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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第二章 自由に集う星々編
46/63

Episode:041 インタールード(後編)


 魔術実験施設の格納庫には、サマリーやグリモアが片膝立ちの姿勢で並べられ、タラップが横付けされている。その他にも、むき出しになったコロッサス式動力炉があり、中央には屋根を貫通して一本のピラーが立っていた。

 コロッサス式動力炉は、大人一人が入れる程度の人形と魔力抽出機関を1セットとして、その1セットを縦横に連結し、巨大な正四面体の箱に収めた装置だ。人形の中に1人ずつ入り、催眠導入剤を服用して、眠りながら魔力欠乏症にならない範囲で魔力を抽出する。

 多くの物が整然と配置された格納庫内を、1機のサマリーが機材を抱えて歩く。図書館で使われていたものと同型機だ。

 それに乗っていたスティービーが、拡声器を使う。

 

「オイ、持ってきてやったぞギー」

「あ! スティービー、そこに置いてよ」


 片膝立ちになったコル・ケレブレム改の太もも部分のパーツを外して、成形魔石繊維を確認していたギーが声だけを返した。


「てめェらなァ……まあいい、オラよ!」


 言葉遣いに反して、ゆっくり丁寧に機材を置く。

 その後しゃがませたサマリーから飛び降りる――しゃがませても3メートル近い高さがあるため大変危険――スティービーを、油や塗料で汚れたつなぎ姿のギーが出迎えた。


「サマリーを操縦できる人がいると助かるよ。ありがとう」

「礼はいらねェ、もうアーノから貰ってる。それよりほら、こいつが必要なんだろ?」


 スティービーは自分が持ってきたギターアンプに似た機材に寄りかかり、その側面を軽く叩いてみせる。

 ピラーとケーブルでつながったその機材は、成形魔石繊維を調整する機械で、調律器と呼ばれていた。

 ギーは手早くその調律器とグリモアの太ももをコードで接続する。


「アーノの味方をするなんて、スティービーも物好きだね。この一騎討ち、たぶんアーノは負けるよ?」


 作業を進めながら、ギーがそんな事を言ってきた。


「んなこたァわかッてんだよ。スルタンはただの糞野郎じゃねェ。糞金持ち・糞有能・糞傲慢、3拍子揃った糞中の糞だ。魔術戦実技も取ってねェアーノに、勝ち目はねェだろーよ」

「わかっているなら――」


 どうして味方をしたんだと言いかけるギーの口を、スティービーの人差し指が黙らせる。


「そんな糞に一発ぶち込むと、あいつは言った。俺も、頭を下げるなら助けると約束した。一度口にしたことは最後まで貫く、それが男気ってもんだ。勝ち負けの問題じゃねェんだよ」

「君が無暗に人から好かれるのは、そういうところだと思うよ」

「舐めた口きくようになったじゃねェかギー……てめェこそ、どうしてこんな泥船に乗った? スルタンたちへの復讐だとしたら、成功しねェぞ」


「……そっか、スティービーは知ってたんだね……僕がいじめられてたこと」


 入学してすぐに、弱々しい見た目と、魔術オタクである事が災いして、ギー・グリフィンはいじめの対象になった。

 いじめていたのは、スルタンの取り巻きたちだ。

 スルタンは直接関与しなかったが、止めもしなかった。


「ああいうダセェ事をやる奴もやられる奴もクールじゃねェし、誰かを一方的に救うのは俺の信条に反するんで、スルーさせてもらったぜ。悪いとは思わねェぞ」

「気にしないで。こうして面と向かって言ってくれる君は誠実だよ」

「ケッ、今の面構えなら合格だギー。そのことはアーノに言ってあるのか?」

「知られているならともかく、わざわざこんな情けないこと言えないよ」


 作業する手を止めずにギーは苦笑した。


「言葉に不慣れなイーリス王国の没落貴族が転入してくると、すぐいじめのターゲットは僕から転入生に移った。けど彼は――アーノは意に介さなかった……というか、いじめられているという事に気付いてもいなかったみたいだし。これがユグランス流の歓迎なんだなとか言ってたし……」

「あいつ、ボーっとしている上に肝が据わってるからな」

「そうだね。教科書を焼却炉で燃やされた事もあったけど、次の日何食わぬ顔で隣に座っていたスルタンの取り巻きに教科書を見させてたし……燃やした張本人に教科書を見させているんだから、傑作だよ」

「取り巻きどもはいい気味だ」

「まったく。嫌な顔をされても無視して強引に事を進めるんだからすごいよ……そんな風に、何をやってもアーノは動じないし気付かないし乗り切るから、いじめは自然消滅……」

「清々するぜ」

「でも僕は、アーノに謝らなきゃいけない」

「なんでだ? てめェは何もしてねェだろ」

「自分の代わりにいじめられ始めたアーノを、僕は不憫に思いながら、安心していたんだ。頭の中は、わが身可愛さでいっぱいだったよ……これでもう、いじめられなくて済むってね。君の言葉を借りるなら、僕はまさしく糞野郎だった」

「……アーノは、そんなこと気にしねェと思うぞ?」

「そうだけど、アーノとは対等な友達でいたいんだ。スティービー、君とも……変な引け目を感じたくない。僕は、魂まで糞野郎になったつもりはないから」

「だから俺に、こんな話をしたのか……」

「腐ってもアラマズド教徒だろ? 懺悔くらい聞いてよ」

「言ってろ。俺よりもノイシュの方が適任だぜ」

「まあ、グリモアや魔術が好きというのも、嘘じゃないんだけどね」


 ギーが調律器のボタンを押すと、グリモアが立ち上がってまた座るという動作を2回繰り返した。

 訓練で下手に酷使されるグリモアの成形魔石繊維はかなり傷んでいる。

 それを新しい物に取り換えて、一番いい具合になるように調整しているのだ。


「よしっ、いい感じだ」

「……もう日が暮れた。そろそろ仕舞いにしようぜ」

「付き合ってくれてありがとうスティービー、また明日」

「てめェ、まだやる気か?」

「一度口にしたことは最後まで貫く、それが男気……だったよね? 残りの日数で、コル・ケレブレム改でケレブレムMk-3に一発入れられるくらいには、仕上げてみせるよ」

「物好きはどっちだ?」

「みんな同じ穴の地竜だよ」

「一緒にすんな。今日の所は、もう俺が手伝えることはねェだろ。帰るぞ」

「うん、じゃあね」


 ギーはスティービーを見ずに、調律器を触りながらメモ用紙に数字を書き連ねる。

 その様子を見たスティービーは、一つため息をついた後、背を向けた。


 格納庫の出入り口に差し掛かると、おもむろに立ち止まる。


 暗い空を見上げながら、独り言をポツリともらした。


「だとよ」

「ああ」


 アーノ・カキュリこと天野 限が、格納庫の中から見えない位置に立っていた。

 魔術インフラの照明があるとはいえ、昼よりも視界が悪くて危険なため、よっぽどの事情がないかぎり夜間の教練場使用は認められない。

 操縦訓練は夕方でお開きになった。ノイシュには暗くなる前に帰ってもらっている。

 限はノイシュのグリモアをグリモアで担いで戻ってきたところだ。

 格納庫に入ろうとしたらギーの話が聞こえてきて、入り口で立ち往生していた。


「良ィダチじゃねェか」

「スティービーもな」

「俺はてめェの事なんかどうでもいい……が、言わせてもらうぞアーノ、てめェ、ギーの整備しているグリモアとは別に、グリモアを調達する算段があるんだろ?」


 言い当てられた限は、真剣な顔でスティービーを見る。


「聞いたのは、グリモアを調達できるかどうかだけか?」

「ああ、イリアスとの話しが少し聞こえただけだ。詳しくは知らねェが……」


 その言葉を聞いて、限はしばらくスティービーの顔を凝視した。

 スティービーは何故睨まれているのかわからずに疑問符を浮かべる。


「どうして聞かれた内容を気にする?」

「別に……ただ、完璧に整備された最新鋭機を使えるかもしれないんだ。それがあれば、少しは善戦できる」

「てめェのガチンコだ、てめェの好きにすればいい」


 スティービーは一度ギーの方を見た後、言葉を継ぐ。


「だがよ、男気には、男気で応えてやるのが、スジってもんじゃねェのか?」

「…………」

「あんまつまんねェ真似はしてくれるなよ、アーノ・カキュリ」


 そう言い残してスティービーは今度こそ立ち去った。

 限は格納庫の中をそっと覗き込む。

 夜の帳がおりる時間になっても、ギーが忙しく動き回っていた。

 一騎討ちの助力をお願いしてからずっと、ギーは授業以外の時間を格納庫で過ごしている。


「イリアスと博士と、整備班の皆に謝らないと……」


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