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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第二章 自由に集う星々編
49/63

Episode:044 糞くらえ


 ついにこの日が来た。グリモアパンクラチオンの一騎討ち当日だ。

 限は授業が終わると同時に、教室を出ようとする。

 仲間の4人は、それぞれ別の選択授業を受けており、格納庫で落ち合う予定だ。

 教室の出口で、同じ授業を選択していたスルタンとはち合わせる。

 にらみ合う2人を目撃したクラスメイトたちに緊張が走った。


「魔術士としても、オフィーリアの恋人としても、俺の方が上だと、結果で証明するぞ」


 啖呵を切るスルタンを、彼の信奉者たちが囃し立てる。

 気に入らない事を気に入らないと、正しい事を正しいと、はっきり言うスルタンは、良くも悪くも裏表がない。スルタンのように生きられたら痛快だ。そう思い、憧れる者は大勢いる。

 ただ、全員が強く在れるわけではない。

 生まれ持ったもの、育つ環境、運不運など、人一人の力ではどうにもならない世の定めのような不条理ロールは、確かに存在する。

 競争社会では一度割り当てられた不条理は、ちょっとやそっとでは覆らない。社会でも、学校でも、友人同士でも、常に強弱、勝敗、優劣、上下は比べられ、本人の希望とは違うところで割当てられてしまう。そんな不条理の中で、スルタンは当たり前のように強者として振る舞い、裏表なく弱者を弱者としてないがしろにした。

 その態度をはっきり気に入らないと、限は断言する。


「ご勝手に。こっちは全力で戦うだけだ」


 そう言える限もまた、自分が強者だという自覚がない強者だった。

 にらみ合う両者を、クラスメイトが遠巻きに見守る。

 特別クラスの王様ジョックは、視線を外さない限を鼻で笑ったあと、教室を出ていった。

 スルタンが居なくなって空気が弛緩すると、クラスメイトが限に声をかけてくる。


「アーノ、頑張れよ!」

「少しはいいところ見せてよね!」

「俺の食費1ヶ月分のために! 頼む、お願いだ! マジで! 頑張ってくれ!」


 一部は私利私欲に塗れているが、応援は応援だ。礼を言いつつ、限も教室を出る。

 道中、何度か声をかけられた。目立ち方は上々。

 健闘を約束するが、勝利の確約はできなかった。

 ギャンブラーを除き、ほとんどの生徒が、限の敗北前提で話しかけてきている。限自身も勝てるとは思っていない。ノイシュとの訓練は、最後の最後までボコボコにされっぱなしだった。

 それでもやるのだ。

 自分の方が上と疑っていない相手の目を覚まさせるために。

 力を貸してくれた皆に報いるために。


(証明するのは俺の方だ、スルタン)


 限は力強く格納庫の扉を開く。

 中に入ってすぐ、異変に気付いた。

 室内は薄っすらと曇り、プラスチックが焦げたあとのような異臭が充満している。

 そして、限のコル・ケレブレム改が、横倒しになっていた。

 最後に見たときには、片膝立ちの姿勢で置かれていたはずだ。

 コル・ケレブレム改を囲んで俯くギー、ノイシュ、スティービー、イリアスに、限は駆け寄る。


「どうした?!」

「……成形魔石繊維が、ボロボロにされています。魔力抽出機関のリミッターを外して、脆弱な部分を狙い、許容量以上の魔力を流したのでしょう」


 ノイシュが悲しそうに目を伏せながら説明してくれた。


「正々堂々が聞いて呆れるぜ! こんな糞みたいな真似をしてくる糞がいるとはなァ、オイッ!」


 スティービーが大声で吐き捨てる。

 腹の底に響くような怒気を孕んだ荒い語調だった。

 珍しく本気で怒っている。


「スルタンたちの仕業に違いねェ! ゴミ虫共がッ! そっちがその気ならやってやるよッ! スルタンのケレブレムもスクラップにしてやるッ!」

「落ち着いてスティービー、スルタンたちがやったって証拠はない。それに、ちゃんと格納庫を施錠しなかった僕にも非はある……」


 肩を落としたギーが、力なく笑う。


「ギー、君は悪くない。絶対に」

「ありがとうイリアス……アーノ、この勝負、棄権しよう。こんな状態じゃあ、コル・ケレブレム改は使えない。他の訓練用のグリモアじゃあハンデが大きすぎる」

「ギー! てめェはそれでいいのか! 俺らが必死に積み上げてきたもんを、メチャクチャにされたんだぞ! こんな反則、許せねェだろうが!」

「代わりに怒ってくれて嬉しいよ、スティービー。でも、いいんだ。この一騎討ちの主役はアーノ、君だ。だから僕は、いいんだ……」


 そう言う友人の拳は、震えていた。

 この2週間、彼が一騎討ちのために使ってくれた時間と労力の大きさは、汚れてボロボロになったツナギを見ればわかる。ノイシュも、スティービーも、惜しみなく力を貸してくれた。

 限は、気持ちの整理がつかないまま喋り出す。


「頑張っても無理なときは、あると思う……けど、これは違う。こんな終わり方、間違ってる……その、上手く言葉にできないけど……」


「糞くらえだッ! アーノ!」


「ああ、やられっぱなしで泣き寝入りなんて、糞くらえだ。これで退けと言われて、大人しく退くような奴は、本当の友達じゃない。だから――――イリアス!」


 名前を呼ばれたイリアスは目をつむり、深く深く、ため息をついた。

 様々な計算や感情をゆっくりと租借したあと、やがて「仕方ないか」と呟いてから、口を開く。


「わかったよ、アーノ。義に背いて功を成すのは理に反する……バカな真似をしでかした奴らに、後悔してもらおう」

「アーノ? イリアス?」


 目を白黒させるギーを安心させるように限は一つ頷いた。


「不正には、きっちり落とし前を付けさせるぞ」





 //





「やってくれたな、パルミロ・アルベルト・コルレアーニ!」


 ゲート・ペインは諜報部隊からもたらされた情報に憤るあまり、執務机を殴りつける。

 冷静である事を自らに課して生きてきたつもりだが、今回ばかりは我慢ならない。

 資料にはペインが想定していた中でもっとも悪い情報が羅列されている。

 動揺する自分を落ち着かせようとして、心の中に際限なくあふれてくる悪態を吐き出す。


「ああ、君は有能だよ2世! 南の列強すべてを仮想敵とみなしても揺るぎない軍事力を持つ帝国は、軍事同盟を締結する国として申し分ないだろう。もし、帝国と対等な立場で条約を締結したとしたら大したものだ。ノトス―中央海戦で勝利したイーリスですら、一時的な休戦協定が限界だった……それ以上を望めば戦争継続も辞さないという尊大な態度だったんだ帝国は……」


 ペインはぶつぶつ早口で呟きながら、部屋の中を練り歩く。

 必死に気持ちを落ち着けようとしていた。


「そうやってどの列強国も、足元を見られた挙句、妥協点も見出せないまま、和平交渉を決裂させてきた……君ら(ユグランス)が同盟を現実的な選択肢にできるレベルで妥結したというのなら完敗だよ。人脈も、交渉力も、決断力も、政治家として一級品だと認めよう……ただ、ユグランスはその選択肢を“選べなかった”わけではなく、“選ばなかった”んじゃあないのか?」


 国際社会で勝ちすぎてはいけない。

 自己中心的な発想は非難の対象だ。世界から村八分にされてはたまったものではない。

 帝国のような隔絶した優位性と独立性がある国でなければ、破滅へ一直線。

 本来の外交は、卓越した調整力とバランス感覚が問われるのだ。

 毒を吐き出すように、ペインの独白は続く。


「君の父が偉大だったのは、負け方が上手かったからだ。ユグランスが生き残る道はそれしかなかったはずだ」


 過去、ハーベスト・シーズンに大きな被害を受けたユグランスは、王国に経済支援を求めた事がある。

 見返りに王国が都市内に軍の常駐を要求したとき、共和国に助勢させて事なきを得た。

 助けた代償に共和国領に取り込まれかけたら、皇国に助けを求めて問題を解消している。

 一連の流れで、独立都市国家だけが利益を得たと、世間一般には伝わっているが、事実は異なる。

 独立都市国家は、都市近郊――ガオケレナ大森林から西に数キロ離れた平野部――に王国軍の前哨基地建設を認め、共和国にはユグランス内に公館を建てて治外法権を許し、それぞれ矛を収めさせていた。アラマズド教の布教を要求した皇国には、教会の建設に助成金を出してしっかり報いている。


「アルベルト・コルレアーニは、目標は必ず達成するが、勝っても取りすぎず、負けても損をし過ぎないように、全ての策を丁寧に作り込んでいた……スクールも、コルレアーニが作り出した外交用の施設……あれは発明品と言ってもいいだろう」


 リベラル・アーツ・スクールは、ユグランス最先端の知識を取り扱う場所でありながら、性別、年齢、国籍、宗教に関係なく、あらゆる海外留学生を受け入れている。

 卒業するのは難しいが、身元が確かな人間からの推薦状とお金さえあれば、誰でも入学できた。


 するとどうなるかといえば、スパイや工作員、亡命希望者やテロリストといった、訳ありの人間がこぞって留学してくるようになる。


 交易の要衝であり、自由を重んじるユグランスでは、共和国のような情報統制は不可能だと、コルレアーニは考えたのだろう。

 制限できないのなら、“都合の良い抜け道”を準備して、自主的に集まってもらえばいいというわけだ。

 これは本当に画期的ながっこうだった。

 今でこそ各国の諜報機関の間で有名な話だが、ユグランスが他国から獲得した利権の大元をたどれば、リベラル・アーツ・スクールに行き着くと言われるほどだ。


 この罠の素晴らしい点は、種も仕掛けも場所もわかっている落とし穴なのに、落ちる価値がある、という点にある。

 誰でも入り込める学び舎で、スパイはデマや噂を流し放題だし、今後の国際社会をどうするかざっくばらんに情報交換しあう、社交界のような機能も備えていた。

 どんな経緯でつくられた場所でも、そこに人と情報が集まれば、価値が生まれた。

 今でもスクールがユグランスの外交の主戦場という事実に変わりはない。


 そこに王国が蒼い月光を送り込んで不用意に目立たせていたのは、スクールの特性を逆手にとろうと画策していたからだ。

 ユグランスが同盟を検討している事を早期に掴んでいた王国は、併せて国内で激化しつつあった蒼い月光の引き抜き工作に対処するために、本人の希望も加味して、アマノ・カギリのリベラル・アーツ・スクール留学を決めた。戦略兵器を秘匿するよりも、国益に叶う。帝国に倣った超高位魔術師(ブランドメイジ)の積極運用だ。


 ユグランス側も、アーノ・カキュリをアマノ・カギリと知りながら受け入れている。予期しない場所に、意図しないタイミングで戦略兵器を使われるよりも、コントロールしやすいからだ。


 お互いに手の内を見せ合ってギャンブルをしているような状態だが、その実、ユグランスもイーリスも切り札は伏せている。


「ユグランスはリスクを飲む事で王国こちらに友好を示し、安心感を与えて、帝国との同盟締結までの時間を稼ごうとした、といったところだろう」


 イーリスも、皇国と共和国にあえて情報を流し、各国の反応を観察しながら、ユグランスの同盟を潰しつつ、南の列強国を横並びにして北対南という対立構造を維持しようとしている。

 複雑な政治力学が働いた結果、アマノ・カギリの留学は決まったのだ。

 生徒たちが青春を謳歌する裏で、国家レベルの駆け引きが行われる。リベラル・アーツ・スクールとは、そういう場所だ。

 本当に良く出来た罠だとペインは思う。

 騙された人間が「騙されたがいい思いもさせてもらったから痛み分けだ」と思うような、絶妙な塩梅だった。

 未来を知る悪魔と契約している、なんて馬鹿らしい噂も、あながち嘘とも思えない。

 コルレアーニの発想と外交手腕は、まさしく悪魔染みていた。


 そんな外交の天才――アルベルト・コルレアーニが、独立都市国家と統一グランベル帝国の同盟を視野に入れなかったわけがない。

 彼の政権下で実現しなかったのは、トータルで見た時に、勝ちすぎるか、負けすぎるか、どちらかに傾くからだ。


「この条約で帝国はユグランス内に、望む兵力を、望む場所に、望む間だけ駐留させる権利を得たも同然。ユグランス以外は、うかうかしていると腹の中に爆弾に抱える事になる。はじめに動くのは皇国だろう……あの狂信者ども、意思決定が極端に早い上、大の帝国嫌いだ。全力で潰しに来るはず……」


 皇国は国益よりも信仰と神を優先する。

 政教一体のガルテニアの外交戦略の最優先目標は、信仰の達成。その障害となる物には容赦しない。

 加えて、宗教色が濃い皇国は、前時代的なイメージが付きまとうが、実際は高度な情報戦を制するだけの力を隠し持っている。

 情報戦の総合力――情報を、収集し、分析し、活用し、自国の国益へ転化し、逆に他国の情報活動を妨害する、あらゆる活動――はイーリスが優れているが、こと情報収集能力にかぎれば、ガルテニアは非常に優秀だった。

 信者の数だけ情報源を確保できるアラマズド教の情報ネットワークは列強一。南エテリア大陸にアラマズド教の教会がない国はない。


勝ち(グランベル)に近づいた分だけ、アラマズドにも近づく事になる……か」


 耳の早い皇国は、すでに動き出しているだろう。一刻の猶予もない。 

 速度が求められる状況下で、イーリスがどう動くかが問題だった。

 勝ちすぎてもいけない。

 負けすぎてもいけない。

 外交における不文律をいかに実現するかは、ペインたちにとっても頭痛の種だ。


「敵の敵は味方というけど、手放しで喜んでもいられないな」


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