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天の限りに昇る月  作者: 喜由
第二章 自由に集う星々編
43/63

Episode:038 動機は人それぞれ


 グリモアパンクラチオンによる一騎討ちは、ユグランスの魔術士たちの間で行われてきた伝統的な戦闘手法だ。

 勝負の際には慣例として、金銭や宝飾品、土地や恋人といった、お互いに譲れないもの賭け、勝った者がそれを手にする。

 時代錯誤なやり方が、未だにリベラル・アーツ・スクールや独立都市国家軍で行われ続けているのは、それが一種のエンターテインメントになっているからだろう。


 インターネット、テレビ、ラジオのない世界(ソサイエ)の主な娯楽は、スポーツや舞台鑑賞といった、直接見て、して、楽しめることにかぎられる。

 民衆は面白い娯楽に飢えていた。勉強勉強勉強と、息をするように努力を強いられる学生は言わずもがな。『一人の女性を巡り二人の男が相争う』というイベントは、うってつけの息抜きだった。


「特別クラスの一騎討ちのこと聞いた? 久々だよね! 私、絶対見に行く!」

「スルタンって、あのスルタン商会のスルタンだろ? 個人でグリモアを所有してる大金持ちじゃん」

「相手のアーノ・カキュリは、知らないな」

「初めて聞く名前だわ……でも、スルタン相手に度胸があるじゃない」

「イーリス王国からの留学生で、没落貴族らしいぞ」

「スルタンは最新鋭機を出してくるかな?」

「特別クラス一の美女、オフィーリア・ミレイをかけた一騎討ちだぞ、男なら本気出すだろ! くーっ、熱いぜ!」

「いいなぁ……私も奪い合われてみたいよ~」

「「おっ、俺だって……!」」

「ん、2人ともどうかしたの?」

「「……何でもない」」


 そんな会話をする少女と少年2人が、限の横を通り過ぎていった。


(灯台下暗し、だな)


 ジョアン・スルタンとグリモアパンクラチオンでの一騎討ちが決まった2日後のことだ。

 当初の目論見とは違う形だが、注目され始めている実感はある。

 少なくとも、知らない生徒に名前を出してもらえるほどには目立てていた。

 しかし話が大きくなりすぎな気もする。

 風の噂ではスルタンの取り巻きたちが言いふらしているらしい。

 密かに一騎討ちの試合結果を予想する賭け事が行われているとの情報もあった。


「それで、特別クラス一の美女を奪い合う色男としては、どんな気分?」


 すれ違った3人の話を、隣を歩いていたイリアスが、半眼になって蒸し返す。


「気分も何も、目立つためにわざと挑発に乗ったって、イリアスには説明しただろ? ミレイとは話した事もないし……イリアス? なんで頬を膨らませるんだ?」

「別に、アーノはモテていいね」

「言葉に棘を感じるな……俺なにかした?」

「なにかしたと思うなら、自分の胸に手を当てて考えてみたらどうだい?」

「言われたら困る彼女の台詞トップ10に入るだろそれ」

「ベー」

(あざとっ…………はっ?! 相手は男相手は男――)


 頭を振って気の迷いを払う。

 限はイリアスにからかわれていると思っていた。

 日々友人に陥れられないように気を張り詰めている。


「それで、どうするんだい?」

「どうするって?」

「グリモア。まさか、本当に訓練用のケレブレムで出るつもりなのか?」

「そのまさかだけど……えーっと……セレネは使えないだろ、さすがに」


 ちょうど人がいなくなったので、口元を隠しながら小声でイリアスに耳打ちする。

 何故かイリアスは少し赤くなりながらしどろもどろになる。


「そ、そうだけど、アーノ、通常プロセスの魔術はまだからっきしだろう?」

「はい、セレネ様様です」

「善戦して負けないと、しっかり目立てないよ。正体がバレなければ何をやってもいいということだから、偽装してセレネを使えないか、中佐に掛け合ってみるよ」

「うまく見た目を誤魔化すわけか。中佐の許可が下りたとして、あと20日ちょっとで可能なのか?」

「ダメで元々だよ。やらないで諦めるよりも、やってから諦めよう。それとあわせて別の策も考えておこうか。訓練用のケレブレムを借りるにしても、当日までに最高の状態にしておくんだ……善戦して敗北するのは既定路線として、なるべく劇的な状況は整えたい……私の事も、最高の状態で打ち明けるんだ……」

「ん? 何を?」

「いや、えっと……私たちだけでもある程度はやれるだろうけど、やっぱり助力がほしいと知り合いに打ち明けるべきだよ、最高の状態で戦うためにね」


 なるほどと限は首肯した。

 頼れる仲間がいると話しが早い。イリアスのサポートがあれば、訓練用のグリモアでも少しはマシな試合になるだろう。

 そうやって一騎討ちに善戦して負けるための作戦を話し合いながら教室に入る2人の前に、人影が立ち塞がった。


「おいアーノ、グリモアの準備は出来たのか?」


 そう嘲る少年がスルタンの取り巻きの1人ということはわかったが、名前が出てこなかった。


「えっと……………………誰だっけ?」


 限が疑問符を浮かべると、少年は顔を真っ赤にして怒り出した。


「こ、この! 俺は――」

「聞いたよアーノ! グリモアパンクラチオンの一騎討ちをするんだって?」


 取り巻きA(仮)を押しのけて、ギーが2人の前に飛び出してきた。


「ああ、うん。成り行きだけど、そういう事になった」

「スルタン相手にケンカを売るなんてやるじゃないか!」

「おい、俺を無視する――」

「僕に手伝えることがあれば何でも言ってよ!」


 取り巻きAは名乗る暇も与えられない。

 今にも暴れ出しそうな取り巻きAの肩を、美しく冷たい笑みを浮かべたイリアスが叩き、「お呼びじゃないんだ、またね」と優しく言うと、彼は赤を通り越して青い顔になり、HRホームルーム教室を出ていった。


「どうせアーノはグリモアを持っていないんだろう?」

「おいおいギー・グリフィンくん、決めつけないでほしいね。これでも元貴族だぞ?」

「持ってるの?」

「持ってないけど」

「そんなことはわかってるよ、重要なのはそこじゃない。いいかい? 普通なら生徒は訓練用でもグリモアを自由にできないんだけど、授業と行事は別。乗り手にあわせて好き勝手にグリモアを弄れるんだ! こんなチャンス滅多にないよ! ぜひ僕を頼ってくれ!」

「友達の危機に駆けつけてくれたわけじゃないのか……いや、動機はどうあれ、グリモアに詳しいギーの助けがあると心強いよ」

「――おいッ糞カキュリ!」


 次に現れたのはクラスの自称不良スティービーことスティーブン・クイーンと、薄桃色の髪の少女だった。


「スティービーと、そっちの彼女は……」

「気安く呼ぶんじゃねェ糞カキュリ! てめェ、大変な目に遭ってるそうじゃねェか。それで、えー、この……こいつは……あー、なんつったらいいんだ糞ッ!」

「いいのですスティービーさん。私はノイシュ・カシュルと申します。どうぞノイシュとお呼びください」


 そう自己紹介した少女は、じっと限の事を見つめてくる。


「あ、あの時の!」


 真っ直ぐな視線にピンと来た限が手を叩く。

 校舎裏で一緒に落し物を拾った宗教少女だ。


「その節はお世話になりました。今度は、えっと、アーノ、さん……アーノさんとお呼びしてもよろしいですか?」

「別にいいけど」

「ありがとうございます。アーノさんが大変なことになっているとお聞きして、スティービーさんに仲立ちをお願いしたのです」

「ノイシュは神学クラスで、教室は違うが、俺の同郷の知り合いだ。こいつ、糞カキュリにお礼をしたいらしィぜ」


 見た目と言動に信仰心の欠片もないが、スティービーは神聖ガルテニア皇国出身だ。

 限がスティービーをむやみに信用しているのには、お国柄もある。

 ガルテニア出身者は物腰柔らかく、丁寧で優しい人が多い。信仰に関すること以外、と但し書きは付くが。


「はい。この前、私に手を差し伸べてくれたあなた様に、ご迷惑でなければ、今度は私がお力添えしたいのです」

「スティービーの紹介なら間違いないね!」

「糞ギー! てめェも馴れ馴れしく呼ぶんじゃねェよ!」

(((ノイシュはいいんだ……)))


 3人の心が一つになった瞬間だった。


「なんだ糞イリアス! 文句でもあるのか?」

「その汚い言葉、必ず頭に付けないとダメかな……」

「イリアス、スティービーのあれは“さん”や“くん”と考えればいいよ」

「おいッ、く……ギー! 好き勝手言うんじゃねェ!」

(((あ、やめた)))


 いちいち真に受けてちゃんと受け答えしてくれるスティービーは根がまじめだと思う限たちだった。


「それと、私はこの一騎討ちを通して、みなさんに信仰を広めたいのです!」

「の、ノイシュさん? 急にどうしたの?」


 ぐいぐい距離をつめてきて熱弁を振るい始めるノイシュにイリアスが戸惑っていた。

 

「アラマズド福音書第5章1節、“死は人生の一部であり、生を全うし死を謳歌せよ”とあります。この教えは今を生きる私たち全員に言えることです。つまり――」

「ああ、わりィな、ちょっと待ってろ」


 スティービーがノイシュの肩を持って、スッと彼女の正面を壁の方に向けた。

 説法に熱中しているノイシュは、気にせず壁に向かって語り続ける。


「アラマズド教徒のあいさつみてェなもんだ、気にすんな……それより、ノイシュと俺は、魔術戦実技と魔術学ⅠとⅡの単位を持ってる。人手がいるんだろ? お前が頭を下げて頼むなら、俺も手ェ貸してやるぜ?」

「いいのか? スルタンたちを敵に回す事になるぞ」

「ケッ! 狭い教室で偉そうにしてる奴に一泡吹かせる良い機会だ! 秩序への反逆ッつーのは、最高にクールで俺向きだぜッ!」

「……わかった。スルタンに一発ぶち込むために、頼む、手を貸してくれ、スティービー」


 限はすぐさま頭を下げた。

 頭一つ下げるだけで助けが手に入るなら、安いものだ。


「俺をスティービーと呼ぶんじゃあねェよ、アーノ」


 こうして、バラバラの目的を持って集まった限たちが即席のチームを結成したのだった。


「――ですから、みな全力で生き、いずれ訪れる死を、悔いなく受け入れられる準備を整えよと、主は仰られているのです!」





 //





 同日。リベラル・アーツ・スクールにほど近い湖畔に、大きな館が建っていた。

 重厚な石造りの館は、イーリス建築に似ているが、王国特有の華美な彫刻や装飾は排されており、大きさ反して自己主張が少ない。


 その館で一番広い部屋は、大きなベッドと医療器材で埋めつくされていた。

 昼日中ひるひなかにもかかわらずカーテンは閉め切られている。

 大部屋をぼんやりと照らし出す光源は、魔術インフラの灯りだけ。

 2つの極小原形魔術を、世界抵抗にかき消される前にわざと相殺させて生まれる淡い輝きは、火や金の属性の変性魔術よりも安全性が高いため、広く普及している。

 陰鬱とした薄明かり中、部屋の主の声帯がかすかに震えた。


「……い……の……に」

 

 大量の管を身体に取り付けられ、多くの薬を投与された彼の意識は混濁している。

 男性はかなり高齢だった。

 シミとしわだらけの顔に生気はない。生きているというよりも、無理やり生かされているという表現の方がしっくりくる。惨い有様だった。


「いい……の……に……」


 死に体の老人はうわ言を繰り返した。

 そのとき、部屋の扉がノックされる。


「失礼いたします。どうぞ、お入りになって下さい」


 老人を世話する家政婦に連れられて、紳士服の背広の上下を着た壮年男性が入ってきた。

 髪をキッチリ七三分けにし、ほりの深い顔に厳しい表情を貼り付けた男性は、出世街道をひた走る敏腕銀行家といった佇まいだった。

 その男性がベッドの横に立つと、三歩後ろに離れて立った家政婦が目を伏せる。


「ここ数日で、病状は更に悪化しました。つい先ほど主治医が来て、強めの薬を打ったばかりです。いま話すのは難しいかと……」

「そうか」

「パルミロ様……もうじき、です。お覚悟を……」


 何が直なのか、何の覚悟が必要なのか、家政婦は言わなかったが、パルミロと呼ばれた男には伝わった。


「わかった、ありがとう。少し、2人きりにしてほしい」


 パルミロがそう言うと、家政婦は静かに一礼してから、部屋を出ていった。

 2人だけになった途端、老人を見るパルミロの顔が激変する。

 仇を見る様に眉尻を釣り上げ、目を血走らせて、きつく口元を引き結ぶ。

 その心中が穏やかでない事は、一目瞭然だった。


「……聞こえていないだろうが、報告しておく」

「いい…………」

「数日後、“彼の国”とユグランスは密約を結ぶ。俺の働きかけで実現した軍事同盟だ……これで俺はあんたを越えたと、ようやく周囲に認められるだろう」

「……のに……」


「それと言い忘れていたが、“悪魔”の助言を受けるのはやめたぞ。あれは大鐘と同じ怪人まほうつかい……あんたとはよろしくやっていたようだが、俺はあんたとは違う。頑なに密約に反対されたよ。やめなければ暴れると脅されたが、八つ裂きにして地下深くに封印したら、ようやく静かになった。本が好きと言っていたから、上に立派な図書館ぼひょうを建ててやったよ……きっと喜んでいるだろう」

「いい……のに……」

「いいのに、か……もう延命はいいのにと言いたいんだろうが、まだ駄目だ。国にとっては英雄でも、俺にとってあんたは、ただのろくでなしにすぎない。母さんは、いつかあんたが家に帰ってくると信じていた。病気で息を引き取る瞬間まで……あんたを愛していたんだ。俺だって……いや、もう全部終わったこと……母さんと俺よりも、“悪魔”と手を組んで国を栄えさせることを選んだあんただ。国のために仕事を完遂した息子を、褒めてくれるだろう?」

「…………」

「これが、俺からあんたにしてやれる最初で最後の親孝行ふくしゅうだ。親を越える子の偉業を見届けてから、死んでくれ」

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