戦士として生まれ…
人は戦いが好きである。
それは自分自身がだったり、戦っている誰かを見る事だったりと、好き、の質も実に様々だ。
私も半分は人であるから、そんな気持ちは分からなくはない。
強い者には敬意を抱くし、見事な技には感動もする。
しかし、命と命をかけた殺し合いを肯定する事は流石に出来ず、そういう催しを開く者にも、それを見て歓喜する人々にも、私は決して迎合できなかった。
そんな殺し合いを嫌っている私が、あの日、彼と知り合ったのは、思えば不思議な事であった。
その日、私達は町に来ていた。
無論、地元のプロウナタウンだ。
同行者は今はレーナ一人。
しかし、フォックス産婦人科でフェネルと合流する手はずとなっている。
なぜ、私達が町に居るのか。
そして、あまつさえフェネルと合流するのか。
その理由は少し前のフォックスのクロスワードパズルにあった。
そう、あんこ村、ではなく、アンブレラがどうこう言っていたあれである。
フォックスはレーナの助けで、例のクロスワードパズルの答えを出した。
そして、それを出版社に送り、見事、懸賞に当選したのだ。
その賞品は闘技場のチケットで、丁度4人分あるからとフォックスは私達を誘ってきた。
私はあまり興味が無かったが、レーナが、
「すごいっ! 先生! 闘技場だって! わたし一回行ってみたかったんですぅ!! 汗と汗! 弾ける筋肉! 繰り出される華麗な技と技っ!」
と、飛び上がってやたらと喜んだので、流石に「興味が無い」とは言えず、フォックスの誘いを受けたというわけだ。
私はそれまでレーナの事を、理知的な女性だと勝手に思っていた。
しかし、今回の反応を見る限り、こういう事にも興味を示す、幅の広い人だったようである。
「きたぁ! 先生! 何してんすか! 試合始まっちゃうでしょーが!」
私とレーナの姿を見つけ、医院の前でフェネルが騒ぐ。
見れば隣にフォックスもおり、クロスワードパズルの本を片手に、私達の到着をフェネルと待っていた。
「走れ! 先生! 夕日に向かって!」
「そう急かすな……まだまだ時間はあるだろう……」
うるさいフェネルはそれで黙らせ、歩く速度は変えずに近づいて、フォックスに向かって「待たせたな」と、言った。
フォックスは「んああ」と返事をしたが、心ここにあらずなのだろう、本から目は離さなかった。
「なんかね、真ん中に「ら」がつく奴で苦戦してるんだって。ヒントは赤。先生分かる?」
聞いても居ないのにフェネルが言った。
「ちなみに「とまらんち」では無いです」
と、続けたが、単語として存在しないものを言葉にして発するつもりはなかった。
「フォックスの楽しみを奪っては悪いしな。分かるが、敢えて黙っておくさ」
分かるが、の部分はハッタリだったが、楽しみを奪っては悪いというのは私の正直な気持ちだった。
それに、何より私達は、クロスワードパズルをする為にここに集まったわけではない。
全員で、闘技場に行く為にここに集合したはずなのだ。
「さて、では行くか」
故に、私はそう言って、クロスワードはフォックスに委ねて闘技場へと向かって歩きだすのだ。
「分かるが、だって。絶対ハッタリだよね?」
「イアンにはそういう所があるな」
フェネルが言ってフォックスが返した。
フェネルはともかくお前までか、と、言いたい気持ちをぐっと堪え、私は黙って歩き続けた。
大通りを抜け、市外へと出る。
人の通りはそこそこ多い。
こちらに向かって歩く者の目的地は実は闘技場に限られている。
つまり、この通りを選んだ時点で、その先には闘技場しか無い訳なのだ。
場所としては町の北東に、その闘技場は存在していた。
赤茶けた外見に屋根なしのドーム。
闘技場のイメージそのままである。
私達はそれを左手に見ながら闘技場の入口に近付いて行った。
「はいいらっしゃいませ。チケットをご確認~」
闘技場の入口に居た少しいかつい男が言った。
右手を伸ばし、私達が持っているチケットを確認しようとしてくる。
「ほいよ。チケット四枚な。それよりニーさん真ん中が「ら」で、五文字の赤いのわかるかい?」
懸賞で当たったチケットを渡しつつ、フォックスが男に向かって聞いた。
男は一瞬「は!?」と驚いたが、意外にも少し考えてくれ、結果として
「炎のランス!」
という、斜め上の解答をフォックスに送った。
「いかんいかん、それじゃと6文字じゃろうが」
「ああそうか……すまねぇな。こういうのは勢いかなって」
フォックスが怒り、男が反省した。
怒る方も怒る方だが、反省する方もこの場合は、少し人が良すぎと言える。
「彼も仕事中だ。その辺にしてやれ」
そんな男を哀れに思い、私がフォックスに言ってやった。
フォックスは「まぁの」と短く返事して、男の腕を「ぽん」と叩いた。
どうやらそれが詫びのようである。
男も気にしていないのだろう、その後にはすぐ仕事に戻った。
「いよいよですね! 始まるんですね! あー駄目、なんかクラクラしてきました……先生、わたし鼻血でてません?」
そう言ったのはレーナだった。
私達は闘技場に入ったばかりで、自分の席にすらついてはいない。
にも関わらず息を荒げ、目を大きく見開いているレーナに私は少し引いていた。
しかし、「引くわ……」とは言うわけにも行かず、
「大丈夫です。出てません」
と、当たり障りのない言葉を送るのである。
「そうですか……良かった……まだ出てないんですね」
レーナは一先ずそれで安心し、安堵の息を吐いていたが、私としては「まだ?!」と、突っ込むかどうかを迷う場面だった。
「センセー! アイス! アイス買ってー! 日頃あくどい商売してんだし、アイスの一本や二本位いいでしょ!!?」
フェネルが私の袖を引っ張る。
まだ「買わない」とは言っていないのに、それを言われてしまったかのごとくに大騒ぎするのは本当にやめてほしい。
あくどい、の辺りを目ざとく聞きつけて皆さんが私を見ているではないか。
「分かった分かった……買ってやるから騒がないでくれ。レーナさん。すみませんが席を探しておいてください」
「あ、は、はい、わかりました」
やむを得ず私は言って、こちらのチケットを二枚を手渡した。
だいたいの位置は分かるはずなので、先にレーナ達が座っていてくれれば、発見はもっと容易いはずである。
「じゃあ先に行ってますね。始まらない内に来て下さいよ?」
レーナが言って、フォックスと二階への階段を上って行った。
「センセー! おい! センセーって! 覗こうとしてんの!? アリエナインデスケドー!」
「な、何をわけの分からん事を……! ほら行くぞ! それこそ本当に試合が始まる」
フェネルの勘違いを即座に正し、私はフェネルと露店に向かった。
「こういう時女の子の分も買って行ってあげるのが、モテる男の条件ですよ」
唐突に、フェネルが私に言った。
そういう方面にうとい私は、「そ、そういうものなのか?」と素直に聞く。
フェネルは「かーーーーーっ!」と前置きした後、
「それだから先生はダメダメなんですよ! 分かっているのは内臓の事だけ。モツ鍋好きの女の子以外は顔を顰めて近寄ってこないって」
と、意味不明の発言をした。
「まぁまぁ、いいから買っときなさいって。レーナさんが要らないって言ったら僕が食べてあげますから。先生には何のリスクも無いでしょ?」
「あ、ああ……」
強いていうなら金銭だったが、フェネルにも一理あった為に、私はそれを受け入れる事にした。
「ヒャッフー! じゃあ僕は功労賞で二段重ねでお願いシマース!」
もしかして食べたいだけなんじゃないか。
そんな事を思いつつ、私はフェネルの言葉に従い、レーナの分のアイスも買った。
「ねーねーわざとゴミとかつけてよ。そしたらレーナさん要らないって言うでしょ?」
直後のそれはフェネルのセリフで、私はそれには「つけるか!」と抗議し、それが大切な宝であるかのように、片手で覆って歩くのだった。
レーナとフォックスは二階席の最前列の席に居た。
二階席と言っても一階席は無く、加えてそこは最前列である。
所謂、特上の席を取った出版社には、若干の敬意を抱かざるをえない。
「凄い! センセー! 一番前ですよ! ペッコロ文庫社マジ凄いっす!」
フェネルが喚き、その文庫社の名に、私が若干の呆れを示す。
もう少し何かあったんじゃないか、と。
「あ、先生! こっちですこっち! 凄いでしょう!? 一番前ですよ! ペッコロ文庫社本当に凄いです!」
フェネルのそんな喚きを聞いて、気付いたレーナが私達に手を振った。
私はそれに右手を見せて、「わかりました」という意味合いの反応を送る。
そして、それから階段を降り、人をかき分けてその場へと向かった。
その際に人に当たってしまい、危うくアイスを落としかけたが、片手で覆っていたおかげだろう、危ない所で難を逃れた。
「ちっ!」
それを見たフェネルが舌打ちをした。
落ちて居ればコーンだけでも頂戴しようと思っていたのだ。
二段重ねを買ってやったのに、どこまでも貪欲な少年である。
「おぉ、来たか来たか。そろそろ始まるぞい」
私達が席へと到着し、それに気付いたフォックスが言う。
そろそろ試合が始まる為か、流石にクロスワードの本は閉じていた。
「あれな、答えは、さく「ら」んぼ、じゃった。またお嬢ちゃんが解いてくれたわい」
フォックスが笑い、レーナの肩を軽い勢いで「ぽん」と叩く。
聞いた私は「ん?」と、疑問し、何の事かと記憶を辿った。
「えっ……先生もしかしてうんこ漏らした……?」
そんな私の顔を見て、フェネルがとんでもない事を言った。
それを聞いたレーナやフォックス、近くの席のお客さん達が、引いたような顔で私を伺う。
「も、漏らすか! 何の事かと考えていただけだ!」
これを無視してはマズイ事になる。
私は即座にそれを否定した。
幸い、本来ありえない事なので、レーナやフォックスも信用してくれ、周囲の客も「そりゃそうだわな」という、納得の顔をして視線を戻した。
「マジっすか? なんか臭うんだけどなぁ……」
それは私達の眼下に広がる闘技場のステージからの臭いであった。
汗や血液、その他諸々が長年に渡って染みているのだろう、決して心地良いとは言えない微妙な臭いを発生させていた。
その直後、そのステージ上に一人の男が現れて来た。
レーナの左に私が座り、フェネルが私の左に座る。
その際に「良かったら」と言ってアイスを渡すと、レーナは「わぁ」と驚いてくれ、「ありがとうございます!」と喜んで受け取ってくれた。
たまにはフェネルも役に立つものだ。
そう思った私が左を見ると、フェネルは「ちぇっ」と舌打ちをした。
見れば、フェネルはもうすでにアイスを「ぺろり」と平らげていた。
……どこまでも貪欲な少年である。
「さぁ皆さん! 本日も、このクイーン闘技場にお集まり下さり、まぁことにありがとうございます! 本日の試合は全部で5試合! その内最後の試合はなんと、己の命と命を掛け合ったデスサバイバルゲームの決勝戦となります! 生き残れるのは4人の内たったの1人! 果たして誰が生き残るのか!? 血で血を洗うデスゲームの覇者となるのは一体誰なのか!? それはお客様ご自身の目でどうぞご確認下さいまあせえええっ!!」
観覧席から歓声が上がった。
男は手を振ってそれに答え、
「それでは早速の第一試合! ディザン王国出身のデータと、我が国出身のジェインとの戦いです!」
第一試合の開始を告げて、軽やかなステップで消えて行った。
「血で血を洗うデスゲームか……子供も居るのにそういうのはどうでしょう……?」
否定的意見を期待して、私が隣のレーナに振った。
「キャアアア!! ジェイィィーン! がんばってぇぇぇぇー!!」
が、レーナはすでに興奮し、入場してくる最中だったジェインへの応援に夢中であった。
「キャアアア!! データァァがんばってぇぇぇえーー!!」
それは一方のデータにも同様で、彼女の新しい一面を見た、私は少し戸惑っていた。
「データっちゅうのが連勝しとる。ジェインは今日初挑戦じゃな。こいつぁ勝負は決まっとるようなもんじゃ」
フォックスが何かを見ながら呟く。
見れば、どこから持ってきたのか、今日の試合表を右手に持っており、私がそれに気が付くと「ほれ」と、レーナの後ろを通して渡してきた。
見ると確かにデータは連勝中。
対するジェインは初出場と書かれていた。
「まぁ一応我らが同朋じゃ。ワシは新入りを応援するかの」
フォックスが言い、眼鏡を押し上げる。
直後にはステージに目をやって、試合の開始を待ち始めた。
「で、どうするんですか? じゃんけんでもするんですか?」
これは無知すぎるフェネルの言葉で、呆れ果てた私はとりあえず、「まぁ見てろ」とだけ短く答えた。
筋骨隆々の大の大人が、衆人環視の中でじゃんけん。
それはもうなんというか……金を払って見るものでは無い。
第一、第二、第三試合が終わり、今しがた第四試合が終わった。
現在は最後の競技の為に眼下では何やら作業が行われ、壁や、台や溝などと言う、遮蔽物が人為的に設置されていた。
人々は興奮冷めやらぬ様子で最後の試合の開始を待っている。
面白かったか、と、聞かれたら私は「まぁ」とは答えるだろう。
しかし、「サイコーでしたァァ!」と、目の色を変えて喜ぶ程に私は満喫できてはいなかった。
おそらく、私は根本的に争い事が嫌いなのだ。
医者という職業上、血を流す事に対する嫌悪…というか、反感のようなものがあるのかもしれない。
まぁ、しかし、だからと言って、それを見て楽しむ人々にどうこう言うつもりはないし、楽しかったか、と、聞かれたら「楽しかった」と言う事だろう。
趣味や趣向は人により様々で、自分が好きな事を批判されたら、誰だって良い顔はしないものだ。
「はあっ……凄い興奮しちゃいました……まさかあそこでサマーソルトを出すなんて全く想像してませんでした」
現に、レーナは楽しんでいる。
もはや完全に溶けてしまったアイスのコーンを持ったままで。
それほどに熱中し、楽しんでいる人に「何が楽しかったの?」等と質問する奴は、どうしようも無く空気が読めない奴だ。
「何か良く分かんないや。戦い合ってどうすんのあの人達? 俺のが強いだろフヒヒ! 的な、ジコマンをみんなに示したいわけ? 一体何が楽しかったの?」
これは、そのどうしようもない奴であるフェネルが発した言葉であった。
しかし、子供の純粋さ故、言葉の中に皮肉は見られない。
「違うのよフェネル君!」
それを聞いたレーナが言った。
フェネルが「びくり!」と体を震わせる。
直後にはレーナは私の横から、フェネルに向かって熱弁し始めた。
「あの人達は戦い合って、競い合って己を高めているの! そこには向上心はあっても自己満足は存在しない! そう、存在するはずがない! 彼らが目指しているものは、そんなものを超越した無限の無の先にあるのよ! 分かる! フェネル君にはそれが分かる!? 男の子なんだもの、わかるわよね!?」
これには私も震えを感じた。
勿論、感動したわけではない。
レーナの熱の入れように、少し恐怖を感じたのだ。
こんなキャラだったか、と、不安にすらなる。
それ程にレーナは意外にも、こういう事が好きだったのだ。
「あ、わかるッ……! わかりますぅ!」
結果としてフェネルはレーナに押し切られ、おそらく本音ではないのであろう、
「次の試合も楽しみだなァ!!」
と言う、嘘っぱちの言葉を吐いた。
「だよね! だよね!」
いつものレーナなら見透かしていただろう。
しかし、今日のレーナにはそれが真実だと伝わったらしい。
フェネルと共にドキドキしながら次の試合の開始を待つのだ(フェネルのドキドキはまた別物)。
「さぁーそれではいよいよ! いーよーいーよ! 最終試合のデスサバイバルゲームがいよいよこの後開始されます! が、初めてのお客様もおそらくおいででしょう! 軽く説明をさせていただきまぁす! このサバイバルゲーム、参加者達は最初は素手で入場します! そして、ステージのそこかしこに置かれた武具を拾って戦うのです! この武具は調整をして、耐久値をわざと低くしてあります! それゆえに脆く、すぐ壊れます! 彼らは常にそれを気にし、武具の耐久値と相談しながら戦いを継続しなければならないのです! 時には倒した相手の武具を奪う事も必要でしょう! まさに! デスサバイバル! 勝ち残るのは一体誰か! それでは選手の入場でぇええす!」
先の、進行役の男が現れ、私達に向かってルールを教えた。
そして、サバイバルゲームの参加者である一人目を紹介したのであった。
「一人目の勇者は、コッド・エイガー! 連勝回数20を誇る狂戦士が満を持してここに参上だ! 一種、魔物的な強さを持っている彼が実力を発揮出来るか!」
男の言葉に歓声が上がる。
同時に拍手が巻き起こったので、知らないながらも私も拍手した。
「キャアアア!! コッド・エイガァァァ!!」
と、大歓声を送っているレーナもおそらく、彼の事は知らないはずだ。
しかし、私は少し慣れたのか、可笑しさを感じて苦笑いした。
そして、コッドと呼ばれた男が、入場門から姿を現した。
遠目なので判別しにくいが、年齢はおそらく30前後。
身長は私と同じくらいか(185㎝)。
髪の毛の色は薄茶色の、筋肉が凄まじい男だった。
コッドは歓声に応える事無く、ステージの端まで歩いて止まった。
そこで上着を脱ぎ捨てて、武器が無い事を証明してみせた。
「二人目の勇者は、ダロス・ノートン! 大剣を使わせたら並ぶ者無しの連勝記録12の男だぁああ!」
ダロス・ノートンはコッドの対角の、南西門から姿を現した。
見た目の年齢は25、6。
しかし、頭がスキンヘッドの威圧的な印象の男だった。
ダロスは先のコッドと同様、ステージの端まで歩いた後に、立ち止まって服を脱ぎ捨てた。
当然、武器は見られなかったが、服を脱ぎ捨てた事によって、背中の入れ墨が明らかになった。
「エビ?」
フェネルが言ったがそれは違った。
彼の背中には赤い竜。所謂上り竜が描かれていたのだ。
エビの入れ墨など気がしれん……
「三人目の勇者はヴィセント・ビークス! V様の愛称で親しまれている彼がついにこの競技に参加だぁああ!」
そして、三人目が姿を現した。
まず、彼は美男子だった。
故に会場の歓声も凄まじい。
「Vさまああああああああああああああああああんんん!!!!!!」
と、大声で歓声を送る後ろの奥様等よだれすらも垂らしている。
しかし、一方のレーナはなぜか、「V様」には興味を示さなかった。
「あ、ヤバい。アイスが溶けてる……先生すみません、折角買ってきて下さったのに……」
と、なぜかアイスの事に気付き、私に謝ってくる程の興味の無さだ。
「あ、あの、彼には興味が無いのですか?」
不思議に思った私が聞くと、
「えっ? だってあんまり濃くないじゃないですか。筋肉もあんまりついてないし。漢同士の戦いにイケ顔はむしろマイナス点ですよねぇ」
と、レーナは言って、コーンを食べた。
それを聞いたフォックスは笑ったが、私は「一体どういう感性なのか……」と、疑問したがゆえに固まっていた。
「いやああああん! Vさまぁぁあぁあああ!!!」
「きゃあああああV様いろっぽぉぉぉいいん!!!」
ヴィンセントが脱ぐと、大歓声が上がったが、レーナはやはり興味が無さそうに、「ぱりぱり」とコーンを食べ続けていた。
ヴィンセントの年齢は20前後。
髪の毛の色は薄い金色。
筋肉は他より劣っていたが、これほどの人気がある者なのだから、実力はそれなりにあるのだと思われた。
「四人目の勇者はヒューズ・フェイバー! 年齢的には若干不利だが、かつての雄姿を皆は知っているぅぅぅ!」
ヒューズ・フェイバーの年齢は見た目に40前後に見えた。
年齢的には確かに高く、また筋肉もそれほどではなかったが、皆の反応を伺う限り、少なくとも有名なのだと思われた。
「さぁ勇者が出揃いました! 間もなく! 間もなく戦いが始まります!」
進行役の男が言う間にも、数人のスタッフが武具をかついでステージの中へと駆け込んでくる。
スタッフはまず4人を目隠しし、別のスタッフがその間にステージのあちこちに武具を置いた。
そして、全てを置ききった後、四方の門に消えて行った。
「え? 目隠しで戦うの? 図的にヤバくない? 盛り上がらなくない?」
とは、待つという事を知らないフェネル。
黙ってろ、と、私が言うと、不満げな顔を私に向けた。
「それではついに死闘の開始です! デスサバイバル! ゲームスタアアトォ!!」
進行役の男が言って、四人それぞれが目隠しを取った。
進行役は走り去り、それと同時に四人が動く。
そして、それぞれが武具を確認し、走りながらにそれを拾った。
ヴィンセントとヒューズが剣で、ダロスが棍棒でコッドが斧だった。
最初に当たったのはヒューズとダロスだ。
ヒューズが「ぶん」と剣を振り、ダロスがそれを棍棒で受ける。
続けざまダロスはヒューズを押して、距離を取って棍棒を振るった。
ヒューズはしゃがんでそれをかわし、遮蔽物に身を隠した後に、頭上からダロスに飛びかかった。
ダロスが棍棒でそれを受けた時、お互いの武器が脆くも壊れた。
やむを得ず二人は離れ、武具を探して走り始める。
「やれ! そこだ! コッドいけぇ!!」
とは、隣から聞こえるレーナの声だった。
ダロスとヒューズを見ている間に、一方の戦闘も始まったようで、今はヴィンセントとコッドの方でも攻撃の応酬が繰り広げられていた。
お互いの武具は剣と斧。
普通に考えれば斧の方が頑丈さでは上のはずだった。
しかし、コッドが持っている斧は5合も持たずに壊れてしまい、コッドはヴィンセントの攻撃を、現状素手で対応していた。
「V様いけぇぇええええん! もう少しぃぃぃ!!!」
後ろの奥様が少しうるさい。
挙句によだれも鼻水も、両方出しっぱなしなので、私は普通に心配もした。
そこで、会場に残念そうな「ああ!」という皆の声が上がった。
見れば、コッドがヴィンセントの腹に重いパンチを入れていた。
ヴィンセントはその場で膝をつき、その間にコッドは武具を手に入れる。
ヴィンセントと同じ剣である。
コッドはすぐにもその場に戻り、ヴィンセントに対する報復を開始した。
ヴィンセントも立ち、応戦したが、筋力の差は歴然であり、ヴィンセントはみるみる押されて行った。
しかし、あともう少しという所でコッドの武器がまた壊れたのだ。
先とは違う安堵したような、「ああ」という声が会場に上がる。
どうやら会場の殆どの人はヴィンセントが勝つ事を望んでいるようだった。
「妙だな……」
私はここで疑問を感じた。
ヴィンセントの武器が頑丈なのだ。
コッドの武器は二度も壊れたが、彼の武器は一度も壊れない。
もしかしてこれは……
と、私が考えた、その直後に決着がついた。
ダロスがヒューズを倒したのである。
遮蔽物がある為にヒューズは見えないが、何度目かで拾ったその剣により、ヒューズを切り伏せてダロスが勝ったのだ。
ダロスは「ウォォォォォ!!」と雄叫びを上げ、北東門付近を目指して走った。
そこはコッドとヴィンセントが現在も戦っている場所だった。
ダロスはすぐにも戦いに参加し、現在素手のコッドに切りかかる。
コッドはそれを転がって避けたが、続く、ヴィンセントの飛び込み様の斬撃まではかわせなかった。
右肩から左脇腹にかけての背中を、一文字に切られてしまうのである。
この隙を逃すまいとして、ダロスが続けて切りかかった。
実質2対1である。
これではあまりにコッドが不利だ。
私はつい、我を忘れて、
「かわせ! コッド! 負けるんじゃない!」
と、コッドに応援を送ってしまった。
その応援に気付いたのかどうか、コッドはギリギリでそれをかわした。
そして、ダロスの剣の腹を殴り、拳で剣を破壊したのだ。
「よおおおおしいいぞ! いいぞコッド!!!」
私は完全に興奮していた。
「コッドいいですよね!? 熱いですよね!?」
「ええ! 奴は何か違う! 他の奴にはない何かを持っている!」
いつの間にかレーナと共に私はコッドを応援していた。
「センセイガコワレチャッタ……」
と、フェネルが言ったが気にしない。
フォックスがやたら笑っていたが、私はそれも気にしなかった。
レーナと共にコッドを応援し、彼が勝つ事を願っていた。
コッドは未だ劣勢だったが、腕力と体力に於いて二人を完全に圧倒している。
が、不意にコッドがふらつき、やっと掴んだ武器を落とした。
見ればダロスの動きも鈍い。
見ようによっては疲れて来たと、そう見えなくもない状態だったが、残るヴィンセントの動きと剣だけは以前と変わらない状態だった。
「やはりか……」
と、私は思う。
ヴィンセントの人気は絶大であり、多くの人は彼が勝利して生き残る事を望んでいる。
命を懸けたデスサバイバルゲームを勝ち抜いたとなれば、彼の人気も今まで以上だろう。
つまり、これはイカサマなのだ。
ヴィンセントが生き残る事を前提として、仕組まれていた茶番なのである。
ダロスやコッド、そしてヒューズは、その為の生贄であると言えよう。
おそらくはだが、食べ物か飲み物、どちらかに何かを混入されて、その影響で急激に動きを鈍くしているに違いなかった。
「何か変ですね……さっきまでと動きが全然違う……」
その事を薄々察したのか、レーナも怪訝な表情である。
「バテるのはやっ! 張りぼて筋肉だ!」
こちらは察していないフェネルだが、13才位で裏の事情を察してしまわれるのも気持ちが悪いので、これはこれで良しとしておこう。
「V様お見事ぉぉん!!!!」
そして、後ろの奥様の言葉で戦場に変化が起こった事を知る。
ヴィンセントがダロスを切り伏せたのだ。
本来の動きで挑めたならば負けなかったかもしれないのだから、ダロスとしては無念であろう。
ヴィンセントは続いて、地面に膝をつくコッドに向かって歩いて行った。
コッドが何かを言ったようだが、ヴィンセントはその足を止めなかった。
不敵な笑顔でコッドに近付き、右手に持っている剣を振り上げる。
「やれー! V様ー!!」
会場に居る女性達が殆ど同時に声を上げた。
「負けるな! コッド! 諦めちゃダメー!!!」
おそらくはだが女性の中で、唯一の応援をレーナが送る。
「そうだ! 諦めるな! 卑劣な罠に屈しては駄目だ!」
それに負けじと私が言った。
あくまで想像部分のそれだが、真実であればコッドにとって応援になると思ったからだ。
ヴィンセントが剣を振りおろし、コッドの体を正面から切る。
血が迸り、ステージの上をコッドの鮮血が赤く染めた。
「うおおおおおお! V様ぁぁ!!!」
大歓声が巻き起こる。
男女も、老いも、若きも関係なく、会場の殆どの人々が喜んだ。
だが、私とレーナは肩を落とした。
出来ればコッドに勝ってほしかった。
しかし、現実は厳しかったのだ。
が、直後に異変は起きた。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!」
という声を発し、コッドがその場に立ち上がったのだ。
会場が一気に静まり返る。
先ほどまでは勝ち誇っていたヴィンセントですら立ち尽くしていた。
コッドは血をまき散らしつつ、一歩、二歩とそのまま前進し、丸太のような腕を突き出して怯えるヴィンセントの頭を掴んだ。
ヴィンセントはもがき、コッドの腕を剣で何度か切り付けた。
しかし、空いていた片方の手で剣を掴まれて奪われてしまい、それを「ぐしゃり」と握り潰されて、「ひぃいいいい!!」という情けない声を上げるのである。
「ストオオオオップ! ストオオオップ! 試合終了! 試合は終了だ! 手を放せ!」
そこで先の進行役と、何人かの男がなだれ込んできて、コッドを遠巻きに囲んだ後に、手を放すように命令をした。
「誰の勝ちだ!!!?」
手を放さずにコッドが言った。
「誰の勝ちだ!!!?」
答えが返ってこない為に、コッドはもう一度それを言った。
進行役は迷ったようだが、
「しょ、勝者はコッド! コッド・エイガーーーー!!」
と、少し考えた後に宣言をした。
それを聞いたコッドは「ぶん」と、ヴィンセントを投げてその場に倒れた。
ヴィンセントは壁に激突したが、命には別状なさそうだった。
「ヴィ、ヴィンセント!? いかん! 医者だ! 医者を呼べー!」
進行役の男が叫び、何人かの男が走って行った。
そして、何がどうなったのか、1分も経たない内に戻り、進行役に何かを伝えた。
「お、お客様の中にドクターは居ませんか!? 心得がある程度の人でも良い! どうか力を貸してください!」
直後には進行役の男が、会場内に向けてそう言った。
私は少し静観したが、誰も名乗り出ない事を見て、やむを得ずフォックスと、右手をゆっくりと上げたのである。
ヴィンセントは軽傷だった。
軽い打撲と脳震盪だけだ。
これは思った通りの事である。
しかし、もう一方のコッドの方は重傷だった。
今回負った傷もそうだが、ここまで相当無理をしたのだろう、体のあちこちがボロボロだった。
診察中、私は違和感を持ち、何気なくコッドの顔色を見た。
コッドの体には人間であれば致命傷だと思われる傷がいくつも見られ、たいした処理もしていないのに、それらが殆ど回復していたのが違和感を持った理由であった。
果たしてコッドは「そうだ」と言って、「オレは人間じゃない」と小さく言った。
幸い、ここは個室であるので、私達以外には聞く者は居なかった。
「アンタもそうだな? なんとなく分かるんだ」
コッドに聞かれ、私が頷く。
続けてレーナを「ちらり」と見たので、そちらも分かっているのだろうと私なりに解釈をした。
「バーサーカーというやつらしい。怒り、興奮、色々あるが、強い刺激を感じてしまうとオレの中で何かが弾ける。そうなったらもう、自分でも止められん。ヴィンセントの命を奪わなかったのはたまたまオレに限界が来たからだ」
そうでなければ殺していただろう、自嘲気味にそう言って、コッドは苦痛で顔を歪めた。
バーサーカーとは魔物と言うよりは、精神的な何かだと言われる。
怒りの精霊に取りつかれた者、と、そう表現する者も居るが、私個人は脳になんらかの異常をきたした者だと考えている。
大抵の場合が怒りや興奮が、そのきっかけとなるからである。
その症状は破壊衝動の増大。
あらゆるものに敵意をむき出しにし、片っ端から壊したくなるのだ。
無論、生物もそれらに含まれる。
バーサーカーの前に居ようものなら、たちまち殺されてミンチが確定だ。
もし、バーサーカー状態の彼らに運悪く出会ってしまったら、速攻で逃げる事をお勧めしたい。
戦って勝てる相手ではないし、何より相手は人間である。
好きで、そうなっている場合を除き、相手もきっと戦いたくはないのだ。
「しかし、随分と無理をしたな……なぜ医者に診せなかった?」
言いながら、私は触診をする。
コッドの体はボロボロだった。
表面はともかく、内面がひどい。
コッドの年齢は30前後だが、臓器や、骨の年齢は、それを20から、30才は上回っていると予測された。
人は自分の全力を脳でコントロールしているらしい。
そうしないと自分の力で自分自身が傷つくからだ。
しかし、バーサーカーになってしまうと、それが機能しなくなるのだろう。
その為にコッドの体は、実年齢より遙かに傷んでいたのだ。
「医者か……医者に診せた所で、オレの病気は治らなかったさ。それにオレには無理をしてでも……成し遂げたい事があった」
コッドが言って体を起こした。
やはりはまだ痛むのだろう、片目を閉じて痛みに耐えている。
直後には胸に巻かれた包帯に「じわり」と血が滲み出て来た。
背中からも出血があったようで、台の上から血が滴った。
「ああ駄目だ……僕もう駄目だ……血生臭いのは駄目駄目だ」
その様子を見たフェネルが言って、白目になってふらつき始めた。
自称助手がなんたるザマか……
私は呆れ、フォックスに頼み、フェネルを外へ連れ出してもらった。
「レーナさん、手伝ってもらえますか?」
その一方でレーナにお願いし、包帯を巻くのを手伝ってもらう。
レーナはそれに「はい」と言って、快く手伝いを承知してくれた。
「成し遂げたい事ってなんですか?」
何気ない口調でレーナが聞いた。
そこは彼のプライベートな事なので、私が敢えて聞かなかった所だ。
「……オレはこの闘技場で生まれた。生まれた時から戦士だった。父には剣を、そして母には故郷の話を教えてもらった。オレはいつかは行きたいと思った。だが、奴隷の子として生まれ、戦士として生きるしかなかったオレにはそんな夢は幻想だった」
言いながら、コッドが腕を上げる。
その間に巻いた包帯の端をレーナに渡して留めてもらう。
「父が死に、母がどこかに連れられて行き、それから何年が経っただろうか。気付けばオレは闘技場の狂戦士として恐れられていた。何千人の男と戦い、何百人を殺しただろう。終わりの無い戦いにオレはもう何の希望も抱かなくなっていた」
そして、新しい包帯を持ったレーナが、後ろの私に手渡して来た。
それを留めて、息を吐いて、私はコッドの前へと戻る。
「そんな時だ。ある女に今回のサバイバルゲームへの参加が求められた。予選を勝ち上がり、決勝で生き残れば、そいつはオレを解放すると言った。だからオレは無理をしてでも、このゲームに勝ち残る必要があったんだ」
コッドが言って、両目を瞑る。
出血は今は収まっており、包帯を巻く作業も無事に終わった。
「すまんな。色々と手数をかけた」
私には返す言葉が無かった。
コッドの半生があまりに重すぎ、そして、あまりに過酷すぎたからだ。
この王国にも奴隷制があり、一部の奴隷がこういう扱いを受けているという事は過去に聞いていた話であった。
しかし、実際にそういう者と触れ合った事が無かった為にリアリティに欠けていたのだ。
今、こうして触れ合った後には、あまりに酷い事だと分かる。
どうにかしたい、と思いはするが、どうにも出来ないのが今の私だ。
悲しいが、それが現実だった。
「ともあれ、これでオレは自由だ。あれだけの前で宣言したんだ。今更勝利者を覆しはしないだろう」
「そうですね。もしもそんな事をしたら、私も先生も黙っていません!」
私に近い気持ちだったのか、レーナもそこは譲れないと、気合の籠った口調で言った。
私もそれには同感だったが、いざ、ごたごたが起こった時には結局レーナを頼るしかないので、「勿論だ!!」とは言えないのが情けなかった。
「自由になったらどこに行く?」
情けなさを押し込めて、私が代わりにコッドに聞いた。
「……ウルム。村の名前だが、どこにあるのかはオレにも分からん。この体が朽ちる前に辿り着けたら良いんだがな」
遠い目をして、コッドが言った。
「……辿り着けるさ。必ずな」
私がある事を決意したのは、そんなコッドを見た直後の事だった。
私とレーナの眼前には巨大な赤い竜が居た。
全長はおよそ50メートル。
その気になれば私とレーナ等、一口で「ぱくり」と行けるサイズだ。
かの名を古代竜のラーシャスと言う。
私は以前の一人旅で、偶然彼と知己を得ており、私達が聞いた事が無い地名であっても、彼なら知っているのではないかと思ってレーナと訪ねて来たというわけだ。
「ウルム……ふむ、ウルムな……」
成り行きを聞いたラーシャスが、巨体を揺らせて考え込んだ。
「それはそうとその女は、お前のつがいの女なのか?」
と、余計な事を聞いてきたので、「今はその話じゃないだろう……」と、困った顔で注意をしておく。
ラーシャスはそれを聞き、「ふふふ」と不敵に笑っていたが、唐突に「おぉ!」と声を発して、「思い出した」と直後に言った。
「何の事は無いここの地元だ。そうだな、南に5日という所か。しかしあそこは……」
そして、思い出せた村の場所を私達に話してくれたのである。
私達は全てを聞いて、礼を言って酒樽を置いた。
以前約束したというか、ラーシャスが興味を持っていたので、お礼の品として持ってきたものだった。
「気が利くな。それも奥方の入れ知恵か?」
「違うと言うのに……しつこい竜だ……」
私が言うとラーシャスは笑った。
レーナも楽しそうに笑っていた。
「それではな。また来るよ」
「期待せずに待っている」
ラーシャスに別れを告げて、私とレーナは我が家へと戻った。
ドリアードゲートを使ったお蔭で、たいして時間は経って無かったが、今は私の家で待っているコッドは首を長くしているはずだ。
私とレーナはまだ陽が高い我が家への道を早足で歩いた。
目の前の風景には何も無かった。
石や、木は存在したが、人間の住むべき建物は無かった。
広大な荒地が広がっていたのだ。
そこはコッドが求める場所で、昔ウルムと呼ばれた村だった。
数十年前、戦に巻き込まれ、村人達は連れ去られ、住んでいた場所は焼き払われた。
以来、誰も住む事が無く、今に至っている訳である。
私とレーナはラーシャスにこの事を教えてもらってはいた。
しかし、ついにコッドに言えず、この場まで連れて来てしまったのだ。
コッドは今立ち尽くしている。
彼は何を思っているのだろう。
ようやく自由になれたというのに、求める場所がこんなもので、彼は報われているのだろうか。
余計な事をしたのかもしれない。
知らない方が良かったのかもしれない。
幻想のまま、美しいまま、知らない故郷を想ったままで辿り着けない方が良かったのかもしれない。
私はふと、そう思った。
「イアン先生」
唐突に、コッドが口を開いた。
振り返り、私達の顔を見る。
「良かったよ。自由になって。母の故郷に来る事が出来て」
そう言ったコッドの顔には初めて笑みが浮かんでいた。
コッドはその地に残ると言った。
父と母の大切な場所で、畑を耕しながら余生を送るらしい。
私にも一応故郷はあるが、生まれ、育った場所に戻った時には、彼と同様、感じるものがあるのだろうか。
もし、それが感じられるなら、もう一度行って見るのも良いのかもしれない。
戦士として生まれ、人として生を終える。
コッドの人生が今後は豊かで、幸せである事を私は祈っている。