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フェネルの初恋

 珍しく、フェネルが命を救った。

 と言っても人間の命では無く、クモの巣にかかった蝶の命をだ。


「珍しいな」と、私が言うと、「3日に1度は良い事をする自分ルールがあるんですよ」と、平然とした顔でフェネルは言った。


 つまり、フェネルは残り2日と、残りの∞回数は良い事をしてないという訳なのだが、そこは意識をしていないようだ。


 フェネルが珍しく良い事をしたこの日から数日が経った後に、フェネルは人生で初となる恋をしてしまう事となる。

 その相手はなんと人間では無く、私だけが知っているとある魔物だったのである。




 とある日の午後17時頃。


 学校を終え、いつもどおりにやってきたフェネルは診察室へと入ってきた。

 その時は診察中だったが、一応フェネルは助手という肩書きを持っている。

 なので、邪魔をしないのならばいいかと何も言わずに放置していた。


 診察中の患者は「ドワーフ」で、どうやら腰を痛めてしまいヘルニアになってしまったようだった。

 私は鎮痛剤を一袋と、彼のために調整したコルセットを渡し、しばらく様子をみましょうと言った。


 それでも酷くなるようならば手術をすると私が言うと、ドワーフは「冗談ではない」と言って、逃げるようにして帰って行った。

 彼にはかわいそうだが、本当にヘルニアが進行したら手術をせざるを得ないだろう。

 料金は交渉された通り、親指大の金の欠片だった。


「どうした? 今日はヤケにおとなしいな?」


 言葉の対象はフェネルである。

 いつもであれば絡んでくるか、もしくは「ゴソゴソ」と落ち着き無く何かをしているフェネルであったが、どういう訳か今日は静かに椅子に座って「じっ」としていた。


「……」


 フェネルはそれには何も答えず、立ち上がって患者用の椅子へと移動。

 その後に膝に両手をついて、枯れるような声で、


「お願いしまぁ~ス……」


 と言って来た。


「何のマネだ……?」


 顔を顰めて聞くも無反応。


「フェネル・アンブレー。13歳でェす……なんか体がおかしいので診察をお願いしたいのでェす……」


 最初、私は冗談か、フェネルのおふざけかと思っていたが、それ以降口を閉ざし、黙ってしまった所を見ると、どうやら本気で診察を希望しているように見えた。


「あ~……じゃあ聞こう。体がおかしいとは具体的には?」


 故に、フェネルの要望を聞き、一応、診察してみる事にした。

 微妙に気分が乗らない理由は、なんだか気持ちが悪いからだ。

 なにしろいつものフェネルではない。

 いきなり頭が「パカリ!」と割れて、寄生虫が飛び出して来ても不思議では無い雰囲気だ。


「胸が……どきどきするんです。心臓が口から飛び出すくらい。でも苦しいだけじゃなくて、なんかあったかいものもあって、そうなったら他の事なんて全然頭に入らなくて……先生、僕、どうしちゃったの?」


 聞いた私は心の中で「あ~」と、1人で納得した。

 フェネルはおそらく恋をしたのだ。

 そして、それが恋だと分からず、私に相談しに来た訳だ。


 ここで素直に「それは恋だ」と、教える事は簡単だったが、常日頃から私はフェネルに随分と「お世話」になっていた。

 多少、いじめてやりたい気持ちが、鎌首をもたげて起き上がってくる。


「な、なんと、それは大変だ!」


 故に、私はペンを落とし、それが、さも大病であるかのようにわざとらしく驚いてみせた。


「これからは戦いの毎日だぞ。辛いだろうが頑張れよ……」


 フェネルの肩を「ポン」と叩き、私は顔を逸らして泣いた(フリ)。


「えっ!? い、一体なんなんですか!? 僕、もしかして死んじゃうの!?」


 フェネルが私の肩を掴み、必死の形相で聞いて来る。


「私には言えん……! あまりにも酷すぎる!」


 それには立ち上がり、カルテを置きながら、首を振って私は答えた。


「嫌だぁぁ! 僕はまだ死にたくない! 助けて先生! なんでもします! 靴だってケツだって舐めますからぁァァ!」


 私の足にすがりつき、フェネルが本気で泣き出した。

 流石にやりすぎたとここで反省し、頭を掻いてフェネルを見下ろす。


「ま、まぁ落ち着け。実は、その、たいした病気では……ないかもしれない」

「ホントですか!? 助かるんですか!? あの日の雪をまた見られるの!?」

「い、いや、あの日の雪までは知らんが、少なくとも冬等は普通に越せる、と思う……」


 フェネルの顔は水分だらけ。

 目には涙。鼻からは鼻水。

 本当に酷い状況だ。

 しかし、そうしたのは私でもある為、そこには若干の罪悪感を覚えつつ、「まぁ座れ……」と、着席を促した。


「ううっ、ひっぐ……死にたくないれすぅ……」


 一言言って席に着き、涙を拭ってこちらに向かう。

 私はひとつ咳払いをしてから、本当の事を教えてやった。


「……あー、実は、だな。それは多分、恋だと思われる」

「えっ?」

「お前、胸がどきどきする時、特定の女の子を見て無いか?」

「……見てる」

「……やはりな。ならばもう間違いない。お前はその子に恋をしていて、その子の事が好きだから胸がどきどきするんだよ」


 フェネルはそこで泣くのをやめた。


「この嘘つき大王がァアア!」

「オアアー!!!?」


 そして、フェネルは私の股間を「グー」で殴りつけてきたのであった。

 流石の私も椅子から落ちて、声にならない声を出し、診察室の床を転げまわった。


「で、僕はどうしたら、このどきどきをおさめられるんですか?」


 転げまわる私を見下げながら、強気の態度でフェネルが言った。

 もはや立場は完全に逆転して元通りになっていた。


「知るか……ッ! 告白してふられるなり、受け入れられるなりすればおさまるだろうよ……っ!」


 激痛に耐えながら、搾り出すような声で私は言った。


「告白……ってなんですか? 必要なものなの?」


 と、フェネルが真顔で言った事で、私はフェネルに告白とは何かを教える羽目になるのである。




 股間を殴られてから数分後。

 ようやく激痛から脱した私は、告白の仕方というものをフェネルに教えてやっていた。


「告白とはつまり、自分の気持ちを聞かせる事だな。君が好きだ、とか、嫌いだとか、あまり公表したくない事を素直に相手に聞かせる事だ」

「へ~……で、告白する意味ってなんなんですか?」

「まぁ状況にもよるだろうが、大抵は相手の気持ちを知る為に告白するのが普通だろう。自分は相手を好きだけど、向こうは自分を好きなのか、それを知りたい為に告白し、向こうの気持ちを聞くわけだな」

「交換条件みたいなもんですね?」

「そう……考えられなくも無いが、それは曲解しすぎかもな」

「うーん、いまいち意味がわからないなぁ。告白して相手の気持ちを聞いて、それからどうなるんですか?」

「どうなるってお前……それは色々だろう。受け入れられれば付き合うだろうし、拒否されたら諦めるしかないだろう」

「付き合うって?」

「そんな事も分からないのか……つまりアレだ、突き詰めるなら結婚して、家族として暮らす前準備として、一緒に居ようと約束するようなものだ」

「えっ!? マジで!? 付き合うってそういう事なんですか!?」

「個人差は多少あるとは思うが、大抵はそういう意味だろう」


 結婚の意味はわかったらしく、フェネルはそこで聞く事をやめ、「結婚か、そうか結婚かぁ」と、1人でぶつぶつと呟き始めた。


「ちなみにだが、相手は誰なんだ?」


 ふと、そこが気になって、私はフェネルに聞いてみた。


「えー、なんか言いたくないなぁ。先生に話すとフラれそうだし」

「どういう意味だ!?」

「なんか、失恋癖がうつりそうっていうか、駄目駄目なオーラが伝染しそうなんですよねぇ」

「……」


 今更そんな事で傷つきはしないが、気には障る物言いである。

 一瞬、本当に興味があったが、急速にそれが失せるのを感じた。


「今度、何かをおごってくれるなら仕方ないから教えてあげますよ」

「いや、いい。興味が失せた。お前が誰に興味があろうと私には関係の無い事だしな」

「またまた~、気になってるくせに~」

「いや、ホントどうでもいい。むしろ言うな。謝るから」

「先生は素直じゃないんだから。わかりました。教えますよ」

「……」


 とんだツンデレちゃんである。

 素直じゃないのは一体どっちだと。

 本当は私に言いたくて仕方が無かったのではないかと。


「あーすまんな。本当は言いたくないのだろうに」


 文句を言いたい気持ちをこらえ、私はフェネルにそう言った。

 わざとらしく皮肉めいた口調で言ったが、フェネルはどうせ気付かないだろう。


「ホント、先生のわがままには疲れますよ」


 フェネルが「ふぅ」と息を吐く。

 やはり皮肉には気付かなかったようだ。

 誰かがこいつを殴ってくれるなら金貨1枚までなら出そう。

 そんな事を密かに思いつつ、呆れた顔で続きを待った。


「僕がぁ、今ぁ、気になっているのはぁ……転校生のシェリルちゃんなんです!」


 くねくねと体を動かしながら、気持ち悪い口調でフェネルが言った。

 正直「フーン……」と言う感想しか抱いていなかったので、私はそれを完全に無視。

 薬品に書かれたメーカーを見て、「(あ、ここが作っていたのか)と、関係の無い事で感動をした。


「ちょっとぉ! 聞いてるんですか先生! シェリルちゃんですよシェリルちゃん!」

「ああ、一応、聞いてるが……?」


 一体どうして欲しいというのか。

 フェネルの要望が分からない為に、私の反応はそんなものだ。


「聞いてるが……? じゃないでしょうよ! もっと驚いてくださいよ!」

「いやぁ、そのシェリルちゃんとやらがどういう子なのかわからないしな。驚け、というのは無理な話だろう」

「メチャクチャ可愛い子ですよ!! なんかこう、ツン、としてて、僕なんか全く相手にされてませんもん!」


 それはすでにその時点で恋の成就は無いのではないか。

 私は内心で思ったが、言葉にするのはよしておいた。

 そして、その言葉の代わりに、


「そんなツン、とした子を相手に、お前は告白できそうなのか?」


 という、オブラートに包んだ言葉を送っておいた。


「えっ? あっ? そうだなぁ……そもそもなんて言うべきなんでしょう……? アンブレー家の一員になってくれ! とか?」


 それは男らしすぎるというか、一気に2、3段階飛ばしているような感じがした。


「好きだ、付き合って欲しい、で良いだろう。どこが好きなのかを具体的に言えば、真剣な気持ちも伝わるかもな」

「なるほど……じゃあ先生見本を見せてくださいよ」

「は?」


 直後の言葉には顔を顰める。

 何を言った? と言わんばかりの顔だろう。


「レーナさんに理由を話して、告白の実演をしてくださいよ」

「……お前はバカか? 出来るわけが無いだろう?」

「してくださいよ! してくださいよ! しーてーくーだーさーいーよー! ってかしろ!」

「駄目だ! そんな事は絶対でき……」

「あ、そうか。先生はレーナさんの事が好きだったんだ。だったら練習とか頼めないかあ~?」


 その言葉は的を射ていた。

 しかし、それを否定する為に、私はフェネルの挑発を受け、「やってやろうじゃないか!」と、実演を引き受けてしまうのである。




 レーナにはしっかりと理由を話した。

 あくまでこれはフェネルの為の、例としての告白の実演であり、私の言葉や行動に深い意味は無いのだと。

 だから変に意識をしたり、笑ったりして欲しくはないと。


 レーナは「わかりました」と微笑んで、告白の実演の相手となることを承知してくれた。

 私とレーナ、そしてフェネルは応接室へと移動する。


「はい! じゃあ実演開始!」


 そして、フェネルが手を叩いた事で告白の実演が開始されたのだ。

 これが本当のものではないと頭ではわかっているものの、いざ、レーナを前にして私の体は緊張していた。

 まず、何を言うべきなのか、それすら分からず沈黙していた。


「ちょっと! なんか言ってくださいよ! それともそうやって黙ってるのもテクニックの1つなんですか!?」

「い、いや、そういうわけではないが……」

「なら喋って! イッツスピーク!」


 私とフェネルのやりとりを見て、レーナが「クスリ」と微笑んだ。


「あ、すみません。笑うのはナシでしたよね」


 右手で口を隠しつつ、レーナが私に謝った。


「え、ええ、出来れば、あ、今はまだ大丈夫ですが」

「ちょっとぉ!」

「わかった! 悪かった!」


 フェネルにひと言謝ってから、私はひとつ、咳をした。

 喉が痛んだというわけではなく、「さぁ言うぞ!」と自分自身に言い聞かせる為の行動だ。


「レ、レーナさん。私がこれから話す事をしばらく黙って聞いて欲しい」

「はい」


 私の言葉にレーナが頷き、フェネルとレーナがそこから続く私の次の言葉を待った。

 私は「ごくり」と息を飲み、そしてもう1度咳をして、それからようやく言葉を続けた。


 「私は……私はレーナさん、貴女の事がとても好きだ。貴女と居ると楽しいし、嫌な事も忘れられる。私は貴女と一緒に居たい。もし、貴女が私と居て同じ事を思ってくれるなら、私と付き合ってみて欲しい」


 私はそれを一気に言い切り、そして大きく息を吐いた。

 額にはじんわりと汗が浮かび、そしてなんだか喉が渇く。

 まったくもってなんてざまだろう。


 本当のものでは無いとは言え、一応の告白だった為かレーナの答えが少し気になった。

 だが、それは返されずとも今は問題の無いものである。

 私はフェネルに「こんな感じだ」と言い、実演に付き合ってくれたレーナに礼を言おうと向き直った。


「わたしも、先生の事が好きでした。小さい頃から、ずっと、ずっと」


 私の思考は停止した。

 これは一体どういう事か。

 答えは必要なかったのだが、リアリティを出す為にレーナは敢えて言ったのだろうか。


 それともレーナのその言葉は真実の気持ちから出たものなのか。

 レーナは瞬きひとつせず、私の顔を真っ直ぐ見ていた。

 その表情は真剣で、リアリティを出す為に演技をしたとは思えなかった。


「なるほど! 告白ってこんな感じなのか! 先生ありがと! 参考になったよ!」


 フェネルが大声でそう言って、納得した様子でソファーに座った。


「シェリルちゃん、これから僕が話すことをしばらく黙って聞いて欲しい…か。よしよし、覚えたぞ」


 どうやらフェネルは私の言葉をそのまま盗作する気のようだ。

 それはまぁ、問題無い。

 好きにしてくれて構わない。


 今の私はそんな事より、レーナの真意が気になっていた。

 レーナをちらりと見ると微笑んでおり、先程までの表情と雰囲気はすでに消えていた。

 先程の言葉の真意をレーナに聞いてみても良いが、それをするのは少しばかり必死すぎるような気がした。


 自意識過剰と思われてしまうかもしれない。


 結局私はそれを聞けず、レーナの真意が分からないまま生活を送る事になるのであった。




 告白の実演を見せた日の翌日、フェネルはシェリルに告白した。

 どうやら私が使った言葉をそのまま盗作してしまったらしく、


「本当にそれはあなたの言葉? 誰か、大人の人に言われて、そのまま使った言葉なんじゃないの?」


 と、疑われて保留となってしまった。

 フェネルは私に報告に来て、「ホラ見ろ! やっぱりフラれたよ! アンタの負け犬オーラのせいだよ! 一生恨んでやるからなちくしょう!」と、脛を蹴りあげて帰って行った。


 抗議したい事は色々あるが、当の本人がそこには居ない。

 私はやむをえず不満を噛み締めて家の中へと戻るのである。


 それから10分程が経ち、玄関の呼び鈴が再び鳴った。

 さてはフェネルが戻ってきたな、と、そう思った私はそれを放置し、診察室の片付けを続行する事にしたのであった。


 時間はすでに19時半。

 患者が訪ねて来るという事は殆どありえない時間と言える。

 それに、診察中の看板も中に戻る時に下ろしたので、可能性的にはやはりこれはフェネルである確率が非常に高かった。


「はーい! 少々お待ち下さーい!」


 が、呼び鈴はしつこく鳴り響き、ついにはレーナが玄関へと向かう。


「あの、先生……お客様が」


 そして、連れられてきた1人の少女により、私は再び片付けを中断させられる事となったのである。




 少女の名前はシェリルと言った。

 髪の色は赤色で(この世界では珍しい)、ストレートの長い髪を背中で1本にまとめている。


 年齢は見た目では17、8才。

 しかし、本人が言った所では、それでも14才と言う事だった。


「(どこかで聞いた名前だな……)」


 そう思っていると、「お久しぶりです」と続け、シェリルは私を疑問させた。


「会った事が?」


 と、質問すると、シェリルは短く「はい」と答えた。

 どこで会ったかが思い出せず、眉根を寄せて疑問する。


「お忘れですか?」

「忘れるも何も私は君とは……」


 やがてはシェリルがそう言ったので、思い当たらない旨を伝えた。


「じゃあこれを見て下さい。これを見ればきっと思い出しますよ」


 シェリルが言うなり立ち上がり、後ろを向いて背中を見せる。

 そして、突然に服を脱ぎ始めて、私とレーナを狼狽させた。


「なっ……何を! よ、よしたまえ!」


 右手で顔を覆いつつ、しかし見ながら私がそう言う。

 レーナはシェリルに一歩を近付き、それを止めようと試みかけた。


「!?」


 が、シェリルの背中にあるものに気付き、二人で揃って動きを止める。

 そこにはまるで蝶のような白い羽がはえていたのだ。


 それを見た私は直感した。


 数日前フェネルが命を救った蜘蛛の巣にかかった蝶の事を。


「まさか君はあの時の……?」

「はい、あの時助けてもらった蝶です」


 シェリルの正体は蝶だった。

 私はその時そう思ったが、詳しく話を聞いてみると、蝶に化けて遊んでいたフェアリーと言う種族の少女というのが彼女の本当の正体だった。


 言葉の通りフェアリーは「妖精」で、普段は私達とは違う次元で生活をしている生き物である。

 だが、時折こちらの世界に来ては、人間や魔物に悪戯したり、昆虫や小動物に変身しては森の中で遊んでいるらしい。

 そのフェアリーの本来の姿は、人間よりも少し小さい美しい女性の形をしていると言われている。


「なぜ妖精である君がこちらの世界で生活を? 君がフェネルの好き……いや、知っているシェリルなら、学校に行っているとまで聞いているが」

「フェネル君にお礼が言いたかったんです。学校に行って、仲良くなれば、お礼が自然に言えると思って」

「(それが悲劇の始まりか……)」


 それは即ちフェネルの恋。

 シェリルが人間であるならまだしも、分類的には魔物であるフェアリーという種族であるからにはフェネルの恋は実らないだろう。


「(哀れフェネル。安らかに眠れ)」


 今は居ないフェネルに向けて、私は「合掌」の念を送った。


「それで、あなたはどうしてここに?」


 質問したのはレーナだった。

 私は少しうっかりしていた。

 シェリルが正体を見せる為だけに訪ねてきたはずはない。

 何か言いたい事があってやってきたに違いないのだ。


「実は……フェネル君に告白されて、どうしたらいいのかわからなくて……」


 私とレーナは顔を見合わせた。

 何だか意外な展開である。


「君の気持ちは?」


 と、一応聞くと、シェリルはしばし沈黙し、唇を噛んで考えた後に、


「好きです。フェネル君の事が」


 と、私達の顔を見て言ったのである。

 私は正直「ありゃぁ~」と思った。

 レーナも「あらあら」と思っただろう。


 彼女はそう、答えはイエスだが、自分が人間では無い為にどうしたら良いのか分からなくて私達に相談に来たのである。

 相手がフェネルで無いのなら、私は間違いなく「付き合え」と言ったが、相手がフェネルである限り、無責任に「付き合え」とは言えなかった。


 フェネルは情緒不安定だし、なんでも人のせいにするし、危険が迫るとすぐ逃げ出すし、優しさの欠片ももたない男だ。

 男女の交際の基本部分がいくら本人達の気持ちと言っても、私がシェリルの親だったなら間違いなく付き合いを許さないだろう。


 それほどおすすめできない性格の持ち主なのだ。


「やめた方がいいな」


 気付けば私は冷静に言っていた。


「やっぱり先生もそう思いますか」


 と、レーナが渋い顔で同意してくれた事は嬉しいけれど寂しい事だった。


「……」


 私とレーナに否定され、言葉を失ったシェリルが俯く。


「第一、君達はまだ若い。付き合うとか付き合わないとかは、もう少し大人になった時でも十分だろうと私は思うが」


 ちょっと可哀想になった私は、若干前進的であり、明るめの意見を提案してみた。

 その意見にはレーナも賛成なのか、「うんうん」といった感じで頷いていた。


「わかりました。相談に乗ってくれてありがとうございました。わたし、フェネル君に全てを話してみます」

「えっ?」


 私とレーナは殆ど同時に、少し間の抜けた声を発した。


「自分がフェアリーである事や、今は結婚できないという事、それともう少ししたら家に帰ってしばらくこっちにこれない事を全部話してみようと思います」


 私達の意見は無駄だった。

 いや、シェリルにしてみれば、その結論を出す為には私達の意見は必要だったのだろう。

 悩みを聞いてもらうことで決断できるというのはよくあることだ。


 だが、シェリルの事を思い、「やめとけ」と言った私達の優しさは彼女には届かなかったのである。


 もしもこの恋が成立したら。


 人の話を聞かないという点で私を苛立たせる連中がカップルになると言う事になる。

 そうなったら家を売って、どこかの田舎に引っ越そう。

 私はこの時そんな事を半ば本気で考えていた。




 シェリルはフェネルに全てを話した。

 自分が人間では無い事や、今は結婚できないという事。

 もう少ししたら家に帰り、しばらくはこちらにこられない事を。


 そして、それを話した上で、もう少しして大人になって、結婚ができる年になったらまた告白してくれるかと、フェネルに質問したのである。


 フェネルは「人間だって魔物みたいなもんさ!」と、シェリルが魔物である事を無視した。

 シェリルの全てを受け入れて、将来告白する事をシェリルに約束したのであった。


 手を繋ぎ、プロウナタウンまでの道を2人は仲良く歩いて行った。

 その際に私の方を見て、フェネルは「ニヤリ」と微笑んだ。


「僕はアンタとは違うんだよ」と、言わんばかりの汚い笑みだった。


「しかし……」

「?」


 私が呟いた事に気付き、レーナが私の顔を見た。


「あいつ(フェネル)はわかっているのかな。妖精界の時の流れが、こちらとは違うのだという事を」


 妖精界の時の流れはこちらの世界よりかなり遅い。

 妖精界での1日が、こちらでは10年なんて事も普通にありえる話なのだ。


 つまり、シェリルは1度帰ると、もしかしたらこの先数十年はこちらの世界には戻って来ない。


 しかも、こちらは年をとるが、向こうはあまり年をとらない。

 数十年後、50のフェネルと20のシェリルが再会しても何の意味もないだろう。


「あいつは……待っているのかな……」


 遠ざかっていく2人を見ながら、感慨深げに私は言った。


「待っているんじゃないですか」


 そう言ったのはレーナだった。


「わたしだったら、きっと待ってます。何十年でも、何百年でも」


 レーナが言って、振り返り、家に戻る為に歩き出した。

 そしてその途中で止まり、


「先生の答え。待ってますから、いつか聞かせてくださいね」


 小さな声でそう言って、家の中に入って行ったのだった。


「れ、レーナ!? それはどういう!?」


 私は慌ててレーナを追った。


 太陽は沈み、夜が訪れ、また1日が終わろうとしている。

 ……明日はレーナを街に誘い、闘技場にでも行ってみるか。

 私はそう思いながら、玄関にかけてあった「診察中」の看板をおろした。


しかしシェリルはこの後に……

とりあえず10話です。ありがとうございました!

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