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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第二章 自由に集う星々編
47/63

Episode:042 分水嶺

 魔克歴415年第14月32日。


 14月30日未明に行われた第3次刈取り作戦をもって、ガオケレナ大森林の魔獣の巣の活性化は終息したという声明が出された。

 これにより南エテリア大陸のハーベスト・シーズンは終結した事になる。

 嵐が過ぎ去り、民たちはほっと一息、肩の力を抜き、今年も無事越せたと、労いの言葉と笑顔を交わし合う。

 そして、人が本来持つエネルギーを解き放つように、社会は急速に活況を取り戻していった。


 自由都市ユグランスのリベラル・アーツ・スクールも、大いに賑わっている。

 少なくない死傷者も出るシーズン中は、不幸に見舞われた誰かのために、表向き問題ないように取り繕いながらも自粛ムードが漂うのだが、その歯止めがようやく取り払われたのだ。

 反動で、グリモアパンクラチオンの一騎討ちはお祭り騒ぎのような盛り上がりを見せている。

 やっと気兼ねなく騒げると、大人も子供も思っていた。

 食堂の食券をかけた賭けは好評を博しており、学校側もそれを黙認している。一部の教師は匿名で賭けに参加までしているらしい。

 現在のオッズは9:1でスルタンが優勢。魔術戦実技の単位がなく、自前のグリモアもない凡人では勝負にならないという予想が主流だった。限への票は、身内と酔狂人すいきょうじんで成り立っている。面白半分の大穴狙いだ。


 外野の盛り上がりをよそに、一騎討ちの当事者たちの準備作業は大詰めを迎えている。

 スルタンが使う最新鋭機ケレブレムMk-3が、別の格納庫に運び込まれたばかりだ。


 一騎討ちの原因になったオフィーリア・ミレイは欠席が続いており、結局彼女の真意はわからないまま当日になりそうだった。

「自分をかけて争う二人を見ていられなくて部屋に籠っている」だとか、「本当はもう心に決めた人がいるのにその人以外の恋人にならなければいけない事に絶望してせっている」だとか、様々な憶測が飛び交っている。


 当事者の一人である限は、直前になってもグリモアの操縦訓練を続けていた。

 

『恐れや焦りは隙になります』


 ノイシュのコル・ケレブレム改が放った手刀を、必死でかわす。

 軽く飛び退いたつもりなのに、だいぶんオーバーな動作になった。

 必死な気持ちはダイレクトに動きに現れてしまう。

 キュアレーヌス・セレネなら何も問題ないが、コル・ケレブレム改は勝手が違った。むしろこちらの方が普通なのだ。戦闘補助精霊セレネのありがたみが身に染みる。

 大げさな動きは、わかりやすく隙を生んだ。

 それを見逃してくれるほど限の教師は甘くない。


『想像が雑、反応も遅い』


 ローキックでガードを下げられてから、右エルボーを顔面にもらい、限の機体が吹き飛ぶ。


「言いたい放題だなッ! 否定できないけどさ!」


 追撃してきたノイシュのグリモアに苦し紛れの反撃を放つが、軽やかにかわされる。

 彼女は軽量級のキックボクサーのような立ち回りで限を翻弄した。


『闘志があるのは良いことです……が、コップを持って水を飲むのに、全力で握りしめて顔面に振り抜くような真似はいただけませんよ』


 膝をつかずに持ちこたえたが、限はすでにグロッキー状態だ。

 飛翔魔術は、加速度から魔術士を守る役割も果たす。グリモアの高速機動は飛翔魔術無しでは成り立たない。ただ飛ぶだけの魔術ではないのだ。


 魔術を捨てた限の戦いは、前後左右上下のGとの戦いでもある。

 限が全魔力を注ぎ込んで動き回れば脳への血流量が下がりブラックアウト直行だ。

 普通に乗っているだけでも、揺れに三半規管がやられて、操縦席が見るも無惨な状態になる。

 最初の頃に比べれば汚物清掃の回数は減った。繰り出されるワンツーを防ぐので精いっぱいだが、進歩はしている。


「どうすれば良くなる?」


 言葉を交わしている間も動き続ける。


『一つ一つの動作を考え、念じたとき、どの程度グリモアに反映されるのかを、心身に染み込ませてください』

「近道はない、か。間に合うかな?」

『率直に言って、かなり厳しいです……それでも、やるのでしょう?』


 いつの間にか、限のグリモアは教練場の端に追い詰められていた。


「死は終わりにあらず、だ」

『かくあれかし』


 逃げ道を塞がれた限を、必殺の回し蹴りが襲う。

 活路は、前にしかない。降ってわいた直観に従う。

 あえて大きく前進する事で、太ももが二の腕に強く接触するが、打点をずらした。

 その時はじめて、限は今まで自分が直観と言語化していたものの正体を、掴んだ気がした。

 それは、随意運動と神経反射が連動するような感覚。

 あるいは、理性と本能が一体化したような状態。

 現実にはあり得ないが、魂を自覚できる魔術士は、グリモアの中で新たな思考回路を確かなものにできる。

 直観に導かれるまま、前に出る勢いを利用して相手にタックルし、距離をあけながら袋小路から脱出した。

 

『今のは素晴らしい動きでした。息をするように思考し、手足のように操るのです』

「これなのかも……“考えるな、感じろ”じゃなくて、考えながら感じるのか……」

『どういう意味でしょう?』

「ああ、いや、こっちの話。コツを掴みかけてる……気がする。ノイシュのおかげだ。ありがとう」

『構いませんよ。私もいいストレス発散になってますし、楽しいです』

「そ、そっか。なら、いいんだけど」


 グリモアが限の心情を反映するように少しのけ反る。


(物腰柔らかいけど、この子じつはけっこうエスなのでは?)


『ジョアン・スルタンの魔術戦実技の成績は特別クラストップ、全クラスでも片手で数えられる実力者です。ほぼプロの魔術士と言ってもいいでしょう。グリモアパンクラチオンは魔術の空白や魔術の相性差が出ない、魔術士のシンプルな技量――魔力とセンスが問われる競技です。私の攻撃くらい余裕でかわせなければ、一発ぶん殴ることなど夢のまた夢……』


 生徒に諭す教師のように告げるノイシュのグリモアが、ゆらりと動く。


『休んでいる暇はありませんよ。前日は休養日にするとしても、残りの時間をすべて訓練に費やしても足りないくらいです』


 次の瞬間、蹴りが放たれる。

 限のグリモアはその攻撃に辛うじて反応し、腕で受け止めた。

 と思ったのも束の間、蹴りと同時に巻き上げられた砂煙で何も見えない。

 魔術センサを急いで確認するが、光点は自機しか映さない。重なっているのだ。


(上、いや――?!)


 低く低く、しゃがみながら接近し終えていたノイシュのグリモアの右アッパーカットにあごを狙われ、慌てて顔を逸らす。

 

『攻撃の先だけを見てはいけません』


 ノイシュのコル・ケレブレム改の右握りこぶしが開かれ、肩部装甲を掴まれながら股座に左腕を通されて、持ち上げられる。

 そのまま背中から地面にたたきつけられた。

 プロレス技のボディスラムに似ている。

 視界が明滅した。


『身体全体を捉えてください。攻撃の兆しは体幹から生まれます』


「――っつ……まだまだ!」


 限のコル・ケレブレム改が跳ね起きる。


『その意気です。今日この日、一分一秒が、分水嶺となるでしょう』





 //





 離れた場所から限たちの訓練を観戦していたイリアスは、不満げな表情を浮かべる。


 2日前に「一騎討ちにキュアレーヌス・セレネは使わない、準備してくれたのにすまない」と、限から頭を下げられた。

 参謀本部から許可を取って、王国の量産型グリモア――アエルルスに偽装するための外装取付作業も終わり、満を持して自由都市内に移送が完了した矢先の事だった。

 イリアスが理由を尋ねても謝るばかりで、わけも教えてくれない。


「まったく、人の気も知らないで……」


 イリアスは、手の平を返すような限の決定で生じた波紋をおさめるために、一日を費やし、たった今とんぼ返りしてきたところだった。

 ケイは大層落ち込んでいたが、怒りはしなかった。整備班のメンバーも「命を助けられた借りを返せたなら、それでいい」と口にしていた。

 ペインは限の決定を黙認している。何を考えているのかわからないが、つまりは、何のグリモアで出ようと関係ないという事なのだろう。


 目的も手段も伏せられたまま、『正体を悟られないように注目を集めろ』という任務自体、最初から不可解だった。

 目立つという行為の定義も、到達目標も定かではない。

 一騎討ちを行うだけでも、目立てていると言えば目立てている。しかし、どういった形で目立てばいいのか、どこまでいけばゴールなのか、ペインは指定しなかった。質問しても答えず、任務続行の指示だけを寄越し、だんまりを決め込んでいる。

 イリアスは、限のサポートとは別に、『蒼い月光を籠絡する』というもう一つの目的を果たす必要もあった。

 一騎討ちの結果が、アマノ・カギリ攻略の分水嶺になるだろう。

 頑張れば頑張るほど、その頑張りが報われなかった時のショックは大きい。

 弱っている時に優しくされれば、ほだされやすくもなるだろう。

 落ち込んだ限の手を取り、慰めながら、自分の事を打ち明け、感情を大きく揺さぶる。

 衝撃と共に、友情を愛情へと転換する作戦だ。

『10代男性の感情を効果的に揺さぶり効率的に恋仲へと至るPDCAサイクル手法』の受け売りだった。

 そんなにうまく行くのか、と疑問に思わないではない。

 やりたいかと聞かれたら首を捻る。

 弱っている所を狙うのは卑怯な気もした。


「でも……うかうかしてはいられないか」


 ギーとスティービーは、もっともらしい理由を並べながら、結局ほぼ無償で限に力を貸してくれている。

 ノイシュもアラマズド教を広めるためと言っていたが、実際のところ布教活動はほとんど行っていない。

 アマノ・カギリという少年が人を惹き寄せていた。

 今もコル・ケレブレム改で善戦するために頑張っている。

 限のひたむきさが、懸命な姿が、人を動かすのかもしれない。

 そういった少年の美点を知る人間が増えてきた事を、素直に喜べない自分がいる。


 訓練風景を眺めるイリアスは、妙な焦燥感に身を焦がしていた。

 ノイシュ・カシュルと楽し気に訓練している――そうイリアスの目には映る――限の様子が、ふつふつと湧き上がるイリアスの不満につながっていた。


 以前も同じような気持ちになった事がある。

 一騎討ちについて話す3人組と廊下ですれ違ったときに、『特別クラス一の美女を奪い合う』というような台詞が聞こえてきて、オフィーリア・ミレイを口説く友人の姿を想像してしまったイリアスは、名状しがたい感情に苛まれ、限にすげない態度を取ってしまった。


(相手の一挙手一投足に一喜一憂するなんて、色恋に現を抜かす女子じゃあるまいし)


 頭を振る。

 しかし頭の中には、宿題に困りそばかすの浮かぶ鼻頭をかいている限、ワイバーンを蹴散らしながらセレネに乗って颯爽と登場する限、冷や汗を流しながらあたふたする限、決めるところは迷わずバシッと決める限、照れたように微笑む限、限、限、限――。


「うううぅああああああ――!!」


 貴族の子女とは思えない下品な悲鳴を上げながら、髪の毛に土埃が付くのもいとわずに屋外で転げまわる。

 乙女の不安は増していく一方だった。


「何やってんだ?」


 ちょうど通りがかったスティービーが、転がるイリアスを半眼になって見下ろしていた。


「…………」


 無言でイリアスは立ち上がり、衣服の汚れを払う。


「どうしたのスティービー? グリモアの整備に何か問題が?」


 すまし顔だ。

 一点の曇りもない。


「それで今のをなかった事できたと思ってんなら恐ろ入るぞオイ」

「君は何も見なかった、そうだろう? スティーブン・クイーン?」


 一転凄絶な笑みを浮かべてイリアスが迫ってくる。

 美人の放つプレッシャーほど恐ろしい物はない。


「わ……わかった! わかったからその顔で近寄ってくるなッ!」


 凄んだイリアスは、クラスの自称不良をたじろがせた。

 王国貴族のポテンシャルは底知れない。


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