレーナは半分魔物だが、見た目にはまず人間なので、警戒されずに町へと入れた。

 フェネルは完全に人間だったが、「バレたらアレっすかね!? 縛り首っすかね!?」と、入るまではやたらとビクビクしていた。


 しかし、そういう事は無く、私達は普通に町へと入れた。


 今現在、私達は村長の家を訪ねている。

 理由は勿論、ケンタウロス達の意向を彼らに伝える為である。


 村長の年齢は70才程。

 こちらはケンタウロスの長と比べて、確かに「長」という感じである。

 村長は突然の来客にはかなり驚いていた様子であったが、何の用で訪ねて来たのかは全く察していないようだった。


 確かに私達は人間で(見た目は)ケンタウロスでは無かったが、タイミング的にはなんとなくでも、察せないかと私は思った。


「そんな話は初めて聞いた。そういう報告は一切無かったが……」


 全ての話を聞いた後に、村長は驚き、そう言った。


「おい!」


 そして、それを証明する為か、秘書らしき男をその場に呼びつけた。

「ごにょごにょ」と話し、何かを確認する。

「そうか……分かった」と言った後に村長がこちらに顔を向けた。


「木の伐採については認める所じゃ。ケンタウロス達には悪い事をした。もし、話し合えるなら、今後はワシらも分を守りたい。しかし、ケンタウロスの子供と使者への暴行は、おそらくワシらは関与しておらん。ワシらとて彼らが恐ろしいからの。言いたくはないがでっち上げか、そうでないならワシら以外の誰かの仕業だという事にならんかな」


 村長は伐採を認めた上で、暴行に関しては全てを否認した。

 でっち上げはありえない。現に、私が目にしたからだ。


 ならば最後の可能性、誰かの仕業、というものが残る。

 この町では無い近くの町の人間達がやった事なのか。

 それともただ、偶然に、行きあった人間が暴行したのか。


 私にはそれは分からなかったが、ひとつだけ分かった事があった。

 話し合えるなら話し合いたい。

 人間達も話し合えるなら、ケンタウロス達と話したかったのだ。


 それが分かっただけでも十分だ。

 私は村長に礼を言って、話し合いの場を作る事を約束した後に村を去った。

 その帰り道で私達は、今回の騒動を作った犯人と出会う事になるのである。




 レーナが矢を受け止めていた。右手で「ぎゅっ」と握っていたのだ。

 私には何が起こっているのか、まるで理解が出来なかった。


「先生! 伏せて下さい!」


 直後にはレーナが言って、私の体を「どんっ」と押した。

 そして、レーナはフェネルをかばい、飛んできた矢を叩き落とした。


「人間では無いと思っていたが、とんでもない女だったな」


 声が聞こえ、姿が現れる。

 私達の右手の丘には弓矢を携えたギュネスが立っていた。


「な、何の真似だ!!!」


 私が言うとギュネスは笑った。


「まだ分からんのか?」


 と、逆に聞いてくる。


「そういう事ですか……」


 答えが分かるのか、レーナが言った。


「ほら! 早く謝って! 人参とか無礼な事をするからあの人激ギレしてんですよきっと! 馬じゃねーんだよ! 馬じゃ! みたいな」


 こちらは絶対に分かっていないフェネルの発した言葉であった。

 ていうかなんで私が謝るの……


「女の方は察しが良いな。まぁとにかく死んでくれ」


 ギュネスが言って弓を構える。

 直後にはレーナは走り出しており、猛烈な速さでギュネスに迫った。


「くっ……!?」


 予想外の速さだったか、ギュネスは少しうろたえた後、迫ってくるレーナに目標を定めた。

 そして、素早く一本を放つ。

 しかし、レーナはその矢をかわし、続けて放たれたもう一本もかわした。


「何者だこの女!!」


 ギュネスが叫び、走り出す。

 丘を降り、平野を駆けて距離を取ろうと考えたのだ。

 が、レーナも負けてはおらず、むしろ距離は縮まって行った。


「レーナさんヤベェ! 先生喧嘩したら瞬殺じゃないっすか!?」

「したくないな……絶対に……」


 二つの意味で私は言った。

 このままでは逃げきれない、ギュネスはそう考えたのか森の中へと入って行った。


 レーナが追って森へと入る。

 そこからの事は分からなかったが、10秒ほどが経った後、ギュネスが森から飛び出してきた。


 走っては居ない。転がっている。

 地面の上を「ゴロゴロ」と。


 おそらくレーナに何かをされて、その結果、森から追い出されたのだ。


「くそっ! なんて……なんてことだ……!」


 ギュネスが言って、なんとか立ち上がる。


「があっ!?」


 直後にはレーナはギュネスの手を蹴り、弓矢を地面の上へと落とした。


「勝負あったな」


 とはフェネルの言葉だ。

 どういうわけかドヤ顔である。

 私達はとりあえず、勝負のついた戦場へと向かった。


 ギュネスは動くに動けずに、レーナを前に固まっていた。

 一方のレーナは普通であったが、何かをすればすぐにでも動けるようにギュネスを見ていた。


「一体……どういう事なんだ?」


 辿り着き、私がレーナに聞いた。


「多分、こういう事なんでしょう」


 ギュネスを「きっ」と睨んだままで、レーナが自身の推測から来る事の真相を話し出した。


 ギュネスは人間が嫌いだった。

 それまでにも理由はあっただろうが、最近の人間の生活圏の拡大が、それを更に大きくさせた。

 そして、ついに我慢ができなくなった彼は毒矢で一族の子供を撃った。

 一族の者が襲撃されて、なおかつそれが死にでもすれば、長老も他のケンタウロス達も黙って居ないと考えたのだ。


 しかし、それを私が助けた。

 そればかりか憎き人間どもと話し合おう等と言い出した。

 これではまずいと思った彼はその使者役を買って出た。

 そして、まんまとそれを受けて、自分の体を痛めつけたのだ。


 人間にやられた、と言う為に。


 そこからの事は知っての通り。

 今度は私が使者役となり、そんな事は知らないという人間と話し合いをまとめてしまった。


 この話を持ち帰られたら彼の願いは泡と消える。

 だから私達を襲撃し、殺してしまおうと考えたのだ。

 その後の事はどうにでもなる、と。


「……」


 ギュネスはレーナの憶測を黙ってずっと聞いていた。

 しかし、否定はしなかった。

 大体の事は当たっているのだ。


 彼にとっての誤算はレーナで、彼女がここに居なかったなら彼の願いは成就しただろう。

 私にとっては幸運で、彼にとっては不運と言える。

 しかし、結果、こうなった以上、彼を放置する事は出来なかった。


「申し訳ないがついてきてもらうぞ。君は罪を償わなくてはいけない。特に、同族のあの子にはな」


 私が言って、弓矢を拾う。ギュネスに持たれてはまずいからだ。

 しかし、これが失敗だった。

 ギュネスは前足で私を蹴り倒し、その隙に逃げ出してしまったのだ。


「がっ……!!?」


 激痛で息が出来ない。あばらの2、3本は折れたかもしれない。


「先生! 大丈夫ですか!? 先生!!」


 レーナも私にかまっており、ギュネスを追う事には気が回らない。


「おらぁ! 死ね矢ー!」


 と、すかさず矢を撃つフェネルであったが、それは目の前に「ヒョロリ↘」と落ちた。


 ギュネスはもう見えなくなっていた。

 彼を逃がしたは私のせいである。

 私はレーナに肩を借りて、情けない気持ちで集落へと向かった。




 集落では皆が待って居てくれた。

 リーンも、長老も、ケンタウロス達も殆ど全員だ。

 彼らは私の状況にまずは「どうした!?」と質問してきた。


 それには私はとりあえず、「ちょっとした事故だ」と答えておいた。

 そして、人間の町の長が話し合いをしたいと言っていた事を伝えた。


 彼らはそれに喜んでいた。

 彼等とて争いはしたくないのだろう。


 次に、私は長だけを呼び、事の真相を全て話した。

 話すかどうか正直迷ったが、彼らの今後を考えるなら、知っておいた方が良い事だと思った。

 妨害が無いとも言い切れないからだ。


「そうですか……先生にはご迷惑をおかけしてしまいましたな……」


 長老は言って頭を下げた。

 私の方がそうしたかった。

 息子の凶行を知った親の心中など、察せるものではないからだ。


 ともあれ、私は全てを伝え、ケンタウロス達の集落を去った。

 帰り際、リーンが私に


「先生って意外に頼りになりますね」


 と、「にこり」と微笑んでそう言ってきた。


「意外に」


 とはフェネルの言葉で、私はそれには「うるさい」と言った。

 自宅に帰り着くまでの間、レーナはなぜか不機嫌だった。


 きっと、私のミスに腹を立てて、不機嫌になっていたのであろう。

 それもまぁ明日になれば元に戻っているはずである。

 取り急ぎ、私は自分の治療と療養に心掛ける事にしよう。


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