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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第二章 自由に集う星々編
61/63

Episode:055 月と星の相克


 先手をとったのは限だ。

 キュアレーヌス・セレネは大量の魔力を込めたランスで牽制しながら、高速で敵との相対距離を詰める。

 一方、サカは機敏な動きで槍をかわしつつ“イチライ”で迎え撃った。


三結(さんけつ)を断ち、三毒(さんどく)を薄め、我、天地を往還せん――消えろッ!』


 限の眼前に突如として時空の扉が出現する。

“空の彼方”――宇宙へと続く扉が、空気、炎、灰、焦土を次々に吸い込んでいった。


 その吸引力で蒼い月光を放逐した、と思われた時、起動陣の両端から槍を持った力場の腕が4本、伸びてくる。起動陣をブラインドにしながらの奇襲だ。

 キュアレーヌス・セレネの推力なら、吸引力に逆らう事も可能。

 前回はダアトの指示があったからあえて吸い込まれただけだ。


 伸びてきた力場の腕が、槍を投げ放った。

 サカの魔術障壁では直撃必死。


 偽神猫は飛翔魔術をキャンセルし、空から地上に飛び降りるようにして投槍をかわした。

 空手になった力場の腕が、サカを捕まえるために上空から追撃してくる。

 その間、蒼い月光本体もじっとしていない。

 華麗な受け身からすぐ起き上がり、地上を疾走する偽神猫の正面から、魔術障壁をまとったキュアレーヌス・セレネが突っ込んできた。

 本体と力場の腕による十字砲火がサカを追い詰める。


()ッ!』


 キュアレーヌス・セレネの攻撃が当たる前にサカが吠え、偽神猫はイチライの起動陣内に消えた。

 サカに速度で勝るものは存在しない。

“戦場の霧”や“正しい偽りからの起床”のような派手さはないが、“イチライ”の戦闘における応用力は図抜けている。見えるところは記憶に鮮明なため、有視界範囲ならいつでもどこでも瞬間移動できるのだ。


 限は敵を一時的に見失う。

 警戒するキュアレーヌス・セレネの背後の空に、花弁のような形の起動陣がひっそりと出現した。

 そこから偽神猫が躍り出る。

 精霊の警鐘を受けて限がキュアレーヌス・セレネを振り向かせるよりもはやく、偽神猫が剣を突き込む。


 限は最初から魔術障壁を全開にしていた。

 竜の吐息くらいでなければダメージを受けない。

 受けて反撃。

 そう考えていた限は、機体の至近距離に出現した起動陣を見て、反射的に声をあげる。


『やられる――!?』

『落ちろ月光ッ!!』


 機体と魔術障壁の隙間に現れた起動陣から剣の切っ先が現れる。

 その一撃で勝敗は決した。


『左肩部損傷』


 以前の限だったら、だ。

 限は直観的に機体をそらしていた。

 一騎討ちの訓練で培った経験が、コンマ数秒の生死を分ける。

 コックピットをそれた剣先が、キュアレーヌス・セレネの左肩を貫通していた。

 限は、モニタに表示される警告メッセージを無視して機体を前に出す。


『左腕はくれてやるッ!』


 相手の手が届くという事は、自分の手も届くという事。

 片腕が使えなくなるのもいとわず、AMFの腕で敵起動陣に槍を差し込む。

 慌てて飛び退いた偽神猫をランスの切っ先が掠め、右ひざから先が吹き飛んだ。


 偽神猫は片足で着地する。バランスが悪くなった機体を、尾部のパーツで支えていた。

 左腕を失ったキュアレーヌス・セレネの方は、代わりの腕がいくらでもある。

 一進一退の攻防を終えた2体のグリモアは睨み合った。


『厄介だな……』

『厄介ね!』


 2人は帝国公用語と共和国語で同じことを口走る。

 

『手段は選べないか――』


 独り言を限が呟く。


『AMF、モード・アンリストレイント、フルバースト』


 蒼いグリモアに起きた変化を見たサカは、顔をしかめる。


『こいつ、どれだけデタラメなのよ』


 蒼いグリモアから何十本もの腕が生え、その周りに同じ数だけ槍が浮かぶ。

 質量を感じさせるほど折り重なった腕と槍が隙間なく並び、全方位に穂先を向ける様子は、古代ギリシャの重装歩兵が用いた密集陣形ファランクスを彷彿とさせた。


『……行くぞ』


 全身を魔力の凶器で包み込んだ蒼白い球体が、偽神猫を狙う。

 攻撃が届く前に偽神猫が起動陣に身を投げ出した。

 一秒前までサカがいた大地が爆裂する。

 そのすぐあと、キュアレーヌス・セレネの近くに起動陣が描かれた。

 が、瞬きの間に腕と槍が殺到する。サカは攻撃を断念せざるを得ない。

 いったん遠くに避難したが、次はところかまわず投げられている槍が彼女を襲った。

 再び偽神猫が起動陣に消え、現れた場所にまた槍が降り注ぐ。この繰り返しだ。


『攻撃する暇は与えない』

 

 限は動き回りながら、一撃必殺の攻撃を広範囲に照射し続けた。

 サカはキュアレーヌス・セレネへの攻撃タイミングを掴めず、一ヶ所に留まる事もできない。

 どこに姿を現しても槍の弾幕がサカを出迎える。

 月が通過した地面はならされ、火災が鎮まっていった。

 

『こんの、化け物がァッ!!』


 悪態をはきながら地面近くに描かれた起動陣から現れた偽神猫を、ろくに狙いも定めずに撃たれた槍の一本が強襲する。

 その姿が爆煙にのまれた。

 破軍四星がこの程度で終わるはずがない、と考えた限は攻撃を続けながら飛び回った。

 暫くしてから、一向に姿を現さない敵を不審に思い、蒼い月光は動きを止める。


『逃げたのか?』


 限はいぶかしむ。

 家族を殺されたサカの心情を考えれば、逃げるようなことはしないと思っていた。

 油断せずにまわりを走査するキュアレーヌス・セレネの頭上に、巨大な起動陣が浮かび上がった。


『なんだ?』 


 そこから巨大な影がいくつも飛び出てきた。

 1つ、2つ、3つ、4つ――どんどん増えていく。


『20メートル級の竜種。数、20、30――まだ増えます。脅威度は古竜3匹以上と推定。どうしますか?』


 最終的に50体以上になった竜の群れは、いきなり違う環境に放り込まれた事を大いに怒っていた。

 その怒りをぶつける獲物を、竜たちは本能的に見定める。


『逃げも隠れもしない、全部まとめて正面からブッ飛ばすだけだ』


 蒼い月光は、複数の眼光と唸り声に臆することなく、魔力たましいを輝かせた。





 //





 彼女は、自分が何をしているのかよくわかっていなかった。

 それなのに自分の正しさを確信していた。

 根拠のない自信と勇気が無限に湧いてくる。

 疑いようのない正義は、途方もない多幸感を彼女にもたらした。

 他の事がどうでもいいと思えるほどの幸せは、同じだけ別の何かを彼女から奪っていた。

 大事なことを忘れているような気がするが、思い出せない。


 わからない。けど正しい。


 その矛盾から目を逸らしたまま、傷つき壊れかけた赤黒いグリモアを操って、炎上する自由都市が一望できる高台にたどり着いた。

 グリモアを着地させて、コックピットを開ける。

 転がるように出てきた彼女は地面に倒れ込んだ。


「主の御心を、ち、地上に、広める、使命をおびた私は、負けない――私は、死迷しめいの聖女なのだから――」


 聖女は、上手く回らない自分の舌に戸惑いながら、どうしてここに来たのかもわからずに、地べたを這いずっていく。

 舌だけではなく、全身が思うように動かない。

 自分の体がどうなっているのかすら、彼女はわかっていなかった。

 それでも進まなければならない。

 戻らなければならないのだ。


「信じるものは勧めるものではなく自ら選ぶもの……目から鱗が落ちる思いでした」


 地を這う聖女の前に、2人の人物が現れた。


「より良い布教のために、異端者自身に苦役を与え、無知ゆえに盲目になった信仰のまなこを啓ければと思ったのですが、万事が上手くはいきませんね」


 2人の人物の片方――滔々(とうとう)と語る女性の足首を、聖女は掴む。

 見上げた聖女の顔を、炎が照らし出した。


 その顔に瞳はなかった。

 あるべきところに眼球はなく、皮膚から蛆が湧き、頬骨が覗く。

 対照的に豊かで美しい曲線を描く身体を欲するように、聖女は女性の足首から太ももへ手をかけていき、不自由な身体をもたげる。

 すると聖女の腰から下がもげ落ちた。


「私――私は――誰?」

「オフィーリア・ミレイ“だった”ものです」

「な、にを――言っている、の? き、きさまは――なにもの、だ?」


 ろれつの回らない聖女に対して、出来の悪い子供をさとす母親のように、女性は優しさと慈しみを込めて言った。


「貴女にはもう名乗ったはずですよ? 返答は非礼なものでしたが、赦します。おかげで素晴らしいえにしに恵まれましたから……何か言いたげですね? “禁を解きます、自由にしなさい、クイーン”」


 直後、ずっと無言だった男――スティーブン・クイーンが、目にもとまらぬ速さで動いた。

 彼は女性に縋りついていた聖女を引き離し、その頭を思いっきり踏みつぶした。

 度重なる戦闘による損傷と腐敗で脆くなった頭蓋はあっけなく潰れ、オフィーリア・ミレイは今度こそ事切れる。

 潰れた頭と、千切れた身体を丁寧に集めたスティービーは、高台に放置されていた布切れでそのすべてを奇麗に包み、燃え盛る炎の中にくべた。

 目をつぶって弔ったあと、スティービーは改めて女性に詰め寄り、その胸元を乱暴に掴みあげる。


「糞イカレ女、趣味が悪すぎるぞ……」


 襟首を捻り上げるようにしながら、スティービーは言った。


「機体のダメージが4割を越えたら私のもとに戻るように設定していました。パイロットがこれほど損壊したのは、私の本意ではありませんよ?」

「そういう事を言ってんじゃねェよ……」

「ミレイさんの魂は、“どんな事をしてでも、どんな風になっても生きていたい”と、ガオケレナ大森林(あの森)で願っていました。“隠れしもの”を葬った彼女の献身には報いたつもりですが……」

「人の事は言えねェが……てめェは俺でも引くレベルの、筋金入りだ――ノイシュ・カシュル」


 炎に照らし出された女性――ノイシュは三日月のように口をゆがめていた。


「それよりも“あの方”は、思ったとおりの方でしたねクイーン!」


 誰かのむごい死を簡単に捨て置ける。

 ノイシュの倫理観は、おおよそ常人の理解を越えていた。


「ケッ、恋愛ごっこのために俺の魂を記憶ごと弄りやがって……そんなに学校生活が楽しかったのかよ?」

「ええ、ええ! それはもう! それに私、確信しました。やはりあの方は、私と共に歩むべき人だと」

「サカってんじゃねェよ糞が」


「うふふ……死を振りまき、死と共に歩む、強く儚い魂……ようやく見つけた私の理想の男性ひと……あの方に抱かれるのを想像するだけで、私、悦びのあまり果ててしまいそうです……」


 首が締まり、苦しさを感じているはずなのに、彼女は愉悦で頬を紅潮させ、内股をモジモジさせていた。


「……それでクイーン、いつまで淑女の胸倉を掴んでいるつもりですか?」

「あァん?! 何言ってんだこのクソバ」

「“手を離して黙りなさいクイーン”」

「――――」

「さて……すでにユグランスは死に体ですし、このまま帰ってもいいのですが……暫しお暇をいただくご挨拶のついでに、枢機卿たちを納得させる手土産の一つでも調達しましょうか……待っていてくださいまし、アーノ・カキュリさん……いいえ、アマノ・カギリ様!」


 そう言いながらノイシュ・カシュル――【真なる死迷の聖女】は、楽しげに赤黒いグリモアに乗り込んでいった。

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