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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第二章 自由に集う星々編
60/63

Episode:054 たどり着いた答え

 過日。

 木枯し舞う湖畔。

 斜陽がさしこむ館の一室で、男は悪魔と向き合っていた。


「帝国との同盟はやめておけ。自ら死にに行くようなものだぞ」

「……何度も言ったはずだ。反対するなら理由をちゃんと説明しろ」


「全部教えるのは俺様の主義に反するし、教えた瞬間に可能性は揺らぐ。無意味だ」

「そうやって人を煙に巻いて楽しいか? 国民の命運がかかっているんだぞ」


「生きるも死ぬも人の自由。俺様の囁きが気に入らないのなら無視すればいい。強制はしない」

「強制しない? “運命再編”でどうとでもできる貴様が、よくも言えたな」


「あれは確率の高低をいれかえるだけ……身命を賭して運命に臨む魂の前では、俺様の運命再編も児戯に等しい。自らの意思で運命を切り開く生き物だけに魂は宿る」


「魂の在り方を議論したいわけではない。国の今後を占う方が先決だ」

「国よりも自分自身に目を向けろ。お前の本当の望みは、決して父親への復讐ではなかったはずだ」

「それを……それを貴様が言うのか。俺と母さんから普通の幸せを奪った貴様が!」


「アルはお前と母親の幸せを――」

「黙れ、貴様が父親を語るな!」





 //





 叫喚と、聖歌と、風琴オルガンの音で意識を取り戻したパルミロ・アルベルト・コルレアーニの近くには、鮮血と肉片がまき散らされていた。

 その血肉はパルミロのボディーガードのものだ。

 建物周辺を警備していたケレブレムMk-3の攻撃から主人を守るために、彼らは命を捧げた。

 

「コルレアーニ様……ご無事でしたか……」


 パルミロに弱々しく声をかけてきたのは、秘書の女だった。


「俺よりも、自分を心配しろ」


 彼女の右腕は明後日の方向に折れ曲がり、その右腿には木片が突き刺さっていて、平素の美貌が見る影もない。重傷だ。

 パルミロが片足を引きずりながら動けない彼女に近寄り、助け起こす。


「うぅ……」

「すまないが立ってくれ、避難するぞ。君を治療できればいいが……」


 パルミロと秘書は、互いに支え合うようにしながら歩き出した。


「いったいどれくらい意識を失っていた? 状況は?」

「正確な時間は私にもわかりません……首相は農政卿に刺され……死亡しました。政府放送のあと……魔術インフラが壊され始め、ユグランス守備隊も暴走……」

「状況は最悪という事か」

「はい。死迷の聖女が現れたとの情報も……うっ……あります」


 彼女は息を切らし、痛みを堪えながら、職責を果たそうとしてくれた。

 忠誠心のある有能な部下の姿に、パルミロは心から同情して憤る。


「この惨状から考えると、聖女の噂は本当だったのだろうな」

「はい……政府と軍の関係者と、その親類に、死者が混じっていたようです」


 死迷の聖女の能力については、実しやかな噂がいくつかあった。

 聖女は死者を生き返らせ操る力を持っている、という噂を、ほとんどの人間が鼻で笑った。

 あり得ない、と誰も取り合わなかった噂が真実だったのだ。


 皇国は、何らかの理由で死亡、あるいは暗殺した者を傀儡にして、関係各所に潜伏させていた。


「このままでは我々もすぐに死人(やつら)の仲間入りか……笑えない」


 本人すら自分の死に気付いていないらしく、凶行直前まで農政卿に不審な点は見られなかった。

 すべての死者たちは聖女の命令一つで爆発する爆弾だ。


「自覚なき内通者……死人を弄ぶ抵抗感と道徳心がないのなら、これほど効果的な手はないだろう。胸糞悪い事この上ない」


 パルミロは忌々し気に顔をしかめる。


「帝国からの援軍はまだか? 証書を交わした以上、同盟はすでに効力を発揮するはずだ」

「帝国軍は、中央海で七聖騎士団セブンステンプルナイツと戦闘に入ったと聞いています……ノトス海で帝国が使ったグリモアを都市で見たという知らせもあり、情報は錯綜中です」


「馬鹿な、帝国が我々をはかったとでも?」

「わかりません……共和国と、王国は、援軍を寄越すと言っていましたが……」

「どうせ口先だけだろう。糞ッ、このままではユグランスが……」


 パルミロが苦渋に歪んだ顔で、空を振り仰いだ。

 すでに陽は落ちている時刻なのに、空は明るい。

 遠くの空に輝く巨大な起動陣の光だ。

 そこから際限なく魔物があふれてきている。

 自由都市は坂道を転がり落ちるように、破滅に向かって突き進んでいた。

 悪魔の言うとおりになったのだ。

 パルミロによってダアトが殺害された時、ユグランスは破滅へ舵を切った。

 憎い男と悪魔の顔がちらつく。

 彼らならもっと上手く自由都市を導けたのではないかとパルミロは思う。


(俺はあいつと違う、悪魔の力なんか借りずとも、偉業を成し遂げられる! そうしたらあいつも、俺を認めざるを得ないはずだっ!)


 パルミロは弱気を無理やりかき消した。

 ふと、秘書が黙り込んでしまったことに気付く。


「ん? おい君、大丈夫か?」

「――死は」

「どうした?」

「――終わりにあらず――」


 彼女がいきなりものすごい力でパルミロに掴みかかってきた。


「何をッ! 気でも狂ったか!」

「――かくあれかし――」


 押し倒されたパルミロの首に、彼女の手がかかる。

 その目は血走り、明らかに正気を失っていた。


「まさか君、もう……は、はなっぐッガぁ――?!」


 体温の感じられない掌が、万力のような力でパルミロの首を握りしめてきた。

 必死で振りほどこうとするが、筋力のリミッターが外された死者は、信じられないような力を発揮する。


「あ、が、バカな……俺が、こんな、ところで」


 将来を嘱望される優秀な政治家が、必死の形相で藻掻く。


「だれ、かっ、たす――」


 目に涙を浮かべ、口から泡を吹きながら、助けを求める。


「たすけ、て……」


 救いを求めて手を伸ばす。

 その手を掴んでくれる人は、もういない。


「とうさ――」


 夜が明けたような光がほとばしったのは、その時だった。





 //





 まばゆい光を浴びて一瞬止まった聖女の隙をつき、ダアトは縫い留められた身体を引きちぎって、時計塔から逃れた。

 大半の魂――悪魔さながらの外観をとる非実態の殻――を失いながら急浮上する。

 ダアトが逃げ回りながら徐々に目指していたのは、都市の外縁だ。

 そこからまっすぐ空に昇る悪魔の後を、聖女も追いかけてきた。


 消えかけながら、ダアトは笑った。

 望みはつながった、と。

 アルベルト・コルレアーニとダアトが求めた、破滅を回避する未来へとつながる、最期のピースがそろったのだ。


 自由は滅びない。かもしれない。

 これだけやっても、“かもしれない”と言える程度だった。

 1番の(ほぼ確実な)未来を変える事は本当に難しい。

 ただ小さな可能性を残すためだけに、ダアトは命を懸けていた。

 人間を弄んできた人外が、人間を助けるために命をかける。

 何とも滑稽な話だ。


(しかしまあ、必死になってみるのも、悪くない気分だな……)


 人の弱みに付け込んで陰湿な楽しみにふけっていた悪魔に、こんな晴れ舞台は似つかわしくないだろう。

 ダアトの笑みは、悪魔らしくない事をする自分自身に向けた嘲笑だ。


(アマノ・カギリのようなまともな奴なら適役だが、俺様の柄じゃあないぞ、アル……)


 涼やな夜風と、空から降ってくる閃光が、ダアトの魂を明るく照らし出していた。

 高揚感に突き動かされるまま、悪魔は自由都市にいる生存者全員に届くような大声でのたまう。


『すべての魂よ、遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ!』


 ダアトは、火球とそれに随伴する天野 限(アマノ・カギリ)を射程に収め、2度目の“プロバーティオー・ディアボリカ”を起動した。

 すでに66分は過ぎている。


『耳障りな声を出すな、糞悪魔ッ!』


 後ろから死迷の聖女が肉薄する。


『ハッ、業突く張りの死にたがり女! 冥途の土産だ、お前にも披露(プレゼント)してやろう! 魂の深奥、神秘のその先にある、個我の認識の到達点を――!』


“運命再編”や話術による時間稼ぎを駆使して、運命を修正してきた悪魔が導き出した答え。



俺様が、(Probatio)証明する。(diabolica.)この(Et respon)世界(dendum )すべて(est in )ついての(quaestione)たった(de Vita, )一つの(universum )真実を(et omnia.)


 悪魔がすべての魔力を解き放ち、秘奥を顕現する。



選択(Optio,)棄却(rejectio,)答えは(solut) 42番。(XLII.)



 世界が書き換わり、空から降ってきたものの光と熱と衝撃が、平野を一瞬で灼熱地獄へと変貌させる。


 ダアトは限の力を借り、悠久の時の中で、多くの破壊と再生をもたらした災厄を実演してみせた。


 世界はあけに染まり、夜空に大きなキノコ雲が描き出される。

 隕石衝突時に発生する爆発的なエネルギーはあらゆる兵器を凌駕し、落下地点付近を進行していた魔物の群れは跡形もなく消し飛んだ。

 大地には巨大なクレーターが生まれ、草木は一瞬で焼却。爆心地から同心円状に地表の何もかもが薙ぎ払われた。


 魔力というエネルギーを完璧に理解し、コントロールできれば、世界を、宇宙を、運命を支配できる。

“プロバーティオー・ディアボリカ”2つ目の奥の手――“42”は、宇宙のバランスを台無しにして、ダアトに知覚できる41の未来以上の未来を創造する、森羅万象に対する究極の答えだ。

 それは、41の候補にあがらない極限まで0に近い確率を、1度だけ運命の俎上そじょうにのせる。


 例えば、隕石が魔物の群れの中央に落着し、ユグランスに敵対する者だけが被害を被るような、極低確率の未来を。

 ダアトは無理やり手繰り寄せたのだ。


 代償は、すべての魔力の喪失。


“プロバーティオー・ディアボリカ”の外殻も維持できなくなり、依り代であるダアト自身の死体がむき出しになった。


『あとは人間(お前ら)次第。幸せも、不幸せも、自由も、不自由も、全部ひっくるめて楽しむといい』


 小さな子供のような悪魔の死体が、業火の中に落ちていく。


『必死になれば、こんな世界でも存外、楽しめるものだぞ』


 悪魔が地獄に落ちていく。


(ああ……俺様も楽しかったぞ……)


 最期の時、胸の内に思い描くのは、友と駆け抜けた激動の時代。

 ユグランスを独立させるために奔走した、千辛万苦であふれかえった、宝物のような日々だ。


(楽しかったよなぁ? アル――)


 独立都市国家に住み着き、人の喜怒哀楽を食い物にしてきた最低最悪の悪魔は、満足げに炎に呑まれていった。





 //





 異相魔術で魔物の群れを招いていたサカ=ダー・ガーミンは、爆心地から比較的近い――と言っても5キロメートル以上離れている――上空を飛んでいた。

 遮蔽物のないところで、激しい光と衝撃に見舞われた彼女は、姉の叫び声を耳にした直後に意識を失った。


 もう目覚める事はないと思っていた自分の意思が、暗い闇の底から浮かび上がってくる。

 サカはまだ死んでいなかった。


 ゆっくりと目を開ける。

 ざらつく偽神猫のメインモニタには、キノコ雲を背景にして、焼け野原と黒い機影が映りこんだ。


『アナねぇ……?』

『……良かった……サカ……無事ね……』


 安堵するようにそう言ったあと、シークレット・フォースが崩れ落ちた。

 姉のグリモアを偽神猫で抱きとめてはじめて、サカは現状を正しく認識する。

 妹を庇い、破壊の余波を一身に受け止めたグリモアの背中は、ぐちゃぐちゃになっていた。


『嘘でしょ、ねぇ?! し、しっかりしてよ、アナ姉』

『ダメ、みたい……ごめんね……』


 シークレット・フォースのコックピット内は原形をとどめていない。

 装甲が内部まで食い込み、アナの身体は腰から下が潰れていた。


『こんなの嘘、嘘だよ!』

『生きて……私の、希望の星……サカが生きていてくれたら、私は、それでいいの……』

『あ、アナ姉が一緒じゃなきゃ……わたし』


(大丈夫、一緒よ。いつでも見守ってる、いつでも――)


『お姉ちゃん? ……お姉、ちゃん……?』


 それっきり、答えは返ってこなかった。



『イヤ――――――――――――――――――――ッッ!!!!』



 絶叫と共に泣き崩れるサカの頭上に、1機のアエルルスが舞い降りる。

 薄緑色の装甲は真っ黒に焼け溶けており、無事という言葉からは程遠い。

 飛翔魔術を使えるのが奇跡といえるアエルルスは、溶けて潰れた関節部を強引に曲げて腕を動かすと、起動陣が輝いた。

 すると、アエルルスの身体の各所に、小さな爆発が起きた。

 腕、肩、首、胸、腰、太腿と、小爆発が機体に線を描いていき、装甲が剥がていく。

 

『許さない……よくも……よくもお姉ちゃんをッ!!』


 装甲の下から姿をあらわした蒼い鎧を着た巨人を、サカはにらみつける。


『たくさん、おおぜい、数えきれないくらい死んだよ』


 イーリス王国の超高位魔術師ブランドメイジ――蒼い月光。


『アマノ・カギリ――ッ!!』

『“わかってるさ、アナ・ガーミン”……あんたたちにも、あんたたちなりの正義があるんだろ? 皆そうだ……“そうだったはずだ”、サカ=ダー・ガーミン』


 やりきれない感情を押し殺すように、少年は述懐する。

 その間も、蒼いグリモアの起動陣は目まぐるしく変わり、5本の槍と、4本の腕の力場が形作られていく。

 グリモア自身の腕と、力場の腕が、槍をガッシと握った。



『奇麗事を言うつもりはない。俺の正義のために、お前の正義を踏みつぶすよ』



 一面六臂いちめんろっぴの姿は、地獄に降り立った阿修羅そのもの。



我要杀了你(殺してやる)



 魔術で炎が逆巻き、火の粉が飛び散る中、殺意だけが世界を支えていた。



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