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精霊ガスパル

 私はその日、遠出をしていた。

 治療の為の薬品が切れたので、その買出しに外出したのだ。


 例の、ドリアードゲートを使えばそれは短い時間で済んだ。


 しかし、急いでいるという訳では無いのに、「買い物に行きたい」という個人的な理由で使わせてもらうのは気が引けた。

 そうで無くとも最近は何かとあれのお世話になっている。

 いい加減「またか……」という、呆れた顔をされたくは無い。


 故に、私は己の足で、5日という時間をかけて、ディザン王国まで買出しにきたのだ。

 買出し自体は既に終わり、私はお土産の選定をしている。

 留守番をしてくれているレーナのものと、一応、フェネルのものとである。


 正直、フェネルには買いたくないが、遠出をしている事を知っており、その上で買って帰らなかったらゴネるという事を私は知っていた。

 その為、嫌々、仕方なく、フェネルへの土産も探しているのだ。


「おう! にいちゃん一人旅かい? ここいらも物騒になってきたし、護身用に一本どうだい?」


 土産を探す私を見つけ、露店の中から男が言ってきた。

 年齢はおそらく40くらい。

 どうやら武器を売っているようで、親父さんは短い剣を持って、私にそれを強調してきた。


「いや、折角だが。買っても使いこなせる腕がないのでね」

「そうかい? アンタ意外に強そうだけどな」


 親父さんが笑って言った。

 実際の私はそこそこだろうが、剣を持たないと勝てない相手と戦って勝てる自信は無かった。


 つまり、素手と魔法を使って勝てない相手と会った時点で、私はすでに敗北しており、それ以上はただの足掻きになるので、武器の類は無用なわけなのだ。

 勝てない相手と会った時には観念するか逃げるだけ。

 それが私のぬるい生き方だ。


「おっ! 兄さん探し物だね? 彼女さんへのプレゼントかい?」


 それは先より2件隣の雑貨店の男の言葉であった。

 見れば、宝石やら指輪やら、ランプやら首巻やらが並べられている。

 ここなら何かが見つかるかと思い、私はそこで足を止めた。


「彼女さんいくつ位? 宝石は好き? 首飾りの方が良いかな?」


 居る、と言ったわけでもないのに、男が勝手に話を進める。


「あーちょっとコレは大きいよね。兄さんの彼女はコレ位だよね?」


 と、ついには私の彼女を創造し、男の思うぴったりサイズの指輪を「ずい」と突き出してきた。


「いや……生憎恋人は居ないので」

「あれっ!? そうなの!? それはまたスミマセンン!」


 それを聞いた男は謝り、最後に「ぷぷっ!」と息を吹いた。

 多分、彼女が居ないという事に面白さを感じて吹いたのだろうが、一体それのどこが悪いのか。


 この店は駄目だ、感じが悪い。


 そう思った私が歩き出すと、男は「待った!」と私を呼び止めた。


「好きな人位は居るよね兄さん? ねぇ、それ位は居るよね兄さん?」


 そして「にやにや」とニタつきながら、私にそれを聞いてきたのだ。

 私もまぁ、生き物なので、好きな人位は存在している。


 だからと言ってこの男にそれを教える義務はないだろう。

 何よりもそう、感じが悪い。

 教えても良いという気持ちが湧かない。


「あれ……? もしかしてそれすら居ない? あっらぁ、いぃ~のがあったんだけどなぁ……貰った女は絶対オチるっていう曰くつきの指輪がさぁ~。いやぁ残念! ほんっとに残念!」


 私が敢えて黙っていると、男はさも惜しい事をしたなと、こんなチャンスはもう無いぞと、そう言わんばかりの顔で言って、私の興味を強引に引いた。


「い、いや、全く居ないというわけではないが……」

「だよね! だ・よ・NE~! だったらコレは買っとかないと! 同じモテない男同士、ギリギリまでお安くしておきますからぁ!」


 私が口を開いた直後、男は一気に付け込んできた。

 どさくさで「モテない男同士」と、言ったような気がしたが、そこは一応聞かなかった事にしておく。


「で、では貰おうか。勿論、信じたわけではないが、そういう感じの指輪なら気持ち的には重くはないだろう」


 ダイヤでは無く、宝石ですらない、蝶の文様が入っただけの意味合いすらない普通の指輪だ。

 これなら効果が無いにしても、レーナに受け取ってもらえるはずだ。


 私はそう考えて、男から指輪を買う事にした。

 いや違う、効果は無いと、勿論最初から分かっていたのだが、男があまりにしつこいものだから、つい妥協してしまったんだな。

 うん……


「はいよ! 成功を祈っているぜブラザー!」


 金を支払い、指輪を受け取った。

 一歩歩き出したその直後には


「アホな事をした……」


 と後悔をした。


 これはおそらくガラクタである。二束三文の価値のものだ。


 奴は、私の下心……いや、純粋な心に付け込んで、それを高値で売りつけたのだ。


 しかし、後悔をしても遅い。

 やっぱり要らない、は通らないだろうし、それを言うのは私も嫌だ。

 これはどこかに封印しておいて、別のものを土産にしよう。


 私の考えはそこに至り、結果としてレーナには銀のイヤリングを(銀はディザン王国の特産品)。

 フェネルにはディザン王国印の緑のパンツを買う事にした。


 我ながら、値段の差が歴然だったが、そこは2人への好意の差である。

 貰えただけマシだ、と、フェネルには納得してもらう他に無い。

 私はそれから宿へと戻り、既に購入済みであった薬品と土産をバッグに詰めた。

 そして、それを右肩に下げ、我が家への帰路に着いたのだった。




 その日の夜は野宿だった。

 金が無かったというわけではなく、一日で到達できる範囲に村や町が無かったからだ。


 馬や、馬車等を使っていればこういう事にはならないのだろうが、特に急ぐ旅ではないので、私はそこは気にしていなかった。


 今、私は岩に座り、少し遅めの夕食を摂っている。


 眼前には焚き火と寝袋が見える。

 森に近い拓けた場所だ。

 缶詰の中の魚肉を刺して、私はそれを口に運んだ。

 空になった缶詰を置き、カップに入れた水を飲む。


 ふと、空を見上げれば、満点の夜空が広がっていた。

 星が輝き、実に美しい。

 私はそのまま暫くは見入った。


「カサッ」という物音が聞こえたのは、丁度そんな時の事だった。

 顔を戻し、周囲を見るが、一見では誰も存在しない。


 しかし、確かに物音はしたので、何事かが起こりはしたのであろう。


 風に吹かれて木の葉が落ちた。

 もしくはゴミが転がった。


 等、些細な事かもしれなかったが、一人で野宿をしている以上、一応、原因は知りたかった。

 私は立ち上がり、先ほどよりは高い角度で周囲を見渡した。


「何もないか……」


 と、呟いた直後、視界の端に何かが飛び出す。

 それは、私の右手方向の、岩の上に「にょきり!」と現れた。


 水色の不気味な顔である。

 頭には砂漠に住む者達が愛用しているターバンが見えた。

 口には髭があり、両耳には赤色の丸いイヤリングをつけている。

 性別は男だろうか。

 とにかく不気味な顔色で私の事を見ていたのである。


「だ、誰だ!? 私に何の用だ!?」


 やっとの事で私が言うと、そいつはようやく姿を現した。


「いやー驚かせてしまってゴメンねー」


 言って、現れたそいつの体は、腰から下がちょん切れていた。

 正確に言うなら細くなって、最終的には線のようになって空中を「ふわふわ」と漂っていたのだ。


「オイラはジン。名前はガスパルだ」


 そいつ、改めガスパルが言い、右手の親指で自身を示した。

 ジン、とは魔物の種類の名前で、ガスパルが個人の名前のようであった。


 ジン。


 それは風の精霊で、一般的には「ランプの魔人」と呼ばれる事が多い種族だ。

 住んでいる場所はランプの中等で、それを見つけて解放してくれた者の願いを叶えたりもしているらしい。

 同様の説をもつイフリートと比べると性格は若干善だと聞いている。


 しかし、そんなランプの魔人が、なぜ私の前に居るのか。

 それが私には理解できず、半開きの口で説明を待っていた。


「多分、あんた人間じゃないよね? いやいや分かる。言わなくても分かるんだ」


 ガスパルが言い、「ふよふよ」と漂って、少しずつ私に接近してくる。

 腕を組み、頷いている様は、そこだけを見ればどこか精悍だ。

 人間の年齢なら30中盤か。私はふと、そんな事を考えた。


「実はオイラは探し物をしてる。こんな所で会えたのも縁だし、聞くだけ聞いてみてもらえないかな?」


 拒否する理由は特に無いので、私はガスパルの願いを受けた。

 岩の上に再び座り、両手を組んで話を待ってみる。

 ガスパルは「ありがとう!」と礼を言ってから、自分の話を切り出し始めた。


「あんたも薄々気づいてると思うけど、オイラは風の精霊だ。人間にゃランプの魔人って呼ばれてる。どういうわけかオイラ達って、自分ではランプから出られなくってね。だから、たまーに外に出された時なんかには、感謝の気持ちとして出してくれた奴の願いを叶えてやってるんだ。まぁ流石に世界征服とか、願い事の数を増やしてくれだとか、そういう無茶な願いは駄目なんだけどね」


 私の前を「ふよふよ」漂い、時には宙を回転しながら、ガスパルは更に話を続ける。


「で、ある時そいつに出会ったわけさ。我が家の守護神として仕えてくれってお願いしてきた男にね。これには参った。出来なくはないけど、そいつの家がある限りは、永久に守護する事と同じだったからね。人間流に表現するなら専属契約? みたいなもんさ」


 その時には本当に困ったのだろう、ガスパルはその時の事を思い、両手を広げて眉根を上げた。


「でもひとつの願いは願い。オイラはそれを叶えてやった。何年位そこに居たかな。そいつが結婚して、子供が出来て、その子供にまた子供が出来た頃、そいつは新しい家を建てて、そこに引っ越す事を決めた」


 ここでそいつとの契約は終わった、と、ガスパルは私の目を見て言った。

 まだ本題では無いのだろうと、私は特に言葉を発さない。


「そいつは引っ越しの途中で事故って、家族全員と死んじまったそうだ。がけ崩れに遭ったとかいう話だったかな」

「それは……なんとも……」


 幸福の絶頂期から、一転して一気にどん底である。

 気の毒だ、と表現する他に無い。


「そこはまぁ気の毒だし、オイラにも思う所はあったさ。だけど問題はそこじゃなかった。そいつの孫娘のジョゼッタって奴が、オイラのランプに悪戯をした事だったんだ」

「いたずら……? というと?」

「ランプをすり替えた。よーく似ている別のランプを置いて行ったんだ」


 私は正直、「それが何か?」と、思ったが為に無言だった。

 だから一体何なのか、それが分からず茫然としていた。


「あー、何て言うかなぁ……違うんだよ、全然入り心地が。あんたも靴を履いてるだろう? サイズが違ったら嫌でしょうが? 先っちょしか入らなかったり、逆にすスカスカのブカブカだったら、なぁんか嫌な気分になるでしょうが?」

「あ、ああ、なるほど」


 それは確かに、と私は思った。

 そんな靴を履いていれば、確かに嫌な気分になるし、無理してそれを履き続けたなら、いずれ足にも異常が出るはずだ。


 ガスパルのランプもそれと同様で、自分のサイズに合っていない為に、どうにも違和感を覚えてしまい、実際、悪影響も出ているからこそ、こうして探しているのであろう。


「……つまり、探し物はそのランプか」


 話を総合し、私が言った。

 ガスパルは「そうね……」と、力無く言い、


「いや、ピッタリのモノでも良いんだ。ランプじゃなくてもピッタリならね。蓋が無いものなら出入りも自由だし」


 その後にそう言って周囲を見回した。


「例えばあれ、あんたの水筒。あんなのでもピッタリだったらいいわけさ」


 そして、地面に置いてあった私の水筒を見ながら言った。


「ちょっと失礼ー」


 続けざま、ガスパルは言い、私の許可を取らないままで水筒の中へと飛び込み始めた。

 私は何か嫌だったので、とりあえず「わああああ!!」と、大声を出す。


「なんだこりゃ!? ありえない! こんなモンをこんな所に置くかね!? うわっ、くさっ! トイレくっさっ! ちゃんと掃除しとけっつーの!」


 しかし、私の制止を聞かず、飛び込んだガスパルは好き放題に言い、最終的には「欠陥住宅だ!」と言って、水筒の中から飛び出してきた。


「ちょっとこれは酷すぎるよ。これであんたいくら取ってたの?」

「銅貨一枚すらとっておらんわ!」


 というか誰かが住んでいたのか!?

 トイレって何だ?!飲み物を入れる水筒だぞ?!

 と、私はかなりパニくっていた。


「まぁとりあえずあれは駄目だ。何か他に無い? 入れ物的なやつ」


 がっかりした様子でガスパルが言ったが、あっても、入れたくないというのが私の今の本音だった。

 日頃使用しているものに色々とケチをつけられてしまうと、今後の扱いに支障がでるからだ。


 それにもし、先客が居て、「それに」誰かが居る事を知ったら、今まで普通に使ってきた私はきっと正気ではいられなくなる。

 以上の理由から、あるにはあるが、私は「他にはないな……」と言うのだ。


「ならあれでしょうがないか……あいつさえ片付ければしばらくならイケるよな……」


 私の返事を聞いたガスパルが、何かを考えて一人で言った。

 私はそれには疑問したが、自分には関係が無い事だと思い、そこでは何も追及しなかった。


「じゃ、しばらくお世話になるよ。それっぽい入れ物を見つけたらよろしく!」


 が、そう言い残したガスパルが水筒の中に飛び込んだのを見て、思いっきり自分に関係していたという事をその時点になって知るのである。


「ちょ、ちょっと待て! 協力するとは言っていないぞ!? というかこれには入らんでくれ! 水が飲めなくなるだろうが!」


 私が慌て、水筒を振るが、


「ダイジョーブダイジョーブ。一応気長に待ってるからさ。思い出した時にでも探してくれよ。水の事なら心配しなくても直接浸かってるってわけじゃないから」


 という、暢気な返事が返ってきただけだった。

 捨てるか……と、一瞬思ったが、それでは流石に少し気が引ける。

 かと言ってガスパルが中に居るのに、普通に使う気にもなれなかった。


「やれやれ……どうも最近は、厄介な事ばかりが舞い込んでくる……」


 私はやむを得ず、帰路の途中で、ガスパルが入っていたというランプの情報を集める事を決めたのだった。




 ガスパルとの出会いから2日が過ぎた。

 私はようやく国境沿いの人間の町に辿り着いていた。


 町の名前はシバルムと言い、国境沿いにある為だろう、そこそこ栄えている宿場町だ。

 私はまず、宿屋に行って安めの部屋をひとつ借りた。


 そして、町の酒場へ繰り出し、ランプの情報を集めてみたのだ。


 結果は実に悲惨なものだった。


 夢見がちなアブない人として笑われ、最初こそ話も聞いてくれたが、やがては本当に危険だと思われて、ついには酒場を叩き出されたのだ。

 注文した紅茶は一口も飲んでない。

 しかし、料金はしっかりと取られた。


「まぁまぁ、まだ始まったばかりじゃないの。いちいち気にしてたらキリがないよー」


 水筒の中から声が聞こえた。

 勿論、ガスパルの発した声だ。


 暢気である。

 実に、腹立たしいほどに。

 誰の為にやっているのか、と、不快に思う部分があった為に、私は酒場の脇に移動して、水筒を開けてガスパルを呼びつけた。


「ワァーッハッハッ! ランプの魔人ガスパル参上!」


 水筒の中から煙が舞い立ち、直後にはガスパルが姿を現した。


「あ、今は水筒の魔人か」


 と、言葉を訂正して一人で笑ったが、私は心底どうでも良かった。

 ガスパルはそれを空気で察したか、直後には「ゲフン!」と咳を吐いた。


「多分、聞こえていたとは思うが、危ない人扱いをされて終了だった。まぁ、相手は普通の人達だ。そういう反応でもやむを得ないだろう。そこで私は考えた。君が入っていたランプを探すより、君が守護していたという家族を探した方が、結果的には早いのでは無いかと。確か、全員亡くなったと聞いたが、身内の一人くらいはいるだろう? そちらに遺品扱いでランプが渡っているかもしれない。良ければ名前を教えてくれないか?」


 そんなガスパルに構う事無く、私が自分の意見を言った。

 ランプの魔人が入っていたこういうランプを探している、と言うより、実際に、そこに存在していた家族を辿って探し出した方が、早いし、安易だと思ったからだ。


 ガスパルは「おぉーなるほど」と言い、少しの間考えたが、すぐにもその口を開いて私に情報を教えてくれた。

 自分のランプを探し出したいというのは、一応本当の気持ちなのだろう。


「確か……ディーン・テイツマンって言ったかな。娘の名前はカトリーンだっけか。で、孫娘がジョゼッタだったはず。身内の事とかは分からないな」


 それだけ聞けば十分である。

 私は「わかった」とガスパルに言い、翌日の情報収集を決めた。

例えば今、酒場に戻っても、再びつまみ出されるだけだからである。


「じゃあまた。あ、一応ゴミ出ししておいたから」

「どこへ!?」


 謎の言葉をその場に残し、ガスパルは水筒の中へと消えた。

 残された私は苦悩した後、突っ立っていても仕方がないと気づき、宿屋へ足を向けるのである。




 ディーン・テイツマンは大金持ちだった。

 いや、正確には貧乏だったが、ガスパルの守護を得た事により、後に、大金持ちとなっていた。

 ガスパルの存在を知らない者には、ディーンが「頑張った」と映った事だろう。


 しかし、ジンの守護というものは目に見えないそういうものなのである。

 おそらくはだが他にも色々と、彼や、彼の家族達に見えない幸福をもたらしていたはずだ。


 ともあれ、その大金持ちであるディーンは事故でこの世を去った。

 この事は割と有名だったようで、私はすぐにも知る事が出来た。


 だが、彼の親族の居場所までは流石に入手する事ができず、私は彼が住んでいたというフリートという町を訪ねる事に決めた。

 そこは、ディザン王国の最南端で、徒歩で10日はかかる場所だった。


「流石に遠いな……」


 と思った私は、少し情けない気持ちを殺してドリアードゲートを頼る事に決めた。


 そして、宿場町から歩いて3日。

 我が家へ続く道を通り越し、やっとの事でゲートへと到着し、ゲートの番人のリーンに頼んでフリートへと送ってもらうのである。




 フリートの町は港を擁した人口5万人程の中都市だった。

 行き交う人もかなり多く、皆、生き生きとした表情をしている。

 町の入口をくぐった私は一人の女性を捕まえて、ディーンの事を質問してみた。


「ああ、ディーンさんね。あれは気の毒な事故だったわねぇ。お金持ちなのに偉そうにしないし、労働者達にも優しかったのに……神様はほんと無慈悲だわよねぇ」


 中年女性はそう言って、悲しそうな顔を私に見せた。

 その反応を見る限り、少なくともディーンという人物は住民に嫌われる人では無かったようだ。


「それで? ディーンさんがどうしたの?」


 女性が逆に聞いてくる。

 私は少し迷ったが、身内を探しているという事を正直に女性に言ってみた。


「うーん……身内ねぇ……」


 女性は少しの間を考えて、


「わからないわねぇ、私には」


 と、申し訳なさそうな顔で言った。

 それはそうだろう、と私も思う。

 この女性に感謝する気持ちはあれど、責めるつもりは微塵もない。


「そうですか。ありがとうございました」


 故に、私は礼を言って、他を当たろうとして歩き出した。


「自警団の事務所に行ってごらんよ! 事故の事とか分かると思うから!」


 女性がそう教えてくれたのは、その直後の事だった。

 私はそれに「助かります!」と返し、自警団の事務所を探し出した。


 時間にするならおよそ5分後。

 幸い、それはすぐに分かった。

 広場に案内板が作られており、そこに事務所も記してあったのだ。


 それはいくつかあるようだったが、私は広場から一番近い、ドートン通りの事務所を訪ねた。

 事務所の入口には2人が立っており、私の顔を「ちらり」と見てきた。


 犯罪履歴は持っていないぞ、と、私は素知らぬ顔で近づく。

 そして、立っていた男の片割れにディーンの事故の事を質問してみた。


「ああ、あれか。あれは気の毒な事故だったな」


 男は最初こそ警戒していたが、私に害が無いと思ったか、隣の男の顔を見た後に質問した事を話してくれた。


 それによるとその事故は、2か月前に起きたらしかった。


 死因はガスパルが話した通り、がけ崩れによる崖下への転落死である。

 その日は朝は晴れていたが、彼らの馬車が峠に来た頃に、激しい雨へと変わったのだそうだ。


 そして、崖が崩れてしまい、彼らはそれに巻き込まれてしまった。

 そこまでの幸運が全て不意になる、確かに気の毒な事故だと言えた。


 遺体は全て回収されて、財産も殆どが回収された。

 残る一部は押収だったり、谷底に落ちてしまったりで、行方不明扱いなのだろう。


「その中にランプはありませんでしたか?」


 話の流れが丁度良いので、私はそこで彼らに聞いてみた。

 男達は同時に「ランプ?」と言って、二人で顔を見合わせてから、「色々とあったから覚えてないな」と、私の正面の男が答えた。

 駄目で元々で聞いたものなので、私はそれでもへこたれなかった。


「それでは遺産は誰の元へ? 彼にも身内が居たでしょう?」


 そして、どちらかと言えば本命である遺産の行方を彼らに聞いた。

 男達はそこで再び警戒し、「そんな事を聞いてどうするんだ?」と言ってきた。


 まぁ、当然の反応である。


 そこまでペラペラと喋ってしまっては、自警団以前に人として失格だ。

 しかし、私は知らなければならない。

 どうしたものかと詰まっていると、水筒の中から声が聞こえた。


「オレね、ランプを質に入れてたんス。先祖代々の品物なんで、できれば返してほしいんスよ」


 それは私の声に真似た、ガスパルが発した言葉であった。

 声はともかくその口調……私はそんな話し方をしていたか……?


「そうか……そういう事なら気になるのも仕方ないな……」


 そんな言葉に騙されてしまったか、男の片割れがそう言った。


「(大丈夫か……こんなので……)」


 と、それを見た私が密かに思う。


「ちょっと待ってろ。本部に行って聞いてきてやるから」


 私のそんな心配に気付かず、男が言って走り出した。

「良い男だな!?」と、思いはしたが、同時に少し心配にもなる。


「ご先祖様思いなんだね! 大丈夫、きっと見つかるよ!」


 と言う、残った男もまた良い男で、私はなぜか辛くなった。


 それからおよそ10分後。

 本部から戻ってきた男の言葉で、私は衝撃的な事を知った。


「孫娘のジョゼッタ・テイツマンな。この子は奇跡的に助かったらしい。ディーンの遺産はこの子に渡ってる。今はハトコだかに引き取られてラーズ公国に行ってるみたいだな」


 水筒の中から「ウヒッ!」と言う声がした。

 ガスパルも驚いているのであろう。

 私は孫娘の生存もそうだが、ラーズ公国という国の名前にも少なからず驚きを覚えていた。

 その国はそう、私が住んでいる家がある国の名前でもあったのだ。


「(待てよ……)」


 そう思った私の脳裏に、ふと、ある事が思い出される。

 テイツマン、という名前に聞き覚えがあるような気がしたのである。

 それは昔の事ではあったが、確かに、どこかでその名前を聞き、その者と関わってもいたはずだった。


「ど、どうした!? あんた大丈夫か!?」


 ここまでは出てるが思い出せない、ここまで出てるなら思い出したい、という、私の微妙な表情を見て、情報を提供してくれた男が言って、私の心配をしてくれた。


「腹でも痛いのか? 医者を呼ぶかい?」


 と、もう一方の男も言ったが、私は生憎その医者だった。

 好意には勿論感謝をするが、誤解から生まれた無用な心配だ。


「い、いや、大丈夫。それより情報をありがとう」


 私はそう言ってその場を離れた。

 聞くべき事はもう聞いた。

 思い出せないのは気持ち悪いが、ラーズ公国に居るというなら、とりあえず我が家へ帰っても良いだろう。


 私は再びドリアードゲートに向かった。




 久方ぶりの我が家についたのは太陽が西に傾いた頃だった。

 玄関を開けると良い匂いがした。

 レーナが晩御飯を作っているのだ。

 私は「今、戻りました」と言って、応接間へと足を進めた。


「お帰りなさい先生! 丁度良いタイミングでしたね! ご飯がすぐにできますよ!」


 その頃にはレーナも出迎えの為、台所からわざわざ出てきてくれていた。

 わざわざ良いのに、と思いはしたが、私は正直、それが嬉しかった。

 誰かが家で待っていてくれる。

 一人で居た頃には分からなかったが、きっとそれは幸せな事なのだろう。


「長い間すみませんでした。特に何もありませんでしたか?」


 荷物を置きつつ、私が聞いた。

 レーナは「はい」と言ってから、再び台所に走って行った。

 積もる話が無くもないが、レーナにも何かと仕事があるのだ。


 私はそう納得し、積もる話は後回しにして、取り敢えず服を着替える事にした。

 応接間を出て、自室に行くと、ベッドが綺麗に整えられていた。

 私が居ない間にもきちんと掃除をしてくれていたのであろう、床の上も綺麗なものだった。


「良妻賢母の生きた見本、だな」


 そんな事を呟いて、私は笑って服を着替えだす。

 そして、机の上に置かれていた手紙の束を手に取った。


「きゃあああああああああああああ!!」


 という叫び声が聞こえてきたのはその直後の事であった。

 手紙の束を持ったままで、私は部屋を飛び出した。

 応接間につき、周囲を見ると、台所にレーナの姿が見えた。


「レーナさん! どうしました!」


 少し走るとガスパルも見える。

 まさかあいつ、と私は思い、拳を握って台所に飛び込んだ。


「助けて! この人超怖いんですけど!?」


 泣きついてきたのはガスパルだった。

 レーナを指さして「ガタガタ」と震えている。

 見れば、レーナは包丁を持っており、汚いものを見るような目でガスパルの事を見下していた。


「な、何があったんですか……?」


 理解できない私が聞くと、


「水筒が空いたから出てきたわけさ! そしたらいきなり全力攻撃さ! わけわかんない! わけわかんないって……!」


 と、ガスパルが泣き泣き理由を話した。

 見た目こそ精悍で、実際に、力もあるはずの精霊なのだが、意外にメンタルは弱いようだ。


「出て来た時顔がメチャクチャ近くて、しかもなんか細長かったので、とりあえずやっつけておこうかなと思ったんです。先生のお知り合いだったんですか?」


 事もなげにレーナが言った。

 その声を聞くだけでガスパルはガクブルだ。

 察するに先の悲鳴も、ガスパルが発したものだったのだろう。


「あー……」


 言っておかなかった私も悪い。

 確かにこんなのが「にゅっ」と出てきたら、女性であれば驚くはずだ。

 攻撃するかどうかは置いて、とりあえず驚きはする事だろう。

 私はレーナに順を追って、ガスパルが居る理由を話してあげた。


「そうなんですか……それはちょっと……悪い事をしました」

「反省してる!? ホントしてる!? オイラマジでビビったんだから!」


 全てを聞いたレーナが言って、ガスパルが尚も攻め立てた。

 言動が若干お子様臭いのは、心底本当にビビっていたからだろう。


「まぁ、とにかくそういう訳なので、驚かないでやってください。ガスパルももう満足しただろう。その辺りで許してやってくれないか」


 私の言葉にレーナが「はい」と、ガスパルが「わかった……」と言葉を返す。

 私はそれを聞いた後にガスパルを連れて応接間に戻った。


「ああそうか」


 ソファーに座り、右手に持っていた手紙の束に今更気付く。

 そして、誰から届いていたのかと、何気なく上からそれを見て行った。


「ラッドさんか。この人もなかなか諦めないな……」


 ラッドはかなり前に出来た知己で、ライカンスロープのワクチンを作る際に世話になった人だった。

 その時に「女性を紹介する」と彼と約束してしまった為に、こうしていつまでも私に対して合コンのセッティングを要求してきているのだ。


 個人と個人の見合いであれば、私も別に世話をしても良いのだが、不特定多数の男女で集まって大騒ぎするのは御免だった。

 故に、今までのらりくらりと彼からの要求を断ってきたのだ。


「申し訳ないが今回もぬらりとかわさせてもらうとするか」


 手紙の中を見る事も無く、次の手紙に右手をかける。


「ん……? ラッド……ラッド・テイツマン……!?」


 そこで私は思い出した。

 彼の下の名前がジョゼッタと同じテイツマンである事を。

 手紙を裏返し、差出人を見ると確かに「ラッド・テイツマン」とあった。


「ラッドさんだったのか!!!」


 立ち上がり、私は叫んだ。


「うおおう!?」


 壺の中に入ろうとしていたガスパルが驚きの顔でこちらに振り向く。


「ガスパル! 行くぞ! もしかしたらランプが見つかるかもしれない!」


 そんなガスパルに向かって言って、直後にはレーナに私は言った。


「すみません! 少し外出してきます! 夕ご飯は後でいただきます!」


 そして、私はガスパルを連れ、今日だけでもはや3度目になるドリアードゲートへと向かったのである。




 ラッドが住んでいる村についたのは、それからおよそ30分後の事だった。

 ゲートの3度目の使用に際しては、流石のリーンも引いたようで、理由こそ聞いてこなかったが不審な顔で私を見ていた。


「(今度は何かお土産を持って来よう……)」


 そんな事を思いつつ、私はゲートを使わせてもらった。


「ちょっといぃ!? なんか水が止まらないんですけど!? 大家さん呼んできてくれる!?」


 とは、花瓶の中からのガスパルの声だった。

 水筒が洗われてしまっていた為にガスパルはそれに入っていたのだ。


「ヤバイヤバイ! 溢れて来た! 床の上ビッショビショだよー!!」

「もう少し我慢してくれ。君のランプがすぐに見つかるさ」

「頼むよホント! こんなんじゃ寝転がってスルメも食べれない!」


 100%おっさんである。

 人に苦労をさせておいてなんと無責任な精霊だろうか。

 私は少し「むっ」としたが、とりあえずそれで静かになったので、余計な言葉は発さずにおいた。


 それから5分後。

 私はようやくラッドの家へと辿り着いた。


 その頃にはもう夜になっていた。


 場所としては小高い丘の上。

 隣にもう一軒家があったが、こちらはラッドの家と違ってまだ灯りが灯っていなかった。


「ごほん!」


 と、一度咳をつき、それから私は扉をノックする。


「はいはーい。どちらさまー」


 すぐにも中から声が聞こえ、一秒と経たない内に声の主が姿を現した。


「ありゃっ!? なんとイアン先生! どーしたんですかいきなりー?」


 人の良さそうな青年が現れ、私の顔を見て「ハハハ」と笑う。

 相変わらず笑顔が眩しい。

 私も釣られて「いやぁ……」と笑う。


「まぁまぁ、とりあえずどうぞ中へ」


 青年、ラッドがそう言って、私を招いて中へと歩く。


「こんな夜分に申し訳ない」


 私は一言謝ってから、彼の後ろに続いて入った。


「で、どうしたんですか今日は?」


 狭い客間に案内されて私とラッドは椅子に座った。

 左手には台所が見えているので、食事はここで取っているのかもしれない。


「実は……」


 正面を向き、花瓶を置いて、私はラッドの顔を見て訪ねて来た理由を話し出した。


「はぁ~、なんともそうだったんですか……私は合コンのお誘いだとばかり……」


 成り行きを聞いたラッドが微笑む。

 ディーンの遺産と、ガスパル関連の事は話していないので、ラッドには私が単純にディーンの孫娘を探していると映っているはずだ。


 彼は良い男だが、あくまで普通の人間だった。

 だから守護がどうだとか、ランプの魔人がどうだとか言って余計な混乱をさせたくなかった。

 故に、私はガスパル関連の事を敢えて省いて話したのである。


「しかし何で先生が……って、まぁ、理由があるんですよね? わかりました。ちょっと待って居てください。すぐに呼んできますんで」


 ラッドが言って立ち上がる。


「やはりジョゼッタが居るのですか?」


 それを見た私が質問すると、ラッドは「ええ」と普通に言った。

 そして、客間から歩いて出ていき、近くに階段があるのだろうか、それを上っていく足音が聞こえた。


「ヤバイヤバイもう無理! 水没しました! 花瓶の中は水中都市です!」


 ガスパルが言って、顔を「にゅっ!」と出す。

 場所的には私の正面だったので、気持ち悪い顔に私は驚いた。

 しかし、すぐに取り直し、もう少しの我慢だとガスパルに言って、両手で花瓶に無理矢理ねじ込んだ。


「無理無理無理無理! 溺死しちゃうってー!! やめてぇえ! このジン殺しー!」


 聞いた事もない単語を残し、ガスパルは花瓶の中へと納まった。

 階段を降りる足音が聞こえたのはその直後の事だった。


「イアン先生だよジョゼッタ。私の友達だから、怖がらなくていい」


 そして、ラッドに連れられる形でジョゼッタが姿を見せたのである。


 年齢はおそらく10才位か。

 髪の毛の色は赤色に近い。

 ひょこひょこと右足を引きずっているのは、悲しいかな事故の後遺症なのだろう。


「……ん」


 ジョゼッタは私の顔を見た後、ラッドの腕に取りすがった。

 怖がられたのかな……と、私は思う。

 デカイというだけで怖がられる事は割と頻繁にある事だからだ。

 子供ならそれは尚更だろう。


「ジョゼッタ……この人は大丈夫なんだよ……あの人達みたいな怖い人じゃないから」

「あの人達?」


 疑問に思った私が聞いた。

 ラッドは「ああ、はい」と返事をしてから、事の詳細を教えてくれた。


「最近、一体どういうわけか親戚だという人が沢山来るんです。ジョゼッタを引き取って育てたいらしくて、中には私に何も言わずに無理矢理連れて行こうとする人も居て……ジョゼッタはすっかりこの調子です……」


 話したラッドが息を吐いた。

 ジョゼッタの事を心配そうに見ている。

 それほどの縁でも無いのだろうに、優しく、立派な青年である。


 察するに、遺産の事を知らないのだろうが、それでも面倒を見ているのだから本当に大した男だと思う。

 なぜモテないのかが不思議で仕方ない。


「はやぐ! ギブ! マジでじんじゃうう!」


 と、花瓶の中から小声が聞こえた。

 うがいをしている時のような声なので、半分は溺れているのかもしれない。

 まぁ要するに時間が無いっぽい。


「ジョゼッタ。私はランプの場所が知りたいだけなんだ。あれが無いと困る人が私のすぐ近くに居てね。だからもし知っていたらその場所を私に教えてくれないか?」


 そう思った私は出来るだけ優しい口調で、ジョゼッタに場所を聞いてみた。


「ガスパルが居るの!?」


 ジョゼッタは即座にそう言ってきた。

 彼女はガスパルを知っているのだ。

 心なし、表情が嬉し気である。

 家族を失い、孤独になった彼女には、あんな精霊でも過去を懐かしむ心の支えとなりうるのだろう


「ああ。すぐ近くに居るよ」


 私の返事を聞いた直後、ジョゼッタは右足を引きずって走った。

 走る、というよりは早足だったが、ジョゼッタの気持ちとしてはそうだったはずだ。

 ジョゼッタは急いで二階に上がり、しばらくしてランプを持って降りて来た。


「ガスパル!」


 そして、ガスパルの名前を呼んで、魔人をその場に呼び出したのである。


「ゲーッホ! ウエーッホ! ら、ランプの魔人ガスパルさんじょ……オエっ!」


 ずぶ濡れ姿の魔人が現れ、咳込みながら名前を名乗った。


「あぁ、今は花瓶の魔人か……」


 と、直後には一応言いなおしたが、コメントする者は誰も居なかった。


「あ……えっ!? な、何ですかこれぇ!?」


 ラッドが驚き後ずさった。

 こうなる事が分かっていたので、私は敢えて話さなかったのだ。


「ガスパル! ガスパルー!」


 一方のジョゼッタは大喜びで、ずぶ濡れの魔人に抱き付いていた。


「こいつは少し、まいりましたなァ……」


 抱き付かれたガスパルは照れくさそうに、右手の指で鼻を掻いていた。




 ガスパルはラッドの家に残った。

 ジョゼッタに「また守護神になって!」と頼まれて、仕方なくそれを受けたのである。


 しかし、本人は仕方ないと言ったが、私はそうは思わなかった。

 言ったガスパルの表情が、満更でも無いものだったからである。


 私の去り際、ガスパルが何かお礼をしたいと言ってきた。

 私は「いいよ」とそれを断ったが、「魔人の名折れになるんで!」と言われ、ガスパルの好意に甘える事にした。

 しかし、すぐには願いが浮かばず、


「何か適当にやっておいてくれ。分からない方が楽しみだからな」


 と、ガスパルに全てをブン投げた。


「ブン投げかい」


 それを聞いたガスパルは不満げにそう言ったものだった。

 しかし、「ちょっと失礼」と言って私の頭に手を当ててきた。

 それから「むむむむ」と唸りだして、最後に「わかった」と言ったのである。


「そなたの願い確かにかなえたぞ!」


 ガスパルはそう言い残し、「ワーッハッハッハー!」と笑って消えた。

 本当にやるとは……という驚きもあり、私は直後は茫然としていた。


 だが、突っ立っていても仕方がないので、挨拶をして家へと帰った。


 願いはその翌日に叶った。


 レーナとフェネルにディザン王国のお土産を渡していた時の事だった。


「パンツとか! パンツとかアリエナインデスケドー! しかも股間に国旗ってなんすか!? 一体どういう意味なんすかァ!?」

「うわぁ素敵! 先生! ありがとうございます!」


 案の定フェネルは怒り、思っていた以上にレーナは喜んでくれた。

 その時、バッグの中から「ポロリ」と、ガラクタの指輪が床に落ちた。


「ちょっ! レーナさんだけ二つなの!? えこひいき反対! よってボッシュート!」


 それに気付いたフェネルが言って、指輪を「スパァン!」と奪い取った。

 ガラクタだし別に良いか、と、私はそれを完全に無視した。

 指輪をはめたフェネルの態度に、異常が見えたのは直後の事だった。


「せ、先生……好きっ! 僕大好きっ! 結婚して! 僕を先生の一人占めにして♡」


 体を「クネクネ」とくねらせながら、フェネルが抱き付いてきたのである。


「なあっ!? や、やめろよせ! なんの真似だ気持ち悪い!」


 押し戻しながら私は思った。

 一体何の悪ふざけかと。


「そんな冷たくしないでよセンセ~! 僕の初めてをあげちゃうからさぁ!」


 しかし、フェネルはそれでも引かず、口を尖らせて私に迫った。

 いつもの悪ふざけにしては度が過ぎている。


 まさか指輪が本物だったのか。


 そう思った私の脳裏にガスパルの言葉が思い出された。


「そなたの願い確かにかなえたぞ!」


 という、適当にお願いした例のあれである。

 おそらくはだがガスパルは、私がレーナに渡すと思って、気を利かせて指輪を本物にしたのだ。


 が、生憎指輪はフェネルに……


 そして、今の惨状である。


「見せちゃう? 先生にだけは見せちゃう? 僕の生まれたままのSU・GA・TA♡」

「やめえええええい!」


 フェネルが言って脱ぎだしたので私は慌ててそれを制した。

 フェネルが正気を取り戻したのは、私がガスパルを再訪した後の、発病から五日後の事であった。


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