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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第二章 自由に集う星々編
44/63

Episode:039 インタールード(前編)

 リベラル・アーツ・スクール魔術実験施設は、教練場と格納庫と実験棟からなり、それぞれの敷地と建物を、等間隔に立ったピラーとクレイドルが仕切っている。

 クレイドルに入るのは主に学生で、そこで魔力を抽出すれば学費に還元される。太陽光発電で余った電気を電力会社に売るようなものだ。

 スクールは街中よりも魔術インフラの利用率は高い。

 学校の教師陣は国から委託されて魔術を探求する研究者の側面も持つ。授業はもちろん、官学が連携する最新の魔術研究開発を取り扱う関係上、敷地内の魔術インフラは街中よりも充実していた。

 表向きは、魔術士見習いたちの不慣れな魔術が外に飛ばないようにするためと説明されているが、許可なき者が実験棟に入れないようにする監視装置や、24時間魔術障壁で閉ざされている区画の存在が、魔術実験施設の実際の役割を物語っている。


 放課後になると、限たちは仕事を手分けして、一騎討ちの準備に取り掛かった。

 ギーとスティービーは格納庫で本番用のグリモアを調整している。

 イリアスは学校を休み、王国軍の基地に行っていた。ゲート・ペイン中佐を介して参謀本部にキュアレーヌス・セレネの使用許可をとりつつ、ケイ・ルーデ技術少佐と協力して外装の改修作業を進めている。

 ケイと整備班は、イリアスの持ち込んだ無茶な注文を、二つ返事で引き受けてくれたらしい。

超高位魔術師アマノ・カギリの要請で、刈取り作戦に必要な緊急性の高い改修を行う』という大義名分の下、許可前から作業を開始している。

 整備班の面々は南海方面軍魔術兵器開発実験部隊のメンバーが揃っており、全員がケイを『ルーデ姫』と慕う、地獄のノトス海の生き残りだ。彼らの結束は固い。

 アマノ・カギリが頼み、ケイ・ルーデが頷くのなら、異を唱える者はいなかった。

 本命の準備はいまのところ問題ない。


 万が一許可が下りなかった時の保険として、限とノイシュは魔術実験施設の教練場に来ていた。

 限が乗りこんでいるグリモアが、ユグランスが誇るケレブレムシリーズの1つ――【コル・ケレブレム改】だ。

 通常の機体色はグレーだが、訓練用という事を強調するために、夜間でも目立つ黄と青の蛍光色が塗られている。

 飛翔魔術と魔術障壁を始めて備えた第二世代機であるコル・ケレブレムの自動魔術生成装置を最適化し、最新の第三世代機のスペックに迫る能力を獲得した量産グリモアだ。

 少コストで大量生産でき、自動魔術生成装置が生み出す無駄のない原形魔術は、芸術の域にある。その能力は、「ケレブレムほど安定している魔術兵器はない」と言わしめるほどだ。

 最新鋭機【ケレブレムMk-3】の前身にあたり、いわゆるロートル機だが、魔術士たちの声を取り入れて改良に改良を重ね、未だ第一線で使われ続けている。

 そのコル・ケレブレム改を操り、限は教練場の地面に、見事な五体投地を繰り出していた。

 望んでそうしているわけではない。


『……アーノさん、もしかしてグリモアに乗るのは初めてですか?』


 同型グリモアに乗ったノイシュが、心配そうに交信魔術で聞いてくる。

 彼女の攻撃を飛翔魔術で避けようとして、飛翔魔術の入力を誤り、自分から地面に吹き飛んだところだ。


「白状すると、ほぼ初心者と一緒だ」


 戦闘補助精霊セレネに頼りっきりだった限は、普通の魔術の練習をほとんどしていない。

 魔術の入力は非常に高度なスキルを必要とする。算盤の計算を行うような正確さで、ピアノの楽譜をなぞるようにテンポよく入力しなければ、状況に適した魔術が出力できない。

 詠唱は必須ではなく、入力の補助として用いられる。

 飛翔魔術や魔術障壁は、特別な動作をのぞいてほとんど詠唱を省略できるが、目まぐるしく攻守が入れ替わる戦場で、手足のインプットで足りなくなった場合、特定のフレーズで音声入力を行うのだ。

 無詠唱で事足りる場合でも、フレンドリーファイアを防いだり、敵への威嚇のために、あえて詠唱する場合もある。

 魔術の入力方法――グリモアの操作手順は、魔術士の力量や状況次第で、千差万別だった。

 多くの選択肢の中で、魔術士は常に最適解を探しながら、マルチタスクでグリモアを操らなければならない。


『…………えっと、はい…………』

「このザマでよく一騎討ちを受けたと思うよな。わかるよ、俺もそう思う」

『なぜ同意したのですか?』

「まあ……男の子には退けない時があるんだよ」

『私にはわかりかねます』


「皆、俺とスルタンを対等とは考えていない……そりゃあ容姿や成績の客観的評価は少し……だいぶん劣ってるかもしれないけど……同じ人間、同じクラスメイトに、上も下もないだろ? たとえ負けるとしても、戦ってそれを証明したいんだ」

『それ、本音ですか?』


「あいつ偉そうにしてて気に入らないから、負けるとしても一発思いっきりぶん殴ってやりたい」


『ふふっ……なるほど、死は終わりにあらず、かくあれかし、ですね』

「どういう意味?」



『死のような避けがたい難題を前にしても嘆かず、覚悟と信念を持って臨めば、たとえ死ぬとしても、その終わりには意味が生まれる……そうありたいと願い、私たちは祈るのです』



「そんな大層なもんじゃないよ」

『不当な差別をぶん殴る……いいですね。やってやりましょう。多少乱暴でも、大儀のためならば、主も許して下さるでしょう』

「アラマズドの神様は寛大だ」

『主の御心は海よりも深く、山よりも高いのです。そしてアラマズド教の胸襟は万人に開かれています。アーノさんもどうですか?』

「今は遠慮しておくよ。神様にすがるのは最後の手段だ」


『では先に人事を尽くしましょう。アーノさんの飛翔魔術は褒められたものではないですが、体運びは辛うじて及第点でした。グリモアパンクラチオンは飛翔魔術以外使えないのですから、この際思い切って魔術は捨てましょう。残り時間、ずっと私と組み手です。覚悟してください』


「あの、ノイシュさん? お手柔らかにね?」

『始めますよ。死は終わりにあらず』

「か、かくあれかし!」





 //





 ところ変わり。場所はユグランス商業区。

 アーチ状の天井がある街路を歩くクリノン共和国の戦略兵器姉妹の足取りは軽い。


「監視の人たち撒いちゃったけど……本当に、本が置かれている場所、全部見て回るつもりなの、アナねぇ?」

「敵は“月”だけじゃないわ。ユグランスの超高位魔術師(ブランドメイジ)も警戒しなきゃ。【昏き書庫の悪魔】というくらいなんだから、本が置いてあるところにいるかもしれないでしょ?」


 先日、勝手に出歩いてこっぴどく絞られた姉妹は、ユグランス内にある共和国の公館で待機するように厳命されていた。

 その命令をあっさりと破り、ボディーガード兼監視役としてつけられた人間から逃げてきたのだ。


「安直~……まあ、外に出たかったのはわたしも一緒だからいいけど、せっかく自由になったのに、やる事はスパイの真似事って、年頃の女子としてどうかと思うな~」


 突飛な言動で周囲を困らせる事が多いサカ=ダー・ガーミンが、珍しく姉を諫めている。

 超高位魔術師が外国に訪れる機会は少ない。ここにしかない美味しい物を食べたり、ここにしかない名産品を買ったり、せめて仕事抜きで過ごしたかった。


「そもそも、情報収集は【耳目じもく】の人たちの仕事じゃん。行家里手もちはもちや、わたしたちの出る幕じゃないよ」


 耳目とは、クリノン共和国の諜報機関の名称だ。

 中枢軍事委員会聯合参謀部――略して中聯参謀部と呼ばれる――の下部組織にあたり、破軍四星はその中聯参謀部付きの魔術士のため、耳目は親戚の組織と言える。


超高位魔術師わたしたちだからこそ気付ける事だってあるはずよ、きっと」

「……とか言いながら、政府に検閲されていない本が見たいだけじゃないの?」


 そう指摘された途端にアナの目が泳ぎ始める。


「ソンナワケナイデショウ」

「ユグランスは、表現の自由も保証されているから、どんな過激な思想も情熱も、誰はばかることなく世に出せるもんね~」


 クリノン共和国は、ソサイエにおいて社会主義国家に近い政治形態をとっている。

 個人の自由よりも国家の体制維持が優先され、国民一人一人の声や経済活動は、政府によって制限されていた。

 出版物の検閲は中聯参謀部の下部組織が行っており、耳目も関係している。

 これにより多くの創造力豊かな芸術作品は、世に出回る前に消えてしまう。


「もしかしたら、アナ姉の好きな男の子同士が絡みあう本もあるかもね」


 アナが好むそれは、少子化を促す非生産的行為であり国を衰退させる反社会的活動として、政府から激しく弾圧されていた。


「……さあ、昏き書庫の悪魔を探すわよ!」


 頭ごなしに否定されると、その否定の声に反発したくなるのが心理だ。

 自分の好きなものであればあるほど、反発心は強くなる。


「アナ姉のわかりやすいところ、嫌いじゃないよ」


 なんだかんだ言いながら、妹はそんな姉についていくのだった。

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